世界が俺を殺しにかかってきている   作:火孚

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連投後編です。話に連続性があるわけではないのでどちらから読んでも問題はありませんが、少し前に『幕間:どうせ最後は朱に濡れる』を投稿していますので、よければそちらもどうぞ。


幕間:行くに難し食うに難し

 タケルくんは、ある時期を境に深夜のバイトをはじめるようになった。深夜の、というと何だかアダルティックなもののように感じるが、その実やっているのは飲食店のバイトらしい。ふと、以前に飲食店で賄いを貰ってると聞いたことがあったのを思い出し、一体どんなものにありついているのか気になって聞いてみた。するとどうやら、普通は捨てるような部分や痛みかけてる食材を使って作って貰っているらしい。節子、それ賄いちゃう。廃品処理や。というか痛みかけは普通にダメだと思います。

 

 

「そういや、深夜って大体何時くらいにあがるんだ?」

「二時頃だな。だから俺、夜はあんまり家に居ないんだ」

「二時か……お前、たしか朝もはやかったよな? 睡眠時間大丈夫なのか?」

「あぁ、睡眠時間自体はそんなに長くないんだが、その分しっかりと休息とってるからな。下手に長い時間寝るよりはよっぽど良いしな」

「成る程な。そこの所は流石武人って所か? なんで睡眠にはそう言う考えが持てるのに、食については一切考えないのかがわからん」

「悪かったって……いや、マジで鯨澤に食の面倒見て貰えるようになってから朝食の大切さ思い知った。朝に食べると食べないじゃ全然調子違うもんなんだな……」

 

 

 タケルくんがしみじみと頷く様子を見ながら、俺はそりゃそうだと呆れた目を向ける。朝を抜いて、昼は購買の菓子パン。夜は飲食店で廃品にありつくなんて生活を送っていて、調子が出る方がおかしいのだ。むしろ食べ盛りの時期にそれだけで良く耐えられたなと感心するまである。

 まぁ、健康的な生活と言えば深夜までバイトに拘束されるのは如何なものかと思うのだが、本人が平気と言っている以上そこに口を挟むべきではないだろう。別に俺はタケルくんのオカンではない。幾ら俺の命が掛かっていようと、そこまで踏み込むのはNGだ。

 ところで、タケルくんはこの顔で接客をしているのだろうか。料理が出来ないことは既に証明されてるため、厨房に立たせて貰うことはまずないだろう。となると、必然的に接客をしなければいけないことになる。この顔で接客……? 客足が遠のくことはまず確実だな。

 

 

「なぁ、草薙。お前がバイト始めてから、その店で業績が落ちたりとかそう言う話しは聞いてないか?」

「お前俺のこと疫病神かなにかと勘違いしてない? そんな話は一切聞いてないぞ」

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

「本当だよ! というかくそ苛つくなその言い方!」

 

 

 まぁ、剣を振る農民が編み出した聖女さえも激高させる煽りスキルだからな。只の人間に耐えられるはずもあるまい。しかし、タケルくんが接客して業績に響かないとなると、元々人気の無い店だったりするのだろうか。いや、むしろ逆にタケルくんの秘められた才能が開花して……? それは流石にないな。

 

 

「気になるなら一度食いに来いよ。店長も気さくな人だし、飯もうまいぞ。まぁ、結構繁盛してるからちょっと五月蠅かったりするけど」

「そうなのか……? んー、なら一回行ってみるか。久々に外で飯食うのも悪くないしな」

 

 

 

 

 

 と思っていた時期が俺にもありました。タケルくんに教えて貰った場所に来てみると、そこには路地裏にポツンとたつ少し古びたお店が。まぁ、外装が悪い店は味に金をかけてるとも言うし、そこは別に気にしていない。気になるのは寧ろ、店の前に並べられているバイクの群れと、そこに屯す数人の男達。あれってもしかしなくても夜の街をバイクでかっ飛ばす方々の下っ端だよね? きっと、飯食ってくるからお前らはここで他の客が来ないか見張っておけとかそういうこと言われてる奴だよね? よし、帰ろう。

 タケルくんとの約束は早々に無視して保身のためにさっさと帰ろうと決意したは良いものの、見張りと思しき男の一人と目があってしまう。いや、大丈夫大丈夫。きっと目があったとかそういうのは幻覚で、単純に二人して視線を向けた先に偶々人の眼球があったとかそんなん。駄目じゃんばっちり目があってるじゃん。やばい、混乱しすぎて自分でも何考えてるか分からなくなってきた。

 なんて考えてる間に、目があった男が肩を怒らせて急接近。いきなりだなんてそんな……こういうことは、お互いに良く知り合ってからにするべきだと思います!

