世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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鯨澤少年の受難

 ここがどういった世界か、というのを認識した俺は絶賛死んだ魚のような目をして日々を過ごしている。だってあの世界ってモブがぽんぽん死ぬじゃん。なんなら原作一巻で全滅するレベル。流石に全滅はしてないか。まぁどっちみち大量に死んでることに変わりは無いわけだが。

 転生者とはいえなんの能力も持っていない俺は、確実にその他大勢に含まれてる。詰まりこのままここにいると命をはかなく散らす結果になりかねない。人の夢は儚いと書くが、いくら何でもこれはあんまりじゃないだろうか。夢のように片付けよう。マーリンシスベシフォーウ!!

 いけないいけない、心を安定させなければ。取り敢えず、最善の策はここから逃げ出すことだろう。主人公近辺にさえいなければ、知らない内に体が蒸発しているなんてことは無いはず。まぁ問題はママン達が引っ越しを承諾してくれるかどうかだ。

 

 

「お袋、この辺の風景も飽きてきたしそろそろ引っ越しでもしない? 取り敢えずここから四万キロくらい離れれば安心かな」

「なにいってるの、せなちゃん。引っ越せる当てなんて知らないし、そもそも引っ越す理由がおかしいよ? あと、四万キロ離れたら戻って来ちゃうからね」

「しまった離れたい一心で」

 

 

 取り敢えず距離とれば安心、とか思ってたけど流石に取り過ぎたか。一周回って戻って来ちゃうとかなにそれ逃げられないって言う暗示? よく考えてみればどこにいたって逃げられそうにないし。明日はどっちだ。

 

 

「せなちゃん、一体どうしたの? いきなりお引っ越しだなんて……そういえば、最近元気もないよね」

「いや、何でもないよお袋。ただ、俺ってなんで生きてるんだろうなってふと思っただけだから」

「お父さん大変! せなちゃんが! せなちゃんが!」

 

 

 何がいけなかったのか、安心させようと軽めのジョークを飛ばしたら目を潤ませながらパパンを呼ぶママン。ママンは仲間を呼んだ! パパンAが現れた! 因みにBもCも居ない。そう何人も父親が居てたまるか。

 ママンの叫ぶ声に、数秒もしないうちに駆けつけてくるパパン。流石日頃からママンの声ならどこに居たって聞こえるし、どこに居たって駆けつけてみせると豪語するだけはある。字面は綺麗なのに、いざ姿を見ながらだと完全に事案ですね分かります。

 

 

「どうしたんだ、母さん。聖那がどうかしたのか?」

「せなちゃん、人類最大の疑問に突き当たっちゃったみたいなの!」

「ふむ、どんなものだい?」

「人類は何故生まれてくるのかって!」

 

 

 おかしいな、俺が言った言葉と若干違う気がするぞ。というかスケールが大きくなってるし。ママンはこう、若干天然というかアホの子なんじゃないかと思うときが希によくある。希だけどよくあるとかなにそれ矛盾。日本語って難しいね。

 

 

「なるほど。人類がなんで生まれてきたのかはわからないけど、父さんは母さんに会うために生まれてきたんだよ」

「まぁ、お父さんったら……」

「そして、聖那は私達二人に会うために生まれてきてくれたんだ。感謝しないとね」

「うんっ。せなちゃん、生まれてきてくれてありがとね!」

 

 

 そして息子をだしにしていちゃいちゃし始める二人。いい話風に持っていっているところ悪いんですが、息子とはいえ人目のあるところで突然いちゃつくのは止めてくれませんかね。とてもいたたまれない気持ちになる。いっそこのまま消えてしまいたい。まさかママンは世界からの刺客だった……? オンドゥルルラギッタンディスカー!!

 

 

「どういたしまして。いや、本当に何でもないから安心して。ただまぁ、将来はどうしようかなーとか」

「ふむ、その歳から将来について考えるなんてな。よし、父さんに何でも相談してくれて良いぞ」

「なら、美人で面倒見の良い、それでいて俺が働かなくても文句一つ言わずに養ってくれるお嫁さんって何処で見つかるかな」

「聖那、ちゃんと現実を見るんだ。お父さん、愚痴くらいならいつでも付き合ってやるから……」

「しまった、つい本音が」

 

 

 なんて手練なんだ。思わず心の内に秘めていた本心を包み隠さず喋ってしまっていた。ところで、その哀れみに満ちた視線どうにかなりません?

