例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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秘密の部屋

漸く落ち着いたハグリッドは割ってしまったポットを片付けると、新しくお茶を入れ直した。ハグリッドの用意してくれるマグカップは大きく、ゆうに2.3杯分はある。

ハリーとロンはいつもの椅子に座った。ハグリッドが作ったというその無骨な木の椅子はいつも通りに彼らの腰を包む。しかし、ハーマイオニーの分の椅子が空いてるのが寂しくて落ち着かない。

 

「…それで何が聞きたいんだっけか?」

 

「秘密の部屋について、ハグリッドの知ってることを教えて」

 

ハリーが直球でそう切り出すと、ハグリッドは少し逡巡しながらも口を開いた。

 

「俺がホグワーツにいたとき…まあ俺はおまえさんたちと同じグリフィンドールだったんだが…秘密の部屋は開けられた」

 

ハリーとロンは同時に息を飲んだ。

 

「当時も今みたいに大騒ぎだった。 生徒たちはみーんな怯えとった」

 

ハグリッドは1度そこで言葉を切った。

その頃を思い出しているのだろう。遠い目をしていた。

 

「俺が…ちぃーっとばかり動物が好きなのは、おまえらも知ってるだろう?」

 

「そうだね。 ちぃーっとばかりね」

 

ノーバートの1件でえらい目にあったハリーとロンはちょっと苦い顔をした。

 

「その時、俺はちょうどアクロマンチュラを飼ってた。 アラゴグっちゅう名前だ。 俺は地下牢で隠れてそいつを飼ってたが、ある日スリザリンの監督生に見つかっちまったんだ。 そんで、アラゴグが秘密の部屋の怪物だと決めつけられた。…けどな、誓って俺もアラゴグも秘密の部屋とは関係ねえ!」

 

気が昂ったのか、ハグリッドはマグカップをドンとテーブルに置いた。小屋が少し揺れて、ロンの顔に溢れたお茶が降りかかった。

 

「じゃあ、犯人は誰だったの?」

 

ハリーは急いで訊いた。

 

「知らん。 だが、その時レイブンクロー…だったか。 マグル出身の女生徒が襲われてトイレで死んだ。それで、俺は…アー…退学になったんだ」

 

ハグリッドはやけっぱちのように、お茶をガブリと飲んだ。

 

「それでもダンブルドア先生だけは俺を信じてくださった。 それで俺に森の番人の仕事を与えてくれたんだ」

 

「じゃあ、トム・リドルは犯人を間違えたんだね?」

 

ハリーがそう言うと、ハグリッドは驚いたようだ。

 

「なぜおまえがリドルのことを知っちょる? …ああ、あいつはスリザリンの監督生で俺が怪しい生き物を飼っていることを疑ってた。 だが、俺もアラゴグも秘密の部屋とは本当に無関係だ」

 

ハリーは、アクロマンチュラがどのような蜘蛛か知らなかったが、怪物と間違えられたくらいなら余程恐ろしいものなのだろうと思った。

ハグリッドが秘密の部屋を開けた冤罪をかけられたのは可哀想だが、ノーバートの1件で懲りていたハリーはトム・リドルに対しての怒りは差程湧かなかった。

 

「リドル…か。 スリザリンの監督生だっていうから、有名な名家かと思ったけど聞いたことないんだよね」

 

ブラック家としてそこそこに純血の名家を知っているハリーは首を傾げた。

 

「そのアラゴグは今どうしてるの?」

 

ロンが訊いた。

 

「禁じられた森で暮らしとる。 俺の大事な親友だ。…よかったら、今から会いに行くか?」

 

2人は丁重にお断りして、再び透明マントを被りベッドへと向かった。

 

 

 

 

ベッドに四肢を放り投げながら、ハリーは失望の色を隠せなかった。

そして、少し自己嫌悪した。ドラコを騙したり、ハグリッドを疑ったり、自分は大切な友達に何をしているのだろう。

 

結局ハグリッドは、秘密の部屋とは何の関係もなかったのだ。

 

