ルーラーことジャンヌ・ダルクとランサーことカルナは衛宮邸の居間の食卓に向かい合って座っていた。
近くから聞こえる包丁が奏でる規則的な音。
その方向の先には衛宮士郎。彼は今サーヴァントを含めた三人分の昼食を調理している。
「──ランサー、シロウ君はここに一人で住んでいるのですか?」
包丁の音以外何も聞こえない、広い屋敷とは思えぬ雰囲気に彼女はそう疑問を抱いた。
神父の話によれば少なくとも父親はいた筈なのだが。
「さて、オレも召喚されて日が浅いのでな。正確にはわからんが恐らくはそうなのだろう。日によってはそうでないこともあるようだが」
「そうですか…少なくともここを我が家としているのはシロウ君だけ、ということですね」
「……魔術師であるなら、珍しい話でもあるまい」
そうかもしれませんね、と彼女は口の中だけで呟いて衛宮士郎の背を見る。
家庭的とは彼のような人のことを言うのだろう、と一人頷く。
忙しなく動く背中しか見えはしないが、その動きに迷いは見られず、どこまでも板についている。
きっと他の家事も同じようにてきぱきとこなすのだろう。
動きと共に流れてくる水分の弾けるぱちぱちという音と旨味を含んだ無色の煙。
生前、前線で戦う兵士達と張り合うほどの健啖家であった彼女にとってそれは魅力的だった。
そして
「お待ちどうさま。学校の件もあるし、割と多めに作っといた。遠慮せずに食ってくれ」
それは初めて見る料理だった。
黒く、潰した球体のような形状のそれはしかし、濃厚で濃密な香りを放っている。
「この匂いは、お肉ですか」
「ああ、ハンバーグってやつだ。昼に出すことは珍しいんだけどな、今日は特別だ」
ルーラーの瞳がきらりと光る。
では早速、と一欠片口へ運ぶ。
瞬間、幸せという感情が胸から広がった。
「美味しいです!シロウ君は料理上手なのですね」
照れたように頬を掻く仕草を見る。
それに微笑むことで返して、また食事を再開した。
見る見る内に皿の中のハンバーグが小さくなっていく。
それがどこか名残惜しくて、でも魅力に抗えず、一息で口に入れた。
「おかわりするか?」
そんなことも見越していたのか、皿を寄越せと彼が言う。
「はい、お願いします」
「ルーラー、お前は受肉でもしているのか?」
我関せずといった風情で黙々と食事を進めていたランサーが思わず口を挟む。
もちろん受肉などしていないのだが、それに彼女が答えるより早くおかわりの皿が置かれる。
「ああ、堕落してしまいそうです…」
再びハンバーグを手に入れたルーラーが言う。
ランサー主従が視線を交錯させる。
だがどちらともなく視線を外すと、食事を再開する。
結局どちらとも何も口にしない事にしたのだ。
学校に着いたのは空に赤が混じり始めた頃だった。
既に休日を練習に当てる部活動生なども帰宅したのか、人の気配はない。
校門の側から校舎を見上げる。
「どうやら、本当だったみたいですね」
なにが、と尋ねる必要はない。
どこか甘い匂いと共に、不吉な影が蠢いているイメージが確かに見えた。
「中に入ってみましょう」
ルーラーの後に続き校舎を調べる。
──何かの体内に入り込むような異質な感覚。
それを無視して歩き出した。
「ここが最後の一つか」
それからしばらくして、俺とルーラー、そして霊体化を解いたランサーは屋上にいた。
しゃがみ込み、平和な屋上に似つかわしくない『それ』を睨む。
ルーラーの調査の結果として、この結界は七つの起点を中心として作られたものだということがわかった。
今目の前にあるものはその最後の一つ。
屋上の隅に描かれた、血で構成されているような小さな魔法陣。
複数の魔法陣で形作られたこの結界は遠坂の言う通り準備期間があり、充填されている魔力から見てそれが終わるまでに後五日から七日程らしい。
「ええ、……消し去ることは難しそうですね」
彼女の指が魔法陣をなぞる。
「ですが、この目で見てはっきりしました。やはりこれは宝具。クラスは恐らく、ライダーかキャスター」
「だろうな。七つのクラスのうち宝具に秀でるライダー、搦め手を用いるキャスターでなければこれほどの結界は張れまい」
