正義の味方に至る物語   作:トマトルテ

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あるキャラとの関係作りのために学生時代をちょろっと書きます。
15年程前からスタートですが高校時代以外は特に要らないんで実質3年ぐらいでいきます。


~雄英高校編~
プロローグ:ヒーロー


 

「いいのかい、切嗣君。本当にヒーロー科を目指さなくて?」

 

 とある普通の中学校の教室で、2人の人間が机を挟んで話し合っていた。

 1人はこの教室の担任である、牛の顔をした男の教師。

 そして、もう1人は黒い髪に黒い瞳を持ったごく普通の少年。

 

「書き間違いはありませんよ、先生」

 

 教師の問いかけに切嗣と呼ばれた少年はそっけなく頷く。

 だが、その瞳の奥にはとても中学生には見えない憂いと諦めが浮かんでいた。

 故に、教師の方は進路希望用紙に書かれた『普通科』という文字が、彼の本心だとは思えずに再度確認を取る。

 

「何も雄英高校みたいな最難関を受けないといけないわけじゃないんだよ? いや、君の学力なら雄英も不可能じゃないし、それに君にはヒーロー向きな、スピードを速める“個性”があるじゃないか」

「偏差値や“個性”で決めたわけじゃない。ただ、僕は……」

「切嗣君…?」

 

 いつもは礼儀正しい少年が突如敬語を止めたことに驚き、教師は再び彼の瞳の奥を覗き込む。

 そして、そこに映るあまりにも深い闇に息を呑み言葉を失ってしまう。

 

 

「―――正義の味方(ヒーロー)になるのは諦めたんだ」

 

 

 衛宮切嗣という人間に正義の味方(ヒーロー)という称号は相応しくない。

 そんな含みを込めた言葉を残し、切嗣は一人教室から立ち去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 正義の味方は期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。

 

 かつて、1人の男が少年に語った現実。

 だが、彼が()()()()()()()世界での現実は少し異なっていた。

 

「なぁなぁ! 昨日のオールマイトの戦い見たかよ?」

「見た見た! すっげえよな! ビルみたいにデカい(ヴィラン)をワンパンでぶっ飛ばすんだもん! しかも3体同時に!!」

「ホント、しびれたわ。くぅー! 決めた、絶対ヒーローになるわ、俺!」

「なんだよ、お前もかよー」

 

 この世界、この時代にはヒーローという職業が実在している。

 彼らは(ヴィラン)という存在から市民を守ることや、災害などの救助活動を行うことで国から給与を与えられている。言わば国家公務員のような存在だ。

 人々を助け平和の象徴となる。そんな存在に誰もが憧れ自らも目指した。

 

 それ故に今ではヒーローを目指すと言えば、笑われるどころか褒め称えられる。

 誰もが子供の頃の夢を抱いて真っすぐに歩いていいのだ。

 だというのに、衛宮切嗣という男はその道を歩もうとは思わなかった。

 

「あ、いたいた、切嗣」

「何か用かい? ヒーロー『マンダレイ』」

「……なんでコッソリ考えた私のヒーロー名を知ってるのよ」

「ノートに落書きしたのを忘れて僕に貸してくれただろう?」

「あなたって平気で恩を仇で返すわね!」

 

 そんなことを考えながら、通学路を歩く切嗣に声をかけてきたのは一人の少女だった。

 赤みがかった茶髪のボブカットに真紅の瞳。

 体は中学生だというのに発育が良く、女性の象徴が制服の下からしっかりと自己主張をしている。

 

「ははは、ごめんよ、信乃ちゃん」

「……それはそれで恥ずかしいんだけど」

 

 彼女の名前は送崎(そうざき)信乃(しの)

 “個性”『テレパス』を持ち、他人の頭へ直接言葉を伝達することが可能。

 複数の人間に瞬時に情報を送れるので、連絡役としてなら一級の働きを期待できる。

 

「昔からこうやって呼んでいるし」

「普通は苗字呼びか、呼び捨てになるものよね?」

 

 そう言って溜息を吐く信乃であるが、切嗣は笑うばかりである。

 そもそも、幼馴染みである二人ではあるが、切嗣には()()の記憶があるために信乃は年下としか思っていない。しかし、女の子には優しくしないといけないという持論を持っているので、要望通りに呼んでみることにする。

 

「じゃあ、信乃」

「……やっぱり今のままでいい」

「首筋が赤くなってないかい?」

「気のせいよ……」

 

 フイっと顔を背けてやめろという信乃に、首を傾げるも理由は分からない。

 何となく首筋が赤くなっているようにも見えるが否定されてしまう。

 その仕草にやっぱり女心は分からないと切嗣は頭を掻き、話題を変えることにする。

 

