ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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002.『期待外れ』【提督視点】

 俺が鎮守府に着任しました。

 これより艦隊の指揮を執ります。

 

 俺は焦っていた。

 鎮守府へ向かう車の中で、俺は昨晩まで考えていたハーレム計画の事など忘れて、艦隊司令部の佐藤さんからもらった本に目を通していた。

 タイトルは『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』。誰がクソ提督だ。馬鹿にしてんのか。クソ扱いは妹からだけで十分である。

 著者は佐藤さんだ。表紙にはポップなイラストがでかでかと載っている。萌えイラストで学ぶ英単語、みたいな感じだ。どんなセンスしてんだ佐藤さん。

 

 さすがにこれを持ち歩くのは恥ずかしいので、本屋で購入したドイツ語の本のカバーと入れ替えておいた。

 サイズが一緒だったので適当に購入したが、何の本なのかはわかるはずもない。俺の知ってるドイツ語などグーテンタークとダンケとシュトーレンしかないのだ。

 それがドイツ語なのかすらよくわからないが、オータムクラウド先生の作品内で伊8(はっちゃん)が言っていたので間違いは無いだろう。多分。

 

 勢いのままに提督になりますと言ったはいいが、まさか次の日に着任する事になるとは思わなかった。

 俺が現在何も仕事をしていなかったからよかったようなものだ。

 前の仕事を辞めてからなかなか仕事が見つからずニート同然であった俺の毎日は、この日の為にあったと言っても過言ではない。

 俺が提督になるのは運命だったのだろう。

 などと言っている場合ではなかった。

 

 俺は素人だ。俺が一番よくわかっているし、佐藤さんもよくわかっている。

 だから佐藤さんは俺にこう言ったのだ。

 

「君には艦娘たちからの信頼を取り戻す手伝いをしてほしいのだ」

「て、手伝いですか」

「ん。素人である君に艦隊の指揮は荷が重い。だが、提督の存在なくして艦娘は力を発揮できない。極端な事を言えば、君は執務室で腰かけているだけでもいい」

 

 名ばかり店長ならぬ、名ばかり提督という事だろうか。

 佐藤さんは説明を続けた。

 もちろん基礎的な事は君にも学んでもらうが、艦娘は指揮が無くとも、自分で考えてある程度戦う事が出来る。

 艦娘達が判断に迷うような重要な戦闘の場合は、艦隊司令部の私が君を通して指揮を執る事もできる。

 不安があればいつでも私を頼ってくれていい。

 君の仕事は大きな戦果を挙げる事ではない。だから心配する事はない。

 

「ただし……これが君の一番重要な仕事になるが、艦娘たちに君が素人だという事は決して気付かれてはならない」

「エッ」

「艦娘たちは命を懸けて戦っている。その指揮を執る提督がド素人であったらどう思う?」

「アッハイ」

「君を見つけるまでに艦娘たちに無理を強いてしまっている……これ以上信頼を失うわけにはいかないのだ」

 

 なぜ本当の事を話せないのかと思ったが、佐藤さん曰く――

 

「艦娘たちにとって、『提督』とは特別なのだ。艦娘たちにとって、『提督』とは特別でなければならないのだ。

「自分の命を預けるにふさわしい存在でなければならないのだ。

「私には妖精とやらは見えない。ただ、軍の知識と他の提督達からの知識を借りて、君の手助けをする事しかできない。

「私は艦娘たちにとって『提督』ではない。彼女たちの指揮を取ろうと、決して『提督』にはなれないのだ。

「理由はわからない。

ただ、彼女たちは『提督』を必要としている。

その『提督』の下で戦う事を必要としている。

そして君が『提督』だ。

私が君の手助けをしている姿を見られてはならない。

もしもそれを目撃されたら、彼女たちはこう思うだろう。

頼りにならぬ『提督』だ。このような人に私達は命を預けるのか、と。

艦娘と提督の信頼関係や絆がその性能を向上させるという研究結果も出ている。

絆の力を利用して艦娘の性能の限界を超えさせる特別な装備の研究が進んでいるくらいだ。

信頼なくして、この国の勝利は無いのだ。

だから君は、この国の平和の為に、艦娘たちの前で有能な提督を演じ続ける必要があるのだ」

 

