正義の味方に施しを   作:未入力

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サクラ

ランサー、ルーラーの会話からしばらく。

霊体化し、見張りのために屋根へと跳ぶランサーを見送りルーラーは縁側でゆったりとした時間を過ごしていた。

ランサー、ライダーの激突以外にサーヴァント同士の戦闘はなく、マスター達は沈黙を守っている。

準備を整えているのか獲物を見定めているのか、とにかく衛宮士郎が一時的に倒れている今、その状況は有り難かった。

 

不意に、呼び鈴の鳴る音が縁側まで届いた。

おそらくは来客だろう。

ランサーが何も行動を起こさない以上、少なくとも敵意を持った相手でないことは確かだ。

 

「どうしましょう…」

 

自分が代わりに対応することは出来る。

町を歩き回るにあたり用意してもらった服を着ていれば、自分は普通の人間にしか見えないはずだ。

しかし、来訪したのが彼の知り合いであった場合、どうしたらいいのだろう。

だが、そんな思考に時間を割いているうちに玄関が騒がしくなる。

 

「おーす、士郎ごはん作ってるかー?」

 

「お邪魔します」

 

誰かが入ってきた。

───行ってみよう。

泥棒の類いであることも否定できないし、彼の知り合いであったとしても彼が伏せっていることは伝えておくべきだろう。

 

それは、少しだけやっかいな事態を引き起こした。

 

ーーー

 

「シロウ君、朝ですよ。起きてください」

 

心地のいい声が耳を撫でる。

覚醒し始める頭に鈴が転がるように響いていく。

優しく揺らされる肩の感触が決め手となって目を醒ます。

 

「ん…、ルーラー…?」

 

目を開いた時、真っ先に視界に入ったのは金の髪をさらりと揺らすルーラーの姿だった。

 

「はい、ルーラーです。大丈夫ですか?少し顔色が悪いですよ?」

 

言われて額に汗をかいていることに気付いた。

心なしか吐き気も感じる。

 

「大丈夫だ。変な夢を見たからそのせいだと思う」

 

「夢、ですか?」

 

「ああ、よく覚えてないけどな」

 

誰かが語りかけてきていたような気がする。

だがそのほとんどは覚えていない。

唯一覚えているものは剣の丘。

誰かが至った最期の光景だけ。

 

「そうですか…。体のほうはどうですか?」

 

「別になんともないけど…ってそうか、俺ライダーに」

 

そうだ。俺は昨夜ライダーの魔眼の能力を浴びたんだった。

しかし今その影響はない。

右手を広げる。閉じる。大丈夫だ、違和感はない。

足にも強ばった感触はない。脳が命じるままに体は動く。

 

「うん、問題ない。ありがとな」

 

「いえ、あれは私の落ち度ですから心配するのは当然です」

 

「昨日も言ったけどな、あれはルーラーのせいじゃない。だから気にしなくていい」

 

誰のせいかといえば間違いなく自分のせいだ。

目の前で繰り広げられる戦いをただ見ていたから俺はあの魔眼を浴びた。

自業自得。もっともあらかじめライダーの能力を知っていたところで結果は変わらなかったかもしれないが。

しかし少なくともルーラーのせいではない。

 

だというのに。

 

「気にします!もともと私が巻き込んだようなものですし…」

 

「ルーラーに言われなくても俺はライダーを追ってたと思う。それにルーラーは俺を守ってくれたじゃないか。むしろ感謝してる」

 

「むう…ですが」

 

胸の前で両の拳を握りルーラーがこちらを見つめる。

 

「でもじゃない。ルーラーは俺を守って、俺はこうして助かった。それでいいだろ?」

 

むむう、と可愛らしく頰を膨らませて彼女が唸る。

正直、少しだけ心が揺らいだが俺の意見は変わらない。

こちらをなおも見つめるルーラーの視線を真っ向から受け止めた。

そうして見つめ合い、しばらくして観念したのかルーラーはそっと溜め息を吐いた。

 

「わかりました。……シロウ君は頑固ですね」

 

「それは聞き捨てならないぞ。頑固なのはルーラーじゃないか」

 

「いいえ、シロウ君の方が頑固です」

 

再び無言のにらめっこが続く。

いつまでそうしていただろう。外から鳥の鳴き声が聞こえた時。

 

「ふふ」

 

おかしそうにルーラーが笑い出す。

それにつられて俺も笑う。

しばらくの間、二人して声をあげて笑い合う。

 

「似た者同士ですね、私達。そうだ、シロウ君。ライダーのことなのですが」

 

