正義の味方に至る物語   作:トマトルテ

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~オール・フォー・ワン編~
26話:林間合宿


「雄英1年生の林間合宿に付き合って欲しいだって?」

【ああ、今年は諸事情で例年使わせて頂いている合宿先でなく、円扉(エンドア)環境保護センターで行うことになってな。それで先輩も生徒達の指導に当たってもらえないかと思って】

「……そうだね。例の件(・・・)のこともあるし構わないよ」

【助かる。ワイプシの4人にも頼んでいるんだが、れっきとした戦闘タイプも欲しくてな】

「なに、僕も相澤君も雄英OBだ。後輩のためなら可能な限り協力するさ」

【そう言って貰えて何よりだ。それじゃあ林間合宿の日程だが……】

 

 そんな会話がどこかの効率主義者の間で交わされた1週間後。

 日本の学生の多くが待ち望んでいた夏休みが訪れる。

 と言っても雄英高校の生徒は伝統の林間合宿があるため、完全な休みという訳ではない。

 

 しかし、学生にとっては林間合宿もまた楽しいイベントだ。

 故に緑谷(みどりや)出久(いずく)を含む1年A組の面々もウキウキとした様子でバスに乗っていた(・・)

 

 そう、今となっては過去形なのだ。

 

「ねこねこねこ! のんびり観光気分で合宿所まで行けると思った? 残念、訓練はもう始まってます! ここから歩いて3時間の宿泊施設まで自力で到着するにゃん!」

「だからっていきなり崖から森に突き落としますぅ!?」

「にゃはは! 獅子は我が子を千尋(せんじん)の谷に突き落とすって知らない?

 ……まあ、私には子ども以前に相手が居ないんだけどね」

 

 ピクシーボブの土流の“個性”により、崖の上から放り出されながら出久(いずく)は叫ぶ。

 周りのクラスメイト達も宙を舞いながら、出久の言葉にしきりに頷いている。

 ついでにピクシーボブの悲哀の籠った言葉は面倒そうなのでスルーしている。

 

 彼ら1年A組は高台のパーキングエリアに着くと同時にバスから降ろされ、突如として現れたピクシーボブに足場ごと真っ逆さまに放り投げられたのだ。せめて説明してくれよと誰もが内心で思っているが、それを口に出しはしない。

 

 1年A組の担任は相澤消太なので、当然教育方針も超効率主義である。そのため説明なしや合理的虚偽などのことは日常茶飯事なので、誰もが聞くだけ無駄だと諦めてしまっているのだ。これを成長と呼ぶか、慣れと呼ぶかは誰にも分からないであろう。

 

「みんな怪我はないかい!? もし負傷した人が居るならすぐに報告を!」

「あ、飯田君、僕は大丈夫だよ。こっちにいる人達も怪我はないみたい」

「よし、それならみんな一塊になって動こう! 森ではぐれでもしたら一大事だ!」

 

 落下した先で真っ先に怪我人の確認を行い始めたのは、委員長である飯田(いいだ)天哉(てんや)だ。

 キッチリと折り目正しく揃えられた髪に、四角の眼鏡という見た目からも分かるように非常にまじめな性格でクラスからの信頼も厚い少年である。“個性”は親由来の『エンジン』であり、足に付いたエンジンを使い超高速で動くことが出来る。正し、急には曲がれない。

 

「ケッ、ただ森を抜けるだけだろ。俺は登山で慣れてるから1人で行かせてもらうぜ」

「待って、かっちゃん! それ死亡フラグってやつだよ!?」

「うるせえ! デクは黙ってろ!」

 

 そして飯田をクラスの優等生とするなら、1年A組の問題児が爆豪(ばくごう)勝己(かつき)である。

 逆立った灰色がかった髪に、血に飢えた真紅の瞳。そして勝気に吊り上がった瞳。

 まさに唯我独尊を表すかのような容姿に加えて、類まれな戦闘センスを持つ少年だ。

 

 デクこと出久とは幼馴染みの関係にあるが、何度打ちのめしても向かってくる出久に苛立ちを持っているために仲はすこぶる悪い。因みに怒ると“個性”の『爆破』で文字通り爆発をするのでそういった時は要注意だ。

 

