正義の味方に至る物語   作:トマトルテ
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27話:魔王再臨

【今日のお天気情報です。今日は全国的に晴れ間がなく、一日中曇り(・・)となりそうです。お洗濯をするにはあまり向かない日となりそうですね。次は、地域ごとに見ていきましょう】

 

 送崎信乃ことマンダレイは食器を洗いながら何気なくニュースを聞いていた。

 しかし、その内容など聞いていないかのように彼女は上機嫌であった。

 数週間前と比べれば大分マシになったものの、彼女は明らかに浮ついている。

 

 そして、その原因は彼女の左の薬指についている指輪にあった。

 

 そこについているのはもちろん婚約指輪である。

 苦節30年。遂に、あの鈍感野郎を落としてみせた証だ。

 

 ステイン事件の後に、抱きしめ合う写真がスクープされた直後は焦った彼女であったが、すぐに開き直った。むしろ、その状況を利用して相手が社会的に逃げられない状況を生み出すことに奔走したぐらいである。

 

 相手がマスコミからの取材はいつも拒否していることを知っていた。

 なので、自分の方は逆にマスコミの取材を全て引き受けて自分達の関係性を広めまくった。

 

『私達の関係は子ども時代からのもので、彼の健康管理は私が引き受けてきた。それに交際については両親も容認している。最近では半同棲を行っており、引き取った従甥(じゅうせい)を2人で育てている真っ最中だ』

 

 このような嘘は言わないが真実とも微妙に違う情報を出して、世間の間で2人は交際関係にあるという認識を広めていったのである。もちろん、相手の方はそれに気づくと同時に認識を正そうとしたが時すでに遅しであった。

 

 否定しても世間からは照れ隠しにしか見えず、逃げようにもヒーローの立場がそれを許さない。

 後は最後の希望を託して事情を聞きに来た相手に、正式に告白をしてハッピーエンドである。

 告白の際には今更ながらに緊張したものだが、真剣さが伝わったのか神妙に頷いてもらえた。

 

 決してもう逃げられないという諦めの表情を浮かべていたわけではない。

 ないったらないのだ。

 その証拠に告白の次の日には待たせたお詫びとばかりに、指輪が贈られたのだから間違いない。

 

 今でも指輪を見る度にニヘラと笑ってしまい、ピクシーボブが気持ち悪いと言ってくるが気にもならない。負け犬ならぬ、負け猫の遠吠えなど勝ち組には届かないのだ。実に清々しい気分である。

 

「――あっ!」

 

 そんな幸せいっぱいの気分でいたせいか、手が滑り茶碗を落としてしまう。

 

「あちゃー……割れちゃったな。せっかく新しく買ったのに」

 

 失敗したなぁと思いながら、無残に割れてしまった茶碗を拾い上げる。

 大して値の張るものでもないが、新しく買ったものがすぐに壊れて良い気はしない。

 マンダレイは軽くため息をつき、茶碗の持ち主の名を呟く。

 

 

「―――切嗣の茶碗」

 

 

 

 

 

 衛宮切嗣ことクロノスは雄英高校前で、どんよりとした雲が漂う空を見上げていた。

 そこへ、1人の大柄な男が近づいてくる。

 

「久しぶりだな、クロノス」

「こちらこそお久しぶりです。エンデヴァーさん」

 

 昔よりもさらに威圧感を増したエンデヴァーの姿に、笑みをこぼしながら切嗣は挨拶をする。

 相棒(サイドキック)から独立後も何かと世話になっている、切嗣にとっては頭の上がらない人物だ。

 

「直接会うのは焦凍(しょうと)に対銃火器の訓練を頼んだとき以来か」

「たしか、3年前でしたか。いや、この前焦凍(しょうと)君と会いましたが随分と立派になっていて驚きましたよ。本当に子どもが変わるのは早い」

「フン……」

 

 切嗣の言葉に興味なさげに鼻を鳴らすエンデヴァーであるが、それがカモフラージュであることは切嗣にも分かった。エンデヴァーは焦凍(しょうと)に対して厳しすぎる教育を施しているが、誰よりも期待しているので息子が認められるとなんだかんだいって喜ぶのである。

 

「変わる…と言えば、お前の方こそ何か変わった点はないのか?」

「僕の方は特に……ああ、いえ。そう言えばご報告しないといけないことがありました」

 

