正義の味方に至る物語   作:トマトルテ
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今回は個人的にはネタ回だと思います。


~ヴィジランテ編~
16話:引き金


 ―――ヴィラン殺し。

 この名前を聞いたことのある方は多いのではないだろうか?

 何とも物騒な名前ではあるが、これはあるヒーローの異名である。

 そのヒーローの名前はクロノス。潜入捜査や対ヴィラン戦闘をメインに請け負うヒーローだ。

 

 ここまでの説明だけでは前述したような物騒な異名とは結びつけるのは難しい。しかし、これから述べるクロノスの経歴を知れば、あなたもこの異名に深く頷くことになるだろう。

 

 クロノスはXXXX年に名門、雄英高校を卒業。その後、№2ヒーローであるあのエンデヴァーの下で相棒(サイドキック)を3年に渡り務め、独立した。独立後は都内に事務所を構え、その優れた手腕で様々な事件を解決に導いている。

 

 表面だけ見れば、エリートヒーローとして輝かしい道を歩んでいるようにしか見えない。

 だが、実態はそのような生易しいものではないのだ。

 彼の事件解決方法は一言で言えば“外道”。

 

 彼の常軌を逸した事件解決方法は枚挙に(いとま)がない。例を挙げるとすれば。

 

 ヒーローなのに人質を取って(ヴィラン)を脅す。

 二度と“個性”が使えない重傷を複数人に与える。

 ビルに立てこもった(ヴィラン)をビルごと爆破。

 

 他にも挙げようとすれば幾らでも挙げられるが、ここでは収めきれないので気になる方は『ヴィラン殺し』で検索することをお勧めする。

 

 このように、クロノスはヒーローとは到底思えないような手法を用いて(ヴィラン)を仕留めていっているためにヴィラン殺しと言われるのだ。勿論、彼がその毒牙を向けるのは(ヴィラン)だけであり、我々のような善良な市民が標的となることはないだろう。

 

 しかし、一部の情報(匿名希望T・Rさん)では幼馴染みすら盾にしたこともあると言われており、安心はできない。事件解決のためならば、私達市民すら駒として利用される可能性も考えられる。

 

 クロノスは方法が過激なだけの正義のヒーローなのか。

 それとも、正義という皮を被った悪の化身なのか。

 果たして本当の彼はどちらなのか、私達は慎重に見定めていく必要があるだろう。

 

 

 因みに、彼は(ヴィラン)っぽいヒーローランキングで3年連続で1位の座を獲得している。

 

 

 ~週刊ヒーロースクープより~

 

 

 

「……塚内さん、この雑誌は…?」

「何って、君の記事が載ってる雑誌だよ」

「どうみても、好意的なものが書かれているようには見えない……」

「ああ、三茶(さんさ)がそういうやつを見繕ったからね」

「虐めかい? 三茶(さんさ)

「失礼ですね。友人の記事を見つけて喜んだだけですよ」

 

 ここは都内にある“クロノス事務所”の一角。簡素なテーブルとソファがあるだけの空間。

 そこには3人の男性がコーヒーとゴシップ雑誌を片手に談笑をしていた。

 

 1人はきっちりとしたスーツが似合う警部、塚内直正(つかうち なおまさ)

 2人目は、猫そのものの顔が特徴的な塚内の部下、玉川三茶(たまかわ さんさ)

 そして3人目は、ここクロノス事務所の主であるヒーロー、クロノスこと衛宮切嗣だ。

 

「はぁ…それにしても散々な言われようだな。これじゃあ、まるっきり危険人物だ」

「おや? 意外と傷つくのですね」

三茶(さんさ)、君は僕のことを血の通っていないブリキ人形だとでも思っているのかい?」

「違うんですか?」

「よし、少し表に出ようか」

 

 明らかに煽ってきている三茶の態度に頬を引きつらせる切嗣。

 勿論、本気で怒っているわけではないが、苛立ちが無いというわけでもない。

 

「こらこら、喧嘩はよさないか」

「すみません、塚内さん」

「申し訳ございません、警部」

 

 しかし、この場で一番の年長者である塚内に言われればすぐにやめる程度のものである。

 これは要は、切嗣と三茶にとってのじゃれ合いのようなものなのだ。

 因みに三茶は切嗣より2歳、塚内は5歳年上なので、この場では切嗣が最年少である。

 

「それにしても……三茶。今日はいつものように砕けた口調じゃないね」

「いくらクロノスが友人とは言っても上司の前ですからね。ちゃんとした言葉遣いにしますよ」

 

