世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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なんというか……少し違和感が……?
そのうち手直しするかもしれないです。


彼の王きたれり
鯨澤少年、死す!


 対魔道学園高等部の、試験小隊活動中に怪我を負った生徒を収容するための医務室。そこには、沈痛な面持ちの一団がとあるベッドの前で佇んでいた。

 そのベッドに横たわるのは、変わり果ててしまった小隊の仲間。小隊活動中に起きた不慮の事故によって、彼はこの世との別れを告げてしまっていた。余りにもあっさり、遮る暇さえなく。

 

 

「……なぁ、鯨澤。お前ってさ、やけに家事が得意だったよな。お前が作ってくれる飯、凄ぇ美味かったしさ。いつの間にか部屋を片付けてくれてたのにも、感謝してるんだ」

「…………」

「前に、俺のバイト先に来たことがあっただろ? あれ以来一回も来なくなったけどさ、元気になったらたまには顔を出してやろうぜ。源さんも喜ぶからさ」

「…………」

「鯨澤……」

 

 

 少年の呼びかける声に返答はなく、返ってくるのは気まずい沈黙だけ。少年が更に言いつのろうと口を開きかけるが、その肩に後ろから手が置かれた。

 手を置いたのは、いつもは気怠げに開かれている瞳に別の色を湛えた長身の少女。少女は小さく首を振ると、少年に言い聞かせるように口を開く。

 

 

「草薙。あんたの知ってる鯨澤は、もう居ないの。死んでしまったのよ。それをきちんと、受け止めてあげなさい」

「……わかってる、さ。だけど、あんまりじゃないか。鯨澤が一体何をした。なんで、此奴がこんな目に遭わなきゃならない……」

「この世界はね、平等なくらい不平等なものよ。せn……鯨澤が損を被った分、誰かが利益を得てる。それが当たり前なのよ」

 

 

 少し声を震わせながら、それでもなんとか言葉を絞り出す少女に、草薙と呼ばれた少年はなにかを耐えるように肩をふるわせてうつむく。

 そんな中、二人の光景を少し離れてみていた低身長でありながら確かなものを持つ、ウサギ耳のカチューシャをした少女が遠慮がちに口を開いた。

 

 

「あの……二人とも何を……?」

「西園寺、俺達は長年連れ添った良き仲間を失って悲しんでいるんだ……付き合いの短かったお前には分からないかも知れないがな」

「いえ、あの。確かにわたくしも驚きましたが、その……」

「うさぎちゃん、野暮ったいことは言いっこなしよ。黙って鯨澤少年に別れを告げさせてあげようじゃないの」

「うさぎって言うな! というか、ですから──」

 

 

 

 

 

「──鯨澤、別に死んでないじゃないですか?」

 

 

 その言葉に、改めてベッドに横たわる鯨澤に視線を向ける二人。 そこには、変わり果ててしまいピクリとも動かなくなった……もとい、鎖と手錠で身動きを封じられて、極めつけに猿轡を噛まされて声を上げられない状態の()()が転がされていた。

 

 

「……ッ! …………ッ!?」

「……ばかね、どっからどう見たって死んでるじゃない」

「どっからどう見たって生きていますけれども!? 拘束されながらも元気に睨みつけていますけれども!?」

「はぁー……仕方ないわね。猿ぐつわくらいは取ってやるわよ。ほれ、暴れない暴れない」

 

 

 先程までの雰囲気はどこに霧散したのか、打って変わって面倒くさそうにため息を吐いた斑鳩は、ほとんど涙目で睨みつけてくる少女の猿ぐつわを外しにかかる。

 ずっと噛まされていた猿ぐつわを外された少女は、数度空気を求めるように大きく呼吸をした後、キッと斑鳩を睨みつけながらその小さな口に似つかわしくない大声を上げる。

 

 

「おいてめぇ斑鳩ァ! なに人様で遊んでんだなに必死こいて笑いをこらえながら演技してやがるんだ! そもそもなんで俺はこんなに厳重に捕らえられてるんだよ!? どんな重大犯罪人ですか!?」

「な……鯨澤、なのか……? おまえ、生きて……」

「草薙ももう下手くそな演技やめろオラァ! つか人を勝手に殺すんじゃねぇ! 俺はピンピンしてるわ!」

「まぁ、聖那くんは死んでセナちゃんになったわけじゃない? だからあながち間違いじゃないと思うわけよ」

「開き直んな! 後セナちゃんって呼ぶなぁ!」

 

