色々と後書きに書いてあります。まずは本編をどうぞ
ホーンテッドの相手を桜花に任せたマリは、未だに地面に倒れ伏してぴくりとも動かないセナの元へ駆け寄ると、その惨状を目の当たりにして思わず顔をしかめた。
服は擦り切れ、全身にはくまなく小さな傷がはしっている。そのうえ、腹部には茨に貫かれた傷があり左腕は千切れてすらいると来た。
誰がどう見ても、手当てしなければ手遅れになるような傷。いや、それ以前に既に死んでいてもおかしくないような傷を負っているのだ。一体、何をどうすればこんな傷を負うのか、マリには想像も付かなかった。
しかし、気後れしているわけにはいかない。今この瞬間にも、目の前の少女は命がつきるかもしれない状況なのだ。失われつつある命に対して、「救う」と決めた自分が何もしないわけにはいかない。
「って言っても、あの女には見栄張っちゃったけどさぁ……ッ」
マリの記憶の中にある、最も効力の高い治癒の魔法の術式を頭の中で組み立てて、腹部の傷口へと手をかざした。
魔法陣が展開され、かすかな光に包まれると共にセナの全身に広がる細かい傷が徐々に癒えていく。それは良い。それは良いのだが。
「だめ、全然足りない……」
肝心要の大きな傷が一向に塞がらない。腹部の傷は未だに開いて血を流しており、左腕も生々しくその傷を晒している。
だが、それも致し方のないことだ。何を隠そう、マリは
こうして小さな傷を癒やすことが出来ているのも、途方も無い集中力と半ば奇跡のような運に助けられているからに他ならない。もし何か一つでも要素がずれれば、即座に魔法は失敗し魔法陣が暴走するだろう状況にあった。そして、治癒の魔法は失敗したとき、そのフィードバックは術者だけでなく対象者にも還ってくる。
「もっと真面目に習っておけば良かったなぁもう……ッ!」
ふと脳裏に自分に魔法を教えてくれた人の顔が浮かび、過去の自分を叱責しながらも即座に考えを引き戻す。
苦手な上に、治癒の魔法は配分を間違えれば対象が拒絶反応をおこしてしまう危険もある代物。大魔法を使用するが如きの集中力を発揮し続けなければ、即座に失敗してもおかしくないのだ。
マリは一度深呼吸をすると、魔法の行使に集中する。なんにせよ、自分にはこれ以上のものは行使できない。そう考え、かすかな希望と共に魔力を魔法陣に流し入れ続け──
──
「……え、あれ?」
魔法陣へと流し込む魔力の量。先程まで確かに一定量を保っていたはずのそれが、僅かずつではあるが増えていた。だが、それだけならば、マリが量を調整すれば良いだけの話。問題は──
「うそ、なんで勝手に……!?」
しかし、セナの傷は順調に癒え、拒絶反応を起こしているようにも見えない。それどころか、傷の癒える速度が増してきているようにさえ感じた。
「──!?」
突然マリの視界が明滅し、すさまじい倦怠感がおそってくる。いったいなにが、と考えたマリは、すぐさまその正体に見当をつけた。
それは、魔力切れが引き起こす現象によく似ていた。俗に魔法使い、または魔女と呼ばれる体内で魔力を生成できる者達は、これが一定以下にまで減少するとスタミナ切れのような症状に襲われる。
今のマリは、さながら体力がつきる寸前まで全力疾走をさせられたかのように魔力を消耗していた。
その総量は、マリの得意とする
──しかし、何故?