「……いや、どうやらただ森を抜けるわけじゃなさそうだぞ」

 

 喧嘩を始める出久と勝己をよそに、髪の毛が()()で2つに分かれた少年が呟く。

 少年の名前は(とどろき)焦凍(しょうと)。苗字から分かるように轟炎司(エンデヴァー)の息子だ。

 当の本人は虐待染みた訓練を幼少期から受けてきたために、以前は『半冷(はんれい)半燃(はんねん)』の“個性”で炎の方は戦いに使わないと誓う程に父親を嫌っていたが、最近では何とか折り合いをつけられるようにはなっている。

 

「どういうこと、轟君って―――魔獣だぁああッ!?」

「ここに突き落とす前に言ってた、魔獣の森っていうのはこういうことか」

 

 焦凍(しょうと)の言葉に反応して、振り向いた出久の目に入ってきたのは魔獣だった。

 体調3mは優に超える巨体に、地球上の生物とは到底思えないグロテスクな見た目。

 まさに魔獣の名にふさわしいが、正体はピクシーボブが土と木で作った土魔獣である。

 

「おい、クソナード。てめえの目は節穴か、あれは作りもんだ」

「作り物……あ、体から土くれが零れてる」

 

 そして、その事実に洞察力の高い勝己がいち早く気づき他の人間に伝える。

 因みに出久を罵倒したのは、自分に勝った奴が気づかなかったことにイラついたからだ。

 

「つまり土の人形ってことか」

「なら、動物を間違って傷つけるということにはならない…か」

「うん。それなら――」

 

『押し通るまでッ!』

 

 作り物と分かれば遠慮する理由はどこにもない。

 容赦なく“個性”を使用して土魔獣を粉砕する。

 

「みんな! この先にも何があるか分からないから、気を抜かずに行こう!」

「飯田君の言う通りだね。えっと、森での戦闘において重要なことは確か本には……」

「てめえが仕切ってんじゃねえよ、クソ眼鏡!」

「ああ」

 

 飯田の言葉に出久が本で読んだ内容を思い出そうとしてブツブツと呟き出し、勝己が口では反発しながらも1人で行くにはリスクが大きいなとみみっちく頭で考え、焦凍(しょうと)は淡々と返事を返す。そして、残りの生徒もそんな4人に引っ張られるように森の奥へと進んでいくのだった。

 

「……こちらクロノス。ターゲット達の第一試練突破を確認。引き続きターゲットの監視を行う」

【ねこ? 意外と簡単に突破されちゃったね。じゃあ、次からはもっとハードルを上げよっか】

「ああ、時間は効率良くつかわないとね。予定通り次からは僕も仕掛けていくとしよう」

 

 魔獣の森の中に潜む狩人の存在に気づくことなく。

 

 

 

 

 

「みんな伏せろ! 3時の方角から狙撃が来るぞ!!」

「待て、飯田。ここは俺の氷で壁を作って防ぐ! にしても、この狙撃どこかで……」

「なんでこんなところに落とし穴があるのォオオオ!?」

「デクくん、大丈夫!? 待ってて、すぐに『無重力(ゼログラビティ)』で浮かせるから!」

「助かったよ、麗日(うららか)さん!」

 

 1年A組の生徒の面々は、森を進めば進むほどに襲い来る様々なトラップに苦しんでいた。

 

「クソが! なんで森の中に地雷がやたらめったら埋められてんだよ!? こうなりゃ地面ごと爆破させる!」

「待てよ、爆豪! ここは俺の『硬化』の“個性”で漢探知をするべきだろ!」

「お待ちください、切島さん。私の『創造』ですぐに地雷探知機を作り出します」

「マジか!? やっぱ頼りなるな八百万(やおよろず)!」

 

 狙撃に落とし穴に、はては地雷。ゲリラ戦もかくやなトラップの数々に当然の如く苦戦する。

 しかし、団結とプルスウルトラの精神をもって彼らは全員で乗り越えていく。

 そして、日が暮れて森の中で野宿しなければならないかもしれないと、不安が広がり始めてきた頃、遂に1年A組は宿泊施設『マタタビ荘』に到着した。

 

「やーっと来たにゃん。この様子だと晩御飯もいらないかもって思ってたよ」

 

