正義の味方に施しを   作:未入力

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それぞれの秘密

夕暮れの太陽が遠くの空を赤く染める。

フェンスに寄りかかった背に僅かに冷たい気配を感じ、僅かに顔を顰める。

全く、今日は授業が頭に入って来なかった。

理由は明白。慎二、ライダー、そして桜のことだ。

 

俺は一刻も早く慎二を止めたい。この街に住む誰かのため、そして桜のために。

もう誰かを傷つけることをさせたくない。

そして、正直なところ追い詰められ不安定な慎二の元に桜を置いている事に抵抗がある。

このままではあいつが桜を聖杯戦争に、魔術の世界に巻き込んでしまう可能性が捨てきれない。

 

だから俺は早く決着を付けたがった。

だが──

 

「衛宮君お待たせ。って寒っ!こんなとこで待ってたの?悪い事しちゃったわね」

 

屋上の扉が開く金属の重い音と共に、真っ直ぐな声が響く。

 

「いや、気にしなくていい。そんなに待ってないからな」

 

現れたのは遠坂凛。

昼休みの途中、『衛宮君、話があるの。放課後空けといてくれる?』とクラスに尋ねてきたのだ。

その際のクラスの反応については割愛。

ともかく、セイバーのマスターである遠坂から話があると言われれば従う他ない。

ゆえに、放課後になったと同時に俺は屋上に向かったのだった。

 

「それで、話ってなんだよ」

 

恐らくは、いや確実に聖杯戦争の件だろう。

意識を切り替え、遠坂の目を見据える。

しかし

 

「──うん、一つ忠告が増えてさ。でもそれは後でいいわ、急ぎじゃないし。まずは衛宮君の話から聞こうかしら」

 

遠坂は不思議な事を口にした。

 

「俺の話──?」

 

意図するところがわからず首を捻る。

俺は何か相談があるとか何とか遠坂に言っただろうか?

 

「そう、衛宮君の。見るからに悩んでますって顔で黄昏てるんだもの。協力して欲しいこともあるし、相談くらいなら乗ってあげるわよ」

 

どうやら傍目で見てわかるほど俺の様子はおかしかったようだ。

しかし丁度いい。慎二の件を教えることも含め、相談するのも悪くない。

 

「少し長くなる。いいか?」

 

頷く遠坂を確認し、口を開く。

慎二の凶行、ライダーとの戦い、その能力。

そして早期に決着を付けるための作戦まで。

 

「待って。その話本当なの?慎二がマスターだなんて。それはあり得ない筈よ。だってあいつには魔術回路がない。マスター以前に魔術師ですらないのよあいつは」

 

「だが確実に慎二はマスターだ。ライダーを従えていたし、ライダーもあいつの命令には従ってた。ほら、そんなのマスター以外にあり得ないじゃないか」

 

遠坂が納得出来ないような態度で低く唸るような音を出す。

しかし特に反論はないらしい。先を話せと目で訴えてくる。

 

「これ以上野放しには出来ない。だから早めに決着を付けたいんだが──」

 

「それで工房に攻め込もうってか。まぁルーラーにランサーがいれば負けはしないでしょうね」

 

「ああ、二人が言うには俺は来ないほうが良いって話だけどな」

 

そう言って自嘲気味に笑う。

もちろん二人は戦力的な意味ではなく俺を気遣った上でそう言ってくれたのであるが。

 

「ははーん。それが衛宮君には気に入らない、と。気持ちは分からなくもないけど従ったほうが良いわよ。工房に立ち入って生きて帰るなんて私でも難しいし」

 

遠坂がゆったりとした動きで隣のフェンスに寄りかかる。

きぃ、という音を立て空を見つめるその顔にはどこか納得できないと言いたげな感情が映る。

 

「ねぇ、衛宮君。どうしてそこまで早く決着を付けようとするのかしら。ルーラーは立場上わからなくもないけど、衛宮君にはそんな理由ないでしょ?外に出て来ない限りは周りに被害なんて出ないし、外に出てきたらそれこそ好機。今度こそランサーが叩き潰せばいいじゃない」

 

「それはだな──」

 

「ルーラーやランサーがそれが一番確実だと判断したから?それとも後手に回りたくないからかしら」

 