そんな疑問がマリの脳裏に浮かぶ。マリの行使していた治癒の魔法は、決してこんなにも魔力を消費するものではなかったはずだ。にもかかわらず、人並み以上にはあると自負しているマリの魔力は殆ど持って行かれてしまっていた。
やや掠れた視界で手元の魔法陣へと目を落とし、マリは驚きの声を上げる。手元で展開されているそれは、マリが行使していたものではなく、より複雑に幾何学円が組み合わさったものとなっていた。行使していた魔法陣が変化したことにも驚いたが、マリはそれよりもその複雑さに目が行った。
魔法陣に込められた術式が複雑になればなる程、魔法はその効力を向上させる。だが、その分制御が難しくなり、失敗した際の反動も大きくなる。ただでさえ壊滅的に苦手な治癒魔法が、ともすれば大魔法と言ってしかるべきな複雑さを持って自分の制御下にあることに、マリは夢でも見ているのかと現実を疑った。
ふと、魔法陣の先のセナへと視線を移したマリは、二度目の驚きの声を上げる。
治癒の魔法をかけていたとはいえ、先程まで確かに重症だったセナの体には、もはや傷一つ残っていなかった。そう、
「ぅ……」
「──ッ! 鯨澤、ちょっとあんた大丈夫!?」
だが、そんな戸惑いもセナがあげた苦悶の声によって霧散する。もしや魔力に対して拒絶反応を、と危惧したマリがあわててセナの様子をうかがうも、予想に反してセナはうっすらと瞳をあけた。
どうやら大丈夫だ、と胸をなで下ろしたマリは、声をかけようと口を開き──
「野郎、絶対に許さねぇ……」
「──へ?」
突然セナが発した暴言に、間抜けな声を出すしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
悪魔との契約を半ば無理矢理結ばされた俺は、すべての元凶に背を向けて座り込んでいた。いや、別にいじけてるとかじゃないよ? 視線を合わせてるとまた訳のわからない契約なりなんなり持ちかけてきそうだから、視線を合わせてないだけだよ?
「あのぅ、ご主人? いつまでそうしてるつもりですか?」
「うっさい話しかけんな悪魔め」
「はい、悪魔ですが……って、そうではなくてですね」
どこか呆れたようにため息を吐かれたが、俺はもう悪魔の囁きには耳をかさないと決めたんだ。今更何を言われたところで、俺の決意が揺らぐことはない。
「このままだと、ご主人死んじゃいますよ?」
「は!? なんで!?」
揺らぐことはなくっても、崩れることはあるよね、うん。まぁ、あなたこれから死にますよと悪魔に言われて無視を決め込めるようなメンタルを俺は持ち合わせてないし、仕方がない。俺のメンタルは基本的に木綿豆腐だ。
「いえ、なんでと言われましても……お腹にポッカリと穴が空いて、腕がちぎれている現状をお忘れで?」
「おまっ、契約したら助かるんじゃなかったのかよ!」
「そんなことは一言も言ってませんけど……」
「んな馬鹿な……!」
そんなことはないだろう、と記憶をひっくり返してアルマの発言を思い出そうとする。確か、契約を持ちかけられたときに早くしないと死ぬぞみたいな脅しをかけられたんだった。そして、その直前に助けられるとかなんとか……ええと、窮地を……
「……窮地を脱する補助もできます?」
「はい。私はそう言いましたね。一言も『傷をすぐに治してあげる』とは言っていませんよ?」
「……それ、詐欺じゃね?」
「どうでしょう? 騙される方が悪いと思いますが」
ニッコリと笑いかけてくるアルマに殺意を抱きつつ、しかし騙される方が悪いという言い分にも一理あるなと納得してしまう。ただまぁ、命の危機が迫ってるってときに冷静に言葉の一つ一つを分析してる暇なんかないんだけれども。それが悪魔の常套手段なのかもしれないが。
「……え。で、結局俺ってどうやったら助かるの? まさか死にかけの奴に最後の希望を見せて契約を持ちかけて、結局何もしないで死後の魂だけを持ってくとかいう悪徳商業を展開するつもりじゃ……」
「いつから悪魔の契約って商業化したんですか……? っていうか、いくら悪魔でもそんなひどいことしませんって。それじゃ対価も十分に取れませんし」
「なら、補助ってなんだよ? 俺は何をすれば助かるんだ?」
「特に難しい事はありませんよ。ただ、そうですね――」
「――願いを、言ってください」
願いを。そう言われた俺は、その言葉にどこか既知感を覚えた。そう、以前にも俺はその言葉に痛い目にあったのではなかっただろうか。
そうだ。確か、よくわからない白紙の書物に願いを呟いたときに、どう曲解されたのか女の体にされてしまったんだ。その時の書物の表紙に、アルマンダルって……
