例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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謎のプリンス編
ドラコを助けて


 

穏やかな夏の夜だった。

風は吹いていない。半分ほど顔を見せた月が街を薄く照らしている。

 

死喰い人は、ロンドンを荒らし暗躍している。

日刊預言者新聞には暗いニュースしかない中で、今夜のグリモールド・プレイスは静かで長閑な雰囲気さえ漂っている。

これは嵐の前の静けさなのか。それとも--。

 

ひとえにこの人がロンドンを訪れているからなのだろうか。

 

「こんばんは、ハリー。シリウス」

 

ドアを開けると、夏の夜に紛れてしまいそうな色のローブに身を纏ったダンブルドアが佇んでいた。

そして、身支度を終えているシリウスとハリーに柔らかく微笑む。

 

「ほうほう。準備は万端じゃな」

 

良い仕立ての黒いローブをきたハリーとシリウスは、どこから見ても高貴な魔法族といった風貌だ。まさにブラックの名を表している。

これならあの人物も気に入るだろう。

 

「ダンブルドア先生、お久しぶりです」

 

また幾らか身長が伸びて大人びたハリーは、無邪気にダンブルドアに抱きついた。

ハリーの中で、幾分遠い存在であった校長への接し方は年度末でだいぶ変わった。ダンブルドアの本心に触れたからだ。

 

ダンブルドアは驚いて一瞬体を固くしかけたが、ハリーに気取らせないよう微笑んだ。

ハリーがこれほど懐いてることが、どんなにこの老人を温かい気持ちにさせるか…恐らく世界中でダンブルドア自身しか知らない。

 

「久しぶりじゃな、ハリー。 少しまた背が伸びたかのぅ?」

 

シリウスはダンブルドアに空いている肘掛椅子を勧めた。

その際、ローブが僅かに緩み彼の右手が顕になった。

 

「先生!? その右腕はどうしたんですか?」

 

ハリーはダンブルドアの右手が黒く焦げてるように爛れていることに気付き、声を上げた。

 

「おお、これか。 何も問題はないのだよ、ハリー」

 

「でも⋯」

 

尚もに何か言い募ろうとするハリーに、ダンブルドアは優しげに笑う。しかしその笑みにはどこか有無を言わせないような雰囲気もあった。

 

「心配することは何もないのじゃ。ところで額の傷は最近痛んでおるか?」

 

「それが全く痛まないそうなんです」

 

ハリーより先にシリウスが答えた。

その回答はダンブルドアの予想通りだったらしく、大きく頷いた。

 

「やはりそうか。 奴は開心術でハリーの心を見る危険さに気付いたんじゃろう。 今は、ハリーに対して心を閉じていると思われる」

 

「そうですか。⋯良かったな、ハリー!今年はもうあいつから閉心術を学ばなくていいってことだ」

 

シリウスは心底それが朗報に思ってるらしかったが、去年レギュラスへの態度をほんの少し改めたハリーは微妙な笑みだけ返した。

 

「その代わりに君には今学期、わしと個人授業を受けてもらう。 既にシリウスには話はつけてある」

 

ハリーは驚いてダンブルドアとシリウスの顔を交互に見た。

どんな授業をするのか--それに何より、ダンブルドアの右手について聞きたかったが、大人2人はもう他の話題に移っていた。

 

「校長、アメリアのことは⋯残念でした」

 

「誠に。 彼女は大変優れた魔女だった。 それに公平で誠実であった」

 

「ええ。魔法省にはあまり居ない、良い奴でした。⋯ファッジがクビになり後釜はルーファスに決まったようですね。私は程々に適任だと思ってます」

 

屋敷しもべ妖精のアンが、紅茶を3人分持って現れた。

 

「おお、すまないのぅ。⋯そういえば、彼は君の部下であったな。 ふむ、君が魔法省に戻らないのは残念だと思っておるよ」

 

「勘弁してくださいよ! もうあんな場所はこりごりだ!」

 

シリウスは大仰に顔を覆った。

 

「⋯長年すまなかったのう。君は悪戯専門店のオーナーが向いていると、わしですら思っておるよ。 むしろ去年まで魔法省をよく続けてくれた」

 

まるで授業中に生徒を褒めるような口調で言ったので、シリウスは居心地が悪そうにティーカップを口に引き寄せた。

 

ハリーは2人の会話を聞きながら、ダンブルドアにとっては自分と同様シリウスも教え子の一人なのだなと可笑しく思っていた。

 