畳み掛けるような言葉を浴びる。

言い返す言葉は見つからず、しばし自分の内に答えを探す。

だが、そんな事をするまでもなく、やはり答えは既に浮かんでいた。

 

「やっぱり、一刻も早く憂いを断つためだと思う。遠坂の言う通り、後手に回りたくないってのが近いのかな。ランサーを信用してないわけじゃないけど、間に合わない可能性ってのは捨てきれない。それと──」

 

そこで一度言葉を切る。

不思議に思ったのか顔を伺ってくる遠坂に、今言うからと手で告げる。

 

何故一刻も早い決着を望んだのか、それは巻き込みたくないから。

誰を。関係のない大多数の人々を。それだけじゃない。

俺が、俺自身が踏み込む事を躊躇した理由、それは。

 

「桜って子、知ってるだろ」

 

「ええ。知ってるわよ」

 

「そいつ慎二の妹なんだ。慎二は今多分凄く不安定だ、桜を巻き込まないという保証はない。俺、桜には魔術なんてものを知らずに普通に暮らしてて欲しいんだ。だから──」

 

「それじゃ工房に踏み込むなんて以ての外じゃない。目撃される可能性もあるし、そうならなくても魔術師の家系にあるのなら何かに気づくかもしれない。無関係の人への被害に関しては速攻で終わらせるのが一番かもしれないけど」

 

きっぱりと切り捨てられる。

 

「一刻も早く終わらせたい理由はわかった。でもそれじゃ本末転倒よ」

 

「わかってる。俺は…その……」

 

「なるほど…。それが本当の悩みってことね」

 

はぁ、と遠坂は大きな溜め息を吐く。

やれやれ、とでも言いたそうに遠坂は呆れた視線で俺を見る。

それが気に食わなくて少し眉を寄せて遠坂を睨む。

全く、人が本気で悩んでいるというのに。

 

「それなら悩む必要なんてないじゃない。ライダーを倒すまででもいいから間桐さんを衛宮君の家に置いてあげればいいのよ」

 

そして、遠坂はとんでもないことを何でもないように言った。

 

「ば、馬鹿言うな!そんなこと、大体桜が嫌がるだろ」

 

「なんでよ。桜──は衛宮君の家によく来るんでしょ?ちょっと泊まるくらい別に嫌がらないと思うけど。嫌な相手の家にわざわざご飯作りに来ないでしょうよ」

 

反発の声に遠坂は呆れの視線を濃くする。

なんでそんなこともわからないのかしら、とでも付け足されそうな視線だった。

 

「なんだその目は。それに俺だってマスターだ、狙われる危険もあるしそしたら桜だって」

 

「何言ってんのよ。それはライダーも同じ。そして、正直な話ライダーの側とランサーの側なら圧倒的にランサーの方が安全よ?それはランサーの近くにいる衛宮君の方がよくわかってるでしょうに」

 

反論は完璧に論破された。

しかし、遠坂の言う意見は全くの非常識な手段というわけでもない。

とりあえず最善の手ではあり、嫌かどうかも桜に聞いてみなくちゃわからない。

 

頷きそうになったところで、遠坂の言葉におかしな点を発見しその動きが止まる。

 

「あれ、俺桜がご飯作りに来てるなんて言ったか?」

 

そう何でもない疑問を口にした瞬間。遠坂の瞳に動揺が走った。

 

「え、ええ。言ったわ、衛宮君は虚ろで覚えてないかもしれないけど、色々話を聞いてた時にね。ほら、さっきまで衛宮ったら悩みに悩んでぼうっとしてたじゃない。だから覚えてないのよ」

 

何となく納得できないが、遠坂が言うならそうなんだろう。

というかそれ以外に遠坂が桜のことを知る手段はないだろうし。

 

「そうか…俺そんなに悩んでたんだな、悪い遠坂。世話になった、遠坂の言う通り桜に話をしてみる」

 

「そうしなさい。それと、桜の事が上手く行ったとしても工房に踏み込むっていうの少し待ってもらえないかしら」

 

朗らかに微笑み、後押しする視線と表情のまま遠坂は襲撃に待ったをかける。

その話題の転換があまりに自然で、唐突でしばし反応する事を忘れてしまう。

それを否の感情と取ったか、遠坂はもう一度口を開く。

 

「正確に言えば、突入の前にルーラーと一度話がしたい。何ならそれが叶うまでは私とセイバーがライダーに睨みを利かせてあげてもいい」

 

