正義の味方に至る物語   作:トマトルテ

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7話:インターン

 夏休み。多くの学生が遊びに部活、受験勉強と励む季節だ。

 それは雄英高校であっても変わらない。2年生であれば“個性”強化のための合宿などに励む。

 当然のことながら基本は全員参加なのだが、ある活動中には参加を免除される。

 その活動は。

 

「本日より校外活動(インターン)を行わせていただきます、衛宮切嗣です」

 

 校外活動(インターン)。最低でも一か月の就労が義務付けられている。

 そのため、学校も公欠しなければならない。しかし、夏休みであれば別だ。

 仮免許を持ち、合宿に行くよりも校外活動(インターン)に参加する方が有益だと考えられる場合には、合宿に行かずにこちらに参加できる。

 

「一応確認しておくが、校外活動(インターン)は仕事だ。いい加減にやるようなら死ぬ。場合によっては市民の盾として捨て駒にすることもある。覚悟は出来ているな?」

()()()()()できていますよ―――エンデヴァーさん」

 

 無表情で、至極当たり前に命を懸けることに了承する切嗣。

 その様子に雇用主『エンデヴァー』は何も言わずに薄く笑ってみせる。

 体育祭での切嗣の()()を見た彼は、周囲の評判など考えずにスカウトしたのだ。

 

 元々、エンデヴァーはファンに冷たく当たるなど人当たりは良くないし、改善する気もない。

 彼がヒーロー№2でいる理由は、圧倒的な実力と事件解決数があるからである。

 故に、世間の評判が悪い切嗣であっても、使えると判断して受け入れることにしたのだ。

 

「フン、ならばせいぜい、こき使うとしよう」

「お手柔らかに」

「これからお前にやってもらうことは分かっているな?」

「あなたの相棒(サイドキック)の一員として戦闘、事務等の補助を行うことです」

「その通りだ」

 

 切嗣がエンデヴァー事務所を選んだ理由は、スカウトが来ていた中で最も大手だという理由と。

 何よりも事件解決を優先する効率主義な一面が、自分に合っているという理由からである。

 

「今、俺達が追っている事件は―――」

「東京都、江戸川区で起きている(ヴィラン)による連続通り魔事件。通称『口裂け女事件』ですね」

「……人の言葉を遮るように話すな」

「申し訳ありません」

 

 平謝りする切嗣であるが、この行為はワザとだ。

 一か月間を無為に過ごすつもりなどない。より多くの経験を、すなわち仕事をこなしたい。

 その為にはこいつは使える奴だと認識させる必要がある。

 

「……うちが今追っている事件や(ヴィラン)を把握しているのか?」

「公式で発表されているものは全て頭に叩き込んでいます。勿論、御社の相棒(サイドキック)の名前や“個性”も全て把握しています。連携等でそちらの手を煩わせるようなことはありません」

 

「なら、今回の事件の詳細を話してみろ」

「江戸川区の男子中高生が被害の中心となっており、被害者は現在6人。そのうち3人は死亡。残りの3人は鋭い刃物で切られた負傷が顔にあり。被害者の証言では(ヴィラン)は“口が耳元まで裂けた女性”で何らかの“個性”持ちと推測されます。

 また、同じ地区で行方不明者が4名出ており、関連性が疑われている状況です。もちろん、警察も捜査をしていますが、口の裂けた女や行方不明者を見つけることが出来ていないのが現状です」

 

 切嗣の説明に小さく頷くエンデヴァー。

 切嗣がワザとこうしたことを行っているのは彼も分かっている。

 そして、切嗣は確かに全ての情報を頭の中に叩き込んでいた。

 これだけでも使える人間だと分かるが、切嗣はそこにさらに付け加える。

 

「それと、これは提案なのですが―――僕を囮にすることを勧めます」

「ほお……なぜだ?」

 

 どこまでも自然体で切嗣は自身を囮にすることを提案する。

 

「被害者は全て男子中高生。ここから考えて(ヴィラン)はこの年代の男性を狙っている。そして、警察の捜査でも全く見つかっていない点を考えると、相手は正体を隠すことができる。なら、こちらから探しに行くよりも、高校生の僕が囮になって誘き寄せた方が効率が良い」

 

 これだ、とエンデヴァーは内心で笑う。

 目的達成のためなら自分を犠牲にすることも(いと)わない。

 やはりこの男は使える。自らすら駒として扱うことのできる人間はそうはいない。

 上に行くために使う人材としては申し分が無いだろう。

 