「アルマ……まさか、お前……?」
「え、寧ろ今更気がついたんですか? いくらなんでも鈍感すぎません?」
「お前……おまええぇぇぇッ!! 返せ! 俺のマイサンを返せこの野郎! なんの恨みがあって俺と息子を引き離しやがったんだ畜生! お前のせいで俺がどれだけ苦労したと思ってやがる!?」
「え、怖……ちょ、ご主人落ち着いてくださいよ。興奮すると女の子になっちゃいますよ?」
「何それ初耳なんだけど!?」
怒りのあまりアルマに掴みかかろうとするも、それをひらりと躱され再度ため息を吐かれる。そもそも女にしたのはお前だろ、と叫びたかったのだが、言ってもまたため息を吐かれそうだったのでなんとかその言葉を飲み込んだ。
「で、結局ご主人の願いってなんなんですか?」
「マイサンを返してくれ」
「えぇ、即答ですか……別にそれでもいいですけど、それだとそのまま失血死しますよ?」
「畜生、なら俺にどうしろっていうんだ!」
「普通に傷を治して下さいとでも願えばいいんじゃないですかね……」
半ば投げやりになってきたアルマの返答を聞き、漸く俺の中に冷静さが蘇ってきた。確かに、ここはマイサンを取り戻すことが出来るチャンスなのかもしれない。だが、それで命を投げ捨ててしまうような事態になってしまっては元も子もない。
正直、こんな機会を逃すのは惜しいが……非常に惜しいこと極まりないが、だからといって死んでまで取り戻したいものでもない。
童貞と命どっちが大事かと問われれば、間違いなく命の方が大切だろう。なにが悲しくて命を懸けてまで童貞を捨てにいかにゃならんのだ。だからずっと童貞のままなんだって? ほっとけ。
「わかったわかった……んじゃ、傷を治してくれ」
「相変わらず適当な……まぁ、いいでしょう。では、ご主人の傷を治しますね」
「うん――うん?」
治しますね、と言う割には何もしようとしないアルマに、俺は首をかしげる。治すっていうんだからてっきりこう、魔法を使ったりとか何かしらの行動を取るもんだと思ったんだけど、目の前の悪魔は何もせずに首を傾げた俺を見ながら同じように首を傾げてくる。
おいやめろ真似するな。その姿だとちょっと可愛く思えちゃうじゃねぇか。
「治しますねって……いつ治すんだ?」
「今やってる途中ですよ? ……ご主人、これが現実じゃないってこと忘れてません?」
「は? いやいや、俺の息子が帰ってきてるこの現状が現実じゃないとかありえないだろ」
「はぁ……ご主人はそろそろ現実を直視するべきだと思います」
うるさい。誰がなんと言おうとこれが現実なんだ。
「……そういえば、なんか願いには対価があるとか言ってたよな。俺は何を差し出せばいいんだ?」
ここで無理難題を押し付けられたらそれこそ鬼、悪魔! と罵っていたところだったが、俺の予想に反してアルマは首を左右に振った。
「いえ、今回は対価は要りませんよ」
「は? 今回はってどういうことだよ」
「本契約後、はじめての願いということでサービスしておきました」
「サービスってお前セールスマンか何かかよ!?」
初回限定のサービスとか、よくなんかのセールスとかで聞くけどまさか悪魔との契約でも適応されるとは思わなかった。だったらクーリングオフとかも適応されないものだろうか。というか、対価って取らなくても願い叶えられるのかよ。取らなくていいなら取らないでもらえるとありがたいんだが……
「まぁ、そういうわけですので。次回からはきちんと対価はいただきますからあしからず」
「覚えとく。ところで、対価って結局なんなんだ?」
「それは支払うときのお楽しみです」
「全然楽しみじゃないんだけど? 寧ろ戦々恐々としてるんだけど?」
「頑張って楽しんでください」
「何という無茶振り」
そもそも頑張ったら楽しくなるのかという素朴な疑問も出てくるわけだが、言ったところでどうせ無駄だろうから黙っておこう。
と、そんなことをしていると突然俺の視界がぐらりと揺れる。思わずふらついた俺を見て、アルマはニッコリと笑いながら告げた。
「時間が来たみたいですね。向こうに戻ったら、今度はせいぜい死にかけないように頑張ってください。死にかけるたび私に助けてもらえる、なんて甘いことはないので」
いや、そこは助けてくれよ。という言葉を口から出す前に、俺の意識は深く沈んでいった。
再び意識が浮上してくる感覚と、先程までとは違うどこか現実味を帯びた感覚に、俺は薄っすらと目を開いた。眼の前に広がるのは、見知らぬ天井でも青く晴れた晴天でもない、不気味な色に輝き流動する魔法陣。ふと気になって体に意識を集中すると、どの部位も痛みを感じることはなく、本当に傷がふさがっているのを実感することができた。
