正義の味方に至る物語   作:トマトルテ
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5話:バトルロイヤル

 7人でのバトルロイヤル。

 まるでかつての聖杯戦争のようだと思いながら、切嗣は昼食を取っていた。

 因みに昼食内容は左に持ったハンバーガーで、もう片方の手には最終種目のルールブックが握られていた。

 

(住宅街を模したフィールド。武装は予選と同じで持ち込み不可。フィールドの破壊はOK。まずは包丁でも手に入れてナイフ代わりにするか? いや、それとも……)

 

 食事の時間すら、ゆっくり取ろうとはせずに、戦闘のことを考えるのは彼の悪い癖である。

 しかし、幸福なことに彼にはそれをとがめてくれる友人がいた。

 

「こら、切嗣。食べながら本を読むなんて行儀が悪いわよ」

「時間は有限さ。手を止めることなく栄養補給ができるなら、それに越したことはない」

「そういう屁理屈をこねるのはやめろって、切嗣のお母さんにも言われてるでしょ」

「……母さんには内緒にしておいて欲しいかな」

 

 現れた信乃にそれっぽい理由で言い返すが、母親のことを出されて何とも言えぬ顔になる切嗣。

 彼の数少ない弱点の1つは母親であるのだ。

 もっとも、この弱点は多くの男性にとって共通かもしれないが。

 

「だったら、本から手を離しなさい」

「あ…! ……全く、信乃ちゃんは強引だね」

「あなたが素直じゃないだけよ」

 

 ルールブックを取り上げて、自身の隣に座る信乃に文句を言うが相手は知らんぷりだ。

 彼女も自身の昼食を手にしているところを見ると、一緒に食べるつもりなのだろう。

 

「試合前に相手に情報を与えるような真似は危険だよ」

「別にいいわよ。お互いに知らないことなんてほとんどないでしょ? 親の顔まで知ってるぐらいだし」

 

 二人の付き合いは長い。

 流石に切嗣の前世のことは知らないが、彼女はそれ以外のことは大体知っている。

 

 切嗣が母親のことを本当に大切に思っていることも。

 父親のことで他人には言えないものを抱えていることも。

 彼女は幼馴染み故に知っている。

 

「今更、1時間ちょっと離れたって意味ないわよ」

「……毒を盛られる危険性を考慮しないと」

「あなたのことだから、どこに居てもやりかねないでしょ。なら見張れる距離に居た方がマシ」

 

 そこまで言われたらお手上げだと、切嗣は両手を上げて降参のポーズをとる。

 

「降参だよ」

「分かればよろしい」

「あ、えみやんにシノシノだ! あちきも交ぜて!」

 

 やはり、女性は強いなと内心で舌を巻いていると今度は知子が二人の下に寄ってくる。

 さらに、知子の声を聞きつけた流子と柔も何事かと顔を出す。

 あっという間に、一人ぼっちの昼食から賑やかな昼食に変わったことに、苦笑いを零す切嗣。

 だが、客人は彼女達だけに止まりはしなかった。

 

「お、最終種目メンバーで決起会かい?」

「放置プレイをするのは好きだけど、やられるのはイ・ヤ・よ」

 

 5人の集まりに気づいた火事と(ねむり)までもが、切嗣の下にやってくる。

 これではとてもではないが、作戦を練るなど出来はしない。

 切嗣も完全に諦めて、溜息混じりにハンバーガーをかじる。

 

 安物のハンバーガーだが、何故だか先程よりも美味しく感じられたのだった。

 

 

 

 

 

【さあ、待ちに待った最終種目が間もなく始まるよ!】

 

 耳につけた小型無線から流れてくる、根津のアナウンスを聞きながら切嗣は見晴らしのいい民家の二階で息を潜める。試合会場は、演習場の一角にある住宅街をモチーフに作られたエリアだ。そこで7人の選手が思い思いの場所に身を潜めていた。

 

(最初に叩かないといけないのは知子ちゃんだ。『サーチ』で僕の場所どころか全員の居場所が分かる。同盟を組めるならそれに越したことはないが、ダメなら真っ先に消さないといけない)

 

 基本戦術が暗殺である切嗣にとって、場所を知られるというのは死活問題だ。

 背後を取って刺殺するなり、隠れてスナイプするにしろ場所を知られては笑い話にもならない。

 だからこそ、こちらの場所を知っている知子は真っ先に始末しなければならない。

 