 辺りが闇に包まれ、宿泊施設の明かりだけが森を照らす中、ピクシーボブがそんなことを(のたま)う。彼女自身は非常に可愛らしい容姿をしているが、状況が状況のために1年A組20名は揃って剣呑な目を向ける。もっとも、それも簡単にスルーされてしまうのだが。

 

「晩御飯がいらないって……本気で野宿までさせる気でいたんですか?」

「ああ、緑谷の想像通りこっちはその気でいたぞ。トレーニングついでにサバイバル技術も学べる。実に合理的(・・・)じゃないか」

「確かに! ヒーローはどのような状況であっても対応しなければならない。それを考えればサバイバル技術も身につけておくのは当然のこと。流石、雄英! 無駄がない!」

「……いや、ただ単に相澤先生が合理主義者なだけじゃないかな、飯田君?」

 

 野宿も視野に入れていたと聞かされてげんなりとする1年A組生徒。まあ、ただ1人飯田だけは持ち前の生真面目さから訓練内容に感動し、出久にツッコミを入れられているのだが。

 

「何か勘違いしているみたいだが、今回の訓練は俺だけが考えたわけじゃないぞ」

「え、じゃあ。ワイプシの誰かですか?」

「いや……そうだな。ここで紹介しておいた方が何かと合理的か…先輩」

「ああ、やっと顔を出してもいいんだね」

「…ッ! やっぱりあんただったのか」

 

 相澤が先輩と呼ぶと同時に、1年A組の背後から1人の男の声が響く。

 その声が聞いたことのある人物のものだと分かった焦凍(しょうと)は声を出し、それ以外の生徒はいきなり現れた気配にギョッとして振り向く。すると、そこにはフードを被った男が立っていた。

 

焦凍(しょうと)君は久しぶりだね。他の子は初めましてかな? 僕は――」

 

「ヒーロー、クロノス!? ヴィラン殺しの異名を持つ対(ヴィラン)戦闘のエキスパート! 異名の由来は外道過ぎる戦術で(ヴィラン)を追い詰めることで、有名な例はヒーローなのに人質を取って(ヴィラン)を脅す。二度と“個性”が使えない重傷を複数人に与える。ビルに立てこもった(ヴィラン)をビルごと爆破といったものが上げられる! さらには学生時代に起こした『背中からロケットランチャー事件』はあまりにも有名で、今でも特番の鉄板ネタとして輝き続けている! ネットでは(ヴィラン)退治の際に建物が壊れると、『【ヴィラン】建物が壊れた【殺し】』のスレが立って(ヴィラン)より先に犯人として疑われるのが定番になるほどの悪名として扱われているよ! その証拠に(ヴィラン)っぽいヒーローランキングでは、10年連続で1位の座を守り続けて史上初の殿堂入りも果たしたほど。かといってファンが居ないわけでもなくて、ニッチなファンからの支持は根強くクロノスが出る講演会はいつも満員御礼になると言われているんだ。実際僕も応募してみたことがあるんだけど、3回やって3回とも選考の段階で落ちたぐらいだよ。噂だとファンクラブの会長は、以前にクロノスに助けられたことのある熱狂的なファンらしくて――」

 

「デクくん、ストップ。クロノスさんが凄いへこんでる」

 

 丸顔に茶髪の愛らしい顔つきをした少女、麗日(うららか)お茶子(おちゃこ)が自分の評判を改めて認識してへこむクロノスを見て、慌てて出久を止めた。

 因みに出久のセリフは異常な早口で5秒の間に話されたものである。

 

「あ! す、すいません、クロノスさん。有名なヒーローに会えた興奮でつい……」

「いや…大丈夫だよ…うん…大丈夫。えっと、君は緑谷君だね?」

 

 切嗣は何とか自分は大丈夫だという自己暗示を済ませて、出久と目を合わせる。

 細身の体に緑がかったくせ毛。顔も平凡で特にこれといった特徴はない。

 しかし、その瞳だけは違う。

 大きな瞳の奥に見え隠れする強い意志に、切嗣は内心で感嘆の声を上げ尋ねかける。

 

