世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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完全オリジナルは何も考えなくていいから書くのが気が楽だ!
というわけで密かに投下です


終劇:世界がそれを是と望んでいる

 とあるボロアパート。先日のテロによる被害を奇跡的に免れていながら、寧ろテロのせいでこんな姿になったと言われても納得できるような、そんな外装のアパートの一室から、男女の仲睦まじい声が響いてくる。

 少なくとも、漏れ聞こえてくる楽しげな声を聞けば相応に仲の良い男女なのだろうということがわかり、関係は兄妹かあるいは恋人同士かというところ。

 隣人や通り掛かる人々は漏れ聞こえてくる声をうるさいと断じずに、寧ろ微笑ましげな表情で通り過ぎていく。

 ――本人たちの意志とは裏腹に。

 

 

「違うって草薙! 包丁を使うときはこう! 猫の手!」

「こ、こうか!?」

「なんで包丁持った手でやるかな!? その逆手でもった包丁で誰を刺す気!?」

「ばっ、お前なんてこと! 別に刺したりなんか……あ」

「え?」

 

 

 ――スコンッ

 

 

「――ッ!? ご、ごめんね草薙。別に本気で言ったわけじゃないんだ。だから、その……い、命だけは助けて……」

「ち、違うんだすまんすっぽ抜けただけで別にお前に向かって投げたわけじゃないから泣くな頼む!?」

 

 

 もう一度言おう。本人たちの意志とは裏腹に、である。

 草薙タケル。刀剣の類は一通り扱えるのだが、刃がついているとはいえ包丁は専門外だったようだ。本人たちは心の底から死者が出ないことを祈っていた。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 一先ずタケルくんに降伏勧告をするかの如き慎重さで包丁を置くように指示してから、居間に戻って深い深いため息をつく。申し訳なさそうにこちらを見るタケルくんだったが、違うんだよタケルくん。君の壊滅的な不器用さを甘く見ていた俺がいけないんだ……君に非は5割くらいしかない。

 流石に毎日死ぬ思いをしてまでご飯を食べたいわけではないので、なんとか刃物を使わない料理で繋ぎたいところだ。因みに、タケルくんに一任するという選択肢はない。そんなことをすれば、毎日がレトルトやお惣菜の山だ。不健康極まりない。

 取り敢えずパスタ系統を軸に考えなければと思いつつ、ふとタケルくんの不器用さだと鍋ごと爆破しかねないんじゃないかというところに考えが至る。いや、でも流石にそこまで不器用じゃ……ない、よね……?

 

 

「因みに草薙、お鍋を火にかけたことは?」

「一応あるぞ」

「あ、あるんだ……因みに、どんなお料理で?」

「あの時は台所の修繕費を払うかどうかで大家さんと揉めたっけな……」

「うん?」

 

 

 ダメだ、タケルくんはタケルくんだったようだ。何故どんな料理で使ったか聞いたのに返ってくるのが修繕費の話なんだ。と言うか台所が修理必要になるほど壊れるって一体何が……? うん、怖いから聞くのは止めておこう。

 それにしても、困った。何故こうも日々の食の確保に苦労しなければならないのか。そろそろなんでお前が作らないんだとか、遂に朝食以外の世話もするようになったのかとか言われそうだから補足しておくが、俺とタケルくんは絶賛同棲中である。同棲という言い方はなんかよろしくないので、ホームシェアリングと言い換えてもいい。簡単に言えば、居候中だ。タケルくん、夏に続き二度目もお世話になります。

 

 

 こうなった経緯を話すには、二週間ほど遡る必要がある。二週間前、緊急搬送されたタケルくんと同じく重篤患者ということで集中治療室送りにされた俺は、約三週間の入院期間を経てようやく開放されていた。

 とはいえ、タケルくんの方は既にピンピンしているも、俺はそうもいかない。光を失った左目は未だ視力が回復せず、左腕も全治二ヶ月、つまりもう一ヶ月ほどは片腕で暮らさなければならないのだ。まぁ、そこまでは良かった。タケルくんのように厄介事を押しつけられたわけでもなし、呆然と佇むタケルくんに哀悼の意を表明しつつ家路についた俺は、ついた家の前であっけにとられた。

 ……()()。そう、十数年間お世話になってきた我が家が、跡形もなく消失していた。残骸は、わずかに木片が散らばる程度。エクスカリバーでもうけたのか、それとも別の原因かはしらないけど、俺にとって帰るべきたった一つの家が消失したという事実は変わらない。

 どう反応すれば良いのかわからず固まっていたのだが、ふと思い出したのは両親のこと。家がこんなことになっているのだ。もしかしたら両親も、と顔が青ざめていくのを感じた時、ポケットに入れてあった通信端末へとメッセージの着信がきた。すわ何事かと急いで開いてみると、送信主はなんとママン。取り敢えず最悪の事態になってはいないことを察して安堵のため息を吐き、はて今はどこに済んでいらっしゃるのかとメッセージを読み進む。