 そう言って切嗣はコホンと咳払いをし、あることを告げる。

 

 

「僕、来月に結婚することになりました」

 

 

 はにかみながら告げる切嗣の姿にエンデヴァーは若干驚いたような顔をする。

 だが、すぐにいつもの仏頂面に戻して口を開く。

 

「フン、一応おめでとうと言っておこう」

「ありがとうございます。結婚式の具体的な日程はまた別の機会にお伝えします」

「……まあ、空いている日なら出席ぐらいはしてやる」

 

 この男も遂に家庭を持つようになるのかと、感慨深い気持になるエンデヴァー。

 同時に、自分の家の荒んだ家庭環境を思い返して何とも言えぬ表情を浮かべる。

 末の息子である焦凍(しょうと)以外の子ども達は普通に育てたが、彼と妻だけは違う。

 

 オールマイトを超えるヒーローを生み出す。

 その執念だけで焦凍(しょうと)に幼い頃から虐待染みた訓練を施した。

 そして、その過程で妻との教育方針の違いから彼女に暴力を振るってしまった。

 

 過ちに気づいた時にはもう遅く、妻は精神を病み息子に癒えぬ傷を負わせてしまった。

 その時からだった。エンデヴァーの心に迷いが生まれ始めたのは。

 

「……家族は大切にしろよ」

 

 どの口が言っているのだろうかと思わず自嘲してしまう。だが、何故か言わずにはいられなかった。ひょっとすると後悔しているのかもしれない。普通の家庭を築いて普通の家族の在り方を取るべきだったのではないかと。今更ながらに悔やんでいる。

 

「はい、もちろんです」

「フン……俺も年を取ったものだ」

 

 若い人間を思いやるなど、過去のことを思い返して悔やむのも。

 年を取ってしまったせいなのだろうと、エンデヴァーは自身を無理矢理に納得させる。

 

「まあいい、今は仕事の話だ。お前がAFOについてオールマイトを含めて話があるというから、わざわざあいつの居るところまで来てやったんだ。さっさと仕事に取り掛かるぞ」

 

 そう言って、オールマイトも居るであろう雄英高校内に入っていこうとするエンデヴァー。

 だが、その足は切嗣の怪訝な声で止められることとなる。

 

「……待ってください。今回の件はエンデヴァーさんの方から呼び出したはずですよね?」

「俺がだと? 何を言っている。ここに来るように指示を出したのはお前の方だろう」

「いえ、そちらからの指示のはずですが……」

 

 情報の食い違い。お互いがお互いに呼び出されたという矛盾。

 何かがおかしいと直感し、2人の表情が一気に険しいものへと変わる。

 しかし、今更気づいたところで遅い。

 

 既にここは。

 

 

「―――悪いね。僕が(・・)君達がここに来るように仕組んだのさ」

 

 

 怪物の胃袋の中なのだから。

 

『オール・フォー・ワン…ッ!?』

「会いたかったよ。クロノス、そしてエンデヴァー」

 

 突如として背後に現れた、子ども1人が入りそうなポット(・・・・・・・・・・・)を背負ったAFOの姿に、2人はすぐさま振り返り臨戦態勢に移るが、今度はそれを待っていたとばかりに雄英高校側から凄まじい轟音が響き渡る。一体何が起きているのだと、AFOから目を離さずに脇目で学校を確認する切嗣。すると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「な…に? 雄英高校が……潰された?」

 

 目を離した一瞬の間に、未来のヒーローの学び舎は崩壊していたのだ。

 そのあり得ない光景に呆気に取られている所へ、AFOが補足を加えてくる。

 

「正しくは分解(・・)したのさ」

「分解だと? また奪った個性か…ッ」

「そう。もう1人の僕(・・・・・・)が計画通りに雄英高校を瓦礫の山に分解したんだよ」

「もう1人の? いや、それ以前に貴様がなぜ生きている。オールマイトに殺されたはずだ」

 

 もう1人の自分という意味不明の単語を呟くAFOに怪訝な顔するエンデヴァー。

 しかし、今はそれ以上にハッキリとさせておかねばならないことがある。

 それはオールマイトが確実に討ち取った、とまで言ったにも関わらずに生きている謎だ。

 