「はい! あ、サインもらってもいいですか!?」

「……さっきの話もだけど、もしかして君ってヒーローマニアなのかい?」

「は、はい。恥ずかしいんですけど、子どもの時からずっとこんな感じで……」

「いや、いいんじゃないかな。何かに夢中になれるってのはそれだけで素晴らしいことだよ」

 

 そう言いながら、切嗣はもう一度出久を観察する。

 緑谷出久は切嗣の目から見ても、瞳に宿る意思は除いて平凡な少年だった。

 しかし、そんな平凡な少年だからこそオールマイトは託したのだろうとも思う。

 

(緑谷出久。この子がワン・フォー・オール9代目継承者、オールマイトの後を継ぐ者か……)

 

「えっと…どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。それより僕がここに居る理由を説明しないとね」

 

 探るような視線に気づいたのか、こちらの様子を窺ってくる出久を誤魔化して切嗣は口を開く。

 

「簡単に言うと、君達を妨害したトラップを仕掛けていたのは僕だよ」

 

「俺達をつけ回して狙撃してたのはてめえかぁッ!?」

 

 一瞬でクロノスに向ける生徒達の目線が剣呑なものへと変わる。

 勝己にいたっては今にも掴みかからんばかりに、顔を引きつらせているほどだ。

 が、そんな目線など切嗣には日常茶飯事なので華麗にスルーする。

 

「それはそうと、先程の反応から轟君はヒーロークロノスの知り合いだと思うんだが、どういう関係なんだい?」

 

 そんな中、焦凍(しょうと)と切嗣の関係性が気になった飯田が小声で尋ねる。

 それに対して、何と言うべきか困ったような表情を浮かべる焦凍(しょうと)だったが、ボソリと呟く。

 

「……毎年お歳暮に親父の好物の葛餅(くずもち)贈ってくるんだよ、あの人」

「お歳暮かい!?」

「聞いたことがあるよ! たしかクロノスはエンデヴァー事務所出身だとか」

「ああ、緑谷の言う通りだ。その縁で俺も何回か特訓を受けたことがある」

「そういうこと。だから焦凍(しょうと)君は他の子よりも僕の狙撃に対する反応が良かったのさ」

 

 同級生と有名(悪い意味で)ヒーローの意外な関係に声を上げる1年A組。

 と言っても、勝己だけは腹立たし気にクロノスを睨んでいるだけだが。

 因みに切嗣は飯田の兄であるインゲニウムとも鳴羽田(なるはた)の仕事の際に会っている。

 もっとも、特に深い交友を結んだわけでもないので自分から話す程でもないのだが。

 

「おい、お前ら1回こっち向け。こちらの先輩…クロノスにはこの合宿でお前達を鍛えてもらうことになっている。因みに森を抜ける際にトラップを張っておこうと提案したのもクロノスだ」

「合宿は長いようで短いからね。効率を考えるなら1つの訓練で多くのものを学べるようにするべきだ」

「ああ。合宿は合理的かつ効率的にいくからな、覚悟をしておけよ」

 

 相澤とクロノスの言葉に生徒達は、この合理主義者共めと内心で罵倒するが口には出さない。

 学校とは社会を知るべき場。自然と空気を読むことの大切さを学んでいくのだ。

 

「まあ、何はともあれ、今は晩御飯だ。みんなお腹が減っているだろうから信乃…マンダレイがたくさんご飯を用意しているよ」

「よっしゃ飯だ、飯だ! クロノスさんも俺達について来てたんなら何も食ってないでしょ?」

 

 飯という言葉に空腹の限界に来ていた切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)が叫び声を上げる。

 赤色の髪を角のように尖らせて、瞳も同じように鋭いために一見すると不良に見える少年だが、基本的に良い奴なのでトラップによって1年A組の好感度を著しく下げた切嗣にも気さくに話しかけてくる。

 しかしながら、衛宮切嗣という男はそんな気遣いすら息をするようにぶち壊す。

 

 

「僕かい? 僕はレーションを食べながら君達と戦っていたから、そこまでお腹は減ってないよ」

 

 

 切嗣の1年A組からの好感度がさらに下がった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 合宿2日目。昨日の疲れが各々に残っているのもお構いなしに訓練は始まる。

 

「早速で悪いが、今日からお前達には“個性”を伸ばす訓練をしてもらう」

 

