ラストダンスは終わらない   作:紳士イ級

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072.『戦況・A島』【艦娘視点③】

 那智たちの艦隊が姫級駆逐艦と接触する少し前のこと――。

 

「さっきから難しい顔をしているわね、龍驤。何か考え事かしら」

 

 A島の浜辺で待機中の空母三人。加賀の問いに、龍驤は表情を崩さぬままに答える。

 

「ん……いや、うちらA島方面とC島方面の編成について、ちょっとな……」

「あぁ、艦種のバランスなんかはほぼ同じだよね」

「せやな。しかし、なんちゅーか……中身がな」

「中身?」

 

 首を傾げた瑞鶴に、龍驤は言葉を続ける。

 

「C島の方は妙高、羽黒、筑摩、赤城、翔鶴、春日丸、天龍、龍田、そして第六駆逐隊の四人やん? 天龍はアレやけど、結構おとなしめというか、しっかり者が多いと思わへん?」

「うん。それが?」

「こっちはなんか、こう……艦種はほぼ同じなのに、全体的に騒がしい感じがせぇへん?」

「……どういう意味?」

「重巡級で言えば、あっちは妙高と羽黒と筑摩。こっちは那智と足柄と利根。どや?」

「あぁ、なんかわかるような……」

 

 戦闘時も落ち着きのある妙高、芯はあるが控えめな羽黒に対して毅然とした態度の那智、テンション高く戦う足柄。

 筑摩に対しての利根については言うまでも無いだろう。

 

「天龍と神通は例外として、確かに龍田も落ち着きがあるタイプで、川内と那珂はアレだもんね」

「夜戦馬鹿とアイドル馬鹿やからな。今も那珂の声ここまで聴こえてくるし……まぁ最近は司令官が絡むと神通も怪しいんやけど」

「六駆の四人は結構しっかり者だけど、七駆もそうでしょ?」

「しっかり者ではあるんやけど、天然ボケの(おぼろ)と、キャラの癖が凄い(さざなみ)と、天然ボケの(うしお)やぞ。しかもあの個性が渋滞起こしとる漣が唯一のツッコミやねんぞ」

「そ、そこはよくわからないけど……」

「漣だけじゃツッコミが足らへん魔境やで七駆は……昔はバランスが取れとったんやけどなぁ、っと、それは置いておいて」

 

 何やら失言を誤魔化すように、龍驤は首を振る。

 龍驤の言う()にはまだ艦娘として鎮守府に存在していなかった瑞鶴はそれを特に気にする事もなく、龍驤を見下ろしながら言葉を続けた。

 

「そしてあの春日丸に対して龍驤さんか……これはまぁ納得かな」

「春日丸は見た目も中身もどちらかと言えば鳳翔に近いからなぁ……ちゅーかキミも人の事は言えへんで」

「同感ね」

「瑞鶴の話になると急に入ってくるなキミ……」

 

 いきなり話に入ってきた加賀に対し、瑞鶴がいつもの調子で突っかかる。

 

「ちょっと! お(しと)やかな翔鶴姉に対して私がガサツだって言いたいの⁉」

「よくわかっているじゃない。私が思っていたより意外と利口だったのね。評価を改めてあげるわ」

「な、何ー⁉」

「話が進まへんから、そろそろ持ちネタやめてもらってえぇかな?」

「持ちネタって何⁉ そもそも龍驤さんがこの話題振ってきたんでしょ⁉」

 

 行き場のない鬱憤を晴らすように地団駄を踏む瑞鶴に、加賀がそんな事をするからガサツなのだ、とでも言いたげな視線を向ける。

 翔鶴がそんな真似をするかしら、とでも言えば少しは大人しくなるだろうか。

 そう考えはしたものの口にはせず、私は違うというような冷静な口調で龍驤に向けて口を開いた。

 

「それで、結局何が言いたいのかしら」

「んー、まぁ、騒がしいタイプとおとなしいタイプに分けたってのは偶然かもしれんけど、何らかの意図はありそうやなと」

「どう考えても私は騒がしくないわ。自他ともに認めると言ってもいい程に。私も例外でしょう」

「確かに普段はクールで沈着冷静やけど、キミらがコンビ組むと十分騒がしいねん。C島の赤城と翔鶴のコンビでも同じ事になってると思うか?」

 

 龍驤の問いに加賀と瑞鶴はしばし考え、そして口を開く。

 

「赤城さんなら五航戦と組もうともシリアスな展開以外有り得ないわね」

「ふん、翔鶴姉もきっとシリアスな展開を繰り広げているに決まってるよ」

「まぁええんやけど、キミらの相方への信頼厚すぎない?」

 

