正義の味方に至る物語   作:トマトルテ

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28話:This story is――

 切嗣達がAFOと戦っている頃、曇天の空の下オールマイト達もまたAFOと戦っていた。

 

WASHINGTON(ワシントン) SMASH(スマッシュ)!」

 

 まるでマシンガンを連射するような連続パンチを繰り出すオールマイト。

 

「クハハハ! 随分と衰えたじゃないかオールマイト!」

 

 それを難なく躱し、受け流し、受け止めていくAFO。今の彼の姿は肉体強化系の“個性”を全て詰め込んだ上に、異形型の“個性”を発動させているので人間というよりも悪魔という表現が正しい姿になっている。そして、その強さもまた悪魔染みていた。

 

「分かっているよ。君はもう全盛期程の力も出せなければ、戦闘状態を長く維持することもできない。『分解と修復(オーバーホール)』において完全に元の力を取り戻した僕には勝てない」

「それが…! どうしたぁッ!!」

 

 実に楽しそうに笑うAFOの顔面に、これまでで一番の気合の籠った拳を叩き込むオールマイト。

 しかしながら、その攻撃はAFOにより片手で受け止められてしまう。

 

「遅いな。拍子抜けだよ、オールマイト」

「なにを…!」

「どうせだ。雄英高校を壊した分解の力を見せてあげるよ」

 

 そう言って、AFOは触れあっている手からオールマイトの腕を分解しようとする。

 

「させるか! “個性”抹消!!」

「……イレイザーヘッドか。あの時も君の“個性”には手こずったね」

 

 だが、そうは問屋が卸さない。

 相澤がAFOの“個性”の発動を封じて、オールマイトの援護をしたのである。

 彼の『抹消』では異形型の“個性”は消せないが、発動型の『分解と修復(オーバーホール)』は防ぐことが可能だ。

 

 これにより、即死攻撃は間一髪のところで防げているが、今のAFOは対オールマイト用に異形型“個性”で身体能力を爆上げしているので不利なことに変わりはない。

 

「厄介だな。やはり、先に潰すべきか」

「それを……私がさせるとでも!?」

 

 だとしても、目障りではあるので先に相澤から消そうと考えるAFO。

 しかし、それを実行されればただでさえ低い勝率がさらに下がると分かっているオールマイトが、馬鹿力でもって掴まれた腕を逆に利用して背負い投げを繰り出す。

 

 AFOはふわりと宙を舞い、頭から硬い地面に叩きつけられる。

 はずだった。

 

「今の弱りきった君に僕が止めれるとでも?」

 

 だが、AFOは片腕一本で逆立ちするようにして、叩きつけられる衝撃を全て殺してみせた。

 そんな常識外れの行動に驚き、一瞬だけ硬直してしまうオールマイト。

 その一瞬はAFO相手には余りにも大きすぎる隙であった。

 

「少し離れておいてくれ」

「づぅッ!?」

 

 AFOは逆立の姿勢を逆に利用してカポエラ風の蹴りを放ち、オールマイトを吹き飛ばす。

 そして、そのまま跳ね上がる様にして起き上がり、赤い眼光で相澤の姿を捉える。

 

「潰させてもらうよ」

「ちっ! そう簡単に殺されるか!」

 

 混じりけ一つない殺意に晒され、鳥肌が立つが相澤は怖気づくことなく叫び返す。

 ついで、武器である特殊合金を編み込んだロープでAFOを一気に拘束する。

 

 しかも、関節部分を徹底的に縛ることでどうあがいても動けないようにしている。

 これならば、オールマイトが戻ってくるまでの時間ぐらいは稼げるはずだ。

 そう思った相澤だったが、すぐにその認識が甘すぎたことを思い知らされる。

 

「こんな糸くずで僕を捕まえられると思ったのかい?」

 

 馬鹿にするような言葉の後、まるで紙のように引き千切られていく相澤のロープ。

 特殊な能力によるものではない。純然たるパワーだ。

 

「さあ、死んでくれ」

「化け物が…ッ」

 

 罵倒を最後まで口にする暇すら与えずに、AFOは一瞬で相澤の目の前に立つ。

 そして、間髪を入れずにぼさぼさ頭を掴み上げ―――容赦なく地面に叩きつける。

 

「ガァッ!?」

「ハハハハハハ!! 良い声で鳴くじゃないか。もっと聞かせて欲しいな」

「グガァアアアッ!?」

 

 地面に罅が入る程の威力で、相澤の顔面を叩きつけるAFO。

 しかも一度や二度ではない。

 すぐには殺さないように絶妙に手加減をしながら、何度も、何度も、叩きつける。

 

 子どものような、どこまでも純粋な残虐性。

 それを最大限に発揮しながら、AFOは相澤を(なぶ)り殺そうとしているのだ。

 