 相澤のその言葉を皮切りに、1年A組の生徒全員が各々の“個性”を使いまくっていく。

 勝己が爆破を起こしまくり、焦凍(しょうと)が炎と氷を同時に出し延々とぶつけ合わせる。

 お茶子は自らを浮かせて吐き気に耐えながら坂道を転がり落ちていく。

 

 一見すると、何をやっているんだこいつらはと言いたくなる光景だが、彼らは大真面目である。

 

 “個性”とはあくまでも身体能力の一部。いわば筋肉と同じ存在。

 つまりは筋肉と同じように使えば使う程に鍛えられ、逆に使わねば衰えていく。

 そのため、相澤が考えだした最も合理的な訓練は、“個性”の限界突破であった。

 

「自分の限界を超えろ。筋繊維が壊れるごとに太くなるように、“個性”も限界を超えれば超えた分だけ強くなっていく。どれだけ小手先の技術を鍛えても馬鹿げた出力の前では意味がないことぐらい、オールマイトの教えを受けているお前達なら分かってるはずだ。まずは基礎だ。そこをおろそかにした奴に未来はないぞ」

 

 生徒達に発破をかけるように厳しい声をかけていく相澤。

 しかし彼の言っている言葉に嘘は一切ないので、生徒達も歯を食いしばって限界に挑んでいく。

 1年生達は今年から雄英高校の教師となったオールマイトの教えを受けている。

 

 それ故に、小細工ごと全てを踏み潰していく圧倒的なパワーの理不尽さを理解している。

 だから、誰も小手先だけで何とかしようとは思わない。というか思えない。

 あの馬鹿げたパワーを見た彼は、こちらも出力を上げる以外に道はないと悟らされたのだ。

 

「いやー、みんな頑張ってるね。僕も昔を思い出して懐かしいよ」

「あの……クロノスさん。どうして僕だけみんなと離れた場所に居るんでしょうか?」

「ん? 緑谷君は訓練に入る前に“個性”について話しておかないといけないからね」

 

 切嗣の“個性”という言葉に、OFAのことは秘密にしろと言われている出久は顔を強張らせる。

 それを見て先に誤解を解いておくべきかと考え、切嗣は話し出す。

 

「ああ、まず最初に言っておくと僕は君の“個性”が何かを、オールマイトから聞いている」

「え!? ワン・フォー・オールが何かを知っているんですか?」

「うん。オールマイトとは昔一緒に戦ったことがあってね。その縁さ」

「オールマイトと!?」

 

 オールマイトと一緒に戦ったことがあるという言葉に目を輝かせる出久。

 その姿に本当にオールマイトのことが好きなんだなと切嗣は苦笑する。

 

「あ、すいません。今は僕の“個性”の話ですよね。でも、話って何ですか?」

「いやね。君は自分の“個性”の鍛え方が分かるかい?」

 

 切嗣に言われて出久は少し考えてみる。これまでも度々この課題にはぶつかってきた。そして、その度に師であるオールマイトに器を鍛えれば内包する力は自在に使いこなせると言われてきた。器とはすなわち己の肉体。ならば、取るべき道は1つ。

 

「自分の肉体を徹底的に鍛えることです」

 

 ある程度の自信を持って答える出久。だが、それに切嗣は何とも言えない表情を返す。

 

「間違ってはない……うん。それも必要なことだし、今すぐにやるべきことでもある」

「えっと…どういうことですか?」

 

 そんな切嗣の様子に出久の方も不安を覚えたのか、恐る恐るといった感じで尋ねてくる。

 

「今ある力を十全に扱うために、(中身)の入った()を大きくするのは当然のことだ。だが、その先はどうなる?」

「その先…?」

「器を鍛え上げ、力を完全に使いこなせるようになった後さ。その時には君はオールマイトと同じ力を持ったヒーローになっているだろう。でもだ、そのままじゃオールマイトを超えることは出来ない」

 

 そこで打ち止めだと言われて出久は言葉が出なくなる。

 彼はオールマイトこそが最高のヒーローだと思っている。

 故に今までオールマイト以上の存在など考えたことが無かった。

 だからこそ、オールマイトを超えると言われて言葉が出なくなったのだ。

 