(しかし、こっちは相手の居場所を知れない。下手に動くわけにはいかないが、余りに動かないと気づいた時には詰み、というのも十分考えられる。敢えて先に打って出るのも悪くないか……)

 

 派手に戦闘をしながら誘き出して叩くという作戦も悪くない。

 問題は自分一人でその役目を担わなければならないということだが。

 

【それじゃあ、選手のみんな準備は良いかな。最終種目、バトルロイヤル―――スタートッ!!】

 

 根津により開始の宣言が為される。

 

(さて、始めは様子見に徹しながら武器の調達でもするとしよう。台所に包丁でも置いてあると助かるんだが。最悪の場合は鉄パイプでも拾えないかな)

 

 そんなことを考えながら、台所に向かおうとしたところで気づく。

 ―――侵入者の存在に。

 

「覚悟ッ!」

「ちッ!?」

 

 自分を狙って投げられる包丁を横に転がって避けることで躱すが、切嗣の表情は曇ったままだ。

 

(敵襲が早すぎる…! これだけ早く来ることができるのは、知子ちゃんだけだ。しかも、これだけ早くからの襲撃というのは、僕から潰しに来た証拠……これじゃあ同盟は無理そうだな)

 

 体勢を立て直し、物陰に隠れたであろう知子を探して神経を研ぎ澄ませる。

 包丁が飛んできた方角から考えて、相手は自分とは正反対の方に潜んでいる。

 そう考えていたが、第二撃が襲い掛かって来たのは真上からだった。

 

「悪く思うな」

「『虎』もかッ!? 固有時制御(Time alter)―――二倍速(double accel)!」

「やはりよけるか……」

 

 真上から振り下ろされる柔の拳を、加速することで間一髪で躱す切嗣。

 だが、敵は知子と柔だけではない。

 攻撃を躱しホッと息をつく間もなく、今度は横合いから強烈な蹴りをお見舞いされる。

 

 その蹴り自体は腕で防いで、自分から後ろに飛ぶことでダメージを軽減させることに成功するが、精神的動揺までは隠せなかった。

 

「ッ! 信乃ちゃんまで…!?」

「良いの入ったと思ったんだけど、まだまだね」

 

 現れた敵は知子、柔、信乃の3人だ。

 そこから分かることは2つ。1つはこの3人が同盟を組んでいるということ。

 そして2つ目は―――確実に自分を倒そうとしているということ。

 

「まさか3人で来るなんてね……1人に対して卑怯じゃないかい?」

「あなたが言うな!」

「お前が言うな!」

「えみやんが言うな!」

 

 切嗣のブーメラン芸に対して、素早くツッコミを入れてくれる3人だが、その目に油断はない。

 それを分かっているのか、切嗣も戦おうとは考えずに脱出経路だけを確認している。

 

(脱出経路は南にある窓が1つだけ。恐らく相手もそれに気づいている。どれだけ早く動いても、出口を押さえられれば意味がない。1人ずつ削って行くしかないか……分が悪いな)

 

 2倍の速度で動けても、2倍の速度で何をしてくるかが分かっていれば対処できないわけではない。事実、どこかの化け物神父は切嗣が2倍で動くと理解すると同時に、それを踏まえた動きをしてあっさりと同じ土俵に立ってみせた。

 

 正直、彼女達があのような動きをしてきた場合切嗣は負ける自信がある。

 主に、嫌な思い出を掘り返された精神的苦痛で。

 

「それにしても、一番に僕を狙う理由が分からない。この形式なら流子ちゃんの方が脅威だろう」

()()()()放っておくと、何しでかすか分からないから初めにね」

「移動中に他の奴に見つかる危険もあったが、最速で先制して、反則行為も(いと)わないお前を確実に叩きに来たというわけだ」

「因みに発案はあちきね。えみやんは色んな意味で一番危険だから」

「……信用が無いな」

 

 友人からの信用が無いことに嘆く切嗣だったが、9割方自業自得だ。

 だが、心が嘆いている間にも頭は彼女達から得た情報の整理を行っていた。

 

()()()()という言い方から見て、流子ちゃんは彼女達と同盟を組んでいない可能性が高い。そうなると、流子ちゃんは単独で動いているんだろう。もともと、強力な“個性”だ。土の確保が可能な現状なら同盟を組むメリットは薄い。恐らく、信乃ちゃん達は僕を倒したら、協力して流子ちゃんを倒すんだろう。睡ちゃんの“個性”も強いが、あれは女性には効きづらいから、放置しておいてもいいという判断だろうな)