 加賀と瑞鶴は頷きながら、赤城と翔鶴二人の雄姿を想像する。

 加賀は自慢の相棒、瑞鶴は自慢の姉に想いを馳せて悦に浸っていたが、はっと気がついたように加賀が龍驤にジト目を向けた。

 

「話が逸れたわ。私がこちらにいる理由には納得しかねるけれど。要するに、提督の編成に不満があるという事かしら。大概にしてほしいものね」

「いやぁ、ウチは別に。どちらかと言えば赤城と組みたかったのはキミの方やろ。『五航戦の子なんかと一緒にしないで』って出撃前から顔に書いてあるで。帰投したら司令官に言うといたろ」

「……て、適当な事を言わないで頂戴。提督の編成に不満はないわ。そもそも、不満が出る要素が無いもの。そうよね五航戦。私達、ナカヨシ」

「カタコトやないか!」

 

 と加賀にツッコんだところで、龍驤は何か閃いたようでぽんと大袈裟に掌を打った。

 

「せや、それや! 別に一航戦と五航戦はそのままでえぇやん。川内三姉妹と天龍龍田は一緒やし。何でわざわざ同じ正規空母やのに赤城と加賀、翔鶴と瑞鶴を分けたんやろ」

「あー、それは……」

 

 何かを言いかけて口を(つぐ)んだ瑞鶴だったが、やはり都合よくそれを聞き逃してはくれなかった。

 加賀と龍驤に視線を向けられても、瑞鶴は素知らぬ顔で視線を逸らす。

 

「なんや、心当たりがあるんか? 気になるやん」

「な、何でもないってば。そんなに大したことでもないし」

「えぇやないか、万が一でも司令官の意図に繋がるとするならウチらの成長にも繋がるし、減るもんでもないやろ」

「うぅ……」

 

 瑞鶴はちらりと加賀に目を向けると、腕組みをしながらうーんと唸り声を漏らす。

 

「言いたくないなぁ……」

「何か含みのある言い方ね。いいから早く言ってごらんなさい」

「くっ……怒んないでよ? まぁ、その、昼間の事なんだけど。提督さんのところに、翔鶴姉が涙ながらに直訴しに行ったんだよね。スカートの下にジャージを履きたいって」

「なんでそんな馬鹿な真似をしたのかしら」

「いや加賀さんのせいでね? それで、結論から言うとそれは却下されたんだけど、その理由が翔鶴姉の成長のためだったんだよね」

 

 隙の多さが短所だと言うならば、その方法は何の解決にもならない。

 ジャージを履けば確かに下着は見えなくなるが、それでは隙の多さという根本的な問題は解決しない。

 意識と所作が重要なのであれば、それを克服する事は翔鶴自身の成長に繋がる。

 問題を解決するにしても、楽で安易な方法に頼って欲しくはない――。

 提督が語った事を瑞鶴から聞かされ、龍驤は苦笑いしながらも頷いた。

 

「アハハ……理由が情けないけど、司令官の言っとる事は疑いようが無いな。要するに、臭い物に蓋するだけじゃ何も解決せぇへん、原因を取り除けっちゅー事やね。ズボンやと見えへん事に安心して、結果としてますます隙が増える可能性もあるし。それにしてもアホくさい話を熱く語らされて、司令官も大変やな」

「うん。それで、翔鶴姉の隙の多さ、それを克服するって点で、特に赤城さんを引き合いに出してたんだよね。赤城さんの隙の無さを見て学べって感じで」

「流石は赤城さんね。まさに一航戦の誇り。百万石に値するわ」

「赤城の話になると急に早口になるなキミ……」

 

 龍驤と共に辟易した表情を浮かべつつ、瑞鶴は言葉を続ける。

 

「提督さんは、空母の中で一番翔鶴姉に期待しているんだって。あの赤城さんよりも」

「な、なんやて? 加賀よりも、赤城よりも⁉」

「うん」

「ウチよりも⁉」

「う、うん、多分……翔鶴姉の弱点は僅かな隙の多さ。それを克服した時、赤城さんにも匹敵できると信じているって。まぁ、おだてただけかもしれないけど……」

「……なるほど。確かに赤城さんに匹敵するというのは言い過ぎだけど、提督の意見には(おおむ)ね同意するわ」

「えっ⁉」

 

 加賀の一言に、瑞鶴と龍驤は同時に目を丸くした。

 それを聞き、加賀は不愉快そうに眉間に皺を寄せる。

 

