正義の味方に至る物語   作:トマトルテ
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9話:切って嗣ぐ

 空に浮かぶ月に雲がかかり、町は街灯以外の光を失う。

 それ故に路地裏の入り口には光と影の境界が出来る。

 光は人々の日常。影は非日常。一般人が踏み込むべき領域ではない。

 そして、その境目をヴィラン()に越えさせない様に、切嗣(正義)は立ち塞がる。

 

 人々の平和を守るための守護者として。

 

「一応言っておこうか。(ヴィラン)、ムーンフィッシュ、武器を捨てて大人しく投降しろ」

「そっちこそどけぇええ! 大人しく僕にあの子の肉面を見せろおおおッ!」

「投降すれば弁護の権利は与えられる」

「どけと言ってるのが聞こえないの? なら、君から肉面を見せてもらうよぉ!」

「……投降の意志はないか」

 

 よだれをまき散らしながら叫ぶムーンフィッシュに、切嗣は1つため息をつく。

 元々、犯罪者が大人しく投降してくるなど考えていない。

 むしろ投降してきた場合は罠の可能性を疑う。というか、自分ならばそうする。

 

 だが、戦わなければならないとなると、やはり面倒なものがある。

 最強の護身や攻撃とはそもそも戦わないことなのだから、この時点で最善の策は潰えたのだ。

 直接戦闘など本来の彼のスタイルではない。だとしても、戦うのは彼がヒーローだからだろう。

 

「さて、早速戦いたいところだが、その前に聞きたいことがある。なぜ、人を切る?」

 

 普段ならば何も聞くことなく、戦闘を開始する切嗣だが今回は違った。

 聞く意味などない犯行理由を尋ねる。それに対して、相手も無視することなく答える。

 こうした快楽犯は動機などを話したがる傾向が多いのだ。

 

「ううん? そんなの肉面が見たいからに決まってるでしょおお?」

「その理由を聞いているんだ」

「楽しいからだよ! 普段は見えない隠された世界を覗く興奮! 痛みに叫ぶ悲鳴が鼓膜に響く快感! ぜぇぇぇんぶッ、楽しいことだからねぇッ!!」

 

 子どものように笑うムーンフィッシュを、無表情のまま切嗣は見つめる。

 彼の行動原理は実に単純だ。楽しいから、好奇心が湧くから、気持ちが良いから。

 そんな原始的なまでの快楽。自分のことしか考えていない人間の思考だ。

 

「みんな切る、斬る、kill! そうすることで人間の本当の美しさが分かるんだ。男も女も子どもも、みんな違う! 新しい肉面を切る度に、知るたびに、僕はイっちゃいそうになるんだぁあ!」

「……自分が犯罪を犯している自覚はあるかい?」

「しぃぃぃらない。僕は僕のやりたいことをやっているだけ。この()()()にも言ってやったけど、好きなことをやることの何が―――悪いの?」

 

 一切悪びれない言葉に、コンテンダーを握る切嗣の手に僅かに力が入る。

 一体何がどうなれば、こんな人間に育つのだろうかとすら思ってしまう。

 だが、今の切嗣にとってはそれ以上に気になることがあった。

 

「この前の女…?」

「そうだよおぉ…口はうるさかったけど、柔らかくて肉面は綺麗で、思わず右腕を斬り飛ばしちゃった。もっともっと、肉面をじぃぃっくりッ! (えぐ)ってみたかったけど途中で気絶しちゃって、声が出なくなったから飽きて捨てたけどねえ。もう少しでイケそうだのに、ガッカリ。今頃は死んでるかなぁ」

「………そうかい」

 

 実に楽しそうに、それでいてつまらなさそうに語るムーンフィッシュに切嗣は短く呟く。

 その声には抑揚はなく、底冷えするような冷たさだけがあった。

 

「もう、黙っていいよ。これ以上に君に聞くことはない。時間稼ぎも終わったことだしね」

「時間稼ぎぃぃ? もしかしてぇぇ、あの男の子が逃げるまで―――」

 

