アルダノーヴァ無き世界にて、一度は世界を捨ててしまった少女の物語。

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書き溜めていた読み切りを、勉強もかねて投稿させてもらいました。
原作を知らない読者さんには少し不親切かもしれませんし、原作との矛盾もあるかもしれませんのでご注意を。


神喰い少女とブルームーン

 

 ーーー鉛のような痛みが、頭から離れない。

 

 

 足下に散乱している生物であった何か。

 嫌というほど視界を覆うのは噴煙と灼熱、鼓膜を濡らすのは誰かの悲鳴と断末魔。数時間前まで人間が暮らしていたはずの居住区は、血と硝煙の匂いによって埋め尽くされていた。自分が到着した頃には既にこの有様だった、いや間に合っていたとしても、この軍勢は防ぎようがなかったかもしれない。

 突如として居住区の外壁を貫いた剣は、堤防を切り裂く濁流に似て。家々を焼き尽くした炎は、天から突き刺さる稲妻のごとく。そして数多の生命の灯火を吹き消した圧倒的な死は、大いなる者からの裁きのように。

 人の営みを蹂躙していく圧倒的な力。それは旧時代、今よりも科学が未熟だった頃に恐れられていた『神々の威光』そのものであった。

 

 

「ーーーまったく、こんなザマで人類に勝ち目なんてあるんですかぁ?」

 

 

 そんな神威を嘲笑う少女。

 人目を引く真珠色のツインテールは返り血に穢され、自らの血で彩られた利き腕はダラリと垂れ下がっていた。手持ちの回復錠はとっくに底をつき、立ち塞がる敵は山のように群れを成す。勝ちの目は遠く、敗北の二文字は近いはずだ。しかし目の前の存在を射抜くアメジストの瞳に曇りはなかった。

 

 

「あーあ、本当に私がいないと何も出来ない人たちですね。ここからは全て引き受けますから、アナタたちは下がった方が良いかと」

「っ、いくらアンタでも無茶だ……ごほァ!?」

 

 

 足元に転がっていた同僚を蹴り飛ばす。

 全力でやったらしく、黒髪の男はきりもみ回転しながら面白いくらい吹っ飛んでいった。歯が何本か折れたかもしれないが、あとで治療すれば問題ないだろうと少女は判断する。首から下が無くなればどうしようもないが、歯の一本や二本ならば新しく用意すれば済む。

 そんなことを考えながら、自分の身体を掠めるように突き立てられた『巨大な針』を睨みつける。あのままの位置だと男は串刺しにされていただろう。血塗れの銀髪を靡かせ、少女は不敵に笑う。

 

 

「言うに事欠いての不意打ち。随分と余裕のないことをしてくれますね。アナタに人間から与えられた名をご存知なんですか、騎士の出来損ないめ」

 

 

 髑髏を模した盾が軋みをあげる。

 それは大型種の中でも広いリーチと、尻尾の針を使ったフェンシング染みた鋭い突きを繰り出す大サソリ。ケルト神話の『ボルグ』という武器を表す単語、そして騎士王アーサー終焉の地である『カムラン』の名を併せ持つアラガミ。ブリテン島を起源とする『ボルグカムラン』が耳をつんざく鬨の声を上げ、血の滴る無数の眼球で少女を見下ろしていた。

 だがその音色に混ざるのは闘いに望む戦士の雄叫びであり、自らの身に刻まれた痛みに対する悲鳴でもあった。

 

 

「せいぜい苦しんでください」

 

 

身の丈ほどもあるガトリング砲のような武装。

 ボルグカムランへと向けられたソレからは、既に硝煙が立ち昇っていた。鋼の騎士は不意打ちのダメージによる怒りに震えている。同僚を蹴り飛ばした際にカウンターを食らわせたのだ。凍りついた少女の眼差しは、その様子を察しながら弓のように引き絞られていく。

 鉄のサソリが動くよりも速く、容赦なく引き金が引かれる。先程よりも大きな衝撃音と共にバラ撒かれたバレットが、攻撃体勢へと移っていたカムランへと突き刺さっては爆発する。呼吸をさせてやるつもりはない、やがて鋼の騎士が血反吐を吐きながら脚を折った。

 

 

「あと一発、コレでトドメ……ちっ」

 

 

 ぐるりと踵を中心にして少女が回転する。

 それと同時に組み変わるようにして、武器がその姿を変えていく。後ろを向く頃には、どう見ても銃器だったソレは鋭利な刃を持つ巨大な『鎌』へと変形を完了させていた。振り向きザマに、少女は得物を背後に迫っていたアラガミへと喰い込ませる。

 

 