「相澤君を離せッ!」

「ああ、戻ってきたのかい、オールマイト。もう少しゆっくりしていれば寿命が延びたのに」

 

 しかし、その暴虐(ぼうぎゃく)は戦闘に復帰してきたオールマイトにより止められてしまう。だがAFOの方はどうでもよさそうな顔で、相澤をゴミのように投げ捨てる。そんな、遊んでいたおもちゃに飽きてしまったとでも言いたげな行為に、オールマイトは激高して殴りかかるが届かない。突如として現れた分厚い壁に阻まれてしまったのだ。

 

「これは…!?」

「『分解と修復(オーバーホール)』は中々に面白い“個性”でね。瓦礫を壁に修復することも出来れば、人体を融合させることも出来る。錬金術師も顔負けの性能だよ」

 

 そう言って瓦礫の山に手で触れるAFO。

 すると瓦礫の山が自らに意思を持っているかのように動き出し、相澤を閉じ込めてしまう。

 それを見たオールマイトはすぐに助け出そうとするが、今度は地面から岩の棘が生えてきたことで邪魔をされる。

 

「イレイザーヘッドの“個性”はこれで完全に封じた。後はオールマイト、君だけだ」

「そう簡単に私をやれると思うなよ…!」

「ああ、そうだね。そう簡単に殺すなんてとんでもない。君達は丁重にいたぶって殺さないと」

 

 ゾッとする程の笑顔を浮かべながらAFOは宣言する。

 待ちに待った時だ。あの日の雪辱を晴らし、再び魔王として君臨するために。

 楽には殺さない。じっくりと絶望を味合わせ、世界中に彼らの敗北を知らしめた後に殺すのだ。

 もちろん、オールマイトには本当の姿を社会に晒してもらう。

 

「だから、まずは君の全てを奪おう」

「……私の全てだと?」

「力であり、誇りである君のワン・フォー・オールを奪うのさ」

「ワン・フォー・オールを? ハハ、今の私にあるのは残り火だけだよ」

 

「残り火だけ(・・)なんだろう? つまり、それを奪えば君には何も残らない。

 君の敬愛する師匠、志村(しむら)菜奈(なな)とのつながりも、君が目をかける弟子とのつながりも。

 全てが君から失われる。ワン・フォー・オールが奪われればね」

 

 師匠と出久(弟子)とのつながり。そう言われて、初めてオールマイトの顔が歪む。

 彼にとってAFOに殺された師匠は、今でも尊敬しているかけがえのない人だった。

 同時に弟子である出久も自分が見出した最高の宝だと思っている。

 

 彼らとのつながりは全てがOFAだ。例え、残り火しか残っていなくとも、大切なそれを奪われて良い訳がない。だから、オールマイトは冷静さを失う程の敵意を向ける。

 

「……やってみるがいい」

「言われずともね」

 

 ニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべてAFOが挑発を行う。

 普段のオールマイトであればそれに乗らなかっただろう。だが、今は違った。

 

「オール・フォー・ワンッ!」

「ハハハハハ! そうだ。その気迫だ! 以前の僕を打倒した気迫! それを超えて初めて僕は勝者となれる!」

「勝手に言っているがいいッ!!」

 

 売り言葉に買い言葉とばかりに叫び声を上げて、AFOへと殴りかかっていく。しかし、先程とは勝手が違う。AFOの掌で触れられてしまえば分解、すなわち肉体の崩壊である。接近戦主体のオールマイトが近接戦を制限される。これだけ言えば、どれだけ彼が不利か分かるだろう。

 

「チィッ!」

「どうしたんだい? 以前よりも勢いが落ちてるよ。それともさっきの威勢は嘘だったのかな?」

「言わせておけば…ッ」

 

 近づけば『分解』の掌を堂々と利用したフェイントで回避を余儀なくされ、遠ざかれば『修復』による岩の剣山で刺し殺しに来る。さらには分解を利用して足場を脆くされることで、踏み込みのタイミングをずらされる。

 

(マズいな……このままじゃジリ貧だ。こうなったら隙をついて、一撃で決めるしかない)

 

 勝ち目が薄いことは明白だ。

 だからこそ、オールマイトは起死回生のカードをOFAの超パワーに決める。

 慣れないやり方で勝てる相手ではない。

 ならば、自分の持つ最高のカードで決めるまでだ。

 

「ふぅ……意外とちょこまか動くね」

(――ここだ!)