 そう言って、しっかりと冷ましたコーヒーを口にする猫舌の三茶。彼と切嗣の縁は意外と古い。直接会ったのは仕事の依頼で塚内と共に訪れた時であるが、切嗣は以前に三茶の母と会っていたのだ。

 

 それは切嗣が赤黒(あかぐろ)血染(ちぞめ)と出会うきっかけとなった日。ひったくりの被害にあった猫の主婦が三茶の母親だったのだ。そうした縁もあり、今では気兼ねなく冗談が言い合えるような友人関係になれたのである。

 

「それに……今日は仕事の話で来ましたからね。公私混同は良くないでしょう」

「さっきの雑誌は思いっきり“私”が入ると思うけど?」

「それでは警部。仕事の話といきましょう」

「無視か……」

 

 警官でもあるにかかわらず、猫らしい奔放さを発揮する三茶に溜息を吐く切嗣。

 しかし、それも一瞬で消え、すぐに仕事人としての表情に変わる。

 

「じゃあ単刀直入に行こうか。クロノス、『個性因子誘発物質(イディオ・トリガー)』を知ってるかい?」

「……使用者の“個性”を一時的に極端化(ブースト)する薬ですね」

「その通り、話が速くて助かるよ」

 

 『個性因子誘発物質(イディオ・トリガー)』。元は“弱個性”の改善薬として開発された薬だ。

 しかし、これを体内に取り込んだ者は皆一様に理性が弱まる。

 故に降って湧いた力を自分の好きなように使う即席(ヴィラン)ができるのである。

 

「それで、そのトリガーがどうしたんですか? 一応は医療目的な上に指定薬物でもない。この薬だけ(・・・)じゃあヒーロー(僕達)が出張る理由にはならないでしょう」

 

 薬だけ、とわざわざ声を大きくして告げ切嗣は塚内の反応をうかがう。

 

「……“突発性(ヴィラン)”の話は聞いたことがあるかい?」

「ええ、もちろん。何の変哲も無い一般市民が突如として(ヴィラン)になる由々しき話です」

「なぜ、その一般市民が(ヴィラン)になるかの説明はいるかな?」

「いえ、結構。要するにトリガーを摂取した市民が“突発性(ヴィラン)”になっているということですね。そして、僕への依頼はトリガーの売り手を探すという所でしょうか?」

 

 与えられた情報から自分がこれから言われるであろう内容を先に告げる切嗣。

 理由としては仕事の話は手早く済ませたいという気持ちと、同時に探られたくない腹があるからでもある。

 

「大部分は合っているよ。でも、売り手という所だけが違う」

「では、製造元を叩くということでしょうか?」

「いや、トリガーは無料で(・・・)配られているんだ」

「無料で…?」

 

 自身の予想と外れた内容に切嗣は眉をひそめる。麻薬などの売人を探して捕まえるのが切嗣の主な仕事の1つであるが、無料というのは聞いたことが無かった。薬というものは基本的に売るために作られるのだ。それを無料で配るというのは普通であればあり得ない。

 

「トリガー自体に中毒性でもあるんですか?」

「いや、麻薬とは違って一度使用した程度じゃまた使いたいとも思わない。それ故に指定薬物とされていないものだからね」

「そうなると、一度使わせて徐々に使用頻度を上げさせるというわけじゃないのか……」

 

 既存の薬物取引には当てはまらない事例に切嗣は考え込む。

 タダで薬を配って得られるメリットとして考えられるのはデモンストレーションだ。

 トリガーの性能を大々的に見せることで、今後の客引きを良くするための投資。

 

 未来により多くの稼ぎを出すためと考えれば、お菓子会社の試供品に似たものがある。

 しかし、売り出すためだとすると方法がずさんだ。

 

 “突発性(ヴィラン)”はもれなくヒーローに退治されている。

 そもそも、一般の人間からすればただの(ヴィラン)でしかない。

 自分の力が強くなる薬があるという宣伝もできていない。

 おまけに使った所でヒーローには簡単に制圧される。

 

 これでは商品の悪い部分しか宣伝できない。なので、別の意図が考えられるのだ。

 

「……意図が読めない」

「うん、だからこそ余計に不気味なんだ。大事になる前に根元から絶つに越したことはない」

「だから、僕に調査の依頼をしてきたんですね」

 