 

 

『せなちゃんせなちゃん、今日は退院予定日だって聞いたから、そろそろお家の惨状を目の当たりにしてるんじゃないかなって思ってメッセージ入れちゃったっ。えっとね、前に化物さんたちがわーって来た時あったでしょ? あのときにね、ぴかーってなってお家ががらがらーってなっちゃったから、お父さんと一緒にハネムーンに行くことになったの! だから、お留守番よろしくね?』

 

 

 渾身の力を振り絞って端末を地面に叩きつけても、俺を非難できる人はいないんじゃないだろうか。なんだこれ。ホントなんだこれ。いやまぁ大事な連絡手段だから叩きつけはしなかったけれども。もう一回言おう。なんなんだこれ。しかも最後丸投げじゃねーか。何だお留守番って、どこを番すれば良いんだ。この敷地か? 木片しか残ってないこの敷地の番をすれば良いのか?

 というか、ハネムーンって新婚旅行だろうよ。新婚ってなんだっけ? もはやあなたたちは旧婚だからね。高校生の子を一人持ってる時点でもはや新婚じゃないからね?

 しかし、本格的にどうしようかこれ。頼まれたところで番をする家もないし、まさか雨風しのげないところで生活するわけにもいかない。第一、俺は未だに体が不自由な状態だ。こんな状態でサバイバルとか勘弁してもらいたい。

 ……仕方ない。ここは一つ、以前にも頼った伝手を使わせてもらうしかなかろう。

 

 

 

 

 

「んで、俺の家に来たと」

「頼れるのが草薙しか居ないんだって、本当に。お願いだから助けろください」

「はぁ……まぁ、わかった。流石に断るわけにもいかねぇからなぁ……」

 

 

 さすが大正義タケルくん。懐の深さが違うぜ。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 まぁ、そんなこんなでタケルくんにお世話になっていると言うわけだ。今の俺は一人では碌に何かすることもできないせいで、殆どつきっきりのようにタケルくんがそばに居てくれる。その事自体は嬉しいのだが、同時に息苦しいこともある。

 

 

「じーーーーーー……」

「……うぅ」

 

 

 タケルくんがそばにいると、ふと思い出したように現れては俺たち2人を穴があかんばかりに眺めてくる少女。その視線の比重は圧倒的にタケルくんに傾いてはいるものの、たまに俺の方にも視線が飛んで来ることがあるために油断はできない。しかもこの子、効果音を口に出して眺めてくるものだから非常に鬱陶しい。一体何なのだろうか。要件があるならあるで言ってくれたほうが気が楽なのだが。

 

 

「あー、えっと……な、何か用かな?」

「……?」

 

 

 いや、そんな何言ってんだお前みたいに小首かしげられても、俺も同じ角度に首を傾げるしかないじゃないか。一体なんなんだと聞きたいのはこっちなんだ。ひたすら眺め続けられるこっちの身にもなれ。

 暫く同じ角度に首を傾けた状態でのにらみ合いが続くと、不意にラピスがついと視線をそらすと、俺達のにらみ合いを前に困り顔をしていたタケルくんの方向へと向ける。

 

 

「宿主、質問があります」

「お、おぅ? なんだ?」

「何故、この女は宿主の部屋にこうも堂々居座っているのでしょうか」

「っぶ!?」

 

 

 な、なんだ今の言い方……表情は全く読み取れないが、仕草からはまるでタケルくんを俺から遠ざけようとしてるみたいだし……まさか嫉妬、というか警戒されてる?

 

 

「あー……ちょっと諸事情有ってな、暫く一緒に暮らすんだ」

「つまり同棲ですか」

「どう……ッ!? い、いやまぁ、そういうことになるの、か?」

「いや、こっちに話を振られましても」

 

 

 お前のレリックイーターだろ、お前がどうにかしろ。そう言いたいのは山々だが、居候させてもらっている身としてはそこまで強気な態度には出れない。これで身の回りの世話を代わりにやってあげれる状態であったなら違うだろうが、今の俺は大体をタケルくんに依存する生活だ。ないとは思うが、機嫌を損ねてなら出てけなどと言われれば往来で野垂れ死ぬ以外の選択肢がなくなる。

 はてさてしかし、これは由々しき事態だ。これからここにいる上で、ラピスという第三の同居人は気まぐれでふらりと現れるだろう。そんな中、険悪な関係でいると安らぐものも安らがない。何とかして関係を改善する必要がある。

 

 

「えーっと、まずは誤解を解いておきたいんだけどさ。私……というか、俺って元々男だから。だから、草薙を取ったりしないぞ?」

「ん? 取るってなんの話だ?」

「ちょっと黙っとれ。それでだな、お互いギスギスしたままっていうのもいやだろう? できれば俺はお前とも仲良くしたいんだが、駄目だろうか?」

「……宿主、宿主。元々男というのは、彼、または彼女は女の子になりたい願望でもあったのでしょうか?」

「てめぇいって良いことと悪いことがあるぞオラァ表出るか!?」

「ど、どうどう、落ち着け鯨澤。周り響いてるから、な?」

 