 

 そして、刹那にも満たない隙を見つける。

 オールマイトはその一瞬に全てを賭け、一直線に突進していく。

 全てはにっくきAFOを打倒すために。

 

「ああ、そう言えばもう1つ見せておきたい面白い(・・・)“個性”があったんだった」

 

 だが、しかし。AFOは冷静さを崩さずに、攻撃でも防御でもなく右手を自身の顔に触れさせる。

 

「“個性”『モノマネ』、モデル……」

 

 AFOの容姿が一瞬にして変わっていく。

 ゴツゴツとした皮膚が柔らかいものになり、全体的に細くなる。

 そして、最後にAFOの顔が。

 

 

「ワン・フォー・オール7代目継承者―――志村(しむら)菜奈(なな)

 

 

 オールマイトの敬愛する師匠のものとなる。

 

「…っ! お師匠…様…!?」

 

 AFOに殺されて以来、何年も会っていない、会いたかった人。

 そんな人物が唐突に目の前に現れたのだ。止まらないはずがない。

 オールマイトは攻撃を止めているという自覚すらなく、足を止めていた。

 

 そして―――足元から生えてきた岩の剣にくし刺しにされたのだった。

 

「――ゴフッ!? ……貴様…お師匠様の…顔を…よくも…ッ」

 

 串刺しにされ、さらには血を吐きながらではあるがAFOを睨みつけるオールマイト。

 そんなオールマイトの姿に志村(しむら)菜奈(なな)の姿のまま、AFOは笑う。

 どこまでも残虐に、どこまでも邪悪に。勝利を確信して笑う。

 

「フハハハハ! 流石の君も尊敬する師匠は殴れないようだね。志村(しむら)菜奈(なな)。何の力もない小娘だと思っていたけど、思わぬところで役に立ってくれたよ」

「お師匠様の顔で…ゴフッ……お師匠様を…侮辱するな…!」

 

 精一杯抵抗を見せようとするオールマイトだったが、体に力が入らない。既に彼の中のOFAの残り火が限界を迎え始めているのだ。だが、AFOにとってはそんなことは知ったことではない。ゆっくりとオールマイトに近づき、その頭に手を添えながら楽し気に告げる。

 

「“個性”『モノマネ』の発動に必要なものを教えてあげようか?」

「なに…を…?」

「『モノマネ』に必要なのは真似をする相手の―――骨さ(・・)

 

 その言葉にオールマイトは一瞬声を失い、次の瞬間に血の混じった怒声を上げる。

 

「貴様ッ! お師匠様の―――墓をあばいたなッ!?」

その通りだよ(Exactly)

 

 より一層AFOの笑みが邪なものになる。

 彼は人の嫌がることをするのが大好きだ。

 故に、そのためならばどんな悪逆でも働いてみせる。

 死者の安寧すら彼にとっては犯すべき対象でしかないのだ。

 

「君の全てを奪うと言っただろう? だから、奪わせてもらったのさ」

「この…悪魔めが…ッ」

「残念、僕は魔王さ。そして、これで―――君の全ては奪われる」

 

 オールマイトの頭に添えた掌から“個性”『AFO』を発動させ奪い取る。

 最後の最後まで必死に守られていたOFAの残り火を。

 

(すみません…お師匠様…すまない…緑谷少年…)

 

 OFAの残り火を奪われたことで、完全に力を失ったオールマイトはその本当の姿を晒す。

 筋骨隆々だった体は骨と皮だけになり、特徴的なV字に立てた髪も崩れ落ちる。

 この姿を見れば、誰も否定できないはずだ。

 平和の象徴であり、最強のヒーローであるオールマイトは。

 

 

「これで……僕の、勝ちだッ!! クフフ…ハハハ…ハーハッハッハッハッ!!」

 

 

 悪に敗れたのだと。

 

 

 

 

 

 オールマイトが敗北する少し前。

 切嗣とエンデヴァーは倒れ伏すAFOを置いて、オールマイトの援護に行こうとしていた。

 

「クロノス。さっさと、オールマイトの下に向かうぞ」

「はい、エンデヴァーさん」

 

 血だらけで横たわるAFOにはもう立ち上がる力すらない。そのことを十二分に理解しているために2人は死亡の確認すらしなかった。だが、次の瞬間にはそれを心底後悔することになる。

 

 

「―――“個性”『鎌鼬(かまいたち)』」

 

 

 聞こえるはずの無い声に2人の思考に空白が生まれる。

 故に、状況を理解して振り返った時にはもう遅い。

 

「馬鹿な…ッ。なぜ…生きて…ッ!」

「エンデヴァーさんッ!?」

 

 空気の刃によって体中を切り刻まれたエンデヴァーが、信じられないという顔のまま倒れる。

 エンデヴァーよりも距離が離れていた切嗣は、咄嗟に転がって避けることで空気の刃を躱すことに成功するが、動揺は隠せない。

 

「今のを避けるか。完全に隙をついたつもりだったんだけどね」

「どういうことだ……何故生きている。なんで起源弾を受けて“個性”が使える!?」

「起源弾というのかいあれは? 早々に君の切り札を潰せて何よりだよ」

 

