正義の味方に至る物語   作:トマトルテ
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13話:I am a HERO

 

 倒れ伏す切嗣に差し出される魔王の手。

 それは勝者から敗者へと向けられる尊敬の証。

 自分は目の前の人間より圧倒的に上位の存在だと誇示するための行為。

 

「最近はうるさいハエ(・・)が飛び回っていてね。それを潰すのに人を割いていて人手が足りないんだ。どうだろう、僕の下に来てくれないかい? 勿論、待遇は良いものにするよ」

 

 相手がヒーローだというにも関わらず、男は何食わぬ顔で切嗣を悪の道へ勧誘する。

 まるで、今までに何人もそうしてきたかのように。

 

「せっかくだ。矩賢君も説得してくれないかな? 赤の他人の私が話すよりも父親の君が話した方が良いだろう。ああ……縛られたままだと話しづらいか。(ほど)くからジッとしていなさい」

「……ありがとうございます」

 

 男が軽く指を鳴らすと矩賢を縛っていた拘束具が切断されていく。

 その光景に切嗣は軽い眩暈(めまい)を覚えながらも、ゆっくりと立ち上がる。

 口の中にはまだ血の味が残っているが戦うのに問題はない。

 

 問題があるとすれば、目の前の相手と戦って勝てるビジョンが欠片も浮かばないということだ。それ程までに男の実力は隔絶していた。今も隙だらけの姿勢で立っているというのに傷一つつけられる気がしない。

 

 言うなれば、天災に遭遇したようなものだ。

 ちっぽけな人間では何もできない。逃げることも、抗うことも許されぬ災害。

 それが目の前の魔王から感じられる凄みだった。

 

「切嗣、この方に逆らっても無駄なのは分かっているだろう。それにお前がこちらに下れば後ろの子の安全も保障される。どちらがメリットが多いか考えろ」

「矩賢君の言う通りだ。私は従う者は手厚く保護をするが、歯向かう者には少し(・・)ばかり痛い目に合ってもらうようにしているんだ。それに逃げることが出来ないのは良く理解しているだろう? いや、相澤君を囮にして逃げるというのなら不可能ではないかな」

「…………」

 

 切嗣は2人の言葉に何も答えずに相澤の容態を脇目に見る。

 呼吸をしているので命に別状はないようだが、目を覚ますのがいつになるかは分からない。

 揃って2人で逃げるのは不可能。勿論、相手を倒すのも不可能。

 

 従うか、それとも仲間を見捨てて逃げるか。

 それが切嗣が生き残るために残された道だった。

 

「僕に従うか否か、YESとNOどちらかな、衛宮切嗣君?」

 

 奈落の底のような闇を灯した瞳が切嗣を捉え、答えを迫る。

 その吐き気を催すようなプレッシャーに対し、切嗣は唇を大きく吊り上げ―――

 

 

「―――くたばれ(Fuck you)

 

 

 魔王を嘲笑って見せる。

 

「切嗣! お前何を!!」

 

「ハッ、ヒーローが悪に屈してどうする!

 不可能? 結構じゃないか。どうしようもないことを何とかするのがヒーロー! 

 仲間を守る! 悪も倒す! 両方を選び取る。それが出来ずに何がヒーローだッ!!」

 

 男を侮辱した切嗣を、矩賢が慌てて止めようとするがもう遅い。口から溢れ出す言葉はどこまでも力強く、それでいて静かに男の耳に届く。既に(さい)は投げられた。男は先程とは違う濃厚な殺意を漂わせ始める。

 

「つまり、今ここで死にたい(・・・・)ということかな、切嗣君?」

「聞こえなかったのか? 僕はお前を倒す」

「君は現実が見えている子だと思っていたけど、どうやら買いかぶっていたようだよ」

「見えてるさ。だとしても、僕は現実を見据えた上で押し潰されない様に抗わなきゃいけない」

 

 切嗣とて馬鹿ではない。目の前の男と戦えば100回やって100回とも殺されるだろう。

 分かっている。大人しく従った方が良いことぐらい。

 だが、それでも、自分の心だけは騙せない。

 

「理解できないな。災害を前に抗って何になる? 全ては無価値となって消えゆくのに」

「価値は無くとも意味はある。届かずとも星に手を伸ばし続ける。“なりたいもの”を目指すとはそういうことさ」

「“なりたいもの”? なら私の下に来るべきだ。権力・財力・暴力、全てが手に入るのだよ?」

「じゃあ1つ聞こうか。お前は正義か、それとも悪か?」

「質問の意図が分からないが……僕は悪だよ。人は僕を悪の魔王と呼ぶ」

 

 切嗣が何を言いたいのか分からずに首を捻る男。

 そんな男の様子に切嗣は馬鹿にするように鼻を鳴らし、高らかに(うた)う。

 

