コードフリート -桜の艦隊-   作:神倉棐

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いつの間にか夏が終わっていた今日この頃…………歳かな?

それはさておき、大変お待たせしました。およそ3ヶ月ぶりですが投下します。


第弐章 同期の桜と今一度
第拾四話 海洋技術専修士官学校


 

2020年5月7日、午後1時58分(ヒトサンゴーハチ)。あの面接から3日が経ったその日の午後、首都東京新宿区の市ヶ谷に存在する国防省庁舎の一室にあの時来訪者である青年に最後の問い掛けを投げ掛けた老人は居た。

 

「うむ………そろそろあの方が士官学校に到着した頃か」

 

愛国者達の1人である老人は己の執務室の中でその手に持った古い70年以上前の黒革の手帳の表紙を眺めそう呟く、その時机の片隅に置かれていた固定電話機から一通の着信音が鳴り響いた。

 

「私だ」

『大将閣下、江田島(海洋技術専修士官学校)より「来訪者(ビジター)は無事到着した」との連絡が入りました』

 

電話越しに報告するのは老人の部下、そしてその連絡を入れた男もまた老人のかつての後輩であり元日本海軍の旧第一空母打撃群(第一航空機動部隊)そして現第三空母打撃群(第三航空機動部隊)の旗艦を務める原子力空母「鳳翔」(CV-17/CVN-01J)の戦闘指揮所勤務を経て艦長に就任した経歴を持ちあの「大海戦」を乗艦と共に生き抜くも多くの部下を失い、それ故に艦長を解任されたその男は今はその経験と技術を次の世代に継承させる為に江田島で教官として教鞭を執っている。

 

「そうか、分かった。監視と警備は継続、特に警備を厳重に頼む」

『ではそのように、失礼します』

 

老人は新たな指示を出した後、受話器を置くと先程まで座っていた椅子から立ち上がりその背後にあった窓の側で電話中は手元に置いてあったその手帳を開く。開いたそのページ、全体的に年数経過による劣化は見られるものの特にそこだけは何度(なんど)何度(いくど)もと開かれそしてどれ程長く見開かれていたのか紙焼けを起こしたその紙片に書き込まれていたのはたったの一文。

 

【一身独立シテ一國独立ス】

 

署名は無い、元は黒だったであろう万年筆のインクで書かれたその文字は経過による酸化の所為か藍の色に変化しており、またこの一文はかの有名な福沢諭吉翁の『学問のすゝめ』から引用された言葉である。しかし重要な処はそこではない、真に重要なのはその一文をこの手帳に綴った張本人とこの文が伝えやんとする意図の方だ。

 

「……閣下(・・)

 

老人は手帳をその手に持ったまま眼を閉じる。思い返されるは70年も前、まだ己が少尉であった決戦前日の大和艦尾上甲板で偶然出会う事が出来た奇跡を起こすその男に駄目元で一筆を頼み込むと拍子抜けしそうになる程簡単に書いて貰う事が出来た時の事を思い返して老人はあの時の自分の顔はどれ程間抜けな顔をしてたのだろうかと思う。そして「一身独立し一国独立す」、引用元は福沢諭吉翁の「一身独立して一家独立し、一家独立して一国独立し、一国独立して天下も独立すべし」という言葉であり意訳すれば「世界中の誰もが認める立派な国に作り上げる為には、国民の一人ひとりが勉強し仲間たちと切磋琢磨し一人前になることが必要である」と言う言葉であるが、これを書いたのがあの混沌渦巻く戦乱の中で未来を見通すが如く確かな戦略とそれを実現する為にはあらゆる手段を講じ必然となるまで引き寄せられた奇跡を起こし続けたあの男となるとそれだけではない……もしかしたら大国(アメリカ)正体不明の敵(深海棲艦)に翻弄される今の日本の現状を予想し嘆き忠告するものだったのではないかとも思えてしまうのはそれだけその男が当時の軍に所属するモノにとってそれだけ偉大であり文字通りの英雄であったからであろう。

 

「閣下、宮内庁(・・・)並びに神宮庁(・・・)の方がお見えになりました」

「うむ、お通ししろ」

 

しかしそんな思考も扉の外に立つ秘書官より告げられた予め調整された予定通りに訪れた来訪の報に中断させられる。軍部と宮内庁と神宮庁、一見して何ら関連を感じさせない組合わせであったが実際に会って話す事があるという事とは何か「重大な」事があるに違いは無い。

 

