正義の味方に至る物語   作:トマトルテ
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幕間という素晴らしい言葉を思い出したので、前話は幕間にしてこっから原作開始にします。
その方が分かりやすいですよね。


~ステイン編~
22話:顔を失った男


 贋作の英雄に価値は無し。

 世に蔓延る悪党に価値は無し。

 それがのさばることを許す社会に価値は無し。

 

 故に変えねばならない。この腐りきった世界を誰かが変えねばならない。

 

 断罪の刃の下に顔無き理念として血の粛清を。

 価値無き者から滴る罪の血を見せしめとして世界を変えるのだ。

 少数の犠牲を持って世界をより正しきものへと導かなければならない。

 

 全ては誰もが正しくあれる理想の世界のために。だからこそ。

 

 

「偽物の英雄はその命でもって己の罪深さを知れ」

 

 

 拝金主義の贋作の英雄はここで死ななければならない。

 

「なんなんだよ…お前ッ! なんでオレがこんな目に…!」

「ハァ…貴様が弱いからだ。俺1人返り討ちに出来ずに何が英雄(ヒーロー)。ハァ…貴様のような存在がいるから社会が歪む。英雄を名乗るならせめて潔く散れ」

 

 長野県と静岡県の境付近にある塩野(しおの)市。県内有数のショッピングモールを誇る街であるが、今その街では1人の人間により凄惨な事件が引き起こされていた。その人間とは通称『ヒーロー殺し』と呼ばれる、殺人鬼ステインだ。

 

 彼は現在、己の“個性”『凝血(ぎょうけつ)』により動きを止め、体を切り裂いたヒーローに、刀を突き付けている。襲われているヒーローは金髪のポニーテールで、特攻服を身にまとった『俺っ娘ヒーロー』である。ステインが毛嫌いするアイドル系ヒーローに含まれているため、その目はいつも以上に剣呑だ。

 

「贋作は消え、正しき世界の礎となれ」

「クッソ…! こんなイカれた野郎に…ッ」

 

 故に、ステインはこれ以上話す気も起きずに、その首を絶たんと血濡れた刀を振り上げ。

 

 ―――銃弾によって刀を持つ腕を撃ち抜かれた。

 

「見つけたぞ、ヒーロー殺し」

「何者だ…ハァ…?」

「正義の味方とでも言っておこうか」

「正義の…味方? ハァ…!」

 

 腕を撃ち抜かれたというのに全く動じることなくステインは狙撃手、クロノスに目を向ける。

 そして、正義の味方という言葉に、かつて夢を語り合った男の名前を思い出す。

 

「衛宮…切嗣…ッ!」

「っ、なぜ、僕の名前を…?」

「ハァ…お前が目指していた物が形になったか、試させてもらうぞ!」

 

 顔を削り取り(・・・・)、容姿が別人になってしまったステインが誰か分からずに、僅かに戸惑う切嗣。

 その一瞬の隙をつき、ステインは撃たれて使えなくなった方とは逆の腕を使ってナイフを飛ばし、『俺っ娘ヒーロー』の心臓を狙う。

 

固有時制御(Time alter)――」

「やはり…ハァ…守るか…」

 

 しかし、心臓に届く前に加速して追いついた切嗣によってナイフは弾き飛ばされてしまう。

 だというのに、ステインは喜悦の表情を浮かべるだけである。

 その明らかな異常性に思わず背筋が冷たくなる切嗣だったが、それをおくびにも出すことなく、キャリコの連射で追撃を行う。

 

「無駄だ」

 

 だが、至近距離からの射撃であるにも関わらずステインは難なく避けてしまう。

 そして、刀を傷の無い腕に持ち換え、斜め上から斬り下ろしてくる。

 

(さらに加速すれば避けることは可能。だが、斬撃の軌道上、僕が避けると後ろの子が切られてしまう。……受けるしかないな)

 

 思考の加速により、僅かな時間で行動を選択した切嗣はキャリコを盾にして、刀を受け止める。

 金属と金属がぶつかり合う甲高い音と、銃身がへこむ鈍い音が路地裏に響く。

 しかし、両者の動きはそこでは止まらない。

 切嗣は空いている手でナイフを抜き刺突を放つ。

 ステインは直ぐにそれを察知し、動物のような敏捷性を持って後ろに飛び下がる。

 