「そりゃ、ありがたいけど、なんでだ?」

 

どうしてそこまでするのか。そこまでしてルーラーに何を求めるのか。

それがわからず、ただ疑問のみを投げかける。

 

「ま、私としてもライダーや慎二みたいなのはほっとけないし、この結界を止めるってのは元々私が言い出したことじゃない。それを私の知らないところで解決されても気持ちが悪いってだけよ」

 

遠坂らしい、と笑う。

責任感が強いというか、首をつっこまずにはいられないともいうのか、とにかくこいつは目の前に問題を見つければ対処せずにはいられない性質なのだろう。

無論、そういう理由なら断る理由はない。

 

「わかった。遠坂が味方なら俺も心強い。ルーラーならまだ俺の家にいるはずだから──」

 

「ちょっと待った。ルーラーが家にいるですって?全く、あなたもルーラーも何してんのよ…。仮にも中立の立場でしょうに」

 

呆れた、とばかりに遠坂がため息を吐く。

その言い分はもっとも。ルーラー本人も言っていた事ではある。

しかし彼女は別に衛宮士郎個人に肩入れしているわけではない。

ライダーの結界という問題解決のために行動を共にしているだけだ。

 

「馬鹿ね。傍から見ればそんなの関係ないわよ。まぁいいわ、そこらへんも踏まえて話しましょ。じゃ、夜になったら橋の近くの公園で待ち合わせね。ほら、衛宮君達がライダーと戦ったって場所」

 

「ん?話ならうちですればいいじゃないか」

 

「もう、本っ当に鈍いわね衛宮君は。今日から桜が泊まるんでしょうが。少しはデリカシーってもんを学びなさい」

 

「ああ…悪い。そうだな、仮にも桜の家に踏み込もうって話なんだ。同じ家でする話じゃないよな」

 

「理由はそれだけじゃないんだけど、衛宮君に言っても仕方ないか。とにかく、そういうことで。じゃあ、また夜にね」

 

何度目かのため息を残し、遠坂が背を向け歩き出す。

だが、まだ遠坂の用件を聞いていない。

背中越しにひらひらと手を振るその姿を呼び止める。

 

「おい待て、今度は遠坂の番だ。話あるんだろ?」

 

「あ、ううん。やっぱりいいわ。急を要する話でもなし、夜にまとめて話す」

 

「なんでさ、遠慮すんなよ。世話になっちまったし、力になれるかはわからないが話なら聞くぞ」

 

先を促すも、遠坂はらしくない反応で首を振る。

どうやら本当に今のところは話す気になれないらしい。

 

「もうすぐ部活終わっちゃうし、衛宮君は桜を迎えに行きなさい。慎二に知られたら絶対ややこしくなるから、その前にってことで」

 

ばん、と大きな音が俺の背中から響いた。

無論、犯人は遠坂。早く行け、と言いたいのだろう。

 

「いっっ!…わかった、それなら今日は聞かない。でも弓道部は片付けがあるからな、終わるのはもう少し後だ」

 

「そ。なら私は先に行くわね。また後でね、衛宮君」

 

そう言って遠坂は扉の方へと歩いて行く。

振り返らず、立ち止まりもせず、再び金属の扉を開けて遠坂が階下に消える。

その間際。

 

「遠坂!ありがとな!」

 

返事はなかったが、薄く赤らめた頬が確かに見えた。

 

 

 

「話は終わったようだな。多少強引な手ではあるが、悪い手ではない。何やら秘めた事情もあるようだが」

 

扉の閉まるがたんという音と同時、ランサーがその身を現す。

 

「そうだな。にしても本当にお人好しだな遠坂は。結局色々アドバイス貰っちまった」

 

何となく頭をガリガリと掻く。

そんな俺の様子を見てランサーが口元に薄く笑みを浮かべる。

 

「安心するがいい、お人好しの度合いで言えばシロウも負けてはいない」

 

「安心するところか?それ。ま、褒め言葉として受け取っとく。っと、少し早いけど俺──」

 

 

弓道場に向かおうと足を踏み出す。

眼下には部活終わりの生徒達がちらほらと校門をくぐって行くのが見える。

片付けの時間を考慮すればもう少し時間があるが、まぁ許容範囲だろう。

 