 

「なら話は簡単だ。僕の“なりたいもの”は―――正義(・・)の味方だからな」

 

 

 実に単純明快な理由だ。

 正義(・・)の味方なのだから、その反対の悪に(くみ)するわけがない。

 

 どれだけ力の差があろうとも。どれだけ魅力的な提案であろうと。

 正義の味方になりたいという想いに勝るはずがない。

 

 正義は悪に屈しない。幼児番組のような言い分だがそれが切嗣の理想なのだ。

 正しくあれ、優しくあれ、弱者の味方であれ。

 そんな理想論に憧れたからこそ、必死に現実に抗い続ける。

 

 誰もが涙を流さない世界という理想だけは、決して間違いではないのだから。

 

「例え、ここで命が絶えるのだとしても、最後の一瞬まで星に手を伸ばし続ける」

「……切嗣、お前は…なぜそこまで」

「絶対になりたい自分になるって……母さんと約束したからだよ、父さん(・・・)

「…っ! そうか…お前は…あれの希望を繋いでいるのか……」

 

 己が生の全てをかけて“正義の味方”を目指すと告げる切嗣。

 

 そんな息子の狂気とも呼べる情熱(願い)の正体が自らの妻の言葉だったと知り、矩賢は目を震わせる。彼の瞳に映る感情は、呆れなのか、尊敬なのか、はたまた愛情なのかはわからない。ただ1つ分かることは、切嗣の言葉は矩賢に何かを決意させることになったということだ。

 

「話は終わりだ、かかって来いよ―――悪党」

 

 言葉と共にコンテンダーを放つが、先程と同じように弾丸は衝撃波により打ち落とされる。

 これでは、起源弾も同じだろうと判断し、左手に母の形見のナイフを持つ。

 今のやり取りだけでも分かる。勝てない。負ける。殺される。

 だとしても、彼は勝利を疑っていないとばかりに不敵に笑ってみせる。

 

「ふ…はは…フハハハ! この僕が悪党? なんて久しぶりだろう。最後にそんなちんけな名前で呼ばれたのはいつだったかな。ああ……でも、何も間違っていない。僕は悪党だ。(なさ)けも容赦もなく、ただ残虐に自分の欲望を満たす悪党だ!」

 

 そして、そんな切嗣の言葉に何が面白いのか男は高らかに笑い声をあげる。

 子どものように無邪気に、冥府の亡者の泣き声のように、亡霊の怨嗟のように。

 ただただ、男は笑い声をあげる。

 

「気が変わったよ。“個性”だけ奪って殺さないつもりだったけど、僕は悪党だ。

 だから、君を―――いたぶって、奪って、殺すとしよう」

 

 悪魔の笑み。男の満面の笑みを見た者ならば誰もがそう言うだろう。

 およそ人間が浮かべられる表情ではない。どこまでも純粋な悪意が積もりに積もった笑み。

 

 人の泣き叫ぶ姿が好きだ。

 人の痛めつけられる姿が好きだ。

 人の心を弄ぶのが好きだ。

 人の悲嘆にくれるさまが好きだ。

 人の絶望するさまが好きだ。

 人の想いを踏みにじるのが好きだ。

 

 そして何より。

 

 人を―――殺すのが大好きだ。

 

 男の顔はそんな人間の悪意を煮詰めて出来たものだった。

 

「さて、こんな“個性”は見たことがあるかな?」

 

 そう言って、男は空気中の水蒸気を集めて掌に水で出来たボールを作り出す。

 大きさがスーパーボール程度のそれ自体は無害な存在。

 

「空気中の『水蒸気を集める』“個性”だ。もちろん、ただ集めるだけなら何の意味もない。まあ、相手の口を塞ぐという使い方もあるけど、今見せたいのはそれじゃない。この“個性”で集めた水を『物を撃ち出す』“個性”で放つとどうなると思う?」

 

 男の掌から水球が消え、切嗣に向かって弾丸のごとく襲い掛かる。

 切嗣はそれを加速によって難なく躱してみるが、内心は穏やかではなかった。

 水の弾丸を避けるのは難しくはない。だが、それは数が少ないうちだけだ。

 

「このように即席の水鉄砲(・・・)の出来上がりさ。因みに“個性”発動範囲はどちらも半径1m以内だ」

「半径1m内ならマシンガンを撃たれるのと変わらないな」

「ふふふ……強がっているね?」

 

 自分の背後にこれ見よがしに水の銃弾を浮かべる男に、強がって見せるがそれは通用しない。

 分かっているのだ。男の話しぶりからして、この程度で終わるはずがないと。

 