(先程の音から判断して、キャリコの使用は暴発する恐れあり。離脱も彼女を背負って逃げるとなると、傷ついた彼女では加速の反動に耐えられない可能性が高いので不可。と、なると、応戦しかない。残る装備はコンテンダーとナイフ、手榴弾。ただ、手榴弾の爆風は彼女にも被害が出るからマズい。ここはコンテンダーとナイフで戦うのが正解だろうな)

 

 切嗣はステインにつけられた傷から血を流す『俺っ娘ヒーロー』をチラリと見て、もっとも負担の少ない武装を選択する。そして、キャリコを投擲(とうてき)武器のようにステインに投げつけながら、コンテンダーを取り出す。

 

「ハァ…背負うものがあると遅く、戦い辛そうだな、衛宮切嗣。ハァ…後ろの荷物を(おとり)にでも利用すれば動き易くなるかもしれんぞ?」

「フン、お前相手にはいいハンデだよ。そもそもヒーローが救助対象を利用するわけがないだろ」

「ククク…その通りだ。だが…ハァ…その鈍重なる意志では、全ての虚飾を切り捨て、身軽となった俺を捉えられんがな」

 

 挑発するかのようなステインの物言いに、軽口を返しながら切嗣は引き金を引く。

 目にも止まらぬ弾丸を打ち出すが、銃口から着弾点を先読みしたステインは軽く避けてみせる。

 そして、そのまま超人的な脚力で屋根の上まで飛び上がっていく。

 

「逃げる気か!」

「ハァ…そいつは殺すつもりだったが、再起不能(・・・・)にはした。動けるのならば地獄の果てまでも追っていたが…ハァ…2度と動けなくした以上、もう用はない。伝聞用に生かしておいてやろう。ハァ…さて、どうする? お前は俺を追ってくるか?」

「……何が言いたい?」

「助けるべき人間を放置し…ハァ…名誉のために俺を討ち取るに来るかと聞いているんだ」

 

 ステインは切嗣を高みから見下ろしながら、試すように尋ねてくる。

 その正しいヒーロー観を正すような物言いに切嗣は、ある青年を思い出すが確信は持てない。

 だとしても、返す言葉は変わらない。

 

「ヒーローは僕だけじゃない、僕は彼女を助ける。お前を捕まえるのは別のヒーローでいい。既に通報はしているんだ。他人を試す暇があったら自分の身を心配したらどうだい?」

 

「ハァ…ッ!」

 

 その答えにステインは歪んだ笑みを見せ、ヒーローについて語ったいつかのように笑う。

 

やはり(・・・)お前は良い…ハァ…お前は生きるべき人間だ。犠牲になるべきではない」

「……どういう意味だ?」

「世に蔓延る英雄もどきとは違い、お前は本物の英雄…ハァ…いや、正義の味方ということだ」

「お褒めの言葉ありがとう。お前に言われると反吐が出るけどね」

 

 ステインの言葉に心底気持ち悪そうに顔をしかめながら鼻を鳴らす切嗣。

 しかし、ステインの上機嫌な態度は変わらない。

 

「お前になら…ハァ…捕まえられるのも悪くないが、俺にはまだ為すべきことがある。誰もが正しく、全ての罪が粛清された生きるべき者だけが生きる世界のためにな」

 

 正しき社会を、理想の世界を作り上げる。それまでは捕まえられるわけにはいかないのだと彼は語る。例え、それが本物の英雄(オールマイト)であったとしても。

 

「その腐った理想とやらをヒーロー(僕達)が許すとでも?」

「ハァ…無駄だ。お前らヒーローは守るべき者が…背負うものが多いが故に遅い。ハァ…何もかもを捨てた俺と同じ身軽さを、理想に準じる苛烈な意志を持たねば、俺に追いつくことはできん。現に後ろの荷物を背にしているが故に、俺を捕らえることができていない」

「…………」

「ではな。正しき社会が作られた時…ハァ…どちらが正しかったかが分かるだろう」

 

 最後にそれだけを言い残して、ステインは屋根伝いに跳び去っていく。

 そんな後ろ姿にどこか既視感を覚えながら、切嗣は目を閉じる。

 

「守るべき者が多いと遅くなるだと? ……バカバカしい」

 

 そして、騒ぎを聞きつけたヒーローが駆けつけてくる中、忌々し気に吐き捨てるのだった。

 