「それはこれを見てもらえれば分かりやすいかな」

 

 そう言ってAFOが指を軽く鳴らすと、上空に2つの特大のスクリーンが映し出される。

 

「“個性”『シアター』別の場所の映像を映し出すものだよ」

「これは……オールマイトと相澤君がお前と戦っている映像?」

「言っておくと、この映像は100%リアルタイムのものさ。つまり、僕は2人いる(・・・・・・)

 

 画面の1つに映し出されるのはオールマイトと相澤の戦いを見ながら、AFOが呟く。

 因みにもう1つのスクリーンには、会話をしているAFOと切嗣達が映し出されていた。

 

「そして、これが僕がオールマイトに殺されながら生きていた理由さだよ」

「つまり……オールマイトが討ち取ったのは、1人に過ぎないというわけかい?」

「そういう認識で構わない。2人いる理由は“個性”『分裂』によるものさ」

 

 そして、AFOは何を考えているのか、『分裂』について事細かい説明を始め出す。

 

 AFOいわく、『分裂』はその名の通りに自身を2つに分裂させる“個性”である。

 この分裂した体は分身のようなものとは違い、確かな自我と実体を持ち合わす。

 そのため、致命傷を受けない限りは消えることがなく、片方でも生きていれば再び分裂が可能。

 以前にオールマイトに殺されたのも、能力の全様を把握するために過ぎない。

 

 しかしながら、デメリットもある。

 分裂状態では、生まれながらに持つ『AFO』以外の“個性”は2人同時に持つことはできない。

 分裂する際にどちらがどの“個性”を引き継ぐか決めておかねばならない。

 さらに、片方が消える際には受けたダメージが残った方に引き継がれてしまう。

 そして、消える際にはそちらが持っていた“個性”は、全て消失してしまうというのだ。

 

「以上が『分裂』についての説明だ。このデメリットのせいで以前よりも大分“個性”が減ってしまったんだが、まあ、その分質の良い“個性”を手に入れられたから良しとしよう」

「随分とペラペラと喋るな。それに加え、分裂できる人数が2人というのが真実ならば、2人同時に出てくるのはリスクが大きすぎる。フン、策を誤ったな、オール・フォー・ワン」

 

 話し終えたAFOにエンデヴァーが挑発するように声をかける。

 しかし、それに返ってきたのは否定ではなく肯定の言葉だった。

 

「その通り。自分の能力を話すのは愚策。おまけに保険を残さないのも慢心だ」

「なに…?」

 

 恐ろしく静かな声。しかし、地を這う蛇のようにねっとりとしたそれは、言いようのない(おぞ)ましさを切嗣とエンデヴァーに感じさせた。

 

 

「でもだ。ビクビクと君達に怯え、負けてもいいように戦うなんて―――魔王の戦いじゃない」

 

 

 凄み。そうとしか言いようのない圧力がAFOから発せられる。

 裏の世界の魔王として君臨してきた男が持つ、絶対のプライド。

 合理的でないと言われればそうだろう。だが、背水の陣を敷いた男は、強い。

 

「何より、僕は君達に負けた身だ。そんな人間が保身? 手抜き? 出し惜しみ?

 あり得ないッ! 君達は僕が認めた宿敵だ! 全力で! 死力を尽くして! 必ず殺すッ!!」

 

 これは王者の誇りを取り戻すための戦いだ。

 わざわざ雄英高校を潰したのも、スクリーンでマスコミや周辺住民に戦いを見せるのも。

 全てはAFOこそが世界を支配する魔王だと再び万人に示すため。

 

 故に自ら退路を断つ。己が力と策だけで必ずや魔王の誇りを取り戻してみせる。

 

「―――生きるか死ぬか(DEAD OR ALIVE)。僕達の戦いにそれ以外はいらない」

 

 そんな言葉と共に壮絶な笑みを浮かべてみせるAFO。

 とてもではないが、今から殺し合いをする人間には見えない。

 だが、切嗣とエンデヴァーは分かっていた。

 この手の人間が殺し合いの場では最も恐ろしい存在になるのだと。

 

「エンデヴァーさん!」

「ああ、すぐに決めるぞ。加減はいらん! 片方を潰してもこいつは死なんらしいからな!」

 

