マダム・ポンフリーは入院中は恐ろしく厳しいものの、怪我人や病人に詳しいことは聞かない。
ハーマイオニーの毛だらけの顔を誰にも見られないよう、床まで届くカーテンを付けてくれた。
ハーマイオニーの入院期間は思っていたより長かった。毛だらけの顔は漸く治ったが、未だ頭から猫の耳はぴょこんと出ているし、咳やくしゃみをすると猫の鳴き声が出る。尻尾も生えたままで、これはとても寝づらくてストレスだった。
とはいえ深刻な病気ではなかったので、マダム・ポンフリーはお見舞いには寛容だった。
ハリーとロンは毎日ハーマイオニーを訪ねた。「尻尾が生えてる時くらい勉強休んだら?」とはロンの台詞であるが、ハーマイオニーは他にすることもなかったので勉強をして過ごした。
だからその日も、マダム・ポンフリーが「お見舞いですよ」と言ったとき、てっきりハリーとロンだと思い込んだままカーテンを引いた。
そして、きゃっと悲鳴を上げた。
目の前に居たのは、レギュラス・ブラックだった。
「そんなに驚くことですか」
レギュラスは少し呆れたように言った。
「個人的にあなたの頭から耳が生えてることの方が、余程驚きですが。 一体何をしたらそうなるんです?」
ハーマイオニーは顔が熱くなるのを感じた。
とはいえ、ポリジュース薬を作って飲んだことが知られたら、退学問題なので口を噤んだ。
有難いことにレギュラスはそれ以上探ってはこなかった。
「あの、ブラック先生はどうしてここに?」
ハーマイオニーが恐る恐るそう聞くと、レギュラスは紺のローブからレポート用紙を取り出して渡した。
「レポートの採点が終わりましたので。 これは貴方にだけ出している特別課題ですから、直接届けた方がいいかと」
膨れ薬についての改良方法の意見をまとめたレポートには、びっしりと添削が書き込まれている。
「そのために、わざわざ保健室まで? ありがとうございます」
「…今も勉強していたのですか。頑張っているようですね。 プリンスに魔法薬を勝ちたいのですか?」
ベッド脇の小机に置かれた本と羊皮紙を見て、レギュラスが言った。
「ええ! 次こそ、勝ってみせます」
ハーマイオニーはちょっとはにかんで笑った。
レギュラスは思案するように、華奢な右手を顎に当てた。
「しかし、貴方がこれ以上のことを望むならセブルスを頼るべきでは? 言うまでもないことですが、彼の魔法薬の技術は私とは比べようもありません」
「いえ! 私はブラック先生に教わりたいんです! …ほら、その、スネイプ先生はお忙しいですし、ブラック先生にならいつでも質問に行けますから」
どこか言い訳がましく、慌ててハーマイオニーは言った。彼女のお尻から生えた猫の尻尾は、天を突くようにピンと立っている。
「そうですか。 確かにそれも一理ありますね。…では私はこれで」
レギュラスはくるりと踵を返し、保健室を出ていった。
ハーマイオニーは改めてレポートに目を通した。すると、最終ページにチョコレートがピンで1つ留められていた。流行に疎いハーマイオニーでも知っている、高級チョコレートだ。
レポートの羊皮紙からは、チョコレートのいい匂いと共に、彼のつけている香水のムスクの香りもした。
ハリーとロンがその日もハーマイオニーへのお見舞いついでにその日の課題を渡しに行った帰り、またしても3階の女子トイレは水が溢れていた。
ハリーはもろに水溜りに足を突っ込んでしまって、顔を顰めた。びっちょりだ。
「またマートル、癇癪起こしたのかな?」
「慰めてやれよ。 君、そういうの得意だろう」
「…勘弁してくれ。 さすがに守備範囲外だ」
こうして、ハリーは女子トイレの手洗い台の下で、『T.M.RIDDLE』と書かれた日記を見つけた。
シャルロットは狂いそうな焦燥感に襲われていた。
どうして、あの日記を手放してしまったのだろう。
もしかしたらあの日記のせいで、自分の体調はおかしいのだと疑った。そうしたら急にあの日記が不気味な物に見え、咄嗟にトイレに投げ捨てた。
しかし、それは間違っていたのだ。
自分には、あの日記がなくてはならないものなのだ。早く取り戻さなくては。でも、一体誰が持っている?