 

 そこまで考え、切嗣は自分が同盟を組むべき相手を理解する。

 ()と組めば今後の戦闘で勝ち抜ける確率が共に上がるはずだ。

 しかし、同盟を組むにはまずは目の前の関門を突破しなければならない。

 

 この3人に騙し討ちや煽り攻撃は通用しないだろうなと考えたところで、ある違和感に気づく。

 

 それは振動だった。地震とは違う体を揺らす大きな振動。

 まるで、何か巨大な生物が歩いているかのような、そんな違和感を覚える振動。

 

「なにかしらこの振動……。知子、何かわかる?」

「んーと……流子ちゃんが近づいてきている見たいだけど」

「ピクシーボブが? しかし、あいつは何か衝撃を起こすような“個性”は―――」

「まさか…! 固有時制御(Time alter)―――三倍速(triple accel)!!」

 

 

 そこまで言った所で、切嗣達が居た家が―――踏みつぶされる。

 比喩表現でもなんでもなく、ぐしゃりと。

 巨大な()()()()()怪獣に踏みつぶされてしまう。

 

【送崎君、知床君、茶虎君、気絶によりリタイア】

 

「ねこねこねこ、見たか! これが私の必殺『土ゴジラ』!!」

 

 住宅街を破壊しながら高らかに笑うのは、土で出来たゴジラに乗った流子だった。

 住宅の庭を起点に土を集めに集めて出来上がった怪獣は、まさにゴジラであった。

 因みにマグロを食っているような奴の方ではない。

 

 彼女は信乃達が切嗣の下に行くのを発見し、漁夫の利を狙いに来たのである。

 

「これで残りは2人って……あれ? じいさんはリタイアしてないのかにゃん?」

 

 あれ以来、切嗣をじいさんと呼んでいる流子が、ゴジラの肩からキョロキョロと辺りを見渡す。

 だが、物陰に隠れて息を潜める切嗣は遥か上空からでは見つけられない。

 

(危なかった。あと1秒でも遅れていたら信乃ちゃん達と一緒に気絶していた)

 

 家がゴジラに潰される寸前に、切嗣は窓を突き破って外に飛び出ていた。

 もし、信乃達が振動を無視して切嗣の足止めをしていれば脱出は不可能だった。

 また、流子が殺さないように手加減をして踏んでいなければ、脱出までの時間が足りなかっただろう。まさに()()()()()と呼んでいいような幸運。

 

(運が良かった。何故か周りの幸運を()()()ような気もするが……今は考えないでいいだろう。それよりも、今は彼を探さないと)

 

 果たして、自分はこんなにも運が良かっただろうかと、考えながら辺りを見回していると、ちょうど探していた人物が同じような目的でこちらに近づいて来ているのが見えた。

 

「やぁ、衛宮君。ちょっと話をしないかい?」

「ああ、僕もちょうど探していたところだよ。火事君」

 

 男2人の同盟がここに結成される。

 

 

 

 

 

「うーん……隠れてて見つからない。こんな時に知子が居たらなー」

 

 『土ゴジラ』をのっそのっそと動かしながら残りの敵を探す流子。

 元々、索敵能力には優れていない上に、巨大な土ゴジラに乗っているので敵を見つけるのも一苦労だ。いっそ、本物同様に適当に暴れ回ってみようかとも思うが、彼女のヒーローとしての矜持がそれを食い止めていた。

 

「降りて探すのもなぁ……これ作っちゃうと他の土のコントロールはできないし」

 

 土ゴジラは非常に強力な技だ。だが、その巨大な体躯を操るには生半可の力では足りないのだ。

 この形を維持して動かすのが限界で、さらに追加の物を作ることはできない。

 また、ゴジラを分裂させるということも今の流子にはできない。できて崩壊という名の自爆だ。

 

 このように派手だが何かと使い道が限定される技であるのだ。

 しかし、それらの欠点を補う余りあるほどのパワーとデカさがある。

 デカいものは強い。その絶対的な真理に流子は慢心していた。

 

「お! 遂に姿を現したにゃん。あれは……じいさんに火事君か。同盟を組んでいるみたいだけど、私の『土ゴジラ』の前では無力!!」

 