 

 

 

 

「これでヒーロー殺しの被害者は36人目。死亡者は15人、再起不能は21名だ」

「世間でもヒーロー、警察に対して非難の声が上がり始めてます。まあ、これだけ良いようにやられっぱなしだと、面目丸つぶれですからね」

三茶(さんさ)、そういう話ではないだろう」

「おっと、失礼しました警部」

 

 クロノス事務所にある会議室にて、塚内、三茶、切嗣の3人が顔を見合わせていた。

 議題は最近猛威を振るっているヒーロー殺し『ステイン』についてである。

 

 単独犯であるが故に神出鬼没のステインの足取りを捉えることは非常に困難で、ヒーロー、警察共に後手後手に回ってしまっているのが現状だ。それが原因でマスコミでは連日のように警察・ヒーロー批判が行われている。

 

 そのことに事態を重く見た警察が、本格的にヒーロー殺し対策を練り始めているのである。

 そして、そこに切嗣も1枚噛んでいるのだ。

 

「それで、ヒーロー殺しと会ってみた感じはどうでしたか、クロノス?」

「狂人だよ、あれは。理想を叶えるためなら何でもやってみせる。そういう手合いだ」

「理想?」

「詳しくは知らないが、『誰もが正しく、全ての罪が粛清された生きるべき者だけが生きる世界のため』だと言っていたな」

「それで何故ヒーロー殺しなんてことを?」

 

 三茶の質問に切嗣は知らないとばかりに首を振る。

 そこへ今度は塚内が話の補足を入れる。

 

「被害者から話を聞いてみたが、『贋作の英雄』や『英雄気取りの拝金主義者』なんて言葉を言われたらしい」

「ということは…今のヒーロー像が気に入らないってことですかね」

 

 一体何が気に入らないのだと、三茶は理解できないものを聞いたとばかりに眉をひそめる。

 実際問題として、ヒーロー飽和社会はヒーローの質を落とすとは言われている。

 しかし、だからと言って、ヒーローが悪事を働いているわけではない。

 偽物でもなければ、悪人でもないヒーローに腹を立てる理由など皆目見当もつかない。

 

「ヒーローとは見返りを求めてはならず、自己犠牲の果てに得る称号でなければならない」

「クロノス…?」

「昔…こういった考えを持った人間に会いました。“英雄回帰”。自己を犠牲にして人を救い続けた結果に英雄(ヒーロー)と呼ばれる者でなければ意味がないと。行動よりも名前が先に立っている現代の職業ヒーローが気に入らないという男です」

 

 切嗣は高校1年生の時に出会った赤黒(あかぐろ)血染(ちぞめ)のことを思い出す。過激な思想。理想に殉じるイカれた精神性。そう、彼は前世の自分と非常に似た存在だ。理想に(おぼ)れ、狂った方法であっても藁に縋ってしまった自分と同じなのだ。

 

「……それはもしかして」

「確証はありません。ただ、その男も相手の血を利用する“個性”を使っていました」

「血を利用する…被害者が口をそろえて言っている、“不可解な身体の硬直”か。確かに、自分の血を舐められたのを見ている被害者も居るが……まだ確定はできないな」

 

 切嗣からの情報に捜査が進展すると顔を輝かせる塚内だが、確定というわけにはいかない。

 “個性”は身体機能が発展したものが基本だ。そのため、血を利用した“個性”は多いのだ。

 例を上げるとすれば、『血で傷を治す“個性”』、『自分の血を操る“個性”』、『血を摂取することで相手に変化する“個性”』などが上げられる。

 それほどに血を用いた“個性”はポピュラーなために、塚内も確定とは言えないのだ。

 

赤黒(あかぐろ)血染(ちぞめ)という男です。“個性”登録リストから調べてもらえると助かります。個人的にはかなり怪しい人物ですので」

「分かったよ。確証がないとはいえ、貴重な手掛かりだ。その人物について調べておこう」

「ありがとうございます。……それと、今後の捜査の予定はどうなるんでしょうか?」

 

 頭を下げて礼を言いつつ、切嗣は今後のヒーロー殺しの捜査について尋ねる。

 

