世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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ひっそりと生還


絶望の庭
始まりは騒がしく


「せ、せせせ……席替えを要求しますわ!」

 

 

 ガタッと椅子を蹴立てる音とともにそんな声を上げたのは、三五小隊きっての狙撃手であるウサギちゃんこと西園寺うさぎである。本人は下の名前で呼ばれるのを嫌がってるけど、つけてるカチューシャがウサギの耳にしか見えないのは果たして狙ってやってることなのだろうか?

 どこか悔しげな顔をしながらある一点を睨み付けてそう要求するウサギちゃんは、カチューシャをぴょこぴょことさせながら珍しく声を荒げていた。

 いつものウサギちゃんなら、これだけ注目される様なことはどんなことがあってもやらないだろう。なのに、何故こんなことをしているのか?

 ウサギちゃんの視線をたどれば、なるほどと理解に至るだろう。位置にしてタケルくんの隣、それはもうべったりと言っても過言ではないような距離で、一人の少女がタケルくんの腕にひっついているのだ。

 授業開始時からずっとこの調子で、タケルくんの顔をじっと見つめている。その距離はどんどん近くなっており、最早鼻先数センチ、というところでウサギちゃんが声を上げたのだった。

 

 

「あー、西園寺? 何で急に席替えなんだ? つい先日クラス替えで席は替わっているはずだが」

「で、ですが……その、草薙、ラピス……さん? と草薙は兄妹な訳ですし、この席順は悪意を感じますわ!」

「兄妹で近い方が良いと思ったのだが……何かいけなかったかね?」

「な、なんというか……不健全です!」

 

 

 ばん、と勢いよく机に手を叩きつけてそう抗議するウサギちゃんに、一瞬教室は静まりかえった。

 その直後、ざわざわとにわかに騒がしくなる。話の内容を拾ってみれば、タケルくんとラピスの関係性を勘ぐっているものが大多数だった。そして残りの少しは呪詛の言葉。タケルくん、大人気である。

 

 

「ふむ、不健全なのか……そういうことなら仕方がない」

「いや待って先生? なに一つとして不健全じゃないですからね? っていうかお前らも好き勝手いってんじゃねぇよ!」

「っは、好き勝手? エロゲーハーレム野郎は脳味噌もお花畑のようだな。どっからどう見たって不健全の塊じゃねぇか! 授業中にまでいちゃつきやがって!」

「は!? 違ぇよひっついてて離れないんだよ! ってか何がハーレム野郎だ!」

「あぁ!? 西園寺に鳳にセナちゃんまで加えて、更に妹だとかいって近くに侍らせてるだろうが! 完全にハーレムだよ畜生!」

 

 

 まぁ確かに。

 井上君の言い分はもっともである。鳳もウサギちゃんもラピスもタケルくんラブ勢なのは間違いない。

 でも何でそこに俺が入ってるんでせう? 別に俺はラブ勢でも何でもないんだけど……というかナチュラルに斑鳩がハブられている件について。あいつ女って認識して貰ってないのかな?

 当の本人を見てみると、全く気にしてないようで薄笑いを浮かべながら井上君をみていた。

 ……うん、井上君のご冥福を心よりお祈りしておこう。俺はなんも知らなーいっと。

 

 

「今の話を聞いていると、どうも席替えを要求する裏には羨ましさが透けて見えるが……」

「そうですよはっきり言えば羨ましいんですよ! なんでこいつばっかりいちゃこらして俺達には春が来ないんですか!?」

「いや、私に聞かれてもね……羨ましいなら、君も隣に女子を招いても良いぞ?」

「先生それマジ!?」

 

 

 高く天をつくガッツポーズをする井上君だが、それでいいのか先生よ。というか、井上君はなんであんなに喜んでるのかしらん。

 この先の展開を思うと心が痛くなるんだけど……

 

 

「よし、なら早速隣に女子を! 女子を……じょし、を……?」

「……? どうしたのかね?」

「……呼べる女子、いなかったです」

 

 