 笑いながら切嗣の前に立ちふさがる魔王AFO。

 その体には先程の起源弾で受けた傷どころか、(ほこり)すらついていない。

 

「オール・フォー・ワンッ!!」

 

 切嗣はそのあり得ない事態に声を震わせながらも、心と指先を切り離してコンテンダーを放つ。

 そして、それはAFOの眉間を完璧に打ち抜いて脳髄をまき散らせる。

 だが。

 

「無駄さ、僕は死なない」

 

 AFOの体は撃ち抜かれたという事実などなかったように、瞬時に元へ戻っていくのだった。

 

「あり…えない…」

「何を言っているのかな? こうして目の前にありえているじゃないか」

「脳を潰したんだぞ! どんな“個性”だとしても所詮は身体機能。脳が壊れた状態で発動させるなんて…っ!」

 

 そこまで言って切嗣はあることに気づく。

 AFOが背負っている子ども1人入りそうなポッド(・・・・・・・・・・・・・)が不自然に発光しているのだ。

 思えば、あれは明らかに不自然なものだった。しかし、わざわざAFOは背負っている。

 

 あのポッドに何かカラクリがあるに違いない。

 

固有時制御(Time alter)―――」

 

 即座に判断を下した切嗣は、最大限の加速をもってポッドの破壊へ移る。

 そして、目にも止まらぬ速さでAFOの背後を取り、コンテンダーをポッドに向けた所で気づく。

 ポッドの中に入っていたもの(・・)の正体に。

 

 

子ども(・・・)…だと…?」

 

「ごめん…なさい……」

 

 引き金を引く指を止める。近くに行ってしっかりと見たことで気づいた事実。

 ポッドの中に入っていたのは子ども(壊理)であったのだ。

 つまり、AFOは壊理(えり)を背負いながら戦っていたのである。

 

(殺しても“個性”が発動したのはAFOの持つ“個性”ではなく、この子の“個性”だからか!?)

「何事も保険というものは大事でね。万が一、僕が殺されて“個性”が使えなくなっても、別の人間が“個性”を使って僕を生き返らせてくれるなら安心だろう?」

 

 子どもを傷つけるわけにはいかないという想いから、攻撃の手を止めてしまう切嗣。AFOは、そんな行動を見透かしていたとばかりに邪な笑みを浮かべる。その笑みに何とか反応して、切嗣はポッド(壊理)ではなくAFOへの直接攻撃にすぐさま変更する。しかしながら。

 

「何度やっても無駄さ。頭を撃とうと、心臓を貫こうとも、壊理(えり)ちゃんは全部―――巻き戻せる(・・・・・)

「巻き戻し…だと…!?」

 

 何度やっても結果は同じ。否、AFOは何かをされる前に巻き戻るのだ。

 反則とかそういうレベルの話ではない。もはや、人間では辿りつけぬ頂。

 そう、例えるならば―――神々の力だ。

 

「さあ、人間である己の身の卑小さを噛みしめながら死ぬといい」

 

 神の力の前に人間が勝てるはずがない。ましてや、それを使うのが魔王となれば尚更だ。

 戦いの結果などやる前から見えている。それでも、敢えて語るとするならば。

 

 

「父親と同じように(むご)たらしく死ね、衛宮切嗣」

 

 

 衛宮切嗣がAFOに無残に殺されるという結果だ。

 

「―――――ッ!?」

「フハハハハハ! 心臓貫かれて満足に悲鳴も上げられないかい?」

 

 AFOに手で心臓を貫かれた状態で吊り上げられ、声にならぬ悲鳴を上げる切嗣。だが、それでも、切嗣は迫りくる死神の手から必死に逃れようともがく。しかし、意味はない。当たり前だ。心臓を貫かれたのだ。壊理(えり)のような世界の理を壊す“個性”でも持っていなければ逃れられない。それがこの世界の“死”という理なのだから。

 

「……さて、このまま苦しむさまを眺めるのも良いが、先に“個性”を奪っておくとしよう。

 あの時に『固有時制御(Time alter)』が進化した『空間時制御(Chrono alter)』を回収させてもらうよ」

 

 下種な笑みを浮かべながら、AFOはあの日生み出した『空間時制御(Chrono alter)』を奪うべく切嗣の頭に手を添える。他人の体内時間を操る“個性”。実に良い“個性”になってくれたとAFOは微笑む。だが、彼は『空間時制御(Chrono alter)』の本質を知らなかった。

 

「……っ」

「ん? 遺言かい。まあ、君達は僕の宿敵だ。敬意を払って聞いてあげよう」

 

 だから、切嗣に奥の手(・・・)を使う時間を与えるという、ミスを犯してしまったのだ。

 