 

 

「母さん、どうやら私達は聖那を甘やかしすぎていたようだ。これからは厳しくしつけていかないと」

「そうだね……うん、せなちゃんのためだもん。お母さんも頑張るから、せなちゃんも一緒に頑張ろうね!」

「参考までに、具体的にはどんなことをするので?」

「おはようのちゅーの禁止、後行ってらっしゃいのちゅーも禁止!」

「キス魔か」

 

 

 どれだけ息子にキスをすれば気が済むんだこのママンは。けど実際おはようからお休みまで幾度となくキスされてる身としては、それは寧ろありがたい。因みにパパンにも同じことをしてる。違いがあるとすれば深いか浅いかの違いだ。息子の前でディープキスとか止めて貰えません?

 

 

「あとはね、一緒にお風呂に入るのも禁止っ」

「あ、うん。それくらいなら別に」

「えっ」

「え?」

 

 

 なんでそこで不思議そうな顔をするのだろうか。寧ろこの歳までママンと一緒に入ってる方が不思議なまである。というか、容姿的にママンという認識がしづらくて息子の息子が立派になりかねないので以後謹んで下さい。

 

 

「せなちゃん、お母さんのこと嫌い……?」

「息子の名前を女の子っぽく略すお袋は嫌いです」

「はうっ」

「というか聖那もどっちかっていうと女の子っぽい気が」

「可愛いかなって思って!」

「なぜ息子に可愛さを求めたのか、これがわからない」

「でも、可愛いよ?」

 

 

 メーデーメーデー。ママンと会話が通じない。キャッチボールじゃなくて一方的なドッジボールを食らってるんですがどういうことだろうか。しかもこのママンは心底そう信じている面があるから反応に困る。

 このまま会話を続けても平行線だと思って、後の話は全部流した。そして気がついたら2時間が経過していた。親の愛がマリアナ海溝より深そうで正直ドン引きしています。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 そして時は過ぎ去り12歳。一気に何年飛んでるんだよとか言ってはいけない。大筋に関係ない年齢は適当でいいんだ適当で。そもそも主人公と会っていないせいか、それとも原作がまだ始まっていないせいかは分からないが本当に何事もなかったのだ。唯一あった事件といえば……いや、やめておこう。この話をするには余白が狭すぎる。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 俺は今、異端審問官育成機関。人呼んで対魔導学園に入学するピッチピチの新中等部一年生だ。ピッチピチで古かったら困るよな。まぁ中身は古い以前に腐り落ちてるけど。周りを見回してみれば、俺以外にも緊張の面持ちで入学式の開始を今か今かと待ち焦がれている同期たちの顔がズラリ。いやさ、数人は緊張どころか余裕綽々、または周囲を射殺さんばかりの雰囲気を放ってるのもいるけどね。

 しかし参った。その異彩を放つ雰囲気持ちの一人が、よもや俺の隣りに座るなど誰が考えつくだろうか。まぁ、順当に考えて名前順だったら適当か。草薙の次が鯨澤ね……本当やめて欲しい。だから俺は原作に関わりたくないんだって。誰だこんな名字つけたやつは? 俺の両親じゃん……まさか本当に刺客だったとは。

 なんだかんだともんもんと考えながら、極力隣の存在から意識を切り離す。関わるな関わるな、目を合わせたら死ぬと思え。真の英雄は眼で殺す。つまりタケルくんは真の英雄だった……?

