神話の再現を見ている。
切嗣は相澤の治療を行いながら、目の前で起こる戦いを見て漠然と思う。
御伽噺でも何でもなく目の前に実在する魔王に挑むは勇者2人。
生ける伝説オールマイト。そんな伝説の背中を追い続ける、ただの人間エンデヴァー。
闇社会を牛耳る正真正銘の怪物に、平和の象徴とも言える英雄のタッグ。
目の前の光景をマスコミが知れば、それこそ100年は語り継がれるものになるだろう。
だが、これは決して表に出してはならない類の戦いだ。
幾度となくそうした戦いに身を投じてきた切嗣だからこそ分かる。
お互いがお互いを本気で殺しに行き、息を吸うように致命傷を与える攻撃を行う。
とてもではないが平和な世界に知らせて良いものではない。
どちらが勝とうとも、この戦いはこの場に居る者たち以外が知ることはないだろう。
故に、これは―――語られることのない神話だ。
「
初めに仕掛けたのはオールマイトだった。踏み込んだ地面が爆発するほどの脚力を活かし、自らをミサイルとしてAFOに体当たりをかます。
「『瞬発力』4倍、『
しかし、AFO相手にはミサイルなど意味がない。増幅させた筋力腕力を十二分に生かし、真正面からオールマイトを受け止め、あろうことかそのまま投げ捨ててしまう。だが、敵はオールマイトだけではない。すぐさま、炎の大嵐がAFOを襲う。
「フレイム・サイクロン!」
エンデヴァーの両の手から放たれた2つの炎の竜巻。
それはオールマイトの攻撃を防いだばかりのAFOに当たる、ことはなかった。
「無駄だよ。『風を操る』“個性”」
突如として吹き荒れた豪風が炎の竜巻を飲み込み、その軌道を逸らしてしまう。
「やめておいた方が良い、エンデヴァー。僕は風を操れるから相性は最悪だ」
「わざわざ敵に忠告か?」
「単なる親切心さ。君程度じゃ、この戦いには生き残れないと思うからね」
「フン、余計なお世話だ。何より、その程度の対策を俺が取っていないとでも思うか?」
AFOの挑発に冷ややかな言葉を返し、エンデヴァーは掌に炎を集中させ一振りの剣を生み出す。
「レーヴァテイン」
「……なるほど。風で吹き飛ばされない様に、炎を圧縮させて白兵戦用に変えたのか」
「御託は良い、行くぞ」
短く言葉を切り、エンデヴァーが炎の噴射を利用した加速で一気にAFOに詰め寄り、胴体を一閃する。
炎の剣レーヴァテインは常に“個性”を発動させ、なおかつ近距離で扱うので風などで吹き飛ばされる心配が無い。近接戦闘を仕掛けなければならないという欠点を無視すれば、一瞬で敵を焼き切る必殺と言っても過言ではない。
だが、それでも。
「ははは、ちょうどいい湯加減だよ」
人間ではない魔王を殺せはしない。
炎の剣で胴体をまともに斬られたはずの男は怪しく笑うだけだ。
「確かに叩き斬ったはず…いや、そうか…!」
服が溶けて剥き出しになった肌と立ち昇る蒸気を見て、エンデヴァーは理解する。
AFOの肌は『硬化』の“個性”により強化し、さらに空気中の水分を胴体に纏わせることでエンデヴァーの炎の威力を無効化していたのだ。
「炎の剣とはなかなか良いアイデアだけど、刀身が無い分、物理攻撃力は低いみたいだね。それじゃあ僕の防御は抜けない。そして何より、隙を生み出す」
「チッ!」
一度剣を振り切ればどんな達人も二撃目を放つまでに間が空く。
エンデヴァークラスともなれば、それは微々たるものにすぎない。
しかし、AFOにとっては人を一人殺してなお、お釣りがくる時間だ。
「『空気を押し出す』“個性”と『筋骨発条化』の“個性”を合わせるとどうなるか、身をもって味わってみるといいよ」
そう言って、AFOは既に発動している『瞬発力』4倍、『
「させるかぁッ!