 ――との事だった。

 話が長くて、正直よくわからなかった。

 端的に言えば、俺は素人であるにも関わらず、有能な新人提督を演じなければならないという事らしい。

 

「もちろん隠している間に知識を深め、経験を積み、歴戦の提督となってくれればそれがベストだ。ただ、基本的な事を学んでいるところを見られるのは致命的だ」

「ハ、ハァ」

「つまり艦娘たちにバレないように勉強して実力をつけ、一人前の提督として自立してくれれば私たちとしては非常に助かる」

「ち、ちなみに、結局一人前になった後にもそれがバレた場合には信頼どころではないと思うのですが」

「その時は鎮守府が崩壊し、最悪の場合この国は滅びるかもしれない」

「Oh……」

 

 荷が重すぎる。

 提督になれば楽しい艦娘ハーレム生活が待っていると思っていたのに、どうしてこんな事に。

 

 いや、こんな事で諦めるわけにはいかない。

 艦娘の信頼を得る、それはハーレムへの第一歩ではないか。

 しかも懸念されていた実力不足の部分も、佐藤さんが補ってくれるという。

 つまり俺は、艦隊司令部公認で有能提督を演じる事ができるという事ではないか!

 このチャンスを逃せば、艦娘とお近づきになれる機会など二度と無い。

 うまくいけば自分の実力でもないのに、艦娘の信頼を得られる。

 こんな美味しい話は無い。

 

「やはり、一民間人の君には荷が重すぎるか……」

「いえ、この国の未来の為です。私でよければ、喜んでこの身を捧げましょう」

「おぉ……近頃の若い者はと思っていたが、まだこんなに愛国心溢れる若者がいたとは。この国もまだまだ捨てたものではないな。それでは、現在の鎮守府の状況を軽く説明しておこう。横須賀――」

 

 そこから先は話を聞いていなかった。

 ハーレム計画を練るのに夢中になっており、気が付けば佐藤さんは帰り支度を整えていた。

 今更聞いていませんでしたなどと言えば怒られそうだったので、聞いていたふりをしたのだった。

 

 こうして次の日には鎮守府に着任する事が決定したわけだが――そこからが大変だった。

 艦娘も女の子なのだ、この家から恥を晒すわけにはいかないという事で、妹たちから艦娘と接するに向けてのイロハを叩き込まれたのだった。

「アンタのせいで艦娘たちの戦意が落ちてこの国が滅んだらどうすんのよ!」との事だった。

 何? 俺の身だしなみ一つでこの国滅ぶの? と思ったが、一応女性である妹たちの意見を参考にする事にした。

 

 第一が清潔感だった。その伸ばしっぱなしの髪と眉をなんとかしろと言われ、朝一で美容室に行く羽目になった。

 というより無理やり連れていかれた。

 人は見た目が九割という。たとえ素材が悪くても、とにかく姿勢と清潔感だけは常に気をつけろとの事だった。

 美容室のお姉さんにめっちゃイケメンですねと言われたが、おそらく営業トークなのだろうと思う。

 色々話しかけてくれたが、「アッハイ」ぐらいしか答えられず会話が続かず、最後にはお姉さんも無言になってしまった。凹む。

 

 あとは、対面している時に胸や太ももや脇や尻を見るなと言われた。

 見られている側にはバレバレらしい。凹む。

 見てしまいそうな時には、とにかく相手の目を見ろとの事だ。

 

 同じ建物の中で暮らすのだから、今までみたいにオ〇ニーするなと言われた。

 女の子は嗅覚が鋭いから、した直後は絶対にバレるし、激しい嫌悪感しか感じないとの事だ。

 トイレや自室、風呂場であっても百パーセントバレると言われた。恐ろしすぎる。

 今も臭いと言われた。凹む。こうして強制的にオ〇禁する羽目になった。

 