「ようこそお越し下さいました。式部職次官(・・・・・)殿、神事局長(・・・・)殿」

 

密やかに行われる省庁を越えた会談、決して歴史の表舞台に立つ事の無い者達の集会が今、始まろうとしていた。

 

 

 ❀ ✿ ✾ ✿ ❀ 

 

 

「お待ちしておりました。比叡殿、沖田零殿」

「金剛型高速戦艦改め金剛型練習戦艦 比叡、翌午前6時(マルロクマルマル)付けで教育任務に着任します」

「お初にお目に掛かります、沖田零と申します」

 

一方その頃、今日も今日とて陰謀やら謀略やらが渦巻く首都中枢の霞ヶ関や市ヶ谷からおよそ900kmは離れた江田島の表桟橋では3日ぶりに土を踏む事が出来た沖田零こと御国夏海と江田島湾錨地に錨を降ろした比叡の2人が士官学校教官の出迎えを受けていた。

 

「ご苦労様です、沖田殿も3日も海の上に居られたのですからお疲れかもしれませんが本日中に済ませなければならない事も多い為申し訳ありませんがすぐに学校長室まで移動させて頂きますが宜しいですか?」

「ええ、問題ありません。ありがとうございます」

 

二言三言教官である零達を出迎えた壮年の男と比叡の軍人らしい遣り取りの後に教官は零に対して体調を気遣う言葉を掛けるものの、生憎とただの一般人ではない「元」海軍軍人だった零が僅か3日間戦艦()の上で過ごしていた程度では体調が崩れようも無く寧ろ陸で居るよりもしっくりきていたのはやはりこの男は生粋の海の男だからなのかもしれない。

 

「分かりました、ですが体調に異変を感じた場合はすぐにお申し付け下さい。比叡殿もご一緒に、では学校長室まで案内します」

「お願いします」

「はっ!」

 

零の返事に一応の安堵はしたものの念を押しておく事を忘れずに言った教官に引き連れられ桟橋から右手に見えた大和型の46cm三連装砲(武蔵砲)長門型の41cm連装砲(陸奥砲)、駆逐艦の主砲用である12.7cm速射単装高角砲(雪風砲)を背に海洋技術専修士官学校庁舎(旧海軍兵学校生徒館)──所謂「赤レンガ」──の正面玄関を越えて庁舎内に入る。零の体感時間ではおよそ40年、実際に流れた時間にすれば116年(おおよそ1世紀)振りに訪れた母校ではあったが多少補修やインターネットワーク環境の構築の為の一部改装等を目にしたものの当時の面影どころかほほそのまんまであり、過去の候補生時代を懐かしむよりも先にまさかもう一度再びここで1から海軍軍人としての知識を学び直す事となるとは夢にも思わなかった事態に零はもはや笑うしかない。また表情には出ないが歩きながらもずっと何処か遠いところを眺め続けている零の姿に、短いながらも佐世保ではそれなりの時間を一緒に過ごす羽目になった比叡もまた何となく零の思考を予想してしまい微妙な表情に成らざるを得なかった。

 

「到着しました、では心の準備は大丈夫ですか?」

「え、ええ……大丈夫です」

「……一息入れますか?」

「いえ、大丈夫です」

 

そして零と比叡の2人が醸し出すそんな雰囲気を感じ取ったのか、教官の男が気をきかせてそう提案する一方でその元凶である2人組の方は寧ろ諦めを通り越していっそ開き直った顔をする始末。

 

「こほん、では……学校長、来訪者殿をお連れしました」

 

江田島に着いて早々に前途多難とも言える有り様であったが、それ以上に双方共に色々と今後の都合と予定がある為物事は時共に当事者達を置き去ってもなお先へと進んで行く。4度のノックの後入室の許可が下りたその部屋、学校長室へと3人は遂に足を踏み入れる事となった。

 

「海洋技術専修士官学校にようこそお越し下さいました。私は当校の学校長の宗谷(むねたに) 真雪(まゆき)と申します。当校は貴方方の来校を歓迎します」

 

校長室の奥、紺のカーテンの引かれた窓を背に部屋に入って来た零らから見て左の方に揃えて並べた日本国国旗(日章旗)日本海軍旗(旭日旗)を隣に正面中央に据えられた昏い色をしたやや古風な木製の執務机に座る妙齢の女性──黒地に敷かれた金帯とそこに落とした一輪の桜からして海軍少将──は部屋を訪れた「来訪者」に対し歓迎の言葉を送る。

 

