正義の味方に施しを   作:未入力

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衛宮の食卓

「セイバー、率直な意見を聞かせて。衛宮君の家にいたサーヴァント、どうにかなりそう?」

 

遠坂邸。その一室、当主である遠坂凛の寝室で彼女は自らのサーヴァントに問いかける。

傍らに控える陽光の髪を持つ騎士は、普段の彼女らしからぬ歯切れの悪さを見せながらも答えを返す。

 

「…正直に言えば、凛。勝率は五分。ステータスでこそ私が上回ってはいますが、あの威容、先程も言いましたが恐らくは最高位の英霊、単純な剣技の比べ合いではステータスの差をものともしない剛の者と感じました。よって勝敗を決めるは宝具。ですが…」

 

「真名も分からない以上、当然宝具も分からない。だから五分ってことね」

 

補足する言葉にセイバーは頷く。

 

「ええ、ですが私の直感によるもの。参考程度に考えてください」

 

「冗談でしょ。あなたの直感だもの、信じるわ。それにあいつが規格外の化物だってことはあの一瞬で感じた。十分過ぎるほどにね」

 

魔術師とは基本的に合理的、論理的思考を是とする。

目的があるならばそれを達成するのに最も効果的で、最も効率的なものを優先する人種だ。

そこに倫理観、道徳観が介在することは、魔術師本人の性格にもよるが基本的にはない。

遠坂凛は多少、一般的な『人』としての思考も持ち合わせてはいるが、それでも魔術師。

よって通常ならば直感という漠然として確実性のないものを信じるべきではないのだが、今回は話が違った。

 

まず一つ。それは彼女のサーヴァント、セイバーのスキル『直感』

戦闘時に自身に最適な展開を『感じとる』力。

彼女のもつそれは最早未来予知に近い。

つまり、あのサーヴァントと相対した際にセイバーの感じた『この相手に剣技で打ち勝つことは難しい』という直感は、ほぼ確実に訪れていた未来と言っていい。

彼女があのサーヴァントに勝つためには宝具しかないというならば、真実、手段としてはそれしかないのだろう。

 

もう一つ。それは遠坂凛自身の感じたあのサーヴァントの脅威。

目にした瞬間、敵意を僅かに向けられた瞬間、脳内をただ危険という二文字が支配した。

傍らに最高の知名度を誇る英霊を従えているというのに、だ。

 

一つでは信頼するに今一つ欠ける直感という漠然としたそれも、両者が等しく感じたのならそれは純然たる事実。

遠坂凛、セイバーの主従にとってあの黒槍のサーヴァントは目下最大の脅威として認識された。

 

「…それでセイバー、あいつの真名に何か心当たりはない?」

 

聞くも、セイバーは首を横に振る。

 

「得物を目にはしましたが、あれだけでは。私の知識の中にあの槍に関する情報はありません。少なくとも今のところは、ですが」

 

「そう。じゃあクラスは?」

 

自然、声が低くなる。それはセイバーの返答が気に入らなかったからではなく、確かな異常を目にしたからだった。

それはセイバーも同様なのか、その眉間に皺が寄る。

 

「……消去法で行けばアーチャーでしょう。ですが…」

 

「ええ、あなたの直感が剣技で勝つのは難しいと感じたのなら、アーチャーである可能性は低い。アーチャーは遠距離に秀でたクラスだもの。となるとエクストラクラスか…」

 

セイバーを召喚した日、その数時間前、確かに聞いた。

聖杯戦争の監督役たる言峰綺礼からの言葉を。

その内容とは、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーは既に召喚されている、という情報だ。

そしてその夜、自らがセイバーを召喚した以上、残るはアーチャー、であったはずなのだが。

 

聖杯戦争にはレギュラークラスと呼ばれる七つのクラスの他にそれに当てはまらない特別なクラスが存在する。

セイバーがあのサーヴァントを接近戦に秀でている、いや少なくとも接近戦にも秀でていると判断した以上、アーチャーである可能性は低い。

ならばあのサーヴァントはレギュラークラスに当てはまらないサーヴァントであったと考えるのが自然だ。

 

「まぁ、他にも可能性がないわけじゃないわ。例えば、綺礼が嘘をついていた、とかアーチャーではあるけど接近戦も得意、とかね。でもいずれにしても…これ以上ない強敵よ」

 

灯りの輝く寝室に、深い沈黙が影を差す。

だがそこで遠坂凛はそれを覆すことのできるかもしれない一つの事実を提示する。

 