 それ以外にも色々と入れ知恵をされた。笑顔がキモいから笑うなと言われた。お前ら後で覚えてろよ。

 

 また、佐藤さんからのアドバイスに「威厳を保て」というものがあった。

 あまり馴れ馴れしくしてはいけない。下手に出てはもちろんいけない。

 上官として、まぁ、要するに偉そうな言葉遣いをすればいいらしいのだ。

 練習がてら妹たちに声をかけてみると、「ウザい」「キモい」「ムカつく」「死ね」と散々な評価だった。佐藤さんを信じて本当に大丈夫なのだろうか。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 と、いうわけで。

 俺は身だしなみを整えたりするので精一杯であり、鎮守府運営の最低限の知識を学ぶ時間がなかったのである。

 今朝支給されたばかりの着慣れない軍服に身を包み、姿勢を正して『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』に目を通す。

 何とかもう少しでチュートリアルの部分までは読み終わりそうだ。

 表紙は萌えイラストなのに中身は活字ばかりだ。詐欺じゃねえか佐藤さん。

 俺を乗せた車は少しずつ減速し、やがて停車した。

 

「着きましたよ。それではよろしくお願いします」

 

 運転手の人がそう声をかけ、後部座席のドアが自動で開く。

 ちょ、ちょっと待って。もうちょっとでチュートリアル編読み終わるから。

 本に目をやりながら、俺は座席から降りる。

 よし、何とかギリギリ読み終わった。

 

 何やら人の視線を感じてそちらに目をやると、鎮守府正門の前に女性が二人、こちらを見ている。

 い、いかん! どうやらお出迎えに来てくれていたようだ。

 挨拶もせずに本を読んでるとか、失礼にも程がある。

 あまり下手に出るのはよくないとは言われたが、ここは素直に謝っておいた方がいいだろう。

 

 俺は『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』をぱたんと閉じて懐に入れ、女性二人の下へ歩み寄った。

 

「せっかく出迎えてくれたのに、失礼な事をした。すまない」

 

 女性二人の顔をよく見るよりも先に俺は軍帽を取り、頭を下げた。

 頭を下げながら、俺は一つの事に気が付く。

 

 あれ、この偉そうな口調、意外といいな。

 普段の俺だったら、「アッ、アッ、ソノ、ゴ、ゴメ」みたいな感じになっていたと思う。

 何というか、素で話すのではなく演技している風なのがいいのだろう。

 なるほど。正体を隠すというのは、素がコミュ症の俺には逆に合っているのかもしれない。

 それに、艦娘って見た目が若い子が多いから、年下とは普通に話せる俺的にはあまり緊張しなくて済むのかもしれん。

 

 顔を上げると、女性二人は慌てて敬礼する。

 俺もした方がいいのだろうか。よくわからなかったので何もしなかったが。

 

 っていうか二人とも何そのスカート。

 丈が短いだけじゃなくて、なんで思いっきり横から肌見えてんの? 一歩間違ったらパンツ見えない?

 見るなって方が無理じゃない?

 でも見たら女性側からすればわかるんでしょ? んでキモいって言うんでしょ?

 どうすればいいのだ。少しでも気を抜くと、スカートのスリットに視線がロックされてしまう。

 とりあえず妹のアドバイス通りに、相手の目を凝視する事にした。

 まずは眼鏡っ子の方からだ。

 

「おっ、お待ちしておりました! 私、軽巡洋艦、大淀と申します!」

「こ、工作艦、明石です。どうぞよろしくお願い致します」

 

 大淀に明石。

 どちらも聞いた事のある名前だ。

 大淀はオータムクラウド先生の同人誌で脇役としてよく出てくる。大抵黒幕だ。

 真面目そうに見えるが、実は相当腹黒いのか……。頭も切れそうだし、この娘には気をつけねば。

 アッ、目を逸らされた。凹む。

 