「僕の願いは……なりたいものは……」

「……死にかけで譫言(うわごと)でも言っているのかい?」

 

 『空間時制御(Chrono alter)』は相手の体内時間を操っているのではない。

 他者の体内時間を自分の体内時間で侵食しているのだ。

 より正確に原理を説明するなら、切嗣の心象世界(・・・・)で相手の心を侵食しているのである。

 

「もしも…世界を変えられるなら……」

 

 そもそもが『固有時制御(Time alter)』とは、この心象世界の力を応用したものに過ぎない。

 時間を操る心の世界の具現。本来ならばそれは現実世界をも塗りつぶす程のものだ。

 だが、前世でも現世でも衛宮切嗣は、『固有結界』と呼ばれるその力の全ては使えなかった。

 

 理由は実に単純。理論があっても過程を整えることが出来なかったからである。

 前世では、受け継げた魔術刻印が一部だったために『固有結界』の外部展開が出来なかった。

 現世では世界に魔術がないため、仮に完全な魔術刻印があっても、魔術理論は役に立たない。

 

 理論は既に作られている。だが、過程を実現させるのがどうあがいても不可能と来た。

 

奇跡(・・)がこの手に宿るなら……」

 

 しかし、衛宮切嗣は知っている。

 過程と理論を吹き飛ばして結果のみを現出させる、聖杯(・・)という存在を。

 そして何より、聖杯という願望機が起こす現象の名称が。

 

「―――僕は“正義の味方”になりたい」

 

(任せて―――切嗣)

 

 奇跡と呼ばれることを。

 

 

 

 男の手に奇跡が宿り、世界が塗り替えられる。

 個と世界。心と肉体。空想と現実。

 内と外が入れ替わって、現実世界が切嗣の心の在り方に塗り潰されるのが見える。

 

 これが衛宮切嗣という男の固有結界(リアリティ・マーブル)

 

 

『―――とある男の話をし(A man of story.)よう』

 

 

 私は(・・)ずっとあなたを見てきた。以前も今も見守ってきた。

 

『男はこの世の誰もが(He is holding)幸せであって欲しいと願(on a foolish dream.)った 』

『だが、男は理想に溺れ、(But, he put weak to)天秤の計り手へと変わった (thousand swords without mind.)

 

 誰よりも優しいのに世界の残酷さが許せなくて、それに立ち向かうために冷酷になる。

 そんな矛盾を抱えたせいで、壊れた時計の中で苦しみ続けた可哀そうな人。

 

『分け隔てなく人々を救い(Gave all life and)分け隔てなく殺し(gave all death.)て』

人の世の理を超えた理想を追い求め続けた(He goes after broken dream over zero.)

 

 自分の望まないことを心を殺して行うために、誰よりも苛烈であり続けた戦士。でも、私は知っているわ。あなたは負けないけど決して強かったわけじゃない。守るべきものが増える度に喪失に怯えて弱くなっていた、子どものような人。

 

己に世界は救えぬと悟り(It was despaired that he)理想が焼け落ちて(couldn't save the)全てを失った瞬間まで(world at the last end.)

 

 そんなあなただから、私は傍に居続けると決めた。

 どんな絶望や困難が襲ってきても、助けてあげられるように祈り続けた。

 でも、もうそれも要らないわよね。

 

『……だが理想が消えた後には(And yet he hope)

目の前の誰かを救いたい(To relieve a person,)という願いが残っていた(not all over the world.)

 

 だって、あなたは本当にやりたいことをやれているもの。私の力を必要としなくなった。

 あなたは決して諦めず、自らの滅びの先まで達成の意志を継承する、真に強靭な魂の力を……。

 本当の強さを手に入れたのだから。私が居なくても、あなたは自分の手で願いを掴み取れる。

 

故にこれは(The story to)――』

 

 だから、これが最後の最後。私の全て(・・)を使ってあなたの願望を叶えてみせる。

 これまでの幸運とは違う。万に一つを引き寄せるのではなく、0を1にする奇跡(・・)

 きっと私の生まれた理由は、あなたに奇跡を与えるため。

 

 そうなのだから、あなたの願いが叶う瞬間を一番に見ることぐらい許されるわよね?