 自分で行き着いた思考に驚き、思わずタケルくんの横顔を見ようと視線を向けてしまう。

 

 

「…………」

「…………」バッ

 

 

 あれ、おかしいな。横顔を見ようと思ってたのにどうして正面から見たような造形をしていたのか。びっくりしすぎて思わず勢い良く視線を外してしまった。その時に一瞬呼吸が詰まったのは内緒だ。だって顔こえぇんだもん。

 いやまぁ、きっと何かの間違いだ。タケルくんが俺に注視する理由もなし、偶々こっちを向いていた時に俺が視線を向けてしまっていたんだろう。そう思って、改めて横顔を拝見。

 

 

「…………」チラッ

「…………」ジー

「…………」

 

 

 目と目が合う~♪ しゅんか~ん好きだと気がついたらそれは疑いよもうないホモ。もしくはマゾ。なんでこの人般若のような形相で俺のこと睨みつけてきてるの? って言うか視線合っちゃったじゃん。死んだなこれは。

 

 

「あー、なんか用?」

「…………潰す」

「わっつ?」

「…………」

 

 

 ヤダこのこ怖い。今ちらっと不穏なワード聞こえたけど、それは気のせい。多分、きっと……多分。それにしても何が気に障ってしまったというのだろうか。俺の存在? 俺の存在がいけなかった? ごめんなさい、死んで詫びるのでどうか命だけは……あれ、どっちにしろ俺死んでね? 何という八方塞がり。これが孔明の罠か。

 

 

「お前、なにものだ?」

「不思議な事いうね、タケ……じゃなくて、草薙くんは。どっからどう見ても人間だろ? ホモ・サピエンスだろ? 因みにホモじゃないぞ俺は至ってノーマルだ」

「……お前、なんで俺の名前知ってる?」

「あっ」

 

 

 混乱しているところに急に話しかけてくるものだから、ついうっかり知らないはずの名前を口走ってしまった。くそぅ、どれもこれも遠坂ってやつが悪いんだ。そんなんだから剣じゃなくて弓引いちゃうんですよ。と言うか、あそこの家系のうっかりの遺伝率は異常。なに、うっかりの呪いでも掛かってんの? キングオブザうっかりとはまさしく彼らのことを指し示す言葉である。

 

 

「お前が何者だろうと関係ない。俺は頂点を目指す。んで、このクソッタレな世界を変えてやる。だから、俺の前に立ちはだかるなら、全力でたたっ斬る」

「は、俺が草薙くんの前に? 立ちはだかる? ははは、ないない。ありえないって」

 

 

 そんなの当たり前だろ。だから関わりたくないって言ってんの。目をつけられたくないから全力で否定しつつ、にこやかな笑顔を向ける。ボクはわるいスライムじゃないよ。そもそもスライムですらないけど。そんな必死の思いが届いたのか、タケルくんはフッと相好を崩した。勝ったッ! 第3部完! 思いは届く。願いは叶う。信じ続ければ、いつかは救われるんだなって。

 

 

 

 

 

「よくわかった。お前、絶対殺すわ」

 

 

 

 

 

 掬われたのは足元だったようです。なぜぇ?

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 草薙タケルの内心は、今恐ろしいほどに平静を保っている。だが、それは落ち着いているというのとは程遠い静寂。言うなれば、嵐の前の静けさともいうべき、恐ろしいことの前兆。

 入学式に参加するために自分に割り当てられた椅子に座ったときは、ここまでの精神状態ではなかった。確かに、周囲の同級生たちの緊張感の、危機感の薄い顔を見て苛ついてはいたが、それは表に向ける必要などない程度のもの。彼らはタケルにとって一顧だにする価値もない路上の石ころで、近々自分に蹂躙されるだけの存在。彼に見えているのはこの学園の頂だけ。それ以外は余分なものだったはずだ。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、そんなタケルの考えは、ちょうど右隣の椅子に割り当てられた生徒が来るまでの間しか続かなかった。容姿は平凡。やや利発そうな目をしてはいるが、その内心は腐り落ちているレベルで酷いもの。その少年は自分の席を確認すると、まるでタケルのことなど興味もないといった様子でストンと腰を下ろした。

