「あの子なら鬼道の一つや二つ、教えてやればすぐ使えるようになると思うんじゃがの」
今しがた売れた――あげたともいう――商品を帳簿につけていると、下から声が湧いてきた。
「おや、いつからそこに?」
「呆けるな。ずっとおったじゃろうが」
「おや、気付きませんで」
ミルクでも出しましょうかと腰をあげようとすれば、要らぬと尻尾でぴしゃりとはたかれた。
「話をそらすな。あの道具では祓えんじゃろうが」
「祓う道具なんて渡した覚えがありませんね」
「ひとつもか」
「ええ」
なぜ? と目と声で問われ、そこに孕む鋭さに逃げられないなと思う。
「彼女が、望まなかったから、ですね」
「望まなかった? 虚を祓うことをか?」
「というよりは……」
少し躊躇した。ところでまたぴしゃりと尻尾ではたかれた。
まったく、気の短い。
「彼女は、戦うことを望まなかった」
色々端折ったので、また尻尾ではたかれるだろうかと思って覚悟をする。
が、尻尾が飛んでこない。
どうしたのかと目線を下げると、文字通りかたまっていた。
「彼女は、虚と戦うことを望まなかった。だから、彼女には虚を祓う類のものは一切渡していません」
猫の姿をしていても、中身は元隠密起動。滅多なことでは撫でられない、というより、その気になってくれたとき以外は触れることすらできない。その背中をゆるく撫でる。と、じんわりと再起動しはじめた。
「なぜ、たたかうことをのぞまない」
そんなにも、予想外だったのだろうか。ぽつりと零された疑問は多分な戸惑いを含んでいた。
「それは訊いてないので知りません」
撫でている背から、再びかたまったのがわかった。
しかし、今度の停止は再起動した途端に尻尾が飛んでくるだろう。
それがわかる程度には付き合いが長い自覚がある。
ああいやこれは、付き合いの長さではないかもしれない。だってこの人案外単純なところあるし。
少々思考を別方向にも飛ばしつつ、尻尾が飛んでくる前にと口を開く。
「ですが、ある程度予想はつきます」
ゆらゆらとゆれる尻尾を見る限り、どうやら地味な痛みから逃れることに成功したらしい。
けれど、ここで話を打ち切ってしまうとせっかく逃れた意味がなくなる。
「彼女は、お兄さんを知ってますので」
それがなんだと胡乱気な目を向けられる。
彼女はあの兄を見て育った人間だ。ならわかると思うのだが、どうやらまだ言葉が足らないらしい。
「黒崎さん、巻き込まないようにって避けてたじゃないですか」
かつて、彼の同級生が彼を追いかけてこの店にまで来たことがある。
「避けた結果、置いていくことが多かった」
帰ってきたら話すと、彼は何も知らせずに置いていくことを選んだ。
「置いていかれることを、その意味を彼女はよおく知っています」
置いていくのは楽だ。
特に戦場が現世ではない場合、出立さえ無事に済ませてしまえば戦う術あるもの以外は誰も彼を追えなくなる。
「そんな彼女が、姉を父を友を他の誰かを置いていくなんて、そんな選択肢を取れるわけがないじゃないですか」
視界の端で、くたりと尻尾が垂れ下がる。
「置いていくことと戦わぬことがなぜ等価となる」
――ああこの人は、自分が強いことを当たり前とする人だった。
「彼女は弱くて強いですから」
「矛盾しとるぞ」
「してませんよお。彼女は戦うには弱いですが、戦わないこと選べる程度には強いんですって」
垂れた尻尾がふらりと上がる。
「そうか、心が強いか」
「多分ですけど、その点ではお兄さんよりもだと思いますよ? 何も言わずに待ち続けることができた子ですし」
「一護はのお……短気というかなんというか」
「あれは己に定めたことに対して一直線ですからね。それはそれで強さではありますが」
「折れると弱い。ただのガキじゃろ」
そのただのガキに頼らねば生き残れなかったのは誰なのか。
互いに自嘲の笑みが浮く。
「折れたままのあれは見てられん」
「近々、打ち直されますよ」
「そうか、完成が近いか」
彼の復帰を望むものは多い。
だが、彼女はどうだろうか。
置いていくことを厭い、戦うことを選ばなかった彼女は。
再び置いていかれることを、よしとするのだろうか。
「できることなら、彼女の望みも叶えてあげたいのですがね」
きっとまた、彼女は誰にも何も言わず、心の中だけで泣くのだろう。
補足というか、裏話的なお話は後ほど活動報告に書く予定です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございましたー!
この作品から派生してFate/staynightとBLEACHのクロスオーバーを書いてます。夏梨ちゃんは滅多に出てこないですがよろしければあわせてどうぞ。PWは2019年の夏至の日と一護の誕生日をあわせた数字8桁です。