「ふむぅ、儂が五話目か。また中途半端な順番に当たったもんじゃの。
とりあえず名乗っておくか。二ッ岩マミゾウ。元々は外にいた狸じゃから、何か役立てる事があるかも知れぬぞ。勿論見返りはいただくがな。
逆に、幻想郷に来てからは日が浅いが……ネタが無いわけじゃない。例えばこんな話はどうじゃ?
……少し前に幻想入りした、ある少年の話じゃ。
……ある日、一人の少年が迷い込んだ。そいつは、年は十くらいじゃったかの。なんでも両親を心中で亡くしただかで、ポツンと人里に現れ、途方に暮れていたらしい。
この辺りは先生の方が詳しいか? それとももう忘れてしまったかの。ああ、いやすまん。気に障ったなら謝る。
お前さんが分け隔てなく愛情を注いでいたのは知っとる。後に深く悲しんだ事もな。
それをどうこう言うつもりは無い。ただ……顛末を知らないじゃろう? ヤツがどうなったか……。
焦らずとも今から話してやるさ。何も儂はふざけて話すんじゃない。皆に聞いてもらいたいと思っているからこそじゃよ。まあ、この場を借りるのはいささか抵抗があるが……。
怖い話でもある。少なくともいい話ではないな。多少は覚悟しておいてくれ。
―
……で、その外来人の少年じゃがな。
本当なら外の世界に返してやるべきかも知れん。ただ両親は既に他界、年は二桁やっと、おまけに里の面々に助けられたせいか、帰りたくないと言い出した。
外の世界で過ごしていた彼を受け入れるべきか多少は揉めたが、結局里の夫婦に引き取られる事になった。
幸いその夫婦も実の子のように可愛がり、子供の方もたまに起こしていたホームシックが治まっていった。しばらくしたら寺子屋にも馴染んでいったよ。
最初は出来すぎな風に思えたさ。しかしたまに見かけていると、成る程優しい奴でなぁ。お年寄りの荷物を持ってやったり、年下に勉強を教えてやり、果ては友達の万引きを庇って一緒に叱られたり、角が立たないのも納得な、お人好しともいえる少年じゃった。
儂も人間の振りをしながら話しかけた事がある。『純粋な心を持つ人間は妖怪によくつけ込まれる』と冗談めかしてな。
けど、奴は動じなかった。それどころかニッコリ笑ってこう言ったんじゃ。
『純粋なんて言い過ぎですよ。ただ、天国のお母さんとお父さんが見てくれているだけです』
嘘には聞こえなかった。何より当時は初対面だった筈の儂に向けていた笑顔が、愛想笑いでなく本物のそれだったんじゃ。何とも感心したものさ。
あれは恐らく、その歳まで珍しいくらい純粋無垢に育ったんじゃろう。普段の表情や行動のお陰で、子供の内での悪い噂なぞも聞かなかった。
ただ、その性格は良い事ばかりでも無かった。優しさに優しさで返す者ばかりではないという訳さ。程なくして寺子屋で、彼はいじめられるようになった。
通りすがりに小突くのから始まって、教科書を隠されたり、大勢の前で着物を脱がされたり……。段々とエスカレートしていく。
儂だって黙って見ていた訳じゃない。いつだっていじめは陰ながら陰湿に行われるものだ。だから先生だって気づけなかった。本人も義理の両親や周りに迷惑をかけまいと、必死で耐えようとした。
……結局、それが発覚したのは何ヵ月も経ってからじゃった。最初に気づいたのは多々良 小傘(たたら こがさ)という、忘れ傘の付喪神。
一応妖怪なんじゃが、これがまた人懐っこい奴でな、少年が来る前から人里では見慣れた顔じゃった。少年はいじめのお陰か少々人見知りになっていて、ちょうど小傘が心配して声をかけたのじゃ。
流石に少年も限界に来ていたのか、それとなく尋ねられると呆気なく泣き出した。同情した小傘は話を聞いてやろうと、少年をある場所に連れていったんじゃ。
それが命蓮寺。寺といっても少々変わっていて、聖 白蓮(ひじり びゃくれん)なる尼が『妖怪、人間が共に暮らせるように』と掲げた場所じゃ。争いを好まない妖怪には人気があってな、小傘は寺の墓地に住み着いているし、儂も世話になっている。
そのモットーが少年に役立つかは分からんが、小傘にとって聖はとにかく頼りになる人物だったんじゃろう。