 切嗣が男の子が安全圏まで逃げる時間を稼いでいたのかと問おうとしたが、それは一発の銃声によってかき消された。

 

「黙ってろと言ったんだ……」

「僕に命令するなぁああ! 僕は好きなことを好きなだけやるんだあああッ!」

「その間抜けに開けた口をすぐに閉じさせてやるよ、クソ野郎」

 

 コンテンダーから放たれた30-06スプリングフィールド弾は、ムーンフィッシュが『歯刃』を支えにして宙に浮くことで回避されてしまった。しかし、その程度は想定の範囲内にすぎない。切嗣は弾丸が当たったかどうかを確かめることもなく、次の手を打つ。

 

 切嗣は懐から取り出した()()()()()をかぶると同時に“催涙弾”を投げる。

 

「な、なんだぁ、このモクモクは!?」

「お前の“個性”は把握している。口を開かなければ使えない以上、粘膜に付着するだけで効果が発揮される催涙弾は非常に効果的だ」

「催涙弾んんん!?」

 

 狭い路地裏一面に白い煙が充満していき、すぐにお互いの姿も見えなくなっていく。

 ムーンフィッシュの“個性”は口を開かなければ使えない。

 要するにマスクをすることもできなければ、口を閉じることもできないのだ。

 

 そのため、こうした催眠ガスや毒物などにはめっぽう弱い“個性”となってしまう。

 しかし、大人しく食らうムーンフィッシュではない。

 すぐさま『歯刃』を伸ばして煙の範囲外に逃れようとする。

 

「こんなものを食らう程僕はとろくないぞぉお! 大体、この煙じゃあ僕の姿も見えないぃぃ!」

「ハ、その程度、対策していないわけがないだろう?」

 

 冷淡な切嗣の声と共に、今宵2発目の銃声が白い煙を裂く。

 

「―――あがぁッ!? 肩が撃たれたぁ!?」

 

 そして、煙の中に居る切嗣からは見えないはずのムーンフィッシュの右肩を容赦なく貫いていく。だが、攻撃はそれだけでは終わらない。動揺し、動きを一瞬止めたムーンフィッシュの左肩にもコンテンダーが襲い掛かり、撃ち抜かれる。

 

「な、なんで僕の姿が見えるんだああ!?」

「自分の頭で考えろ。それと、質問している暇があるのかい?」

「し、質問に質問で返すなぁッ!!」

 

 今度はキャリコを取り出して、無差別に発砲するが避けられてしまう。

 が、それは別にムーンフィッシュの姿を見失ったわけではない。

 ガスマスクに搭載された熱感知スコープは今もハッキリと、敵の姿を(とら)えているのだ。

 

「さて、狩る側から狩られる側になった気分はどうだい」

 

 硬質で感情を感じさせない声がムーンフィッシュの耳に響いてくる。

 相も変わらず催涙ガスは路地裏に漂っており、切嗣の姿は見えない。

 しかし、相手側はしっかりと自分の位置を把握している。

 

 おまけに相手は遠距離武装でこちらは中近距離。

 催涙ガスで接近戦を封じられた今、戦場は完全に相手のモノとなっていた。

 馬鹿でも分かる。このままではムーンフィッシュに勝ち目はないと。

 

「ふざ…ふざけるなぁあああ!!」

「…………」

「こんなところで、僕は捕まらないぞ! もっと、もおおおっと! 肉面を見るんだぁ!!」

 

 それを自分でも理解してしまったために、醜い雄叫びを上げる。戦えば間違いなくあの男に捕まえられる。最悪殺されかねない。だから、なんとしてでもこの場から逃げなければならないのだ。

 

 ()()()()撃ち抜かれておらず、走って逃げることはできる。“個性”を使用して凡そ普通の人間では移動できない場所も行ける。このまま戦うよりも、()()()()()生存できる確率が高い。

 