「確かに半径1m以内だと使い勝手悪い。だから、『“個性”の範囲を広げる』“個性”を使う。これで範囲は5mに増えた」

「ちっ、射程範囲か!」

「ははは、良く避けるね。まあ、この程度で不意打ちを食らってもガッカリだから、嬉しいよ」

 

 広がった射程範囲から再び加速して逃げるが、男はまだ本気で攻撃してこない。まるで、これは準備運動だとでも言うように。そしてそれは間違っていない。そう、まだあるのだ。さらに組み合わせる“個性”が。

 

「そして、『“個性”の範囲を広げる』“個性”を―――もう2つほど付け加える」

 

 瞬間、切嗣のわき腹に、背後から襲ってきた水の弾丸が突き刺さる。

 5×5=25mでそれをさらに5倍すれば範囲は、125mとなる。

 

「半径125m、直径で言うと250m。室内ならまず逃げ場はない」

「お前に撃たれる前に撃てば良いだけの話だ」

「威勢の良いことだ。まあ、まずは空間を支配されるという恐ろしさを知ってもらおうか」

固有時制御(Time alter)―――三倍速(triple accel)!」

 

 銃弾を避ける最も基本的な対策は高速で動き続けることである。

 その例に漏れず、切嗣も3倍速となり高速軌道を開始する。

 4倍ではなく3倍なのは長く動き続けるために負担を減らすためだ。

 

 これならば、相手はそう簡単に自分を捉えることが出来ない。

 そう考える切嗣だったが、すぐに自分の考えの甘さを思い知らされることとなる。

 

「3倍速程度で僕の目が誤魔化せると思ったのかい?」

(左右同時攻撃…!? 完全に僕の動きを捉えている!)

「ほら、避けないとあっという間にハチの巣だよ」

 

 “個性”の発動範囲がこの空間全体というのは、どこから狙われているか分からないのだ。予備動作など要らないし、弾切れもない。障害物も意味をなさない。ここら辺に居るという当たりをつけて、無数に撃ち込めば当たる。加えて“個性”により強化された男の視力や聴力の感覚器官は、切嗣を決して逃がさない。

 

「そら避けろ」

(ちっ、足下一面にか!)

 

 男に近づこうとするが、足下に弾幕を張られジャンプして避けることを余儀なくされる。そして、避けたと思ったら今度は真上から滝のように弾丸が降ってくる。それも転がることで回避するが、これは何の意味もない行為だ。

 

 今の攻撃は順々にやったから避けられたのだ。

 同時に放たれていれば今頃はハチの巣になって転がっていただろう。

 それが今も生きている理由は1つ。

 

「ほぉら、踊れ踊れ」

 

 男に遊ばれているからだ。

 新しいおもちゃを買ってもらった子どものように、はしゃぎながら遊び方を試している。

 壊れて使い物にならなくなるまで、どうやって楽しむか。

 

 どこまでも楽しそうに、男は邪気の無い笑顔で考えるのだった。

 

「どうしたんだい? いつまでもそんなところに居たら僕は倒せないよ」

「余計な…お世話だ…ッ」

「それとも僕を倒すのを諦めるかい? その方が実に効率的(・・・)じゃないか」

「ハ、目標を達成する上で(・・・・・・・・・・)諦めるという行為は最も非効率なことだよ」

「それは為になることを聞いた。では、どこまで諦めずに頑張れるか試してみるとしよう」

 

 銃撃の雨の勢いが増す。

 既にガトリングという比喩ですら表せない程に弾丸が戦場を飛び交っている。

 しかし、いつも逃げ道が1つだけ用意されている。

 

 罠だ。いや、これはワザと逃がすことで遊びを長続きさせるための縛りだ。それに気づかない切嗣ではない。だとしても、その遊びに乗る以外に道はない。目標(・・)を達成するためには無様に逃げまどいながら、進み続けるしかないのだ。

 

 例え、行きつく先が―――怪物の胃袋の中だと分かっていたとしても。

 

「あははは! 良く逃げるね。じゃあ、今度はこんなのはどうかな?」

 

 切嗣の目の前に“壁”が現れる。それは弾丸でできた壁だ。子ども一人抜けられるような穴は開いていない。この壁の弾丸すべてが同時に放たれれば逃げ道はなくなる。それが何を意味するか、理解できない程切嗣の心は死んではいなかった。

 

「壁に押しつぶされる恐怖というのも中々に面白そうだ。後で感想を教えてくれないかな?」

「黙ってろ、この壁を乗り越えた時がお前の終わりだ」

「それはそれは―――楽しみだ!」

 

 壁と化した弾丸の集合体が寸分の狂いもなく、同時に撃ち出される。

 

(コンテンダーじゃ、あの数は破れない。キャリコで弾丸をぶつけ合わせて相殺する!)

