世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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世界はいつも鉄錆の味

 取り敢えず無事に精神の安定を取り戻せた次の日。いよいよ学園での最初の授業が始まったわけだが、想像とは違って前世で習ったこととそう大差ない。まぁ、歴史とか科学とかの分野は全くの別物と言っても過言ではないんだが、大抵のことはまさに中学生レベル。無駄に一度この時期を経験している俺の敵ではなかった。

 

 

「――という訳で、三角形の合同を示すためにはいくつかの条件が必要なわけですね。それでは……草薙くん。この二つの図形は、どの要素によって合同が示されているかわかりますか?」

「なんとなく形が似てるから合同」

「先生の直前の説明を聞いていましたか……?」

 

 

「はい、皆さん知ってると思いますが、魔導遺産は危険度ごとにFからSSまで分かれています。この内、一般的に魔女狩り(デュラハン)と呼ばれる部隊が動くのはどのランクからだと思いますか? そうですね……では、草薙くん?」

「全部俺が叩き切るので出番はない」

「気概は素晴らしいですがそういうことを聞いているのではなくてですね……」

 

 

「かの忌まわしい『魔女狩り戦争』が終わり、我々人間はその数を大きく減らしてしまった。その被害の数が如何に大きな戦争だったかを表してるわけだが……草薙、どれくらいの被害が出たか知っているか?」

「数万人くらいか?」

「うっそだろお前……」

 

 

 なんというか……あれだ。タケルくんには常識というものが存在しないらしい。これはもう学力0とかそういう次元じゃなく、一種の才能なんじゃないだろうか。唯一と言うか、運動神経は非常によろしいようだ。その一点だけにおいては羨ましくもあるが、まぁ他が壊滅的にあれだから変わりたいとは欠片も思わない。

 お前に足りないものは、それは! 情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ! そしてなによりもォォォオオオオッ!! 常識が足りない!! これは兄貴も光の速さで同意してくれるはず。誰か常識を教えてあげて。

 とまぁ色々と酷いタケルくんだったけど、数ヶ月もするとそこそこの一般常識を身に着け始めた。別にタケルくんが学園生活の中で何かに気が付き始めた、とかそういう美しい話ではなく、単純に斑鳩に絡まれているうちに色々と覚え始めただけのことだ。

 因みに俺は斑鳩に率先して話しかけたりはしていない。斑鳩の興味は、今のところもっぱらタケルくんに向いてるし、わざわざ俺から話しかけて胃に穴を開ける必要はない。

 

 

「おい、鯨澤。お前の相棒がまた変人に絡まれてるけど、放って置いていいのか?」

「いや、草薙は別に相棒じゃねぇよ。それに俺は斑鳩に絡まれたくはない」

「とかいっても、そもそも斑鳩の奴変人にしか興味示さないしな。少なからず興味持たれてる時点でお前もあいつらのお仲間だろ?」

「いや、待て。本当に変人に興味をもつんだったらパンツくんに興味を持たないのはおかしいだろ」

「つまりパンツくんは斑鳩にすら見向きもされないくらいの変人だった……?」

「これ以上パンツくんをディスるのはやめたげてよぉ!」

 

 

 そして、これくらいの時間が経つとこのクラスの雰囲気というかノリも理解できるようになってきた。基本的にこのクラスのノリは軽い。それはもう綿のようにフワッフワで軽い。そして俺達を見る鳳の視線はガッチガチに冷えている。まぁ性格からして合わなそうだもんな……

 そして、このクラスで格好のいじられ役となっているパンツくんことい、いの……猪頭くん? は今日も今日とて皆にからかわれている。でもこれは決していじめじゃない。我が校にいじめはありません。因みに当人は死んだような顔で机に突っ伏している。

 仕方がない。心無い同級生たちの悪意にさらされている友人を助けてやろうじゃないか。まさに聖人君子みたいな俺の行動をもっと周りのやつも見習うべき。

 

 

「おい、元気だせよ。みんなパンツパンツと弄っちゃいるが、お前を嫌いなやつなんて一人も居ないんだぜ」

「……鯨澤、お前」

「寧ろお前は事あるごとに話に挙がる人気者だ。このクラスのアイドル的存在だ。そのことをもっと誇っても良いんだぜ?」

「俺を……慰めてくれてるのか? そっか、ありが――」

「だから、もっと自分に自信を持てよ、猪頭!」

「…………」

「ん? どうした?」

「……じゃねぇ」

「は?」

「俺はパンツくんでも猪頭でもねぇ! 井上だぁぁぁぁぁぁああうわあぁぁぁぁぁぁぁああん!!」

 