 気を取り直して、今度は明石に目を向ける。

 こちらはオータムクラウド先生の『口搾艦、明石! 参ります!』の主役を張っているのでよく知っている。

 もう二年以上の付き合いだ。三日前くらいにもお世話になった。

 アッ、こっちも目を逸らされた。凹む。

 

 落ち込んでいる場合ではない。

 上官らしい事を何か言った方がいいだろう。

 

「大淀に明石か。お前たちの事はよく知っている。特に明石には、よく世話になっている」

 

 アッ、しまった。

 上官らしい内容ではなく、上官らしい口調で普通に考えてた事を口にしてしまった。

 当然だが、明石はそんな覚えは無いという表情で俺を見上げている。俺もそんな覚えは無い。

 お世話になっているのは俺の股間の九一式徹甲弾です、いつも改修ありがとう。

 言えるわけがない。セクハラではないか。このままでは着任初日にして軍法会議待った無しである。

 何か適当な理由を考えねば。

 

「……うむ。工作艦明石の装備改修能力は唯一無二のものであると聞いている。今までお前が改修した装備のおかげで、多くの艦娘が救われた事だろう。

 つまりそれは我々全員の助けとなっているのだ。私のみならず、この国の提督全員はお前の世話になっていると言っても過言ではないだろう。

 だから、いつか顔を合わせる機会があれば直接礼を言いたいと思っていたのだ」

 

 おぉ、我ながらそれっぽい事が言えたのではないだろうか。

 まぁオータムクラウド先生の『口搾艦、明石! 参ります!』の後書きに書いてあった明石評そのままなのだが。

 読んでおいてよかった。流石は俺が世界で唯一尊敬しているオータムクラウド先生だ。

 

「明石、いつもありがとう。頼りきりで申し訳ないが、これからもよろしく頼む」

 

 これは俺の本心だった。

 いや本当に、これからもお世話になると思います。

 

 うーむ、しかし見れば見るほど、オータムクラウド先生の同人誌と外見がそっくりだ。

 鎮守府は一般人立ち入り禁止ではあるが、艦娘の写真などの情報はある程度公表されており、同人作家はそれを資料として作品を描くらしい。

 しかし俺の前に立つ大淀と明石は、服装や表情、髪型、体型なんかも、細かい部分までオータムクラウド先生の作品にそっくりだ。

 まるで目の前で描き映したのかと思うほどである。

 流石はオータムクラウド先生、他の作家とは一線を画している。

 

 そんな事を考えていると――明石がいきなりへたり込み、大泣きし始めたのだった。

 

 エッ。

 ちょっ、ちょっと待って? 何で⁉

 ま、まさか無意識のうちに声に出してた⁉ そ、そんなわけは無い。

 何か失礼な事を言ってしまったのだろうか⁉ ど、どこだ。駄目だ、思い当たる節が無い。

 

 いかん。このままでは信頼関係を築くどころでは無い。

 くそっ、俺に女性経験が皆無である事を明らかにするのは恥ずかしいが、ここは恥を忍んで、大淀に何とかこの場を収めてもらおう。

 

 狼狽を隠せない。限界だ。

 非常に情けない事だが、俺は大淀に助けを求めた。

 

「す、すまない大淀。恥ずかしながら私が女性の扱いに慣れていないせいで、何か失言をしてしまったようだ。本当にすまない」

 

 大淀も泣きだした。

 もう俺も泣いていいかな?

 




どうでもいい裏設定
※提督はコミュ症ですが、身だしなみを整えて黙っていれば普通にイケメンです。
※自分から積極的に話しかけにいけず、過去のトラウマもありモテた経験は皆無です。
※提督には瑞鶴と曙と満潮と霞によく似た妹がいます。
※提督は褒めると調子に乗りやすいタイプなので、妹たちは提督の事を褒めてくれません。

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