「それで、結局何の用なんだい?」

「……あなたヒーロー科受けないの?」

「ああ、その話か」

 

 またその話かと、肩をすくめて答える切嗣に信乃は食って掛かる。

 

「今どき“個性”持ちでヒーロー科を目指さない人なんていないわよ」

「人は人、僕は僕さ。別にヒーローだけが職業じゃない。その中で僕に適したもの……僕の()()()ことを探すさ」

「別にヒーロー科に行った人がみんなヒーローになるわけじゃないのは知ってるわよね」

「……はぁ。そもそも何で僕がヒーロー科に行かないことをみんな気にするんだい? こればっかりは個人の自由だろう。本人の好きなようにさせて欲しいな」

 

 少し突き放すような言い方をして諦めさせようとするが、信乃はジッと切嗣を見つめてくるばかりである。一体何がこの少女をここまで急き立てるのかと思いながらも、言葉を続けようとして、彼女の一言に押し黙らされる。

 

「だって、あなた―――ヒーローに憧れているじゃない」

 

 驚愕のあまりに目を見開いてしまう。

 今まで一度だってそんなことは言ったことは無い。

 正義の味方(ヒーロー)になりたかった。その気持ちだけは否定できない。

 だが、それは息子が引き継いでくれると言ってくれた。

 

 全てを託し、小さな安らぎを得ることが出来た。

 失っていくばかりの人生で初めて何かを得たまま終わった。

 それで十分だというのに、自分はまだ新たなものを欲しているというのか。

 

「……どうして、そう思うんだい?」

「テレビでも何でもヒーローを見る度に、心の底から羨ましいって目をしてるじゃない」

「そんな…はずは……」

「ないって言っても信じられないよ、そんなひどい顔じゃ」

 

 否定できない。正義の味方(ヒーロー)は衛宮切嗣にとって憧憬だ。

 人々のピンチに駆けつけ、誰も殺すことなく救っていく。

 かつて自分が夢見たものが目の前に居るのだ。憧れないはずがない。

 

「それと一緒に―――どうしてって顔をしてる」

 

 重ねて言われた言葉に今度こそ完全に声を奪われる。

 英雄(ヒーロー)が嫌いだ。彼らが居るから人は争いを尊びはやし立てる。

 闘争という愚かさをベールで覆い隠してしまう。

 何より、英雄(ヒーロー)という者が本当に存在するのなら、どうして―――

 

 初恋の少女を救ってくれなかったのか。

 父を殺さないといけなかったのか。

 母を殺さなければならなくなったのか。

 妻と娘を世界の(にえ)としなければならなかったのか。

 

 ―――世界を平和にしてくれなかったのだ。

 

「……どうして分かるんだい?」

「何年、幼馴染みやってると思うの?」

「そうか…そうだね……」

 

 一つ、大きく息を吐き切嗣は目をつぶる。

 思えば自分が出会ってきた女性は、誰もかれもが勘が鋭かった。

 もしくは自分が隠し事が苦手なのか。

 

「あなたが何でそう思っているかは知らないけど、やりたいことを選んでるようには見えない。だから、みんなそれでいいのかって聞くのよ」

「はぁ……お節介だね」

「あら、余計なお世話はヒーローの条件の1つよ」

 

 そう、要は彼女たちはお節介を焼いているのである。

 自分達に利益が出るわけでもないのに、世話を焼く。

 世話をした人の人生が少しでも良くなるように願いを込めて。

 

 それが人と人のつながりの美しさなのかもしれない。そう、切嗣は一つ息を吐いて彼女の言葉からある記憶を思い出す。

 

「……“何をしたいか”を考えずに“何をすべきか”だけで動くようになったら、それはただの機械であり、現象に過ぎず、人の生き様とは到底呼べない」

「いきなりどうしたの?」

「以前……聞いたことがある言葉を言ってみただけさ」

 

 度を過ぎた才能は人間から選ぶ余地を奪い去る。

 なりたい自分を置き去りにして、そうすべき自分だけを追い求める。

 その道の果てにあるものが何なのかを切嗣は知っていた。

 だというのに、また同じ過ちを繰り返そうとしていた。

 

「それで、あなたは何がしたいの? あ、ここまで言っといてなんだけど、別にヒーローじゃなくてもいいからね」

「大丈夫、分かってるよ」

 

 切嗣は初めてまともに考えてみる。自分が本当にやりたいことは何か。

 前の人生は死ぬまでの僅かな期間はやりたいことをやったと言ってもいい。

 ただのんびりと過ごしただけのような気もするが、特に悔いはない。

 