だが、その山をも砕く一撃はオールマイトがAFOを拳でふき飛ばすことによって逸らされる。
逸らされた空気の波動は、部屋の天井を容易く粉砕し、それに止まることなく上の階をも破壊しつくす。AFO本人は壁に叩きつけられて土煙の中に消えているが、大してダメージは受けていないだろう。
「無事だったかい、エンデヴァー?」
「あの程度、自分でなんとかできた。礼は言わんぞ」
「まあ、礼を言われたくてやったわけじゃないしね!」
「チッ…まあいい。それよりも、あの男、自分ごと生き埋めにするつもりか?」
「流石にその気で撃ったとは思えないけど……やると決めたら迷わずやる奴だよ、あいつは」
ここは地下深くなのだ。
天井を破壊するだけでなく、自爆用の爆弾を発動させるだけで簡単に生き埋めにできる。
しかし、常識的に考えれば自分が居るのに生き埋めにするわけがない。
だが、目の前の男はいざとなれば間違いなく実行するとオールマイトは経験から理解していた。
AFOは伊達に長くは生きてない。血気盛んな若者とは違う。
自分が負けそうならば戸惑いなく逃げる道を選ぶ。
そして、次は確実に殺せるように、力を蓄えるという
AFOは傲慢で残虐だ。しかし、どこまでも冷静な思考を持ち判断を誤ることはしない。
例え、純粋な力で上回っていたとしても知略でもってこちらを殺しに来る。
本当に恐ろしいのは“個性”ではなく、奴の頭脳なのだ。
でなければ、正義も法もない裏世界の住民を心の底から屈服させるなど、できないだろう。
「うーん、今のは結構効いたね。思わず気絶するかと思ったよ、オールマイト」
「……ふらつくことすらなく立ち上がっておいて良く言う」
「ははは、バレたかい?」
そしてAFOは予想通りに簡単に起き上がってみせた。
口で笑い声を出してはいるが、その顔は残虐という表情が張り付いたまま凍っている。
その表情は歴戦の2人であっても、自らの死を連想せざるを得ない“怪物”そのものだ。
「決着は早い方が良いね。時間をかければかける程、嫌なことをしてきそうだ」
「そのようだな。面倒だがこっちには
「いやぁ、結構ハードな状況だね。でも、まあ、そんな状況を何とかするのがヒーローか」
そう言って、平和の象徴とまで言われるようになった笑みを浮かべるオールマイト。
オールマイトはどんな時でも笑う。その理由が何であるかはエンデヴァーには分からない。
だが、理由などどうでも良かった。
オールマイトの笑顔は平和の象徴であると同時に、強さの象徴である。
越えたいと願い続け、遂に己では超えることは出来ぬと絶望した強さだ。
それを、目の前の魔王などと抜かす男などに、
「…………サポートをやる」
「え?」
「
ぼそりと呟かれた言葉に思わずオールマイトが目を見開き、それにエンデヴァーは怒鳴り返す。
「俺の炎はあの男には防がれる! なら、鋼鉄だろうがダイヤだろうが砕く、お前の拳で決めるのが一番だ! 違うか!?」
「違わないけど……良いのかい。君はサポートなんてガラじゃないだろう?」
「ああ! 貴様のサポートなど反吐が出る!! 普段なら死んでもやらん!!」
「そ、そこまで言うかい……」
「そうだ! そこまで気に食わん! だがな、それ以上に!!」
エンデヴァーのあまりの言いように、大真面目にへこみかけるオールマイト。
だが、エンデヴァーが言いたいのは、伝えたいのはそんなことではない。
「―――貴様が負けることが気に食わんッ!!」
それがエンデヴァーの嘘偽りのない本音だった。
彼は馬鹿ではない。だから先程の戦闘だけで理解した。
AFOに自分では勝てないことを。そして、
別に死ぬのが怖くなったわけではない。ヒーローなのだ。いつだって死ぬ覚悟はできている。
だが、しかし。―――オールマイトが負けることだけは許せなかった。
ああ、自分の命ぐらいならくれてやろう。
だが、オールマイトへの勝利だけはくれてやるわけにはいかない!