 切嗣がコンテンダーを3回叩き、それを見たエンデヴァーが頷く。これは切嗣が相棒(サイドキック)をやっていた時からのサインだ。コンテンダーを3回叩くのは切嗣の切り札(・・・)を使うという合図であり、2人はそれに見合ったコンビネーションを持っている。

 

「すぐにか……こっちを終わらせ次第、オールマイト達の加勢を行くにつもりか。でも、そう上手くいくかな?」

「ゴチャゴチャと良く喋る口だ。せいぜい舌を焼かんことだな!」

 

 あの時の戦いよりも遥かに強くなった炎で、AFOを包囲しながらエンデヴァーが叫ぶ。AFOの言うように、切嗣とエンデヴァーの作戦は速攻だ。それはオールマイトの加勢に行くためという理由と、速攻でなければ負けるという考えからである。

 

 あの時勝ったと言っても、切嗣とエンデヴァーがAFOよりも強かったわけではない。

今はあの時よりも強くなっているが、それでも持久戦となれば複数の“個性”を使えるAFOの方が圧倒的に有利である。そのために2人は短期決戦で決めるしかないのだ。

 

「全力で行くぞ、火傷の覚悟(・・・・・)は良いな。フレイム・ドラゴンッ!!」

「ハハハ! 普通の人間なら火傷どころか消し炭だね。でも、僕には届かない!」

 

 一匹の巨大な炎の龍が雄叫びを上げ、AFOを締め上げるようにとぐろを巻く。逃げ場所はない。

 にも関わらず、AFOは背中のポッド(・・・・・・)を僅かに一瞥(いちべつ)するだけで、炎など効かぬとばかりに笑っている。

 

「『硬化』、『結晶』、『バリア』発動。加えて『“個性”の範囲を広げる』“個性”を発動する」

 

 まずは己の体を硬化させて肌を守る。次に体から異常な硬度を誇る結晶を作り出し、身に纏う。

 そして『“個性”の範囲を広げる』“個性”で広げたバリアを身に纏い、その身を要塞とする。

 これには全力のエンデヴァーの技も二の足を踏まねばならず、AFOの動きを止めるにとどまる。

 

 しかし、それで十分であった。

 

「足止めありがとございます、エンデヴァーさん」

「フン、とっとと決めてこい」

「この炎の中を生身で来ただと!? 正気か、クロノス!」

 

 太陽もかくやな炎を気にすることなく、真っすぐにAFOに突っ込んでいく切嗣。

 エンデヴァーの役目はAFOの身動きを止めることと、炎で視界を奪い接近に気づかせないこと。

 そして何より、AFOに全力で(・・・)“個性”を使わせることであった。

 

「正気も正気さ! お前相手に無傷で勝てるとは思っていない。だから、肉を切って骨を断つ!」

 

 熱い、肌が焼きただれる。自分が燃える焦げ臭いにおいがする。

 炎が喉を焼き、目から水分を奪っていく。顔には見るも無残な水ぶくれが出来ているだろう。

 だとしても、切嗣は全身を焼く炎の痛みに耐えるために叫び声を上げる。

 その手に魔弾が込められたコンテンダーをしっかりと握りしめながら。

 

「死なないのなら加減の必要はないな」

「なにを? たかだかコンテンダーで僕の防御を破れるとでも?」

「そいつはどうかな?」

 

 コンテンダー程度では傷一つつきはしないと、余裕を取り戻すAFO。

 しかし、切嗣も苦痛に顔を歪めながらも焦り1つない。

 決して外さないようにバリアを蹴りつけるように足を掛け、コンテンダーを直接突き付ける。

 

「こいつは当たりさえすれば、防がれたところで問題ない」

 

 そして、間髪を入れることすらなく引き金をはじく。

 

 

「―――起源弾ッ!」

 

 

 66発のうち、44発目の起源弾が放たれる。

 今までこの弾丸を受けた者で敗れなかった者は、ただの1人としていない。

 相手が“個性”を全力で使用している最中に打ち込めば、その肉体を破壊しつくす魔弾。

 

 それは今回も前例に漏れることなくAFOの全力で張られた防壁に当たり。

 

「ゴハ――ッ!?」

 

 “個性”を切って(つな)いでみせた。

 