 まるでゴミのように見える2人に対して、流子は土ゴジラを豪快に動かす。

 ほんの少し足を踏み鳴らすだけで、アスファルトが割れ、電線が千切れていく。

 まさに、歩く災害。しかし、そんな猛威に対しても2人は怯むことなく向かい合っていた。

 

「それじゃあ、火事君、手筈通りに放水を頼むよ」

「任せな! こういう災害相手こそ俺の本業だからな!」

「こっちもやるべきことは確実にこなすから安心してくれ」

「ねこ? いきなり放水を始めたにゃ。いくら水をかけたって『土ゴジラ』はビクともしないよ!」

 

 何故か、土ゴジラの足に向かい放水を始めた火事に首を捻るが、気にせず攻撃を続行する流子。

 もしも、彼女が慢心していなければ2人の策に気づけたかもしれないが、それは仮定の話だ。

 彼女は失念していた。

 

「んん、何だか『土ゴジラ』がグラついて来ているような…まさか!?」

「よし! 大分水を使ったけど、ようやく片足がドロドロになって来たぜ!」

「にゃにゃにゃにゃッ!? バランスが崩れるにゃん! このままだと私ごと真っ逆さまに!」

 

 土は水を吸えば泥になり、泥になれば―――形を留めることが出来なくなることを。

 大慌てでこけない様にバランスを整える流子。

 

 “個性”『土流』はあくまでも土を操る能力であり、水には弱い。

 石や岩にして水を弾くことも不可能ではないが、そうすると動かすことができなくなる。

 何より、今の彼女にはこの巨体をそれだけ器用に動かす技量が無かった。

 

「えーと、片方に体重を寄せて一本足で立たせてっと……」

 

 しかし、だからといって簡単に倒れる程下手なわけではない。

 器用に一本足で垂直に立たせることで、土ゴジラを安定させる。

 

「ふー……これでよし。後は『放水』の限界まで耐えれば―――」

 

「―――悪いがそうはいかない」

 

「げ! じいさん!? いつの間に登って来たの!?」

「だから、じいさんはやめてくれないかな」

 

 ホッと息をついたのも束の間。

 居るはずのない切嗣が自分と同じように、土ゴジラの肩に乗っていることにギョッとする流子。

 

 何のことはない。切嗣は土ゴジラを登って来ただけである。

 流子が倒れないように土ゴジラを静止させている間に。

 これが火事と切嗣の策である。

 

 歩いている土ゴジラ相手では登ろうとしても振り下ろされてしまう。

 なので、火事が足を止めさせ、切嗣がその隙に登って流子を叩くという作戦だ。

 どちらにも負担の大きい策だが、現状ではこれが最善手だった。

 

「さあ、覚悟してもらうよ」

「こっちも、ここまで来て負ける気はないにゃん!」

 

 不安定な肩の上で構える両者。どちらも無手。

 しかし、戦闘経験値、筋力、速度で上回っている切嗣に流子が勝てる道理などない。

 

「チェックメイトだよ」

「は、離せー!」

「ほら、暴れると危ないよ、流子ちゃん」

 

 10数秒後には、土ゴジラの肩に組み伏せられる流子の姿があった。

 切嗣は子どもに言いつけるように優しく告げながら、次の行動を思考する。

 残っているのは火事と睡の2人。

 

 同盟条件には男性に強い(ねむり)を倒した後に一騎打ちを行うことになっているので、できる限り火事の体力を削っておきたいところだ。もっとも、全ては睡を倒してからだが。

 

「ところで、流子ちゃんはまだリタイアしないのかい?」

「………『土ゴジラ』自爆ッ!」

「なっ! 制御を解いて土砂崩れを起こすつもりか!?」

「芸術は爆発だー!」

 

 突如として崩壊を迎える土ゴジラ。

 足元の火事は勿論、肩に乗っている切嗣も驚いて土の流れに飲み込まれていく。

 特に逃げる場所が無い切嗣()()、安全に回避する術がない。

 

「ねこねこねこ! 私はまだ諦めてない! ここから脱出して再起を図ってや……あれ?」

「全く、流石にやり過ぎだよ。これじゃあ、死人が出かねない」

「な、なんで私から離れてないの!? というか、後ろから抱きしめられてる!?」

 

 慌てて逃げだすと思っていた切嗣が離れることなく、あろうことかピッタリと自分にくっ付いている状況に混乱する流子。

 