トムに会いたい。疑ったことを、早く謝らないと。
厳しい冬は通り過ぎて、ホグワーツ城の周りの雪もきらきらと溶け始めた。
最近は襲撃された人もいなく、マンドレイクも順調に育っているということで、俄にホグワーツ城にも明るさが戻ってきた。
魔法史の課題のために図書館を訪れていたハリーの視界に、見慣れた金髪が飛び込んできた。
「シャル」
マダム・ピンスに怒られたら大変なので、ハリーは小声で呼びかけた。
シャルロットは本を抱えたまま、こちらを振り向いた。確かに少し顔色が悪い気がした。
「あら、ハリー。 久しぶりね」
「そうだな。 僕は今年もクリスマス休暇は学校に残ったからね。…大丈夫?ドラコが君のこと心配してたよ。 何か様子がおかしいって」
「いつのまにドラコと仲直りしたの?」
シャルロットが不審そうな顔をした。
未だにドラコとは仲直り出来ていないハリーは、ちょっと微妙な顔をした。
しかし、まさかゴイルに変身してドラコに話を聞いたとは言えないので、ハリーは適当に誤魔化すことにした。
「いや、してないんだけどさ…えっと、体調悪いならセブルスおじさんを訪ねたら? 何か薬くれるんじゃない?」
言ってからハリーはしまったと思った。去年の学期末から、シャルロットとセブルスとギクシャクしていることを失念していた。
ハリーの懸念通り、シャルロットの表情は曇った。
「娘の体調が悪くても放っておいて、いつも忙しい忙しいって言ってる割には、楽しく決闘クラブに勤しんでいる父親なんて知らないわ!」
「いや・・・多分セブルスおじさんはシャルの体調のこと知らないし、それに決闘クラブだって無理矢理手伝わされてるって感じだったよ・・・」
ハリーは精一杯セブルスをフォローしたが、シャルロットの顔はつんとしていた。
ハリーは話を変えることした。もっと大切な話があった。
「それより、シャル。 聞いてくれよ。秘密の部屋について、情報を掴んだんだ。 50年前、秘密の部屋を開けたのはハグリッドだったんだよ!」
ハリーは周囲に人がいないことを確認してから興奮気味に捲し立てた。
シャルロットは驚いたように、本をバラバラと取り落とした。
「まさか、ハグリッドが!?」
「そう。 秘密の部屋の怪物はね、ハグリッドのペットの大蜘蛛だったんだ」
あまりにも突飛な話にシャルロットは辟易したが、ハリーの顔は大真面目だ。
友達思いのハリーがここまで言うということは、それなりの根拠があるのだろう。
「その話、誰から聞いたの?」
ハリーはニヤッと笑った。
「トム・リドル。 今から50年前の人さ」
「なんですって!?」
シャルロットの顔色がさっと変わる。
しかし、そのシャルロットの驚愕の表情をハリーは別の解釈をしたようだった。
「ふふん。 今から50年も前の人にどう話を聞いたのか気になるだろう?」
ハリーは真っ赤な表紙をした日記をかばんから取り出した。一見何の変哲もない日記にしか見えない。
「この日記にね、文字を書き込むと返事が返ってくるんだ。 どんな構造か知らないけど。 それで50年前のこと、教えてくれたんだよ」
シャルロットは食い入るように、日記を見つめた。
「…シャル?」
様子がおかしいと思ったハリーは、シャルロットの肩を掴んで軽く揺すった。
ハッとしたシャルロットは、こめかみに手を当てて溜息をついた。
「嫌ね。…私、疲れてるみたい」
「そうみたいだね。 君もハーマイオニーも勉強のしすぎだ。 あまり酷いようなら、マダム・ポンフリーの元に行きなよ」
「ええ。 そうするわ」
シャルロットはぎごちなく笑みを浮かべてみせたが、その瞳はまるで沼のように濁って澱んでいた。
その後ハリーはシャルロットと他愛のない世間話をして、本来の目的だった課題のための本を借りて図書館を後にした。
そのまま大広間に向かい、ハーマイオニーとロンと合流すると、ハグリッドに秘密の部屋のことを尋ねるか話し合った。
しかし、とりあえず次に襲われた人がいたら考えようとの結論に至った。
その日の献立のミートパイをたらふく食べて寝室に戻ったハリーは、かばんを整理して・・・そして、日記がないことに気付いた。
「ロン! 日記がない。 どこかで落としたかも・・・」
ハリーは、隣りのベッドの寝支度をしているロンにすぐ言った。