「待て、シロウ」

 

それを、ランサーが押し留める。

 

「なんだ、ランサー」

 

「要らぬ心配かも知れんが、用心するがいい。セイバーのマスターもまた敵対する魔術師ということに変わりはない。皮肉にも彼女自身も口にしただろう、オレ達はルーラーの件もあり狙われやすい立場にある」

 

ランサーの言葉に、そうだなと頷く。

遠坂は騙し討ちなんてする性格ではないだろうが、他のマスターはそうもいかないだろう。

ルーラーのことが発覚していれば最も狙われやすいのは俺だ。

何せ彼女には多くの特権がある。彼女味方につけていると思われれば、脅威と取られても仕方のないことだろう。

 

「ああ、気を付ける。遠坂については心配はいらないだろうけどな」

 

「そう願いたいものだな。オレは彼女に借りがある」

 

言葉を交わした回数など遠坂とランサーの間では指折り数えられる程度しかない筈だがランサーはおかしな事を言う。

それを疑問に思うも、答えはなく。

言葉のないままランサーはその身を解き、赤く染まり行く空に消えていった。

 

 

「お、衛宮じゃないか!もう部活終わっちまったけど衛宮なら大歓迎だよ、久しぶりに射でもやってくかい?」

 

弓道部の入り口、桜を迎えに来たのはいいのだが面倒な奴に捕まってしまった。

 

「やらない。桜に用事があったから来ただけだ」

 

そりゃ残念、と豪快に笑う目の前の女生徒。

彼女は美綴綾子。弓道部の主将をしている元クラスメイトだ。

 

「間桐ならもう少しで来ると思うよ。それにしても今日はお客様が多いね」

 

「ん?俺の前にも誰か来てたのか?」

 

「ああ、遠坂の奴がね。て言っても遠坂は何故だかよく見学に来るんだ。だからあいつは珍しくないんだけど」

 

へぇ、と口の中だけで感想を漏らす。

遠坂が弓道部によく寄る、というのは自分がここを辞めた後だろうか。少なくとも弓道部にいた頃に遠坂を見かけた記憶はない。

ともかく遠坂は屋上から立ち去った後ここに訪れたらしい。

出くわさなかったことから察するに、本当にただ顔を出したという程度だろうが。

まぁあいつも色々あるのだろう、と一人頷く。

 

「あ、また何やら自分一人で納得して。衛宮の悪い癖だね、こりゃ」

 

「なんだよそれ。言っとくが遠坂の事については俺も何もわからないぞ」

 

そうだろうね。と美綴はまた笑う。

そこへ、たたたと短い音を連続させ一人分の足音が近づいて来る。

 

「あ、先輩……。ど、どうしたんですか?」

 

「来たね間桐。衛宮のやつがあんたに用事だってさ。あたしは少し話に付き合ってあげてたってわけ」

 

「話に付き合ってたのはどっちかというと俺なんだが…。お疲れ、桜」

 

部活を終えた桜に片手を挙げて挨拶する。

しかしそれが見えなかったのか、意図的に無視したのか桜はそれに反応する事なく視線すら合わさない。

 

「お、おい桜…?」

 

そんな桜の様子に美綴も訝しげな表情を浮かべている。

どこか重苦しさの漂う空気の中、一つ唾を飲み込む。

なんというか、朝の不機嫌さが抜けていないらしい。

いつも柔らかに微笑んでいる桜だけにその落差に必要以上に戸惑う。

 

「聞こえてます。用事ってなんですか、先輩」

 

つん、とそっぽを向く桜。

 

「おい衛宮、あんた何したのさ。間桐のこんな様子、あたし初めて見たんだけど」

 

「何、って。何もしてないぞ俺」

 

必死に心当たりを探すが、やはり思い当たる節はない。

ルーラーは何やらわかっているようだったが…いや待て、桜が不機嫌になり始めたのはルーラーが来てからで。つまりは…

 

「いや、ないない」

 

たまたまタイミングが被っただけだろう。ルーラーは嫌われるような人物じゃないし、桜も誰かを無闇やたらに嫌う奴じゃない。

 

「…ふふふ」

 

思考の世界に旅立ちそうになっていた意識に小さな笑い声が届く。

音の出どころを探せば、桜がおかしそうに口元に手を当て微笑んでいた。

 

