例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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ルーナ・ラブグッド

ロンドン、キングズ・クロス駅。

 

どこまでも空気が澄んだ空は夏の香りを残しつつも、まさに秋晴れと呼ぶに相応しい。

 

キングズ・クロス駅は久しぶりの友人との再会を喜ぶ声や逆に家族との別れを惜しむ声にごった返していた。

 

そんな中、ハリーは少し不機嫌だった。

ハリーを悩ます目下の問題は親友2人の喧嘩だった。

 

「おい、その猫ホグワーツに連れてく気か!? 僕の可愛いペットが襲われたらどうしてくれるんだよ!」

 

「当たり前でしょう、私のペットだもの! それに猫がネズミを襲うのは当然だわ」

 

今までペットを飼っているのはハリーだけだったが、こないだハーマイオニーは3人で出かけたダイアゴン横丁でクルックシャンクスという名の猫を購入した。

 

そして奇しくも時をほぼ同じくして、ロンはエジプトで死にかけのネズミを保護したらしい。ハリーには、そのネズミがどこからどう見てもドブネズミにしか見えなかったが、自分のペットを持つのが初めてのロンはスキャパーズと名をつけて可愛がっているらしかった。

 

ハリーはこれならドラコとシャルロットと一緒に行けばよかったなぁと薄情なことを考えながら、コンパートメントに乗り込んだ。

 

「じゃあね、パパ! 体調崩さないでよ!」

 

窓から身を乗り出してシリウスにハグをする。

シリウスはペティグリューという名の脱獄犯のせいで連日仕事で大忙しだった。そのせいか普段の美貌も少し衰えている。

 

「ああ! ハリーもな! そうそう、学校行ったらきっとびっくりするぞ!」

 

シリウスはまるで少年のように悪戯っぽく笑った。

汽笛が鳴った。11時ぴったり、出発だ。

 

「え、何!?」

 

汽車はぐんぐん速度を上げる。

あっという間にシリウスが遠ざかっていく。

 

「それは学校についてからのお楽しみだ!」

 

手を振って大きく叫んだシリウスの声が辛うじて聞こえた。

 

汽車はあっという間に都会を抜けて、穏やかな田園風景へと突入した。

 

ハーマイオニーとロンの口喧嘩は止んだものの未だ冷戦状態らしく、コンパートメントには何とも気まずい空気が流れていた。

だから、ジニーがノックをしてひょっこりと扉から顔を出した時はハリーは天の救いだと本気で思った。

 

「久しぶり! 座ってもいい? どこもいっぱいなのよ」

 

「ジニー! もちろん大歓迎さ! …おっと、友達?」

 

ハリーは両手を広げてジニーを歓迎すると、後ろにいる女の子に気付いた。見たことがない子だった。

 

私服が何ともへんてこりんで、耳にはカブのピアスがついていた。しかし、暗みのかかったブロンド色の髪は綺麗で、顔立ちもくっきりとしていた美人だった。そのせいか何となく彼女は浮世離れして見えた。

 

そもそもハリーは魔法界で育ったため、魔法族のマグル服へのセンスのなさは知っていた。だから、彼女の服装にも然程衝撃は受けなかった。

 

「ええ、友達のルーナ・ラブグッドよ。 寮はレイブンクローなの」

 

ジニーが紹介すると、ルーナは屈託なくにっこり笑った。

 

「あんたがハリー・ブラックなんだ」

 

「そうだよ、よろしく。 ルーナ」

 

ハリーが手を差し出すと、ルーナと握手した。彼女の手は少しだけひんやりしていた。

 

「それじゃあ、あなたがブラック家の末裔なのね? 昔キメラと結婚した人がいるブラック家の」

 

「いや、僕は養子…って何だって? キメラ?」

 

ハリーは素っ頓狂な声でルーナの言葉を反芻した。そして、ハーマイオニーに視線を送る。分からないことは彼女に聞けば大抵解決するからだ。

しかし、ハーマイオニーも困惑した顔で首を傾げた。

 

「あら、みんな知らないの? だからブラック家はキメラの血が流れてるんだよ」

 

ルーナはどこか夢見る口調で言った。

 