ずっとその背中を追ってきた。
恨み、憧れ、今では尊敬すら抱いている。
そんな自分にとっての全てと言ってもいい強さを。
「貴様を倒すのは! 貴様の背中を越えていくのはッ! このエンデヴァーだッ!!」
誰とも分からぬ馬の骨に越えさせてなるものか。
その為ならば、辛酸を舐め、苦汁を飲みほそう。
全ては、いつの日にか自らがオールマイトを越えるために。
「エンデヴァー……そうか、そうだね。私を超えるなら確かに君しかいない」
「下らん世辞はいらん」
エンデヴァーの“個性”以上に熱く燃え上がる執念にオールマイトは破顔する。
それはヒーローの重責から自身を鼓舞する笑顔ではなく、自然な笑顔であった。
だからこそ、オールマイトは嘘偽りのない信頼を彼に託す。
「いや、本心からそう思っているさ。じゃあ―――背中は任せたよ」
「ああ、貴様は―――勝利だけを見ていろ」
目の前の相手に勝つ。
その決意を固めた男達に越えられぬ壁などない。
「感動的だね。でも、無意味だ」
だが、目の前の男は壁などといった生易しいものではなく崖だ。
頂上が雲に隠れて見えぬ程に高い。
人が到達できる限界など優に超えている。
「無意味じゃないさ。
しかし、忘れてはいけない。
限界を超えていくことこそが人の生きるということである。
何より、幾度となく限界を超えた人間こそが、
「―――
炎の拳とも言える一撃がAFOに向けて放たれる。
オールマイトの右腕から放たれた風圧にエンデヴァーが炎を乗せる。
言ってしまえばそれだけのことだが、その威力は絶大だ。
「なに? 風で向きを逸らせない…?」
「先程まで逸らしていた炎と一緒にしないことだ。今はオールマイトの力が加わっているぞ!」
さらにエンデヴァーの炎を風で増幅させることで、純粋な威力も底上げする。
並みの
だが、AFOが並みなわけはない。炎の濁流に呑まれながらも先程と同じように体を守る。
「悪くない攻撃だ。だが、僕を殺しきるにはまだ威力が――」
「その程度、分かっている!」
炎を隠れ蓑に近づいたオールマイトの拳がAFOの顔面に突き刺さる。
勿論、顔も硬化で守っていたAFOではあるが、その程度の防御ではオールマイトは防げない。
「グ…ッ、調子にならないで欲しいな」
「悪いけど、今の私は絶好調さ!」
「ガアッ!?」
素早く反撃に出ようとするAFOだったが、目線を炎で覆われオールマイトを見失う。
時間にすれば1秒にも満たない一瞬だ。しかし、オールマイト相手に一瞬は命取りである。
すぐさま腹部に拳の連撃を叩き込まれ、本当に久しぶりの血を吐き出す。
「オオオオオッ!!」
「ちっ、小癪な真似を…ッ」
そのまま不可避のラッシュに繋げようとするオールマイト。
そうはさせまいと、後ろに下がることで距離を取ろうとするAFO。
AFOの判断は間違っていない。
近接戦で負けるとは思っていないが、相手の土俵の上で戦う愚策を犯すつもりもない。
だからこそ、距離を取るというミスを犯してしまった。
「“個性”抹消…!」
「これはッ…まさか目が覚めたのか!?」
「助かったよ、相澤少年!!」
初めて驚愕に見開かれた目の先には、切嗣に体を支えられながら“個性”を使う相澤がいた。これはエンデヴァーからの指示だ。切嗣が相澤を叩き起こし、オールマイトの“個性”が巻き込まない様にAFOが離れた隙を突き“個性”を抹消する。そして、無防備になったAFOを。
「喰らえ、フレイム・ケルベロス!」
エンデヴァー渾身の技で止めを刺せる状態まで持っていく。
炎で出来た巨大なケルベロスの3つの
この炎は相澤の視界の範囲外から放ったものなので消されることはない。
『抹消』は一度“個性”で作り出されたものと異形型の“個性”は消せない。
この2つに気をつけていれば、そう簡単に負ける能力ではないのだ。