「ああ、警察側からも調べているけど(ヴィラン)との戦闘も考えればヒーローの協力は欠かせない。それに、組織立って動くと相手が組織だった場合に感づかれる可能性が高い。だから、同時に個人(ソロ)で動ける君に捜査の協力を依頼しに来たんだ」

 

 塚内から頼まれた内容を切嗣は少しずつ咀嚼していく。

 依頼内容は簡潔に言えば、トリガーの売人の捕獲。

 

 警察と協力しながら売人を捕らえ、そこから芋づる式にトリガーの製造元を叩く。

 その場面ではヒーローの大所帯で戦うことになるだろうが、それまでは草の根の調査だ。

 そして、この地道な捜査を担当するのが切嗣の仕事である。

 

「その依頼お受けしましょう」

「君ならそう言ってくれると思っていたよ。これが一連の事件についての資料だ。後で読んでおいてくれ」

「分かりました」

「それじゃあ、また後で連絡を入れるけど、今日の所は帰らせてもらうよ。三茶、行こうか」

「はい」

 

 切嗣が依頼を受けてくれると分かると、ホッとしたような顔を浮かべ帰って行く塚内と三茶。

 その後ろ姿を眺めながら切嗣は小さく溜息をこぼす。

 

「受け継ぐとは言ったけど…厄介ごとは出来れば受け継ぎたくはなかったよ、父さん」

 

 母の墓参りに来た父に、今まで何をしていたのかと尋ねた際、“個性”を強化する薬物の製造を行っていたという言葉を思い出す。それがトリガーであるかは分からないが、何らかの形で携わったことは明らかである。そのため、切嗣にはこの依頼を断るという選択肢がなかったのだ。

 

「はぁ…まあ、いいや。とにかく準備をしよう」

 

 考えると鬱になるので、切嗣は渡された資料を読むことで意識を切り替えることにする。

 しかし、その切り替え作業の邪魔するようにドアが弱々しくノックされる。

 塚内か三茶が忘れ物でもしたのかと思うが、それにしてはノックが弱々しいので(いぶか)しみながらドアを開き。

 

 

「わ、私、蜘蛛田(くもだ)糸音(しおん)、高校2年生です! あの時は本当にありがとうございました!!」

 

 

 なにか、ものすごい勢いで頭を下げながら自己紹介をする少女に目を白黒させた。

 

「…………」

「…………」

「……か、顔を上げてくれるかい?」

「は、はい!」

 

 痛い程の沈黙が流れ、耐えられなくなった切嗣が顔を上げるように促す。

 それに吊られ、明らかに緊張している少女が初めて顔を見せる。

 銀色の髪(・・・・)赤い目(・・・)という特徴的な容姿を。

 

「君は…! ……もしかしてカニ型(ヴィラン)と戦った時の?」

「はい! クロノスさんが中学生の時(・・・・・)(ヴィラン)から助けてもらった者です!!」

「そうか、あの時の……」

 

 切嗣は懐かしそうに目を細め、覚えてもらっていたことに狂喜乱舞する少女、糸音(しおん)を見る。

 切嗣が正義の味方になりたいと改めて決意した始まりの日。

 仮にこの少女が自分の目に入らなければ、全く違った人生を送っていただろう。

 そう考えれば、ある意味では彼女は切嗣にとっての恩人と言えるかもしれない。

 

「それにしても、よく僕のことを覚えていたね」

「忘れられるわけないじゃないですか! まだ子供でしたけど助けられた時の記憶は焼き付いています! クロノスさんは私にとってのヒーローです!」

「ははは、そう言われると照れるな」

 

 目をキラキラとさせながら語る糸音(しおん)に切嗣は頭を掻く。

 ヒーローになってから長くなるが、こうまでも純粋に憧れられるのは初めての経験だった。

 基本的に『ヴィラン殺し』の悪評が先行しているために、ファンは少ないのだ。

 また、居たとしても、次は何をしでかすのかを楽しみにしているニッチなファンが殆どだ。

 

 何故だか切嗣は無性に泣き出したくなった。

 

「あの…どこか遠くを見つめていますけど大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、うん。僕はヒーローだからね」

「それならいいんですけど……と、それよりも! 出会えた感動ですっかり忘れてましたけど、クロノスさんも私のことを覚えていてくれたんですね!? 私感激です!」

 

 何やら様子がおかしくなった切嗣に不思議そうな顔をする糸音だったが、すぐにそれも忘れ、覚えてもらっていた奇跡に飛び上がらんばかりに喜びをみせる。

 