「ルーナってこういう子なのよ。 でも悪い子じゃないの。 とっても楽しい子よ」

 

皆が唖然として口を開けていると、ジニーが兄の蛙チョコを齧りながらあっけらかんと言った。

 

「本当だもん。 パパが言ってたよ、ブラック家はいずれコカトリスも仲間にして魔法界を乗っ取るって」

 

あまりにもルーナが真面目くさって言うので、とうとう我慢できずにハリーはぷっと吹き出した。

 

「あははっ、君おもしろいこと言うんだね。 でも、人の家に対して魔法界を乗っ取るつもりなんて言うのは良くないよ」

 

ルーナはちょっと思案するような顔をした。物憂げなその瞳は銀を混ぜたようなグレーで、ハリーはちょっと惹き込まれた。

 

「そうだね。 あたしもラブグッド家がナーグル率いて魔法界を乗っ取るつもりって疑われたら嫌かも」

 

「ナーグルって何?」

 

「見たことない? ヤドリギによく生息しているよ」

 

「…見たことないな。 木より目の前のレディーに集中するからね。 だってヤドリギの下はキスするところだろう?」

 

ハリーがニヤッと笑う。

その回答はルーナの想像を超えたらしく、彼女はちょっと驚いたようだ。そして、クスッと笑った。

 

「ジニーが、あんたのこと好きなの分かる気がする」

 

その言葉にジニーはちょっと恥ずかしそうに頬を赤く染め、ルーナを睨んだ。

 

「やあね、ルーナったら。ハリーは私にとってのアイドルなの。好き(LOVE)ではないわよ」

 

「そりゃ残念だ」

 

ハリーはクスクス笑って、ジニーの頭をわしわしと撫でた。

 

一人っ子のハリーは、相変わらず自分に懐いてくれるジニーをまるで妹のように可愛がっていた。

 

どことなくギスギスしていたコンパートメントもジニーとルーナが来たことによって、かなり和やかになった。

 

皆でお菓子を食べてゲームをした。そして、もう何回目かの爆発スナップに飽きてきた頃ハーマイオニーは日刊預言者新聞をバックから出すと読み始めた。

 

そういえばハリーへの誕生日の手紙で、最近新聞を購読していると彼女は言っていた。どうやら彼女の向上心は留まることを知らないらしい。

 

「何か変わったニュースあった?」

 

「ペティグリューのニュースばかりよ。 昨日はオランダで、今度はアメリカで目撃されたんですって!」

 

「うーん…イマイチ信憑性にかけるね」

 

座りっぱなしで疲れたハリーは伸びをしながらそう言った。

連日の捜査で疲れきっているシリウスを見ると、早くペティグリューに捕まってほしかった。

 

「そもそも、あのアズカバンをどうやって脱獄したんだろうね?」

 

ロンが尤もなことを口にした。

 

脱獄不可能の要塞として知られたアズカバンから脱獄者が出たということで魔法省は激しくバッシングされた。そして、同時に幾多の著名人がペティグリューの様々な脱獄法を考えては提唱して話題になっていた。

 

「きっと吸魂鬼を倒したのよ!」

 

ジニーがそう言った。

 

「そうかしら…? そんな簡単に倒せるならもっと脱獄者は過去たくさんいるはずよ。 それに杖だって没収されてるわけだし」

 

ハーマイオニーが反論する。

 

「やっぱり脱獄したのは『吸魂鬼のキス』が怖かったからかな?」

 

「そうじゃない? 一体今どこに逃げてるんだろうね」

 

「もしかして、実はずっと近くにいたりして。 ほら、ジニー…君の後ろ!」

 

「きゃっ! やだ、驚かせないでよ。 意地悪ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウスの言葉の意味を知ったのは、大広間に入った時だった。

 

組み分けを控え待機している新入生を除く在校生が、お喋りに興じながら広間に足を踏み入れる。

 

燭台の火が柔らかく大広間を照らし、天井には紺色の空が写っている。

教師陣たちは既に奥の横長テーブルの席についていた。

 

その中に、ハリーはよく見知った顔を見つけた。

 

「リーマスおじさん!?」

 