 バチリと、まるで機械がショートでも起こしたような背筋の冷たくなる音が響く。

 それに比例するようにAFOの体は、内部から爆破されたように血を吹き出す。

 誰が見ても分かる。AFOはもはや立つことすらできないだろう。

 

 その予想と(たが)うことなく、AFOはゆっくりと地面へと倒れていく。

 

「ターゲット……クリア」

 

 燃え盛っていた炎が嘘のように消えていく。

 戦いの終わりを悟ったエンデヴァーが消し去ったのだ。

 残されたのは火傷を負いながらも、勝者として敗者を見下ろす切嗣と。

 

 ポッドを背負ったまま地面に横たわるAFOだけだった。

 

 

 

 

 

 緑谷出久はほんの少し前の出来事を思い出す。

 今日もいつも通りに授業を受けていた。戦闘訓練を行うために戦闘服(コスチューム)に着替えたのも、そこで少しばかり遅れてクラスメイトと離れた場所に居たというのも、まあ、いつも通りと言っていいだろう。

 

 だが、しかし。その次の瞬間に校舎が足元から崩れ去ったのは、どう考えても異常であった。

 

「な、なにが起きたんだ――って、が、学校が……無くなってる?」

 

 OFAの馬鹿力を利用して、何とか瓦礫の中から抜け出した出久の目に入ってきたのは、変わり果てた学び舎の姿であった。

 

「何で…? いや、どうして…?」

 

 あまりに現実離れした出来事に呆然として立ち尽くしてしまう。

 しかし、敵というものは人が感傷に浸る暇すら与えてくれはしない。

 呆然とする出久の視界に、見覚えのある黒い靄で出来たワープゲートが現れる。

 そして、そこからある者達が姿を現す。

 

「脳無ッ!? それも数が10や20じゃないぞ!?」

 

 ワープゲートから現れた無数の改人・脳無の姿に、出久は雄英が襲撃を受けたのだと理解する。

 脳無はその怪物染みた見た目の通り、高度な思考能力は持たず、命令を遂行するだけの存在だ。

 そして、今回そんな脳無達がAFOに下された命令は1つ。

 

 ―――蹂躙しろ。

 

「■■■■■■■ッ!!」

 

 目に入るもの全てを嬲り、壊し、殺す。

 脳無の上げた咆哮はAFOの命令など知らぬ出久にさえ、彼らの目的を如実に伝えた。

 

「…ッ! 早く先生達に伝えないと!」

 

 背筋を氷で貫かれたような恐怖を覚え、出久は一目散に教師達の下に行こうとする。学校そのものは潰されてしまったが、教師は全員がプロヒーローだ。そう簡単に死んでいるはずがなく、この状況でも何とかしてくれる。そう考える出久だったが、1つの誤算があった。

 

「誰か…助けて……」

「声! 大丈夫ですか!?」

 

 校舎の崩壊に巻き込まれてしまった生徒達が、まだ多く取り残されて居たのだ。

 慌てて声のした方に駆け寄ると、瓦礫に挟まれた生徒達が助けを求めていた。

 

「意識はハッキリしていますか? 怪我はないですか?」

「意識は大丈夫…怪我は……足が挟まれて動けない」

「分かりました。すぐに助け出しますから安心してください」

 

 恐らくはサポート科の生徒なのだろう。ヒーロー科と違い自らの力で抜け出ることができない生徒の姿に出久は、仮免試験で学んだことを活かしながら接していく。その姿にサポート科の生徒もホッとしたように笑顔を見せる。

 

 だが、現実はいつだって甘くはない。

 

「■■■■■■■…ッ」

「ヒィッ!?」

「クソ…! 脳無が居るんだった。それに何でこいつが…ッ」

 

 現れた脳無のうち、一体が出久達を標的に定めてゆっくりと近づいてくる。

 その異様な姿にサポート科の生徒は悲鳴を上げ、出久は見覚えのある姿に困惑する。

 何故ならその脳無はかつて雄英高校に現れ、オールマイトの限界を超えた力をもって倒されたはずの脳無だったのだから。

 

「あの脳無は強い……」

 

 かつての自分では手も足も出なかった化け物。

 1人で倒しきれるとは到底思えなかった。出来れば、応援が欲しい。

 しかしながら、今の出久には応援を呼ぶ時間もなければ、怪我人を連れて逃げる時間もない。

 

(先生達を呼んでくる時間はない。連れて逃げようとしても見たところ怪我人は1人じゃない。これじゃあ、1人連れ出している間に他の人が襲われる。だったら…!)