「ごめんなさい、先輩。少しからかってみただけです」

 

「そ、そうか。良かった…」

 

ふぅ、と深く安堵の息を吐く。

同時に隣からも同じ音。美綴もまた、桜らしくないその様子に息が詰まっていたようだ。

 

「ふふ、焦った先輩って中々見られないから新鮮でした。それで用事ってなんですか?」

 

「ん?あ、えーと……一緒に帰らないか、と思って。それだけだ」

 

美綴がいるこの状況でまさか『しばらくうちで暮らさないか?』とはとても言えない。

だからこその言葉だったのだが、それをどう受け取ったのか、桜は顔を薄く赤らめ、美綴は瞳を猫のように輝かせ口元を三日月に歪ませている。

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「ほうほうほう。あの衛宮がねー。こりゃ邪魔者は退散するとしようかな」

 

それはどういう意味だ、と問う間も無く美綴が駆けて行く。

その姿は瞬く間に小さくなり、少しもしないうちに部活動生達の波に紛れて行った。

 

「全く美綴の奴…。とりあえず行くか、買い物も一緒に済ませよう」

 

「そ、そうですね!そうしましょう!」

 

やたらと勢いの良い返事だ。

別に悪いことではないが、何となく場にそぐわないように思えて苦笑する。

 

「どうしたんだ桜」

 

「あ、いえ、その先輩と一緒に帰るなんてなかったなーと、思いまして…それで、あの、意識し──何でもないです!」

 

「そういえばそうだな。部活もあるし、家の事もあるからな…。まぁ、今はそれはいいんだ。行こう」

 

そう言って歩き出す。

顔馴染みの生徒に挨拶して、どこか気後れした様子の桜の手を引いて商店街への道を歩く。

冬の刺すような空気は男の俺でも微かに痛みを感じる程で。

そんな空気だから柔らかく白い肌の桜には辛いのだろう、桜は少しでも暖かさを求めたのか体が密着する程の距離でぴったりとくっついている。

 

「今日は… 何にしようか。桜、何かリクエストはあるか?」

 

「そうですね…今日は凄く寒いですから、お鍋とかどうでしょう?というより藤村先生が食べたいって言うような気がします」

 

「確かに、藤ねぇなら有り得る。シメまできっちり頂いてる姿が想像できるぞ。よし、それじゃ鍋にしよう」

 

そう言って商店街を二人して歩き回り食材を買い込んで行く。

──正直に言おう、楽しかった。

料理という共通の趣味がある事に加え、今まであるようで中々なかった二人きりの時間。

会話が弾むのは当然のことで、桜はいつにも増して笑顔を見せてくれていた。

 

──そう、楽しかった。

───あれ、士郎君。あの金髪姉ちゃんはどうしたんだい?

 

そんな言葉をかけられるまでは。

 

「ふーん。先輩、ジャンヌさんとデートまでしてたんですか」

 

「い、いやデートというか、恩返しという名の街案内と言いますか…。あの、桜…さん?」

 

「もう先輩なんて知りません」

 

再び桜は不機嫌モードへと入ってしまった。

日の落ちた坂道を大股にどんどんと先へと進んで行く。

袋いっぱいに詰められた食材を持つ両手は重く、それを追うのにも一苦労で軽く息が切れる。

 

「ちょ、桜。待ってくれ」

 

呼び止める声に桜の動きが止まり、彼女は勢いよく振り返る。

両手の袋に視線が移り、桜の表情に焦りが浮かぶ。

 

「あ、ごめんなさい先輩!今持ちます──いえ、やっぱりやめました」

 

だがそれも一瞬。袋へと伸ばされた手はすぐに引っ込められる。

 

「嘘吐きな先輩にはいい罰です」

 

「嘘吐きって──」

 

「昨日、ジャンヌさんずっと先輩の家にいたんですよね」

 

呼吸が止まる。

特にやましい理由など一つもないのだが、確かにその点については嘘を吐いていた。

図星を突かれた俺の額に汗が浮かぶ。

 

「隠したってわかるんです。訪ねてくるには早すぎる時間帯ですし、服装も変わっていませんでしたし」

 

勘付いた根拠をつらつらと並べつつ、桜は坂道を登って行く。

その歩幅が先程より狭くなっているのが救いか。

おかげで追いつくのには苦労しない。

 