 無論、挨拶などを求めていたわけではない。しかし、今のタケルは誰かれ構わず威圧しようと周囲にプレッシャーを放っている。達人の放つプレッシャーは、素人が浴びればそれだけで気を失いかねないもの。タケルは自分の師匠と比べれば自分はまだまだだとは思っているが、それでも剣術の達人であるという自負はあった。事実、左隣に割り当てられていた生徒など今にも気を失わんばかりに震えている。それなのに、こいつはなんだ。眉一つ動かさず、飄々とプレッシャーを受け流している。

 見たところ、何かしらの武術に心得がある様子ではなかった。その道に入っているものならば、仕草やちょっとした動作でわかるものなのだ。これは、一体どういうことなのか。タケルは、ただ放っていただけの威圧を右隣の生徒に集中して送り出す。普通ならば、これだけで全身に真剣を突き立てられるような恐怖と死の幻影をみて、失神したっておかしくはない。しかし。

 

 

「…………ッ!」

 

 

 右隣の少年は、タケルの顔をちらりと見ると、あろうことか()()()()()()()()()すぐに視線を逸してしまった。まるで、タケルの放つ威圧が子供のいたずら程度にしか感じていない様子で。自分が無視されている。それは今のタケルにとって何者にも代えがたい侮辱だった。故に、隣の少年に射殺さんばかりの視線を向ける。俺を無視するな、俺は他の奴らとは違うんだ、と。

 

 

「…………」

 

 

 すると、隣の少年はまるで嫌々というようにゆっくりとタケルに視線を向けてきた。そして、視線を合わせるとまたも嫌そうに顔をしかめる。

 

 

「あー、なんか用?」

 

 

 その言葉は、まるでこちらにはお前に用なんてないといっているようで。

 

 

「潰す」

「わっつ?」

 

 

 怒りを込めて、お前を潰してやるぞと宣言するタケルだったが、またしても小馬鹿にするような反応が返ってきたことに、タケルは不思議とそれまで感じていた腸が煮えくり返るような感覚が収まっていくのを感じていた。怒りが、沸点を越えた。そして、感極まった感情は一周回って無を生み出す。つまり、今のタケルは――凄まじく冷静に激怒しているのだ。

 

 

「お前、なにものだ?」

「不思議な事いうね、タケ……じゃなくて、草薙くんは。どっからどう見ても人間だろ? ホモ・サピエンスだろ? 因みにホモじゃないぞ俺は至ってノーマルだ」

「……お前、なんで俺の名前知ってる?」

「あっ」

 

 

 ついうっかり、という様子で人の名前を口走った少年に、タケルは一つの直感を覚えた。こいつは、絶対に俺の道に立ちふさがってくる。俺の障害となる。そしてそれは、途方もなく高い壁だということも。

 

 

「お前が何者だろうと関係ない。俺は頂点を目指す。んで、このクソッタレな世界を変えてやる。だから、俺の前に立ちはだかるなら、全力でたたっ斬る」

 

 

 故に、タケルは宣言した。自らの全力を持って、すべての力を総動員して。必ずこの障害を取り除いてみせると。そんなこともできずに、どうしてこの世界が変えられようか。どうして人一人救えようか。ましてや最愛の肉親を、たったひとりの家族を。

 だが、返ってくるのは今までと大差ない反応。どこまでも人を馬鹿にした笑み。

 

 

「は、俺が草薙くんの前に? 立ちはだかる? ははは、ないない。ありえないって」

 

 

 まるで、お前には俺の前に立つ権利すらないと言われている気がして。タケルの感情は一気に吹っ切れた。

 

 

 

 

 

「よくわかった。お前、絶対殺すわ」

 

 

 とてもいい笑顔で、草薙タケルはそう自分と少年に宣言したのだった。




そういえばタグについている性転換ですが、第一巻開始直前まで進まないとお仕事しません。つまり中の時間では3年後。まぁ、きっとすぐですよすぐ。詐欺ではないですとだけ


鯨「(おかしい。関わりたくないって言ってるそばから絡まれるとか、世界はどれだけ俺が嫌いなんだ。取り敢えず笑顔だ、関係が悪化するのは困る)」ニコッ

草「(こいつまた小馬鹿にしやがって……ッ コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス)」

鯨「あるぇ?」

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