世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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一般人と逸般人を隔てる壁は、越えられなかったよ……


越えられない壁

『鯨澤、そっちの調子はどうだ? 状況送れ』

「五階までクリアだけど、人っ子一人居ないんだが。なぁ、これ取引場所間違えてましたとか言う落ちじゃないよな?」

『そんなことはない、と良いんだがなぁ……うさぎ、そっちはどうだ?』

『な、ななな七階にあ、あかあか……アッカリーン!?』

『おいどうしたうさぎ!?』

『……おい、狙撃手があんな調子で大丈夫なのか? オペレーター、誘導を頼む』

『んぁ? ごっめーん、お姉さん今お菓子食べてて手が離せなくって』

『…………』

『ち、違うんだ鳳っ。皆今日はちょっと緊張してて!』

 

 

 場所は繁華街の裏通り。人の通りが極端に少なく、建ち並ぶビル群には空きが目立つ一見寂れたようなビル街の一角。そのうちの、特にこれといった特徴がないビルが今回の取引現場らしい。

 インカムから流れてくるのは、任務中だとは思えないほど混沌とした通信。何も違わないし、いつも通りの三五小隊のようで安心しました。

 タケルくん達が繰り広げる愉快な会話に内心突っ込みを入れつつ、俺は六階の安全も確認すると更に上の階へと上がる。どうやらきちんと七階にて取引を行っているらしく、確認してみるとあくびをしながら門番をする男が一人。

 位置的に中の音は聞こえ辛いが、内部の情報収集も俺の役目。眠いあなたにプレゼントとばかりに、小さく加工された集音マイクを音もなく足元へ滑らせる。その音をインカムに流しながら、俺は上がってきたタケルくん達と入れ替わるように下へと降りる。

 

 

『よ、よし。鳳は通路の反対側にいってくれ。通路の見張りは、俺が囮になって引きつける』

『……了解した』

『俺達の突入と同時に、うさぎには制圧射撃をしてほしい。タイミングは任せる』

『わ、わわわかりましたわ!』

 

 

 よしよし、順調だな。この後ウサギちゃんが反対方向のビルを狙撃とかいう大ぽかをやらかすはずだけど、無事にタケルくんと鳳が制圧するから問題ない。イコール、俺の出番はないと言うことだ。

 一仕事終えた後のすがすがしい気分でビルを出ると、大きく伸びをして開放感を味わう。斥候の役割は現場の情報収集と経路の確認。この後のことは突入担当の連中に任せておけば良いのだ。

 

 

「ふう、やっぱり危険の少ない仕事って素晴らしいな。俺が見つからないよう注意してればまず撃たれんし、戦闘にも参加する必要なし! これが天職か」

『鯨澤、インカム入ってる入ってる』

「おっと、諸君さっきいったことは忘れてくれたまえ」

『……貴様ら。これが終わったら話がある』

 

 

 インカムから流れてくる底冷えのするような声に、俺は全力でとぼけることを心に決めた。というか仕事してない二人は分かるけど、俺は仕事終えたんだから別にええやん。

 やはり鳳のジャッジが俺に対してだけ若干厳しい。もう少し優しくしても良いのよ? 俺は幾何かの悲しさを覚えつつ、天に光る星々に癒やしを求めようと上を見上げる。前世は都会暮らしだったから星なんて一番星くらいしか見えなかったけど、この世界の夜空は周囲が暗いのか、それなりに数が見える。

 

 

「……あれ? なんか今日は星の数少ねぇな……」

 

 

 けれども、見上げた空には只暗闇が広がるばかり。少し視線をずらせば星が見えるのだが、何故か真上だけは星が見えない。それになにかバタバタとはためくような音が聞こえるし、もしかしたら布でも落ちてきてるのかも知れない。ほら、だって暗闇の中に少し肌色っぽいものが……肌色?