「何かしら」

「い、いや……加賀さんの事だから、あの赤城さんを翔鶴姉が超えるみたいな事言われたら怒るんじゃないかと……だから加賀さんの前で言いたくなかったんだけど」

「私を何だと思っているのかしら。一応言っておくけれど、私は戦場での翔鶴の実力は認めているわ。二日前の出撃で犯した私の失態……それをフォローしてくれたのも赤城さんと翔鶴だもの」

「へぇ~、なんやキミ……知らん内に丸くなったなぁ!」

「痛い。やめなさい。頭にきました」

 

 機嫌良くバシバシと加賀の臀部を叩く龍驤に、加賀が不快そうな目を向ける。

 意外そうな目で見てくる瑞鶴に釘を刺すように、加賀はいつもの調子で口を開いた。

 

「まぁ、姉はともかく妹の方はまだまだなのだけれど。もっと精進なさい」

「むっ……ふ、ふんっ! 言っとくけど、私だってまだまだ伸びる余地があるって言われたからね! 全ては私の頑張り次第だけど、長所を伸ばしていけばきっといつかは加賀さんをも超えられるって」

「うん? なんや、キミも司令官に性能見てもらったんか?」

「あっ」

 

 むきになってうっかり口を滑らせてしまった瑞鶴が、失言に気付いて顔を赤らめる。

 瞬間、加賀の目がキラリと光った。

 狼狽(うろた)えたその一瞬の隙は、歴戦の強者の前ではあまりにも命取り。鎧袖一触。

 加賀は僅かに顎を上げて瑞鶴を見下す体勢を取り、言葉を続けた。

 

「まったく……大勢の前であれほど提督に恥をかかせておいて、いつの間にか自分の体はちゃっかり見てもらうなんてね」

「ちゃ、ちゃんと謝ったし! それに、体じゃなくて性能! 性能計るためなんだから仕方ないって話だったでしょ⁉」

「改二実装艦だけが執務室に呼ばれた時も不愉快そうな顔をしていたし、千歳たちの時にあれだけ激昂していたのはやっぱり……あら、あらあら」

「ちょ、ちょっと加賀さん! 違うからね⁉ 妙な事考えないでよね⁉」

「お可愛いこと」

「違うーッ! ちーがーうーッ‼」

「そろそろ持ちネタやめてもらってえぇかな?」

 

 加賀の両肩を掴んでガクガクと揺さぶる瑞鶴にもはや見向きもしないまま、龍驤がうんざりした顔で吐き捨てるように言った。

 情報共有のために繋いでいる無線に耳を澄ませば、いつの間にか那智たちの戦闘も危なげなく終了しているようで、何やら雑談している様子であった。

 

『お主……意外と食い意地が張っておるんじゃのう』

『ち、違いますよ⁉ ただ、その戦闘糧食には提督の御力が込められているとの事でしたから、その、食べたら更に強くなれるのではないかという事に興味があるだけです!』

 

 その話題に加賀がぴくりと反応したので、瑞鶴が怪訝そうに口を開く。

 

「皐月が言ってた提督パワーってやつ? 本当にあるのかなぁ。単に提督さんへの信頼がきっかけになったのとは違うのかな」

「うーん、執務室に呼ばれたウチらは実際に目撃しとるからなぁ……文月は明らかに司令官の任意のタイミングで改二実装されたし、抱き着いた皐月は意図してなかったみたいやし」

「実際に今夜のうちに、少なくとも駆逐艦六人は提督の戦闘糧食を食べた直後に改二実装されたらしいわ。食べた本人たちがそう言っているのだから、疑いの余地は無いでしょうね」

「特に時雨たちの改二実装は今夜の作戦の肝、起死回生の一手やからな。司令官自身がいくら否定しても状況証拠が揃いすぎとる。司令官は妙なところで誤魔化すのが下手というか、雑というか……」

 

 提督パワーなる未知の力の存在に懐疑的な様子の瑞鶴とは対照的に、加賀と龍驤は完全に信じ切った様子であった。

 二人だけではなく、神通たちが提督パワーの存在ありきで話しているのもまた然り。

 百聞は一見に()かず。

 いきなり呼びつけられた文月、その頭にそっと乗せられた提督の手。

 静かに瞼を閉じ、精神を統一するように深く息を吐き、やがて淡い光に包まれる文月の身体――。

 その幻想的な光景を目にしてしまったか否かによる信用度の違いは大きいのだろう。

 もはや議論するのも野暮だと思ったのか、瑞鶴はそれ以上追及する事もなく言葉を返す。

 

「そんなものがあるとするなら、提督さんが握った戦闘糧食はまさに棚からぼたもち、喉から手が出るほど欲しいってわけね。それであんなに揉めていると……まったく、いい大人が何やってんだか」

 