「ああ、聞かせてくれ」

 

和やかな雰囲気が途端に霧散する。

 

「はい、あの後ライダーに動きはありません。おそらく工房に立て籠もっているのでしょう。ですが魔術師の工房に策もなしで飛び込むのは危険です。作戦を練ってからにしましょう」

 

「そうか…なら学校には来ないだろうな、慎二のやつ」

 

「学校へ行くつもりですか?ランサーがいれば問題はないかもしれませんが、気をつけてくださいね。不完全な状態でも結界が発動すれば危険ですから」

 

わかってる。と小さく頷く。

だがルーラーは視線を外した俺の視界にわざわざ入り込み、瞳を覗き込んでくる。

 

「絶対ですよ?またシロウ君が倒れたら私もランサーも困るんですからね」

 

眉間を人差し指でつつかれた。

更につんつんと二度、三度と念を押すように眉間を刺激しながらルーラーは言葉を連ねる。

 

「いくらランサーが強力なサーヴァントでもシロウくんはただの魔術師なんですから。むしろカルナほどの英霊を連れていれば見る人が見れば即マスターだと見破られます。本当は学校に行くのもやめた方がいいんですが…」

 

「それはできない。学生なんだから学校にはいかないと」

 

「はぁ…そうですよね。わかってますよ、シロウ君ならそう言うことくらい。結界のこともありますし、動けるマスターが学校にいるのもいいかもしれませんが…。いいですか?絶対に無茶はしちゃいけませんからね!」

 

指の腹でぐりぐりと眉間を抉られる。

はっきり言って少し痛い。

 

「わかった、肝に命じとく。それより今何時だ?朝飯作らないと」

 

「あ、それなんですがシロウ君…」

 

真っ直ぐにこちらを見つめていた視線が逸らされた。

言いづらそうに、気まずそうな表情でルーラーは両手を合わせる。

 

「どうしたんだルーラー…ってまずい。そろそろ桜が来る頃じゃないか…?」

 

藤ねえと桜。二人はそろそろ朝食のためにここを訪れるはずだ。

ルーラーはともかくランサーを見られるわけにはいかないし、朝食の支度がおくれれば藤ねえに何と言われるかわからない。

それならば一刻も早く向かわなければ、と足を動かす。

だがそれは叶わなかった。腕をしっかりと掴まれる。

 

「シロウ君、あのですね…」

 

とん、とん、と廊下の方から音がする。

それはゆっくりとこの部屋へと近づいてきていて、その音が大きくなるにつれて腕を掴む力が弱々しくなっていく。

 

「昨夜の話、なんですが……」

 

音はこの部屋の前で止まった。

同時に、部屋の戸が遠慮がちに開いていく。

 

「先輩…?お身体の具合はどうですか?」

 

開かれた空間から聞こえる声はよく知る後輩のもの。

 

「あ…」

 

「桜……?」

 

そして

 

「え…?どうして……どうしてジャンヌさんが先輩の部屋にいるんですか!?」

 

大きな声で、俺の脳内は言い尽くせない疑問に包まれた。

 

 

 

「…………」

 

食卓には既に用意された食事が並んでいた。

それを用意してくれたのであろう後輩は無言で箸を動かしている。

 

「桜ちゃんのごはんもおいしいなぁ。あ、そうだ士郎もう体はなんともないの?」

 

「あ、ああもう治ったみたいだ」

 

「そっかー、ジャンヌちゃんには感謝しないとだね。ねぇ士郎?」

 

話はこうだった。

昨夜夕食のために訪れた二人は、ルーラーと遭遇。

大暴れしかけた藤ねえを何とか抑え、事情を説明したらしい。

 

「私はフランスから訪れたジャンヌという者です。右も左もわからない地で右往左往していたところをシロウ君に助けていただいたのですが、この地を案内してもらっていた最中体調を悪くしていたのかシロウ君が倒れてしまったのです。それでこの家に彼を運び今まで看病をしていたのです」と。

 

重要なことは話していないが、嘘ではない。

聖杯戦争についての事情を隠したまま正確に状況を表したうまい言い方かもしれない。

 

「もう、びっくりしたんだから。私はてっきり士郎が家に女の子を連れ込んだのかと思ったよ。でもジャンヌちゃんは偉いね、まさか朝一番にまた士郎の様子を見に来るなんて」

 

「い、いえ私としても気になっていましたから。………一晩中いたって言っちゃ駄目ですからねシロウ君」

 

囁くような声で付け足される。

 