「で、でも、どうして私なんかを覚えていてくれたんですか?」

「どうしても何も、それだけ綺麗な髪と目を簡単には忘れられないよ」

「へ?」

 

 そう言って糸音の髪をポンポンと撫でる切嗣。

 傍から見ると完全に少女を口説いている危ない大人にしか見えない。

 だが、実際の所は“娘に似て”綺麗な髪と目と言っているだけだ。

 要するに親馬鹿を発揮しているだけなのである。

 

「そ、そうですか? えへへ……」

 

 しかし、言われた糸音の方はそんな事情など知る由もなく、頬をだらしなく緩ませるだけだ。

 

「おっと、勝手に髪を撫でてごめんよ」

「全然大丈夫です! むしろ、ずっと撫でて頂いてもオーケーです!!」

「い、いや、流石にそこまでは悪いよ」

 

 今更ながらに娘ではないことに気づいた切嗣が慌てて手を退けるが、糸音の方は逆にずいずいと頭を撫でてもらうために近づいてくる。その異様な執念に思わず引いてしまう切嗣だったが、そこは得意のポーカーフェイスでごまかす。

 

「本当ですか? 遠慮しなくていいんですからね。あの時のお礼と思えばなんだってしますよ!」

「あ、あははは…ヒーローは見返りなんて求めないからね。君が元気ならそれが一番の恩返しさ」

「クロノスさん……」

 

 そこに痺れる憧れる、と言わんばかりの視線を受け流石の切嗣も気づく。

 この子は、ひょっとするとヤバい娘なのではないかと。

 

「……あ! すいません、今はお仕事中ですよね。お礼を言うだけのつもりだったのに話し過ぎちゃいました」

「いや、それほど忙しくないから別にゆっくりしていってもいいんだよ」

 

「いえ、これ以上、おじ…クロノスさんの近くにいると心臓がもちそうにないので! 今日の所はここで失礼します。あ、私は今鳴羽田(なるはた)に住んでいるので近くに寄ることがあったら逢える(・・・)と嬉しいです!」

「あ、ああ…今度(・・)行くことになりそうだから、もしかしたら会えるかもしれないね」

「本当ですか!? ああ、神様ありがとうございます!」

 

 とうとう神に祈りを奉げ始めた糸音に、切嗣は正直どう対応するべきか分からなくなっていた。

 自己中心的というか、とにかく勢いで押し切ってしまうような人間など前世も含めても会ったことが無い。まるで地雷を踏んでしまったかのような気分だ。

 

「は! 興奮してすっかり忘れていました。今日はおじ様…クロノスさんにプレゼントがあるんでした。はい、受け取ってください!」

「おじ様…? と、これは花束?」

「はい、リンドウの花です。おじ様にピッタリ(・・・・)だと思って買ってきました」

「あ、ありがとう。それと、おじ様って僕のことかな? 僕のことだよね? 僕はまだ20代で…」

「それでは、今日はお忙しいところ本当にありがとうございました!」

 

 最後に、リンドウの花束とおじ様という爆弾発言を残して、走り去っていく糸音。

 そんな嵐のような彼女が過ぎ去った後に1人取り残された切嗣はポツリと呟く。

 

「……20代でおじ様はやめて欲しいな」

 

 その後、リンドウの花が“敬老の日”に良く贈られるものだと知り、人知れずダメージを受けることになるのだが、ここでは関係のない話だろう。

 

 

 

 

「はぁ……おじ様カッコよかったなぁ」

「糸音ちゃん、さっきからそればっかりだねー」

「ハチスカちゃんには分からないの? あの渋さと穏やかさが混在したカッコ良さが!?」

「いやぁー、あたしはおじ様趣味じゃないし? それよりオモシロい人が好みかな」

 

 都内にあるファーストフード店の隅で、2人の女子高生がジュースを片手に談笑をしている。

 1人は先程、切嗣におじ様というパワーワードでダメージを与えてきた蜘蛛田(くもだ)糸音(しおん)

 そして、もう1人は左目を髪と眼帯で隠した少女、蜂須賀(はちすか)九印(くいん)

 どこからどう見ても普通の女子高生の友人にしか見えない2人組である。

 

「まあ、コイバナはひとまず置いておいてさ。バイト(・・・)の方はちゃんとやってる?」

「うん、ちゃんとやってるよ。ハチスカちゃんの方は?」

「あたしはばら撒きはやめろって上司に怒られちゃった」

「あー、この前敵大発生事件(やったやつ)のことで?」

「そ、キチョウなものだからもっと大切にあつかえーって怒られた。糸音ちゃんナグサめてー」

 