 せっかくの第二の人生だ。新しいことに挑戦してみるのも良いだろう。

 しかし、いざやりたいことと言われても中々思いつかないのが人間というものだ。

 

「僕の……僕のやりたいことは―――」

 

「キャァアアアッ!! ヴィランよッ!?」

 

 女性が上げた鋭い悲鳴に切嗣の思考は中断を余儀なくされる。

 二人で反射的に声のした方に振り向くと、そこには人だかりに突っ込み、カニのハサミのようなものを振り回して暴れる(ヴィラン)の姿があった。

 

「くそ、ヴィランか…! 信乃ちゃん、すぐに離れてプロヒーローに連絡を取ろう」

「そうね、とにかく近くにいるヒーローに来てもらって捕まえてもらわないと」

 

 それを発見してからの切嗣の決断は早かった。

 選んだのは逃げること。何も彼自身は戦えないわけではない。

 しかし、彼が得意とするのは武器を使った戦闘。

 

 現在一般市民である彼が武器を持てるわけもなく、“個性”の使用も違反だ。

 それ故に(ヴィラン)と遭遇したら即通報・撤退である。

 何一つミスのない、100%正しい選択肢。選ぶべき解答だ。

 

「距離はそこまで離れていないが、ヴィランはこっちには気づいていない。今なら確実に―――」

 

 もう一度状況を確認しようと視線を向けた所で思考が止まる。

 切嗣の視線の先には(ヴィラン)から逃げる途中でこけた小さな女の子が居た。

 ()()()()()()()をした女の子が。

 

「イ…ヤ」

 

 違う。よく見るまでもなく顔は似ていない。別人だ。

 だとしても、重なって見えたのだ。自分が雪の城に置いてきてしまった娘に。

 そして、今その女の子は(ヴィラン)が振りかざすハサミの前に、命の花を散らそうとしている。

 

 

固有時制御(Time alter)―――三倍速(triple accel)!!」

 

 

 何も考えなかった。“個性”『固有時制御(Time alter)』を瞬時に発動させ駆けた。

 これは神経の反応・伝達速度、筋肉の応答速度、体内活動全ての時間を操作する“個性”だ。

 一見便利なように見えるが、速くすれば速くする程フィードバックが発生する。

 

 二倍なら心臓が激しく痛み、毛細血管が千切れる。

 三倍なら上に加えて肋骨が何本か折れる。

 四倍だと今の切嗣は解除と同時に死を迎えかねない。

 

 それほどのリスクを、今の切嗣は考えることなく使用した。

 目の前の女の子を救いたいがためだけに走る。

 

「間に合え…!」

 

 ただ、がむしゃらに助けを求める手に腕を伸ばし―――その小さな手を掴みとる。

 

「……もう大丈夫だよ」

「おじちゃん、だあれ?」

「……僕はそんなに老けて見えるのか」

 

 間一髪だったが救えた。腕の中で小さな目をパチクリとさせる女の子を苦笑交じりに見る。

 同時に、体の内部から骨が砕ける嫌な音が聞こえ、口の中で鉄臭い血の味でいっぱいになり、ついでに心が傷つくが気にしない。

 

 伸ばされた手を掴み取ることが出来た。それだけで十分だった。

 

【切嗣! 何してるの!? 早く逃げないと!!】

 

 頭の中に信乃からのテレパスが届き、心配させたと思うがこちらから言葉を返す術はない。

 そのため行動で無事だと示すために、立ち上がり女の子を家族の下に返そうとする。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

「なに俺の邪魔をしちゃってくれてんカニィイッ!?」

「通らせてはくれないか……」

 

 ハサミをガチガチと打ち鳴らしながら(ヴィラン)が立ちふさがる。

 内心で舌打ちをしながらも切嗣はどうするべきか思考し、女の子を地面に下ろす。

 

「……君。1人でお母さんのところに行けるかい?」

「え…? う、うん」

「良い子だ。大丈夫、真っすぐお母さんの所に行けばいいだけだよ」

 

 君には指一本触れさせやしないから。

 そう、言葉を続けて切嗣は女の子の背中を優しく押し出す。

 そして、自身は堂々と仁王立ちし(ヴィラン)を真っすぐに見つめ薄く笑ってみせる。

 

「最近、ちょっと太り気味なんだ。少し運動に付き合ってくれるかい?」

「カニカニィッ!! ふざけてんじゃないカニィ!!」

「……どうにも締まらない口癖だね」

 