頷くランサーへとルーラーの視線が移る。
「それだけわかれば十分です。シロウ君、ありがとうございました」
行きましょう、とルーラーがここを後にするよう促してくる。
「ああ、だがどうするつもりなんだ。クラスがわかったところで結局マスターを見つけ出さなきゃ意味はないだろ」
原則としてサーヴァントはマスターと行動を共にする。
マスターの位置を割り出さなければ必然的にサーヴァントもわからない。
まさかクラスのみで潜伏している場所を見つけ出せる訳でもなし───いや、違う。
ルーラーにはそれができるのではなかったか。
「私にはサーヴァントの感知能力があります。聖水を用いれば詳細な位置も把握できる。問題はありません」
「待て、一人で行くつもりか」
強い意志のこもった視線が俺を射抜く。
「……いえ、シロウ君あなたとランサーの人柄と力を見込み、ルーラー───ジャンヌ・ダルクの名においてあなたに協力を要請します」
救国の聖女、オルレアンの乙女。
その正体は他愛ないことで一喜一憂する少女だった。
しかし今彼女の顔にはサーヴァントとしての一面のみが浮かび上がっている。
「ジャンヌ・ダルク……」
呆然と呟く。
カルナという相棒とは別に、初めて知ったサーヴァントの真名。
その名は俺でもよく知っている。
祖国を守る為に戦い、だがしかし魔女として命を奪われた者。
「真名を晒すとはな。この結界の脅威を考慮してのものだろうが、ならば令呪を用いれば良かったのではないか?オレ達の令呪を持つお前ならばそれは容易だろう」
思考の外でランサーの声がする。
「長期的で曖昧な事柄に令呪の効き目が薄いことはあなたもご存知でしょう?ランサー、大英雄カルナが相手では尚更です。それに加え、これはルーラーとしてではなく、私個人の意見でもあります。シロウ君、私はあなたに協力してほしいのです。勿論断っていただいても構いませんが…」
それは誠意というものなのだろう。
いくつもの特権を持つとはいえ、秘匿すべき真名を敢えて口にした。
ルーラーゆえにリスクは少ないが、そこにはジャンヌ・ダルク個人としての矜持と衛宮士郎に対しての信頼が含まれている。
最も、そんなことをせずとも俺の答えは初めから決まっていたのだが。
「断るわけがないだろ。むしろ俺からお願いしたいくらいだ。ルーラー、お前の力を貸してくれ」
右手を差し出す。
握り返された手は小さく、暖かい。
「ありがとうございます。では早速…」
そう言って彼女は服の内側から小瓶を取り出す。
屋上の床に彼女がそれを振りまくと、散らばった水滴はやがて縦横無尽に線を描いた。
「これは、地図…か?」
水滴で描かれたそれは正しくこのあたりの詳細な地図だった。
「ええ、そしてこの動いている水滴は今現在のサーヴァントの座標です」
よく見れば確かに地図の中に蠢く小さな水滴が見える。
とすれば、今二つくっついている水滴がある場所はこの学校だろうか。
「ルーラーってのはこんなこともできるのか。それで、ライダーとキャスターはどれなんだ?」
尋ねた言葉を受け、ルーラーが二つ座標を示す。
学校の位置から逆算すると、そこは
「柳洞寺に、うちの近くの公園か…いや、待て柳洞寺の方のこれって」
柳洞寺を示す場所、そこにはここと同じく二つの水滴が見える。
つまり、それはそこに二騎のサーヴァントが存在するということ。
「もう一騎は、アサシンですか、戦闘している様子はありませんね。動きが静かすぎます。恐らく同盟を結んでいるのかと」
「共に直接の戦闘では他に一歩劣るクラスだな。であれば結界を張っているのはこの二騎か」
しかしルーラーはランサーの意見に首を振る。
「それは早計に過ぎます。この場所は確か霊的に優れた土地のはずですし、手を加えればもっと広範囲から効率的に魔力を募ることができる───私はライダーの方が怪しいと思います」
二つの意見がぶつかる。
二騎はそれ以上言うべきことはないのか、こちらに視線を向けている。
俺が決めろ、ということか。