「お初にお目にかかります、沖田零と申します。今後2年間お世話になります」

「佐世保鎮守府第一高速戦闘艦隊所属、金剛型戦艦2番艦比叡。翌午前6時(マルロクマルマル)付けで教育任務に着任いたします」

 

送られた挨拶に対し零と比叡もまたその返事を返す。

 

「こちらこそよろしくお願いします、ではさっそくではありますが当校における今後の話をさせて頂きます。どうぞ席にお掛け下さい」

 

そして挨拶もそこそこに学校長である宗谷真雪は2人に対し己の正面に置かれた応接セットの椅子に座るよう促す、2人が座った事を確認した彼女は(おもむろ)に口を開いた。

 

「ではまず当校について簡単な説明から入ります。当校の正式名称は『海洋技術専修士官学校』、陸海空軍統合軍学校にて2年間に渡り士官候補生としての知識・技術教育を受けたその後に当人達の配属希望に則り配属される士官学校のひとつであり、当校が有する学科としましては初級の『一般幹部養成科(一般幹部候補生課程)』と更に上級となる『艦隊指揮官養成科(幹部高級課程)』『幕僚幹部養成科(指揮幕僚課程)』『部隊指揮官養成科(幹部特別課程)』そして最後に沖田殿も編入されます『提督』としての素養を持った者が在籍する『特殊艦隊指揮官養成科(特殊幹部課程)』がこれに該当します」

 

ちなみに提督の養成を目的とした『特殊艦隊指揮官養成科(特殊幹部課程)』であるが、ここに在籍する事となる提督候補生の大半が通常の大学卒の元一般人である為書類上一応は初級の幹部候補生養成課程に分類されている。がその実態は上級の幹部養成課程と同様の扱いを受けており、任官早々『少佐』(正しくは『特務少佐』)の肩書きを与えられる等ある意味ではエリートコースと言っても過言ではない。

ただし身分に見合うだけの教養を統合軍学校出の者と違い僅か2年しかない在籍中に一からみっちり叩き込まれる事や、強権を持つ分その都度通常より遥かに厳しい昇級試験と日に日頃から多くの制約が課せられている為純粋なエリートコースとは少し外れた位置にあるエリートに近いコースである。

 

「また本年度の『特殊艦隊指揮官養成科』の在籍者数は7名、更に明日より編入される沖田殿を合わせると計8名となり内3名は各同盟国からの派遣留学生です。留学生については派遣前に各本国にて日本語を習得済みとの報告を受けていますので日常会話程度ならば意思の疎通に不便はないでしょう。我が国の学生、そして留学生を含めて彼らもまた貴方の様な特殊な(・・・)出生ではありませんがそれでも貴方と同様に妖精や艦娘達より『提督』としての素養アリと認められた()一般人の方々です。個々それぞれ大なり小なり常識の違いや習慣の違いがあるとは思いますがどうか『仲良く』とは言いませんが『同期の桜』であり、将来各同盟国で活躍する事となる『戦友』としてそれなりの関係を築いて頂ければ幸いです」

 

また『特殊艦隊指揮官養成科』自体が何故それほど複雑な事情を抱えているのかと言う事に対しては、そもそも艦娘や妖精さんが認める『素養』持ちの人材は日本中で見てもほんの僅かしか居らず、それ以上に現職の軍内部に素養保有者は更にその手の指の数程度しかいないと言う事態に起因している。実際本年度(2020年度)の素養持ちの在籍者は8名だったが昨年(2019年度)は4名、更に一昨年前(2018年度)は僅か2名でありそれ以前の卒業生(2016年と2017年度を)含めても総在籍者数は50に届かない計32名、内統合軍学校出の素養持ちはたったの6名である。

すなわちこの学科が開設して以降今年で6期目である事から考えれば正式に軍人となる教育を受けてきた幹部候補生はまさかの一学年に付き平均1人と言う有様、かかる手間暇から考えて(たった2年で1から相手が望んでもない)その無駄の多さに(軍人に仕立てなければならない)軍や学校からしてみれば頭を抱えたくなる事態であると言えよう。

 

「続きまして今度は沖田殿の今後当校でどう言った感じで過ごして頂くかを説明させて頂きます。沖田殿は明日5月6日付で特殊艦隊指揮官養成科に編入となりますので明日からは同学科生に混じって勉学に励んで頂きます、が既に新学期が始まって1ヶ月が経過しておりその分他の候補生と比べ 知識・体力等の面での遅れている点はこちらも了承しておりますのでそれを踏まえた上で成績は評価させて頂きます。

