プリンス家の長男として迎えられたセブルスであったが、学校では今まで通りセブルス・スネイプという名前で過ごしていた。
ホグワーツの在学期間が残り少なかったので、わざわざ苗字を変更して紛らわしい思いをしたくなかったからだ。
セブルス達ももう7年生。
N.E.W.T(通称・イモリ)と呼ばれる試験も終わり、いよいよ卒業が近付いている。
セブルスは全ての試験に合格し、中でも魔法薬ではO(大いによろしい、優)を取れたたため、これにはエルヴィスもダリアも大喜びであった。
エルヴィスは自身と同様に魔法薬の研究の道にセブルスを進ませようとしたが、世間の現状はそんな呑気なものでもない。
世間は今この瞬間にも一刻また一刻と、闇の勢力に呑まれつつあるのだ。
大イカがゆらりと泳いでいる湖畔の木の下。
今日も今日とて、ここが5人のお気に入りの場所だった。
もっとも、最近ジェームズがリリーにプロポーズしてからは必然的に4人でいることが多くなったが。
ちなみにジェームズとリリーの結婚式は、ホグワーツを卒業してすぐ行われる予定だった。
「そういえば、フィルチに取られた『忍びの地図』どうするんだ? 暇だし、取り返しに行くか?」
シリウスが欠伸を噛み殺しながら、事も無げに言う。
ジェームズはそうだなぁと同調しかけたが、途中で気が変わったのか首を横に振った。
「いや、このままにしておこう。 どうせ卒業したら使わないし。 いつか僕らみたいな誰かがフィルチの引き出しから盗むだろうさ」
「それは面白いねぇ。 果たして僕らを超える悪戯仕掛人は現れるのか」
リーマスが愉快そうに笑う。
監督生のバッジを光らせている彼であるが、品行方正には程遠い。
「僕とリリーの子どもが見つけてくれたら最高なんだけどなぁ」
ジェームズが芝居がかった仕草で、誇らしげに言った。
「おまえ・・・まさかもうリリーのお腹には・・・」
「んなわけあるか!」
ジェームズがシリウスの肩を全力で小突いた。
シリウスは大袈裟に痛がりながらも、ケラケラと笑う。
毎日のように死喰い人の暗躍が報じられているものの、ホグワーツはこれ以上なく平和だった。
ひとえにそれもダンブルドアの存在のおかげだろう。
「・・・ねぇ。 みんなは卒業したらどうするの?」
不意に、ピーターが口を開いた。
その瞳はどこか不安げに揺れている。
色々な生徒が居た。
卒業を待たずに学校を辞めていく者。国外に家族と逃亡する者。闇の勢力と戦う決意をする者。そして、死喰い人に下る者。
最早、魔法界の社会システムは上手く機能していない。
そのせいか、セブルス達を含めた同年代の生徒たちも、いまいち就職というものにピンと来ていなかった。
ピーターの言葉に、それまで和気藹々としていた他の4人も思わず口を噤んだ。
暫くは、誰も何も言えなかった。
僅かに張り詰めたような沈黙。
しかし、意外なことに最初に口火を切ったのはリーマスだった。
「私は、不死鳥の騎士団に入るよ」
その口調は彼らしく穏やかであるが、決意の篭った言葉だった。
そして、驚く4人に向かって照れ臭そうに笑う。
「私が君たちに出会えたのも・・・ここにこうして居られるのも、ダンブルドア校長のおかげだからね。 少しでも恩返しがしたいんだ」
「・・・おまえらしいな」
セブルスは思わず呟いた。
リーマスは温厚な性格であるが、意外と頑固だ。そして、人狼であるという負の面を持っているせいか、自分に手を差し伸べてくれた者に対して義理堅い。
「俺も、入るぜ」
シリウスが湖を見つめながら、ぶっきらぼうに言った。
彼はもう既にブラック家を家出し、一人暮らしをしている。闇の魔術に傾倒する弟とは対照的に、死喰い人になる気などこれっぽっちもなかった。
「もちろん、僕とリリーも入るよ。 ・・・あぁ、あとこれはリリーから聞いた話だけど、レイチェルも不死鳥の騎士団に入るらしい」
ジェームズは、セブルスに向かって意味ありげに言った。
セブルスは一向に取り合わずに、フンッと鼻を鳴らした。が、内心は穏やかではなかった。