「悪くない案だな。だが、その分お前にかかる負担は多いぞ?」

(ヴィラン)と遭遇次第すぐに応援を要請し、その間の僕は足止めに徹します」

「最も危険な仕事だぞ」

「望むところです」

 

 試すように問いかけてみるが、切嗣は欠片も動揺しない。

 その姿にやはり()()()しているとエンデヴァーは思う。

 ただの学生が、初の現場でここまで冷静にできるわけがない。

 

 普通に考えれば、どこかで実戦を経験している。

 それも1つや2つではないだろう。他の人間なら切嗣を疑い、警戒していたかもしれない。

 だが、エンデヴァーにとっては、そんなことはどうでもいいことだった。

 

「フン―――すぐに出るぞ。お前の案を呑んでやる」

「ありがとうございます」

「他の相棒(やつら)との自己紹介は行きに済ませろ」

 

 衛宮切嗣という人間が自分を、延いては()()を引き上げるのに有用な人間かどうか。

 エンデヴァーにとって重要なことはそれだけなのだから。

 

 

(しかし、この判断の早さ……初めから僕を囮にする気だったな)

 

 

 そのために()()()()()だけをこなしていくだけだ。

 

 

 

 

 

 夏の長い夕日も沈み、辺りが闇に包まれ始める街並み。

 そんな中を1人の男子学生が歩いていた。

 友人達と遊んだ帰り道なのか少しくたびれたような顔をしながらも、淀みなく歩いていく。

 

「ねえ、お兄さん」

「……僕のことかい?」

 

 そんな学生を呼び止める女性の声。

 少年は足を止めて振り返り、声の主を見る。

 黒く長い髪に真っ白な肌。

 それに良く似合う白いワンピースを身にまとい手には赤い日傘を持っている。

 

 控えめ見ても美人と言える女性だ。

 こんな女性に声をかけられれば、ほとんどの男性は立ち止まって相手をするだろう。

 それは少年も例に漏れなかった。

 

「私、きれい?」

「美人さんだと思うよ」

「うふふふ、よかった」

 

 綺麗かと問われて頷く少年に頬を染めて笑う女性。

 非常に可愛らしく、男なら誰しもがドキリとしてしまう仕草だ。

 だが、この女性はそれだけで終わらせるつもりなどない。

 

「じゃあさ……これでも綺麗…?」

 

 自身の口元に手をかけ、彼女は肌に見せかけていたマスクを()()()()

 

「…! 君は…!?」

「うふふふ、最近有名になってるから気づいちゃうよね。()()()から貰ったマスクを着けてるのもそれが理由だし」

「あの方?」

「ふふ、君は気にしなくていいのよ。これは秘密だから」

 

 ビクリと体を震わせ驚愕の声を出す少年の前で女性は笑う。

 彼女の笑う口は―――耳元まで裂けていた。

 

「口裂け女…!」

「正解。大丈夫、君は私のことを綺麗って言ってくれたから殺しはしないよ」

「……因みに綺麗じゃないって言ってた場合は?」

「ふふふ―――食べちゃった」

 

 裂けた口を開き艶めかしく舌を動かす口裂け女。

 一見すれば性的な意味で食べたかのように見えるが、もちろん物理的に食べたのである。

 被害者6人の内、3人は綺麗じゃないと言って頭から食われたのだ。

 そして残りの3人は。

 

「君は私のことを綺麗って言ったよね? だから君も―――綺麗にしてあげる」

 

 口裂け女に自身と同じ見た目にするために、口を裂かれたのである。

 刃渡りの大きい包丁を取り出して女は笑う。

 これでまた1人、自分と同じ人間が増えると。

 

「…ッ!」

「うふふふ、鬼ごっこをしようか?」

「くそっ!」

 

 少年はそんな口裂け女の様子に恐れをなした()()()逃げ出す。

 その後ろを口裂け女はクスクスと笑いながらゆっくりと追っていく。

 少年と女性であれば、常識的に考えて少年の方が速い。

 

 だが、そんな常識など知らないと言わんばかりに、口裂け女はあり得ない速さで追いかける。

 少年を弄ぶように、ギリギリで追いつかない様に、酷く残忍な笑みを浮かべながら。

 そして、()()()()()海辺の廃工場の一角に来たところで、遂に少年が転んでしまう。

 