「そうだね…君は今後ヒーロー殺しがどういう風に動くと思う?」

「恐らくは塩野市に止まるでしょう。塚内さんから頂いた資料には、ヒーロー殺しは同じ市で少なくとも4人のヒーローに危害を加えている。現在、塩野市の被害者は1人。そこから考えれば塩野に留まる可能性が高いかと」

「ああ、こっちも同じことを考えていたよ。ヒーロー、警察共に厳戒態勢を取らないとね」

「ええ、僕もしばらくは塩野に出張しておこうと思います。ただ、もしかすると少しの間はヒーロー殺しが現れない可能性もありますが」

 

 ヒーロー殺しがしばらくの間現れないと言われ、塚内は怪訝そうな顔をする。

 それは三茶も同じで、一体どういった根拠から言っているのかと切嗣に視線を向けるのだった。

 

「逃げられはしましたが、ヒーロー殺しの右腕には銃弾を撃ち込んであります。恐らくは利き腕なので、傷が癒えるまでは動かない可能性があります」

「なるほど……そうなると、医療機関に怪しい人間が来ていないかの調査も必要だね」

「ええ、素直に医療機関に来るかは分かりませんがやって損はないでしょう。後はこちらの方で闇医者もあたってみます」

 

 ステインがいくら超人染みているとはいえ、所詮は1人だ。普通に考えれば怪我をしたまま戦うような無謀を犯すとは思えない。仲間がいない以上は無理も効かないはずだ。

 もっとも、銃創という普通の医者に見せるわけにはいかない傷を負っているので、治しに行くかは微妙なところだが。

 

「頼むよ。さて、すまないがこちらはもう帰らせてもらうよ。最近は忙しくてね」

「雄英への襲撃事件ですか?」

 

 忙しいと言われて、切嗣はつい先日に起きた(ヴィラン)による雄英襲撃事件を思い出す。

 そして、それは当たっていたらしく、塚内にしては珍しくため息混じりに答えられる。

 

「ああ…どうにも最近は(ヴィラン)の活動が活発になっていて嫌な予感がするよ」

「何かあってもどうにかするのがヒーローです。ご安心を」

「あはは、頼もしいね。じゃあ、また連絡するよ。三茶行こう」

「はい、警部」

 

 軽く手を上げて帰って行く2人を見送りながら、切嗣は赤黒血染のことを思い浮かべる。

 確定というわけではないが、恐らくは彼がヒーロー殺しの正体なのだろう。

 そう考えれば、あの時あの場所で。

 

 

 ―――殺しておいた方が正解だったのではないか?

 

 

 否応なしにその考えが頭によぎる。

 赤黒血染がステインだった場合、自分があの時彼を始末しておけば、犠牲は最小限で済んだ。

 殺されるヒーローも、再起不能にされるヒーローも生まれなかったはずだ。

 

 ただ、最小の犠牲で、最大多数の幸福を守る、最も効率的な選択を選んでいれば。

 

「それでも僕は救い続けるさ……これまでも、そして、これからも」

 

 被害者がすでに出てしまっている以上は、あの時に殺しておけばという仮定は成り立つ。だが、それは糸音の時に割り切ったことだ。殺すのが間違いであり、自分の殺さないという誓いは決して間違いではないと信じている。

 

「さて、一応連絡しておくか……」

 

 一瞬だけ頭に過ぎった嫌な考えを振り払い、切嗣は携帯を取り出して最近話す機会が増えた相手に電話をかける。時間帯から出ない場合も十分考えられたが、運良く相手は応えてくれた。

 

【もしもし、切嗣? どうしたの、こんな時間に】

「少し伝えておかないといけないことがあってね、信乃ちゃん」

 

 いつもと変わらない声に安堵を覚えながら、切嗣は用件を告げる。

 

「出張が入ったから、しばらくはそっちに行けそうにない。洸汰君にも伝えてほしい」

【分かった。でも、いつもはこんな連絡してこないのにどうしたの?】

「……今回の件は何が何でも解決したいんだ。だから本腰を入れてやろうと思ってね」

 

 切嗣はヒーロー殺しを捕まえるまでは、日常に戻る気がなかった。理由は2つある。1つは、ヒーロー殺しに対して自分が捕まえなければならないという責任感を抱いていること。そして、もう1つの理由は。

 

「それと…しばらくは塩野市には寄らない方が良い」

【……家の位置的に塩野によらないと色々と大変なんだけど。買い出しとか仕事とかで】

 