 神通たちの声を聴きながら瑞鶴が呆れたように言ったところで、利根のあっけらかんとした声が届く。

 

『よし、吾輩に名案があるぞ! 後腐れなく敵艦を沈めた数で決めるというのはどうじゃ』

「それは不公平ね」

「欲しいの⁉」

 

 いきなり無線で会話に参加した加賀に、瑞鶴も思わずツッコミと共に首を向けてしまう。

 それに構わず、加賀は淡々と利根たちに向けて言葉を続ける。

 

「夜が明けるまで動けない空母が不利すぎます。頭にきました、と龍驤が言っているわ」

「いや言うてへんわ! それキミの口癖やないか!」

『う、うむ。強くなりたいのはお主らも同じじゃろうからな』

「ここは譲れません、と五航戦が言っているわ」

「いや言ってないよ⁉ それ加賀さんの口癖でしょ⁉」

『貴様ら、くだらない話は終わりだと言っただろう……! 龍驤らも気を抜くなッ! 来るぞ!』

 

 どうやら再び敵艦隊との戦闘が開始されたようで、答えが出ないままに会話は一時中断される。

 闇夜に響き渡る砲撃音。

 無線の内容から察するに、敵艦隊の中に姫級が混ざっているらしい。

 緊迫する空気――その沈黙の中で瑞鶴・龍驤からの冷ややかな視線にいい加減耐え兼ねたのか、加賀は不愉快そうに口を開いた。

 

「私の顔に、何かついていて?」

「やかましいわ、何してくれてんねん」

「本気で強くなりたいと願っているのなら、その手段を求めて当然でしょう」

「いやウチらの名を(かた)った事を言うとるんやけど」

 

 冷めた龍驤の言葉に、加賀はしばしの沈黙の後に言葉を紡ぐ。

 

「……貴女たちの意思を代弁してあげたつもりだったのだけど、どうやら私とした事が見誤っていたらしいわね。今の力量で満足しているなんて、貴女たちの意識の低さには呆れ果てるわ」

「ほんまコイツ……! 口の減らん奴やな! 瑞鶴も何か言うたれや!」

「んー……いや、加賀さんさぁ、提督さんの戦闘糧食が欲しいのって――」

 

『――ぐおぉぉおーーッ⁉』

『利根ーーっ⁉』

 

 瞬間、耳に飛び込んでくる爆音と叫び声。

 被弾⁉ 利根ほどの猛者が、ついに――。

 一瞬にして張り詰める空気。

 会話の内容から、幸いにも利根の損傷は軽微なものだったようで、胸を撫で下ろす。

 

『ところで利根さん、提督の戦闘糧食は大丈夫ですか?』

『えっ? ……あっ』

 

 しかし、続いて届いた声に加賀がぴくりと反応した。

 どうやら利根は無事だったものの、提督の戦闘糧食を入れていた手提げ袋は無事では済まなかったらしい。

 怒り狂う那智が利根の襟首を締め上げている姿を声から幻視しながら、龍驤が顔に手を当てて呆れたように口を開く。

 

「あっちゃ~……利根の奴、何してくれてんねん……まぁ、棚からぼた餅。元々なかったようなものやし仕方ないか。なぁ、加賀――」

 

 龍驤が何気なく加賀に顔を向けた瞬間であった。

 唐突に、何の脈絡も無く――加賀から放たれる強烈な閃光と爆風。

 

「ぐぉぉおおーーッ⁉」

 

 あまりにもその勢いが強すぎて、まるで数時間前に提督が改二実装艦の観察をした時のように、龍驤は砂浜をごろごろと転がった。

 敵襲⁉ 反射的に艤装を展開するが、すぐに思い直す。

 いや、敵の攻撃とは違う、ならばこれは。

 身に覚えがあるこの風は、この光は、まさか――⁉

 目が慣れるまでの間に、龍驤はひとつの仮説を立てる。

 自分の腕を引き、肩を貸して立ち上がらせる誰か――瑞鶴だ。

 

「龍驤さん、だ、大丈夫……?」

「ぺっぺっ、口に砂入った……目がちょっちまだアカンけど、キミは平気なん?」

「私は直視してなかったから……それより、ちょっと、早く見てほしい。私はまだ、自分の目を疑ってる……」

 

 瑞鶴のその言葉で、十中八九の予測は立てられた。

 しかしそれでも、ようやく視界を取り戻した龍驤の目に飛び込んできたものは想像を絶していた。

 百聞は一見に如かず――。

 