「さて、そろそろ行くとするかのぅ。老人の用事に付き合わせてすまなんだ」

 

ダンブルドアは肘掛椅子を左手を支えにして立ち上がると、老体とは思えない速さで扉へと向かった。

 

ハリーは、ダンブルドアが少なくとも今は右手のことは話す気がないことを悟った。

 

グリモールドプレイスの重厚な扉が、ギギギと錆び付いた音を立てて開く。

3人はロンドンの夜へと歩みを進めた。

 

「スラグホーン先生というのは、どういう先生なのですか? 僕が行って何の役に立つのか疑問なのですが」

 

外に出ると夏の空気がじめっと肺に入ってくる。

治安の悪化はマグルの耳にも届いているようで、幾分閑散とした通りを進む。

 

ハリーの問いに答えたのはシリウスだった。

 

「簡単な理由さ。 スラグホーンは俺とかハリーみたいなのがお気に入りなんだ。俺の言いたいこと⋯わかるだろ? 彼は人脈をコレクションするのが趣味と言ってもいい。 そのためのクラブもつくっていたくらいだ」

 

ハリーは苦笑して頷いた。

『生き残った男の子』であり、養子とはいえ『ブラック家』である自分には心当たりがたくさんあることだった。さらに最近は『選ばれし者』なんて呼び方も増えてしまった。

学校という閉鎖空間で最近はその意識も無くなったが、入学当初は自分のネームバリューに惹かれて近付いてきた生徒は多かった。

シリウスと共に魔法界にいるとそれはより一層多く、誰も彼もブラック家とコネクションを持とうとした。

 

「君たちがいれば百人力ということじゃ。ホラスも簡単に頷くじゃろう。 シリウス、未だに彼と連絡はとっているのか?」

 

「家同士の付き合いが僅かにありますからね。1年に一度、パイナップルの砂糖漬けを送ってます。 あのじーさん、あれが好物なんですよ」

 

ダンブルドアは可笑しそうに笑った。

 

「ほっほっ、しっかり貴族の付き合いをこなしてるんじゃのぅ。学生の頃の君からは想像もつかまいて」

 

人気のないところで姿あらわしをした。

ハリーはシリウスの腕に捕まりながら、涙目で降り立つ。

 

どこやら寂れた村の外れのようだった。

家はいくつかしか点在していなく、明かりも仄暗い。

遠くで寂しそうな鳥の鳴き声が微かにした。

 

「こんなところで隠遁生活してるのか」

 

シリウスは辺りを見回して意外そうに言った。

遊ぶ子どものいなそうな公園の記念石碑を、大して興味無さそうに眺める。

 

「⋯スラグホーンを勧誘するということは、あいつ(レギュラス)を『闇の魔術に対する防衛術』の教師にするということですよね? 聞き入れてもらえないと思いますが、断固反対です。 元死喰い人が防衛術を教えるなんて洒落にならねえ」

 

「何度も言っているがのぅ。わしがレギュラスを信用するか、そうでないかは、わしが決めることなのじゃよ」

 

面白くなさそうにシリウスは鼻を鳴らした。

 

「え? スラグホーンって魔法薬の先生なの? てっきり『闇の魔術に対する防衛術』の先生なのかと思ってた」

 

意外そうにハリーは目を瞬かせると、そのまま思ったことを口にした。

 

「それならセブルスおじさんとかシャルロットを連れてくれば良かったんじゃないの?」

 

すると、シリウスは笑いながら手を横に振った。

 

「無理無理。 セブルスは昔から可愛げがなかったからな。 成績が最高峰な割に、あまり気に入られてなかった。 尤も今の研究者としての地位の高さはスラグホーンにとって魅力的だろうが⋯セブルスは社交術にとんと向いてない」

 

ハリーも笑った。

セブルスの気難しさは自分もよく知っている。

 

「何より、レイが目を覚ましたばかりだ。 家族で過ごしているところを邪魔しちゃ悪ぃ」

 

そう呟いたシリウスの横顔は穏やかだった。

眠り姫が目を覚まし、彼の古い傷も少し癒されたらしい。

 

蔦の絡まる古い教会を右に曲がると、目的地に着いたようだった。

 

「そういえばスラグホーンは、リリーもかなりお気に入りだったな。 スラグ・クラブに呼ばれていたし。 ⋯よし、おまえ魔法薬が大好きで成績も一番ってことにしろ」

 