 独特な口癖に少し気を抜かれながらも切嗣の頭は高速で回転していた。

 

(今やるべきことは時間を稼いで市民の避難を完了させることだ。この程度の煽りで怒ってくれるなら僕一人に集中させるのは難しくない)

 

 今やるべきことを判断し、こなすという意味で切嗣の右に出る者はいない。

 何故なら、彼は心と指先を切り離して引き金を引けるとまで言われた才能の持ち主なのだから、感情に左右されてパフォーマンスを落とすことはまずない。

 

「お前の首をチョキンと飛ばしてやるカニ!」

「もう少し冷静になったらどうだい。あまり熱くなりすぎると茹でガニになるよ」

「死ねカニッ!!」

 

 さらに相手を挑発しながら、首めがけて放たれたハサミを一歩引いて避ける。

 

(怒ると攻撃が直線的になるのは戦闘の素人ゆえか。狙い場所も急所ばかりで全て大振りだ。当たれば怖いが、攻撃される場所が分かっているのなら避けるのは難しくない。後は信乃ちゃんがヒーローを呼んでくるまで逃げるだけ。問題があるとすれば……)

 

 上からハンマーのように叩きつけられるハサミを横に跳んで避けながら、腹部に手を当てる。

 顔には一切出していないが彼の内部は深刻なダメージを負っているのだ。

 敵は騙せても自分の体は騙せない。

 

(折れたあばら骨が1本、罅が入っているのが2本、動悸も定まっていない。現状のコンディションは最悪とは言えないが平常とは程遠い。何よりこっちには武器が無い。せめてキャリコがあれば、弾幕を張って距離を取れるんだが)

 

 口では余裕な態度を装っているが、実際のところは冷や汗ものだ。

 いつ訪れるかもしれない攻撃の直撃に耐える術もなければ、反撃する手段もない。

 それどころか体はいつ爆弾が爆発してもおかしくないのだ。

 少しずつ焦りが生まれ、口数が自然と減っていく。

 

「急に黙ってどうしたカニ? さっきまでの威勢はどこ行ったカニ!」

「……いや、そんな手じゃご飯も食べにくいだろうなと考えていてね」

「この減らず口めぇ! 今度こそ首をチョンパしてやるカニィイッ!!」

「できるものならね……ツッ!?」

 

 再び首をめがけた大振り。

 今度もそれを避けようとするが、最悪のタイミングで体に激痛が走ってしまう。

 

(くそ! 折れた骨が内臓に突き刺さったか…!?)

 

 自分ではどうすることもできない激痛に目まいが起き、足がよろめく。

 もう避けるだけの時間は残されていない。

 ここまでかと、最後を悟り唇を嚙みしめた瞬間―――目の前のハサミが砕け散った。

 

「……え? 何が起きたカニ?」

「これは……一体…?」

 

 両者ともに現状が理解できずに一瞬硬直する。

 その一瞬で十分だった。

 真のヒーローが到着するには。

 

「いやぁ、危なかったな、少年。私も一瞬ばかり遅れると思って小石を投げたのだが、それが功を奏したようでなによりだ」

「小石であのハサミを粉砕したっていうのかい…?」

「HAHAHAHA! 何せ他に投げるものが無かったからね。野球ボールでもあればよかったのだが。まあ、何はともあれ」

 

 切嗣を庇うように立ったヒーローは豪快に笑い、軽く腕を回す。

 それだけで突風が発生し、辺りのものが吹き飛んでいく。

 しかし、切嗣と(ヴィラン)は飛ばさないようにするなど、力は完璧にコントロールされている。

 こんな荒業ができる人間を、ヒーローを切嗣は一人しか知らない。

 

 

「―――私が来た。もう大丈夫だ」

 

 

「オール…マイト…!」

 

 オールマイト、№1ヒーローであり、生ける伝説。

 その巨大な背中が見せる力強さと安心感に気が抜け、切嗣は意識を手放してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 目を開けるとそこには白く清潔感が溢れる天井が広がっていた。

 そして、鼻を突く独特な薬品の匂い。

 切嗣は自分が今病院に居ることを理解しながら体を起こす。

 

「あ、起きた?」

「信乃ちゃん、あれからどうなったんだい?」

「いや、私としてはあなたの体の具合の方を先に聞きたいんだけど」

「そうだね。まだ痛みはあるけど、動きに支障をきたす程じゃない。大分治るのが早いな……“個性”で治療されたのかな?」

「……当たってるけど、まるで“個性”を使わないで治した場合を知ってるみたいな言い草ね」

「ははは、気のせいだよ」

 