そして、意識を集中したことによって、もう一つ気がついたことがあった。
そう、現実に戻ってきたということは。
俺の股間には、あるべきものが。
――なかった。
「野郎、絶対に許さねぇ……」
半ばわかっていたことだったけど、恨み言を吐かずにはいられなかった。そもそも俺の体を女にした意味は一体何なのだろうか。俺は女の子がほしいといっただけで、女の子になりたいなどとは一言も願っていないというのに。
「――ね、ねぇ。鯨澤、あんた本当に大丈夫……?」
「……ん?」
ふと声をかけられその方に視線を向けると、不安そうにこちらを見下ろしてきているマリと視線があった。
なんでこの子こんなところにいるの? と疑問に思い周りを見渡してみると、どうやら俺の最後の記憶にあるのとは違う場所のようで、見覚えのない建物や瓦礫などが並んでいた。
よっこいしょ、と体を起こして改めて怪我した部位を確認してみるが、まるで傷等元からなかったかのようにふさがっていて、唯一服だけがぼろぼろになっているのが確認できた。というか、腕や目もちゃんと治っているのは地味に嬉しい。
「……なんで二階堂さんがここに? 他のみんなは?」
「え? っと、あのいけ好かない女なら向こうで魔法使いと対峙してるけど」
「相変わらず人間離れした芸当をさらっと……」
鳳ならそのままホーンテッドも倒してくれるんじゃないかとわずかに期待するが、流石に無理かと考えを改める。逸般人が逸般人なら、魔法使いや魔女たちも規格外が多いのがこの世界だ。事実、ホーンテッドも魔女狩り化したタケルくんとタメを張るような存在なのだ。そもそも不死性を持ってるところからしてチートすぎる。ちょっとそのチート性能分けてくれない?
「……あれ? 他の三人は?」
「あがり症と白衣はわかんない」
「あがり症と白衣って……いやまぁ特徴は捉えてるけど。草薙は?」
「……タケルは、その」
言いづらそうに口ごもるマリを見て、俺は嫌な予感がしてきた。そういえば、ホーンテッドと戦っているのは鳳だという。なら、タケルくんは今どこで何をしているのだろうか?
鳳にホーンテッドを任せて別のことをしている、とは考えにくい。現状一番危険な存在はホーンテッドであり、そんなものの相手を誰か一人に押し付けるような人間ではないことは俺がよく知っている。
「さっきまで、魔法使いと戦ってたんだけど……」
そう、そもそも俺がここまで運ばれてきたのは、誰の手だろうか? 雑魚小隊の誰かの手によってならばもっとスタジアムの端の方に連れて行かれているだろうし、普通の異端審問官の手によってならばまずマリの近くに残しては行かないだろう。
ホーンテッドに関する知識をひっくり返してみれば、あの性格破綻者が如何に人の嫌がることを好んでしてくるかは想像に難くない。
もし仮に、だが。誰か、俺の味方と呼べるものの手によって俺が運ばれてきたのでなかったとするならば。例えばそう、ホーンテッドによって俺がこの場に運ばれてきたのであるならば――
「でも、魔法使いに……血が、たくさん出てて……」
――俺は、タケルくんの邪魔をしてしまったのではないのだろうか?
改めまして、皆さんお久しぶりです。火孚でございます。
前回投稿から長らく空いてしまいましたが、別に大病を患っていたとか入院していたとかではまったくなく、単純にリアル事情が忙しかったために期間が空いてしまいました。
待ってくださっていた方々には大変申し訳なく……待ってくださっていた方が実在するかどうかはわかりませんけどもっ!
そんなわけですので、半年ほどの沈黙を破って再投稿を始めたということは、お察しの通り比較的リアルが安定してきたので時間に余裕が生まれたためとなっております。これから月1~2話ペースで更新していけるといいな、と思っていたり。
恐らく前回から時間が空きすぎているので「は? 前回の話なんて覚えてねぇよ!」という方もいると思いますが、安心してください。私も覚えていません。脳みそを空っぽにしながら楽しんでください!
最後に、時間が空きすぎてオリ主の容姿がどんなものだったのか忘れかけてしまっていたため、落書き程度に書いてみました。おそらく皆さんも覚えていらっしゃらないと思いますので、こんななんだ、と確認がてらにご精査ください。本編での記述と食い違う箇所があっても、そこはこのSSの特徴だと思って一つ……絵はド素人なので美少女に脳内変換してくださいね!
【挿絵表示】
それでは、最後まで読んでくださった方。今後共ごゆるりとお付き合いくださいませ。