 

 大きな声を連続して出しすぎたのか、鯨澤少年――もといセナちゃんは、ゼェゼェと肩で大きく息をついた。そして、底冷えのするような視線で一同をじろりと睨むと、低い声をわざわざ作ってタケル達に告げる。

 

 

「良いから、早く、拘束を、はずせ……ッ」

 

 

 温度の低い……否、すでにめいいっぱい涙が湛えられたその瞳の奥には、どこか懇願するような色が混じっていた。タケルと斑鳩が想定していた反応とは違ったようで、二人も少し困惑したように顔を見合わせている。すると、そんな二人に業を煮やしたのかセナの口が再度開かれた。

 

 

「トイレに、行きたいから……ッ!」

 

 

 それはその場にいた誰もが認めるほどの、渾身の魂の叫びだった。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 中等部時代の長く苦しい期間を乗り越えて、ついに高等部に進級を果たすことができたタケルくん。結局中等部の間にテストで赤点以外の点数を取れなかったタケルくんだが、一体どういうマジックを使ったのだろうか。まぁ、進級してくれる事自体は大変喜ばしいことなわけで、俺のかねてからの懸念事項が一つ晴れたことを素直に喜んでおこうと思う。

 そして、試験小隊制度の編成として割り振られた小隊の名前は、原作通り第三五試験小隊。俗に言うザコ小隊ってワードはこの三五から来ているわけだが、数字の並び順に悪意しか感じないのは気のせいだろうか。これ絶対元々ザコって読ませるつもりだったろ。

 まぁ、そこのところはどうでもいいだろう。三五小隊には、原作通りにタケルくん、斑鳩、ウサギちゃんの三人と俺の計四人が配属。そして、気になる後二人の小隊メンバーだが……

 

 

「えぇと、なになに? 本日第三五試験小隊に配属されるはずだった川上、村瀬両名は、不祥事を引き起こしたことにより退学処分。追加の人員供給は認められないため、第三五試験小隊においては現状の四人でことにあたってもらいたい……ッて、なんじゃこりゃぁ!?」

 

 

 我が小隊に割り当てられた部屋には、残りの二人の人員の代わりに一枚の紙切れが。そして、先程のタケルくんの叫びが残り二人の人員の行方を示していた。初日から不祥事って何やらかしたんだ一体。

 しかし、初日から4人編成というのはどうなのだろうか。原作の方では当初は六人編成で、諸々あって減っていったということだったのだが。3人よりはマシなのかもしれないが、結局追加されている人員は俺みたいな才能のない木偶の坊。そこから導き出される答えは、結局三五小隊はポイントが一点も取れないということだ。こんなん小学生でもわかる。

 

 

「え、え? な、どどどどうするんですの!? わたくし達四人だけで他の小隊と張り合えと!?」

「おおおおち落ち着け! 大丈夫だまだ心配するような時間じゃない! 多分俺達四人でも片付けられるようなもんが……」

「んー、そういや西園寺って狙撃の腕が優秀なんだっけ? 草薙が切り込み隊長、俺が斥候(ポイントマン)として……まぁ、斑鳩は戦闘じゃ使い物にならないか」

「よくわかってるじゃない。私は裏でオペレーションでもしててあげるから」

「ちょ、ちょっとお待ち下さいな! 狙撃がわたくし一人ということは、わたくしが外すと……」

「最悪切り込み隊長の草薙が包囲されるな。まぁ、こいつなら大丈夫だろ。ガンガン外せ」

「ガンガンは外すなよ!? っつか、鯨澤。ポイントマンならお前も包囲される危険があるんじゃないのか?」

「いや、大丈夫だ。お前が切り込むのと入れ替わりで脱出するから」

「いや、すんなよ! なんでそこで一人早々に離脱するんだ!? 残って援護くらいしていけよ!」

「え、やだよ。死にたくねぇし」

「その死ぬかもしれない状況に俺一人で放り込まれそうになってるんだけど?」

「草薙なら大丈夫だって。なんとかなるなる」

「どんな自信だ!」

 

 