「君だってこの高さから落下したら無事じゃすまない。どうせ、土を使って着地するつもりなんだろう? だったら、無理に離れずに僕もそれを利用させてもらうだけさ」

「驚きの冷静さ! 普通に逃げればいいのにィ!! 後、何で抱きしめてるにゃん!?」

「抱きしめる…? いや、いつでも首を折れるように腕を添えているだけだよ」

「物騒!? ちょっとドキッとした私が馬鹿みたい!」

 

 空中でギャーギャーと叫ぶ流子に、元気なものだなと思いながら、切嗣は腕の力を少し強める。

 出来れば首を折りたくはないが、嘘だと思われるわけにもいかない。

 そんな明確な殺意が伝わったのか、彼女も諦めて自分達を包む様に土を操作する。

 

「さて、後は降参してくれると嬉しいんだけど」

「うぅー、分かったわよ、この外道。後で信乃に浮気の報告をしてやる!」

「……なんで、そこで信乃ちゃんが出てくるんだい?」

 

 なぜ、信乃の名前が出てくるのか理解できずに首を捻る切嗣。

 因みに、浮気という言葉には内心でちょっとドキッとしていたりする。

 

「はー、降参、降参するにゃん」

【土川君、リタイア!】

「さて、後は火事君と合流して―――」

 

【続いて火事君、リタイア!】

「なんだって…?」

 

 思いもよらぬ同盟者の脱落に眉を(ひそ)める切嗣。

 先程の土砂崩れに巻き込まれたとは考えられない。

 火事はこういった自然災害にはめっぽう強い存在だ。

 そうなってくると、別の要因。つまりは―――眠り香。

 

「…ッ!」

 

 鼻孔をくすぐる甘い香り感じるや否や、切嗣は口と鼻を塞ぎしゃがみ込む。

 

(今の今まで隠れていた睡ちゃんが、ここに来て動き始めたか。不味いな。完全に隠れて僕が倒れるまで待つつもりだ。香りが届くということは近くに居るのは間違いないだろうが……)

 

 極力動かないようにしながら周りを見るが、人影は見られない。

 上手く隠れているのか、それともあたりに散らばった土のせいか切嗣ですら見当をつけることができない。

 

(風はない。風向きから位置を割り出すのは不可。手当たり次第に当たるには酸素が足りない。

 焦れて動いてくれればいいんだが……あと1人で優勝という場面で焦る理由もないか。

 となると、一度動いて範囲外に出るのが最善だろうな)

 

 時間をかけて追い込んでいくつもりなのか、睡に動きはない。それならば、『眠り香』の範囲から逃れてしまえばいい。そう結論付けた切嗣は適当な方向に動き出す。

 

「あら、逃がさないわよ」

 

 しかし、予想とは反対に、切嗣が動き出すと同時に睡が姿を現す。

 

(ここで出てきた? まあいい。彼女と逆方向に逃げればいいだけだ)

 

 呼吸をするために睡と逆の方向に駆け出し始める切嗣。

 そこで、一旦大きく呼吸をすることに成功するが、相手が簡単に逃がしてくれるわけもない。

 すぐ後ろを追うように駆け出してくることで、再び呼吸が出来ないようにする。

 

(攻撃をしてこない…? 何が何でも僕に『眠り香』を吸わせるつもりなんだろうけど、僕に追いつけるはずがない。加速(アクセル)は体内の酸素を大量に使うからできないが、それでも僕の方が速い―――いや、待て)

 

 明らかに彼女の行動はおかしいと思ったところで、目の前に壁が見える。

 それを見て切嗣は自分のうかつさに舌を打つ。行き止まりだ。

 

「そう、そっちは行き止まりよ」

 

 余りにも単純なミスだ。離れることと呼吸することを意識しすぎて地形を把握していなかった。

 彼女はワザと姿をあらわにすることで自分を袋小路に追い詰めていたのだ。

 

「逃げられない様に罠にはめるのも中々オツね。あなたも普段からこういう快感を味わっているのかしら?」

(クソ…こんな簡単な罠に嵌るなんて僕も甘くなったな。やはり実戦から遠ざかり過ぎたか?)