故に、無防備に炎に呑まれるAFOを見て相澤はこれで決まったと思い。
―――炎と共にその幻想を吹き飛ばすAFOを見て絶句した。
「やはり“異形型”は消せないか…不格好になるから使いたくなかったんだけど、仕方がない」
「……フン、あの程度では倒れんか」
「問題ないさ。私達なら必ず勝利を掴める! ……とはいえ、あれじゃまるっきり、化け物だね」
オールマイトがAFOの姿を見てポツリと冷や汗と共に言葉をこぼす。
皮膚は爬虫類のものなのか鱗のような硬質さを持ち、双眼は不気味な赤い光を宿している。
加えて体中には何の生物かも分からぬ角や棘が生え、牙や爪も不気味に輝いている。
仮にこの姿を一言で言い表すならば、それは―――鬼だ。
「ありとあらゆる“異形型”の“個性”を出すと、どうしても変な姿になってしまうんだよ」
「他人から奪った“個性”で随分な物言いだな」
「いや、それは違うよ。他のは奪うのがメインだけど異形型は意外とそうでもない。異形型はその名の通り
AFOの言葉をまとめるならば、差別だ。
現在は“個性”が当たり前の世界であるが、それは差別がないこととイコールにはならない。
高々肌の色が違うというだけで差別を繰り返してきた人間が、異形の姿をした者を差別しない理由などあるだろうか? 生まれながらに常人より遥かに優れた者達を妬まないことがあるだろうか? 勿論、差別を行う人間ばかりではない。しっかりと“個性”を認める人間は昔に比べれば圧倒的に増えてきている。
だが、差別は未だに存在し、迫害されることに疲れ果てた者達は決して消えない。
そうした者達からAFOは“個性”を奪うことで、力と忠誠心を得ているのだ。
「だから、これは虐げられた者達の無念の結晶とも呼べるもの。オールマイト、君はそんな救えなかった者達の想いを踏みにじるのかい? そして、君は僕の代わりにこうした者達を救えるのかな? 答えてくれないかい、
AFOの悪魔のような言葉がオールマイトの心を抉る。
叶うことならば、この世全ての人をこの手で救い上げたい。
しかし、人間の手は1つしかない。だから、取りこぼしたものだけが増えていく。
そんな苦悩を持つオールマイトにとって、AFOの言葉は動揺を誘うには十分すぎた。
「私は……」
「構うな、オールマイト! 貴様は勝利だけを見ていろと言っただろう!!」
「っ! そうだね、すまない。動揺していたよ」
「そもそも、そいつの言い分は犯罪を起こす
だが、今はそんなオールマイトの背中を叱責する存在が居る。故に、オールマイトは拳を強く握りしめ迷いを打ち捨てる。
「そう簡単にはいかないか…。まあいい、これで終わらせよう、オールマイト」
「言われずとも!」
啖呵を切り、互いの姿が同時に消える。
ついで聞こえてきた音は爆発音。
拳と拳がぶつかり合った
常人どころか普通のヒーローですら捉えられない速度でのぶつかり合い。
2人がどこに居たかが分かる術は移動の度に粉砕する地面と壁だけ。
何が起こっているかが分からない。それでも2人の化け物は戦っている。
骨を折るどころか粉砕する一撃。
空気そのものを吹き飛ばす拳。
音を置き去りにする蹴り。
ぶつかり合い軋む肉。
もはや技などない。
殴り。
蹴り。
掴み。
投げ。
受け。
撃ち。
打ち。
――倒す。
「これが……オールマイト。いや―――本物の
もはや目で追うことを諦めた相澤が呆然とこぼす。既に“個性”は使っていない。当前だ。異形型に“個性”が効かない以前に目で捉えることが出来ない。今更、自分が何をしても邪魔にしかならないだろう。ならばもはや凡人に出来ることは祈るだけだ。
「まだできることはある」
「先輩…?」
「相澤君、少し耳を貸してくれ」
しかし、その中でも足掻くことを止めない凡人達がいる。