 知ってた。

 その瞬間、クラスの空気が一つになっていた。いがみ合いも、苦手意識も、その全ての垣根を越えてクラスの心が一つになったのだ。

 まぁすごくどうでも良いことだけど。それにしても自分で自分の傷をえぐりに行くとか、井上君もかなりハードなことしますね。

 あまりのことに苦笑いを漏らしていると、隣から椅子を引く音が聞こえた。そちらに目をやると、今度は鳳が静かに立ち上がってる。

 

 

「先生、私も席替えを推奨します。こう目の前でいちゃつかれては、集中できるものも出来ません」

「……あの、鳳さん? 何故かとても視線が冷たいんですが……」

「……知るか」

「えぇ……」

 

 

 私不機嫌ですと、でかでかと顔に書かれている鳳が冷たい視線でタケルくんを睨み付けていた。一見少し前までの無愛想な鳳に戻ってしまったのかと疑うところだが、これは単なる嫉妬だろう。もし以前の鳳だったらこんな露骨な表情はせずに、ひたすら無表情だっただろうし。

 先生もここまで言われると放っておく訳にもいかないのか、溜息を吐くとラピスへと視線を送った。

 

 

「嫌です」

「まだ何も言っていないんだがね……」

「お兄ちゃんは私と離れたら死んでしまいます。一つにつながっていないといけないんです」

「そうなのか……草薙、お前も程々にな」

「なにが!?」

 

 

 先生は何かを悟った目をすると、どこか複雑そうな顔をタケルくんに向けて軽く注意すると、授業に戻ってしまった。

 タケルくんは訳がわからないといった表情で声を上げるも、それに応えてくれる声はない。

 結局席替えは行われることはなく、ラピスは授業が終わるまでタケルくんの腕にしがみつき、クラス中の冷たい視線がタケルくんに注がれる異様な雰囲気になっていた。

 

 

 一時限目が終了したと同時にクラスメイト達は一斉に立ち上がると、皆思い思いの罵声をタケルくんに浴びせかけながら教室を後にしていった。

 一気にがらんとした教室の一角を三五小隊のメンバーで占拠すると、タケルくんが待っていたとばかりに話を切り出しはじめる。

 

 

「なぁ、俺なんか悪いことしたか? 皆にここまでされるようなこと、俺したっけ?」

「授業中にいちゃこらしたからじゃない? ほら、クラスの男子達にしてみればリア充爆発しろって感じだろうし、どこかの乙女達にとっては自分の立ち位置が取られるんじゃないかと気が気じゃないし」

「立ち位置……? どういうことだ?」

「さーて、どういうことなんでしょうね。うさぎちゃんはどう思うのかしら?」

「何故わたくしに振るんですの!?」

「何でだと思う?」

 

 

 にやにやと、相変わらず楽しそうにウサギちゃんを弄り倒す斑鳩。多分ラピスに嫉妬してることを弄ってるんだろうけど、幸いと言うべきか話の元凶であるタケルくんはなんの話だと首を捻っている。

 それに気が付いたウサギちゃんは、話を逸らそうと声を張った。

 

 

「と、とにかくっ。鳳桜花の入隊は認めはしましたが、こんなことになるなんて聞いていませんわ。どうにかならないんですの?」

「全くだ。レリックイーターをこんな形で大衆にさらすなど……あの馬鹿義父は何を考えている」

「いや、そんなこといったって……この子、俺の言うこと全然聞いてくれないし、なんか人型が好きみたいでさ」

「草薙、あなた所有者ならびしっと言うこと聞かせてくださいな! 言うことを聞かないのは舐められているのではなくて!?」

「そんなことはない……んじゃ、ないかなぁ……?」

「あーもう! 鯨澤はどうなんですの!?」

「へっ?」

 

 

 くわっと目を怒らせて此方を振り向きつつ話題を振ってきたウサギちゃんに、全く想定していなかった俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 おかしいな、今の話の流れ的にこっちに飛び火してくることはないと思ってたんだけど……

 見れば、ウサギちゃんに限らず三五小隊の面々全員が俺の方を見つめていた。え、マジで何で? why?