「先輩の事ですから困っている人を見過ごせないのは仕方ありませんけど、私だって……」

 

気付けば昨夜の交戦場所である公園へと辿り着いていた。

家まではもうすぐだが、両手いっぱいの荷物のことを考えると歩きながらの会話は難しい。

少し休憩だ。と桜をベンチへと促す。

 

「その、悪かった。やましいことはないんだが…」

 

「いえ、言えるはず…ないですよね。だからもういいんです。何もないなら私───うん、気にしません」

 

か細く付け足された声は彼女自身に言い聞かせているもののようで、どこか虚ろな瞳には何も映っていない。

そんな姿を見れば「そうか、じゃあこの話は終わりだ」なんて言える筈もなく、かといって口に出す言葉も見つからず、ただ桜の横顔と暗い景色の中間を見つめる事しかできない。

そんな空気がどれくらい続いただろうか。

桜の両手に微かに力が篭り、その両手の下のスカートがくしゃりと皺を立てた。

 

「先輩、ジャンヌさんはずっとあの家にいるんですか?」

 

ぽつりと呟かれた内容はやはりルーラーの事。

 

「別にうちに置く予定はないけど──桜はジャンヌが苦手、なのか」

 

見ないふりをしていた、いや先程まで勘違いだとして気付いていなかったその事を問う。

ルーラーの話題、桜が不機嫌になるトリガーはそれであった為に彼女はルーラーに苦手意識を持っているのだと流石に気付かずにはいられない。

しかし桜は予想に反し、曖昧な笑顔を浮かべる。

 

「どう、なんでしょう。綺麗な人で、素敵だとは思います。まだ知り合って間もないですからよくはわかりませんが──でも、先輩の言う通り少し苦手、かもしれません。えと、怖い──とも思ったり…」

 

「怖い──?」

 

およそルーラーには似つかわしくない表現に首を傾げる。

ルーラーが桜の前で恐怖を抱かせるような行動をしただろうか。

いや、ないはずだ。そもそもルーラーと桜は出会って一日と経っていない。

 

「少しだけ、です。それよりも私は──いいえ、やっぱり大丈夫です。先輩に迷惑かけたくないから、我慢します」

 

音もなく、ゆっくりと桜が立ち上がる。

含みを残した物言いに思うところはあれど、声をかけることを桜の纏う静かな雰囲気が邪魔する。

そしてもう一つ、脳裏に響く声が時間切れを告げている。

 

「桜、悪いんだが先に帰っていてくれないか。少し急用を思い出した」

 

驚いた顔で振り返る彼女の背中をそっと押す。

なるべく早くここから離れろ、と言外に言い含めるように。

 

「詳しいことは話せない。でもすぐに帰るから、大丈夫だ」

 

納得のいかない、何が何だかよくわからない、といった桜を説き伏せ家路を急がせる。

藤ねぇは不思議に思うだろうか、ルーラーは全てを察するのだろうか、そして桜には悪いことをしてしまった。

だがそういった平和な日常のことに思いを馳せるのはもう少し後にした方がいいだろう。

背後には既に白い槍兵が佇んでいる。

 

「悪い、待たせたな」

 

闇に覆われた大地に、黄金の輝きを纏い黒き大槍を携えてランサーが闇の奥を睨む。

ゆっくり、ゆっくりと大きな何かが近づいてくる気配がする。

それは辺りの黒と同化し、輪郭さえ朧なままで、しかし確かな存在感と叩きつけるような殺気を放ち俺たちの方へと歩を進めている。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!」

 

咆哮が鳴り響く。本能のまま、思うがままの殺意を込めたその咆哮に体が強張る。

 

「ふふ、あの女のことはいいのかしら、お兄ちゃん?」

 

歌うような声が聞こえる。それはいつだったか確かに聞いた声で。

 

「さぁ、行くとしよう。マスター」

 

撃鉄の落ちる重く激しい音が体の内から鳴り響いた。

 






お久しぶりです。多忙につきなかなか更新できずにいました。
その間にfateも色々ありましたね。
まだ映画版Heaven's feelも見れていませんが、桜ルートの漢らしい士郎君を見て彼のファンが増えてくれる事を切に願っております。
そしてextella link発売決定!
早く6月になってほしいですね。
更にド派手になったカルナさんを動かしたい…。

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