「…あれ程の英霊、召喚しているだけでかなりの魔力を消費するはず。戦闘なんかしようものなら並みの魔術師じゃ体を動かすのにも苦労するでしょうね。それにね、セイバー。私はこの地の魔術師を把握してる。衛宮君は魔術師じゃない。もし仮にそれを隠してたのだとしても、それは私がそうと気付けない程に衛宮君が未熟だってこと。少なくともあのサーヴァントを戦闘させるだけの魔力は持ってないわ」

 

「ですが凛。それはあの少年がマスターだと仮定した場合の話です。もし仮に外部の魔術師があの家に存在していたとしたら」

 

確かにそれは可能性としてはあり得る話だ。

しかしあり得ない。首を振り、否定を表す。

 

「あの時、他に魔力は感じなかった。それに、衛宮君によろしく、って言った時確かにあいつは承知した、と言ったわ。つまりそれは衛宮君とあのサーヴァント、その双方が互いを認知してるって事よ。ならそれはマスターとサーヴァントに他ならない。あの時間は、あの家に他に人はいないしね」

 

あの時間は。という限定的な言葉に僅かに首を傾げるもセイバーはその違和感を無視する。

遠坂凛の言葉は理に適っており、反論の余地はない。

セイバーが一人納得する一方、遠坂凛は尚も思考の海に沈んでいく。

自分の胸に巣食う違和感、その理由を求めて。

 

「でも何故あんな英霊を召喚できたのかしら。聖杯のバックアップがあったとしても…いえ………まさか。それなら…戦闘にも耐え得るか…でも…」

 

だが所詮は推測。ただ考えることのみでは真実に到達するなどできはしない。

百聞は一見にしかずという諺もある。

遠坂凛は行動に移す意思を固めた。

 

「…よし、セイバー。明日乗り込みましょう」

 

手を叩き、反響した大きな音にセイバーは一瞬驚いた表情を浮かべる。

 

「は、はい。構いませんが、何故…」

 

「結局、見てみないと分からないでしょ?大丈夫、戦う意思を見せなければ何もされない。日の出ているうちなら尚更ね」

 

 

ーーーー

 

日が昇り、衛宮の屋敷に朝が訪れる。

ランサーとして現界して初めて見る太陽をカルナは少しだけ眩しそうに眺める。

深い眠りに就いていた主人は先程目覚め、今は屋敷の中で何やら忙しなく動いている。

万全とは言えないが、ある程度まで魔力は回復しているように思え、何より日中ということもあり警戒の必要は然程ない。

しかしそれでもしばらくの間、カルナは朝日特有の赤とも黄とも似つかない光に照らされ、太陽と一体化するような感覚を味わっていた。

 

 

「おーい、ランサー。降りてこい」

 

そこへ呼びかけられる声、ほんの少し後ろ髪を引かれる思いだがマスターからの呼び出しとあれば応じない訳にもいかない。

視線を向けることでマスターの声に応じ、カルナ──ランサーは衛宮家へと足を踏み入れていった。

 

居間へと通されたランサーが見たものは食卓に並べられた二人分の食事だった。

質素ではあるが、手の込んだものであることは料理という技術に疎い彼にも理解できる。

現在の時刻は6時程。朝食だろう。だが二人分というのが解せない。

 

「この家にはマスター以外に誰もいないと思っていたが」

 

「ああ、今日はな。平日なら大体、あと二人はいるけどな。さ、食べよう。腹減ってるだろ?」

 

向かい合わせで置かれた食事、奥の席へと着き自分にも着席を促すマスター、そこまで確認しようやくカルナは目の前の食事が自分のものであると理解する。

しかし、サーヴァントとは基本的に食事を必要としない。

睡眠も同様。食事も睡眠もできなくはないがする必要がなく、故に心に戸惑いが生まれる。

 

「あ、悪い。箸じゃ食べづらいよな。ちょっと待っててくれ」

 

沈黙を箸の使い方が分からないためだと思ったのか立ち上がる主人を手で制し、口を開く。

 

「マスター。サーヴァント───オレのような存在は食事を必要としない。これはお前が食うがいい」

 

そう言って食事を差し出そうとする手を止められる。

 

「必要がないってことは食うことはできるんだろ?ならとりあえず今日のところは食べてくれ。せっかく作ったんだ、口をつけてもらえないってのはな」

 