 信乃や洸汰が暮らす円扉(エンドア)環境保護センターは塩野市に非常に近い、森の中にあるからだ。

 森の中なので、基本的に食料などは配達で調達しているのだが。

 どうしてもそれだけでは揃わない時は、近場の塩野市に買い出しに行っているのだ。

 さらに言えば、(ヴィラン)退治や救助活動の応援、そして講演会の仕事で訪れることも多い。

 

「分かってるよ、それでもだ」

【……何かあったの?】

「ヒーロー殺しが塩野市に現れたんだ」

【ヒーロー殺しって確か最近有名なやつ?】

「ああ、塩野にいるヒーローがさらに襲われる可能性が高い。だから、近寄るべきじゃない」

【…………】

 

 切嗣が真剣な声で忠告をするのを信乃は黙って聞いていたが、いつもは私情を挟まない切嗣が今回は切羽詰まった様子でいるのが良く分かった。そのことに嬉しく思わないわけでもないが、彼女の答えは彼の意思に反するものだった。

 

【心配してくれるのは嬉しいけど、それは絶対にできないわ……1人のヒーローとして】

「何を言っているんだい? 危険な場所からは逃げなきゃダメだろう」

 

【ヒーローは平和の象徴よ。普通の人が当たり前の日常を過ごすのを支えるのが役目。そんなヒーローが真っ先に逃げるなんて許されない。むしろ、こういう社会に不安が広がっている時こそ、表に出て平和(ヒーロー)が健在であることを示さないといけない】

 

 信乃の正論過ぎる正論に切嗣は何も言い返すことが出来なかった。

 ヒーローがピンチで逃げてどうするのだ。人々のピンチに訪れるのがヒーローなのだ。

 我が身可愛さで家に引きこもることなど許されない。

 

 そういった理由で、ヒーロー殺しが出没する現在であってもヒーローが隠れることはないのだ。

 むしろ、より一層の働きを見せてヒーロー殺しを捕まえようと活動は活発となっている。

 皮肉なことに、その行動がヒーローの被害を増やし、同時に全体の犯罪率を下げているのだが。

 

【私もヒーローの端くれなんだから、逃げるわけにはいかないわ。例え、身近に危険があっても】

「……そっか、そうだね。悪かったね、変なことを言って」

【いいわよ、別に。あなたでも特定の人物に心配をしてくれるって分かって嬉しかったし】

「意外だったかい? まあ、それはいいや。とにかく逃げないにしても気をつけてね」

【あなたの方もよ、それじゃあね】

 

 電話を終え、切嗣は大きく息を吐いて目を閉じる。

 信乃の言い分に間違いはない。自分だって隠れろと言われても反発するだろう。

 間違っていない。だから。

 

「守りたいという気持ちがなくなるわけじゃない」

 

 それが何だというのだ。

 

 相手の言い分が正しければ、守ることを放棄するのか。違うだろう。余計なお世話こそがヒーローの本質だ。彼女が逃げずに外に出るというのなら、外の安全を確保すればいい。何も、悩む必要はない。ヒーロー殺しを捕まえるそれだけだ。

 

「これ以上被害が出る前に…必ずヒーロー殺しを捕まえる…!」

 

 切嗣はそう誓いを立て、一刻も早く犯人が見つかるように幸運(・・)を祈るのだった。

 

 

 

 

 

 死穢八斎會(しえはっさいかい)

 “個性”黎明期(れいめいき)より存在する指定(ヴィラン)団体の極道、いわゆるヤクザである。

 現在は組長が病床に伏しているため、若頭であるオーバーホールが全権を握っている。

 

 しかしながら、構成員のほとんどはオーバーホール、治崎廻(ちさきかい)に忠誠心を抱いていない。

 あくまでも彼らはオヤジと慕う組長に忠誠を誓っているのだ。

 そのため、オーバーホールは恐怖によって構成員を従えるという手段を取っている。

 

 だが、中にはそんな恐怖であっても従えられない人間も居る。

 

「……壊理(えり)をどこにやった?」

「今頃お嬢さんは日の当たる大通りにでもおるんやないか?」

「なぜ、ここから逃がした?」

「ハッ、なぜっちゅーのはこっちのセリフや!

 オヤジの孫娘さんをモルモットみたいに扱いよってからに!