 

 

「いや、なんでこの流れで俺?」

「鯨澤だって草薙の隣にこんなのがいるのに納得いきませんわよね!?」

「えー、いや……」

 

 

 原作通りだから別に違和感ないです。

 なんていえるはずもなく、曖昧に言葉を濁してしまう。実際、散々タケルくんの家でべったりなところを目撃してる身としては、違和感など感じようもないのは致し方のないことである。

 しかし俺の返答の何処に意味を見いだしたのか、ウサギちゃんはほら見ろと言わんばかりにタケルくんに向き直る。

 

 

「取り敢えず、草薙はこの現状をどうにかする義務がありますわ! なにか方法を考えておいてくださいまし!」

「あー、うん。俺そろそろ次の授業いくから。頑張れ草薙」

「ちょ、見捨てる気か!?」

「元はお前が蒔いた種だろ。俺は知らん」

 

 

 良い笑顔でそう告げると、教室を後にする。廊下を歩いてる途中で三五小隊を呼び出すアナウンスが聞こえたけど……うん、どうせ碌なことにならないだろうしふけるとしよう。授業終わったらタケルくん達から話聞けばいいや。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 気に入らない。気に入らない気に入らない、それに気に食わない!

 タケル達の元から勝手にいなくなった二階堂マリは内心とても穏やかでなく、少しでも気を晴らさんと当てもなく校舎内を歩き回っていた。

 マリ自身どうしてここまで心がざわつくのかうまく説明できないのだが、気に食わないと思ってしまうことは仕方がない。特にあの高圧的な女。任務だなんだと嫌々やらなくても、こっちは頼んですらいないのに!

 

 

「……だめ、少し落ち着かなきゃ」

 

 

 深々と溜息を吐いたマリは、当てもなく彷徨わせていた足を止めた。

 大体、マリには自分が何故このような状況に置かれているのか、その記憶がない。自分が魔女らしいということはわかるものの、わかることといったらそれくらい。

 魔女が危険な存在? ……そんなの、わかってる。自分だって、自分がどういう人間だったかわからなくて怖くてたまらないのだから。

 

 

「のど渇いた……自販機、どこかな」

 

 

 幸い……そう、幸いにして。一般生活を送る上で困らないだけの知識だけは都合の良いことに有しているらしい。そんなことより他に覚えておくことがあるでしょうと愚痴を言いたい気分だったが、いっても仕方のないことだとは理解していた。

 自然に、マリの足は中庭へと向いていた。中庭ならばそうそう人に会うこともないだろうという打算と、自販機くらいあるだろうという希望的観測によるものだったが、その思惑は半分だけ外れることとなる。

 

 

「……トマトサイダーは良いとして、コーヒーサイダー? に、緑茶サイダー……い、いやいや。ダメでしょこれは、ゲテモノ過ぎる……けど、気になる……!」

 

 

 確かに、自販機はあった。しかし、その前には一人の少女の姿があったのだ。

 一瞬踵を返しかけたものの、一人なら気にすることもないかと思い直して大人しく選ぶのを待つ。しかし、あれだこれだと一向に決めない様子に段々と業が煮え始め、ついに我慢ならずに声をかけた。

 

 

「ねぇ、ちょっと。選ばないんなら退いてくれない? 邪魔なんだけど」

「え? うわっ!? ……ご、ごめんね。すぐ退くから」

 

 

 少女はなにやら驚いたように声を上げると、すぐに謝りつつ順番を譲ってくれた。

 少女が振り返った拍子に、左目の眼帯と左腕を吊っているのを見たマリは、少しだけ気まずげに自販機の前に進む。

 ……それは良いのだが、乙女の顔を見てあそこまで驚くこともないのではないのだろうか。マリとて女の子なのだ。あんな声を上げられれば多少傷つきもする。

 複雑な気持ちになりながらも、炭酸しかないラインナップからゲテモノを総スルーして苺サイダーを選んだマリは、そのまま立ち去ろうと今度こそ踵を返す。しかし、少女からちらちら送られてくる視線に耐えきれなくなり、不機嫌な表情で振り返った。

 

 

「……なに?」

「え? いや、えっと……」

「理由もないのにちらちら人のこと見ないでくれない?」

「あ、あはは……見かけない顔だと思って、つい」

 

 