 衛宮切嗣という誰よりも優しくて、誰よりも愛情深い人が。

 

 

『―――正義の味方に至る物語であ(“I call me a hero.”)る』

 

 

 正義の味方になる瞬間を。

 

 

 

「さあ、行こうか―――アイリ」

 

 次の瞬間、世界の中心に傷一つない衛宮切嗣が女神(・・)を背に悠然(ゆうぜん)と立っていた。

 

 一方のAFOは塗り替えられた世界に、柄にもなく動揺を露わにする。だが、それも当然だろう。

 先程まであった雄英の瓦礫どころか、曇天だった空までもが変わっているのだから。

 その世界は、穏やかに雪が舞い散る月下の雪原。

 

 大地は分厚くそれでいて柔らかな雪に覆われ、空には満月が光り輝いている。

 

 (理想)はもはや雪に隠れて見えはしない。だが、それでも男の世界には。

 妻と娘と過ごした証である()と、自らに救いを与えた息子を表す満月(奇跡)がある。

 そして何より、月の周りにはこの世界で見つけた―――星々(希望)燦然(さんぜん)と輝いているのだ。

 

「なんだ…これは!? なんだこの世界はッ!?」

「僕の心の世界……ただの1人として同じものはない。例えるなら…そう、個性(・・)

「“個性”だと…? バカな如何に進化した“個性”と言えど世界を変えるなど…ッ」

 

 あり得ない、と続けようとしたAFOだったが、それは出来なかった。AFOの動体視力をもっても、捉えることのできない速度の攻撃に吹き飛ばされたからだ。

 

「殴…られた!? この僕が瞬きをする暇すらもなく…!?」

 

 何とか吹き飛んだ空中で姿勢を立て直し、地面に着地するAFO。同時にあることに気づく。

 

「これは……壊理(えり)ちゃんの巻き戻しが上手く作動していない?」

 

 まるで、この世界では切嗣の力の方が上回っているとばかりに、無効化される『巻き戻し』。当然のことながらAFOは焦り、壊理(えり)は困惑する。切嗣はそんな姿をわざとじっくりと見届けてから、追撃に移る。その姿は、AFOには圧倒的な格の違いを見せつけて、心ごとへし折ってしまおうとしているかのように見えた。

 

 

「行くぞ、オール・フォー・ワン。“個性”の貯蔵は十分か?」

 

 

 先に言っておこう。ここからの戦いは圧倒的なものである。

 

「“個性”『雷神』!」

 

 自らの体を雷によって強化したAFOが切嗣へと襲い掛かってくる。

 その速さは雷速。人間の目には捉えることも出来なければ、追いつくことも不可能。

 ましてや、それを追い越すことなどあり得ない。だというのに。

 

「背中がガラ空きだよ?」

「雷よりも速く…ッ!?」

 

 切嗣はあっさりと雷の速さで動くAFOの後ろを取ってみせた。

 そして、壊理(えり)を傷つけないようにAFOの頭だけを正確に蹴り抜く。

 

「ぐ…ッ! ならば“個性”『流星』だ。無限に降りそそぐ氷結の矢を避けられるかな?」

 

 しかし、AFOもその程度では諦めない。すぐさま体勢を立て直して新たな“個性”を使う。

 『流星』は空気中の水分を氷に凝結させ、天から矢のように降り注がせる技だ。

 空気中に多量の水分が無ければならないが、雪の降り注ぐこの世界ではその心配もない。

 すぐに天を埋め尽くす氷の矢が、逃げ場を与えることなく襲い来る。

 

「停滞しろ」

「馬鹿な…触れもせずに時間を停滞させたというのか…?」

 

 だが、そんなものは意味がない。降りそそぐ氷の矢は全てがカタツムリのように遅くなる。これでは、例え切嗣に当たったとしてもダメージ1つ与えられはしまい。その事実に、自身も気づかぬままに顔を引きつらせるAFO。しかし、それでも彼は攻撃を止めない。

 

「ならば、『鎌鼬』だ! 不可視の斬撃を防いでみるがいいッ!」

 

 先程エンデヴァーを斬り刻んだ『鎌鼬』を繰り出してくる。『鎌鼬』は空気の刃のために視認することはできない。さらに言えば、今回は避けられない様に上下左右360°から攻撃している。仮に停滞させたところで、魔の手から逃れることはできない。

 

 はずだった。

 

「無駄だ―――巻き戻れ(・・・・)

 

 常人から見ればただの攻撃の不発に映っただろう。

 だが、しかし。攻撃をした張本人であるAFOはその異常性を即座に理解できた。

 空気の斬撃はその全てが、ただの空気に戻って(・・・)いたのである。

 

 もはや、笑うしかない。

 雷速を超える加速に、視界に入れた全ての物質の停滞。

 おまけに壊理(えり)と同等、もしくはそれ以上の巻き戻しの力。傷もこれで治したのだろう。

 

 完全に世界の理を逸した力の前に、AFOは改めて衛宮切嗣のヒーローネームの意味を理解した。

 

 

CHRONOS(クロノス)……世界の(・・・)時を支配する神を名乗るだけはある」

 

 

 ギリシャ神話における時間の神。

 そうだ、単純な答えだったのだ。『巻き戻し』という神々の力を破る方法は。

 自らも同じの領域に立つこと。

 