 

 判断を下すや否やコンテンダーを捨ててキャリコに変え、自分の前の壁に弾切れするまで連射する。そして、こじ開けた穴めがけて4倍速で切嗣は駆け出していく。打ち落としきれなかった弾丸が、数発ほど体に突き刺さるが無視をする。もう、これ以上相手が遊んでくれることはない。故にここで決めなければならない。

 

(速攻を仕掛ける以外に残された道はない! ここで決めないと死ぬ!)

 

 加速を止めずに仁王立ちする男の首元にナイフを向ける。

 首元に強い衝撃を与えて意識を刈り取ることで、男の“個性”を止める。

 意識を残してしまえば例え致命傷を与えたとしても、次の瞬間に自分はハチの巣にされる。

 殺すという選択を獲らない以上、意識を刈り取る以外に道はないのだ。

 

 

固有時制御(Time alter)―――五倍速(quintuple accel)ッ!!」

 

 

 そして、そのために命を燃やす。

 後先など一切考えない捨て身の加速。

 限界を超え、血反吐を吐きながら切嗣は男の首に襲い掛かる。

 

 ナイフが当たるまで後2m。目が出血し視界が赤く染まる。

 

 ナイフが当たるまで後1m。自分の(あばら)骨が折れる音が聞こえる。

 

 ナイフが当たるまで後30cm。走る感触もナイフを握る感触も無くなる。

 

 ナイフが当たるまで後―――0cm。

 

「うぉおおおおッ!!」

 

 命を燃やし尽くす雄叫びを上げ、切嗣はナイフを大きく振るう。

 そして、彼のナイフは男の首を見事に捉え―――完璧に打ち抜いた。

 

 

 

「おっと、危ない危ない。硬化の“個性”を使わなかったら気絶してたよ」

 

 

 

 だが、現実はどこまでも非情だ。

 掠り傷一つ着くことなく、邪悪な笑みを浮かべる男の姿に切嗣は悟る。

 男は5倍速であっても簡単について来れていた。なにより、ワザと攻撃を受け入れたのだ。

 

 何のために? 決まっている自分を―――絶望に落とすためだ。

 

「いやぁ、実に素晴らしかったよ。己の限界を超えた最後の一撃。まるで映画のようなシーンに思わず心が震えたよ。映画なら間違いなく大逆転のフィナーレだね。だが、惜しむらくはこれがフィクションではなく―――現実であったということだ」

 

「……ばけ…もの…が…ッ」

「化け物とは失礼だね。僕はただほんの少し(・・・・・)人より長く生きている人間さ」

 

 そうおどけて見せながら、男は冷たい瞳で膝をつく切嗣を見下ろす。

 これが男の本性だ。丁寧な言葉使いも、柔らかな物腰も全て人を見下すためのものにすぎない。

 

「人間…? 馬鹿を言うな。お前の目は自分以外の人間を下等種族だと思ってる奴の目だ」

「ふふふふ、見下してなどいないさ。ただ、僕は自分を魔王だと思っているだけだよ」

「それを見下していると――ゴフッ!?」

 

 話している最中にも切嗣の口から黒ずんだ血が溢れ出す。それを見て、男はますます笑みを深め一際大きな拍手を送る。男の態度に一体何をする気だと眉をひそめる切嗣に、男は朗々とした声で告げる。

 

 正真正銘の死刑宣告を。

 

「僕を楽しませてくれたお礼だ。1つチャンスを上げるよ。今から行う攻撃を全て避けられたら、君も、もう1人の子も奪うのを止めてあげるよ」

「な…に?」

「嘘じゃないさ。久しぶりに楽しめたからね。“個性”を手に入れられなくても惜しくはない」

「本当だな…? 相澤君も見逃すんだな?」

「神に誓っていいよ。まあ―――避けるなんて不可能だけどね」

 

 

 次の瞬間、切嗣は頭上も含めた360度全方位を、水の弾丸にビッシリと覆われていた。

 

 

「うーん、流石にこれだけやると姿が見えないな。のたうち回る様をじっくりと“鑑賞”したかったんだけどね」

「この…悪魔が…ッ」

「ははは、良く言われるよ」

 

 高く悍ましい笑い声を聞きながらも切嗣は必死に対策を考える。

 

 先程のように弾丸の中を突っ切って行ける確率0%。

 この場に立ち止まり全てを防ぎきれる確率0%。

 奇跡的に生きていても男から逃げ切れる可能性0%。

 

 それらを考慮した上での自らの死亡確率(・・・・)は―――100%

 

「クソッタレが……」

「それでは、サヨナラだ。衛宮切嗣君」

 

 無限とも思える水の弾丸が一斉に切嗣に襲い掛かかっていく。切嗣はそれに対し、最後の抵抗として頭を手で庇い(うずくま)る。後は当たり所が良くて生き延びられるという奇跡(・・)を祈るしかない。