「ふむぅ、嘘を言わせるのは教師として容認できぬのぅ。 それもすぐ明るみに出る嘘じゃ」

 

ハリーは突然立ち止まった。

2人の大人が不思議そうに振り返る。

 

ハリーは意を決して口を開いた。

 

「ダンブルドア先生、今日は僕に頼み事をしてくれたってことですよね」

 

「ふむ。 そうじゃな」

 

ダンブルドアの瞳はいつだって穏やかで、海のようなブルーだ。

 

「先生、僕⋯そのスラグホーンって人を説得できるように頑張ります。 色々と話をしてみます。 だから、もし説得できたら僕の頼み事も聞いてほしいんです」

 

「おい、ハリー⋯」

 

さすがにシリウスは言葉を挟もうとしたが、ダンブルドアがそれを左手で遮った。

 

「ドラコを⋯ドラコ・マルフォイを助けて欲しいんです」

 

 

 

 

 

 

喧しい笑い声が屋敷に響き渡った。

 

聞く者を不快にさせる、甲高い金切り声のような激しい笑いだった。

 

ベラトリックス・レストレンジは床に溢れるのも全く厭わない様子で、乱雑に葡萄酒を口に運んだ。

それを屋敷の主、ナルシッサが快く思ってないのは言うまでもない。しかし、ナルシッサは旦那の逮捕を受け、今や憔悴しきっている。咎める気概さえ無さそうだ。

 

「あははははは! レギュラス! まさかおまえがあのダンブルドアの元で長年スパイをしていたとは。 我が君も大層お喜びであろう!」

 

「よく言いますよ。 私の言い分を聞くまで懐疑的であったではありませんか」

 

レギュラスは少し呆れたように溜息をつきながらも、ニヒルに唇を歪めて笑ってみせた。

 

「仕方ないだろう? アズカバンでは得られる情報が限られる。 おまえが我が君の力が弱まった時に、寝返ったように見えたんだ」

 

ベラトリックスは口の端から濃紅色のワインが滴るのも気にせず言った。

ブラック家の淑女として幼少時に厳しく身につけられたはずの彼女であるが、マナーは監獄に置いてきてしまったらしい。

 

「しかし、愛しいレジー坊や。 おまえの忠誠心が真なるものであることは我々親族は昔から知っていた。·····なぁ、シシー?」

 

ナルシッサは硬い表情を崩さぬまま、おざなりに頷いた。彼女の関心は他にあった。

 

「レギュラス、それでは·····引き受けてくれるのですね?」

 

「もちろんです、シシー。 ドラコは私にとっても可愛い弟のようなもの。 この身をかけてあの子を守り、手助けしましょう」

 

レギュラスの優しげな声を聞き、ずっと機嫌がよかったベラトリックスはここで初めて顔を顰めた。

 

「私は反対だよ。あの方はドラコにお命じなさった。 シシー、おまえはそれに誇りに思うべきだ」

 

「あの方はそうして·····上手くいかないドラコを罰するつもりだわ!」

 

ヒステリックにナルシッサは言った。とうとう彼女の頬には大粒の涙が伝った。

レギュラスは身を震わせて泣く彼女の肩をそっと抱きながら、革張りのソファーに座らせた。そして、跪くと彼女の手を握った。

 

「私が信頼できませんか? 貴方が望むなら、私は『破れぬ誓い』を結んでも構いません」

 

ナルシッサはしゃくりあげながら一瞬体を身じろがせた。しかし、震える息を吐きだすと首をゆらゆらと振った。

 

「いえ、いえ、貴方は大切な従兄弟君。私は身内を疑うほど品性を失っていませんわ」

 

身内であるレギュラスの口添えのおかげで、ドラコは『闇の印』を刻むことも免れている。

ナルシッサにとってレギュラスは最早、最後の頼みの綱だった。

 

「全く·····辛気臭い妹だ。 おまえも飲んだらどうだ? 新しいワインを出してくれ」

 

「あ、姉上は…飲み過ぎなのです·····それで最後ですわ」

 

ベラトリックスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

そして、グラスを宙に放ると立ち上がった。グラスは彼女の背後で粉々に砕け散った。

 

「お供いたしましょう」

 

レギュラスが美しい笑みを浮かべて、後に続く。そして杖を僅かに動かすと、放られた砕けたグラスがすっかり元に戻り棚へと戻って行った。

 