「なんだって? 心当たりはないの?」
「図書館に行ったときはあったけど・・・その後かばんを椅子に置きっぱなしにして本探してたし・・・大広間で落としたかもしれないし・・・」
「別にいいんじゃないか? もともと拾ったものだし、知りたいことは知れたじゃないか」
もともと日記に懐疑的であったロンは、あっさりそう言った。
ハリーは自分でも何故こんなにあの日記に惹かれるのか分からなかったが、探す手立ても見つからないので諦めるしかなかった。
『よかったわ、トム! また貴方に会えて』
『・・・けいなことをしてくれましたね』
表れた文字は、すぐに消えてしまったので読めなかった。
『今なんて言ったのかしら? 消えるの早くて読めなかったわ』
『僕もまた貴方に会えて嬉しいと言ったのですよ。 シャル、貴方に聞きたいことがあります』
『何かしら?』
『前、ハーマイオニーという友達のことを話してくれましたね。 彼女はマグル出身で間違いないですか?』
『ええ、そうよ。 だから、狙われないといいんだけど。…ねえ、トム。 私、最近もしかしたら秘密の部屋を開けているのは私なんじゃないかって思う時があるの』
『どうして?』
『気がつくと3階の廊下にいたり、体に血がついてたり・・・おかしいでしょう?』
『・・・大丈夫ですよ』
数日後、寮対抗クィディッチ杯のグリフィンドール対ハッフルパフが行われることになっていた。
その日の朝食時に、「八つ裂きにしてやる・・・殺す・・・」とまたあの声が聞こえたハリーは飛び上がって驚いたが、やはりロンとハーマイオニーには何も聞こえていないようだった。しかし、ハーマイオニーは何か思いついたようで図書館に走り去って行った。
前回スリザリンに負け、殺気立っていたグリフィンドールチームはせかせかと競技場に向かった。
「いいか、今回のハッフルパフには絶対勝つぞ! これで負けたら、ニンバス2001をプレゼントしてくださったハリーのお父さんに合わす顔がない!」
ウッドが更衣室の中を歩き回りながら吠えた。
紅色のユニフォームと黄色のユニフォームを着た2チームが競技場に出た。両チーム、万雷の拍手で迎えられる。
スリザリン戦ほど殺気立ってはいないが、グリフィンドールはここで負けたら後がない。
ハリーは緊張を押し隠して、箒に跨ったその時。
試合が始まる寸前だというのに、ピッチの向こうからマグゴナガルがやってきた。マグゴナガルの顔色は真っ青だ。
「この試合は中止です」
マグゴナガルは押し合いへし合いで満員のスタジアムに向かって、メガフォンでそうアナウンスをした。当然、スタジアムから文句や非難の野次が飛び交う。
ウッドはまるで雷に打たれたような顔で、マグゴナガルに駆け寄った。
「全校生徒はそれぞれの談話室にすぐに戻りなさい! そこで寮監から詳しい説明があります!」
マクゴナガルはそこまで言うと、メガフォンを下ろした。そして、ハリーに向き直る。
「ブラック、貴方は私と来なさい」
ハリーはまた誰か襲われたんだと直感した。
しかし、自分は競技場に居たのだから、犯人にはなり得ないはずだ。
しかし、そんなことを言える雰囲気でもなかったのでハリーは黙って、マクゴナガルの後を着いて行った。途中で観客の群れから抜け出して、ロンが訝しげな顔でやってきた。しかし、マクゴナガルはロンが合流しても反対しなかった。
「ああ、ウィーズリー。 貴方も来なさい」
周りの生徒はクィディッチが中止になったことに文句を垂れながら城へと向かった。ハリーとロンもマクゴナガルに着いて、大理石の階段を上った。
連れて行かれたのは、保健室だった。
ハリーとロンは嫌な予感がしてお互いの顔を見合わせた。
「少しショックを受けるかもしれません。 今度は二人同時に襲われました」
マクゴナガルは、およそ普段の彼女らしくないほどの優しい声で2人を気遣うように言った。
ハリーは足元がクラクラした。
保健室には新たに2つのベッドが加えられていた。1つには、レイブンクローの女生徒が石になったまま寝かせられている。確か監督生だったと思う。見覚えがあった。
そして、もう1つのベッドには・・・。
「ハーマイオニー・・・」
ロンが呻いて、その場に膝をついた。