 ジト目で睨んでくる信乃を笑ってごまかしながら内心で冷や汗をかく。

 前世があるというのはあまり知られたくない事柄なので隠しているのだ。

 

「それであれからどうなったのかな?」

「オールマイトが一瞬で片付けて終わり。それからあなたは病院に運ばれて私は見舞いに来たわけ。あ、切嗣のお母さんはお医者さんと話してる最中だから」

「それで君だけが居るのか」

「そういうこと。後、オールマイトからの伝言」

 

 オールマイトからの伝言と言われて、さしもの切嗣も何事かと体を強張らせる。

 しかし、伝えられた内容は思いやりに溢れるものだった。

 

「『勇気は認めるけど、危ないことはあまりしないように!』……だって」

「ははは……ごもっともだ」

「笑い事じゃないわよ、全く」

 

 伝言の内容に切嗣は思わず苦笑いを零してしまう。

 何の武装もせずに敵に突っ込むなどまさに自殺行為だ。

 自分で思い返しても笑いしか出てこない。

 しかし、信乃は笑うことなくジッと彼の目を見つめてきていた。

 

「でも意外だった。あなたって考えなしの行動とか絶対にしないタイプだと思ってた」

「自分でも驚いたよ。考えるより先に体が動いていたからね」

 

 改めて思い返しても何故動いてしまったのかハッキリしない。

 娘と重ねたという理由はあるが、それだけでは全ては説明できない。

 何故なら彼は世界のためなら娘だって殺せるのだから。

 

 そんな自分のことを理解しているからこそ、彼は他にも理由を探す。

 そして、女の子がとった行動を思い出し合点がいく。

 

「ああ……手を伸ばしていたからだ」

「手を伸ばす?」

「うん。必死に手を伸ばしていたんだ。助けを求めて…地獄から逃れるために…その手を誰かに握って欲しくて……」

 

 言葉にしながら思い出す。衛宮切嗣が創り出してしまった地獄を。

 泥に呑まれ、全てが焼き尽くされていく地獄。

 誰もが手を伸ばしていた。助けてくれと、死にたくないと声に出すこともできずに。

 

 掴むことが出来なかった手があった。

 掴んだ先から灰になって崩れ落ちていった手があった。

 手だけが残されていた者も居た。

 

 その中で、しっかり掴むことが出来たのはたった一人の少年だけ。

 何もかもが自分のせいだ。少年から名前以外の全てを奪い去ったのは自分。

 だというのに、どうしようもなく嬉しかった。

 

 生きている体温に涙が止めどなく溢れた。

 希望。そうとしか言いようがない。

 殺すだけで誰一人救うことのなかった自分が初めて救えた人。

 

 その日初めて、衛宮切嗣は人を助ける喜びを知ることが出来たのだ。

 

「ああ…そうか。僕は……誰かの手を握ってあげたいんだ」

「え?」

「誰かを救いたい。助けたい。涙を止めてあげたい。……これが僕の原点だ」

「切嗣の原点……」

 

 正義の味方になりたかった。世界を救う奇跡が欲しかった。

 でも、それはできない。1人の人間にできることなんて限られている。

 当たり前だ。1人で世界を救えるなんて美味い話はない。

 

 奇跡と称して大量虐殺を行いかねないぐらいだ。

 でも、1人の人間が、助けを求める1人を救ってあげるぐらいのことはできる。

 救いたいという意志を引き継いでくれる誰かがきっと現れる。

 

 それは酷く残酷な結果を生み出すものかもしれない。

 だが、それでも。

 

「誰かを救いたいという願いだけはきっと……間違いじゃない」

 

 衛宮切嗣という男は究極の馬鹿だ。

 死んだ程度では願いが変わらないのだから。

 

「信乃ちゃん、ヒーローは人を助ける仕事だよね?」

「ええ、その通りよ」

「そっか……うん、やっとやりたいことが見つかったよ」

「切嗣……あなたは何をしたいの?」

 

 信乃の問いかけに、衛宮切嗣は死んだ瞳に炎を宿らせ笑ってみせる。

 

 

 

「やっぱり、僕は―――ヒーロー(正義の味方)になりたいみたいだ」

 

 

 




今回が“外道ヒーロー・ヴィランマーダー”の誕生秘話的な奴です(真顔)
高校に入ったら武器解禁します。


さて、『マンダレイ』こと送崎(そうざき)信乃(しの)さん。
彼女がヒロインぽくなってるのは後々他のキャラとの接点作りがやりやすそうなため。
後、赤い目ぽくておっぱいが大きいというアイリポイント高めキャラだったから。

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