無論今回の事件はハグリッドは関係ないと思っていたものの、過去秘密の部屋を開けたのはハグリッドだとハリーとロンは信じていたので、何ともバツの悪い気持ちだった。

 

これでもう手がかりは何もない。

万事休す。そんな言葉が頭をよぎった。

 

とろとろと眠くなりかけた時、突然ハリーはあることを閃いた。

 

「ロン!」

 

ロンは蹴り飛ばされた犬のような声をあげて、寝ぼけ眼で起き上がった。

 

「ロン。 ハグリッドは、前回死んだ女の子は、トイレで死んだって言ってた。 もし、その子がまだそこにいるとしたら?」

 

ハリーの声は興奮で上擦った。

ロンは目をゴシゴシ擦りながら、眉根を寄せた。

 

「もしかして…まさか嘆きのマートル?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜。

興奮したハリーとロンですら、すやすやと寝息を立てだした頃。

 

保健室の扉が開けられた。

レギュラス・ブラックは無表情で薬品くさい保健室に足を踏み入れると、ハーマイオニーの横たわるベッドへと向かった。

 

レギュラスは困惑していた。

自分は純血主義だ。闇の帝王の配下だった頃--彼を盲信していた頃--は、マグルは皆滅ぶべき下等生物だと考えていた。杖も振れない奴らに何の価値もないと本気で思っていた。

やがて闇の帝王が消え、教員として働く上で、マグル生まれと関わる機会は増えた。最初こそ戸惑いはしたし、自分の思想が僅かに和らいだ自覚はある。それでも、根っこは変わっていないはずだった。

 

そもそも、グリフィンドールの…ましてマグル生まれの生徒にこんなに懐かれたのは初めてだった。

 

最初は鬱陶しいだけだった。

憎き兄の養子ハリーと仲のいい"穢れた血"。

何かを企んでいるのかとすら思った。

 

しかしいくら疑わしいレギュラスでも、毎時間質問に来て熱心に話を聞くハーマイオニーに他意がないことはすぐに分かった。

ハーマイオニーの意見は鋭く、真剣に勉学に励んでいるのは一目瞭然だった。

褐色の瞳はどこまでも素直で混じり気がなく、真っ直ぐ自分を見つめてくるそれに何度もレギュラスはたじろいでしまった。--今まであまり触れてこなかった感情だった。

 

ふと知性に貪欲な彼女が、どうしてレイブンクローではなくグリフィンドールになったのか気になった。

 

いや、彼女の向上心や野心を見るとスリザリンでもきっと--。そうしたら、こんな目に遭わなかったのでは。

 

そこまで考えて、レギュラスは緩やかに首を振った。

疲れているのだろうか。自分は何を考えているのか。

 

彼女は、過去の自分が憎み排他すべきだと考えていた"穢れた血"のはずじゃないか。

 

それなのに、それなのに何故こんな胸がざわつくのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかマートルが襲われた女の子だったなんて…僕たち冬の間ずっとあそこにいたんだぜ?」

 

ロンは朝ご飯のアップルパイを齧りながら、改めて溜息をついた。

 

「ああ。あの時に聞けてたらなあ。 今じゃもう…」

 

ハリーはピリピリとしている教師席をチラリと盗み見た。

 

再び2人のマグル生まれの生徒が襲われたことで、学校は騒然となってしまった。

そのうえダンブルドアが不在となり、不安はまるでウイルスのように広まり、今や授業の移動にも教師の護衛がついているのだ。

 

 

そんなことをヒソヒソと話すハリーたちとは反対側に位置する、スリザリンのテーブル席。

 

自身のプライドや意地が邪魔をして、ついぞハーマイオニーに謝るきっかけが掴めぬまま彼女が石になってしまったドラコは苦い顔で紅茶を胃に流し込んだ。

 

継承者は一体誰なのだろう。

普通に考えてスリザリンに居る可能性は高いものの、思い当たる人物はいなかった。

そして、ドラコの心配事は秘密の部屋のことも勿論だが、目下は隣りに座る幼馴染だった。

 