 問題は相手の出方であるが、現在の相手はこちらの動きを警戒しているのか何もしてこない。逃げるのならば()()。そして、逃げるのならば相手が追ってくることのできない建物の上。自分ならば“個性”の歯刃を支えにすれば問題なく登れ、尚且つ降りることなく移動ができる。そう、ムーンフィッシュが考えるのは()()だった。

 

「こんど会ったら、絶対にぜえええったいに! 君をバラバラの肉片にしてやるぞぉおお!!」

「あ、そう」

 

 切嗣が実に興味なさげに呟く中、ムーンフィッシュは“歯刃”を伸ばして、建物の上に昇っていく。一刻も早い逃走を目論んでいるので“個性”は勿論()()。そして、切嗣を攻撃しようという考えも完全に()()()()()

 

 

「―――おかげで楽に終わらせられるよ」

 

 

 そして、これこそが切嗣の本当の狙い。

 

 コンテンダーに“魔弾”を装填しながら、切嗣は冷ややかに笑う。

 

 なぜ、()()()()足を狙わず、しかも隙を与えて相手が逃げられるようにしたのか?

 

 それはムーンフィッシュに“逃げ”を選ばせるためだ。戦うことなく仕留めるための布石。

 逃げられないと悟った獣は死に物狂いで抵抗するが、逃げられるのならば背中を向けるのだ。

 無防備に、一切の抵抗の意志もなく、ただ蹂躙されるだけの存在として。

 

「記念すべき一発目だ―――受け取れ」

 

 引き金を引く。照準を定めた先は全力で伸ばされた“歯刃”。

 そして、魔銃に込められた弾丸は母の血と骨を基に作られた“魔弾”。

 万物を切り裂き、(つな)ぎとめる不可逆の一撃。

 その名も―――

 

 

「―――起源弾」

 

 

 放たれた弾丸が伸ばされた“歯刃”の先端に当たる。その威力は高いが、ムーンフィッシュの歯の一部分を砕く程度でしかない。しかし、その効果は小さなものではない

 

「…? 僕のぉ歯の様子がぁ…?」

 

 ムーンフィッシュの“個性”は歯を刃のように変化させ伸縮させるものだ。

 そして、起源弾は不可逆の性質を持っている。この2つがぶつかればどうなるのか?

 起源弾により“歯刃”は不可逆、つまり伸びることも縮むこともできなくなる。

 

 “個性”を使用していない時ならばいざ知らず、逃走のために全力で伸ばしている状況で変化することができなければ、今まで変化しようとしていた力は行き場を失い―――

 

「グギャァアアアッ!!?」

 

 ―――暴発する。

 

「1人につき一発……残りは65発か」

 

 木っ端みじんに砕けた“歯刃”がまるで雪のように降ってくる光景を見上げながら切嗣は呟く。

 この起源弾は母親の右腕を材料に作られたものであるために、弾数は66発しかない。

 そのうちの一発をムーンフィッシュに使用したが、これで相手が死んだわけではない。

 

「あぁ…あぅぅ……」

「君の歯は全て砕いた。上手く喋れないだろうけど、悪く思わないでくれ」

「うぅぅ…あああああ…ッ!」

「君がまんまと逃げることを選んでくれて助かったよ。おかげで正面から戦うなんて馬鹿なことをせずに済んだ。もっとも、仮に正面から戦いを挑んで来ていても、全力で攻撃をさせて同じように撃ち込んでいただけだから、結果は同じだったろうけどね」

 

 昇っていく最中に支えとなる歯を砕かれたために、惨めに地面に叩きつけられたムーンフィッシュに切嗣が、一歩ずつ近づいていく。彼の瞳には何も映し出されていないように見えて、その実、底の見えない闇が見え隠れしていた。

 

 それが分かっているため、ムーンフィッシュは怯えて逃げようとするが“個性”を失い、両腕も使えない人間では逃げることなどできない。必死に這いつくばる様に逃げようとするがすぐに追いつかれてしまう。

 

「無様だな。人殺しには相応しい最後だ」

 