 実際問題、俺がいるとタケルくんが所狭しと暴れるのに邪魔なだけだと思う。俺には鳳のような飛び抜けた射撃、近接戦闘スキルも、タケルくんのような近接特化な力も、ウサギちゃんの高精度な狙撃の腕も、ましてや斑鳩のようにイカれた整備の腕もない。あるのは、家事スキルと突っ込みスキル。あれ、でもこれってウサギちゃんとかぶってるんだよな。うわ……私の存在価値、薄すぎ……? どうやら俺はウサギちゃんの下位互換だったようだ。上位互換が存在する身は辛いぜ……

 それにしても、相も変わらずこの小隊はバランスが悪いことこの上ない。まぁ、各々が突出している時点でバランスもくそもないのだろうが。この編成で受けられる任務なんてあるんだろうか?

 

 

「取り敢えず、簡単そうなものから消化してくしかないだろうなぁ……杉並、なんか良さそうなものないのか?」

「そうねぇ……これなんかどう? Fランクの魔導遺産をチンピラがもってるらしいわよ」

「それなら草薙一人でもどうにかなりそうだな。取り敢えず申請出して枠確保しておいたほうが良いんじゃないか?」

「待て待て待て、小隊活動ってのはチーム戦だろ? そこで俺一人に押し付けるか普通?」

「つっても、斑鳩は戦闘面じゃ役に立たないし、西園寺の狙撃はチンピラ程度には過剰戦力だし、俺は危険な目に遭いたくないじゃん?」

「いや、じゃんじゃねぇよ。鯨澤、とにかくお前も一緒に来い。一人より二人のほうが確実だろ?」

「面倒くさいなぁ……」

 

 

 正直言って、チンピラ程度でも普通に銃を所持しているような世界だ。流れ弾であえなく命を落とす可能性も皆無ではない。事実、この試験小隊制度ではごくたまにではあるが生徒から死者も出ていると聞く。本編に関わるような大事件ならいざしらず、流石にチンピラの流れ弾にあたって死ぬなんて間抜けは晒したくないんだけど……

 しかし、タケルくんが居るなら全部任せてしまっても問題はないだろう。俺は戦っているふりをして影からこっそり見守っていれば良いのだ。これぞパーフェクトプラン。という訳で、タケルくんには頑張って働いてもらおう。

 

 

 

 

 

「吹っ飛べやぁぁ!」

「「「うぎゃぁぁぁ!?」」」

「ど、どうなってんだこいつ!? 弾丸を刀で叩き落としたってのか!?」

「嘘だろお前、時代錯誤もいいかげんにしろよ! そんななまくらで銃に勝てるわけ……」

「……ほう、なまくら」

「なッ こいつ、雰囲気が……」

「ならそのなまくらで派手に逝けぇぇぇ!」

「ぬおぉぉぉーー!?」

 

 

 タケルくんが刀を振る度、面白いようにチンピラたちが吹き飛んでいく。それを遠目で見ながら、俺はやけにノリノリなタケルくんの姿をボーッと眺めているだけだ。

 最初こそ、派手な性格改変のせいで若干ヘタレながらチンピラどもに降伏勧告をしていたタケルくんだったが、刀を時代錯誤のクソザコ武器だの何だのと散々煽られた結果、ブチ切れたタケルくんによる制裁ショーの幕が開けてしまった。この状態でもかろうじて理性はあるようで、全てみねうちで仕留めている。スプラッタを見せつけられるなんてことにならなくて本当によかった。

 実はチンピラたちが持っていたFランク魔導遺産は、俺がこっそり裏から奪取してあるので本来ならばタケルくんがあそこまで暴れる必要はない。でもまぁ、性格がヘタレ寄りになってからこの方色々と溜まってるだろうし、この機に一気に発散してもらうのもいいだろう。

 そんなわけで、戦闘に参加もせずにじっとタケルくんの虐殺(戦闘)シーンを眺めているのにも、きちんとした理由があるのだ。イコール、俺が戦わなくてもいいという証明にもなる。元々チンピラたちの大半が金属バットなどの近接武装で、銃火器を持っていた連中は早々に修羅タケルくんの餌食になったせいで、もはや危険という危険は存在しないだろうな。

 

 

「…………?」

 

 