そこまで言われては食べない訳にもいかない。

食事によるメリットがないわけでもないのだ。

パスにより送られてくる魔力に比べれば、ごく僅かで効率が悪いが食事によっても魔力を補給することは可能。

多量の魔力を消費するランサーにとってはその僅かがありがたいと言えなくもない。

 

そして必要がないとは言え味覚は普通にあるのだ。

サーヴァントの中には食事を娯楽とする者もいるらしい。

もっともランサーにとって娯楽になるかは微妙であるが。

 

しかし

 

「む」

 

始めの一口を口に入れ、僅かに表情が変化する。

 

「…その様子だと気に入ってくれたみたいだな」

 

ほんの少し、ほんの僅かだけ、眉間と口角に変化があった程度である。

だがマスターである衛宮士郎は自らのサーヴァントが味に満足したことを鋭敏に感じ取った。

それを肯定するようにランサーが口を開く。

 

「ああ。この域に至るまでにどれ程の時を刻んだのか。武芸に生きたオレにはある種異様に思える」

 

「なんだそれ。褒めるか貶すかどっちかにしてくれ」

 

口元に苦笑を浮かべ、眉尻が下がる。

 

「ー無論、賞賛の意を以って言った言葉だったが。気分を害したのなら謝罪しよう」

 

ランサーの言葉に気にするな、と返す。

自分の食事を気に入ってもらえたことは伝わっているのだ。

言い方に難があることなど些細なこと。

 

「しかしマスター。体調の芳しくない状態でこういった物を作るのは感心しないな」

 

ゆったりとしたペースで食事を口に運ぶランサーから若干の非難を込めた視線を向けられる。

が、心当たりがない。

 

「え、体調なら別に悪くないぞ。むしろいつもより良いくらいだ」

 

自分でも意外なことに、体調は万全。

激闘を繰り広げ、生命の危機に瀕したというのに特に違和感を感じる部分はなかった。

最も、昨夜生命の危機に瀕したのは魔力の枯渇が原因だ。

それも一晩寝て回復した今、コンディションは最高と言っても良かった。

 

「ーー魔力が不足しているようにも感じるが」

 

「いや、それもない。魔力も…そうだな、わからないけど少なくとも不足してるとは思わない」

 

その発言に納得がいかないのか、ランサーは食事の手を止め考え込む姿を見せる。

 

「───そうか」

 

結局何も言うことなくランサーは食事を再開した。

その様子に眉を顰める。

だが、それを追及するより先に、俺には聞いておきたい事があった。

 

「なぁ、ランサー。それよりそろそろ教えてくれないか」

 

ランサーの食事の手が再び止まった。

 

「そうだな。では話そうーー先に言っておく。マスター、お前はここからの話を聞く義務がある。だがその義務を放棄する権利もある。話を聞けば、もはや後戻りはできん。もう一つ言っておく。オレはお前がどちらを選ぼうとお前を庇護し続ける。故にオレから話を聞く、聞かないの選択は、オレと共に戦うか、オレに全てを委ね安寧の日常に身を置くかの選択とも言える」

 

碧眼に見据えられ、萎縮する部分がないとは言えない。

それでも、答えは決まっている。

 

「決まってる、聞くさ。あんな戦いを見せられて俺だけ日常を過ごすなんてできない。でもその前に一つ聞いていいか。なんでお前はそこまでして俺を助けてくれるんだ」

 

「───お前が、オレの力を求め召喚したからだ。事故のようなものではあったようだがな、呼び出された以上オレがお前の槍となることに異存はない」

 

それはあまりに単純で、純粋で、だからこそ理解するのに時間がかかった。

確かに俺は青い男との戦いの中で、何かに助けを求め、何かを呼び出した。

それが一体どんなものなのかもわかっていなかったのだから、事故と表現するのは間違っていない。

だがそれでも目の前の男は俺を守ると言う。

 

ただ、必要とされたから。それだけの理由で。

 

「なんだよ…それ。お前、それでいいのか、そんな理由で、あんな命をかける戦いを続けるってのか」

 

「─そうだ。それこそがオレの願い、オレが召喚に応じた理由だ。例えオレが戦いの中で脱落するとしてもそれは変わらん。自分でも烏滸がましい願いだとは思うが」

 

自らが破滅しようと他者を守る。その願いのどこが烏滸がましいのか。

言葉を失う。脳内を真っさらな更地にされた気分だ。

だが、それを否定することもできない。

他人の為に自らを犠牲にする、それが間違っていると叫ぶことがどうしてもできない。

 