フォウリー家は純血だ。それも聖28一族の一員なのだ。その一人娘であるレイチェルが、堂々と闇の勢力に抗ったなら・・・。
「・・・シュリルはどうするの?」
リーマスが控えめに聞いた。
セブルスが、難しい立場に立たされてることを案じているのだろう。
自分は、祖父母から愛されている。それは疑う余地もない。
しかし、2人ともセブルスの所属するグリフィンドールのことを悪く言ったことは一度もないが、考え方や主義はコテコテのスリザリンなのである。
そんな自分が、大手を振るって反ヴォルデモート組織に入ることは躊躇われた。
「・・・実は、死喰い人からこちらの勢力につくようオファーが来ている」
「なんだって!?」
セブルスの衝撃の告白に、4人の声が揃う。
「おい!もちろん断るんだろうな!?」
「うるさい。パッドフッド」
般若のような形相のシリウスを、セブルスは面倒くさそうに制した。
無論、セブルスは死喰い人になる気などさらさらない。
「私の祖父エルヴィス・プリンスとアブラクサス・マルフォイは学生時代からの親友でな。 プリンス家にその気がないなら、何とか上手く口利きをしてくれるらしい。 祖父としてはどちらに付くつもりもなく、中立の立場で居たいらしいからな」
--『スリザリンではもしかして、君はまことの友を得る』。
スリザリンは一番結束の高い寮だ。一度心を許した者や身内を守るためには、それこそ手段を選ばない。
そもそもエルヴィスは権力というものにあまり興味はない。
マグルは下等だと考えている純血主義だが、それを排除しようとまでは思っていなかった。
そして、エルヴィスは筋金入りの学者肌であった。自分がしたい研究だけ出来れば、世の中のことなんてどうでもいいのである。
「アブラクサス・マルフォイ?あぁ・・・何年か前に卒業したルシウス・マルフォイの父親か」
「いけ好かねぇ奴だよな。シュリル、信用しない方がいいぞ」
ジェームズとシリウスが口々にそう言った。
セブルスの影響でいくらか態度が軟化したものの、最早この2人のスリザリン嫌いにも慣れたものだった。
もっとも、実際に死喰い人の殆どはスリザリン出身だったのだから仕方ないとも言えるが。
「・・・まあ、何にせよプリンス家は研究に没頭するという名目で中立を保つことになった。 ちなみに、お互い次期当主ということでルシウスとも昨日会って話をつけてきた」
マルフォイ家の子息をファーストネームで呼んだことに、他の4人はぎょっとした。が、セブルスは構うことなく言葉を続ける。
「向こうにとっても、悪い話じゃないんだ。 私は堂々と闇の勢力に入ることを逃れられる。 そして、無事にダンブルドアが例のあの人を打ち負かしたら、マルフォイ家は脅されていただけで
そう。プリンス家を庇うことはマルフォイ家にとって何もメリットがないようで、決してそんなことはない。彼らにとって自陣が敗北した際の保険となるわけだ。
セブルスのこの提案を、マルフォイ家はすんなり受け入れた。
ルシウス・マルフォイは、グリフィンドール出身であり混血のセブルスを見下してはいたが、頭の切れる者だということは認めていた。
「全く・・・君が何故スリザリン生じゃないのか不思議に思うことがあるよ」
リーマスはさすがと言わんばかりに、ヒュウと口笛を吹いた。
「というわけで、表には出れないが私も騎士団には所属する。裏方でもやれることは多いだろうからな」
こいつには敵わないなと皆が舌を巻いてる中、セブルスは言いたいことを話し終えると、涼しい顔で本を取り出し読み始める。
「なんだよ。じゃあ、卒業しても俺ら一緒なのか」
シリウスが拍子抜けしたように言う。
「え・・・? 僕はまだ何にも・・・。」
「正気か? ワームテール。 まさか逃げるんじゃないだろうな? シュリルなんて、こんな危険な思いしてまで騎士団に入るんだぜ」
戸惑っているピーターに、シリウスが眉を吊り上げた。
「パッドフッドの言う通りだ。 当然、君も騎士団に入るだろう?」
ジェームズにもそう言われ、ピーターはとうとう首を縦に振った。
だが、その瞳は変わらず暗かった。