「あら、鬼ごっこはここまで?」

「くそ、誰かいないか!?」

「残念、ここは人がほとんど出入りしない区画よ。人のいない場所に来たのが運の尽きね」

「ち、近づくなッ!」

 

 辺りに人間が()()()()確認する少年にねっとりとした笑みを見せる口裂け女。

 そう、誰も居ないのだ。後はこの少年の口を裂いてあげるだけだ。

 恐怖に怯えた顔と耳をつんざく悲鳴を肴に楽しむとしよう。

 そんな邪な考えを隠すこともなく表情に表しながら、さらに少年に近づいて―――

 

 

「……だから、近づくなと言っただろう?」

 

「え?」

 

 ―――包丁を持った右手の腱を断ち切られ、包丁を取り落とす。

 痛みよりも先に戸惑いが口裂け女を襲う。自分はいつの間に切られたのか。

 なによりも、先程まで獲物を追う側だった自分がなぜ傷を負っているのだと。

 答えは出ない。しかし、悠長に考えさせてもらえる時間などない。

 

「悪いが大人しくしてもらうよ」

「…ッ、いやよ!?」

 

 取り押さえようとしてきた少年の腕から間一髪のところで逃れ、威嚇するように裂けた口を大きく開く。だが、先程と打って変わり、少年の表情は冷たく凍り付きピクリとも動かない。

 

「逃したか……まあいい」

「君……私を騙してたの?」

「狩りの際に最も油断するのは獲物を狩る瞬間だ。確実に初撃を入れるための一芝居。それと、周囲に被害を出さないために人の居ない場所まで誘導させてもらった」

「全て君の掌の上だったってわけ?」

「当たり前だろう?」

 

 小バカにしたように鼻を鳴らす少年に、口裂け女のプライドが傷つけられる。

 今まで完璧に犯罪を起こしてきた。

 だというのに、たった1人の少年にいい様に扱われている。

 屈辱だった。だから、歯軋りをしながら少年に問う。

 

「君は何者なの…?」

「……正義の味方(ヒーロー)だ」

「ヒーローですって…!?」

 

 少年、切嗣の言葉に顔を青ざめる口裂け女。

 これは囮捜査だったのだ。そして、自分はまんまとその罠にかかった。

 今すぐに逃げ出さなければ捕まってしまうかもしれない。

 そう考え、一歩後ろに足を下げたところで、切嗣が口を開く。

 

「しかし、今の君の顔は―――醜いね」

「なん…ですって…?」

 

 ピタリと口裂け女の足が止まる。

 その様子に切嗣は内心でほくそ笑み、さらに続ける。

 

「醜いと言ったんだ。醜悪でまさに化け物と言ったところだね」

「黙れ…クソガキがッ!」

「おっと、これは失礼。女性の顔についてとやかく言うのは失礼だったね。でも、今の隠していない君の表情の方が素敵だよ。君の腐った心を実によく表している」

「ブッ殺してやるッ!!」

 

 口裂け女は耳元まで裂けた口をさらに開き、切嗣の頭を食いちぎろうと襲い掛かってくる。

 それをヒョイと右に飛ぶことで切嗣は簡単に避ける。

 

「どこを見ているんだい? 裂けているのは口だけじゃなくて視界もなのかい?」

「この…ッ、言わせておけば…! 君は骨も残さずに食ってやる!!」

「お腹を壊すからやめておいた方がいいと思うけどね」

 

 再び直線的に突っ込んできた口裂け女をいなしながら、切嗣はチラッと時計を見る。

 既にエンデヴァーへ報告はした。5分もせずに到着してくれるだろう。

 後は逃がさない様に相手をしながら応援の到着を待つだけだ。

 

 最初に口裂け女が逃げ出そうとした時にはヒヤリとしたが、煽りに煽ったおかげで逃げ出される心配はもうないだろう。(ヴィラン)とはいえ、女性に対して容姿のことで馬鹿にするのは心苦しいが、致し方ない。

 

「ちょこまかと逃げてばっかり…ッ!」

「そう言うなら少しは攻撃を当てたらどうだい? その馬鹿にデカい口を使ってね」

「また、私の口を馬鹿にしたなッ! みんな、みんなこの口を馬鹿にするッ!!」

「……そいつはご愁傷様」

 

 憎しみをあらわにし、攻めの手をさらに強める口裂け女に、若干の罪悪感が湧く。

 だが、体は特に変化することなく、口裂け女が投げてきた小ぶりの包丁を打ち落とす。

 心と体を切り離して動かせる才能に、初めて感謝しながら切嗣は思考する。

 