「それにしてもフランスからねー、大変だったでしょ、それもこんな時期に。ここの所物騒だから夜は出歩いちゃ駄目よ」

 

藤ねえの言葉にルーラーは曖昧な笑みを浮かべた。

それも仕方のないことだろう。

いえ、夜に出歩かなければならない理由があるんです。とはまさか言えまい。

 

「それと士郎。今日の朝ごはんは全部桜ちゃんが用意したんだから。夕ごはんは期待してるからね」

 

その先に着いた米粒を飛ばす勢いで箸を突きつけられる。

正直はしたない。

 

「わかった。藤ねえが満足するものを作らせて頂きます。桜、ありがとな」

 

「………いえ」

 

僅かに視線を移したのみで桜は再び箸を動かし始める。

常ならば考えられない反応だ。

桜はいつも優しく、柔らかに微笑むような存在であるだけにその反応に戸惑う。

 

「どうしたんだ、桜」

 

「士郎?女の子の心、よく勉強しなさい」

 

藤ねえの言葉に更に首を傾げる。

 

朝食はいつもより静かなものだった。

口を開くのは主に藤ねえで、俺やルーラーはその言葉に返答するだけ。

いつもならば藤ねえと共に食事の時間に色を添える桜は今日はただ箸を口へと運ぶのみだった。

 

「………勘違い、ですよね。やっぱり」

 

隣から小さな声が聞こえる。

ルーラーがさりげなく桜に視線を送る中で、桜もまたルーラーを気にしている。

やはり、知らない奴がいるといつもの調子が出ないのかもしれない、と一人納得した。

 

 

「じゃあ私と桜ちゃんはもう行くけど、士郎も遅刻しないように来るのよ」

 

「先輩、行ってきます」

 

朝練へと向かう二人をルーラーと共に見送る。

 

「ジャンヌちゃん、もし良かったら夕食も食べにおいで。士郎のごはんはおいしいぞぉ?」

 

「え!?藤村先生、それは…」

 

「桜ちゃんの気持ちもわかるけど、外国から一人ってやっぱり心細いと思うの。士郎が助けられた恩もあるし、ね?」

 

小声で何事かを藤ねえが桜に囁く。その光景を目の前にしながら感じる耳への吐息。肩にかけられる小さな手。

ルーラーの小さな声が文字通り息のかかる距離から聞こえる。

 

「シロウ君、どうしましょう?…ライダーのことを考えると」

 

「行動を起こすならどちらにしろ夕飯の後だ。それに藤ねえも頑固だからなぁ。これからも会うかもしれないし、とりあえずここは頷いといてくれ」

 

こちらも小声で返す。

ルーラーの方へ首を向けるとその端正な顔立ちが視界一面に広がる。

彼女の瞳が僅かに見開かれ、その頬に緋色がさした。

 

「おーい、仲よさそうにしてるのはいいんだけど。お姉ちゃんの話聞いてる?」

 

「先輩、随分ジャンヌさんと……」

 

強烈な威圧感を感じる。特に桜から発せられるそれは凄まじい。

笑顔を浮かべてはいるが、笑顔は時に怒鳴られる声よりも雄弁に怒りの感情を伝える。

桜が今浮かべているのはそれだった。

冷たさと静かな怒気。肩に添えられていた手が素早く引っ込められる。

 

「さ、桜?一体どう───」

 

「夕食ですね!伺います!楽しみです!」

 

隣で大きく声があげられる。

藤ねえは大きく頷くと満面の笑顔を浮かべ、手を振りながら歩いて行く。

 

「先輩?早く、来てくださいね?」

 

桜も笑顔のままその後を追っていく。

気のせいだろうか。桜が去ると同時にあたりの温度が少し上がった気がする。

 

「なんだったんだろうな、桜のやつ」

 

「シロウ君……それは本心から言っているのですか」

 

心なしか呆れたような感情がルーラーから漏れている。

 

「ルーラーはわかるのか?」

 

「ふぅ…シロウ君は心の機微というか、女性の心理というか、そういったものに疎いのですね…」

 

やれやれ、とそう言いたげに首を振りながらルーラーが玄関を潜っていく。

 

「シロウ君、それを言うのは……ルール違反、ですので私からは言いません。ですが彼女に真っ直ぐに、素直に向き合えばきっとそれは見えてきます」

 

背中越しに投げかけられる声。

その意味はわからなくとも、そこには無視してはいけない何かが含まれている。

そう感じその言葉を心に刻む。

居間へ向かう廊下を先に歩くルーラー。その表情は金の髪に隠されていた。

 

 

「戻ってきたか」

 