シャルロットの手から、ポトリとアップルパイが滑り落ちた。テーブルにリンゴがビチャリと跳ねる。

それでも尚シャルロットは上の空で、宙をぼんやり眺めている。

 

「…大丈夫か?」

 

ドラコは杖を振ると、覚えたての魔法でテーブルを綺麗にした。そしてナプキンを渡して、手についた汚れを拭わせる。

 

「シャル、今日という今日は絶対に保健室に行ってもらうぞ」

 

シャルロットの顔は人形のように白かった。目には隈ができ、座っているというのにフラフラしている。

 

「…ええ。 そうするわ」

 

「間違いなく行けよ? 僕から1時間目のビンズ先生に伝えておくから。…というか、着いて行こうか?」

 

ドラコがシャルロットの肩を支えるように体を寄せる。が、シャルロットはその手をするりと拒絶した。

 

「大丈夫よ。 それより、私の分のノートも取っておいてね」

 

シャルロットがぎごちなく笑ってみせる。こんな時にまで勉強の心配かと、ドラコは苦笑いを返した。

そして、ふと首を傾げた。

 

シャルロットの瞳の色は、こんなに赤かったかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

マグゴナガルの口から、マンドレイクが収穫できそうだと発表された。石にされた生徒が元に戻るので、皆はお祭り状態だった。

 

ハリーとロンは、授業の合間になるべくハーマイオニーのお見舞いに行った。しかし、今や生徒の移動には必ず教師がつくので頻繁には行けなかった。

 

その日も久しぶりに保健室にお見舞いに行くと、ベッド脇の小机に小さな包みが置いてあった。魔法界で有名店の高級チョコだ。

ハーマイオニーの友達はそんなに多くない。このチョコを持って来たのは誰だと思うか、ロンがハリーに聞こうとしたその時。

 

「ロン、これを見ろ!」

 

ハーマイオニーの握りしめていた手の中には、秘密の部屋の怪物の正体があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

すぐ誰か教師に伝えようとしたハリーとロンだったが、それより前に廊下に魔法で拡大されたマグゴナガルの声が響き渡った。

 

内容は生徒は皆寮に帰り、教師は職員室へ集まれとのことだった。

 

「また誰か襲われたんだ…」

 

絶望的な声色でロンは言った。

 

「取り敢えず、職員室に行こう!」

 

ハリーはロンの腕を引っ張って走り出した。

 

職員室に着くと、中から話し声が聞こえたのでハリーとロンは耳を壁につけた。

 

「…全校生徒を帰宅させなければ。 ホグワーツはもう終わりです」

 

マクゴナガルはわなわなと震える声で言った。ハリーは、マクゴナガルのこんな声を初めて聞いた。

 

「とうとう生徒が秘密の部屋に連れ去られたのですね」

 

フリットウィックの啜り泣きが聞こえる。

 

「ミネルバ、一体誰が襲われたのです?」

 

今度はスプラウトの声だ。

ハリーとロンは思わず緊張して互いの顔を見つめると、さらに強く壁に耳を押し当てた。

 

「プリンスです。 スリザリン生のシャルロット・プリンス」

 

ハリーは思わず脱力してその場に膝をついた。

 

「プリンス…。 あの学年2番の。 しかし、彼女はスリザリン生です。 マグル生まれではないはずです」

 

フリットウィックは慎重に言葉を選びながらキーキーと言った。

 

「レギュラス、すぐにセブルスに連絡を」

 

「もう出してあります。 すぐに彼も来るでしょう」

 

レギュラスが苛ついたように言った。こんな余裕のないレギュラスも見たことがない。

今日に限ってセブルスはホグワーツに不在のようだ。

 

「か、彼女がスリザリンの継承者なのでは!?」

 

「滅多なことを言うものではありません、ポモーナ!」

 

マクゴナガルの厳しい声が、壁を通して聞こえた。

 

ハリーとロンのいる反対側の扉が開く音がした。

 