 ふと、誰かに見られている気がして後ろを振り返る。まさかチンピラの生き残りが? とも思ったが、そこには誰もいない。そもそも、俺が潜んでいる周辺の安全は確保しているし、誰かが来たらわかるようにも細工がしてある。豆腐メンタルの生への執着心は伊達ではないのだ。これくらいしないと安心して休めない。

 気のせいかと思ってタケルくんに視線を戻したけど、誰かに見られているという感覚はなくなるばかりか強くなるばかり。けれども、後ろには誰もいない。ふむ、俺ってもしかしてナルシストの気があるのだろうか。やだ、誰かに見られてる。俺って人気者……? んなわけあるか。

 

 

「ったく、一体何が……ん?」

 

 

 流石に居心地が悪いからと、視線の正体を確かめようと立ち上がって一歩足を踏み出した時、コツンと脚に何かが当たるのを感じて視線を下げる。

 そこにあったのは、一冊の古い本。表紙の文字はかすれてはいるが、かろうじて読めなくもない程度のもの。ふむ、しかし文字は読めるが発音がわからない。取り敢えずローマ字読みしてみるか……

 

 

「えーっと、あるまんだる……アルマンダル? 表紙だけじゃ全然中身の予想がつかねぇ……」

 

 

 きっと中身も日本語じゃなくてわからないんだろうなと若干諦めつつ、しかし何故か見てみたいという思いにつられてページを捲ってみる。すると、そこには予想に反してローマ字などは一切なかった。むしろ、文字すら見当たらないレベルで。

 

 

「って、白紙? タイトルがついてる割に白紙って、一体何を目的とした本なんだか……」

 

 

 何気なく数ページめくってみるが、それでも文字らしきものは見当たらない。劣化でかすれたとかそういうレベルではなく、本当にまっさらなのだ。それに、最初に見たときには古い本だと思ったけど、そのわりには染みも虫食いも一切ない。不思議なものだ、と思いながら更にもう1ページを捲る。すると、そこには漸く白紙以外のページが現れていた。

 

 

「ええと……『あなたの願いは?』か。それなら、家事全般ができて、可愛くて、それでもって世話焼きの女の子とお近づきになりたいな」

 

 

 言ってから、俺は本の文章に対して一人で何大真面目に答えてるんだろうと死にたくなってきた。これじゃ、傍目から見れば友だちがいなくてぼっちを拗らせすぎて、エア友達に話しかけてるような可哀想なやつと同レベルだ。つまり、俺は鳳と同レベル。あれ、意外とレベル高いのでは? というか鳳も流石にそこまではいってないか……いってないよね?

 何かどうでも良くなって、更に次のページをめくる。一体、次のページには何が書かれているのだろうか。

 

 

「ふむふむ、『了解』と……へ? 了解?」

 

 

 何故本が返答を? と思った瞬間、そのページから眩いばかりの光が溢れる。そして、俺は本を読んでいた関係上ページにもろに視線を向けていたわけで、引いてはその光をモロに目に受けてしまった。気分はまさにバルスを食らったムスカ大佐だ。俺はサングラスをしているわけではないので、倍率補正値はもっと高い。バルス! 効果は抜群だ!

 

 

「って、目がァァァあああーーーー!? ちょ、洒落にならねぇくそいてぇ!?」

 

 

 凄まじいまでの光量に目を焼かれた俺は、もんどり打って地面に倒れた。正直バルス喰らったムスカ大佐のあれ、オーバーリアクションだってずっと思ってた。どんだけお前の目敏感なんだよ、と。でも違うよ、これは真面目にやばいやつだよ。眩しくて痛くて明日が見えないレベル。

 ガンガン頭痛までしてくるし、なんか変な声が聞こえてくる気がするし、これは失明も視野に入れるくらいにはやばいかもしれない。あ、そんなこと考えてたら意識まで遠くなってきたわ……

 もしかしたら、あの本も魔導遺産だったのかもしれない。ランクはAだな、ムスカ量産機だから間違いない。まぁ、そんなものに不用意に触ってしまった俺がバカなだけだったのだが……もし無事に目を覚ませたら、変なものを拾わないように心がけよう。

 そんな益体もないことを考えながら、俺は意識を完全に手放した。

 

 

 

 

 