 そう言ってわざとらしく泣きまねをするハチスカを、糸音は適当に宥めるフリをする。

 会話も、行動も、何一つ怪しさなどない普通の女子高生だ。

 しかし、そこに含まれる意味を知れば、彼女達が普通でないことが分かるだろう。

 

「ハチスカちゃんは選ぶのが適当なんだよ。使うにしても、どのサンプルに使うか考えないと」

「たとえばー?」

「消えても誰も分からない人間(もの)とかにすると、後でデータをまとめる際に楽だよ」

「誰も分からないから、終わった後に回収してもバレないってこと?」

「そ。もしくは絶対に自分の所に帰って来るように()をあげるとか」

「なるほどねー。あたしは“個性”で遠くに居てもデータが取れるから考えたことなかったなー。糸音ちゃんあったまイー!」

 

 えっへんと、胸を張る糸音にパチパチと拍手を送るハチスカ。彼女達のバイトは薄ら暗い闇に潜むものだ。トリガーを見込みのありそうな者に摂取させ、そこからトリガーの効力、持続時間のデータを取る。そして、それらを繰り返すことで上司が求める“人材”を見つける。

 

 トリガーを使い、何かとんでもないものを引き起こそうと目論む悪の手先。

 それが彼女達の仕事だ。

 

「あ、いけない、もうこんな時間だ! 神父様が待ってる!」

「そっか、糸音ちゃんは教会で孤児の世話とかホームレスへの炊き出しとかのボランティア(・・・・・・)やってるもんね」

 

 ストローを口にくわえながら、ボーっと糸音が荷物をまとめる様子を見つめるハチスカ。

 糸音の方も特にそれを気にすることなく、慌ただしく席から立つ。

 そして、さよならと口にしかけたところで、質問を投げかけられる。

 

「糸音ちゃんはなんでこのバイトやってるの?」

「なんでって…そんなの……」

 

 問われた糸音の方は、当然のことをなぜ不思議に思っているのかと首を傾げながら口を開く。

 

 

「悪いことをしてたら―――ヒーロー(おじ様)が来てくれるもの」

 

 

 寒気がする程に綺麗な笑みを見せながら。

 

 

 

 

 

 鳴羽田(なるはた)。東京にあるものの10年程前に高速道路が開通して以来、寂れてしまった下町である。 古いビルや廃墟が多いわりには街灯が少なく、道も中途半端に入り組んでいるため、ゴロツキの溜まり場となることが多く治安はあまり良くない。

 

 そんな街に1人の男がやって来ていた。

 黒い髪に黒い瞳、手入れがされていない無精ひげ。

 服装は黒いコートに、黒いスーツ、おまけに黒いネクタイという黒づくめ。

 気配を消しながら路地裏を歩く姿は典型的な殺し屋(ヒットマン)

 

 しかし、その驚きの正体はれっきとしたヒーローであるクロノス(衛宮切嗣)だ。

 

「塚内さん、お忙しいところすみません」

【いや、構わないさ。それに、そっちから電話をかけてきたのは仕事の話だからだろう?】

「はい、少しお聞きしたいことがありまして」

 

 切嗣はわざと人目につかない路地裏を歩きながら、塚内に電話をかけている。

 内容はここ鳴羽田(なるはた)に来ることになった依頼についてだ。

 

【なんだい?】

「先日、鳴羽田(なるはた)で発生した(ヴィラン)が10体以上現れた“敵大発生事件”についてです」

【あれか。あの事件についてならこっちでも捜査しているけど、何を聞きたいんだい?】

(ヴィラン)全員から、トリガーを摂取した痕跡が見つかったというのは資料で見ました。ですが、どのように摂取したのかが分からなかったので、その点についてお聞きしようと」

 

 電話で話しながらも切嗣の目は、路地裏の構造を記憶するためにせわしなく動き回っている。彼がわざわざ路地裏を歩いているのは、地形の把握を行い、戦闘・調査のために活かすためだ。人通りが少なく、廃墟が多い路地裏は“悪人”や“ホームレス”の隠れ場所に利用されることが多い。

 

 また、逃げる際にも狭い通路を利用して敵の数を減らせるという特性から、逃走中の(ヴィラン)が入り込む可能性も高い、非常に厄介な道だ。しかし、逆に経路を完全に覚えてしまえば先回りすることもできる。そのために下見は欠かせないのだ。