 そして―――

 

 

固有時制御(Time alter)―――無限加速(infinite accel)ッ!!」

 

 

 あり得ない声を聞いた。

 

「これは……まさかこうなるとはね」

 

 全ての弾丸を撃ち終えた男が、吹き上がる血しぶきを見て薄く笑う。

 そして、切嗣は自分の身に何が起きたのかを理解し、掠れた声を出す。

 

「うそ…だろ…?」

 

 結論から言うと、切嗣は全ての弾丸から逃れていた。

 だが、それは何も彼自身の力で逃げたわけではない。

 庇われていたのだ。自身を守るために覆い被さって弾丸を全て受け止めた、父親(矩賢)に。

 

「父さん…? なんで僕なんかを庇ったんだ…ッ。父さんは研究が全ての人間だろう!? 父さんが死ぬ必要なんてないんだ! 僕が死ぬだけで良かったんだ!! そもそも、僕には父親(・・)に庇われる資格なんて――」

 

「―――無事か?」

 

「あ……」

 

 その一言で十分だった。

 矩賢の一言は、理解できないとばかりに叫んでいた切嗣に全てを理解させる。

 なぜ自分を庇ってくれたのか。なぜ我が身を犠牲にしてくれたのか。

 

 単純だ。単純すぎる答えだった。

 矩賢は当たり前の行為をしただけ。

 彼はただ、父親だから息子を守ったのだ。

 

「……無事…だよ。父さんが…守って…ッ、くれたから…!」

「なら…いい…。切嗣………生きるん…だぞ」

 

 それだけを最後に言い残し、支える力を失った矩賢の体が崩れ落ちていく。

 切嗣はただ茫然と見つめることしかできなかった。

 

「なんで…なんで…なんでだ…!?」

 

 なぜ父が倒れなければならない? 切嗣は苦しみだけを生む問いを自らに問いかける。

 時を止めて自分を守りに来てくれたのは分かる。だが、2人揃って逃げ出せれなかったのか。

 

 矩賢はあくまでも研究者だ。10秒の間に高校生男子を背負って脱け出ることなどできない。

 では、自分を吹き飛ばせば良かったのではないか。

 

 切嗣はそう考えるが、同時にそれはできないことに気づく。男は今から行う攻撃を全て(・・)避けたら“個性”を奪うのを止めると言った。そして、時が止まっている状態であっても切嗣は全方位を弾丸で囲まれていた。

 

 切嗣を吹き飛ばしたり、外に連れ出そうとすれば必ず弾丸に当たってしまう。それでは男は避けたとは認めないだろう。必ず当たったと主張する。だから、矩賢は己が身を盾として庇うことを選んだのだ。切嗣が確実にこの場から生きて帰られる道を残すために。

 

 それは偏に―――愛だった。

 

「父…さんッ! 父さん…ッ!」

「いやぁ、実に見事だ。父親が子を命がけで守る。

 素晴らしい悲劇(・・)だ。部下に裏切られたというのに実に清々しい。

 ああ、最高級のワインを贈りたい気分だ。最高の劇を見せてくれたお礼にね」

 

 自分が父親に取ってきた今までの態度に絶望し、慟哭の声を上げる切嗣とは反対に、下手人である男は壮大な劇を見終えたとばかりに喝采を送る。

 その、自分が殺したとまるで理解していないような態度に、切嗣は殺意の籠った視線を送るが、涼し気な顔で流されてしまう。

 

「貴様…!」

「おっと、僕に挑んできてもいいけど、それはせっかく拾った命を捨てるということだよ。何、安心しなさい。約束通り、僕は君から何も奪わない(・・・・)。“個性”も命もね」

「クソ…ッ」

 

 血が滲み出る程に拳を握り締めるが戦うことはしない。

 男の言う通りだ。戦えば殺され、父が命を賭して守ってくれた自分を捨てることになる。

 だから、目の前の相手をどれだけ恨もうとも戦うことはできないのだ。

 

「しかし、本当によく分からない男だったよ。時の探究者(Chrono Seeker)は」

 

 男がなにやら語り掛けながら矩賢に近づいてくる。それに対して、切嗣は拒むことも止めることもできずに悔しそうに歯軋りをする。

 

「研究のためなら人道なんてものはどうでもいいという性格なのに、家族はしっかりと守るんだからね。いや、矛盾を抱えているというのも人間の本質かな」

 

 男は矩賢を悼む様にその顔に手を載せ、黙祷(もくとう)を捧げるように目を閉じる。

 

「さて、そろそろ僕は行くとしようかな。これでも忙しい身でね」

「……名も知らない誰かを傷つけるためにか?」

「結果的にはそうなるかもしれないけど、僕としては知っている人間がメインさ。名も知らない人間より、知っている人間を傷つける方が楽しいに決まってるだろう?」

 