 

 唐突に叫び声を上げて教室を飛び出していくパンツくん。去り際に瞳に光っていたものは一体何だったのだろうか。まぁ取り敢えずパンツくんを元気づけることには成功したようだし、俺は満足げにため息をつく。

 ふと周りを見てみると、俺に向けられているのは若干引いた視線。うわぁ、何やってるんだこいつっていいたいだろうことがありありと顔に出ている。なぜわかるかって? 前世でたっぷりと向けられた視線だからさ。

 

 

「鯨澤……ねーわ、流石にあれはねーわ」

「今日だけパンツくんに同情した。やっぱり変人に絡むと碌なことがないんだな」

「おいてめぇぶっ飛ばすぞ。というか、パンツくんを慰めたんだから賞賛されこそすれ、貶される理由なんてないと思うんだが?」

「そう思うんだったらそうなんだろうな。お前の中ではな」

「くそ殴りてぇ」

 

 

 怒りの余り拳を握りしめると、きゃーきゃーと蜘蛛の巣を散らすように逃げ散る同級生たち(バカども)。仕方がないので一人ひとり捕まえてこめかみをえぐり取っていると、視界の端にこちらに近寄ってくる斑鳩を探知! これより回避運動に移る! もはや脊髄反射のように脱出口を目指すが、俺以上の反応速度で脱出口を塞ぐ斑鳩。鯨澤は逃げ出した! しかし回り込まれてしまった!

 一体何のようがあるのかはしらないが、俺からすれば用事なんぞこれっぽっちもない。だからこれまで全力で会話を避けてきたというのに、一体どういうことなのか。

 

 

「おい、一体何のようだ? 取り敢えず俺からは用事はないからこの話は終わりということで」

「ちょい、私はまだ一言も発してないわよ? そうそう連れないこと言わないでちょうだい」

「いやな、俺斑鳩って名前のやつとまともに会話すると死ぬ病気にかかってるんだ。だからゴメンな」

「大丈夫大丈夫。仮に死んでも斑鳩お姉さんがちょちょいと直してあげるから。取り敢えずその脳みそを取り替えれば直るのかしら?」

「人を機械みたいに言うんじゃねぇ」

 

 

 く、何故かいつもよりしつこいぞこいつ。いつもだったらそろそろ諦めて引いてくれるのに、今日はそんな気配が微塵もしない。ということは、何か大事な話でもあるのだろうか? 本当はしたくないが、いつまでもこうしていても埒が明かないし、渋々話を聞く態勢を取る。

 

 

「で? 要件があるなら手短に頼みたいんだが」

「はいはい。ちょっと大事な話があるから、放課後空けておいてねん♪」

 

 

 途端に、教室がざわざわと騒がしくなる。そりゃそうだ。今目の前の斑鳩はこのクラスの連中にとんでもない餌をぶら下げやがったのだから。

 噂好きかつノリの良いこいつらのことだ。どうせあらぬ方向に話を曲解してるんだろう。しかも斑鳩はわざとそれを狙った節がある。ふざけんなお前まじで。

 思わず怒鳴りたい衝動に駆られたが、斑鳩がタケルくんに目配せしたことで何をいいたいかある程度察してしまう。たまにはタケルくんの鍛錬に付き合ってやれといいたいんだろう。でもさ、何かの拍子に組手をしてくれなんて言われたら、俺は死ぬ自信があるぞ。

 といっても斑鳩のことだ。俺が無視して帰ろうとしてもあの手この手で邪魔してくるに違いない。つまり俺には選択権がないってことだ。おかしいな、俺この世界に来てまともに自分で選択肢を選べた覚えがないぞ?

 取り敢えず斑鳩には了解の意を伝え、ため息を吐きながら自分の席に戻る。どうにかして出し抜きたいものだが、如何せんあいつに勝てるビジョンが見つからない。そうか、逸般人に平民が勝てるわけないもんな。超人多すぎひん?