『ーーーォォッ!!!』

「うるさいですねぇ! 顔を抉られるくらい、化け物なら黙っててくれませんか!」

 

 

 そのアラガミの名はコンゴウといった。

 猿人に似た姿をしており、手足を使った攻防と背中のパイプから放たれる風の弾丸をによる戦闘を得意とするアラガミ。それが悲鳴をあげていた、生き物の血に濡れた口から苦悶の声が流れ落ちる。

そのまま身体に突き刺さった刃を引き寄せ、少女は流れるように一文字の斬撃を叩き込んだ。そして猿神の背中を踏みつけ、ボルグカムランへと渾身の跳躍を決める。次の瞬間には騎士の尾が、少女をかすめるように降り注いだ。

 

 

「ーーー本当にっ、計算通りに来てくれますねぇ!」

 

 

水面を跳ねる小石のように。

身体をねじりながら鎌の腹でカムランの尾を殴打して、その勢いで攻撃をかわす。ゴッドイーターというよりは、もはや曲芸士に近い動きだった。それに惑わされたサソリの尾は標的を見失う。脚を折っていたために体勢が不安定だったこともあるのだろう、あろうことかカムランの針は味方であるはずのコンゴウの左肩へと突き刺さっていた。

 

 

『ジャックさんっ、ここは一旦退却して体勢を立て直しましょう!』

「はっ、それなら是非とも逃走ルートの算出をお願いします。そんなモノがあれば、ですけど!」

 

 

 細い肩口から飛び散った鮮血。

 ゴッドイーターの少女、ジャックは鋭い痛みに苦悶の表情を浮かべながらもアイテムポーチを探る。完全には回避しきれなかったようだ。思ったとおり、もう回復錠は残っていない。あるのは銃弾を補充できるアンプルと、目くらましのスタングレネード。そのうちの一つを迷うことなく掴み取ったジャックは、しかし死角から伸びてきた丸太のような腕を避けられなかった。

 

 

「っ、ぐぁ!?」

 

 

コンゴウが左肩とその先を切り離して、片腕だけで襲いかかってきたのだ。流石に予想外だった。自動車を軽々と握りつぶすだけの握力が肉体に喰い込んでくる。オラクル細胞によって強化された身体が軋みをあげていく。

 

 

『ジャックさん!?』

「っ、この程度、でりゃぁ!!」

 

 

 手元から零れ落ちたスタングレネード。

 それを至近距離から、コンゴウの顔面に向けて蹴りつける。炸裂した閃光と爆音に意識が飛びそうになったが、何とか緩まった腕から転がるように抜け出した。そして、視力が回復しないままにコンゴウがいるであろう場所へと鎌を構える。そして神器を解放、爆発的な勢いで刀身を伸ばしたソレを渾身のチカラで振りかぶった。

 程なくして断末魔が戦場に響き渡る。

 

 

「バカバカしい、こんなもんですか」

 

 

 崩れ落ちたアラガミは二体。

 血に濡れた脇腹を抑えながら、挑発するような笑みを浮かべた。アメジストの瞳が向かう先では、コンゴウとボルグカムランが活動を停止して倒れ伏していた。コンゴウは頭と胴体を分断され、ボルグカムランもまた同じような状態だ。少女の持つ最新鋭の刀身パーツ、『ヴァリアントサイズ』は機動力を犠牲に最高の範囲攻撃が持ち味である。

 

 

『大丈夫なんですか、ジャック!?』

「そんな風に見えますか、あとアナタに呼び捨てを許した覚えはありません」

 

 

 まだ視界が安定しない、だが戦場の状況くらいは把握できている。アラガミの持つ特殊な細胞、それを感知することで位置を把握するというスキルがある。『ユーバーセンス』は本来なら偵察用、しかしジャックは戦闘用に応用している。周囲が自分一人であるなら、見回すまでもなくアラガミの位置が把握できてしまう。それを支えにしてジャックはヴァリアントサイズを正確に振るうことができていた。そして、残りは小型のアラガミばかりである。

 

 

「ほら、かかってくればどうです。そうやって、突っ立っていても……時間の無駄だわ」

 

 

 まだ油断はできない。

 自らの血に濡れた服がべったりと肌にへばりつき、そろそろ呼吸をするのも億劫になってきた。ここに来るまでに大型アラガミを四、小型は数えるのを諦めるほどに切り倒している。普段は被弾率が極めて低い自分が、ここまで追い込まれるのは久しぶりだ。いくらアイテムを他のゴッドイーターたちにバラ撒いたとはいえ、まさか回復手段が無くなるとは思わなかった。

 

 

「っ、これは戦闘が終わると同時に倒れますね……回収お願いしますよ、ヒバリ」

 