また本来ならば来訪者専用に特別補講カリキュラムを作成する予定でしたが佐世保での貴方の生活態度や知識調査の筆記試験の結果より佐世保鎮守府の御国七海特務中佐より免除申請の提出がありましたのでどうしても必要となる必須項目のみの補講を実施させて頂きます」

「分かりました」

「補講期間は凡そ1ヶ月程度、この1ヶ月につきましては他の候補生と比べて午前もしくは午後の時間割に1日1コマが追加される為些か多忙となると思いますがご了承下さい」

 

そしてその後も零に対してだけでなく比叡もまた含めた二言三言の注意事項と連絡事項を確認した後、そこで彼女は一度間を開け一拍置いくと彼女が今日彼らに伝えるべき事の最後となる要件を口にすべく部屋の外へと合図を送る。

 

「では最後になりましたが沖田殿の専任の教官 兼 秘書艦となる艦娘を紹介します。入りなさい」

「しっ、失礼します!」

 

合図を受け入室して来た女性……いや背格好からして中学生にも見える何処か懐かしさを感じさせる制服(セーラー服)に身を包んだ少女は些か緊張し過ぎているような雰囲気を身に纏いつつも零の前まで直進、ややぎこちない動きであったが敬礼を捧げつつその名を名乗り上げた。

 

「はっ、はじめまして秘書艦 兼 教官となります特Ⅰ型/吹雪型駆逐艦の吹雪です!よっ、よろしくお願い致します!」

 

 

特Ⅰ型/吹雪型駆逐艦1番艦「吹雪(ふぶき)」、着任

 

 

 




補足メモ

●神宮庁
元々は宗教法人であったが度重なる金銭並びに人事等の不祥事の連発や他の各神社に対する独裁的な搾取による政府並びに国民の重大な不信を招いた事から法人資格を停止させられ2020年現在、警察による捜査と並行して政府(神事に関する為宮内庁や内務省、文部科学省が中心)の主導によって組織的再編成が行われている真っ最中である。尚、既に今回の神宮庁一斉捜査及び再編により更なる悪事が発覚した為何名かの神宮庁幹部並びに一部神社の宮司、その他にも文部科学大臣や以下数名の省職員の首が飛び現在は警察に身柄を拘束されている。

大和型の46cm三連装砲(武蔵砲)
長門型の41cm連装砲(陸奥砲)
駆逐艦主砲用の12.7cm速射単装高角砲(雪風砲)
広島県江田島を所在地とする旧海軍兵学校/現海洋技術専修士官学校の校内表桟橋付近に設置された実物の砲塔。それぞれ46cm三連装砲は大和型戦艦2番艦である武蔵が大戦末期(1945年4月)に大神海軍工廠にて実施された大規模近代化改修により51cm連装砲と換装された46cm三連装砲3基の内その第3砲塔を、41cm連装砲は長門型戦艦2番艦である陸奥が1935年に実施された大規模近代化改修により改良型と換装された4基の内第4砲塔を、12.7cm速射単装高角砲は陽炎型駆逐艦8番艦である雪風が大戦末期(1945年5月)に大神海軍工廠にて実施された修理も兼ねた大規模近代化改修により改良型電探及び高射設備と対応する駆逐艦用の主砲型である12.7cm速射単装高角砲と換装された2基の内第1砲塔を生徒の教材用にとこの地に移設された物であり陸奥砲を除き武蔵砲と雪風砲は実際に実戦で使用された物である。

宗谷(むねたに) 真雪(まゆき)海軍少将
元海軍第2航空機動部隊司令部出身の海洋技術専修士官学校の学校長であり、「大海戦」及び「防衛戦」での功績を以って昇進した戦後初の女性日本海軍将官であり最年少記録も更新した女性海軍将校。三児の母であるがその娘達も現在海軍(内1人は士官候補生)に居る。
なお深海棲艦が出現する以前である8年前、国連軍(UN)の一部として海上治安維持任務で派遣された紅海を荒らし回った海賊団を単艦で殲滅した事から第一線を退いた現在においても日本海軍内ではもちろん国連軍内に対しても一定の発言力を持ち畏敬の念を抱かせる存在である。西住しほ陸軍少将とは統合軍学校時代の同期かつ同室でありその時から続く腐れ縁、互いに別の道を選び昇進した身であるが共に育児を経験しつつも軍に残り続けた身として中央に訪れた際は必ずと言って良い程居酒屋で酒を飲む仲である。



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