 オヤジから腐れ外道な(ヴィラン)にだけはなったらあかん言われたんも忘れたんか自分!?」

 

 オーバーホールの補佐に抑えられて尋問されながらも、組長(オヤジ)を慕う昔からの構成員は威勢よく吠える。壊理(えり)とは組長(オヤジ)の孫娘であり、そのイレギュラーにまで強い“個性”に目をつけられ、オーバーホールに人体実験の材料(・・)にされていたのだ。

 

 そのあまりにも残酷な虐待に義憤を抱いた構成員により、壊理(えり)は囚われていた地下室から外に脱出を果たしたのだ。そして、それがバレて今現在の状況となっているのである。

 

「……そうか、もういい。二度と口を開くな」

 

 オーバーホールは軽く腕を振るい、昔からの構成員に触れる。

 その瞬間、構成員の体は細切れの肉片に“分解”されて弾け飛ぶ。

 

 オーバーホールの“個性”は『分解と修復(オーバーホール)』であり、手で触れた対象を、分解・修復することができる。使いようによっては人間同士を融合させることもできる強力な“個性”だ。だが、そんな“個性”ですら壊理(えり)の持つ“個性”に比べれば玩具のようなものでしかない。

 

 故に、オーバーホールは何があっても壊理(えり)を失うことを良しとしない。

 

壊理(えり)を絶対に離すわけにはいかない。すぐに追うぞ」

「はい」

 

 若頭補佐であるクロノスタシスに命じ、すぐに壊理(えり)を追いに行く。

 正面から堂々と出て行けるはずもないので、地下通路を使って脱出を図ったとあたりをつける。

 その場合は、いきなり表通りに出ることはなく、裏路地が出口となっているのですぐに人に見つかる恐れはない。

 

「今から追えば追いつける可能性は高い。所詮は子どもの足だ、速度には限度がある」

「他の人員にも追わせますか?」

「いや、あまり数は使いたくない。俺達はヤクザ、日陰者だ。そんなやつらが大勢で表に出れば警察やヒーローが出てきかねないからな」

「わかりました。では、自分達だけで急ぎましょう」

 

 2人は可能な限り急いで壊理(えり)が通ったと思わしき道をたどっていく。その間にオーバーホールは顔色一つ変えてはいなかったが、内心では苛立ちで心がささくれ立っていた。

 

 そして、まだ見つからないのかと痺れを切らす程の時間が経った頃。

 

「若、あれではないでしょうか?」

「ちっ、既に人と接触しているな…仕方ない。クロノ、お前は隠れていろ。俺が親子を装って壊理(えり)を回収してくる」

「怪しまれないでしょうか?」

「幸い壊理(えり)が見つかったのは1人だけだ。大通りで大勢に見られた場合は誤魔化しが効かないが、今はちょうど路地裏の出口付近だ。目撃者が1人だけならどうとでもなる」

「分かりました」

 

 クロノスタシスが隠れるのを確認し、オーバーホールは壊理(えり)男性(・・)の下に向かう。

 適当に人当たりの良い態度で接すれば騙せる。最悪、脅せばいい。

 途中まではそう思っていたオーバーホールだったが、近づくにつれて違和感を抱く。

 

 否、それは本能が警鐘を鳴らしている音だった。

 壊理(えり)に向けて話しかけている男性はおかしい(・・・・)

 顔を仮面で覆っているという特徴のせいか? 違う。男の存在そのものが死を予感させるのだ。

 

「怖かったんだね。助けてくれる人が居なくて辛かったんだね。でも、もう大丈夫。だって――」

 

 壊理(えり)の頭を優しく撫で、まるで呼吸器を着けているかのような声を出す男性。

 しかしながら、その声から感じるのは弱々しさではなく、圧倒的強さとカリスマ。

 無意識に全てを諦めてその足元に跪いてしまいたいとすら思わせる、王者の風格。

 

 ああ、知っている。オーバーホールはその男が何か(・・)を知っていた。

 おとぎ話の存在。神話でしか聞いたことがない存在。しかし、確かに実在する魔王(・・)

 かの者の名は―――

 

 

「―――僕が来た」

 

 

 オール・フォー・ワン。悪の神話が壊理(えり)を救うように手を差し伸べていた。

 




???「幸運が欲しいの? 任せて!」(ニッコリ)



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