Fate/Remnant Order 改竄地下世界アガルタ ■■の邪竜殺し   作:源氏物語・葵尋人・物の怪

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第八節 作戦決行

 関羽が言及した通り、アガルタには定期的に地上から男が落ちてくる。

 落ちる場所はランダムであり、男は基本的に落ちた支配域の所有物となる。そして領土の境目に落ちた場合は戦闘となる。

 此度、男が落ちた場所は不夜城とイースの中間拠点(ベースキャンプ)の丁度目と鼻の先であった。

 この特異点にあって男というのは女にとって他に変えの無い財産である。

 女たちは男の遺伝子情報を取り込むことで分裂を繰り返し、そうすることで数を増やし勢力を増していくのだから。

 無論、労働力としての価値やストレスの解消に消費されるといった存在意義も勿論存在するがこの特異点に於ける第一のは矢張り繫殖の材料としての価値だろう。

 

「あれ? ここは何処だ?」

 

 尤もそれは地上から落ちてきたばかりの男たちが知る由もないことであった。

 だが、無知ということは法を逃れる盾には如何なる場合であってもあり得ない。

 

「人間、男、確認。補足開始」

「ヒャッハァ! 男だ!」

 

 北側からは不夜城の酷吏が。

 南側からはイースの女海賊達が。

 男を虐げる女というこの特異点(世界)の絶対法則が男達に迫る。

 

「うわぁぁぁぁ! なんだ一体!?」

 

 土埃を立てながら凄まじい勢いで自分達に迫る女が皆、手に武器を持っているのを見て取って男達は絶叫した。

 

「可哀想に」

 

 そんな様子を少し離れた場所から見守る者が一人いた。

 燕青である。 

 

「そもそもこいつらはどうして勢力争いなんてしてんだろうなぁ」

 

 燕青が口にした疑問は結局誰も解決させることのなかったものであった。

 関羽が言うには、“本当に何故か争っている”“理由を聞いても答えが返ってきた試しはない”らしい。

 そこで立香がホームズに頼ることを提案したが、ダ・ヴァンチが『朝からコカインを服用した為に今日はもう使い物にならない』と彼の状態について言及した為このアイデアは敢え無く却下となった。

 実際世界で最も知られた探偵であり、新宿の事件後アドバイザーとしてカルデアに留まっているサーヴァント“シャーロック・ホームズ”。アーサー・C・ドイルの小説に登場するその人と同様に明晰な頭脳とそれに裏打ちされた推理力を持つ彼であるが、矢張り小説と同様にその人格には難を抱えている。

 その一つがコカインの使用である。小説の時代の認識であれば体に悪い程度薬物だが、現代ではその危険性が広く知れ渡っている違法薬物だ。服用すればサーヴァントであっても認識障害や妄想を起こすことは既に彼自身の身を持って証明されておりカルデア職員からも散々服用を辞めるよう勧告されている。

 尤も刺された釘がどれほどの効果を持ったかは――ホームズは糠床であったといえば分かるだろう。

 

「まぁ、分からねぇなら分からねぇなりに今できることをやらないとなぁ」

 

 無い物ねだりに意味はないと燕青は行動を開始する。

 独り言ちた次の瞬間には、燕青は木の葉を飛ばす風の中にその身を溶かしたかのように姿を消した。

 

「この男たちはアタイらのもんだ!」

「否。我々が所有する」

 

 そして、次の瞬間に燕青が現れたのは、酷吏と女海賊が鍔迫り合いを演じていたまさにその場面。

 

「そらっ!」

 

 燕青は酷吏を蹴り飛ばしその手から鑢剣を奪い取ると、

 

「苦戦してんね、姐さん達。手ェ貸してやろうか?」

 

 それを手首でくるくると遊ばせながらイースの女海賊達に笑みを投げかけた。

 

「なんだテメェは!?」

「通りすがりのはぐれサーヴァント……おっと危ねェ!」

 

 彼の素性について訊ねてきた女海賊の後ろに酷吏が今まさに剣を振り下ろさんとしていたのを燕青は見逃さなかった。

 秘宗拳特有の体裁きと足遣いを以って、燕青はその酷吏との距離を一気に詰め、その顎を蹴り上げた。

 そして、空中で翻り、酷吏の顔へと奪い取った剣を一閃させる。

 

「俺にばっか気を取られてると脇が甘くなるぜ、姐さん方」

 

 燕青が酷吏を沈黙させ女海賊達に振り返った。

 すると、

 

「ッ! ふざけたことをぬかすんじゃねぇ!」

「誰がお前の顔になんか見とれるか!」

「美人だからって調子に乗ってんじゃねぇ! 犯すぞコラァ!」

 