何やら考えがあるらしい切嗣。
そして、微動だにすることなく戦闘を見つめ続けるエンデヴァー。
彼らは自分達が踏み入れない領域だと理解しても諦めなどしない。
「遠いな……ああまでも背中が遠いとはな」
もはや自分の目でもかろうじてしか見えないオールマイトの姿に、エンデヴァーは仏頂面を隠さない。知っていた。分かっていた。あの背中との距離は測れるような生半可な距離ではないと。
「だが…必ず追いつくぞ、追い越すぞ」
だとしても諦める気などない。
自分か息子になるか分からないが必ず越えてみせる。
その思いだけはどれだけ絶望しても消えることはなかった。
「そのためには、まずはあの気に食わん奴を潰す」
だから煮えたぎる自らへの怒りを押し殺してサポートに徹する。
恐らく、この世で最もオールマイトをサポートできるのはエンデヴァーだろう。
何故か。それは彼だけが―――オールマイトを倒すために生きてきたからだ。
動画1つとってもそうだ。オールマイトのファンとは見方が違う。憧れで見るのではない。
敵がどういう動きをするのか、敵の弱点はないか、技の発動条件は何か。
全てにおいて倒すということを、主眼においてオールマイトを見続けた男は彼しかいない。
故に、彼だけが何の打ち合わせもなく、オールマイトの動きに合わせることが出来るのだ。
「貴様に敗北は似合わんぞ、オールマイト」
「これで終わりだ! オール・フォー・ワンッ!!」
「いい加減くたばるがいい! ワン・フォー・オールッ!!」
AFOとオールマイトが打ち合いを終え、距離を取る。
お互いに最後の一撃を叩き込むつもりだ。
それを理解しエンデヴァーがオールマイトの隣に並ぶ。
「俺のありったけの炎をお前のスマッシュに合わせてやる! 火傷の覚悟は出来ているか?」
「HAHAHAHA! いつだってプロは命がけだろう?」
「加減はせんぞ」
未だかつて出したこともないような密度と温度の炎を灯しエンデヴァーが告げる。
体中の力を全て腕一本に集中させてオールマイトが笑う。
「2人同時か……まあ、何人も居ても結果は同じだ。何人でもかかってきなさい」
「
「大口を叩けるのもこれまでだ、行くぞ!」
AFOも2人に合わせて持ち得る“個性”を全て総動員する。
瞬発力×5、膂力増強×5などを矢継ぎ早に使い、ひたすら肉体の強化を行う。
そして、万が一にも相澤に“個性”を消されない様に
これで邪魔立ては出来ない。後は魔王らしく、真正面から踏み潰すだけだ。
「この首、取れるものなら取ってみるがいい―――ヒーローッ!」
その瞬間、撃鉄が下ろされた。
どっしりと構え、全てを粉砕せんと仁王立ちする魔王。
弾丸を超えたスピードで踏み出す英雄。
これで全てが決まる。そんな息すら止めて見守りたくなる神話の光景。
そんな中、愚かにも神話に踏み入ろうとする人間が居た。
「
既にボロボロの体にさらに鞭を打ち、AFOの下にナイフ片手に駆け出す切嗣。
どう考えても邪魔で無意味な行為でしかない。死にかけた人間が狂って行う特攻。
今更ナイフ程度ではAFOは傷一つつかない。それどころか、オールマイト達の邪魔だ。
相澤であれば排除する必要があるが、切嗣であれば意識を割く意味は皆無。
放っておいても無害だ。いや、むしろ効率的に考えれば無視を
そう判断したAFOは目の前のオールマイト達の攻撃に全身全霊を注ぐことにする。
その判断は間違っていない。AFOが現在知り得ている情報では、切嗣の攻撃は蚊程度の意味しかなさない。だから、不用意にも自らの体に
「―――
瞬間、
「なに…ッ!?」
長さにして、それは
ジョーカーとなり得る相澤ではなく、危険視されない切嗣をわざと使った罠だと気づくが遅い。
既に、AFOの体内時間が遅くなるという事実は起きたのだ。