 

 だから、出久は立ち上がり脳無と向かい合う。

 後ろに背負う、つい先ほどまで顔も名前も知らなかった人を救うために。

 命を懸ける。

 

 

「ここを通しはしないぞ……だって、ここには―――僕がいるッ!」

 

 

 OFAを発動させ、爆発的な踏み込みを利用して脳無へと殴りかかっていく。

 

「■■■■■■■ッ!」

「『ショック吸収』! やっぱり、ただのスマッシュじゃ効かないか…ッ」

 

 脳無の顔面を殴り飛ばすが、やはりと言うべきか脳無にダメージはない。

 この脳無は『ショック吸収』と『超再生』の複数“個性”を持つ対オールマイト用の兵器だ。

 そうである以上、オールマイトの正当な後継者である出久にとっても天敵となる。

 

「でも……それは分かってたことだ」

 

 オールマイトと同じ戦い方をしても、自分は勝てない。

 だったら、自分が新しく身につけた力で戦うまでだ。

 

「■■■■■■■!!」

「いくよ、OFAのもう1つ可能性…!」

 

 脳無が振るう丸太のような腕を冷静に見つめながら、出久は林間合宿の日々を思い出す。

 純粋な肉体の強化と共に行った、OFAのもう1つの可能性を引き出す訓練。

 

 ―――『力をストックする』“個性”の()って何だと思う?

 

 クロノスの問いかけに対して出久は筋肉だと答えた。しかし、それはすぐに否定されてしまった。何故なら、仮に力が筋肉を指しているのならば出久がOFAを受け取った時点でオールマイト並みの肉体にならなければおかしいからだ。さらに言えば、OFAの100%を使用しても筋肉そのものが増えたことはない。

 

 ―――これはあくまでも僕の考察だけど、力っていうのはエネルギーのことだと思うんだ。

 

 力とは全てエネルギーに変換される。電力も火力も馬力も元を辿ればエネルギーとなるのだ。

 その考察に出久も素直に納得した。

 よくよく考えれば、DNAを摂取することで受け継ぐOFAが、実体を持つわけがない。

 そして、エネルギーならば人間の五感で捉えることができないので、簡易な受け継ぎでも条件を満たしているのも説明できる。

 

 ―――そして、OFAはこのエネルギーをストック、溜めることができる。

 

 エネルギーを溜め、9代に渡り引き継いで来た。

 それが今のOFAの圧倒的なパワーの(みなもと)である。

 

 ―――量子力学から言えば、この世の全てのものはエネルギーで出来ている。

 

 つまり、OFAはこの世の全てのものをストックできるのかと出久は驚く。

 

 ―――流石にそれは分からないけど、直接的なエネルギーならいけるんじゃないのかな?

 

 直接的なエネルギーとは具体的には何かと出久は問う。

 それに対して、切嗣はしばし悩んだ後に口を開く。

 

 ―――例えば戦闘で生じるエネルギーかな? OFAの出力を考えれば、たかだか9人の力を合わせただけじゃ到底説明できない。だったら、今までの歴代所持者が戦闘で得たエネルギーを蓄えているというのが一番しっくりくる。もちろん、自己鍛錬で上げることも出来るだろうけどね。

 

 それと、と最後に切嗣は一言を付け加える。

 

 

 ―――後は、相手の攻撃のエネルギーとかかな?

 

 

「君の攻撃は……効かない」

 

 脳無のパンチを、両手の掌で受け止めた出久が静かに告げる。

 そのあり得ない事態に思考能力のない脳無が混乱したように叫ぶ。

 そして、これはまぐれだと証明するように、がむしゃらに拳のラッシュを繰り出していく。

 だが、出久にその拳が届くことはない。

 全てが掌で抑えられ、完全に力を吸収された(・・・・・・・)ように受け流されていく。

 

「■■■■■■■ッ!?」

「そう言えば、この技は君の“個性”からヒントを得たんだ。一応お礼を言っておくよ」

「■■■■■ッ!!」

 

 雄叫びを上げて何とか殴り飛ばそうとする脳無とは反対に、出久は氷のように冷静だった。

 故に、余裕を持ってこの技を思いついたきっかけを思い出すことが出来る。

 