(さて、その気になれば倒せるがどうするべきかな。足止めに徹するとは言ったけど、この程度の相手なら倒した方が早い。何より、このまま相手をするのも危険性が高い。一気に倒しに行った方が、僕にとっても地域住民にも安全だ)

 

 自分よりも格上の相手ならば足止めに徹する方が安全だ。

 しかし、自分より格下なら一気に倒す方が簡単ではある。

 倒さずに無力化する方が余程技量を必要とするのだから。

 

 無理せずに倒しに行けば、怪我無く終われたものを無力化にこだわり怪我するなど馬鹿らしい。

 何より、さっさと気絶でも何でもさせなければ住宅街に逃げられてしまうかもしれない。

 そうなったら目も当てられない事態になってしまうだろう。

 

(……よし、気絶させるか足を使い物にならなくして倒すとしよう)

 

 足止めを止めて、本気で倒しに行くことにする切嗣。

 そんな死刑宣告が下されたことにも気づかず、口裂け女は相も変らぬ直線的な攻撃を繰り出し続ける。

 

「私の口を馬鹿にするな! 軽蔑するな! 誰も私を笑うなぁッ!!」

「余程その口にコンプレックスがあるらしいな。どうだい、ここは1つ僕に話してみないかい?」

「ふっざけるなぁっ!?」

「まあまあ、そう言わずに…と」

 

 こちらを一呑みに出来そうな程に口を開き、向かってくる口裂け女の足をめがけてナイフを投擲する。数は3本。直接足を狙うのが1本、残りの2本は右と左に投げ、逃げ道を塞ぐものだ。口裂け女はそれを避けるために後ろにジャンプして下がる。

 だが、それこそが切嗣の狙いだった。

 

「空中では身動きが取れない。不必要に飛ばないことをお勧めするよ」

「拳銃ッ! ここに来て―――ガァッ!?」

 

 銃声が2発、静かな倉庫街に響き渡り、口裂け女の両の足から血が噴き出す。

 その激痛に悲鳴を上げた口裂け女は、体勢を整えることなどできるはずもなく、無様に地面に叩きつけられる。

 

「三十二口径、至近距離から狙えば子どもでもちゃんと当てられる」

「この…ッ、この外道…ッ!」

「静かにしておいた方が良い。僕は優しくないからね」

 

 そう言って口裂け女の顔に銃口を突き付ける切嗣。

 

「ヒーローなのに私を殺す気?」

「脅しだよ、僕も殺す気はない。だけど―――逃がす気もない」

 

 凍り付くような視線で口裂け女を牽制する切嗣。

 口裂け女は確定しているだけでも3人を殺し、残りの3人も重傷を負わせた殺人犯だ。

 裁判の結果はどうなるかは分からないが、死刑になっても何らおかしくない。

 

 そんな相手を野放しにするわけにはいかないのだ。

 だから殺しはしないが、死にかける程度には傷つけることも視野に入れている。

 どの程度までなら死なないかは幾度もの()()を通して分かっているので、ミスをすることもないだろう。

 

「なんで…なんで…私が悪者扱いなのよ。悪いのは()()を馬鹿にしてきたあんた達だッ!!」

「私達?」

 

 複数形の呼び方に切嗣はほんの少し眉を(ひそ)め―――3倍速で背後からの攻撃を避ける。

 

「惜しいなぁ、あと少しで丸呑みにできたのに」

()()()、助けに来てくれてありがとう」

「ちっ、犯行は2人で行っていたのか…ッ」

 

 転がった状態からすぐに立ち上がり、切嗣は状況を確認する。

 先程まで自分が立っていた場所は、えぐり取られたように消失しており、避けなければ即死だったことを思い知らせる。そして、『口裂け女事件』のもう1人の犯人の姿を窺う。

 

 妹の口裂け女とほぼ同じ容姿だが、違いが1つだけである。

 それは大きく裂けた口が無く、代わりに―――胴体に縦に割れた底無しの口があることだ。

 肋骨が歯のように煌めき、流れる血が涎のように滴り落ちている非常にグロテスクな姿。

 それが口裂け女の姉だった。

 

「大切な妹を傷物にして……やっぱり男って最低だわ」

「犯罪者に最低と言われても傷つかないね」

「犯罪者? いいえ、私達の行動は正当なものよ」

「そうよ! この口を男共は化け物だなんだと散々に言って馬鹿にしてきた!!」

「だから、私達姉妹は馬鹿にしてきた男共を地獄に突き落とすことにしたの…この口を使ってね」

 