 

 

「ちょ、親方ァ!? 空から女の子が!?」

「……ッ!? しまった、下に人が……!」

 

 

 ノリでそう叫ぶ俺の上に降ってくる女の子(仮)。どんな経緯があったのかは知らないが、この世界に飛行石などないのだ。このままでは女の子かどうかも分からない奴と無理心中させられるはめになってしまう。

 冗談じゃないと回避行動をとろうとしたが、俺が動くよりも先に布付き生足が行動を起こした。

 生足が空中で身を翻したかと思うと、突如として視界が白く染まる。それは俺にとっても一度経験している、正に忌まわしき現象。

 

 

「魔法の反応光……ッ」

 

 

 すわ敵襲かと身を固めてしまうも、起きた現象といえば爆風を受けたかのような衝撃と、目前まで迫っていた生足が横に吹き飛ばされ地面を転がる光景だった。

 余りにも唐突な出来事に呆然としかけてしまったが、生足が苦悶の声と共に起き上がろうとするのを見て我に返る。魔法を使ったということは、目の前の存在は魔女だ。対魔導学園の一生徒である俺には、当然魔導に関わるものに対する接し方というものがある。

 

 

「い、いたた……あんた、大丈夫だった?」

「あ、はい……って、違う! 異端審問官です! 両手を上に向け、大人しくしなさい!」

「な、異端審問官って……うそでしょ、先回りしてきたの!?」

「そんな私が仕事熱心に見える!?」

「なんで怒るの!?」

 

 

 折角サボろうとしたのに、まさかの敵襲でその計画もおじゃんである。俺は怒りの余りPDWの銃口を魔女に向けつつ、見当違いのことを言う彼女に怒鳴りをあげる。

 大体、考えてみれば魔導遺産の取引が行われる現場で身投げなどする奴が居るはずもない。順当に考えれば、取引の関係者だろう。

 ……取引の関係者で魔法使える奴とか彼女しか居ないじゃないですかーやだー。

 

 

「取り敢えず、大人しくしていてね……ッ。撃たれたら麻酔弾とはいえとても痛いよ!」

「う……それは遠慮願いたいけど……だけど、私にだって引けない理由があるのよ!」

 

 

 知ってます大人しくしていて欲しいのは俺が痛い目に遭いたくないからです。

 内心でそう叫びながら、こちらに腕を伸ばしてきた『不殺の魔女(マリ)』に向けて弾をばらまく。どうせ不殺とかいっても、半殺しだから死んでないでしょドヤッ、とかなるに決まってる。なら、攻撃されないように弾幕を張るだけだ。

 軽快な音と共にこれまた軽快に弾を吐き出すPDWだが、その銃弾が敵を捕らえることはなかった。俺が照準すると同時に、マリは腕を側方へと向けるとまるで見当違いの方向にぶっ放す。その勢いを利用して瞬間移動じみた芸当をしたマリは、返す刀とばかりに俺へと魔法を放ってきた。

 

 

「安心して、少し痛いだけで命までは奪わないから……ッ」

「安心できない! 痛いのは私としても嫌だからね!? そっちこそ、お縄に付けば色々楽になるよ!」

「そう言うわけにも……いかないのよ!」

 

 

 手加減してくれてるからか、よけた魔法が周囲を大幅に破壊したりはしない。けれども、マリのように大げさによけたりは出来ないために、飛び散った破片などが皮膚を裂いたりして俺の体力を奪う。

 取り敢えずと隠れた遮蔽物で、PDWの弾倉を交換する。どうでも良いけど、あんな地面えぐるような魔法受けて本当に少し痛いで済むのだろうか。はなはだ疑問である。

 ふと、タケルくん達の方はどうなったかとインカムを確認しようとしたが、そこで漸くインカムが耳に付いていないことに気がついた。何処かのタイミングで落としたのだろう。やばい、孤立無援で勝てる気がしない。

 このまま隠れてればさっさと帰ってくれるんじゃないだろうかと淡い期待を抱きながら上を見上げると、丁度七階付近で強烈なマズルフラッシュが瞬いているのが見えた。向こうはどうやら戦闘も佳境なようだ。