 

 

「あ゛あ゛? おいこら、何こっち見てんだ。こちとら見世物じゃねぇんだぞ!」

「い、いえその。ちょっとそこのお店に用があったかなぁとか思ったんですが、俺の勘違いだったというか……」

「あの店に用事だぁ? あの店は今俺達の貸し切りだボケェ! あそこで飯食いたきゃちゃんと予約しやがれ!」

「あ、予約制なんですかここ……」

 

 

 今明かされる衝撃の事実。おいタケルくん、俺一切そんな話聞いてないんだけど。どういうことか説明を要求しても良いだろうか。

 

 

「あぁ? 知らないで来たのかお前。誰からこの店の情報を聞きやがった?」

「えっと、このお店でバイトしてる……」

「なんだと? この店のバイトに聞いただぁ? お前まさか、あの人のダチかなんかか!?」

「ひっ!? そ、そうとも言いますしそうじゃないとも……」

 

 

 え、何あいつこの人達になんかしたの? なんか目の色変わって怖いんだけど。というか、俺のメンタルは豆腐並みなんだって。それも木綿じゃなくて絹ごしの方。いいのか、そろそろ人目も憚らずに声上げて泣き出すぞ!?

 

 

「そういうことなら話は別だ。おい、付いてこい」

「いえあの、これから実は用事があったりなかったり」

「あ? 有るんだか無いんだかはっきりしやがれ」

「ごめんなさい、なんもないです」

「なら問題ないな」

 

 

 この状況が問題と言っても過言じゃないんだけど……一体俺は何処に連れて行かれるのだろうか。このまま狭い路地裏に引きずり込まれて、生まれてきたことを後悔するようなことをされたりするのかも知れない。俺が女の子だったらR18展開だけど、残念ながら男なのでR18G展開となる。どっちにしろ絶望しかなかったよ……

 若干死んだ目になりながら連れ込まれた先は、暗い路地ではなく件の店の中。中には見張りの男たちよりも更に目つきや人相の悪い男たちがたむろしていて、突然はいってきた俺と男にじろりと視線を向けてくる。もうその視線一つに射抜かれただけで俺はちびりそうなんだけど。更にその男たちの総締めの様な如何にもな男や、その傍らに控えるこれまた人相の悪い……って。

 

 

「草薙ィ! お前草薙だよな!? どーいうことだよこれいや説明はいいから取り敢えず助けろなんとかしろぉ!」

「く、鯨澤? どうしたんだお前、なんかされたのか!?」

「ほぉ? 坊主のダチに手ぇ出すとは、最近のお前らも分をわきまえねぇようになったんだなぁ?」

「い、いやいや誤解ですって! 別にちょっとガンくれただけで何もしちゃ……」

「じゃぁ何か? あの草薙さんのダチ公がお前程度のガンくれにびびったとでも?」

「い、いえそういうわけでは……」

 

 

 一体全体、タケルくんは何がどうしてこの目付きの悪い方々に『草薙さん』と呼ばれるまでに至ったのだろうか。さんづけて。いい大人が中等部程度の子供にさんづけて。あれなのだろうか、やっぱり絡んできたからって武人としての格の違いを見せつけちゃったりしたのだろうか。タケルくんって格っていうか種族が違うからなぁ……

 

 

「で、鯨澤。一体こいつらに何されたんだ? ことと次第によっちゃ……」

「あー、うん。いや、なんかどうでも良くなってきた。なんかこの光景見てたら大したことされてない気がしてきたわ。つか、なんなのこの店。こういう人達御用達のお店なの?」

「はん、誰がこんな奴ら好き好んで店に入れるか。予約が入ってないときだけ、勝手に押し入ってきて勝手に注文しやがるのに目をつぶってやってるだけだ」

「そう硬いこと言わんといて下さい、源さん。閑古鳥鳴いてるこの店に貢献して上げてるのだって俺達なんスよ?」

「馬鹿野郎。お前たちが出入りするから変な噂が立って人が来なくなるんだろうが。生意気言ってると、お前らまとめて出禁にするぞ」

 