「後はあなたを逃がさない様に、焦らしながら戦えば呼吸のできないあなたは徐々に弱っていく寸法ね」

 

 Sッ気たっぷりの睡の笑みに、冷たいものを感じながら切嗣は考える。

 

 息を止めたまま戦闘を行って勝てる確率、10%。

 固有時制御を用いて睡から逃げられる確率、25%。

 戦闘中、もしくは逃走中に酸素がなくなる確率、90%。

 

 袋小路に誘い込まれたことで切嗣は窮地に追い込まれていた。

 

(相手に逃がす気が無い以上、無手で逃げ切るのは無理だ。……だが、追い込まれたことで()()は怪しまれずにやれるようになったか)

 

 切嗣は一芝居を打つために、睡に攻撃を仕掛ける。

 

「あら、ここでラストスパート? 逃げると思ってたからちょっと意外」

「…………」

「自分で仕掛けたことだけど、黙ったまま戦われるのも退屈ね」

 

 黙ったまま、睡を攻め立てる切嗣だったが徐々にその速度を()()()()()()

 呼吸ができない以上それは仕方のないことだろう。

 体内の酸素がなくなることで、脳や筋肉の動きが徐々にマヒしていき、最後には窒息死に至るのだから。

 

 そして、それを避けるための方法は一つ。

 

「―――ぶはぁッ!」

「そう、息を吸う以外に道はないわよね。私の『眠り香』と一緒に」

 

 呼吸をすることだ。だが、それは睡相手には敗北を意味する。

 だというのに、切嗣は息を()()()

 

「―――――――――」

「ふふふ、必死に我慢している顔が可愛いわよ」

 

 口の中で何かを呟き、切嗣は地面にゆっくりと倒れる。

 その姿を舌なめずりするように睡が見つめるが、近づこうとはしない。

 あの切嗣なのだ。だまし討ちをしてくる可能性が高い。

 

 そう判断して、睡は1分程待つことにする。

 あれだけ動かしたのだ。

 激しい運動の後では、どれだけ肺活量があっても30秒も持たないだろう。

 

 近づくことなくジッと見つめながら時間が経つのを待つ。

 彼女の“個性”の場合は特殊なために、審判の根津もカメラからでは判断を下さない。

 あくまでも彼女自身が敵の戦闘不能を確かめることで優勝者になるのだ。

 何より、そちらの方が盛り上がる。

 

「……ジャスト1分。流石のあなたでも息を止めるのは無理でしょ」

 

 1分が経過しても動きを見せない切嗣に、勝利を確信して近づく睡。

 実際問題、普通の人間なら全力疾走した後に1分も息を止めるのは不可能だ。

 超人染みた肺活量があっても30秒程度―――

 

 

制御解除(Release alter)!」

 

 

「うそ…っ!?」

 

 だというのに切嗣は動いてせた。動揺を見せた睡の背後を取り、裸絞めを繰り出す切嗣。

 とうに限界を超えているはずの、切嗣のあり得ない動きに睡は反撃すらできない。

 

「なんで…?」

固有時制御(Time alter)―――三重停滞(triple stagnate)

「まさか……体内時間を遅くして酸素の消費量を抑えていたの…?」

 

 切嗣がつぶやいた言葉に睡は全てを理解する。

 固有時制御は脳神経から心臓の鼓動に至るまでの体内時間そのものに作用することができる。

 それゆえに、2倍にすれば2倍の酸素使用量に。1/3にすれば1/3の酸素使用量に。

 

 これを利用することで、切嗣は酸素量を調節して通常の3倍も息を止めることが出来たのだ。

 

「……眠ってくれ」

「…ッ! 誰かに…眠らせられるのは……新鮮……ね」

 

 首に回した腕を一気に締め上げることで、睡の意識を奪い去る。

 そして、気絶したことを確認すると、膝をつき大きく息を吸い込む。

 彼も限界だったのだ。すぐに眠気が襲ってくるが、それでも呼吸を止めることはできない。

 

「ゲホッ! ゲホッ! ああ…くそ…ッ。もう2度と……こんな辛い戦いは……しないぞ」

 

【香山君、リタイア! よって勝者は―――衛宮切嗣!!】

 

 根津からのアナウンスを聞きながら切嗣は地面に倒れ込む。

 次はこんな苦しいことをせずとも勝てるように、ガスマスクでも用意しようと考えながら。

 




体育祭のルールで武器が使えないので書くのに苦労しました。
まあ、使いどころの難しい三重停滞が使えたので満足。

次回は戦闘続きなので日常を書いて、それからインターンに突入かなと思います。
仮免試験は特に書く予定ないです。
それと切嗣の母さんがもしかしたら出るかも。


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