「つい、ウトウトと…おや、どうしました?」

 

この場にそぐわない呑気な声。ロックハートだ。

壁1枚越しでも、向こうの空気が凍りついているのが分かった。

 

「どうやら適任者が来たようですね」

 

レギュラスの声はどこまでも冷たく尖っていた。

 

「はて? 適任者とは?」

 

「とぼけるおつもりですか。 秘密の部屋に女子生徒が連れ去られました。 貴方は確か…とっくに秘密の部屋の居場所をわかっておいでとか?」

 

「い、いやその…」

 

「それではギルデロイ。 あなたに全てお任せしましょう。 伝説的な、あなたの力にね」

 

マクゴナガルはとっととこの男を追い出したがっているようで、鬱陶しそうにそう言った。

 

「え、ええ。 もちろんですとも。 すぐ部屋に戻って支度を」

 

ロックハートがどうにかそれだけ言うのを、ハリーは聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリフィンドールの談話室は静まり返っていた。

スリザリンの生徒で、おまけに世間から純血名家だと思われている娘が連れ去られたということで、最早純血の生徒でさえも怯えていない者は居なかった。

 

ちなみにスリザリンの他の生徒たちは、両親の話を殆どしないシャルロットのことを実は『穢れた血』なのではないかと噂話をしているらしい。彼女こそスリザリンの継承者なのではと言い出す者もいたが、シャルロットがハリー達グリフィンドール生と仲がいいことは周知の事実なので、前者の噂の方が広まっていた。

 

グリフィンドールの殆どの生徒は、ハリーとシャルロットが懇意であったことを知っているので、そっとしておいてくれているのがせめてもの救いだった。

 

ハリーはロンと相談して、セブルスが学校に着いたらすぐにバジリスクの話や秘密の部屋の場所の仮説を話しに行こうと思っていた。

 

ハリーはそわそわと談話室を歩き回っていた。談話室内を10往復ほどしたところで、漸くロンが口を開いた。

 

「気持ちは分かるけど落ち着けよ。 こっちまでおかしくなる」

 

「…ごめん」

 

ハリーはがっくりと椅子に座った。

ドラコに会いたかった。彼もまた落ち込んでいるはずだから。

 

「そうだ! ロックハートに秘密の部屋のことを話しに行こうか?」

 

ロンがそう提案した。

 

正直ハリーはロックハートが役に立つとは思えなかった。しかし、今は何でもいいから出来ることをしたかったので、ハリーは頷いた。

 

2人はすぐに談話室を飛び出ると、闇の魔術に対する防衛術の教授室に向かって駆けていった。

ノックもせずに部屋に入ると・・・部屋は片付けられて閑散としていた。部屋中に貼ってあったロックハートの写真もない。

部屋の真ん中には大きなトランクに荷物をしまい込みながら、気まずそうな顔をしたロックハートがいた。

 

「ロックハート先生、どこかへ行かれるのですか?」

 

予想外の部屋の様子に、ロンは呆然としつつそう聞いた。

 

「あー…あのちょっとね。 うん、スリザリンの女生徒のことは実に残念だ」

 

ロックハートは2人と目すら合わせずに、荷物をまとめながらせかせかと部屋の中を歩き回った。

 

「そんな! 先生はあの本の中であんなに勇敢だったのに…!」

 

「書いてあることが真実とは限らない。 そう、それを誰が成し遂げたかもね」

 

含みのある言い方に、ハリーはピンときた。

 

「あなたは人の手柄を横取りしたのか!」

 

「…考えてもみなさい、ハリー。 私だから本は売れたのです」

 

ロックハートはそう言って、最後のローブをトランクにしまい込んだ。そして、こちらにくるりと向き直る。

 

「さて…君たちの記憶を消さなければいけな」

 

「「エクスペリアームス(武器よ 去れ)!」」

 

ロックハートが何か言い終わる前に、ハリーとロンは同時に武装解除呪文を掛けた。

ロックハートは杖をもぎ取られ、無様にひっくり返る。

 