『ご主人の願いを受理、実行。これを持って、仮契約の素とする。これよりアルマは、ご主人“鯨澤聖那”とともに行動を開始する』

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

「取り敢えず、俺に何があったのかっていうのはこれでわかったか? 因みに俺はわからないしわかりたくない。なんで女の子とお近づきになりたいって言ったら俺が女の子になってんだよ。別に物理的に性別を女の子に近づけてほしかったわけじゃねぇんだよ!」

「どうどう、落ち着け鯨澤。まぁ話の半分も理解できてないんだが、要は鯨澤が魔導遺産のせいで女になった……ってことでいいのか?」

「まぁ、そうとしか考えられないわよね。そんな魔導遺産があるなんて、聞いたこともないけど」

「確実に高ランクな魔導遺産でしょうし。鯨澤、その本は今も持っているんですの?」

「んーと……あぁ、多分これだ」

 

 

 拘束を解いてもらい、トイレでまたひと騒動起こした後に何があったのかを皆に話すこと暫し。タケルくんは今の話のどこに半分もわからない要素があったのかは分からないが、取り敢えず要点だけは理解してくれたようだ。それにしても、またもやマイサンを活躍させることなく失ってしまったことに、少なからずショックを受けていたりする。すまん息子よ、不甲斐ない俺を許してくれ……

 失ってしまったものの重みに嘆きながら、俺はこの騒動の原因と思しき本を差し出す。最初に拾ったときより幾分かツヤがましている気がする本の表紙には、相変わらず内容の推測できないタイトルが付けられているだけ。タケルくんが恐る恐る触るも特に反応はなく、ひとしきり眺めた後俺に返してくる。

 

 

「で、この後どうするんですか? 鯨澤が女になったって、そのまま報告するんですの?」

「そうね、面白そうだから黙っておくっていうのは……」

「面白そうで決めんじゃねぇ。とはいっても、こんな話信じてくれるかどうか……」

「まぁ、黙ってるよりは良いんじゃないか? 取り敢えず話だけでも通しておかないと、誰だお前ってなりそうだしな」

「誰って草薙、我ら小隊のアイドルセナちゃんじゃない。忘れちゃったの?」

「忘れちゃったのじゃねぇよそもそも居ねぇよそんな奴ぁ! くそ、人の不幸に生き生きとしやがって……ッ!」

「でも鯨澤、今のお前は外見女なんだし、しかもそれなりに整ってるんだから仕方なくね?」

「仕方無くない。いや、待てよ? この本が原因ならまた男に戻ることもできるかもしれない!」

 

 

 ふと閃いた案は、なんで真っ先にそれが思いつかなかったんだと言いたくなるほど当たり前のもの。まぁ、焦ってる時って普段の動きができないこととかよくあるしな。致し方がなし。

 

 

「ええと、確かこの辺りのページに……あった、『あなたの願いは?』の文字! 俺はさっさと元の体に戻りたい、男に戻してくれ!」

「お、おい鯨澤。魔導遺産かもしれないんだろ? そんなに乱用してもしものことがあったら……」

「うるせぇ女になったこともないくせにわかったような口を利くな!」

「お前以外に女になったことのある男なんて居ねぇよ!?」

「俺は輝かしきマイサンを取り返さなきゃいけないんだ! その為にだったら悪魔にだって魂を売ってやる!」

「そこまでか! そこまでマイサンに執着あるのか!」

「オラァ! 願いを叶えろ魔導遺産ッ!!」

 

 

 さぁ、『了解』と言って俺を男に戻すんだ! 女になんてなっていられるか、俺は男に戻る!

 期待と願いを込めて、次のページをめくる。すると、そこには前のように文字がかかれていて……

 

 

『回数上限です。願いを受理できませんでした』

 

 

「…………」

「あ、あの鯨澤……? 一体……」

「………だよ」

「え?」

「回数制限ってなんだよこんちくしょうがァァァーーーーッ!?」

 

 

 これ、もしかして男に戻れないのでは? 冗談はやめてくれ、そして夢なら覚めてくれ。このままじゃ俺、嫁さんもらう気なくなっちまうよ……正しくはもらえなくなっちまうよだけど。

 仕方ない、取り敢えず報告するだけしてくるか……そういや、結局元々受けていたFランク魔導遺産は、俺がもんどり打った時に落としてしまったらしく何処かに消えていた。三五小隊ポイントゲットならず。これタケルくんの呪いの延長じゃないだろうな……


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