 吐き捨てるように呟き、切嗣は逃げられない様にムーンフィッシュの背中を踏みつける。

 そして、コンテンダーを握る手を動かし―――

 

 

(ヴィラン)名、ムーンフィッシュ。“個性”の違法使用及び殺人未遂の現行犯でお前を逮捕する」

 

 

 殺人のための(道具)をしまい込んだ。

 そして、手錠を取り出して後ろ手にしてムーンフィッシュを拘束する。

 どこまでも、普通に、とても親の仇に対する態度とは思えない程に。

 

「こ…ころさない…?」

「なんだ、僕が君を殺さないことに驚いているのか? くだらないな」

 

 驚愕の表情を浮かべるムーンフィッシュに鼻を鳴らし、切嗣は答える。

 

 

「―――正義の味方は人殺しはしない。それだけだ」

 

 

 例え、殺したいほどに憎んだ犯罪者が相手だとしても殺さない。

 それが彼の目指す理想の形なのだから、何があっても変えない

 母には彼に、なりたい自分になれと言われた。

 

 ならば、人殺しではなく、正義の味方になれるように全力を注ぐべきだ。

 殺したくないと叫ぶ心と体を切り離して、誰かを殺すのではなく。

 ()()()()と叫ぶ心と体を切り離して、誰かを守る。

 

 それが切嗣の出した一つの答えだった。

 

「衛宮、どうやら無事のようだな」

「はい、ギャングオルカさん。犯人の取り押さえもすみました」

「ご苦労。しかし……また単独か。少しはこっちを頼れ」

「すみません。余裕が無かったもので」

 

 ムーンフィッシュに話し終えたところで、ギャングオルカが現れ、単騎で挑んだことを注意される。それに対して平謝りをするが、実際に今回は余裕が無かった。少年を守らなければならず、応援を待つ時間もなかった。もっとも、心の底に単騎で戦いたいという気持ちが無かったかと言われれば嘘になるが。

 

「それで、あの子は無事ですか?」

「ああ、こちらで保護してある。すぐに保護者も来るだろう。その時にはこんな時間に出歩いたことを注意する必要があるがな」

「ええ、こんなことで家族を失うなんて馬鹿馬鹿しいですからね」

 

 そう言って、少しだけ寂しそうに笑う切嗣に、ギャングオルカは言おうか言うまいか悩んだ末に尋ねることにする。

 

「……お前の母親の容態はどうなっている?」

「……1週間経過しましたが未だに昏睡状態です」

「そうか……悪いな」

「いえ、僕もそう簡単に目を覚ますとは思っていませんから」

 

 切嗣の母親は未だに目を覚まさない。

 ひょっとすると、このまま永遠に目を開けることがないのではと切嗣も内心で思っている。

 だとしても、その不安と苛立ちを表に出すことなく淡々と仕事をこなす。

 

 今まさに、母の仇の生殺与奪の権利を手にしているというのに憎悪を抑え込む。

 心と体を切り離して、憎しみで体が動かない様に自らを操縦している。

 そんな彼の姿は、どこかおぼろげで(はかな)げな月を思わせるのだった。

 

「……ないとは思うが警告はしておくぞ。犯罪者を裁くのはあくまでも法だ」

「分かっていますよ。復讐なんてしません。悲しみも憎しみも―――切って(つな)ぎましたから」

 

 鎖を断ち切った。悲しみの連鎖を、憎しみの連鎖を。

 自らが復讐を止めることで、切って(つな)いでみせた。

 不可逆の変化である以上、悲しみや憎しみはどこかに行くことなく、彼の中に止まり続ける。

 

正義の味方(ヒーロー)はきっと……悲しみを断ち切るために居る」

「そうだな。俺達は悲劇を食い止める、もしくは起きてしまったものを処理するのが仕事だ」

「でも……切ったからといって悲しみが消えてなくなるわけじゃない」

「……ああ、事件を解決したからといって何もかもが元通りになることはない」

「だから、僕達ヒーローがそれを背負う。他の誰にも悲しみを背負わせないために」

 