 

 

「……ッ あいつら、あれを使ったのね……ねぇ、あんたも仲間の救援に行った方が良いんじゃないの!?」

「馬鹿言わないで、私が行っても逆に窮地に陥るだけだから!」

「その腕でよく言うわね……」

 

 

 いや、だってあいつら逸般人だし。どうせ今頃鳳が無双してドラグーン圧倒してるって。機甲化歩兵用の強化外骨格、まぁ簡単に言えばパワードスーツだけど、それに対して生身拳銃縛りで完封するっていうんだから本当頭おかしい。タケルくんだって銃弾叩っ切るし。

 それに比べたら、人の枠組みを抜けられていない俺なんて行かない方がむしろ助けとなるレベル。割と得意な屋内戦ですらあの二人に完封される自信があるし。完封する自信じゃないのがミソだ。

 兎にも角にも、もう少しで上が終わるならこっちに助けが来てくれるかも知れない。そもそも今この段階でマリを捕らえられれば、英雄(エインヘリアル)の召喚も食い止められるし一石二鳥なのではないだろうか。

 

 

「あの人たちは人間辞めてるから、比べるのもおこがましいくらいなんだ……っと、そろそろ疲れが見えてきてるよ? 降参する?」

「冗談……ッ! あんたこそ、全身血だらけじゃない。手当てしないで大丈夫なの?」

「ふっふっふっ……全然大丈夫じゃないからそろそろお縄について貰えると助かるかも」

「いや、手当てしなさいよ!?」

 

 

 え、手当てしてくれるの待ってくれるならしたいけど。どうせ待ってくれないんでしょ? だから出来ないんじゃん。

 それなりに血を流したせいか若干ぼやける視界と思考をばちんと頬を張ることで繋ぎ止め、はてさてどうしたものかと考える。

 タケルくん達が来るまで耐えられれば良いのだが、これ以上傷を増やすと本格的に失血で意識を失いかねない。かといって、このまま隠れ続ければマリは逃げていくだろう。

 ……いや、よく考えろ俺。別に欲張らなくても良いんじゃね? 今ここでマリを捕まえたところで、ホーンテッドがどう行動してくるか分からなくなるだけだ。無理してその結果なら、もうそのまま逃げて貰った方がお互いのためかも知れない。

 うん、そう考えるとこれ以上戦うのは実に不毛だ。はい、この戦闘止め。手当てしよ手当。

 手に持っていたPDWを地面に置き、持っていた簡易キットで傷の手当てを開始する。幸い深傷は一つもなかったが、いかんせん数が多い。とてもではないが全てに処置は出来ないため、見た目深そうなものから対処していく。

 無心で手当を続け、半分くらいは終わったかなという頃合い。ふと耳を澄ますと、近くに人の気配を感じた。タケルくん達が来てくれたのかと思うも、直後にその考えを否定する。

 一人二人、どころではない。五人六人もの人間が、暗闇に乗じて息を潜めている気配。意図的に隠そうとする呼吸音や、忍ばせている足音。それらが、段々と俺に近づいてくるのだ。

 ここで無関係な人間が来たなどという楽観的な考えは持たない。ここに居る以上、犯罪組織の新手か、はたまた魔女側の刺客か。それは分からないが、警戒してしすぎることもないだろう。

 俺は治療の手を止めると、万一を考えて行動を始めた。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 暗がりに乗じて、数人の男達が足音を忍ばせながら歩を進める。彼らは、とある依頼主に雇われたチンピラであり、それと同時にある程度の腕を持っている武装集団でもあった。