--後に、セブルスは思う。
もし、この時少しでもピーターを気遣っていたら、全く違う未来が待っていたのではないかと。
「ん、しまった。 この本、返却期限今日だな。」
セブルスは本を整理しながら、呟いた。
「それなら早く返しに行った方がいいんじゃない? 1日でも遅れたら、マダム・ピンスに呪われるよ」
「そうだな。 ムーニーも来るか?」
「・・・今日はパスかな。この気候じゃ本を読んでても眠くなりそうだ」
リーマスは欠伸を噛み殺しながら言った。
穏やかな日差しが照りつける今日、確かに読書日和というよりは昼寝日和だ。
しかし、本の虫であるセブルスには気候など関係ないらしい。
セブルスは4人と別れて、図書館へ向かった。
卒業までに、図書館であと何冊の本が読めるだろう。
そんなことを考えながら、図書館に入ると本を返却した。そして、新しい本を物色する。
プリンス家に住むようになったおかげで、読みたい本はエルヴィスがふくろう便で送ってくれる。しかし、それでもやはりホグワーツの図書館の方が蔵書は膨大だった。
魔法薬に関連した本棚の角を曲がると、見知った顔が現れてセブルスの胸は高鳴った。
そこには、レイチェルが窓際の小ぶりな本棚に堂々と足を組んで腰掛けていた。
時折、短く揺れる金髪を耳にかけながら本のページを捲っている。
少し奥に行けば、机と椅子が並ぶスペースがあるというのに、たったそれだけの距離を我慢出来なかったのだろう。
マダム・ピンスが発見したら怒るであろう行儀の悪さに、セブルスは思わず苦笑した。
「・・・ん? なぁに、セブルスったら。あたしのこと覗き見?」
漸く気付いたレイチェルは、どこか気怠げな表情で本から顔を上げた。
「戯れ言を。おまえのあまりの行儀の悪さに呆れていただけだ」
素っ気なく返すと、レイチェルは恥じ入る素振りさえ見せずに、本を閉じて横に置いた。
『闇の魔術とその防ぎ方』という題名の本だ。
自分と同様彼女も、卒業を前に貪欲に知識を欲しているのだろう。
「本ばかり読んだって、こればっかりは実戦あるのみだよね」
ぽつりと放たれたその一言が、何だか妙に悲しくて虚しかった。
戦争が身近にあることの恐怖。
もし、例のあの人が居なかったら自分たちは・・・。
そこまで考えて、セブルスは頭を振った。
考えても仕方のないことだ。
「リリーはどこに行ったんだ? 一緒じゃなかったのか?」
やんわりとセブルスは話を変えた。
レイチェルもセブルスのそんな気遣いにすぐ気付き、いつも通りの様子に戻る。
「あれ、途中で会わなかった? さっきまで一緒だったけど、愛しのジェームズを探しに行ったよ」
どうやら、リリーとはちょうど入れ違ったらしい。
ホグワーツは広い。その分、廊下も1つではないので入れ違ってしまったとしても不思議ではない。
「あの2人もとうとう結婚かぁ」
しみじみとレイチェルは言う。
ずっと見守ってきた親友の幸せが、純粋に嬉しいのだろう。
「早急すぎるとは思うが・・・このご時世だ。 想いを寄せている人と一刻も早く式を挙げたいと思うのは、当然のことかもしれないな」
騎士団に入ったら、いつ死ぬとも限らない。
その覚悟の上で、自分たちは騎士団に入る。
だが、それでもやはり人が人を愛する気持ちは抑えられるものではないのだ。
「・・・それで、あたしの
レイチェルが悪戯っぽく微笑んだ。
図書館の陽だまりの中、彼女はこの上なく美しく見えた。
セブルスは全てを忘れた。
探していた本のことも、学校の外のことも、難しい立場にある祖父母と自分のことさえも。
今この瞬間だけは全てを忘れ、セブルスの意識は彼女1人へと向けられていた。
「望むなら、今すぐにでも」
そしてセブルスは、寮の名に恥じぬ騎士のようにその場に跪いた。
一人称が何人か「僕」→「私」に変化してます。これは大人になったからです。
ちなみに私は、セブの「我輩」という訳が好きではないのでこれから「私」で統一すると思います。
ダレン・○ャンのク○プスリーの「我輩」は、何故かあまり違和感なかったけど。