 

 藤木コウタとともに配属となった経緯からすれば、ともすれば多くの仲間と出会っていたはずの者。しかし運命は彼女を物語の主役から遠ざけ、独りで戦わせる道を選ばせた。極東初の新型ゴッドイーターにして、第五部隊所属の『名無しのジャック』は憎々しげに言葉を吐き捨てた。

 

 

◇◇◇

 

 

 酷い一日だった。

 モニターを睨み続けたせいで、眼精疲労から来る頭痛がガンガンと鳴り響いている。肉体も精神もヨレヨレで、もう一歩だって歩きたくない。フェンリル極東支部所属、オペレーターのヒバリは廊下で人知れず溜め息をついていた。

 

 

「防壁が突破されて、防衛班の人たちじゃ対処できなくて、応援を呼んだはいいけど、アラガミにも増援が現れて……もう、メチャクチャです」

 

 

 これから犠牲者の数を把握する作業が待っている。

 各ゴッドイーターは懸命に戦ってくれたが、居住区の住民からの不満はまた爆発するだろう。それは無理のないことだとは思う。様々な生活環境に妥協してフェンリルに全面協力するしかない人々、それなのにアラガミから確実に守ってもらうことすら出来ないのだ。自分たちだって必死なのに、とフェンリルの職員は思っても口に出すことはない。

 

 

「それでも勝ちは勝ち、ですよね」

 

 

 結果として敵勢力は殲滅。

 貴重なコアを大量入手できた上に、周辺には一時的にしろアラガミがいなくなった。そのおかげで人々は壁の外へと物資の回収に出かけ、フェンリルでは新しい神器の開発や防壁の強化を始めている。激しい雨が降り注ぎ、大事なモノを多く失ってしまったが、もたらされたモノを糧にして自分たちは立ち上がるしかない。

 

 

「……ちょっと夜風に当たってこよう」

 

 

 月明かりに誘われて、ヒバリは屋上へと階段を登っていく。その腕には先ほど自販機で購入したお気に入りのカフェオレが二本、よく冷えて霜に濡れている。一段上がるごとに、チャプンと中身の揺れる音が聴こえてくるような気がした。そういえば、もう随分と海を見ていない。

 

 そして辿り着いたフェンリル支部の屋上。当然のように周囲を見下ろせるだけの高度があり、視界を遮るモノは何もない。丸い銀食器からミルクが溢れるかのように、月光は地上へと散り散りになって零れ落ちていく。死にかけた世界とは思えない、美しい幻想的な光景が広がっている。そして夜風に耳を澄ませていると、誰かの歌声が聴こえてきた。

 

 

「ーーーLa」

 

 

 月光の中で人影が揺れる。

 満点の星空の下で、寒々とした街を見下ろす位置でツインテールの女の子が座り込んでいた。屋上の端の端で両脚を虚空に揺らし、ともすれば落下してしまうような体勢でイヤホンに耳を預けている。

 

 

「ーーーLa、Laa」

 

 

 真珠色のツインテールが夜風に遊ぶ。

 服装はガーネット色の上着と、白黒チェックのスカートと太ももまでのニーソックス。そして目元にある一文字の切り傷と、頭につけた紫色のゴーグル。それらから少し活発な学生のような印象を受ける少女。トントンと指先でビートを刻みながら、小さな声で海の向こうにあったであろう国の歌を口ずさんでいく。

 首にまで巻かれた包帯は痛々しげで、身体は見るからにボロボロだ。それでも楽しげに、神喰いの少女は眼下の眩しい街の光景を眺めている。

 

 

「……もう、お医者さまに絶対安静だって言われたはずですよね。また怒られても知りませんよ、ジャックさん」

「分かってますよ。いちいちアナタに指図されるまでもありません」 

 

 

 煩わしげに反応した少女。

 振り向くことはしない、イヤホンを外すこともない。ただ歌うことを止めてしまっただけだ。邪魔をしてしまったようで、もう少し黙っていれば良かったかもしれない。それでもヒバリは迷惑を承知で近付いていくことにした。このタイミングを逃せば、この少女は部屋に閉じこもってしまうからだ。買ってきた二本のウチの片方を、そっとジャックの隣に置いて自分も座る。

 

 

「危ないですよ、オペレーター」

「貴女も同じことをやってるじゃないですか」

「私はゴッドイーター、アナタは一般人です。何なら二人共々、ここからダイブして、オラクル細胞と通常の細胞の強度を比べてみます?」

 

 

 渋々といった様子で少女はイヤホンを外す。

 

 