一人残されたナルシッサはぼんやりソファーに身を預けたまま、それを見送った。

ソファーには姉が零したワインの染みがまるで血のようにこびりついている。『スコージファイ』を使う気にすらならなかった。

 

このソファーは夫が気に入り、購入したものだった。ドラゴン革であしらわれたその高級なソファーには思い出がたくさんある。確かドラコが初めて『母上』と辿々しく呼んでくれたのもここだった。夫とはドラコが産まれる前も後も、ここで多くの時間を過ごした。

今、ソファーに身を沈めても、隣りに愛するルシウスは居ない。

夫婦で気にいって決めた華美なシャンデリアも空虚な輝きを放っていた。

 

とにかく客人は居なくなった。

のろのろとナルシッサが立ち上がると、ドアノックを叩く音がした。再び、誰か訪れたようだ。

ルシウスの不在により、マルフォイ邸には多くの死喰い人が出入りすることが増えてきた。

暗澹たる思いで、ドアを開いたナルシッサは思わず悲鳴を上げた。

それほど予想していない人物であったのだ。

 

フードを目深に被ったその男は、屋敷内に他の客人がいないことを確認すると、さっと部屋に入り込む。

 

「貴方、自分がどこに来ているかわかっているの!?」

 

ナルシッサは甲高い声で威圧した。

そして、ぶるぶると震える手で杖を抜く。

 

「人を呼ぶわよ」

 

「頼む。そんな騒がないでくれ。俺はドラコと話したいだけだ」

 

「ドラコですって!? 私の息子にどのような用事があると言うの? 今すぐお引き取りなさい」

 

その時、階上で扉が開く音がした。

吹き抜けとなっているサロンを覗き込むように、ドラコがおずおずと顔を見せた。

 

「母上? 僕のこと呼びました?」

 

しかし、ドラコはフードで顔を覆った客人の姿に目を留めると体を硬くさせた。

今や彼の家で、死喰い人が我が物顔でのさばるのは日常茶飯事だった。

 

「ドラコ、安心してくれ。 ·····俺だよ」

 

客人はフードに手をかける。無造作に伸ばされた黒髪が肩にかかった。役人を辞めたせいか、ドラコの記憶の中よりカジュアルになったその風貌を露わにした。

 

「シリウスおじさま·····!?」

 

ドラコのグレーの瞳がこれ以上ないほど見開かれた。

 

「どうして貴方がここに·····?」

 

その問いには答えず、シリウスは階段をずかずかと上るとドラコの肩を掴んだ。

真剣な面持ちでドラコの目をのぞき込む。

 

「いいか、ドラコ。 時間がない。 これが最後のチャンスなんだ。 おまえを迎えにきた。 俺と騎士団に来るんだ」

 

ナルシッサが甲高い悲鳴をあげた。

 

「何を言っているのです!? ドラコから離れなさい! 呪いを撃ち込みますわよ!」

 

「やってみろよ。 おまえに何ができるんだ? お前は昔からそうだな、シシー。 母親になっても、誰かに頼って生きることはやめてないんだろ?」

 

シリウスがそう嘲ると、ナルシッサは顔をさっと赤くした。唇がぶるぶると震えている。

シリウスはそんな彼女を意にも介さず、再びドラコを直視した。

 

「おまえと·····母親は騎士団で必ず庇護する。 どこまで出来るか分からないが、ルシウスもアズカバンから解放できるよう動いてみよう。だから俺と来い。 ハリーも強くそれを望んでる」

 

かつての親友の名を出され、ドラコの瞳が揺れる。

 

「聞いてはなりません! ルシウスが不在の今は貴方がこの家を·····!」

 

「黙れよ! いいか、ドラコ。 家に縛られるな! それがくだらないことを俺は誰よりも知っている」

 

シリウスは心から咆哮した。

 

「マルフォイ家としての意見じゃない! 自由に生きていいんだ! ドラコ、おまえはどうしたい?」

 

ドラコは、まるで幼子のように目線をふらつかせた。

やがて、乾ききった唇から声が漏れ出た。

 

「僕は----··········」

 

 

 

 

 

 

グリモールド・プレイスにて落ち着かない様子で待っていたハリーは、帰ってきたシリウスの顔を見て、最後の望みが絶たれたことを悟った。

 

「すまない、ハリー」

 

シリウスはそれだけ言うと、目も合わせずに部屋の奥へと消えた。





謎のプリンス編始動です。
本作ではプリンスが謎でもなんでもありませんね。
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