「───ライダーを追おう。この時間に動き回っていることも気になるし、ルーラーの言う通り霊的に優れた土地なら学校に結界を張る必要はないと思う」
ランサー、ルーラーの二騎が頷く。
ここからはマスターとしての時間だ。
ルーラーと共に、俺は手段を選ばず誰かを貶めるマスターを止める。
───喜べ少年。君の願いはようやく叶う。
頭に響く声を無視して、行くぞと声をかけた。
既に日は落ち、空には微かに星が瞬き始めている。
異界と化した学校の校舎を抜けると、冬特有の澄んだ空気が肺に流れ込んだ。
「こっちですね、シロウ君」
目指す場所は新都へと向かう橋のある公園。
そこにライダーがいる。
ルーラーがいる以上、見失うことはないだろうがのんびりもしていられない。
肺に入れたばかりの空気を吐き出し、走る。
長い坂道を下り、柳洞寺と近くの丘、そして我が家を結ぶ岐路に差し掛かる。
とその時、腰のあたりに回される腕。
宙に浮く感触がして、何かに担がれる。
「ちょ、おいランサー!」
「急ぐ必要があるのだろう。ルーラー、お前は霊体化して付いてこい」
「え、ちょっと!ランサー、あなた場所はわかるんですか?」
「ここまで近づけばオレにもサーヴァントの存在は知覚できる。恐らくはそれがライダーだろう」
地面を踏み砕く低音が響いた。
それと同時、全身に風が叩きつけられる。
疾走、というよりは飛翔。
空に舞い上がる感覚を残して、景色が流れて行く。
「ランサー!このあたりだ!」
「わかっている」
元々、衛宮士郎の足でも然程の時間を必要としない距離だ。
サーヴァントたるランサーの脚力であればその程度の距離、一瞬で移動できる。
降ろされた途端軽い目眩が襲ってくるが、その甲斐はあった。
気をとりなおした時、前方には人間とは違う異質な雰囲気を持つ存在がいた。
「サーヴァント、ライダーだな」
ランサーの右手に閃光が走る。
彼の得物である黒い大槍、それが現界を果たす。
しかし、それよりも俺の目を惹く存在がある。
ライダーの側に佇む男、マスターであろうその男の姿は見知った誰かの姿そのもので
「慎二!お前、何をした!!」
ベンチに崩れ落ちる見知らぬ女性の姿を認めた時、全てを悟った。
「あれ?衛宮、お前もマスターだったんだ。なに、補給だよ補給。お前もマスターならわかるだろ?こいつらの本質は魂喰いだ、手頃な獲物を見つけてちょっと頂いただけだよ」
悪びれずそう口にする姿に脳内が沸騰する。
「補給だと?それがどういうことなのかわかってるんだろうな。そもそもその人は聖杯戦争に何も関係ないだろ」
撃鉄が落ちるようにがちりと音がした。
その音の出どころは自分の体内で、しかし不思議と違和感はない。
「なに怒ってるんだよ。こんなこと、魔術師なら基本だろ?足りないなら他所から持ってくる、当然じゃないか」
許せない、と感じた。
度が過ぎている、とは言うまでもないことだ。
────喜べ少年。お前の願いは─
うるさい。
─お前の願いはようやく叶う
相手は、慎二だぞ。
──それがどうした。
頭の中に自分のものでない、そうであるはずなのに違うと言い切れない、深い声が響く。
───わかっているな。衛宮士郎。
───お前が殺すべき存在とはどういったものか。
───忘れるな、お前が正義の味方を志すのであればこのような地獄はどこまでもお前について行くものと知れ。
「それはルールに反したことの自白と受け取っていいですね」
もう一秒、登場が遅れていたら。
そう感じるほどに彼女の登場はタイミングが良かった。
俺とランサーを背後に、ジャンヌ・ダルクは敵と向かい合う。
「な、なんだよお前。ルールに反した?僕が?こんなこと誰だってやってることだろ。そもそも誰がそんなこと決めるんだ。これは殺し合いだ、殺し合いにルールなんてない。お前にルールがどうだなんて言われる筋合いもないんだよ!」
「いえ、私にはその権限があります。私はサーヴァント、ルーラー。この聖杯戦争の調停役です」
毅然とした態度で、彼女は言い放つ。
ぽかんとした慎二とは裏腹に、ライダーの表情が強張る。
両目を覆うバイザーのような目隠しはその瞳を隠すことはできても、全体に表れる動揺までは隠しきれていなかった。