 

 ふしゅるる、と気炎を吐く俺をなんとか宥めようとしてか、タケルくんが俺のことを後ろから羽交い締めにしてくる。体格差も、武の心得も、どちらも敵わない俺がそれに抵抗できるわけもなく、あえなく鎮圧。畜生、無力な自分が憎いぜ。

 

 

「冗談です」

「お前無表情なんだから冗談とかやめろよぉ!」

「鯨澤ー。落ち着いてくれ―」

 

 

 この、表情筋ピクリともさせずに冗談を言うやつがあるか。それは冗談ではなく本気の顔だ。本気と書いてマジと読むアレだ。全く紛らわしい。

 鎮圧され続けること数分、流石に怒るのも馬鹿らしくなってきたのでタケルくんに言って解放してもらう。争いは何も産まない。今求められているのは世界平和なんだ。

 

 

「取り敢えず、俺の事はわかってもらえた? 警戒する必要なんてないんだぞ?」

「……? ですから、冗談ですと、先程申し上げましたが」

「そっから冗談だったの!?」

 

 

 まじか、最初っから冗談か。は、ははは。キレそうになっちまったよ、久々にな。だけどまぁ、平和の素晴らしさを提唱する手前安易にキレるわけにもいかない。鬱憤をため息とともに吐き出すと、もう良いやとタケルくんに視線を移す。

 

 

「草薙、めっちゃ疲れた。癒やしてくれ」

「いきなり無茶言うなお前は……」

「お前の教育が悪いからだ。巡り巡ってお前のせいだ」

「俺ラピスとそこまで長い付き合いじゃないんだけど?」

 

 

 ため息を吐きながら、どっこいしょとこちらに身を乗り出してくるタケルくん。まぁ、別に俺も本気でいってるわけではないし、肩もみ程度で許してやらないこともない。まさしく聖人君子の如き俺の心の広さを、全人類はもっと見習うべきそうすべき。

 ……なんかこのフレーズ使うの久々な気がする。

 

 

 ――ぽふん

 

 

「……草薙さんや。この手はなんだい?」

「ん? いや、だって癒やしてほしいとか無理難題言うから」

「いや、まぁ確かに言ったけど……で、この手は?」

「頭なでてるだけだけど?」

 

 

 髪が乱れないように、それでいてきちんとした刺激が送られてくる力加減。はっきりいえば割りと気持ちいい。何だこいつ、なんでこんなに手慣れてやがる。あれか、妹がいるからか? タケルくんとキセキちゃんってそんなことできる関係だったっけ。

 予想外の気持ちよさに少し目を細めて、暫しボーっとする。まぁ、これはこれで悪いことではない。これでも疲れはある程度取れるし、まさか頭を撫でられることにこんな……こんな……?

 ふと、今の状況をよく考えてみる。

 頭をなでているのは、タケルくん。当然男だ。

 頭を撫でられているのは? 俺だ。

 なら、性別は? 外見女の子だけど、立派な男だ。

 ふむ、つまり今男が男の頭を……?

 

 

「触るな下郎ッ!」

「何事!?」

 

 

 危ない。タケルくんの絶技に流されて男として大事なものを失ってしまうところだった。全く、なんて恐ろしいことだ。草薙タケル、まさかこれほどの使い手とは……

 

 

「おい、どうしたんだいきなり手を弾いてきたりして。もしかして、ちょっと力強かったか?」

「いや、そんなことはない。丁度よかった。けどね、そんなことはどうでもいい。重要なことじゃない」

「お、おぅ……?」

「重要なのは、今の瞬間。男が男の頭をなでているという、吐き気物のシーンが展開されていたところにある」

「いや、お前女だろ」

「ぬっころすぞてめぇ!」

 

 

 ぎゃんぎゃんと失礼なことをのたまうタケルくんに噛みつきつつ、しかしその実心のなかでは安息を感じていた。

 英雄の襲来。一時はまじで死んだと諦めかけていたけど、なんやかんやで乗り越えることができた。けれど、俺は知っている。この安息は、単純に嵐の前の静けさにすぎないことを。

 タケルくんと一緒にいれば、矢継ぎ早に面倒事は押し寄せてくる。そんなことは百も承知だ。

 だから、今この一時、この一瞬だけは。

 精一杯、安息を感じてもいいですよね、クソッタレな神様?

 

 

 

 

 

「いい度胸だお前表出ろ!」

「その腕でどうするつもりだよ……」

「……今日はこの辺にしといてやる。今度あったら覚えておけよ!」

「何この小物臭。お前わざとやってない?」


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