 声を高らかに上げて自分達の正当性を説く口裂け姉妹。

 何のことはない。一連の事件は、八つ当たりの復讐にすぎないのだ。

 “個性”が多くの人間に現れたからと言って、差別がなくなるわけではない。

 人が集団の中で異質な者を排除しようとするのは、石器時代からの本能だ。

 

「だとしても、人殺しは人殺しでしかないよ。復讐だろうと、どんな高潔な()()があろうともね」

 

 だから切嗣は、悲しみを表情に出すことなく、淡々と引き金を引く。

 いつものことだ。情状酌量の余地のある人間が犯罪を行う者であることは少なくない。

 

 だが、如何なる理由があろうとも犯罪は犯罪だ。

 例え、世界を救うためだとしても、人殺しは許されては()()()()

 三十二口径から放たれた弾丸が、口裂け女の姉の腹に容赦なく当たる。

 

「……本当に最低な男ね。女性のお腹に容赦なく銃を撃てるなんて」

「効いてない…? いや、銃弾を呑んだのか?」

「正解。いくら攻撃して来ようとも、私の口の前では無りょ―――」

 

 無力と言おうとした口裂け女の姉の腹に、切嗣はさらに発砲する。

 

「なるほど。腹部についているとはいえ、口か。物を飲み込むときは()()()んだね」

「この…下種が…ッ!」

「そして、足や肩を狙っても反応して呑み込んでしまう。……まるっきり()()()だね」

 

 余りにも自分をコケにした行動に青筋を立てる口裂け女の姉。

 だが、そんな様子にも切嗣は怯むことなく嘲笑うように、唇を吊り上げて見せる。

 これは挑発だ。予期せぬ敵との遭遇においても戦況を有利に進めるための戦術。

 

(あの口は危険だ。銃弾すら呑み込むんじゃあ危なくて近づけない。足を狙って無力化もできないとなると……妹の方を人質にしながら距離を取って、援護を待つのが最善か)

 

 ヒーローのくせにナチュラルに人質を取ることを決定する切嗣。

 そして、これ見よがしに銃口を足を撃たれて動けなくなっている妹の方に向ける。

 

「足手まといは邪魔だろう? 僕が消してあげるよ」

「な! この男、動けない妹に銃を向けるなんて…ッ」

「ほら、守ってあげないと大切な妹が死ぬよ、()()()()()

「この外道め!」

 

 妹に向けて銃弾を撃ち込むが、それは全て守りに入った姉の口に呑まれていく。

 ダメージは全く入らない。だが、これで良かった。

 妹を守ろうとしている間に姉はその場を動けない。

 後は弾切れするまで撃ち続ければ時間は稼げるという完璧な作戦だ。

 どう考えてもヒーローのとる戦法ではないことに目をつぶればだが。

 

(と、言っても、今回は普通の中高生に変装していたせいで武装が少ない。三十二口径も後少しで替えの弾も切れる。……仕方ない。()()ナイフを使うか)

 

 そこまで考えところで遂に銃弾が底をつく。

 それと同時に口裂け女の姉が、修羅の如き形相で襲い掛かってくる。

 どうやら相当怒らせてしまったようだ、と切嗣は他人事のように思う。

 

「汚い手ばかり使って…ッ! 男なら正々堂々戦いなさいよ!!」

「ハ、そんなものは犬にでも食わせてしまえばいい」

「この…! 今までの男共と同じように私のお腹の中で眠りなさいッ!!」

「……なるほど、残りの行方不明者4人は君が丸呑みにしたのか」

「そう! あなたも骨も残さずに消化してやるわ!」

 

 これで行方不明だった4人の死亡が確定してしまったことに、一瞬だけ憂いを見せる切嗣。

 だが、次の瞬間には機械のような無機質な表情に戻っていた。

 

「なら……加減はしない」

 

 残り数十センチまで接近したところで、切嗣は弾切れになった拳銃を口裂け女の姉に投げ、同時に懐から母から貰ったナイフを取り出す。

 投げつけられた拳銃の方はダメージを与えられるはずもなく、一口で呑み込まれてしまう。

 だが、切嗣の狙いは物を飲み込む時に、()()()()()一瞬にあった。

 

 

「―――神秘轢断(ファンタズム・パニッシュメント)

 

 