進化した“個性”『
まるで、心を塗りつぶし
「後は…まか…せた…よ」
そんなデタラメな力を行使した切嗣は、その場で
室内一体に響き渡る、骨が砕け、肉が千切れ、体中から血が噴出する音を残しながら。
「怪我人相手に合理的じゃないが…!」
だが、その場で倒れればオールマイト達の邪魔になる。
そのため、あらかじめロープを縛り付けておいた相澤が網を引くように回収する。
普段の軽く10倍はあるように見えるフィードバックを受けた切嗣を、強引に引っ張るというのは、常識的に考えるとマズい行為だが、四の五の言ってはいられない。
すぐに、その場所に核弾頭が撃ち込まれるのだから。
「無茶ばかりを! だが、良くやってくれた衛宮少年!!」
「後は
「間に…合わない…!」
もはや避けることを許さない位置に来た炎を纏ったオールマイトの姿に、AFOの声が引きつる。
真正面から迎撃する予定だった攻撃も
そうなればどうなるかなど考えるまでもない、相手を地獄の底に叩き落とす一撃の直撃だ。
故にAFOは生まれて初めて―――恐怖した。
『―――
核爆発。
そうとしか形容できない光景をただの人間が生み出す。
天をも焦がすように燃え上がる爆炎。
大地を粉々に砕き地割れを起こす拳。
それをまともに叩き込まれたAFOは、最下層であるにもかかわらず、さらに地下深くへと消えていく。その間にもエンデヴァーの地獄の業火がAFOの皮膚を焼き尽くし、オールマイトの渾身の拳圧が硬い身体を豆腐のように打ち砕く。
誰もが見て疑わないだろう。この一撃はAFOを、地獄に叩き落としたのだと。
「ハァ…ハァ…これで…終わりだ!」
「こんな戦い…もう二度とやらんぞ……」
「オールマイト、エンデヴァー無事ですか!?」
たった今生み出した、奈落の底に続くような穴の前で2人が疲れたように膝をつく。
そんな2人の下に安堵の息を吐きながら相澤が向かう。
因みに切嗣はダメージが酷過ぎて立つことも喋ることもできずに、横になって安静にしている。
「ああ、おかげさまで無事だよ!」
「大したダメージは負っていない。俺達より貴様らの方が余程重症だろう」
「俺は大丈夫ですけど、先輩の方はすぐにでも病院に連れて行くのが合理的かと」
この中の誰もが緊張感を維持しながらもどこかホッとした空気を漂わせる。
戦いは終わった。そう誰もが思い。
「ふ…はは…ハハハハハハハハハッ!!」
地獄の底から響いてくる狂った笑い声に背筋を凍り付かせる。
「参ったな。ここまで徹底的にやられたのは生まれて初めてだ。完敗、と言っていいだろう。君達勝者を素直に尊敬するよ」
「オール・フォー・ワン! まだ動けるのか!?」
敵が未だに動けることに戦慄し、すぐに止めを刺しに行こうとするオールマイト。
だが、一歩踏み出そうとした瞬間に足下ごと空気の衝撃波で吹き飛ばされてしまう。
そして、衝撃波はそのまま上の階を崩壊させ、地下施設を完全に破壊する。
「研究所を壊すのはもったいないが仕方がない」
「貴様、勝てないからといって俺達を生き埋めにするというのか!」
「ご名答。君やオールマイトなら脱出できるだろうが、学生諸君はそうはいかないだろう?」
「相変わらず、姑息な手を使うな。オール・フォー・ワン…ッ」
吹き飛ばされたものの、何とか着地して戻ってきたオールマイトが、底の見えない穴の中に罵倒を投げ入れる。だが、穴の中から帰って来るのは戦闘中以上に冷たい笑い声だけだ。AFOの狙いは逃げることだ。
オールマイトとエンデヴァーなら生き埋めにならずに逃げだすことが出来る。しかし、切嗣と相澤はそうもいかない。このままでは生き埋めになってしまうので、オールマイトとエンデヴァーが連れて脱出しなければならないのだ。そして、その間に自分も逃げ出そうという魂胆である。