 そう言って、ニッコリと一種の神々しさすら感じさせる笑みを浮かべて見せる男。

 そんな背筋が凍り付くような笑みを見た瞬間に、切嗣は逃走を図ろうとする。

 だが、魔王を前に逃げることなど不可能だ。

 

 声を上げる間もなく、矩賢の顔に載せていた手を同じように顔に載せられてしまう。

 

 

「僕は君から一切を奪えない。でも―――与える(・・・)ことならできる」

 

 

 刹那の後、切嗣の体に異物が入ってくる。

 

「づ…ッ! あぁああああああッ!?」

 

 体の内側から火山が噴火している。比喩抜きに切嗣は本気でそう思った。

 内臓が燃え、喉が焼きただれ、血管が血液の代わりにマグマを送っている。

 そうとしか思えない激痛が、肉体の変化(・・・・・)として起こっているのだ。

 

「ふふふふ、どうかな―――父親の“個性”を与えられた気分は?」

「……父さんの…“個性”…だと? …どういう…ことだ…ッ」

「僕の“個性”は奪い、与えること。だから矩賢君から奪い、君へ与えた。“固有時制御”をね」

 

 肉体を作り変えられる激痛にのたうち回る切嗣を、実に楽し気に見下ろしながら男は講義でも行うように語り始める。

 

「“個性”とは、その名の通り1人1人のアイデンティティと言っても差支えがない程のものなんだ。他人の“個性”を自分の肉体に入れるというのは、言うなれば他人の血液を体に入れるようなもの。当然のごとく拒絶反応が出る場合がある。まあ、『“個性”を与える』“個性”なんて使えない代物だとそういうデメリットは抑えられるんだけどね。残念ながら僕の“個性”だと、そういうことが起きることがある」

 

 “個性”は1人1つという大前提があるからこそ“個性”と呼ばれる。

 そして、人間が進化の果てに手に入れたとされるそれは、常に都合の良いものではない。

 扱いを誤れば自らを滅ぼすことすらある代物なのだ。

 故に安全面から考えれば、他人の“個性”を体に入れるという行為は非常に危険なのだ。

 

 例え、その“個性”が実の親子の物であったとしても。

 

「特に複数“個性”を持たせるとなると危険が高くなる。だから、いつもは“個性”が馴染む“個性”なんてものを使っているんだけど、これ以上、君に触ると矩賢君に怒られそうだから止めておくよ」

「くっ…だとしても……同じ“個性”だぞ…? づぅッ…! それが拒絶反応なんて…グッ!」

 

「同じ“個性”と言ってもそれを構成する要素まで全てが同じわけじゃない。

 一卵双生児とて全く同じ存在じゃない。それに考え方を変えてみるといい。

 S極の磁石と同じS極の磁石が近づけば反発しあう。

 それと同様に同じ“個性”同士が反発し合っているとは考えられないかな?」

 

 体が内側から爆発しそうになるのを切嗣は何とか抑えながら立ち上がろうするが、足を立たせることが出来ない。そんな切嗣の様子をジックリと観察するために男はしゃがみ込み説明を続ける。

 

「そして、複数“個性”を持たせるとね、稀に“個性”が融合することがあるんだ。『“個性”を与える』“個性”と『力をストックする』“個性”が融合したようにね」

 

 一瞬どこか遠くを見つめる目になる男だったが、すぐに元に戻る。

 

「僕もそれで色々と試しているんだけどね。同じ“個性”が融合した場合はまだ見たことが無いんだよ。何も変化が起きないのか、それとも僕みたいに2つを同時に使えるようになるのか。君がその答えを示してくれると嬉しい。

 

 まあ、その様子だと残念ながら―――死ぬ(失敗)だろうけどね」

 

 

 殺す気はなかった。ただ、与えた“個性”の影響で勝手に(・・・)死んでしまったら仕方がない。

 まるで、そうわざとらしく弁解するような口調で告げ、欠片も残念に思っていない顔で笑う男。

 切嗣はそんな男に最後の抵抗として睨みつけるが、男の笑みはますます深まるばかりである。

 

「言っただろう? いたぶって、奪って、殺すってね」

 

 切嗣を徹底的にいたぶり(・・・・)、矩賢から奪った(・・・)“個性”で殺す(・・)。これほどまでに悪辣な有言実行も他にないだろう。そして、それを能力的にも精神的にも実行できるのもまた、この魔王しかいない。

 

「ハハハ、それにしても面白い。命を投げ出して息子を守った父親の“個性”がその息子の命を奪うなんてね。実に皮肉の効いた演出だとは思わないかい?」

「貴様…地獄に…落ちろ…ッ!」

「おお、怖い怖い。でも、僕は神に仇なす魔王なんでね。地獄など怖くともなんともない」

 