「あなた方に尋ねます。この地の学校、そこに結界を張ったのは貴女ですね。ライダー」
断定の言葉でルーラーがライダーを睨む。
対するライダーは無言。
「ライダー、隠しても無駄です。私の目の前に立った以上、貴女の情報は全て私に開示されています」
「もし仮に、そうだと言ったら。どうします」
挑発するようなライダーの言葉。
だがそれを無視して彼女の右腕があがる。
「ルーラーの権限を使い、ペナルティを与えます。サーヴァント、ライダー───」
しかしその特権が行使されることはなかった。
ライダーの右手がしなる。そこから射出された銀色の光がルーラーに襲いかかった。
鳴り響く金属音。
弾かれた銀色がライダーの手元に舞い戻る。
それは鎖で繋がれた短剣。
鈍く光るそれを構えなおし、ライダーが深く身を沈める。
「邪魔をしますか、ランサー」
「当然だ」
その槍の絶技でもって短剣を弾き返したランサーは短く答える。
「は、はは。そうだ、そうだよライダー!衛宮のサーヴァントもルーラーだとかいうその女もまとめて殺しちまえよ!!」
慎二の声が響く。
だが、それに応える声はない。
不愉快な視線を隠そうともしないルーラーは口をつぐみ、ランサーそしてライダーはただ目の前の敵を静かに見据えている。
「何してるんだライダー!僕が命令してるんだぞ!さっさとそいつらを殺せぇ!!」
膠着する戦況に業を煮やしたのか慎二の怒号が飛ぶ。
「くっ………!!」
苦悶の声をあげるのはライダー。
彼女はわかっている。勝ち目など万に一つもない、と。
ルーラーだけでもこれ以上ないほど厄介なのに、それに加え目の前のランサーの存在。
その存在感と威圧感はこの身を遥かに上回っている。
それでも尚、彼女は馳ける。
マスターの命令に応えるために。
「来るか…!手を出すなよ、ルーラー」
「ええ、あなたが戦うというのであれば、ルーラーとしての誇りにかけてその戦いに色を加えることはしないことを誓いましょう」
ルーラーがその身を引く。
瞬間、ぶつかり合う黒き騎兵と白き槍兵。
ライダーは見るものの目に残像を残し、俊足をもって銀の軌跡を縦横無尽に描く。
一瞬たりとも一つ所に留まらず、捉えられる隙を与えない連撃がランサーを襲う。
それは蝶のように舞い、蜂のように刺すという言葉を体現した必殺のヒット&アウェイ。
しかし、相手が悪かった。
繰り出される短剣は一度としてランサーの身に届くことはなく、ライダーとは対照的に一歩たりとも動くことのない彼の槍に阻まれている。
それでも捉えられないのは相手も同じ、とライダーは連撃を繰り返す。
それどころか、彼女は更に加速する。
ランサーを襲う短剣は絶え間なく、間断なく、全方位から射出される。
だが、あろうことかそれを。
「ら、ライダー!!お前っ!」
ランサーは掴み取った。
その手に握られた鎖をランサーは勢いよく振り下ろす。
地に叩きつけられる黒い姿。
「見上げたものだ。魔力と令呪を以って使役されているとはいえそこまで主に忠を尽くすか。お前のマスターはともかく、お前の在り方はサーヴァントとして正しい。故にオレの手で引導を渡そう」
ランサーは動く様子を見せず、その場にてライダーを待つ。
騎士の誇り、というものなのだろう。
ここからが本当の戦いだと態度で雄弁に語るランサーは、再びライダーが目の前に立つまで手を出すことはしない。
「強者の余裕、というものですね。後悔なさい、ランサー。その傲慢さがあなたを殺すことになる!」
跳ね起きたライダー。彼女の指が、黒いバイザーへとかけられる。
「いけない!見ちゃダメです、シロウ君!!」
ルーラーの両手で視界が塞がれる。
途端に目の前が暗くなる。僅かな光源は彼女の指の間から漏れるもののみ。
それでも確かに、世界の凝固する音が聞こえた。
果たしてライダーはカルナに勝てるのか!
没案として
「ここまで近づけばオレにもサーヴァントの存在は知覚できる。恐らくはそれがライダーだろう」
と言っておきながらバーサーカーの元へとシロウを運ぶドジっ子ルートも少し考えたりしてました。