 元々裏ではある程度の名が通っていた彼等だったが、あるとき金払いの良い依頼主に簡単な仕事を与えられ、手際よく片づけた所腕を買われて抱え込まれたのだった。

 これまでの依頼は、遺体安置所から遺体を盗んでこいとか、犯罪者をなるべく損傷しないように殺して連れてこいだとか、気が滅入るものばかりだった。彼等も薄々依頼主が尋常ではないことには気がついていたが、裏に生きる彼等にとってそれは関係のない話。金払いは良いのだから、無駄に詮索する必要もない。

 それが、今日与えられたのは、ただ「殺せ」という二言のみ。また連れ帰るのかと問うた彼等に対して、依頼主はその必要はないと言い切った。

 これまでと毛色の違う依頼に戸惑うも、依頼主はターゲットの写真だけ渡していつものように立ち去る。そして、写真を見た彼等はその困惑を更に濃いものとした。

 

 

「まさか、いきなりこんな女の子を殺せってなぁ。まぁ、今回は死体を持ち運ぶ手間がなさそうで良いけどよ」

「確かにな。あんな大量の死体、一体何に使うんだか。しかも死体の状態も気にしやがるし」

「無駄口叩くな。金払いは良いんだ、奴が何者でも気にしはしねぇよ」

「そんなことより……なぁ、この写真の奴が着てる服、例の異端審問官を育成するとこの奴じゃないか?」

「あぁ、対魔導学園とかいったかな。ってことは、手痛い反撃もあるかもな」

「つっても、所詮はガキだ。人を撃つ度胸もないだろうよ。捕まえて、殺すまえに楽しむのも良いかもな。胸はねぇが、見てくれだけは良いしよぉ」

「ぎゃはは、違ぇねえ!」

 

 

 数人の下卑た笑い声が後に続くも、先頭の男が足を止めると会話がぷつりと途絶える。顔が見えないほど目深にフードを被った男は、表情の見えない顔で振り向くと後ろの男達にため息を吐く。

 

 

「貴様ら、いい加減静かに出来ないのか? ターゲットはもうすぐそこだ。貴様らの声が響いていては、奇襲も何も無い」

「おいおい、いくら何でも警戒しすぎじゃねぇですかいアニキ。相手は只のガキ、正面から行っても良いくらいでしょう?」

「分かってないのは貴様らの方だ。あそこの生徒は、警戒してしすぎるということはない。わざわざ俺達に排除を頼む理由、少しは考えたらどうだ?」

「そんなたいそうな理由もないと思いますけどねぇ……はいはい、黙りますとも」

 

 

 フードの男が多少苛ついた雰囲気を放ち始めたのを見て、男達は渋々と口を閉じる。元々男達に戦闘の仕方を教えたのはこのフードの男であり、その強さも良く分かっている。勝てないことをきちんと理解しているからこそ、逆らうなんて愚を犯さないのだ。

 故に、男達は不思議でならない。なぜ、この男はこんなにも警戒しているのかと。

 それを問うことも出来ず、集団は更に歩を進めた。足を忍ばせ、ターゲットを探す。そして、更に数分探し回った時、彼等はとある現場に遭遇する。

 

 

「なんじゃ、こりゃ……戦闘の跡か?」

「薬莢が転がってるからそうだろうが……所々地面を捲ってる武器ってなんだ? 薬莢の大きさにしちゃ、破壊痕がでけぇぞ」

「……成る程。これがターゲットと誰かの戦闘痕なら、ターゲットはそれなりの怪我をしてるな」

「そんなことが分かるんですかい?」

「この大きな破壊痕。こんなものを作る武器をあの学園は生徒に渡したりしない。つまり、ターゲットはこの攻撃を受けていた側だ。そして、周囲に残る血痕。大方掠ったか、飛び散った瓦礫で怪我でもしたんだろう」

「へぇ、成る程……つまり、血痕を辿れば」

「ターゲットに辿り着くかもな」

 

 

 見れば、血痕は戦闘場所から離れるように点々と続いている。これを辿って、先にいるターゲットを殺せば終わりなのだ。なんて楽な仕事だと笑う男達は、既に勝った気でどう少女を辱めようかとそれぞれ考えを巡らせる。そんな男達を今度は諌めることなく、フードの男は血痕を辿り始めた。