 そのために切嗣は、女神の力を借りて神域へと踏み込んできたのだ。

 

「見事…見事だ…“個性”を半分に分け、遠距離戦に特化させた体とはいえ、この僕をここまでコケにしたのは素直に賞賛するよ。ああ……このままでは僕に勝ち目は万に一つもないだろうな」

 

 AFOの頭脳は既に敗北という結果を導き出していた。今の半分に分けた自分の力では勝てない。

 

 これが対オールマイト用と同じく近接戦特化にしていればあるいは、もしくは別れずに戦っていれば、高確率で結果は逆だったかもしれない。だが、その仮定に意味はない。自身を二分にするというリスクを背負って戦っていたのだから、それが裏目に出てしまった以上は既に詰みである。

 

 大人しく降参して、命を繋いで再起の機会を窺うのが最も正しい選択だろう。

 だが、それでも。彼の、魔王としてのプライドが。

 

「―――だとしても僕は諦めない」

 

 自らの敗北を認めなかった。

 もう二度と負けるわけにはいかないのだ。諦めという行為は、魔王としての真の死を意味する。

 故に、戦わなければならない。行きつく先が、地獄よりもなお残酷な結末であっても。

 己が誇りのために最後の一瞬まで戦い続けなければならない。

 

 それこそが、彼が夢見た悪の魔王という存在なのだから。

 

壊理(えり)ちゃん。君の力を奪わせてもらう」

「え…?」

 

 次の瞬間、AFOは壊理(えり)をポッドから取り出し『巻き戻し』を奪っていた。

 そして、時間を稼ぐために驚く壊理(えり)を、切嗣への牽制として放り投げてしまう。

 もちろん彼女は即座に移動してきた切嗣に抱き留められたが、ショックな表情は隠せない。

 

「クロノス。この世界に居る限り君には勝てない。だから、この世界が出来る前に巻き戻す!」

「なに…? だが、その『巻き戻し』の出力じゃあ、この世界では打ち消されるだけだ」

 

「ああ、壊理(えり)の“個性”では君の力に打ち消されるのが関の山だろう。

 だから、僕の持ち得る全ての強化“個性”を使って『巻き戻し』を強化する!

 そしてこの世界ごと巻き戻してみせる! 僕に勝機が生まれるその瞬間までッ!!」

 

 AFOを中心に世界が歪み始める。極限まで強化された『巻き戻し』により全てが戻っていく。

 それは人間とて例外ではない。“無個性”となった壊理(えり)に、驚いた顔の切嗣。

 そして、AFO自身もまたその力の強さにより巻き戻っていた。

 

「ハハハハハッ! このまま巻き戻っていけば、一番長生き(・・・)している僕以外は消えてしまうな!! もし、この世界が壊れないというのならそれもいい!!」

 

 自身の体も巻き戻っているというのに、AFOは賭けに勝ったと狂ったように笑い叫ぶ。そこには一番早く消える子どもの壊理(えり)への配慮などない。ただひたすらに、自らの勝利のために邁進する残酷な本性だけがあった。

 

「止められるものならば、止めてみるがいい、ヒーローッ!!」

 

 だが、それこそが魔王だとばかりにAFOは恥じることすらなく堂々と吠える。

 そんな魔王の上機嫌な表情は。

 

 

「なら、止めるとしよう。固有時制御(Time alter)―――無限加速(infinite accel)

 

 

 文字通り、全てを止められたことで凍り付くことになる。

 

「こ、これは…ッ」

「僕が時を止めた。……お前が殺した父さんの技だ。知らないとは言わせないぞ」

 

 意識が戻った時にはすでに遅く。

 時を止めている間に近づいた切嗣にコンテンダーを突き付けられていた。

 

「そうか…矩賢(のりたか)君の……」

「オール・フォー・ワン、よく覚えておくといい。ここが終わりで、始まり(・・・・・・・・)だ」

「何を言っている…?」

 

 心臓に突き付けられたコンテンダーの感触よりも、切嗣の不可解な言動の方が気になるAFO。

 しかし、その疑問が解決されることはなく、AFOの心臓は魔弾により無残に貫かれるのだった。

 徐々にAFOの意識が薄れていく。ああ、これが死なのかと漠然と思いながら彼は目を閉じ。

 

「オール・フォー・ワン、よく覚えておくといい。ここが終わりで、始まり(・・・・・・・・)だ」

 

 先程と全く同じ場面に戻っている事実に目を見開くのだった。

 

「何…だ? 何が起こっている…? 僕は殺されたはずだろう…?」

 

 再び、起源弾で心臓を撃ち抜かれる。だというのに彼はまた目を覚ました。そして、先程と全く同じセリフを言われて混乱する。その間にも状況は繰り返され、焦りと困惑だけが積もっていく。すると、そこへ直接頭の中へと語り掛けられるように切嗣の声が聞こえてくる。