 ヒントは目の前の脳無の『ショック吸収』だった。攻撃を無力化するそれは彼に強い印象を与えるものだった。それ故か、『力のストック』を“エネルギーの吸収”という発想に変換することができた。

 

「君の攻撃エネルギーを掌から吸収して無力化する。言ってしまえばそれだけだけど、結構苦労したんだ」

 

 技のイメージを明確にするために、独り言を呟きながら出久は思い起こす。思いついたはいいが、当初は何度やっても純粋なOFAの発動にしかならずに、衝撃エネルギーを吸収するはずだった攻撃に吹き飛ばされていた思い出を。

 

 その度にやはり出来ないのかと思った。しかし、ある発想の転換が彼を飛躍させた。

 

「最初は100%からさらに増やそうと110、120を目指してた。でも違ったんだ。あくまでも、この技は相手のエネルギーを利用するもの。僕の力を増加(プラス)するんじゃない。君の力を吸収(マイナス)にするんだ」

 

 それは0から100という、プラス方向ではない新しいイメージ。

 補習組の数学のプリントにあった数直線を見て思いついた発想の逆転。

 0から先はプラスだけでなく、マイナス(・・・・)もあるということを。

 

「■■■■■■■■■■■ッ!!」

「いくら攻撃してきても無駄だよ。これがOFAの新しい可能性の1つ」

 

 まともに当たれば、一瞬でミンチになりかねない両手をハンマーにした打ち下ろし。

 だが、出久には効かない。彼は両手の掌で楽々と受け止めながら、新たな必殺技名を告げる。

 

 

ONE(ワン)FOR(フォー)ALL(オール)―――Limited(リミテッド)/Zero(ゼロ)Over(オーバー)

 

 

 それはZeroの先の境地。プラスではなくマイナス方向へ限界を突破した証。

 ゼロ地点突破。言ってしまえばそれだけのこと。

 だが、本来ならあり得なかったその極地はOFAという究極の“剛”に“柔”を与えた。

 

 マイナス方向に向いたOFAは、相手の攻撃エネルギー()をことごとくストックする。

 掌からでなければストックできないという制約はあるが、それでも破格の能力だ。

 そして、何より。

 

「君が今まで僕を攻撃してきた分を……返すよ」

「■■■■■■■ッ!?」

 

 ストックした力を使うことが出来るのがOFAの本来の能力である。

 それを本能で感じ取ったのか、脳無が即座に逃げようとするがもう遅い。

 今の今まで殴られてきたエネルギー全てを、一撃に込めて放出する。

 

 

「デラウェア・デトロイト・スマッシュ―――Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)!!」

 

 

 限界を超えたその先へ。

 

 そんな校訓を込めた一撃が脳無の腹に突き刺さり、ジェット機のように吹き飛んでいく。

 『ショック吸収』や『超再生』など無意味だ。

 オールマイトのパワーと同じ自分の力が直に返ってきたのだ。

 それも自分が殴った数百発が、そのまま全て同時に。

 耐えられるはずがない。脳無はそんな出久の予想通りに、派手に吹き飛んだ後に意識を失う。

 

 だが、しかし。耐えられないのは出久も同様であった。

 

「あああああああッ!?」

 

 相手からストックした力と言えど、撃ったのは自分。

 肉体が完全に出来上がっていない彼が、オールマイト超えの力に耐えられるはずがないのだ。

 しかも、Limited(リミテッド)/Zero(ゼロ)Over(オーバー)で吸収したエネルギーは普通のOFAと違って使えば消える。

 

 だというのに、負担は限界を超えた時と同じなのだから、使い勝手は察せるところだ。

 出久が左腕の骨が砕け、肉がぐちゃぐちゃになる痛みで絶叫するのも無理はない。

 しかし、それでも。

 

「……ハァ…ハァ…左腕は動かせないけど…まだ、僕は動ける…ッ」

 

 しっかりと彼は足と右腕を確保してみせた。戦闘不能にはなっていない。動いて人を助け出すことができる。それだけの力が残っているのなら十分だ。何より、最初からあの脳無を自傷覚悟の攻撃以外で倒せるとは思っていない。だからこそ、すんなりと片腕を犠牲にする決断ができたのだ。