ハーマイオニーはまるで彫刻のように固まっていて、その瞳はまるでガラス玉のように大きく見開かれていた。
「2人は図書館の近くで発見されました。ブラック、ウィーズリー。これが何で2人の傍にあったか、説明できますか?」
マクゴナガルは、小さな丸い手鏡を手にしていた。
「それは…ハーマイオニーの持ち物です」
漸くハリーはそれだけ言った。
ハーマイオニーがよくその手鏡で髪型を直しているのを見たことがあった。
隣りでロンがそれを肯定するように頷いた。
「そうですか。 貴方たちのことは、私が談話室まで送りましょう。 どちらにしろ、生徒にこのことを伝えなければなりません」
マクゴナガルは疲れきったような重苦しい声でそう言った。
結果としてこの一件で、ハリーが継承者ではないかという疑いが晴れたのは何とも皮肉な話だった。
「ロン、もうハグリッドの所に行って詳しいことを聞こう」
ベッドで無言で横になっていたハリーは決心して、ロンにそう言った。
「僕もそう思ってた。 今度の犯人はハグリッドだとは思わないけど・・・でも、怪物を解き放したのが彼だとすれば、『秘密の部屋』に入る方法は知ってるはずだよね」
ロンも覚悟を決めたように立ち上がった。
ハリーはトランクの一番下に隠している透明マントを取り出した。
今こそ、このマントを使う時だ。
ハリーとロンは未だに談話室にいたネビルとシェーマス、ディーンがベッドに入り寝静まるのを待ってから、透明マントを被った。
暗いホグワーツ城では、先生や監督生、ゴーストたちが2人1組で見回りをしていた。
ハリーとロンは姿は見えないものの、物音は消してくれないし、ぶつかったらバレてしまう。
細心の注意を払って城を出たので、ハリーとロンはかなり時間がかかってしまった。
外に出てみると、校内の暗い雰囲気とは対照的に星の明るいいい夜だった。
小屋のすぐ前で、透明マントを取ると大きな扉をノックした。
ハグリッドはすぐ扉を開けたが、何故か大きな石弓を2人に向けていた。
「うわっ!」
ハリーが驚くと、すぐにハグリッドは武器を下ろした。
「なんだ、おまえらか。 こんなところで何しとる?」
ハグリッドはまじまじと2人を眺め、取り敢えず部屋に招き入れた。
ハグリッドの様子はおかしかった。まず、こんな危ない時に2人が訪ねてきたことに対して何も咎めなかったし、紅茶を淹れようとしてティーバッグを入れ忘れたりしていた。終いには、ポットを取り落として粉々に割ってしまったので、とうとうロンが口を開いた。
「ハグリッド、大丈夫?」
その時、突然戸を叩く大きな音がした。
ハリーとロンはパニックになり、慌てて透明マントを被って部屋の隅に引っ込んだ。
ハグリッドは石弓を構えたまま、戸を開けた。
そこには、アルバス・ダンブルドアとルシウス・マルフォイが立っていた。
「ルシウスおじさん・・・」
小さい声でそう呟いたハリーの横で、ロンは敵意の篭った目を向けた。
「こんばんは、ハグリッド。 武器をおろすのじゃ」
ルシウスに石弓を向けるハグリッドを見て、ダンブルドアは穏やかな声で諭した。
「しかし…ダンブルドア先生…」
「威勢がいいね。 しかし、そのような態度は君の立場をさらに悪くするが?」
ルシウスは黒く長い旅行用のマントを身にまとって、冷たくほくそ笑んだ。
「俺は…無実だ」
漸くハグリッドはそう言った。その声はあまりにも哀れっぽかったが、残念ながらルシウスの同情を引けなかった。
「君には不利な前科がある。 すぐにアズカバンに送られるだろう。 そして、ダンブルドア。 先ほども申し上げましたが、
ルシウスは底意地の悪い笑みを浮かべた
「ルシウス、ハグリッドをアズカバンに送っても何も変わらんよ。 無論、儂も理事たちが望むならもちろん退陣しよう」
ダンブルドアは青い瞳を燃え上がらせながら、言葉を続けた。
「しかし、覚えておくがよい。 儂が本当にこの学校を離れるのは、儂に忠実な者がここに1人もいなくなった時じゃ。 ホグワーツでは助けを求める者に、必ずそれが与えられる」
ダンブルドアはほんの一瞬だけ、ハリーとロンの居るところを見た。ハリーは一瞬だけドキリとした。彼は透明マントのことなどお見通しなのだろう。