きっと俺が苛立っているのは、守られる対象が俺だからだ。

きっと俺がランサーの立場で、守られるのが俺じゃなかったら

 

きっと、俺は───

 

「───わかった。でもそんなの俺は認めない。俺は守られるだけの存在になるつもりはない」

 

言い切った。

相手が俺なんかよりずっと強い存在だってことも、あんな人智を超えた戦いで俺が役に立つともいえないこともわかってる。

それでも、碧眼の奥を見据えて言い切った。

 

「承知した。お前の意思を尊重しよう、マスター」

 

「決まりだ。なら一緒に戦おう、ランサー」

 

ランサーは浅く、それでも確かに、一つ頷いた。

 

「よし、なら聞かせてくれ。俺が一体何に巻き込まれたのか、お前が何なのか、この街で何が起きてるのか」

 

「ああ───」

 

そしてランサーは語り出した。

あらゆる願いを叶える願望機たる聖杯を求め、魔術師同士が殺しあう、聖杯戦争という名の戦いを。

その戦いの代行者たるサーヴァントの存在を。

 

気に入らない。それがランサーの話を聞き、真っ先に浮かんだ感情だった。

願いを叶える為に人を殺すなんて馬鹿げてる。

その戦いで俺のように巻き込まれて死ぬ人がいるなんて認められない。

 

ならば、衛宮士郎の取るべき道は決まっている。

 

「──戦う。願いを叶えるためじゃない、俺は争いを止めるために戦う」

 

自分の物と思えない、低く唸るような響きが声となって漏れる。

いつの間にか拳はきつく握り込まれていた。

 

「──お前がそれを望むなら、オレはそれを叶える為にこの槍を振るおう。我がマスター、例え聖杯にかける望みが無くともお前はオレの主であり、我が槍を預けるに足る人物だ」

 

「本当にそれでいいのか、聖杯ならどんな望みだって叶うんだろ?ならーーー」

 

お前にだって何か願うものがあるんじゃないのか

 

そう言おうとして、しかし口を噤んだ。

 

「先程も言ったと思うが、オレの願いはお前の生還であり、お前の願いを叶える事だ。聖杯にかける望みはない」

 

はっきりと、過去に偉業を成した英雄の現し身はそう言い切った。

そこに嘘も虚飾も欠けらも見られない。

この英雄は真実、俺の力になるという望みのために戦う気だ。

 

「だが───そうだな。白状すれば、戦いに赴く高揚感が無いとも言い切れん。お前にとっては複雑かもしれんがな、戦いの中で強敵と邂逅できるという事実に心の踊る自分もいる」

 

それは、そうかもしれない。

英雄とは、戦士とは、戦いの中に自分の存在意義を見出した者たちだ。

戦いに喜びを感じるのは当然だろう。

 

「そうか。確かに複雑、といえば複雑だけどな。仕方のないことだとも思う。関係のない人たちを巻き込まないっていうんなら俺は構わない。それにランサー、お前に自分のための理由があるってのは…なんだろうな。嬉しい、ような気がする」

 

俺の言葉にランサーの目が僅かに見開かれる。

驚いた、のだろうか。

 

「───感謝する」

 

微かな笑み。少しは打ち解けられたのだろうか。

ともかく、これで方針は決まった。

 

「じゃあ話は終わりだ。っと、忘れてた」

 

重要なことを失念していた、と反省して立ち上がる。

これから共に戦うというなら何より大事な事がある。

 

「悪い、遅くなった。俺は衛宮士郎だ」

 

名乗りながら握手を求める。

ランサーは律儀にも同じように立ち上がり、握手に応じてくれた。

 

「これからよろしくな。よし、じゃあ残り食っちまおう。冷めないうちに」

 

話に夢中で中断されたままであった食事を再開する。

箸を持ち、食事を口に入れようとしたところでランサーが動いていないことに気付いた。

 

「ど、どうした?」

 

ランサーは言いにくそうに、だが言わねばどうにもならぬと察したのか、静かに口を開く。

 

「──シロウ、お前の名を聞いて思い出した、というより言うべきタイミングが見付からなかったとも言うが───」

 

居間に、チャイムの音が響いた。

普段ここに来る人間などせいぜい二人くらいで、その二人は今日は来るはずがないのだが。

では一体誰が。

 

「昨夜、お前を訪ねてきた人物がいた。セイバーのマスター……そうだな、確か、そうだ凛と呼ばれていた」

 

「はぁ!?凛って、遠坂凛か!?」

 

ガンガンと居間に俺の叫びが反響した。


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