 

「それに、これで脳無は排除できたから無事に救助が――」

 

「―――■■■■■■■■ッ!!」

 

「ヒッ!? だ、誰か助けてくれぇえええッ!!」

「また脳無…!?」

 

 だが、出久は忘れていた。

 AFOが送り込んできた脳無は10や20ではないという事実を。

 

「クソッ! 今度は3体同時に来るなんて……いけるかな」

 

 新しく現れた3体の脳無の姿に表情を歪ませる出久。要救助者はまだ救えていない。

 まさしく振り出しに戻った状態だ。しかも先程よりも遥かに難易度が上がって。

 

「でも…戦うしかない!」

 

 だとしても、戦わないという選択は出久にはない。後ろに守らねばならない人々がいるのだ。

 ならば、この腕が千切れようとも、この命が燃え尽きようとも戦わねば。いや、戦いたいのだ。

 それこそが彼の憧れた―――ヒーローなのだから。

 

 

「大した覚悟だね。でも、こういう時は上級生(・・・)に頼るものさ!」

 

 

 そして、ここ雄英高校はそんなヒーローを目指す者達が集まる場所である。

 3人の人影が出久を守る様に颯爽と現れる否や、脳無を蹴散らし始める。

 

「まだ1年生なのに1人で戦うとは末恐ろしい……俺なんか一瞬で抜かされそうだ」

 

 何やらネガティブな発言をブツブツ呟きながらも、すぐに脳無を手から生やしたタコの触手で絡めとる黒髪の3年生、天喰(あまじき)(たまき)

 

「うわー、脳味噌がムキ出しなんてキモチ悪ーい。ころんじゃえ!」

 

 天然ぽい発言をしながらも、手から打ち出した波動で脳無を転ばせる美少女。

 膝裏まで伸ばした金髪ロングが特徴的な、そんな彼女の名前は波動(はどう)ねじれ。

 

「いやぁ、後輩が将来有望で楽しみだよ。でも、ここで頑張らないと3年生のメンツが保てないからね。というわけで―――ここは俺達に任せてくれるかな?」

 

 そして、最後の1人。脳無の攻撃に対して、全く避けるそぶりを見せない金髪のツンツン頭に特徴的な丸い目の少年。脳無の攻撃はそんな彼の体を透過(・・)していき、あっさりと隙を生ませさせる。そして、少年通形(とおがた)ミリオはその脳無の顎に、蹴りによる強烈なカウンターを撃ち込んで一撃でノックダウンさせてみせたのだった。

 

「あなた達は……」

 

 そんな3人の姿に出久は心底安堵をしてしまう。

 それもそのはずだろう。この3年生達は現雄英生の中でも最強と呼ばれる3人組。

 人呼んで。

 

「ビッグ3(スリー)ッ!!」

 

 生徒の中でこれ以上に頼れる存在はいない。教師陣が生徒の救助や脳無の撃退、さらには外部への増援要請で、中々救援に来れない状態で考えれば間違いなく最高の助っ人と言えるだろう。

 

「よかった…これで」

 

 もう大丈夫。

 そうホッとして息を零した出久は、何気なしに曇天の空に浮かぶスクリーンを見る。

 否、見てしまった。目の前の敵など、所詮お遊びに過ぎないのだという現実を。

 

「………え?」

 

 出久は目を疑う。目に移るスクリーンは2つ。

 片方はオールマイトと相澤。もう片方は切嗣とエンデヴァー。

 どちらもAFOと戦っているというのは、事情を知る出久には理解できていた。

 

 だが、そこに映るものが現実だとは理解できなかった。

 

 かなり押されているものの、まだ戦えているオールマイト達の方はまだいい。

 オールマイトなのだ。どんな逆境も跳ね帰してくれると信じられる。

 しかし、もう片方の方はどう見ても終わっていた(・・・・・・)

 

「嘘…だろ…?」

 

 信じたくないと無意識のうちに言葉を零す出久の目に映っていたものは。

 敗者として血だらけで地面に横たわる(・・・・)

 

 

 ―――エンデヴァーの姿と。

 

 

 

 

 

「クロノスさんが―――殺された…?」

 

 AFOの手で心臓を貫かれ、宙に吊り上げられる衛宮切嗣の姿だった。

 




ケリィが死んだ!


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