 女海賊達は燕青に、欲望の見え隠れする怒声を浴びせた。

 しかし、燕青は

 

「へぇ」

 

とそれを意にも介さず、酷吏達に向かっていく。

 そして、彼女たちをほぼ一方的に剣撃と白打で以っていとも容易く打倒していく。

 さて、集団戦の基本原則としてその総数が全体の七割を切ると、撤退を開始するというものがある。

 酷吏達もその例に則り撤退を開始した。

 

「マジかよ、結局一人で酷吏の奴らを倒しちまったぞ」

「でも一体どうして……?」

「んなこと知るかよ」

 

 突然現れた燕青の不審な行動に疑念を持ちもせず、

 

「そんなことよりも、戦利品だ」

 

 彼女たちの興味は“男達”へと移る。

 と、燕青はそんな女達の前に立ちふさがった。

 

「何だ、お前? まだなんか用か?」

「……ご褒美」

「あん?」

「俺まだご褒美貰ってない! あんた達の為に戦ったご褒美」

 

 女海賊達は沈黙した。

 

「は?」

 

 突然何を言い出すのかと。

 

「付き合ってらんねぇ」

 

 と一人の女海賊が突っぱねようとすると別の女海賊が、

 

「待て」

 

 とそれを制止する。

 

「なんだよ、キャシー」

「ちゃんとコイツをよく見ろ。かなりの上玉じゃないか」

 

 そう言われてキャシーと呼ばれた海賊は燕青の姿態を丸吞みするかのようにじろじろと品定めをする。

 鍛え抜かれた四肢を、ありありと見せつけられた胸元を、その美しい顔を――。

 

「じゅるり」

 

 キャシーは思わず涎を垂らした。

 

「な? ちゃんと話聞いてやっても良いと思わね?」

「だな、“ご褒美”も含めてな」

「どっちにとっての“ご褒美”なんだってハナシだけどな」

 

 女達はひそひそと耳打ちしながら下卑た笑い声を上げる。

 

「“ご褒美”のことは考えてやるが、だがその前に聞いておきたい」

 

 キャシーと呼ばれた女が咳払いをしつつ燕青に向き直り問い掛けた。

 

「どうして私たちに味方をした? 教えろ」

「俺、はぐれサーヴァントでさ。気が付いたらここにいて……」

 

 燕青は女達に嘘を話し始める。

 

「何も分からない状態で頼れるのは自分だけ。そんなだったからずっと心細くてさ。だから、誰かに頼りたい、人に囲まれることで安心したいって思うようになって……」

「……お前」

「色んな女達がいる中であんた達が一番話分かりそうだったから。手柄を立てりゃ、傍に置いてくれるかと思ってさ」

 

 この燕青は言うまでもなく、カルデアが召喚した藤丸立香の従者たる燕青である。

 当然はぐれサーヴァントなどではなく、彼の話した経緯は真っ赤な嘘である。

 

「……なんて不憫な。安心しろ。私達の傍に置いてやる」

「辛かったろう。寂しかったろう。お姉さん達にうんと甘えると良い」

「公女様にも話して私達の傍にいられるようにしてやる」

 

 だが、誰一人として燕青の話を疑おうとする女はいなかった。

 薄幸の美青年を前に女達は淫猥な妄想を膨らませながら舌の三寸で愛を振りまいた。

 不運な身の上にある人物に淫靡なイメージが付きまとうのは男も女も関係ないことは言うまでもないが、それにしてもイースの海賊達はそちらに引っ張られ過ぎていた。

 一体何故なのか。それは燕青が持つ諜報のスキルの効果が大きかった。

 諜報のスキルは一部のアサシンクラスのサーヴァントが持つ気配を偽造する能力である。この能力があれば気配そのものを敵意のないものとして敵に見せることで容易に懐に忍び込むことが可能である。

 畢竟するに女海賊達は燕青に対して“何かの組織・所属”といった臭いを見出せないのだ。

 

「ありがとうな、お姉さん方」

 

 燕青の微笑みに女海賊達は黄色い歓声を上げる。

 ――さて、ここまでは作戦通り。

 冷淡な燕青の思考に気が付けないまま。

 

 †

 

「本当に上手くいくのかなぁ」

 

 草原を歩く立香は独り言つ。

 

「立香くんが心配しているが成功率はどんなもんだい? 義勇王殿」

 

 立香の隣を歩くフェリドゥーンは自分達の前を歩く関羽に質問した。

 関羽が立て作戦。

その概要は、燕青をイースに忍び込ませ、その主であるダユーを暗殺。主を失い海賊達がパニックを起こしている間に周倉が率いるレジスタンスを突入させ、囚われている男達を救出させる。その作戦と同時進行でフェリドゥーン、関羽そして立香の三人で羿の注意がイースに向かないように彼を引き付ける――こういったものであった。