「どうしてか分かるかい?」

「……いえ」

「今から君は器である肉体を鍛えていくだろう。それだけで君は強くなれる。だが、勘違いをしないで欲しい。君が鍛えているのは器だけだ(・・・・)

 

 そこまで言われて出久はあっ、と声を出す。

 100%のOFAに耐えられる体になれば間違いなく最強のヒーローだ。

 しかしながら、その場合は成長しているのは器だけ。つまり。

 

「力…つまりワン・フォー・オールそのものは……育っていない?」

「そう。器が完成しても、中身である“個性”そのものは増えていないということだよ」

 

 “個性”を使いこなせるようにはなっても、“個性”が伸びたわけではない。

 OFAの訓練にはそういった厄介さが孕んでいるのだ。

 

「じゃあ、ワン・フォー・オールそのものの出力を上げられるように訓練すれば…! あ、でも、それだと僕の体が耐えられなくなるだけか……」

「うん。だからこの合宿でも、というか君がワン・フォー・オールを使いこなせるようになるまでは、器を鍛えるのが先だ。ワン・フォー・オールそのものを鍛えるのはその後じゃないと不可能だしね」

 

 自分でも不可能だと分かっているので、出久は切嗣の指摘にも悔しそうに頷くだけだ。ただ、こんな話をされた後ではすぐに切り替えることなど到底出来るはずなど無く、眉を寄せて悩む仕草を見せる。

 

「……あれ? そう言えば、なんでこの話をしたんですか。今の流れで行くと訓練自体は最初の方針と変わりませんよね? だったら、今しなくても良かったんじゃ……」

 

 そして、話のおかしさに気づく。

 今の切嗣の話は出久のモチベーションを下げただけなのだ。

 純粋に伝えたかっただけならこのタイミングである必要はない。

 そう思って切嗣の方を見ると、彼はニヤリと何やら企みがありそうな顔をしていた。

 

「ああ、訓練内容自体は変えない。ただそこに付け加えるだけさ」

「付け加えるって…何を?」

「ワン・フォー・オールの…いや、『力をストックする』“個性”の可能性を引き出す訓練をね」

 

 『力をストックする』という言葉に出久は驚いた表情を見せる。OFAが生まれたのは『“個性”を与える』“個性”と『力をストックする』“個性”が融合したからだ。しかし、『“個性”を与える』“個性”が知られてしまえば、多くの人間に狙われることは必至なのでOFAの詳細は極秘事項とされている。それにも関わらず、切嗣は詳細を知っている。そのことに出久は驚いたのだ。

 

「どうしてそこまでワン・フォー・オールのことを…」

「……簡単な話さ。製作者(・・・)が自慢げに語ってくれたからだよ」

「製作者ってまさか…ッ」

「ああ……オール・フォー・ワン。僕は奴と戦ったことがある」

 

 AFOの名前を発すると同時に切嗣の瞳に激しい怒りの炎が宿る。

 その凄まじさに思わず気圧されてしまう出久であったが、次の瞬間には炎は消えていた。

 代わりにあったのは氷のような冷静さであった。

 

「……先日ニュースであった脳無の大群が現れた事件は知っているかい?」

「はい。確かヒーロー、エンデヴァーが制圧したと聞いていますけど」

 

 なぜ今そんな話をするのかと首を捻る出久。

 しかし、その疑問はすぐに最悪の形で解消されることになる。

 

「半分正解だ。より正確に言うなら、奴らは形勢が不利になるとすぐにワープ“個性”で逃げた」

「すぐに? 何でそんなことを……っ! もしかして、その事件は!?」

 

 不自然な退却の理由に気づいて出久は顔を強張らせる。

 切嗣の方もそれを肯定するように重々しく頷く。

 

「十中八九、オール・フォー・ワンによる脳無の試運転だろう。つまり――」

「近々、大量の脳無を使った本命の事件を、オール・フォー・ワンが起こすってことですか…?」

「少なくともオールマイトや僕はそう見ているよ」

 

 今後間違いなく脳無が利用された未曾有(みぞう)の大事件が起こる。そう伝えられた出久はサッと顔を青ざめさせる。彼は雄英襲撃事件の際に脳無と戦い、その圧倒的性能の前に為すすべがなかった苦い思い出があるのだ。そんな青ざめた顔を見ながらも、切嗣は(よど)むことなく話を続けていく。