質素だが身綺麗な藍色のローブを纏ったリーマスは小さくこちらに手を振った。

 

「なんだ、ハリー。 知らなかったのか? 今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教師は、リーマスおじ様だぞ」

 

近くにいたドラコが呆れたように言った。隣りに視線を写すと、シャルロットもドラコの言葉を肯定するように頷いた。彼女も知っていたらしい。

 

「知らなかった。 パパったらひどいや」

 

「シリウスおじ様のことだから、きっと内緒にしてあなたを驚かせようとしたのね」

 

リーマスの隣りには相変わらず険しい顔をしたセブルス、そしてその隣りには例年通りレギュラスもいた。

 

「でも、リーマスおじさんって確か病気なんじゃなかった?」

 

「…ええ、そうよ。 だからパパがサポートしながらやっていくみたい」

 

リーマスが難しい病気にかかっていることはハリーもドラコも知っていた。しかし、その病気の詳細はシャルロットしか知らなかった。

シャルロットも、セブルスがリーマスの薬を調合する際に偶然材料を見て知ってしまっただけで、セブルスから固く口止めされていたのだ。

 

ハリーもドラコも、リーマスの病名が気になってはいたが、本人に気を使ってそれ以上詮索をしたことはなかった。

 

もっと2人と話をしたかったが、グリフィンドールとスリザリンのテーブルは反対側に位置する。人の波に押され、それ以上会話はできなかった。

 

ハーマイオニーが何故かマクゴナガルに呼び出されてしまったため、ハリーはロンと2人で席についた。

さっきあれほどお菓子を皆で食べたのに、目の前の空っぽのお皿を見るとお腹がきゅんと鳴った。

 

新入生の組み分けの儀式がつつがなく終わる頃、ハーマイオニーはこっそり大広間へ入ってきた。

 

「マクゴナガルと何話してたの?」

 

ハリーが訊いた。

 

「え? あぁ…えっと、時間割の相談をしてたのよ」

 

ハーマイオニーの言葉から何となく何かをはぐらかしているような、そんな印象を受けた。詳しいことを聞こうとしたが、ダンブルドアが挨拶のため立ち上がったので、ハリーは口を噤んだ。

 

「皆の者、新学期おめでとう!」

 

ダンブルドアは立ち上がり、にっこりと微笑んだ。

 

「今年は新任の先生を2人迎えておる! まずは紹介しよう。『闇の魔術に対する防衛術』の教師リーマス・ルーピン先生じゃ」

 

リーマスが立ち上がり、穏やかな笑顔で礼をした。去年も一昨年も『闇の魔術に対する防衛術』の教師が酷かったため、生徒たちはやる気のない拍手を送った。

その中でハリーたち3人組と、ドラコとシャルロットは大きな拍手を彼に送った。

 

「そしてもう1人!『魔法生物飼育学』のルビウス・ハグリッドじゃ。 ケトルバーン先生が引退なさったからのぅ、彼に森の番人と教師を兼任してもらう」

 

ハリーとロンとハーマイオニーは驚いて顔を見合わせた。グリフィンドールから大きな拍手が上がる。

スリザリンでは殆ど喜んでいる生徒はいなかったが、シャルロットと微妙な顔をしたドラコが辛うじて手を叩いていた。

ハグリッドは感極まったようにハンカチで目頭を押さえながら、何度も何度も深くお辞儀をした。

 

「そうだったのか! どうりで噛み付く本なんて指定するわけだぜ!」

 

ロンが叫んだ。

 

「さあ、これでおめでたい話は以上! 宴じゃ!」

 

ダンブルドアの声を合図にテーブルの上には零れ落ちそうなほど、ご馳走が現れる。

ハリーは早速ミートパイを手にとるとさくりと噛み締めた。相変わらず、ホグワーツのご飯は美味しい。

 

デザートのかぼちゃプリンを食べ終わり、すっかりテーブルの上が片付いた頃、ハリーたちはハグリッドのいる教員席に駆け寄った。

 

「おめでとう、ハグリッド!」

 

「ありがてぇことだ・・・。 ケトルバーン先生が引退なさることになったら、ダンブルドア先生が1番に俺を推薦してくれたんだ。 本当に偉いお方だ、あの人は」

 