 

 冷静になって見てみると、総締めっぽい人はカウンターの内側に立って話をしている。つまり、あの人は店員側ってことで、その人に向かって媚びへつらってるってことは……? ダメだ、理解したくない。

 

 

「えーっと……なぁ、草薙。俺、話についていけてないんだけどさ。一体どういう経緯を辿ったらクラスメイトがバイトしてる飲食店でこんな珍妙な光景が見られるわけ?」

「あぁ、そういえば説明してなかったな。ここに時々飯食いにきてる人達でさ。あの店長と話してるのがタケさんって言って、他の人と一緒にバイクで乗り付けてくるんだ。タケさんも他の皆も、気さくでいい人たちだよ」

「それ多分暴走族かなんかだよな? なんの理由か知らないけど、お前の実力を敏感に感じ取って下手打たないようにしてる暴走族の方々だよな?」

「んでもって、この店の店長こと源さんはタケさんの先輩らしくて、今でも源さんの後輩って人達がこの店に訪ねに来たりするんだ。源さんも気さくで良い人だし、俺ここでバイトできてよかったよ」

「それ多分あれだよな? 源さん元暴走族の頭だった感じだよな!? と言うかお前なんでここに雇われたの!? どういう経緯で源さんに認められちゃったの!?」

 

 

 なんでタケルくんは暴走族の元頭が営む飲食店で働いてるんだとか、暴走族を気さくな人呼ばわりするってどういう状況なんだとか、言いたいことは色々あるけど先んじて出てくるのは諦観の念。まぁタケルくんなら仕方がないよねって思えるところが、彼の一番すごいところなのかもしれない。

 どうやら、バイトを探し始めた頃に顔つきや不器用さ等々で色んな所から断られて困っていたらしい。まぁそれは当然だろう。こんなやつバイトに雇い入れたら店の評判が落ちるって、誰だってそーする。俺もそーする。しかし世界には物好きがいるみたいで、そんな時にタケルくんを雇い入れてくれたのがこの店長こと源さんだったらしい。理由は一目惚れだとか。それだけ聞いたらやばい感じだな。まぁそんな展開が待っていても誰得な上にそんな意味では一切ないわけだが。

 源さんがタケルくんをひと目見た時、彼の元頭としての直感が囁いて来たらしい。この坊主は、将来でかいことをやるタマになると。まぁ正しいな。将来世界に喧嘩売るような真似するわけだし。それで、バイトに困ってると聞いて雇い入れたとか。正直どういう思考回路をしたらそういう発想に行き着くのかがわからないが、元暴走族の頭の発想なんてわからないしわかりたくない。

 一言だけ言うとしたら……あれだ。何だこれ。

 

 

「うん。なんかもういいや。草薙に関することで色々考えるのは無駄だってことがよくわかった瞬間だわ……」

「なんか地味にバカにされた気がするんだが……それより、大丈夫か? なんか顔色悪いみたいだけど」

「大丈夫。俺のクラスメイトが常識ってものに真正面から喧嘩ふっかけるやつだったって思い出してめまいがしただけだから。そんなことより、食いに来いって言ってたけど見た感じ満席だよな。また今度のほうが良いのか?」

「あん? 席なら空いてるぞ――おい、タケ! 久々の一般客だ、さっさと席空けて差し上げろ!」

「はいはいっと、全く源さんは横暴なんスから……おい、てめぇら! 三秒以内に机きれいにして席を用意しろ!」

「「「了解です、タケさん! 源さん!」」」

 

 

 目の前で瞬く間に掃除がなされて用意された席について、もうどうにでもなれって気持ちで料理を頼んだ。出された料理は意外にも普通に美味く、料理の質としては満足できる店だった。まぁ、ほとんどデフォルトで暴走族総出のお見送りがつくはめになるが。タケルくんのせいで暴走族に名前を覚えられてしまった今日のことを、俺は一生忘れないと心に誓った。




ついに次回から第一巻……にはまだたどり着けません。あ、やめて下さい石を投げないで! 一応次回で、当作品のコンセプトであるオリ主の女体化、性転換タグの回収が図れると思います。一体何話掛けてるんでしょうね本当に。これからもう暫くお付き合いください。
それでは次回、「鯨澤少年、死す!」
次のお話も気長にお待ち下さいませ。

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