 

【ああ…そのことか。実はね、事情徴収をしても皆一同に“分からない”と答えているんだ】

「分からない?」

【そう。いつものように生活を送っていたら、突然自分が抑えられなくなっていたとね】

 

 塚内の言葉に、切嗣は思わず立ち止まって考え込む。

 ここから分かることは、(ヴィラン)達のトリガーの使用は自分の意志ではないということだ。

 嘘をついている可能性もあるが、10人以上が同じ証言をしたのであればその線は薄い。

 つまり、捜査対象(何者か)が複数人にほぼ同時にトリガーを打ち込んだということだ。

 

「……他には何か言っていませんでしたか?」

【後は…そうだね。(ヴィラン)になる寸前に、何かに刺された(・・・・)ような痛みを感じたと言っていたよ】

「何かに刺された(・・・・)……痛み…ね」

 

 切嗣の脳裏にあの日の出来事を想い出される。

 母と慕った女性を撃ち殺したあの日を。

 そのきっかけを作った魔術師の異名を。

 

【今分かっている情報はこんなところだ。これからさらに調査を進めていくから、新情報が出た場合は君にも伝えるよ。他には何か聞きたいことはあるかな?】

「いえ、十分です。貴重な情報ありがとうございます。これでトリガーの経路に近づけそうです」

【そうかい。じゃあお互いに頑張るとしよう】

「はい、それでは」

 

 電話を切り、切嗣は1つ大きな息を吐く。

 

「さてと…トリガーを直接手に入れられると早いんだけどな」

 

 こうして路地裏で暇をつぶしているところに、売人が声でもかけてくれれば早いのだが。

 そんな冗談めかした考えをしながら、切嗣は再び歩き出そうとし―――その場から飛び下がる。

 

「ちっ、外したか。悪党の割に良い動きをする」

「いきなり殴られるような真似をした覚えはないんだけどね」

 

 先程まで自分が立っていた場所に振り下ろされた武骨な拳。

 そして、その持ち主であるまさに筋骨隆々といった姿の男を切嗣は冷静に見つめる。

 

 顔の上半分はバンダナで隠されているが、斜めに走る大きな傷は隠せていない。

 服はダークグリーンのコートを羽織り、下は軍パンといった出で立ち。

 そして、何よりも特徴的なのはその拳にはめたナックル(・・・・)だ。

 

(こいつ…明らかに戦い慣れているな)

 

 酔っ払いが突然殴りかかってきたわけではない。

 仮にもヒーローである自分を傷つけることのできる人間が襲ってきたのだ。

 その事実に切嗣は気を引き締め、言葉を投げかける。

 

「さっきも言ったけど、僕には君に殴られる覚えがない」

「あるさ。先程の言葉から考えてお前、トリガーを知っているだろう?」

「なに…?」

「その反応は黒だな。今からお前にやることを言ってやろう。殴ってトリガーについて知っていることを洗いざらいに吐かせる!」

 

 男に先程までの自分の会話が聞かれていたことに気づき、眉をひそめる切嗣。

 そして同時にある可能性にも気づく。

 

 この男は、トリガーの出所を探っている自分を始末しに来た刺客(・・)であるという可能性に。

 

「なるほど……流石にこうも分かりやすく動いていたらバレるか」

「それだけ怪しければ誰だって気づくだろう」

「そうかな? 僕からしたら君の方が怪しく感じるけどね。せめてどんな立場かくらい教えてくれないかな?」

「フン、そこからこっちの情報を抜き出す魂胆が丸見えだぞ? 悪いが敵に与える情報など毛ほどもない」

「……そうかい。素直にしゃべる気はないということか」

 

 切嗣の雰囲気が戸惑いから戦闘態勢に移行したことに気を引き締める男。もし、この時、切嗣がいつものヒーロー戦闘服(コスチューム)を着ていればこの戦いは避けられたかもしれない。しかし、この世にIFなど存在しない。いつだって目の前には現実があるだけだ。

 

 

「まぁいい。そっちがその気ならこっちも―――トリガーについて洗いざらいに吐かせるだけだ」

 

 

 今、誰も得をしない戦いが始まる。

 




今日は敬老の日。リンドウの花は切嗣にピッタリだと思っています。


玉川三茶のお母さんは2話のステインと会った所で登場。
“個性”を強化する薬と矩賢の関係は10話参照。
糸音ちゃんはプロローグで救った女の子。なお、今は。



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