 自らに向けられる怨嗟(えんさ)の声を気持ちよさそうに受け流しながら男は言う。

 この世に怖いものなどなく、自分の思い通りにならない物はないと。

 そんな運命すら支配する魔王の足下で。

 

 

 

「……『身代わり』発動…ッ」

 

 

 

 ―――息子の死の運命を捻じ曲げるために、父は最後の力を振り絞っていた。

 

「父さん…生きて…!」

「まだ動くのか。それにこれは僕が与えた“個性”…? 先に回収するべきだったか…ッ」

 

 驚く2人をよそに矩賢は“個性”『身代わり』を切嗣に使用する。

 すると、切嗣の苦しげな息が収まっていき、代わりに矩賢の体が軋みを上げて崩壊していく。

 矩賢は以前にこう言っていた。

 

『私が頂いた“個性”は『身代わり』だ。自分の手で触れている任意の対象に自分のダメージを身代わりにさせることが出来る。無論、相手のダメージを自分が受け持つこともな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 そう、矩賢は最後の命の搾りかすを使い、切嗣のダメージ全ての身代わり(・・・・)となったのである。

 

「……切…嗣」

「父…さん! どうしてまた僕を…!? 何もしなければ死ななかったかもしれないのに!!」

「あれが…妻が…託した息子(希望)を…未来に…! ……(つな)ぎたかった…だけだ…」

 

 子どもとは未来への希望だ。

 

 思い描く人生を送って欲しい。幸せになって欲しい。

 親であれば、良いものであれ、悪いものであれ、子どもに希望を託す。

 

 あのエンデヴァーですら、オールマイトを越えるという希望を息子に託しているのだ。

 切嗣とて娘に、自分達が居なくなった後の世界を生きて欲しいという希望を託していた。

 それと同じ理由だ。矩賢は未来に希望を託したのである。

 

 亡き妻の、息子になりたいものになって欲しいという願いを叶えるために。

 

「それに…最後ぐらい…本当の…家族らしく…な…」

「なんだよ…本当のって…! あんたは…あんたは…僕の本当の家族だろ!?」

 

 自分の命を守ってくれた父の腕を掴みながら、切嗣は頬から涙をこぼす。意図して流れた物ではない。だからこそ、それは切嗣の嘘偽りのない想いだった。そんな涙を見て、矩賢は驚いたようにフッと柔らかい笑みを浮かべて小さく口を開く。

 

 

「そうか…そう…言ってくれるか。……ああ―――安心した」

 

 

 握っていた腕から力が抜け、崩れ落ちていく。

 矩賢は今度こそ、心の底から安心した顔で逝ったのだ。

 父としての役目を最大限に果たして。

 

「なんで…また…僕の身近にいる人間は…僕のために消えていくんだ……ッ」

 

 切嗣は父の亡骸の前で呆然とつぶやく。もはや怒りも憎しみも湧いてこない。ただ、己の不甲斐なさを呪うばかりである。いっそ、罪深いこの命を自らの手で絶った方が良いのではないかとすら思う。

 

 だが、それはできない。何故なら、切嗣は生かされたのだから。

 どんなに悲しくとも、辛くとも、絶望していようとも。

 

 なりたいもの(正義の味方)として、悲しみを断ち()り、未来へ希望を()がなければならない。

 

「……まさか、僕の手から二度も逃げ延びるとはね。親の愛がそれだけ偉大ということもあるかもしれないが、君は間違いなく幸運(・・)だよ、切嗣君」

「幸運…だと…?」

 

 自分のために身代わりになって死んでいく人を見るのが、幸運だとでも言うのかと。

 切嗣は殺気を隠さずに男を睨みつけるが、男の様子は先程の楽しそうなものではなかった。

 まるで、賢者のように思慮深く酷く静かで、別人ではないかと疑ってしまう程である。

 

「君は生き延びている。この僕が殺すと決めたのにも関わらずに二度もだ。だから、今度こそ確実に殺す。もし、これで殺せないのなら僕に君は殺せないという運命なんだろう」

「犯罪者が約束を守るなんて元から信用してないが……搦め手でもなく正面から破りに来るか」

「回りくどいやり方はやめだ。正々堂々、正面から約束を踏み潰しに行かせてもらおう」

 

 そう告げる男の顔からは慢心が消え去っていた。

 男は切嗣をおもちゃではなく、敵と見定めたのだ。

 故に、確実にこの場で消し去ると決め、無数の水の剣軍で切嗣を取り囲む。

 

 もし、それが叶わないのなら切嗣は、魔王の敵である―――女神にでも愛されているのだろう。

 

「さあ、三度目の正直だ」

 

 男はそう短く告げ、剣軍を襲い掛からせ。

 