 世界から悲しみが消える日は来ないのかもしれない。

 少なくとも、切嗣の頭ではそんな世界を想像することも不可能だ。

 だから、代わりに背負う。悲しみを、憎しみを、ヒーローが背負う。

 

 人々の無念が集まって“邪悪なもの”にならないように、自らを人柱とする。

 この世全ての悲しみを1人で背負うことはできない。

 だが、ヒーローが多く存在するこの世界でならば、全てのヒーローが力を合わせて、世界の全てを背負うことができるかもしれない。

 

「正義の味方は、悲しみを断ち切る存在でなければならない」

 

 正義の味方とは何か、その答えに少しだけ近づいた切嗣は寂しそうに首を振り歩きだすのだった。果たしなく遠く、険しい理想への道を。

 

 

 

 その3日後、切嗣の母は病院で静かに息を引き取った。

 

 

 

 

 

「葬式、終わったね……」

「…………」

 

 夏だというのにどんよりとした雲が立ち込める空の下。

 切嗣と信乃は1つの墓の前に立っていた。

 墓に刻まれている名前は彼の母親のもの。

 見間違いであって欲しいと思うも、何度見てもその名前が変わることはない。

 

「雨が降りそうだから帰らない?」

「…………」

「ねえ、聞こえてる…?」

 

 信乃が何度声をかけても、切嗣は返事を返すこともなければ、動くこともない。

 そんな普段の彼からは考えられない姿に、悲愴な表情を浮かべる彼女だが、何をすることもできない。かける言葉が見つからないのだ。

 

 まるで迷子の子どものように親を求めて泣きじゃくっているような背中。

 だというのに、崩れ落ちてしまわない様にしっかりと地面を踏みしめている脚。

 非常にアンバランスで触れれば壊れてしまいそうな程に脆い心。

 

 とてもではないが、幼い彼女が対処できる状態ではなかった。

 

「……ごめんなさい」

「………何を謝っているんだい?」

「だって、私はあなたに何もできない。こんなに近くに居るのに…」

 

 ポツリと彼女の小さな口から零れたのは謝罪の言葉。

 何もできない自分の無力さを呪う憤りの感情。

 その気持ちを良く分かっているから、切嗣は口を開く。振り返ることなく。

 

「ありがとう」

「…! そんな…そんな悲しそうな声で言わないでよ」

「何も変わってないよ、僕は」

「……嘘つき」

 

 変わってないというのなら、こっちを向いて話しているだろう。

 暗にそう言われたような気がしたが、切嗣は振り返ることはなかった。

 

「あ……雨だ。切嗣、本当に降り出しちゃうよ」

 

 重ねて説得をしようとしたところで、頬に()()()()とした雨粒が当たる。

 間違いなく一雨来るだろう。そう判断して、声をかけたところで彼女は見てしまう。

 切嗣が、男が、決して女性に見られたくないものを。

 

「そうだね……雨だ」

 

 切嗣の頬からは水滴が流れ落ちていた。彼は雨だと言った。

 確かに雨は降り始めているので、本当のことかもしれない。

 しかし、信乃の目にはそれが、()()()ものに見えてしょうがなかった。

 

「私は先に帰っているから……本格的に降り始めないうちにあなたも帰って来てね」

「ああ、ありがとう」

「また……いえ、ごめんなさい」

「君が謝る理由なんてどこにもないよ」

 

 背中を向け、切嗣の方を出来る限り見ない様にして信乃は帰って行く。

 自分では、彼の傍で寄り添ってあげることすらできないのかと自己嫌悪しながら。

 

「……信乃ちゃんには悪いことをしたな」

 

 段々と雨足が強まり始め、信乃の姿が完全に見えなくなったところでポツリと呟く。

 自分を心配してくれた人間に対して酷い仕打ちだと思うが、弱みを見せたくはない。

 ましてや、相手が女性ならばなおさらだ。

 

 男は女性の前ではどうしても強くありたいと願ってしまうのだ。

 どんなに辛くとも、相手がどんなに心配してくれようとも。

 強くあろうと、意地を張ってしまうのだ。

 