 またも世界に絶望して目を腐らせていると、突然目の前の机にバシンッと手が置かれる。驚いて顔をあげると、そこにはここ数ヶ月でもはや見慣れた顔が。

 

 

「鯨澤さんっ。先程のお話しは、どういうおつもりなんですか!」

「へ? いや、どういうおつもりかって聞かれてもどういうおつもりもないんだけど……」

「では、何故お受けに? まさか、やはり……ッ」

「多分お前の思ってることとは十中八九違うからな? 単純に野暮用があるだけだよ。俺は受けたくもなかったけどな」

「そうなんですか? それならいいんですが……」

「いや、何もよくないからね?」

 

 

 いつも何故か絡んでくる面子の中で、唯一と言っていい原作では知らない少女。見た目は大和撫子のくせに、どことなく押しが強いというかなんというか。まぁ、他に絡んでくるやつといえば剣術馬鹿だったりマッドサイエンティストだったり冷血鉄血の正義女だったりするわけだから、ひっそりと俺の中では心のオアシスとなっている。見た目も可愛いし。あと見た目が可愛い。

 

 

「ところで、漆原さんも俺に何か用でせうか? 正直これ以上厄介ごと抱えたくないんだけど」

「むぅ。ですから苗字ではなく、凛と名前でお呼びくださいと申したはずです」

「いや、だから俺にはハードルが高いんだって。ってか漆原さんも俺のこと苗字で呼んでるじゃん」

「で、では……こほん。せ、聖那さんっ」

「はいはい、漆原さん」

「何故ですか!? きちんとお名前をお呼びしたはずですよ!」

「しかし俺からも名前で呼び返すとは一言も言っていない」

「あんまりですっ」

 

 

 バンッとまた机に手を叩きつける漆原さん。怖いわ―、最近の若い子はすぐキレるから怖いわー。でも怒ってる顔も可愛いから許せちゃう。俺はなんて優しい男なんだ。ところで何故漆原さんはこんなに怒っているのか、これがわからない。

 

 

「ほらほら、怒ってばっかりだと可愛い顔が台無しだから。スマイルスマイル」

「へぁ!? か、可愛い……」

「おう。そのまま自分の席に座って大人しくしてたらもっと可愛くなると思う」

「そ、そうですか……? でしたら……」

 

 

 顔を赤くしながら、そそくさと自分の席に戻る漆原さん。ふ、ちょろいぜ。普通に話してるときはなんでもないけど、こういうときの漆原さんは妙に面倒くさくなるから言葉巧みに追い出すのが得策だ。

 最初は彼女も世界からの刺客かとも思ったけど、刺客にしてはウザさも面倒臭さも足りない。俺にばっかり絡んでくるのはなぜかわからないけど、まぁ程よいおつきあいをする分にはうってつけの相手だ。なんか騙してるような気がして若干罪悪感を覚えるが、俺の心の平穏のためだ。悪く思わないで下さい。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 放課後、自分の席でぼーっと待っていると斑鳩がやってきた。隣にタケルくんが立ってることから、俺の考えで大体あっていたようだ。

 

 

「んで、大事な話っていうのは」

「いやね、草薙に話を聞けばあんたら鍛錬と称して二人だけでよろしくやる腹づもりだったらしいじゃない。ちょっとお姉さんも混ぜてほしいわぁ」

「称するも何もそのまんま鍛錬だ馬鹿野郎。しかもまだ一回もやってねぇし」

「あら、そうだったの? だったら今日が記念すべき第一回ってことでいいんじゃないかしら」

「あー残念ながら俺は今日この後用事があってーまた今度にしてくれないかなーとか思ったり思わなかったり」

「何いってるの。どうせなにもないでしょうに。なんなら力ずくで引っ張っていってもいいのよ? 草薙が」

「俺がかよ」

「だって、あんた達の鍛錬でしょ? お姉さんはただの見学者」

「あー、わかったわかった……ただし組手はやんねぇからな。面倒くさいし」

「別に見てるだけでもいいっつったろ。話が終わったならさっさと行こう。時間の無駄だ」

「わかったわかった。全く、ストイックなんだかなんなんだか」

 

 

 まったくもって呆れることに、タケルくんは鍛錬に余念がないご様子。そんなにストイックに鍛錬する前に勉強したほうがいいんじゃないですかね。そろそろ期末試験なんですが。まぁきっとあれだ。タケルくんなら人が考えもつかないような珍回答を捻り出して笑いを勝ち取ってくれるだろう。因みに点数は勝ち取れない。おまけでついてくるのは補修だけです。

 

 タケルくんに連れられて一人暮らししているというアパートまでやってきたわけだが、ちょっと想像してたものよりすごかった。いや、アパートが凄いというかタケルくんの部屋がすごいというか。

 あれはもうなんか呪われてる。絶対おどろおどろしい呪いがかかってる。そのことをいってみると何言ってるんだこいつ、みたいな目で見やがりやがった。この場合おかしいのは明らかにお前だからな? 後お前の部屋。

 まぁ本人が気にしてないっていうんなら外野がとやかくいうことじゃないんだろう。どうせ原作につながってる以上呪い殺されたりはしないだろうし。そもそもタケルくんがいるときは怪奇現象はぱったり止むらしい。もしかして悪霊たちの総締めだったりする?