「ああ、ランサー。おはよう」

 

居間にはランサーが静かに佇んでいた。

大方今の今まで霊体化していたのだろう。

確かにルーラーと違いランサーは人の前に出られる格好をしていない。

着替えようにも、おそらくあの肉体と同化しているような鎧が邪魔して着ることができる衣服など無い。

 

「ランサー、シロウ君。では昨夜の戦いを踏まえ作戦を立てましょう」

 

ルーラーの言葉に槍の主従が頷く。

食卓の隅に腰掛けたルーラーに倣い、その正面にランサーと共に腰を降ろす。

それを認め、ルーラーが小瓶を取り出した。

昨夜も見たそれは聖水。

彼女が振りかけた聖水が食卓の上に精細な地図を描いていく。

 

「ライダーはこの通り、一点に留まっています。私という裁定者に存在が知られた為でしょう。ですがそれを踏まえ、ここに留まっているということはこの場所は魔術師の工房であると考えられます」

 

「朝も聞いたけど、その工房ってなんだ?というか、慎二は魔術師なんだよな、気付かなかった。いや待てだとしたら桜も魔術師なのか?」

 

慎二との付き合いは長い。だというのに気付かなかった。

もっとも、俺も慎二には魔術師であることなど話してないし気付かれるような真似などしていない。

お互いに気付かなかったのも当然といえば当然か。

それよりも問題なのは桜だ。

今までこの家で自然に笑っていた、日常の象徴とも言える桜が魔術師───?

 

「桜───彼女がライダーのマスターと関係あるんですか?」

 

「ああ、桜は慎二、ライダーのマスターの妹なんだ。慎二が魔術師ってことは桜も」

 

妹、という言葉にルーラーが目を丸くする。

直接の会話はなくとも意外であったのかランサーもまた隣で短く声をあげる。

 

「妹───いえ、魔術というものは一子相伝。二人子供が生まれた場合片方は普通の子供として魔術を知らずに育ちます」

 

「てことは桜は何も知らないんだな。良かった」

 

安堵の声にルーラーは答えない。

口元に手を添え、何かを考え込んでいる。

 

「─それで工房ですが、工房というのは魔術師が魔術を行い、研究する場所。己が生涯をかけ創り出したものを残す場所です。故に魔術師は工房の防衛に全霊をかけます。いかなサーヴァントでも無策で飛び込むのは無謀と言っていいでしょう」

 

しばらくの沈黙のあと、ルーラーはそう説明を始めた。

 

「工房に挑むということはその家系の歴史に挑むと同義です。ランサーであれば制圧は容易いと思いますが…」

 

「わかっている。オレは魔力喰いだ、迎撃の魔術全てに対し応戦していてはシロウの魔力が枯渇する恐れがあると言いたいのだろう?」

 

ランサーの言葉にルーラーが頷く。

 

「私であれば単騎での侵入も可能ですが私ではライダーに対し有効打がありません。特権を使おうにも彼女のスピードでは必然的に白兵戦に持ち込まれるでしょうから」

 

ルーラーの特権の一つ、『神命裁決』。

全てのサーヴァントに対し二画の令呪、絶対命令権を持つ彼女だがそれを使うより早く彼女の短剣はルーラーに襲いかかる。

魔眼は彼女に対し効果がないようだが、あのスピードの前ではどちらにしろ同じことだろう。

 

「つまり、俺とランサー、ルーラーが行けばなんとかなるってことだな」

 

だがその言葉にルーラーが首を振る。

 

「いいえ。私とランサーです。わかっているんですかシロウ君。屋敷のどこにあるのかまでは知りませんが、工房に攻め込むということは今日この場所で食事をとっていた彼女にシロウ君が魔術師であると知られるかもしれないんですよ?それどころか、もしかしたら彼女のお兄さんを手にかける必要があるかもしれない。そんな場所にあなたを連れてはいけません」

 

心臓に冷たい剣が差し込まれた。

ずきずきと痛む胸が俺に現実を突きつける。

日常を失いたくないなら、私達に任せろと彼女が言う。

 

「──ライダーのことはオレとルーラーに任せておくがいい。シロウ、お前は行くべきではない」

 

お前はそんな役目を負う必要はないとランサーが言う。

 

その言葉に甘えてしまいそうになる自分がいた。

任せてしまえ、と誰かが囁いた。

任せてしまおう、と誰かが頷いた。

 

──だがそれはエミヤシロウではない。

 




この小説はほのぼの七割、唐突に入るシリアス三割で構成されています。
きっと。


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