「狡猾と言って貰いたいね。まあ、今回は紛れもない敗北だ。尻尾を巻いて逃げ出すとしよう」
「それを私が許すとでも?」
「ははは、許してもらうさ。―――特大の暴力を使ってね」
再び放たれた衝撃波が、さらに研究所の崩壊を早める。
焦って止めに行こうとするオールマイトだが、さらにもう一発放たれてしまう。
「チィ……オールマイト深追いは出来んぞ」
「……救える命には代えられないか」
既に崩壊した天井が雨のように降り注ぎ始めている。
オールマイトは傷だらけで、すぐに治療しなければ死にかねない切嗣を見て悔しそうに頷く。
自分にもっと
ヒーローであるならば、仇敵の首ではなく救うべき
「物分かりが良くて助かるよ」
「ほざけ、負け犬が」
「負け犬か……敗北し、惨めに尻尾を巻いて逃げ出す。確かに負け犬だね」
エンデヴァーの言葉にどこかしんみりとした声を出しながら、這い出して来るAFO。
その姿に王者の威厳などない。傷だらけでボロボロ。生きているのが不思議なほどである。
だというのに、その瞳には全てをひれ伏させる気迫があった。
「でも―――僕は諦めない」
背筋を凍り付かせるほどの冷たい声だというに、そこには燃え
魔王であり、絶対王者だというのにAFOは地面を這いずりながらも立ち上がる弱者の強さを知っていた。何故か。それは、彼が弱者の癖に強大な悪に立ち向かう
「オールマイト。“個性”を
何度敗北しようとも、何度打ちのめされようとも、必ず君達の前に立ちはだかる。
必ず、必ず! 君達を倒そう! 最後に笑うのはこの、僕だッ!!」
そう言ってAFOは笑ってみせる。
血に塗れたその笑みは、それでもなお輝いており、人を奈落の底に引きずり落とす。
この笑顔にばかりは、エンデヴァーどころかオールマイトすら後ずさってしまう。
「僕は負けた。だから、しばらくは力を蓄えるとするよ。
そして、力を十分に蓄えた時が―――君達の最後だ」
「待て、オール・フォー・ワン!」
「待てと言われて待つ奴はいないさ」
最後の衝撃波が放たれ、家程もあろうかという瓦礫が降ってくる。
もうAFOを追うことはできないと理解し。
オールマイトは片手でその瓦礫を粉砕しながら傷ついた切嗣を背負う。
「脱出するぞ! 地上までの穴を空けられるな!?」
「やったことはないけど、やるしかないか」
「天井まで穴を空ける…? 出来るのか? 2人とも消耗しているのに」
「…………」
常識的に考えて不可能に近い離れ業をしようとする2人に、不安の眼差しを向ける相澤。
しかし、その隣の切嗣は喋れないまでも何故だか失敗する気がしなかった。
その期待に応えるようにオールマイトは、炎を纏った腕を大きく振り上げて。
「
天候をも変える一撃を放つ。
「ふう。とりあえず、これで一安心だね」
「………本当に地上までぶち抜いたのかよ」
ぽっかりと空いた穴から覗く夜空を見て相澤が呆然と呟く。
一方の切嗣は特に驚くこともなく、薄れゆく意識の中、空を見ていた。
それは最強のヒーロータッグに寄せる信頼だったのか、はたまた。
視界の隅に映る―――見慣れた
AFO編終了。次回で学生時代は終わらせます。
そこからはちょこっと話をはさんで原作にまで飛びます。
後、クロノ・アルターの説明は今後の展開の中でしていきます。
こっからは関係ない話ですがOFAとAFOって『1人はみんなのために、みんなは1人のために』という“個性”から別れた物なのではないかという没案。オール・フォー・ワンの弟が双子設定なら意外といけそう。
それで最終的にOFAを奪われて完全体オール・フォー・ワンになったのを
原作でのオールマイトVSオール・フォー・ワンまでに完結していないならワンチャン。
個人的にはデクにやらせたいけど、そこまでデクが成長するのに何年かかるか分からないのがネック。