 

「簡単なことさ。君の時間を―――切って(つな)いだのさ」

 

 声が続いていく。

 

「『巻き戻し』による“戻る時間”。『加速』による“進む時間”。2つの時間が重なることはまずあり得ない事象だ。だが、もし。2つの時間が切って(つな)がれることがあったらどうなると思う?」

 

 その言葉にAFOは顔を真っ青に変える。

 

「ま、まさか…!」

「2つの時間が合わさることで、それは不可逆(・・・)の鎖となる。

 つまり、進むことも無ければ戻ることもない繰り返され続ける時間の牢獄――」

 

 ここまで来れば何も言われずとも分かる。

 AFOが現在置かれている状況とは。

 

 

「―――無限時鎖牢(Unlimited Chrono Chain)

 

 

 無限ループ。終わることのない最後を繰り返し続けるのだ。

 それこそが、切嗣の最終奥義。無限時鎖牢(むげんじさろう)

 無限に続く鎖で相手を縛り、時の牢獄の中に閉じ込める。

 まさに地獄に落ちた方がマシだと言わんばかりの技だ。

 しかし、全くの救いがないという訳でもない。

 

「一応言っておくと、この無限ループから抜け出す方法はある」

「なに?」

 

 繰り返し、目の前の切嗣に撃ち抜かれ続けるAFOに語り掛ける。

 切嗣が目指したものは、救いを求めるならば敵すら救う正義の味方だ。

 故に、しっかりとこのループを終わらせる方法はある。

 

「お前が、自分のしでかしてきた罪を心の底から悔い改めること。

 そうして改心すれば、お前を繋ぐ鎖は全て消えてなくなる」

 

 それは自らの罪を償うことだ。償うためにはまずは改心しなければならない。

 故に、この時の牢獄の中で心の奥底から悔い改めることを求める。

 それだけでこの無限ループは終わりを告げるのだ。だというのに。

 

「悔い…改める? 罪を償う…? ク、ハハ…フハハハハハハッ!!」

 

 AFOはゲラゲラと笑う。本当におかしなものを見たように、心底愉快に。

 

「……何がおかしい? 僕はお前も救いたい」

「ありえない! 僕が改心なんてありえない! 僕を救う? 愚か過ぎて君が理解できない(・・・・・・)ね!」

「救いの手を自ら払いのけるつもりか」

「その通り。僕は決して悔い改めないし、決して後悔しない。そして、罪も償わない」

 

 自分まで救おうとする切嗣に、心底理解できないと吐き捨てながらも、AFOは笑う。そして、何度も確かめるように自らの罪を上げていく。そこに反省の色は欠片も見られない。

 

「クロノス、覚えておくがいい」

「…………」

「例え何度生まれ変わっても、僕は悪であり続ける」

 

 それは度を越えた、狂気に満ち溢れた悪の矜持(きょうじ)

 常人では決して及びつかない思考の果てにある美学。

 

 

「だって僕は―――悪の魔王に憧れたんだから」

 

 

 AFOが子供の頃に抱いた純粋なる夢。

 切嗣では決して理解できない悪に満ち溢れた願望。

 だからこそ、切嗣は手向け(たむけ)として悲し気に呟くことしかできない。

 

「お前の方こそ……愚か過ぎて理解できないよ」

 

 そうしてAFOは未来永劫(・・・・)この時の牢獄を抜け出ることがなかったのだった。

 




【詠唱】

『―――とある男の話をし(A man of story.)よう』
『男はこの世の誰もが(He is holding)幸せであって欲しいと願(on a foolish dream.)った 』
『だが、男は理想に溺れ、(But, he put weak to)天秤の計り手へと変わった (thousand swords without mind.)
『分け隔てなく人々を救い(Gave all life and)分け隔てなく殺し(gave all death.)て』
人の世の理を超えた理想を追い求め続けた(He goes after broken dream over zero.)
己に世界は救えぬと悟り(It was despaired that he)理想が焼け落ちて(couldn't save the)全てを失った瞬間まで(world at the last end.)
『……だが理想が消えた後には(And yet he hope)
目の前の誰かを救いたい(To relieve a person,)という願いが残っていた(not all over the world.)
故にこれは(The story to)――』
『―――正義の味方に至る物語であ(“I call me a hero.”)る』

【必殺】

無限時鎖牢(Unlimited Chrono Chain)


見たか、これが作者の中二力の結晶だ( ゚д゚ )クワッ!!

A man of storyではなくThe story of a manが正しいですが、Storyを強調したいので前者の方にしました。それと「n」、「ん」の音だと次の文章へ続いていく感じが個人的にしないのも理由。

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