 終わりはすぐに訪れ、血痕を辿った曲がり角の先にターゲットはいた。力尽きたのか、布を上半身にかぶせた状態でうつぶせになっている。出ている足はぴくりとも動かず、生きているのかどうかも怪しい。

 

 

「おい、俺たちがやるまでもなく終わってるんじゃねぇのか?」

「かもなぁ。くそ、死体をヤる趣味なんてねぇよ」

「まぁ焦るな、まだ死んでると決まったわけじゃねぇ。取り敢えず、面を拝ませて貰おうぜ」

 

 

 完全に油断しきった男達が、無警戒に少女に近づき布に手をかけようとする。それを見ていたフードの男が、控えるようにと大声を出す。

 

 

「まて、不用意にさわるな! 何があるか分からんぞ!」

「何言ってんですか、アニキ。例え何をしてこようと、この人数で押さえ込めばどうとでもなりますよ」

「そういうことでさぁ。さぁ、面拝ませて貰うぞ嬢ちゃん。ぎゃはは!」

 

 

 フードの男の静止を無視し、男達は布を取り払う。そして、男達は()()()()()()響いてきたわざわざ低く抑えたような声を、確かに聞いた。

 

 

 

 

 

「バルス」

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 決まった。俺の華麗なる作戦「どうせ皆ムスカになる」が完璧に決まった。俺は内心優越感に浸りつつ、ムスカになっている男達に一発ずつ丁寧に麻酔弾を撃ち込んでいく。

 俺のやったことは、単純なおびき出しのトラップだ。わざわざマリとの交戦場所に戻って血を垂らし、不自然にならない範囲で引っ張りながら待ち伏せに有利な場所へと誘導する。それだけだと警戒されるかも知れないので、服を脱ぎスタングレネードで厚みを増させて人型にして、その上に布をかぶせたデコイを設置した。因みに布をとれば、ご覧の通りスタングレネードが炸裂してムスカを生むおまけ付きである。

 服を脱いだせいで若干寒くはあるが、まだ季候的には耐えられなくもない感じだ。長時間このままだと流石に風邪引くけど、さっさと片付ければ平気だろう。もし風邪引いたら此奴等に治療費請求すれば良いや……

 

 

「……って、あれ? 確かもう一人居たような」

 

 

 俺の身体を狙うホモ野郎共のケツに更に一発ずつ銃弾をプレゼントしたあと振り返ると、つい今し方まで苦しんでいたムスカその六の姿が見当たらない。

 どうやら、ケツに銃弾をぶち込むことに精神を注ぎすぎていつの間にか立ち直っていたことに気がつかなかったらしい。何やってんだ俺。

 

 

「うーん、流石に夜陰に乗じてとかやられたらまずいしなぁ……さっさとみつけない──とぉ!?」

「んなっ!? 完全に死角に潜り込んだのに、どうして分かった!」

「虫の知らせだよ! 全く、夜中に後ろから突然襲ってくるとか、この変態!」

「は、貴様みたいなすっとんは生憎好みじゃない、な!」

「私だって好きでこんな身体になったわけじゃ、ない!」

 

 

 死角からの攻撃。見えない挙動。それは、俺が一番警戒しているものだ。僅かな息遣い、数瞬前とは違う音、一方的に姿がさらされる場所。そういうものにさえ気を付けていれば、本当に不可視の攻撃なんてものはほぼ存在しない。因みに、早過ぎて見えないとかは専門外である。今ちょっと人間のお話ししてるので人外さんは帰って、どうぞ。

 今の攻撃にしたってそうだ。攻撃をしかけるために溜めた一瞬の呼吸音。完全に殺しきれていない足音。背後から一撃で仕留めるならば、初発は急所を突いてくるであろうことは想像が出来る。それならば、よけること自体はそんなに難しくないのだ。

 

 