 

「オール・フォー・ワンは、まず間違いなく近いうちに動き出す。そうなった時にワン・フォー・オール継承者である君は確実に狙われる。もしかしたら君の大切な人(・・・・)が狙われるかもしれない。だから僕は、この合宿で出来るだけ君を鍛えることに決めたんだ」

 

 大切な人と言った際に、切嗣は無意識のうちにグローブの下の左手の薬指にある硬いものを撫でる。

 出久の方も、そんな所に目をやる余裕はないので気づかない

 

「それで器を鍛えるだけじゃなくて、『力をストックする』“個性”の方も……」

「多分…いや、間違いなく普通の合宿以上にキツくなるけど、君の命のために……何より平和を願う人々のために君は強くならなくちゃいけない」

 

 平和を願う人々のために。

 その言葉に出久の瞳に宿る意志が一層強く光り輝く。

 切嗣はその変化に理解する。

 

 オールマイトが何故、元“無個性”のこの少年を後継に選んだのかを。

 

「さあ、緑谷君。覚悟は出来ているかい?」

「もちろん!!」

 

 その力強い言葉と共に、緑谷出久の7日間の訓練は始まりを向かえるのだった。

 

 

 

 

 

「……ああ、黒霧(くろぎり)君かい。ん、どうして僕が電話をかって? いや、雄英襲撃の際に使った脳無(のうむ)の回収を頼もうと思ってね。ああ、うん。座標は警察の友達(・・)から聞いているから大丈夫だよ。君はそこに行って連れて帰ってきてくれればそれでいい。……理由かい? 近々派手な祭りを開こうと思ってね。有象無象の相手をしてくれる駒が少しでも多く(・・)欲しいんだよ。あれはドクターに頼んでオールマイト並の筋力に仕立て上げたからね。雑魚相手には丁度いい。……ああ、それじゃあよろしく頼むよ」

 

 電話を切って大きく息を吐いた後、男は何気なしに顔の皮膚を撫でる。

 

 古傷が(うず)く。

 もう癒えたはずの傷が未だに熱を持つ。

 胸を占める屈辱が心を焼き尽くしてなお燃え上がる。

 痛みが引くことは無い。敗北の痛みが男を蝕み続ける。

 あの日受けた痛みを、屈辱を、一時たりとも忘れたことはない。

 

 だが、それでも―――男は笑っていた。

 

 どこまでも楽しそうに。どこまでも生き生きと。どこまでも悪意に満ちて。

 男は暗い部屋の中で笑みを浮かべていた。

 

 雪辱の時は近い。

 

 待ちきれない。

 まるで、遠足前の子どものように。恋焦がれる乙女のように。獲物を前にした獣のように。

 再び彼らとまみえる時が待ちきれない。

 

 さあ、今度はどうしようか。

 必ず殺そう。それは決定事項だ。だが、ただ殺すのではつまらない。

 そうだ。じっくりと痛めつけよう。

 

 足の指から1本1本そぎ落としていこうか。

 ああ、その前にまず自分が何をされているか、よく見えるようにまぶたを剥がしておこう。

 それが終われば、酸で手の先からじっくりと融かしていくのも悪くない。

 きっと良い声で鳴いてくれるはずだ。

 

 勝利の美酒に酔いしれ、彼らの悲鳴を肴にすれば、きっとこの飢えも満たされるだろう。

 

 それまでは我慢だ。我慢をして、我慢をして、我慢をして、極限まで空腹になれば。

 

 彼らの無残な死は、これまで食べたどんな料理よりも最高の―――ご馳走になるはずだ。

 

「あの…先生…今日の練習も終わりました」

「……ああ、壊理(えり)ちゃんか。今日もよく頑張ったね」

「ありがとう…ございます」

 

 思想にふけっていた男、AFOに声をかけてきたのは壊理(えり)であった。

 死穢八斎會(しえはっさいかい)から連れ出されて以来、彼女はAFOの庇護下にいる。

 そして、そこである訓練を毎日のように繰り返していた。

 

「もう、“個性”が暴走することはなくなったかな?」

「はい…ちゃんと…使えました」

 