 

「君の中であの伊達男クンの評価はどんなモンさね?」

 

 関羽は振り返りも、足を止めもせず藤丸立香に問い掛ける。

 

「燕青の? 彼は、俺には勿体ないくらい強くて優秀なサーヴァントで大切な仲間ですけど……」

「そんだけ君が評価してんならOK(ウォクェ)でしょ」

 

 何故そこまで言い切れるのか、立香には分からなかった。

 

「仕える従者の信頼に何があろうと答えるしそれだけの実力がある。あの子はそういうヤツだ。なら多分上手くいく」

「それ根拠になってないですよね」

 

 図星を付かれたためなのか関羽からは振り返って、

 

「……No(ヌォオ) choice(ツォイス)。あの羿が強すぎるんだ。多少分の悪いGamble(ガンブー)にもなるって」

 

 と力弱く弁明した。

 関羽は決して愚か者ではない。もし羿がいなければ、羿の存在を知らなければ、或いは羿がもっと弱ければ、地に足のついた方策を取っただろう。

 このような胡蝶に乗って浮遊するような奇策をせざるを得ないのは羿一人が存在する為にこの特異点の一切合切が台無しになる可能性があるからに他ならないのだ。

 

「ところで関羽くん。あの羿を引き付けるたって具体的に何をするんだ? そっちも分が悪い賭けってことはないよな?」

「まさか」

 

 関羽は不敵な笑みを浮かべた。

 

「九分九厘くらいの成功率はあるぜ。何せ奴さんの執着しているものが分かってるんだからな」

 

 そう言っているうちに三人が歩く方向の遥か遠くに城の影が見えてきた。

 不夜城である。

 

「ここら辺で良いかな」

 

 ふと関羽は足を止めぴゅーと、口笛を吹いた。

 するとアガルタの天井()が揺らぎその中から、赤い天馬(ペガサス)が現れた。白い翼を羽搏かせ、中空を蹄で鳴らしながら関羽の傍らに降りると歓喜でもしたかのように嘶いた。

 

「この赤い天馬は!」

「紹介しよう。ボクの相棒、赤兎馬の“愛紗”だ」

 

 赤兎馬というのは三国志演義などに描かれる一日に千里を走る駿馬である。

 西遊記では玉帝の馬倉に召し上げられた天馬の内の一頭として言及されており、翼を持つのはそのような経緯があるからだ。

 

Max(ムァッス)時速四〇〇kmで空を飛べる。コイツがあれば不夜城の主のいる楼閣までは一飛びさ」

 

 現状不夜城の主が何者かは分からないが不夜城の何処にいるかまでは分かっている。

 場所が分かっていれば関羽の言葉の通り一飛びで不夜城の女帝の下に辿り着けるだろう。

 

「それは分かったが一体何をする気なんだ?」

「攫ってくる」

 

 フェリドゥーンの問いに関羽は準備体操をしながら答えた。

 

「攫ってくるって、その主っていうのをか?」

「その主ってヤツを、だ」

「羿の執着が“各陣営の女王を生かすこと”だからか?」

 

ちっちっちっと舌を打ち鳴らしながら、関羽はぴんと立てた人差し指を振り子のように振った。

 

「“各陣営の女王を生かす”って目的で真剣に行動しているのは羿じゃないだろう。君との戦いの最後の方で羿に語り掛けただろうSomeone(スァムワヌ)。羿はその言葉に渋々従ったって感じだった」

「待ってくれ。それじゃあ、羿の執着ってのは一体」

 

 関羽は人差し指をフェリドゥーンの顔に突き付け、

 

「そら勿論君だよ」

 

 と返した。立香の顔にも指を向けながら、

 

「あと君もね」

 

 と続けた。

 

「俺? どうして?」

「至極簡単なLogic(ルォギク)奴さん、伝承通り生きてた頃は無敵だったんだろうね。それこそ並ぶ者が無いくらいに。そんなヤツの前に地を舐めさせかねない猛者が現れたっていうならば、分からんハナシじゃないさ」

 

 藤丸立香に対する執着は、羿本人が口にしていた為、この際言うまでもないだろう。

 

「なるほど、俺と立香くんに囮になれって言ってるわけか」

「んにゃ、Exactly(ウィグザチュリー)。出来るかい?」

「言うまでもなく俺は出来る。でも……」

 

 フェリドゥーンは立香を見つめた。

 

「フォウフォウ」

 

 彼の足元で鳴き声を上げたフォウも心配しているようだった。

 だが、藤丸立香が人理修復を成し遂げた藤丸立香である以上答えなど決まっていた。

 

「大丈夫。それしかないなら俺はやるから」

 

 


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