「この……ッ。ガキのくせに粘るな、おい!」

「これでも日々変態達を鎮圧したり、逸般人の挙動を見てるからね!」

 

 

 相手は男、それも大人である。子供な上に女体化して筋力が落ちてるこの身体では、正面から格闘戦で競ることは難しい。

 だが、それは馬鹿正直に力比べをしたらの話である。力がないなら、技に頼れば良いのだ。男が扱う格闘術が剛の型なら、俺はその勢いを利用して戦うの柔の型。どちらがより疲れるのかは、自明の理だな。

 

 

「くそ、なんで当たらない……ッ」

「そんな馬鹿正直な拳、私には当たらないよ? それに、あなたが使ってるのは対魔導学園で教わる型だよね。ちょっと崩れてるけど、見覚えがある分対処も楽だもん」

「……たまに居る天才肌って奴か。くそ、貧乏くじ引かされたな……」

 

 

 忌々しげに睨んでくるフードの男だが、一体何を勘違いしているのか。俺が天才肌だったら、タケルくん達に対して負い目を感じたり等せずに済む。

 真の天才というのは、タケルくん達逸般人のことをいうのだ。皆それぞれ尖った性能を持っている中で、俺だけがなんの取り柄もない。こうしてチンピラを罠にはめて倒したり、一対一で時間を稼ぐことは出来ても、それ以上のことは出来ないのだ。

 

 

「貧乏くじ引かされた気分なのは私の方だよ……」

「それにしては、随分余裕そうだな?」

「そうみえる? 内心はさっさと帰ってお布団に飛び込みたい位には余裕ないよ」

「余裕綽々じゃねえか……! 舐めやがって!」

 

 

 お互いに手を止め、つかの間の休息を堪能していた俺だったが、どうやらそれを隙と捉えたらしい。男は何時から隠し持っていたのか、袖から小型の拳銃を取り出すと俺が反応するまもなく突きつけてくる。

 恐らく、万一のために持っていたデリンジャーなのだろう。男が手に持つ銃の銃身は極端に短く、口径も大きそうには見えない。

 そんな光景が、走馬灯のようにゆっくりと俺の中に入ってくる。はっ!? 今なら俺にも掃魔刀(そうまとう)が使えるかも知れない! 動け俺の身体!

 

 

「死ね!」

「……ッ!」

 

 

 やはり人間の枠組みから抜け出せない俺の身体では、無理に身体を駆動させるなんて芸当は出来なかった。出来たことといえば、避けようとして体勢を崩し、結果的に致命傷を避けられたことだけだ。

 銃弾を受けた肩が勢い良く後方に弾かれ、踏ん張れなかった俺の身体ごと後ろに倒れ込む。肩からじんわりと熱が広がっていくのを感じ、痛みで視界がちかちかと瞬いた。

 

 

「運の良い奴め……まぁいい。これで依頼は完了だ。悪く思うなよ」

 

 

 男が改めて大型の拳銃を取り出すのを視界の端で捉えながら、俺はどうすることも出来ずに痛みに耐える。

 今更過ぎるけど、なんでこの世界のチンピラとかは普通にそう言う武器所持してるの? 警察仕事しろよ。警察より試験小隊の方がチンピラ検挙してるまであるぞ。

 鬱々とした泣き言を内心で吐きながら、かすむ視界に必死で男を捉えて視線で命乞いをする。だって声もう出ねぇもん。君なら分かってくれるって信じてる!

 

 

「あばよ」

 

 

 駄目でした。無情にも引き絞られていく引き金を見つめながら、最後に浮かんだのはタケルくんの顔。

 俺がこんな目に遭っている最中に、鳳の胸でグッスリだと考えると……あぁ、殺意がわいてきたわ。死んだら化けて出てやるから覚悟しとけよタケルくん。

 最期の思考にしては実にしょうもないことを考える俺等無視するかのように、男は口元を僅かに歪ませ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──周囲に、銃声が轟いた。


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