 壊理(えり)はAFOの下で自身の“個性”のコントロールに励んでいた。

 彼女の“個性”『巻き戻し』は神様染みた力を持つが、その分制御するのが難しい。

 実際にこうして訓練を行うまでは、対象を巻き戻し過ぎて消してしまう(・・・・・・)こともあったのだ。

 そこから考えれば、今の“個性”を訓練できる環境は壊理(えり)にとってもありがたい。

 

「それはよかった。この調子でこれからも頑張っていこう」

「はい……」

「それじゃあ、今日は頑張ったご褒美に壊理(えり)ちゃんの好きな料理を用意させよう」

 

 ご褒美だと言って壊理(えり)の頭を撫でるAFO。彼の手自体は非常に優しい手つきで確かな慈しみを持ったものである。しかし、撫でられた壊理(えり)は掌から伝わる底無しの悪意を感じ取って身を震わせるのであった。

 

「あの…」

「ん? なにかな」

「どうして…私の“個性”を直接とらないの…?」

 

 そんなAFOの悪性を知っているが故に壊理(えり)は不思議でならない。AFOの力ならばオーバーホールから“個性”を奪ったように、自分からも奪えばいい。そんな考えが伝わったのか、AFOは面白そうに笑う。

 

「賢い子だ。後でお菓子も上げよう」

「ありがとう…ございます…?」

「ふふふ、おっと、まずは君の質問に答えないとだね」

 

 再び壊理(えり)の頭を撫でながらAFOは語りだす。

 

「一番大きな理由としては、僕が“個性”を使えない状態になっても大丈夫なようにしたいんだ」

「…? えっと…」

「例えばだ。僕が寝ているときに大怪我をしたとしよう。さらに僕は怪我のせいで起きることができない。こんな時、僕はどうやって怪我を治したらいいのかな?」

「えっと…お医者さんに治してもらう…?」

「そう。自分で“個性”が使えなくても、他人に治してもらうことはできる。そして、そうなった時に壊理(えり)ちゃんに治して欲しいんだ」

「そっか……」

 

 つまり自分は緊急時の医者のようなものなのだと、一応の納得をみせる壊理(えり)

 そんな様子を見ながらAFOはそれだけではないがね、と心の中で小さく呟く。

 

(僕が負けた時の保険の意味合いでもあるし、それ以上にリスクの分散に使える。戦闘に連れていけばヒーロー達への牽制にも使えるしね。……まあ、一番の理由としては彼女の“個性”が既存(きそん)のどれともかけ離れているから、完全に安全だと分かるまでは盗りたくないというものだけどね)

 

 壊理(えり)の“個性”『巻き戻し』は突然変異で生まれたものだ。

 それ故に、身体能力の延長であるという既存の“個性”の枠組みから離れており、AFOですら自身に取り込んだ際に何が起きるか予想できないので、今の所は取り込むのを保留しているのである。

 

「……まあ、それはそれで使いようがあるさ」

「どうしたの…?」

「いや、何でもないよ」

 

 そう言って笑うAFOの姿に、壊理(えり)は自分は利用されているのだなと直感する。

 しかし、だからといって抵抗するわけでもない。

 

(先生が悪いことをしているのは…分かってる。でも…この人は私に居場所をくれたから。

 どんな理由があっても…あそこから助けてくれたから。私は……先生に力を貸さないと)

 

 今の壊理(えり)に居場所はここしかない。そこから追い出されるなど耐えられない。

 どんな思惑があろうとも、自分を助けてくれた人に恩を返さなければと思う。

 だから、悪いことだと分かっていてもAFOに協力する。

 

 彼の目的が果たされるその日まで。

 

「ふふふ…オールマイト、雄英高校。

 平和の象徴である彼らを踏み潰そう。情け容赦なく、徹底的に、ゴミのように。

 ああ、そうだ。今度こそあの日の雪辱を晴らそう。最後に笑うのはこの、僕だからね」

 

 そして、彼の目的が果たされる決戦の日は―――近い。

 




修行パートと伏線イベントを丸々1話に収めるという暴挙。
でもこれで次話からすぐにラストバトルに入れる。
あ、原作と違い林間合宿中に襲撃はありません。7日間みっちり訓練です。
ここではヴィラン連合はAFOが主体で、なおかつステインは所属せずに人が集まってないので。

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