ハグリッドがテーブルクロスで涙を拭いたので、マクゴナガルが軽く咳払いした。

 

「それにリーマスおじさんまで! ひどいや、僕にだけ教えてくれないなんて!」

 

「おや、『ルーピン先生』だろう? ブラックくん」

 

ハリーが口を尖らせると、リーマスは笑いながらたしなめた。

 

きっと、今年の『闇の魔術に対する防衛術』は最高のものになることを予想してハリーは今からウキウキした。

 

宴会は終わり、監督生に連れられて生徒達は広間を出た。

パーシーが1年生に授業のことを一方的に語っていたが、彼のバッジの『首席』の文字は双子によって『石頭』に変えられていたので、1年生は笑いを噛み殺していた。

 

3人も他のグリフィンドール生と共に大理石の階段を登り、廊下を進み、『太った婦人』の肖像の前に来た。

 

「いいかい、諸君。 新しい合言葉は『フォルチュナ・マジョール』だ」

 

パーシーが勿体ぶってそう言った。

ネビルが隣りで悲しげに呻いた。忘れっぽい彼にとって、合言葉を覚えるのは毎回大変なことなのだ。

 

初めて談話室に入った1年生がはしゃぐのを微笑ましく見ながら、ハーマイオニーにおやすみの挨拶をして男子寮へ続く階段を登った。

 

例年通り部屋には既にトランクが届いていてた。ハリーはロンやシェーマス、ディーンと夏休みのことを話しながらダラダラと荷物を解いていった。

 

ロンが贔屓のチャドリー・キャノンズのポスターを壁に貼っている時に、事件は起きた。

 

「ぎゃああああああああ!!!」

 

シリウスに誕生日にドタキャンされた話をシェーマスに愚痴っていたハリーは、ロンの突然の悲鳴に引っくり返りそうになった。

 

「何!? どうしたの!?」

 

「見てくれ! 蜘蛛だ!! 蜘蛛がいる!!」

 

今にも泣きだしそうな顔でロンが壁を指さした。ロンの指の先を見ると、確かに壁に小さな蜘蛛が這っていた。

黒に灰色の薄らとした斑点のついた、親指の爪ほどの小さな蜘蛛だった。

 

思わず、3人は吹き出した。

 

「おいおい。 こんな小さな蜘蛛には大きすぎる悲鳴だったな、ロナルドくん?」

 

ディーンがからかってニヤッと笑った。

 

アラーニア・エグズメイ(蜘蛛よ 去れ)!」

 

ハリーがヒィヒィと笑いを噛み殺しながら唱えると、杖から白い光が迸り蜘蛛は消えた。

 

「君って本当に蜘蛛が苦手なんだな」

 

「いいか、シェーマス。 小さい頃にテディベアを大蜘蛛に変えられた経験がないからそんなこと言えるんだぜ」

 

ロンは恥ずかしさを隠すように頬をポリポリと掻いた。

 

ハリーはちょっと首を傾げた。

基本的にホグワーツはしもべ妖精が掃除をしてくれているわけで、グリフィンドールの寮もその例に漏れない。

彼らの仕事は完璧なはずなのに、寝室に蜘蛛がいたことが少し引っかかったハリーだが、たまにはそんなこともあるかと勝手に納得した。

 

疲れ果てていた4人は口々におやすみを言うと、灯りを消した。一人、また一人と穏やかな眠りへ落ちていく。

あっという間に、部屋には4人分の寝息だけが聞こえるようになった。

 

 

もしも…もしも、この時この場に蜘蛛に詳しい者が居たなら。

 

先程見た蜘蛛が、致死量の毒を持つ危険な種であったことが分かっただろう。

 

 

ハリーはまだ幼さの残る寝顔で、むにゃむにゃと何かを言いながら寝返りを打った。

 

 

…どこまでも安全なはずのホグワーツで、黒い思惑が動き始めていた。

 




ハリーの女慣れした過度なスキンシップが、逆にジニーに恋心を持たせなかったようです・・・( ˇωˇ )

そして、ルーナ少し早めの登場!

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