 

「ハッ、二度あることは三度あるという言葉を知らんようだな?」

 

 

 その全てを地獄の業火(ヘルフレイム)にて一瞬で蒸発させられてしまう。

 

「すまんな、衛宮。気に食わん(・・・・・)増援の相手をしていたおかげで遅くなった」

「この炎は……燃焼系ヒーロー、エンデヴァーか。少し時間をかけ過ぎたかな」

「いや、貴様は時間をかけさせられたんだ。今まさに殺そうとしていた相手にな」

「なんだって…?」

 

 驚いてこちらを見る男に対して、切嗣は仕返しとばかりに唇を吊り上げてみせる。

 切嗣のこの戦いにおいての戦略目標(・・)は増援が来るまでの時間を稼ぐことだったのだ。

 なおかつ、それは自分が生き残るための行為ではない。

 

「そうか。最初にあれだけ僕を煽って来たのは、自分に攻撃を集中させて相澤君に助けが来るまでの時間を稼ぐためか……自らを犠牲にして他者を守る。実にヒーローらしい反吐が出る行為だね」

「誉め言葉として受け取っておくよ」

 

 最初から切嗣は勝てないと分かった上で、相澤だけでも助けようと時間を稼いでいた。

 結果としては、切嗣1人の力では達成できなかったが、矩賢の献身により達成できた。

 そう、矩賢の死は確かに価値のあるもので、最後まで息子を守り抜いたのである。

 

「まんまとはめられたよ。―――しかしだ。直接、僕と戦った切嗣君なら分かるだろう?

 如何に№2ヒーローのエンデヴァーであろうと、1人だけ(・・)では僕を倒せないとね」

 

 相手を侮るわけでもなく、男は淡々と純然たる事実を述べる。エンデヴァーが弱いわけではない。ただ、男が強過ぎる程に強いのだ。勿論、エンデヴァー相手では本気で行かなければ逆に殺されるだろうが、それでも勝利は揺るがない。

 

 男は正真正銘の化け物なのだ。人間の極致に立っているだけのエンデヴァーでは荷が重い。しかし、物事を難しく考える必要はない。相手が化け物ならば、こちらも“化け物”をぶつければいいのだ。

 

「フン、聞こえなかったのか? 気に食わん(・・・・・)増援の相手をしていたとな」

 

 エンデヴァーの言葉と共に天井が崩壊し、何者かが男の頭上に隕石のような拳を叩きこむ。

 それを片手で受け止める男であったが、その顔からは先程までの余裕は完全に失われていた。

 

「また…君か…! ―――オールマイトッ!!」

 

「それはこっちのセリフだ、オール・フォー・ワンッ!!」

 

 エンデヴァーにとって心底気に食わない増援(・・・・・・)、オールマイトはさらにもう一撃、拳を振るう。

 その威力は凄まじく、受け止めたオール・フォー・ワンの足元に巨大な(ひび)が入る。

 だが、A(オール)F(フォー)O(ワン)本体に目立ったダメージはなく、すぐに吹き飛ばされてしまう。

 

 しかし、効いていないのはオールマイトも同じで、空中で一回転して体勢を立て直しながらエンデヴァーの隣に立つ。

 

「いやぁ、まさか君と肩を並べて戦える日が来るとは思ってなかったよ」

「肩を並べるだと? 誰が貴様と肩を並べているというんだッ!」

「いや、言葉のあやというか。実際に並べているわけだしね……」

 

 目の前のAFOに対する以上に剣呑な視線を送るエンデヴァーに、思わずシュンとしてしまうオールマイト。だが、彼は勘違いをしている。エンデヴァーは肩を並べることを嫌がっているのではない。自分はオールマイトと同等の力などないと、絶望する程に理解しているからこそのセリフだ。

 

「ふん、だから貴様は気に食わんのだ。共闘などまっぴらごめんだな」

「今の状況でかい!?」

「ちっ、だから言っただろう。俺は勝手にやる。ただ―――同じ方向を向いて戦ってやるとな」

 

 それがエンデヴァーの最大限の自らへの(・・・・)譲歩だった。

 オールマイトを越す力も、同等の力を持つこともできない人間に許される唯一の行為。

 そんな心の葛藤を知ってか知らずか、オールマイトは笑ってみせる。

 

「そうかい、ならこっちも勝手に言わせてもらうよ」

 

 ビシッとAFOを指差し、オールマイトは高らかに宣言する。

 

 

「オール・フォー・ワン、これが年貢の納め時だ! 何故なら―――私達(・・)が来たッ!!」

 

 

 今ここに、史上最強のヒーロータッグが結成されるのだった。

 





死なない=主人公補正=幸運=聖杯の寵愛。なお幸運はよそから持ってくる。




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