 闇夜の中に、一筋の銀の閃光が走る。

 それは口裂け女の姉の閉じた口の上を、なぞる様に切り裂いた。

 しかし、本来なら流れるはずの血は流れることなく、まるで先程の斬撃は幻想だったのではないかと思わせる。

 

 だが、効果は如実に表れていた。

 

「あれ…? なんで!? なんで私の口が―――()()()()()!?」

「切って、嗣いだからさ」

 

 腹部にあった巨大な口が閉じたままになり、うろたえる口裂け女の姉。

 その口の境目は、古傷のようになり不可逆の変化を起こしていた。

 

「無理に開かない方が良い。古傷のようになっているから引き千切ると痛いよ。死刑にならないなら手術をして元に戻してもらうといい」

 

 まるで世間話を話すような調子で注意しながら、切嗣は無力化した口裂け女の姉を地面に押さえつけ、その手をロープで縛りつける。これで完全勝利だ。

 

「……結局、1人で捕縛してしまったな。怒られないといいんだけど」

「―――いや、その心配はない」

「エンデヴァーさん? 今頃…いや、僕を試してましたね?」

 

 まるで計ったように現れたエンデヴァーと他の相棒(サイドキック)に切嗣は顔をしかめる。

 応援が来なかったのではない。そもそも応援を寄こす気が無かったのだ。

 初めから自分を囮に使うことを決めていたのも、全ては試すためだったのだと切嗣は気づく。

 これならば、最初から倒しに行けば良かったと思い、溜息を吐きながら立ち上がる。

 

「実戦での戦闘力、味方の応援を見込めない場合の対処、不測の事態であっても常に最適な行動ができるかどうか。()()()()()だから見極めていただけだ。そして、お前はその能力を示して見せた。合格だ」

「……()()()()()()だけですよ。敵がうっかり2人居ることを漏らしていなければ、やられていたかもしれません」

「フン、似合わん謙遜はやめろ。運が悪くとも避けただろう、貴様は」

 

 どこまでも冷たい視線で値踏みするように切嗣を睨みつけるエンデヴァー。

 これはテストだったのだ。実戦で、しかも未解決の事件でやるなど気がふれていると言われても仕方がない。

 

 だが、それでもやったのは、(ひとえ)にエンデヴァーが切嗣のことを買っているからだ。

 いきなり実戦に突っ込んでも、簡単に生きて帰ってくると確信している。

 もっとも、やられた方としては堪ったものではないが。

 

「買いかぶり過ぎですよ。それよりも、早く犯人を警察に引き渡しましょう」

「待て、最後のナイフでの攻撃は何だ? お前の“個性”かあれは?」

「……母から貰った“個性”です」

「ほう……()()からか」

 

 雇用主に対して嘘をつくことも出来ずに、切嗣はしぶしぶといった様子で答える。

 あれは切嗣本来の“個性”ではなく、切嗣の母の“個性”をナイフに宿したものだ。

 どういった意図でプレゼントしてくれたのかは分からないが、あれで助かったのは事実だ。

 

 今度、会った時にはこっちから何かプレゼントを贈るのも悪くないだろう。

 そんなことを考えていたところで、戦闘も終わり、電源を入れ直したばかりの電話が鳴り響く。

 一体、こんな時間に誰だろうかと思いながら電話に出る。

 

「すみません……はい、衛宮です」

【衛宮君かい? 私だ、根津だ】

 

 普通はかけてくることのない教師からの電話に、嫌な予感がよぎる。

 

「……何かあったんですか?」

【落ち着いて聞いて欲しい。先程、病院から学校に電話が入った】

「はい……」

 

 手が震える。今まで潜り抜けてきたどの死線とも違う寒気が彼を襲う。

 それでも聞かないわけにいかない。だから体の震えを無理やり抑え、耳を澄ませる。

 

 

 

【―――君のお母さんが(ヴィラン)に襲われて病院に運ばれた】

 

 

 




シリアス突入します。多分、拙作の「八神家の養父切嗣」よりはエグくならない……予定。
因みに切嗣母を襲ったのは原作ヴィランです。重要キャラにオリキャラは使いません。


それとオリキャラのヴィランのモチーフは口裂け女、のはずが、何か姉の方がグラトニーになってた。グロテスクが足りないと思って付け加えた結果です。

オリキャラは基本1話使い捨てのキャラなので適当なモチーフを使っていきます。
ジャック・ザ・リッパーとかギュスターヴとかゴースト&ダークネスとか。
基本趣味ですね。

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