 どこかばつの悪そうに笑う少女に、マリの方も毒気が抜かれてしまう。大体、ここまで邪険に返されれば怒っても良いような気もするが、そんな様子は微塵も見られない。

 なんか悪いことしたな、とチクリと心が痛んだマリは、溜息を吐いてびしりと自販機を指さした。

 

 

「飲み物、買わないの?」

「うん? うーん……ねぇ、コーヒーサイダーと緑茶サイダー、どっちが良いと思う?」

「何でその二択?」

「そこに山があるから、みたいな感じ?」

「はぁ……?」

 

 

 全く訳がわからない、というマリを置いて、少女はさんざん悩んだ末にコーヒーサイダーを購入したようで缶を右手に持ちつつマリの隣にやってきた。

 

 

「……そんなもの、よく飲もうと思うわね」

「だって、気になっちゃうし。男は度胸!」

「そんなの持って言っても愛嬌なんて感じないわよ。全く、あんたってどこかおかしいんじゃない?」

「え……普通の一般人だと思うけど……」

「普通の人間はそんな怪我しないわよ」

 

 

 呆れたようにベンチに座ったマリの言に苦笑しつつ、少女はその隣に腰を下ろした。そして、片手でプルタブを開けようと隣で奮闘し始める。

 マリはそれを無視して両手でプルタブを開けると、中身に口をつけた。ほのかな甘みと酸味が炭酸ではじけ、舌を刺激する。……普通の苺ジュースじゃダメだったのだろうかと、そんなことを考えてはいけないのだろうとマリは自分を納得させた。

 口を離し一息入れたマリの視界に、未だにプルタブに悪戦苦闘している少女の姿が映る。

 上手く缶を固定できないのか、プルタブに力を入れようとしては滑らせてしまっている。気にする必要もないと思っても、隣でやっているために嫌でも目に入る。

 都合4度目の失敗を見届けた後、マリは大きな溜息を吐いて少女から缶をひったくった。

 

 

「……あぁもう! ちょっと貸して、代わりに開けるから」

「え? あ、でも……」

「……ん! 全く、開けられないくせに買うんじゃないわよ。私がいなかったらどうするつもりだったわけ?」

「そこはまぁ、頑張るしかなかったかな……ともかく、ありがとね! ええと……」

 

 

 なにやら迷うそぶりを見せた少女に、今度は何事だとマリは胡乱げな視線を送った。しかし、しきりに顔を見てきては言葉に詰まる様子を見て、ふと名乗っていないことに気が付く。

 

 

「……マリよ。二階堂マリ。最近転入してきたの」

「そうなんだ、よろしく二階堂さん。私は鯨澤せ……まぁ、うん。鯨澤って呼んでね」

「……? ちょっと、下の名前はなんて……」

 

 

 不自然に言葉を詰まらせた鯨澤に首をかしげ、マリが聞き直そうと口を開きかける。その時、中庭に大きな声が木霊した。

 

 

「二階堂マリ! ……と、鯨澤?」

「「うわっ……」」

「待てっ。二階堂マリはまだわかるが、何故お前までそんな嫌そうな顔をする!?」

 

 

 最初の毅然とした態度とは異なり、どこかショックを受けたような顔でオロオロとし始めた桜花を見て、マリは面食らったように目を丸くした。

 そしてこの後何が起こるのか容易に想像がついた鯨澤は、マリと桜花を見比べた後に大きな溜息を落としたのだった。




どうも、お久しぶりです。
変にいついつまでに更新、なんて言わない方が良いなと今回学びました、火孚でございます。取り敢えず全力の土下座を敢行中です。
ちょっとリアルが多忙で書く暇もなく、一ヶ月くらいかけてちょこちょこと書きためてた幕間もなんか話が支離滅裂になってしまい結局没に。それなりのブランクもあるので、リハビリもかねてメインストーリーを進めていきます。
幕間を楽しみにされていた方にはごめんなさい。いつかオリ主が水着着てなんやかんやするかもしれないのでそれで許してください。
取り敢えずエタるつもりはないので頑張っていきたいところ。
因みに次回更新は未定です。出来るだけ早く出せると良いな……

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