 

 

「んで、鍛錬っつってもなにするんだ? 俺、なんも持ってきてないんだけど」

「別に、お前はそこで見てるだけでいい。お前とだと組手にならなそうだしな」

「確かに。一方的な虐殺とか俺見たくないわ……でも、それだと俺暇じゃね?」

「あー……確かにな」

「お前考えてなかったのかよ……」

 

 

 いや、まぁ自分は鍛錬で忙しくなるんだから俺のことまで考えるわけ無いか……となると、今度からは暇つぶしの何かしらを持ってきたほうが良いな。ってか、これだと斑鳩がついてきた意味がぜんぜんなくなるな。本人はそこのところどう思ってるんだろうか。こっそり顔を伺ってみると、何故か喜色満点の笑顔。どこにそんな喜ばしい要素があったんだ。

 

 

「暇つぶしの道具にお困りかな少年? 今ならお姉さんが貸し出してあげてもいいわよ」

「もうお前の品ってだけで嫌な予感しかしないんだけど……どんなの?」

「んっふっふー。これよこれ。デザートイーグルの.50AE仕様――をお姉さんがちょこーっと手を加えたもの」

「手ぇ加えてる時点でアウトだろそんなもん。どうせ魔改造施して火力跳ね上げたりだとか弾幕張れるようにとかしてるんだろ」

「あら、よくわかってるじゃない。元々マグナム前提の素敵火力だったけど、少しだけ弄って更に尖らせたのよ。コンセプトは『敵も味方も吹きとばせ』よ」

「それ多分撃ったやつの肩も吹き飛んでるよな? 大凡武器としては落第点ものだよな?」

「安心しなさいな。たしかに素敵火力だけど、子供が撃ったら肩が外れるとかは眉唾ものよ。しっかりとした訓練さえ積んでればなんとか反動を抑え込めなくもないくらいには基礎設計がしっかりしてるんだから」

「お前が手を加えたって時点で安心できねぇっていってんだよ俺は嫌だぞ仲間の作った武器で事故死なんて」

「流石に武器としての体裁は整えてあるわよ。まぁ、文句を言うなら使ってからにしなさい。絶対に文句は言わせないわ」

「はぁ……」

 

 

 仕方なしに斑鳩からDE(デザートイーグル)を受取り、いつの間にか斑鳩が用意していた的に向かって構える。構え自体は授業内容に含まれていて、射撃に必要な体幹や筋肉もだんだんとついてきている。とはいっても、これは斑鳩特製の魔改造武器だ。元が元だけにヤバさ数割増しである。

 最悪何かあったら斑鳩に慰謝料を請求しよう、と心に決めて的を睨みつける。元々DEの反動制御は高精度な射撃能力を有する程に素晴らしく、威力の割に命中精度は良い。斑鳩の手が加わっているからにはそれもほぼ死んでしまってるだろうが……さて、どうなるか。

 呼吸を整え、各所に踏ん張りを聞かせ、けれども衝撃を殺せるように適度に力を抜く。そして、ゆっくりと引き金を絞っていき……

 

 

 ズダダダンッ!!

 

 

 直後に聞こえたのは、()()()()()。無論、俺が引き金を絞った回数は一回のみ。つまりあの馬鹿、DEを3点バースト仕様にしやがったな!?

 凄まじい衝撃が俺を襲い、抑えきれるわけもない反動で銃身が跳ね上がる。初弾こそ真っ直ぐ飛んだものの、第二射、第三射ははるか上空へ。そして迫り来るメタルカラーの銃身。うん、なんか知ってた。

 

 

「…………ッ!」

 

 

 ガスッ、ととても鈍い音が聞こえてきたと同時に、俺の意識もブラックアウト。取り敢えず起きたら3点バーストの仕様だけでも取り外させようと心に決めながら、俺はあっさり意識を手放した。




何故か書くごとに文章量がだんだんと増えていく。今日は二本挙げられると思ったんだけどなぁ……それと早速作者のネタがつきかけてきたので、必要な場面だけやったら原作突入するかもしれません。

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