 それは闇のドレスを纏っていた。

 まるで漆黒のベールで覆われているかのようにすら感じられた。

 艦載機発艦用の和弓も木色から艶のある黒に。

 全体的に鈍色(にびいろ)となった飛行甲板がところどころ点灯しているのは――闇の中で機体を誘導するためだろう。

 矢筒だけではなく、軍刀をその腰に携えて。

 比喩では無く、目の色が変わり――異様な輝きを放っている。

 

 たった一目で理解できた。

 加賀のその姿が、夜間戦闘能力を有しているという事に――。

 それはまさに、報告にあった赤城と同じ姿、能力。

 

 加賀本人も確かめるように自らのあちこちに目を向け、そして普段と変わらぬ冷静な態度のままに状況を飲み込んだようだった。

 

「……いい装備ね。流石に気分が高揚します」

 

 まるで、それが当然であるかのように呟いた加賀に、龍驤は声を漏らす。

 

「改二……いや、でも何でこのタイミングで……」

「……言ったでしょう。貴女たちと違って本気で強くなりたいと願っていたからよ。提督も龍田に言っていたわよね。欲し、望まない限り、人は成長しないと……そういう事よ」

 

 表情は相変わらずの冷淡なものであったが、僅かにドヤ顔のようにも見える。

 そんな加賀に龍驤がぐぬぬと言葉に詰まっていると、そのやり取りを聞いていた瑞鶴が口を挟んだ。

 

「いや、提督さんのおにぎり食べたかったからでしょ?」

「⁉」

 

 加賀はぐりんと勢いよく瑞鶴に顔を向け、すたすたと早足で距離を詰め、圧をかけるように早口で反論する。

 

「……何を言うの、何を。それでは私がとんだ食いしん坊みたいじゃないの」

「いやぁ、でも加賀さん、なんか提督パワーっていうより、単純に提督さんが握ったおにぎり食べたがってた感じがしたから……時雨たちが改二になったって報告が入る前からさりげなく自分の戦闘糧食確認してたし、三角形だったから提督さんのじゃなかったし。多分提督さんのおにぎり台無しにされた怒りで目覚めたんじゃないかなって」

「私が欲し、望んでいたのは力ではなくおにぎりだとでも言いたいのかしら。訂正しなさい。私は意識の低い貴女たちと違って――」

 

 表情には出さないものの珍しく熱くなっている様子の加賀に、龍驤が怪訝な目を向けていると――。

 突如、上空から二機の艦載機が現れる。

 それはそのまま、誘導灯に従って加賀の飛行甲板に正確に着艦した。

 コックピットから妖精が現れ、加賀に向かって敬礼する。

 

「……何これ、加賀さんによく似た妖精だね。可愛い」

「やめなさい。……夜間攻撃機ね」

「初めてみる機体やな。日本の……いや、海外の、どっちや?」

 

 三人の視線はそれに集中し、そしてその名を理解する。

 

『TBM-3W』と『TBM-3S』。

 それらをまとめて『TBM-3W+3S』が装備の名称。

 二機で一対の装備らしい。

 哨戒・探知特化のW型と、攻撃・対潜特化のS型。

 赤城のもとに馳せ参じた『烈風改二戊型』と同様に、これもまた汎用性を高めたIF(イフ)装備――。

 

「対潜哨戒機……? 性能は凄いみたいだけど、なんで妖精が加賀さん似なのかな。可愛いけど」

「やめなさい。……今は夜間攻撃機である事の方が重要よ。これは……良い機体です。優秀ね」

「……司令官が、ここまで飛ばしたんか?」

 

 龍驤の問いに、パイロットの妖精は少しばかり考えるような素振りを見せた後に、こくりと頷いて機体ごと矢の姿となり、加賀の矢筒の中に納まった。

 見計らったようなタイミングで夜間攻撃機を向かわせたという事実。

 つまり――。

 ふ、と加賀が小さく微笑みながら口を開く。

 

「私に改二実装される事もお見通しだった……という事ね。もしかすると、私が改二に目覚めたのも、提督パワーとやらのおかげなのかもしれないわね」

「いや、加賀さんの場合はおにぎり食べたかったからでしょ?」

「⁉」

 

 加賀は僅かにこわばった表情で瑞鶴に目を向ける。

 

「……文月から始まり駆逐艦たち、羽黒に龍田、天龍、そしてあの赤城さんに至るまで提督のおかげだと言っているのよ。私がそうだったとしてもおかしな話では無いでしょう。そう……これが提督パワーなのよ」