聖は少年を笑顔で迎え、経緯を少しずつ、少しずつ聞き出していった。聖の笑顔は正に仏のようで、穏やかな話し振りで心を解きほぐす様には脇で見ていた儂も唸らされた程じゃ。
溜め込んでいた思いを吐き出して、少年も少しは落ち着いたか目を腫らし鼻を啜りながらも表情を和らげていく。隣で見ていた小傘も、目を合わせると安心させるように微笑んだ。
聖はそれを好機とみたか、一つ頷き語りかける。
『今まで、周囲の皆が人でなしかのように見える事もあったでしょう。
けどそこで人を恨んでは負けです。先生や身近な人を頼って御覧なさい。それで駄目なら私達を。
きっと同じ人間なのだと、呆気なく思う日が来る筈です』
綺麗事、と言えばそうかもしれん。聖は元々そういう性格だった。当事者の性格次第じゃ『簡単に言うな』と怒り出したかも知れぬ。
だが、少年は多少悩みはしたものの、決意した表情で帰っていった。やはり本心は周囲と仲良くしたかったんじゃろう。
……しかし、寺子屋で大人に相談をしたらしい後、彼は浮かない顔でまた寺を訪れた。
大体の予想はつくじゃろう。嫌がらせなんてのはパッタリと止んだりせん。しつこくグスグスと後を引くものだ。そもそもが条件や理屈の通ったものじゃ無いのだからな。
それを割り切れたらまだ良かったが、彼はまだ子供で、それまでのお上品な良識を裏切られた状態じゃ。自分をオモチャにする連中を撥ねつける力は到底無かった。
それどころか、消えない鬱憤は更に悪い方向に流れ出したのじゃ。
庭掃除をする山彦の挨拶に応じず、小傘の心配にもおざなりに一言二言返すだけ。聖が聞けば最近は里の何処でも逆恨みから金銭を要求されたり、暴行を受けたりしたらしい。
しかもその姿で目をつけられたのか寺子屋の外の妖怪までチョッカイをかけだしたという。本気では無いだろうが『生きているのが嫌になった』とまで言い出す始末じゃ。
ここで上手く吹き込めば妖怪側に引き込めたかもしれんが、流石の聖もそうはしなかった。ただ今の状態で人間を信じろとだけ言っても中々聞き入れないじゃろう。
そこで聖は苦肉の策で、身内の妖怪の話を持ち出した。
『この寺のご本尊の代理を知っていますか?』
『……はい、星さんですよね?』
『彼女、昔は虎だったのです。性格は大人しかったですが、初めはひょんな事で人を殺してもおかしくない状態でした』
『本当ですか!?』
こんな風に驚いた所で、聖は真剣な顔で言った。
『仲良くなる、といえば仲良しこよしな関係を想像するかもしれませんが、しかし、虎と人となると警戒しない訳にはいきませんでした。
獣と人の間にある壁を何度も思い知らされました。今こうしていられるのは、神格を得て理性を備えてくれたからなんです』
儂には少し意外だった。彼女が内心はともかく遠回しにでも童に『人外との壁』の事を話すとは。しかし聖は儂の驚きや小傘と少年の戸惑いにも構わず話し続ける。
船をいくつも沈めていた水蜜の話。人と妖怪の身で紆余曲折あって打ち解けた一輪と雲山の話。
実体験を通じて、付き合いや友情、愛情には色んな形があって、それぞれ適した距離がある、嫌いなら嫌いで、合わないなら合わないで良いんだと、追い詰められた少年の重荷を解こうとした。
当時の歳でどの程度理解できたかは分からなかったが……ともあれそれ以来、彼は再び周囲への態度を変えていく。
ただな……いよいよ問題なのはここからだ。
覚えとるか? いじめられる姿を見た妖怪がチョッカイをかけだしたと。
そいつがよりにもよって、あのおたずね者の鬼人 正邪(きじん せいじゃ)だったんじゃ。嘘と嫌がらせと反逆を是とするあの小物妖怪、天邪鬼よ。
これからの話はその天邪鬼と、寺に連れていった小傘の二人が重要になってくる。その中身は無論これから話そうと思っとるが……。
その前に一つ質問じゃ。先生、少年はずばり、小傘と天邪鬼のどちらと関わりを増やしていったと思う?」
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