「……今日はお疲れ様でした、ジャックさん」

「死ぬかと思いました。アルダノーヴァがたおれてから、アラガミどもの動きは沈静化していたはずなんですが……そろそろ引き潮が終わって、次の大物が現れるかもしれない」

「また、ディアウスピターのような禁忌種が現れると?」

「そのあたりの予測をするのは、私の職務範囲ではありませんからコメントしません。私の仕事はアラガミを斬って撃ち抜いて、喰い破るだけです」

 

 

 チラリと見た横顔は夜の月のごとく、どこまでも冷たく澄んでいた。ああ、この少女は神も人間も信じてはいないのだろうと思う。

 

 ほんの一ヶ月前に発生した『終末捕食』、その未遂事件。限られた人類のみをロケットに乗せて一時的に宇宙空間へと逃し、その間にノヴァという巨大なアラガミによって地球そのものを捕食させるという前支部長の野望。そうすればアラガミは地上から一掃され、新しく構成された星が残る。そこへ宇宙空間に避難していた人々が降り立ち、新たな歴史を始めようという壮大な計画だった。当然この計画を聞かされたフェンリル職員は、ゴッドイーターも含めて賛成派と反対派へと分断する。

 とはいえ、日に日に追い詰められていく人類に未来はなく。賛成するというのはロケットに乗ること、反対するということは地上に残ること。その二択だった。

 

 そして、目の前にいる少女は『ロケットに乗る』選択をした一人である。それを思い出すと寒気に襲われて、身体が震えてしまう。あんなに熾烈な戦いをして、多くの人々を救ったジャックが一度は世界を見捨てたのだ。

 

 

「……ジャックさんは失望していますか、シックザール支部長の計画が頓挫したことに」

「当たり前です。あれが上手くいっていれば、私は二度と神器を振り回して化け物相手に戦うことは無かったんですから」

 

 

 結局、前支部長の計画は極東のゴッドイーターによって阻止された。この支部の最高戦力たる第一部隊、そこには前支部長シックザールの息子が属している。彼の手によって、父親の野望は打ち砕かれたのだ。それは実にドラマチックで、さぞや見ごたえのあるシーンだったのだろう。かくして世界は救われ、今日も人類は存亡の危機に立たされている。

 

 

「ソーマさん達がしたことは間違いだったのでしょうか」

「それは誰が見るかによって異なる答えでしょうね」

「こんな状況で明日も明後日も、私たちは生きていけるのでしょうか……?」

「しつこいですね、もう」

 

 

 ディアウスピターにアルダノーヴァ、そして今日の大規模な防衛戦。不測に次ぐ不測、想像の外からアラガミの脅威は迫ってくる。旧き神は人を見捨てて、新しき神が人を滅ぼそうとしているのだ。こんな状況で、一体誰がこんな言葉を肯定してくれるのか。

 きっと容赦なく斬り捨てられてーーー。

 

 

「私がゴッドイーターである限りは問題ありません。アナタは後ろから指示とサポートをしていれば、生き残れるでしょうね。ほら……約束してあげたのですから、もういいでしょう」

 

 

 それだけ告げると傷だらけの少女は、よろけるように立ち上がると消毒液の香りを残して屋上から去っていった。半ば放心したような心地で、ヒバリは青い三日月からの光を浴びるしかない。ふと、隣を見てみるとカフェオレは無くなっていた。

 

 

「ふ、ふふっ、ジャックさんらしい答えだったなぁ」

 

 

 雲の切れ目からほんの少し、一筋の光が差し込んだかのように心が落ち着きを取り戻していた。手元にある自分の分をぐっと飲み干すと、身体に熱が戻ってきた気がする。これなら、明日も頑張って生きていけそうだ。そんな思いが三日月と一緒に空へ浮かんでいた。なにせあの少女は出会ってから、嘘をついたことがない。

 

 程なくして、ジャックは第一部隊の隊長となり、不死のアラガミ『ハンニバル』との戦いに関わっていくこととなる。これは一度は人類を裏切った少女と、そんな少女の仲間たちとの物語。

 

 




男の子のような名前ですが、しっかりと少女だったりするジャックさん。話し方は丁寧ですが、とても刺々しかったり、スレていたりするのが今まで自分が描いてきた主人公とは違うかもしれません。多分、一番困ったちゃん。

神器はバリアントサイズ。この時間軸だとまだ試作品レベルな面もあるようですが、ジャックは実験的に使っています。

物語としてはアルダノーヴァまでは原作キャラであるソーマさんが主人公をしていて、そして二部のハンニバル編からジャックが第一部隊の隊長として合流していく、というのを想像していました。そこでアリサやコウタに助けられて友人となり、仲間との絆を得ていくストーリー。という感じです。

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