「あのねぇ、そんな言い訳じゃ翔鶴姉でも誤魔化されないよ。提督パワーとか言うなら、少なくとも加賀さんは提督さんに指一本触れてないだろうし」

「そ、それは……そう、きっと大切なものは心で伝わるのよ」

「だからそんな雑な言い訳じゃ誰も誤魔化せないって。言ってて恥ずかしくないの?」

「なんですって……⁉」

「はいはい、そこまで! 加賀、キミがこのタイミングで夜間戦闘できるようになったのには意味があるはずやろ。司令官の意図を無碍(むげ)にするんか?」

 

 ヒートアップする二人の間に割り込み、龍驤は加賀を制止する。

 龍驤の言葉を聞き、未だ溜飲が下がらない様子ではあったものの、加賀は一歩下がって瑞鶴に背を向ける。

 付き合いが長いだけの事はあり、龍驤は加賀の扱いに慣れている様子であった。

 

「……それもそうね。ついに姫級が現れたこの局面、提督は私に戦えと言っているのでしょう」

「せやな。それに、戦闘糧食ダメにされて怒っても、別に恥ずかしい事じゃないやろ。食べ物粗末にされて怒らない日本艦はおらんで。鳳翔でもぶちキレるわ」

「そうね。この怒りは矢に載せて叩き込む事にするわ」

「せやせや! 食べ物粗末に扱う(しつけ)のなってない子には、夜戦できないウチの分もビシッとお仕置きしたれ!」

「えぇ。絶対に許さないわ……利根」

「そっちは許したれや! 悪気ないんやから!」

 

 加賀は海に向かい歩を進め、振り向かぬままに言葉を続ける。

 

「五航戦……今回ばかりは本当に頭にきました。貴女もそう簡単に許してもらえると思わない事ね」

「ふんっ、本当の事を言ったまでよ」

「提督の編成とはいえ、やはり無理があったようね。やはり貴女とは()りが合いません。戦場で足を引っ張られても困るし、今後は五航戦と一緒に編成しないよう意見具申する事にするわ」

「……っ! こ、こっちの台詞よ! 私も翔鶴姉と一緒の方が戦いやすいしね! ふんっ!」

 

 一歩一歩遠ざかる加賀の背中を見送りながら、龍驤は大きな溜め息と共に呆れ顔を瑞鶴に向けた。

 

「キミねぇ……自分じゃなくて加賀の方が先に改二実装したのが悔しいからって、子供やないんやから……」

「べ、別にそういうわけじゃないし。加賀さんがおにぎり食べたがってたのは多分本当だし」

「まぁそれは置いておいて。そもそも、今は舞鶴鎮守府にいる二航戦の蒼龍と飛龍にも結構前に改二が実装されてるし……赤城と加賀がキミら五航戦より先に目覚めたとしても何らおかしな事では無いやろ?」

「それは、そうだけど……」

 

 龍驤の諭すような言葉に、瑞鶴はぎゅっと拳を握りしめる。

 改二が実装されていない状態でも、五航戦と一航戦の間には大きな力量差があると自覚できていた。

 それが、先に改二実装されてしまった今、ますます差が広がってしまった。

 これでは加賀さんと並び立って戦うことなどできるはずが無い。

 性格面での相性以前に力量の面でつり合うはずが無い――。

 

 もしもこれも提督パワーとやらのおかげなら、提督さんの想定内の事だとするならば、一体何故。

 いや、提督さんのせいにしてはいけない。

 艦娘がこう考えてしまうからこそ、提督は提督パワーなど存在しないと言ったのだから。

 ならば加賀さんの言うとおり、意識が低い故か。鍛錬不足か。それとも才能か。

 

 黒い気持ちがぐるぐる回る。

 自己嫌悪と悔しさが混ざり合って、油断したら涙が零れてしまいそうだ。

 より一層拳を強く握りしめ、爪を掌に食い込ませた。

 

「……キミの考えやと、翔鶴の成長のために赤城と組ませた、って事やったな」

「え?」

「それを聞いて色々繋がったわ。欠けていたピースが埋まったっちゅーか……ここからはウチの推察なんやけどな」

 

 瑞鶴には目を向けず、戦場へ向かい歩む加賀の背に目を向けたまま、龍驤は小さく息をつく。

 

「翔鶴の成長のために赤城と組ませた。だからそのあおりでキミと加賀が組む事になった……そう思ってるんなら、それは違うで」

「翔鶴と同じように、キミの成長のために加賀と組ませた」

「そして、今回の戦いの中でキミら五航戦が成長するために……キミら五航戦のために、先に一航戦に改二が実装される必要があったんやないかな」

「……どういう事?」

 

 瑞鶴の問いに、龍驤は言葉を続ける。

 