「風も強くなってきた。これは結構な雨が降るな」

 

 突如として自身の背中を押すように吹いてきた追い風にポツリと呟く。

 まるで、自分をさらけ出していいのだとエールを送っているように感じてしまうが、それでも彼は何もしない。ただ、空を見上げて雨が降り注ぐのを待つ。今の自分にとって祝福となるであろう雨を。

 

「ああ……雨だ…雨だ…!」

 

 切嗣の頬に大粒の雨が当たる。そして、止めどなく流れ落ちていく。

 次第に雨粒の数は多くなり、バケツをひっくり返したように降りだす。

 だというのに、切嗣は雨宿りをしようともせずに、ただ雨を受け止め続ける。

 

 この雨が、胸に残り続ける悲痛を、憎悪を、怒りを洗い流してくれるとでも言うように。

 

「――――――ッ」

 

 もはや嵐と言っても過言ではない天候の中、切嗣は何かを叫ぶ。

 声は聞こえない。雨の音でかき消されるから。

 口元も見えない。雨がカーテンのように彼を覆っているから。

 彼の姿がぼやける。まるで見えない何かに抱きしめられているように。

 

「―――――――ッ!」

 

 今度は膝をつきながら、彼は天へと慟哭(どうこく)の声を上げる。

 なぜだと問いかけるように、すがりつくように、自らを呪うように。

 彼はただひたすらに口を開き、何かを叫び続ける。

 

 

「――――――――――ッ!?」

 

 

 叫びは絶望に、慟哭は怨嗟へと変わる。

 だとしても、それに答える存在などこの世のどこにもいるはずもなく。

 男はただ1人で胸に誓うのだった。必ずなりたい自分(正義の味方)になると。

 

 そうすることでしか、彼女に報いることができないと思い、彼は口を閉ざす。

 もう叫ぶことは何もない。流すべきものも全て流した。

 ここに用はない。信乃も心配していることだろうし帰ろう。

 

 そう思ったところで、黒く大きな傘が彼の頭上を覆う。

 

「風邪をひくぞ、切嗣」

「……え?」

 

 信乃が迎えに来てくれたと思っていた切嗣は、その懐かしい()()の声に気の抜けた声を上げる。頭が正常に作動しない。なぜ男がここにいるのかが理解できない。もう、何年も会っていなかったはずだ。だというのに、なぜ今更。いや、理由は深く考えなくともわかる。だとしても、男がここにいるという事実が理解できなかった。

 

「なんで…なんで…?」

「花を供えに来た。流石に葬式の方は出るわけにはいかなかったからな」

「いや、それを分かっているなら…どうして……」

 

 思考が働かない。今までの感情全てが困惑に変わる。

 まさか、また出会うことが思ってなかったとばかりに切嗣は男を凝視する。

 丸い眼鏡に、自分によく似た、否、()()()()()顔立ち。

 男は、男の名前は―――

 

「10年ぶりか、切嗣」

 

「父…さん……!」

 

 衛宮矩賢(のりたか)。10年前に家を出て行った切嗣の父親である。

 そして、またの名を。

 

 

 

 

 

 ―――(ヴィラン)名『時の探究者(クロノ・シーカー)

 




起源弾は最初の頃は適当に起源は魂由来だから、転生してるし魂同じだからこっちでも切嗣の肋骨から作ろうかなと思ってました。でも、皆さんがヒロアカ世界でどう作るかを色々と考察してくれたので作者も真面目にこっちの世界ぽい手法で行きました。その結果、今作1の鬱展開(?)に。まあ、これで終わりなんで後は普通。

後、今回は銀髪赤目の女神様が何してるかイメージしながら読むと面白いかも。

次回はケリィパパ書いたら一時的に学校編に戻る予定。
1年との合同練習とかで相澤先生出るかも。
そしてその次はキングクリムゾンで3年編。他の学生と組んでインターンとか矩賢とか。



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