「決闘クラブなんて開催したのが間違いでしたね」

 

ハリーは冷たく言い放った。

ハリーとロンはロックハートを追い立てるように背中に杖をぴったりと当て、部屋を出た。そして、1番近い階段を上がって嘆きのマートルのいるトイレに着く。

 

話を聞くと、やはりマートルはバジリスクにより殺されたらしかった。

マートルはハリーがお気に入りのようで、あれこれと話してくれた。

 

「なるほど。 じゃあマートル、君がその黄色い目玉を見つけたのはどのへん?」

 

マートルは考え込むように、腕を組んだ。

 

「そうね。 確か、あのあたり」

 

マートルが透き通った指で指し示したのは、小部屋の隣りにある手洗い場だった。

2人は隅々まで調べた。すると、銅製の蛇口に引っかいたような蛇の彫刻があった。

 

「開け」

 

ハリーは本能のまま、そう言った。口から漏れたのはシューシューという奇妙な音だった。

次の瞬間、手洗い台が回り始めて沈み出す。やがて剥き出しのパイプが姿を現した。

 

「これが、秘密の部屋の入り口」

 

ロンが隣りで呟いた。

 

「もうセブルスおじさんも着いたはずだ! このことを知らせよう!」

 

「それでは…私はお役御免ということでよろしいかな?」

 

ロックハートが弱々しい笑みを浮かべた。

 

「まさか。 貴方は教師でしょう。 先にこの中に入って調べてください。 シャルの命がかかってるんだ」

 

「ねえ、冗談でしょう。 ブラック、君の骨を抜き取ったのは悪いことをしました。しかし・・・」

 

「ああ、もう早く入れよ」

 

ロンがロックハートを小突いた。

 

「うわああああああ!」

 

ロックハートはぐらりとバランスを崩し、咄嗟にロンを掴む。ロンを助けるために手を伸ばしたハリーはそのまま巻き添えをくらい…暗い穴の中を3人は滑り落ちて行った。

 

真っ黒な滑り台はどこまでも続くかのように思えた。きっと地下牢のずっとずっと下に続いているのだろう。

突然終わりは来た。ドスンと音を立てて自分の体は投げ出され、鈍い痛みが体に広がる。

 

「湖の下かな、ここ」

 

ロンは体を擦りながら立ち上がった。全身ヌルヌルしている。

 

ルーモス(光よ)!」

 

ハリーが唱えると、トンネルの中に眩い光が満ちる。

ロックハートが間抜けな悲鳴を上げた。

目の前に、鮮やかな緑色の蛇の抜け殻が横たわっている。まだテラテラと光っていて新しそうだった。

 

「なんてこった」

 

ロンが呻く。

 

「優に6メートルはあるな…。 勘弁してくれ」

 

ロックハートは完全に腰を抜かしていた。

 

「おい、立てよ」

 

ロンが杖を向け、きつく言った。

すると、突然ロックハートはロンに殴りかかり杖を奪った。

 

「ロン!」

 

ハリーは何とかしようとしたが間に合わない。ロックハートは荒い息をしながら、立ち上がる。

 

「さあ、君たち! お遊びはここまでだ! 記憶に別れを告げなさい!」

 

ロックハートは勝ち誇ったように笑った。ゆらりと、自分に杖を向ける。

 

その時、先程ハリー達が通ってきたパイプの中をヒューッと誰かが降る音が聞こえた。

セブルスだろうか?いや、しかし自分たちがここに来たのは誰も知らないはずだ。

 

幸いにも、興奮したロックハートはそれに気付いていないようだった。

 

オブリビエイ(忘れ)・・・」

 

エクスペリアームス(武器よ 去れ)!」

 

突如パイプの中から現れた人物は、そう叫んだ。声変わり前特有のちょっと甲高い声だ。

不意をつかれたロックハートの手から杖は失われ、衝撃でロックハートも壁に吹き飛んだ。

 