「ウチら空母は、基本的に夜は戦えへん。夜間作戦航空要員がおれば別やけどな」

「そして今回は夕方の出撃。司令官が想定している交戦時間はおそらく夜戦中心、遅くても明日の朝までってとこや」

「つまり、大半はウチら空母の出番なし。これじゃ成長も何も無いわな」

「しかし、や。今回赤城と加賀に夜間戦闘能力が実装された。これがどういう意味かわかるか?」

「……あっ」

 

 声を漏らした瑞鶴に、龍驤も小さく口角を上げた。

 

「司令官は翔鶴に、赤城の所作を参考にしろって言うてたんやろ? そう、これで夜間でも一航戦の戦いぶりを見れるんや。参考にできる、刺激を受けられる。いわゆる『見稽古』ってやつやな」

「きっと翔鶴はもうこの意図に気付いとる。いや、気付いてなくてもあの性格やし、司令官直々にそう言われたんや、赤城の戦闘を見逃すまいとしとるやろな」

「私達のために、一航戦に先に改二実装……⁉ そんな、それじゃあ、まるで提督さんの意思で改二のタイミングまで……そんな事できるわけが……」

「文月に時雨達……タイミングよく飛んできた夜間攻撃機……今夜だけでもすでに前例はいくつもある。これがすべて偶然なんて思えへんやろ」

「ホンマに……底の見えへん御人やで」

 

 ぶるり、と小さく身震いしながら、思わず引きつった笑みを浮かべた龍驤の頬に冷や汗が伝う。

 信じられない。有り得ない。

 だが、全てが偶然などと言う方が更に有り得ない。

 先の先の先まで読み切る人知を超えた戦術眼に加えて、今までの理屈と常識では語り得ない未知の力。

 全ては司令官の想定内――艦娘の改二実装すらも、その神がかり的な力をもってすれば。

 龍驤は血の滲むような鍛錬で改二実装されたからこそ、並大抵の努力ではその領域に到達できない事を痛感していた。

 そんな領域に、提督パワーさえあればいとも容易く到達できるというならば。

 司令官がその存在を否定したがるのも理解できる。

 

 昼に艦娘たちで司令官を象徴するシンボルがさくらんぼだというような考察をしたが――

 

 提督パワーなるものは、まるで禁断の果実のようではないか。

 

 実際のところ、戦闘糧食を巡って争う神通たちの事を馬鹿にできる者などいない。

 戦場に身を置いているのならば、更なる強さを求めるのは誰もが同じであるからだ。

 敵も味方も関係無く――。

 

 もしもそんなものがあると知れ渡れば。

 もしもそれが()()()()()()であるならば。

 

 もしも他の鎮守府に知れ渡れば。

 強さを求めているものの自分の限界の壁にぶつかっている歴戦の強者も多い。

 もしも海外艦に知れ渡れば。

 艦娘からすれば関係無いことなのだが、海外艦の運用には政治的なあれこれが絡んでいるらしく、下手をすれば国際問題にさえ発展しかねない。

 もしも深海棲艦に知られたら。

 きっと真っ先に狙われて、いや、それどころか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 

「……アカン。これはちょっちアカンで……」

「え?」

「いやゴメン、考えすぎやな……それより、その涙で滲んだ目じゃ加賀の姿もよく見えへんで。強くなりたいんやろ? なら下手な意地張ってる暇なんて無いはずやん?」

 

 何かを誤魔化すような龍驤の言葉に、瑞鶴は腕でぐしぐしと両目を拭う。

 加賀さんが改二に目覚めたのは提督さんのおにぎりを食べたかったからだというのは確信しているが、提督さんの事を信じていないわけでもない。

 いや、提督さんの事は信じられなくて当然、というべきかもしれない。

 きっとこれから、私は数えきれないほど「信じられない」と口にする事だろう――。

 

 そんな事よりも、龍驤さんの言う通りだ。

 不要な意地を張っている場合ではない。

 私は提督パワーなんて信じない。

 そんなものを信じてしまったら、私が今から学ぶことも何もかも無駄になってしまうからだ。

 提督さんの匙加減ひとつで得られたものではないかと疑ってしまうからだ。

 それは心の怠惰を招く。

 提督さんが最も恐れている事はそれだろう。

 

 龍驤さんの推察が事実ならば。

 提督パワーとやらが本当にあったとしても、きっと私と翔鶴姉には与えられていない。

 赤城さんと加賀さんの戦う姿を見て、学んで、自力で改二に至れると信じているからだ。

 そうでなければ、こんな回りくどい事はしない。

 

 私はまだ自分自身を信じられていないけれど――。

 