「あっぱれなご心境で。 まもなく魔法大臣がこちらに来るだろう。 彼と待ち合わせをしているのでね」
ルシウスが鼻で笑った。
そして、再び戸が叩かれた。
「おお、噂をしたら来たようだな」
ルシウスは上機嫌で扉を開けて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
そこには、縦縞の妙なスーツに山高帽を被った男、コーネリウス・ファッジ魔法大臣がいた。日刊予言者新聞ではよく見るが、ハリーも実物を見たのは初めてだった。
そして、驚くことにその隣りには黒いローブを羽織ったシリウス・ブラックがいた。
「パパ…!?」
思わずハリーは小さい声でそう言った。慌ててロンが、ハリーを小突く。
今やそんなに広くないハグリッドの家は満員だ。
「これはこれは。 魔法大臣と・・・闇祓い局の局長まで」
ルシウスはどうにかそれだけ言った。シリウスが来るのは予想外だったらしい。
「やあ、マルフォイ。 ハグリッドをアズカバンに収監するとか…妙な噂を聞いたんでね」
シリウスは飄々とした表情で、ルシウスに挨拶をするよう手を上げた。
「はて? 噂とは聞き捨てなりませんな。 彼には前科がある。 アズカバンに収監するのは当然かと」
「今回のことに関して、ハグリッドがやったという証拠は? 無実の者をアズカバンに送っては、魔法省の威信に関わる。 魔法大臣と会議を重ねた結果、闇祓いを1人ハグリッドの見張りとして立てることにした。 それでハグリッドの証拠を掴めたなら…マルフォイ、君の望み通りハグリッドをアズカバンに送ろう」
シリウスはこれ以上なく穏やかに言い返した。
「アー…すまないね。 ルシウス、もうこれは決まったことなんだ」
両者の勢いに押され、ファッジは少し小さくなっている。
「それじゃあ…俺はアズカバンに行かなくてもいいんか?」
ハグリッドは声をぶるぶる震わせてそう言った。
「そうだよ、ハグリッド」
シリウスは足元にじゃれついてきたボアーハウンド犬のファングを構いながら、ニッコリと笑った。彼の上質そうなローブはファングの涎でベトベトだが、シリウスは構うことなく耳の後ろをカリカリと掻いてやっていた。
「…なるほど」
ルシウスの青白い顔は、湧き上がる怒りのために赤みが差している。
「しかし、ダンブルドアの退陣は止められないはずですな? ホグワーツの校長の任命権も停職命令も、全て
「それは…如何にも」
今度はシリウスが顔を顰めて、渋々頷いた。
「それでおまえは何人を脅したんだ。 え?」
ハグリッドはルシウスに向かって唸った。しかし、ルシウスは相手にせず小屋の扉に向かって歩いた。
ルシウスはシリウスとすれ違った際、彼にしか聞こえないよう囁いた。
「君とは、お互い愛する息子のためにも良い関係を築きたいと思ったんだがね」
「俺もそう思ってるよ。 ただ友人がアズカバンに送られそうになっているのを、指を咥えて見てられるほど薄情でないんだ」
「はっ! 半巨人の友達か。 ブラック家も素晴らしいご友人をお持ちのようだ」
ルシウスはそう嘲ると、今度こそダンブルドアとファッジと共に家を出て行った。
部屋には、ハグリッドとシリウス…そして隠れているハリーとロンだけが残された。
「ありがとう…ありがとうな、シリウス」
ハグリッドは溢れる涙をピンクのハンカチでガシガシ拭いた。
「だ、だが…ダンブルドアが居なくなったらホグワーツはおしまいだ…」
ハグリッドはしゃくり上げた。
ハリーが透明マントを脱ぎ捨て父親の前に姿を現そうか迷っていると、シリウスが口を開いた。
「俺たちはハグリッドがやったなんてこれっぽっちも思ってないぜ。 明日から闇祓いが1人見張りにつく。 鬱陶しいと思うが我慢してくれな」
それだけ言うと、シリウスは懐かしそうに小屋を見回して家を出て行った。
ハリーとロンは少し気まずい思いで、透明マントを脱ぎ捨てた。
そして、未だ泣いてるハグリッドの肩をぽんぽんと叩く。
そして、ハリーは言葉を選びながら慎重に口を開いた。
「ねえ、ハグリッド。 ハーマイオニーが襲われたのは知っているだろう? 僕たちにも、ハグリッドの知ってることを教えてほしいんだ」
ハグリッドはピンク色のハンカチで鼻をちーんとかみながら頷いた。
ハグリッド、アズカバン回避!よかったね!!