助けに現れた人物は、間に合ったことにほっとしながら杖を下げた。いつも綺麗に着こなしているローブも、緑と銀のネクタイも、美しいブロンド髪も、何もかもが泥でぐちゃぐちゃだ。

 

「ド、ドラコ!」

 

「無事だったか、ハリー…と、ウィーズリー」

 

息を切らせたドラコ・マルフォイが、ハリーとロンに近寄ろうとしたその時。

 

「危ない!」

 

ロンが短く叫んだ。

トンネル内が揺れている。先程の武装解除呪文の衝撃で、トンネルの天井が崩れた。大きな石の塊がボコボコと落ちてきた。

やがてトンネルの真ん中を仕切るように、石は積もった。

 

「ローン! ドラコ! 無事か!」

 

「ああ、僕はここだ」

 

ロンはすぐ隣りにいた。しかし、ドラコがいない。

 

ハリーは顔を青ざめて、狂ったように素手で石をどかした。

 

「ドラコ! ドラコ!!」

 

「大丈夫だよ、ハリー! 僕は無事だ!」

 

降り積もった岩の隙間から、ドラコのグレーの瞳が見えた。どうやらこの岩の壁の向こう側に居るらしい。

 

「ごめん。 僕が武装解除したばっかりに」

 

「何言ってんだ! 君が来てくれなきゃ、僕とロンは今頃廃人だよ! …あ、ロックハートは無事?」

 

ハリーは今思い出したとばかりに付け足した。

 

「のびてるけど、一応なんとかね」

 

「どうして君がここに?」

 

少しだけ気まずい沈黙が流れた。

ハーマイオニーの『穢れた血』の一件から、ドラコとまともに話すのは初めてだった。

 

「シャルが拐われて…何かしたい一心で校内を彷徨いていたら、ロックハートと君とウィーズリーがトイレに入るのを見つけたんだ。 それで、セブルスおじ様がちょうど着いたから、このことを伝えてから君のあとを追ったんだよ。 セブルスおじ様、すぐ準備をして向かうって」

 

「セブルスおじさんに伝えてくれたんだね! 助かったよ」

 

「おまえを許したわけじゃないけど…今度ばかりは助かったぜ、マルフォイ」

 

岩の向こう側でドラコは少しムッとしたようだが、何も言わなかった。

 

「ドラコ、シャルのことが心配だ。 僕はロンと共にこの先を進むよ。 ロックハートを頼む」

 

覚悟を決めたようにハリーが言う。

ドラコもハリーがそう言うのは予測していたらしい。心配そうに頷いた。

 

「わかった。 シャルを頼む、何としてでも助けてくれ! 気をつけろよな。…ウィーズリーも」

 

「さっきから付け足しみたいに言うなよ、陰険マルフォイ」

 

「ふん。金がないと心も狭くなるらしいな、貧乏ウィーズリー」

 

ハリーは、壁越しだというのに今にも喧嘩を始めそうなロンの首根っこを掴むと先に進んだ。

 

背後からドラコの何とか岩をどかそうしてる音が聞こえた。…そして、僅かに彼の嗚咽も。

 

もしかしたら、シャルロットはもう--。

 

どうしても頭をもたげる暗い考えを押し込めて、ハリー達は進んだ。

何度も何度もくねくねとしたトンネルを曲がった。隣りにロンが居るとはいえ、ハリーは度々恐怖で押し潰されそうになった。

 

やがて2体の蛇の彫刻が施された壁に行き着いた。蛇の目には大きな赤いルビーが禍々しい光を放っている。

 

「開け」

 

今度は躊躇うことなくハリーは蛇語でそう言った。

 

壁はハリーの声に反応して2つに分かれ、みるみるうちに引っ込んで新たな道ができた。

 

ハリーとロンはお互いの目を見つめて、覚悟が決まっているのが分かると、部屋に足を踏み入れた。

 

部屋には、血の気が失せたままぐったりと横たわったシャルロットと。

 

トム・リドルが待っていた。

 




ト、トム・リドル!?彼は一体何者なんだ!!

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