『ふぅん、私達空母は中破したら艦載機の発着艦が出来なくなるから、確かに装甲は重要だけど……加賀さん並に搭載数増えたりしないかな』

『流石に加賀並は難しいかもな……しかし、瑞鶴にはまだまだ伸びる余地があると思うぞ。だが、全てはお前の頑張り次第だ』

 

『まぁ、空母は搭載数が全てじゃないしね。装甲が伸びるって事は継戦能力も上がるって事だし……総合的に加賀さんに勝てるかも?』

『勝ち負けでは無いと思うが……長所を伸ばしていけば、きっといつかは加賀をも超えられるさ。だが、全てはお前の頑張り次第だ』

 

『なんか、全ては私の頑張り次第ってところが気になるんだけど……』

『何の努力もせずに掴み取れる未来があると思うか?』

 

 そう言われてしまったのだから。

 すでに教えられていたのだから。

 信じられてしまったのだから。

 

 だから私は提督パワーなんて信じない。

 全ては私の頑張り次第なのだから――!

 

 涙を拭い鮮明になった視界。瑞鶴の視線はただ一点に集中される。

 波打ち際まで到達した加賀は矢筒から二本の矢を抜き取った。

 先ほど手にしたばかりの『TBM-3W』と『TBM-3S』。

 駆動する脚部艤装。海面を滑走しながら、二本の矢を弓に(つが)える。

 ただそれだけで理解できるほどの性能。

 自分自身の新たな姿。

 弓に(つが)えた新たな装備。

 月明かりだけを頼りに遠目に見ているのに、その姿はどこか高揚しているような雰囲気を醸し出しているように見えた。

 

「一航戦・『加賀改二戊』……出撃します」

 

 一切の無駄のない一挙手一投足。

 瑞鶴自身と同じ和弓形式の発艦。

 正射必中という言葉を具現化したのかとさえ思う揺るぎない姿勢。

 もはや戦闘に必要な情報しか見えていない。

 もはや戦闘に必要な情報しか聞こえていない。

 凛――と。

 限界まで研ぎ澄まされた集中力。

 例えるならば、あまりの静寂に恐ろしささえ感じるほどの(なぎ)

 だがその中に確かに感じる情熱、衝動、感情、蒼い炎。

 今まで戦闘中に、これほどまでにまじまじと見て学んだ事は――見学した事は無い。

 改めて感じる、歴然とした力と技量と経験の差。

 美しさなど微塵も意識していないはずの所作が、何よりも美しく。

 一刻一秒たりとも見逃せない――。

 瑞鶴は思わずごくりと唾を飲んだ。

 

「どや? えぇ手本になるやろ。ウチじゃ発艦形式が違うからそういう点では参考にならへんからな」

「うん、悔しいけど……」

「……後でちゃんと謝るんやで。なんか知らんけど加賀のやつ珍しく本気で怒っとったんやから」

「う、うん」

 

 瑞鶴の気まずそうな表情を見て、龍驤はぱんと両手を叩いた。

 

「さ! ウチらも時間を無駄にでけへんで! 今のうちに食事といこうやないか」

「え? このタイミングで?」

「利根のあのザマを見たやろ。ここは戦場。今食べようって時に食べられへんかも……きっと赤城のやつはそう考えてすでに完食しとるやろな」

「それはただの食いしん坊なんじゃ……まぁいいや、確かにそろそろいい時間だしね」

 

 別に否定する理由もない。

 それに、観戦しながら食べるにもおにぎりは都合がいい。

 瑞鶴は何の気なしに包みを開けて思わず声を漏らした。

 

「あ、俵型……これ提督さんのだ」

「おっ、大当たりやな! いやぁ、さすが幸運の女神がついてるって自称するだけの事はあるなぁ」

「べ、別にこれに関しては幸運とか思ってないし? 普通に食べるだけだし?」

 

 そう言いつつも、その声はどこか弾んでいるように龍驤には聞こえていた。

 龍驤の包みを開ければ綺麗な三角形。間宮か伊良湖か鳳翔か、流石に判別はつけられない。

 戦闘糧食を頬張ろうとした瑞鶴の耳に、不意に届いた無線――。

 

『ナカヨシ』

「欲しいの⁉」

「いや何でこっちの会話聞こえてんねん! 戦いに集中しろや!」




大変お待たせ致しました。
ホノルルの水着グラの超火力に衝撃を受けたりしていますが私はなんとか元気です。

早く展開を進めなければいけないのに、第5章は各艦娘ごとに書かなければならないシーンが多すぎてなかなか先に進めません。
なるべく戦闘シーンはカットするなど工夫したいと思います。

次回も艦娘視点になります。
遅筆に加えてストーリーも牛歩で進んでいますが、次回も気長にお待ち頂けますと幸いです。

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