転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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第99話 がんばれ僕の自制心

「それでございましたら、ちょうど予備の新品がございますので差し上げるのでございますよ」

 

 そう言ってエフィさんが、マジックバッグから出してくれたのは、僕の元の世界では薬研と呼ばれている生薬の材料を砕き粉末に挽く道具だった。

 ちなみに、江戸時代にあった運河の薬研掘はこの道具の形状がその由来だ。

 

「これは、薬研ですか? 願ってもない最高の道具ですよ材料を砕いて粉末状にするには一番です! あ、そうか! ウィルマはルーティエ教団で一番の調剤神官さんでしたね。この手の道具は必需品ですよね。しかし、用意がいいんですね。こんなかさばる物の予備を持ってるなんて」

「やげん……というのですか。非才どもはこの道具を単に粉砕器と呼んでおります。いやあ、ハジメさんのお役に立てて何よりでございます。で、それを粉砕するんですか?」

 

 エフィさんが鍋を覗き込み怪訝な顔をする。

 そりゃもっともだ。こんな油漬けの消し炭、とうてい調味料には見えない。

 

「ええ、夕食をお楽しみに。ひょっとしたらお口に合わないかもしれないので、他にもちゃんと夕食になるものは作ってありますから」

「そんな! これまでハジメさんがお作りになったもので、非才がおいしいと思わなかったものはございませんでございますよ!」

「そうです! ご主人様! ご主人様のおりょうりは、あたいたちにとって毎日がお祭りも同然です!」

「ウィルマ先生がいってるとおりですご主人様! きょうの晩ごはんだって、いつもどおりのおいしいおりょうりだと思います」

 

 エフィさんに先行して外へ向かっていた女の子たちの何人かが引き返してきて、エフィさんの援護に入った。

 うわあぁ! 何気にハードル上がってるし!

 はたして、とんこつならぬオクこつラーメンは受け入れられるだろうか?

 この世界の料理基準では、ラーメンなんておそらくキワモノの範疇に入っているんじゃないだろうか?

 

「ま、まあ、なんにせよ、夕食時間まで待っててください。ああ、そうだ、ウィルマ、みんなはフォークの使い方覚えたかな」

「ええ、それは……」

「はい! ごしゅじんさま! みんな、ふぉーくのつかいかたを先生や姉さま方に教えていただきました!」

 

 エフィさんに代わって、狼人少女のダリルが元気よく答える。

 

「あたしたち、もうすっかり、ふぉーくでごはんを食べるのおぼえました。麺だってちゃんと巻き巻きして食べられます!」

 

 兎人少女のリゼがダリルを引き継いで答える。

 

「すごいなあ、たった二~三日で……。みんな、よくがんばったね。僕もがんばっておいしい料理を作るよ」

 

 ガーデンパーティーの翌日、朝一番に鍛冶屋に注文していた追加のフォーク10本を引き取りに行った僕は、鍛冶屋の親父さんに無理を言って、さらに急遽フォークを10本追加で作ってもらった。

 それはもちろん、ゴブリンの巣穴から助け出した少女たちのうち、行き先がまだ決まらずにゼーゼマン邸で小間使いをしながら、エフィさんに読み書き算術を教わっている子達の分だ。

 それを女の子たちに支給して、この二日間、ウィルマを始め、ヴィオレやサラに使い方を教導してもらっていたのだった。

 その間、日に一食は汁気たっぷりの、いわゆるスープスパを出して、スープに浸かった麺を巻いて食べるということも教えていた。

 それは、今晩の夕食として供する予定のラーメンへの布石だったのだが、僕の思惑以上にフォークで食べるということに少女たちは順応していたのだった。

 

「どんな塩梅かなぁ……。むこうと材料違うから心配だよ」

 

 マー油を作り終えた僕は冷蔵食品倉庫に入り、ガーデンパーティーの翌日から仕込んでいたラーメンのタレを取り出した。

 元の世界で作っていたタレのアレンジ版になってしまったのは、海産系の食材をまだ手に入れていないからだ。

 タジャ商会のヤトゥさんからもらってきた醤油は、ものすごく上等な濃い口醤油だったので、使うのはほんの少々にした。

 東京風のしょうゆラーメンなら、これをメインでタレを作るところだ。

 だが、やっぱりとんこつラー…もとい、オクこつラーメンはその白濁したスープに特徴があるので、濃い口醤油の色で茶色くしたくないというのがその理由だ。

 だけれども、旨みという点では醤油のパンチ力は無視できない。だから、少しだけ使うことにしたのだった。

 日本酒に醤油少しと塩、それからチャーシューを漬け込んでいた醤油を少しとバーベキューのときに出したオークの肉や牛豚の肉の形を整えたときに出た屑肉を挽肉みたいになるまでたたいた肉を鍋に入れ火にかける。

 煮立ったらしばらくそなまま沸騰させて続けて火からおろして冷まし、肉を漉しとって冷蔵食糧庫に入れて寝かせていたのだった。

 

「いかがですか?」

 

 ヴィオレが心配そうに僕が持っている手鍋を覗きこむ。

 手鍋の中は冷えて固まったラードが蓋のようになって、空気からタレを遮断している。

 ラードを匙で割り除けると、そこには薄く茶色に色づいた澄んだ液体がたゆたっている。

 

「試してみましょう」

 

 オクこつスープを寸胴鍋からお玉に一杯ミルクパンにとって火にかける。

 

 煮立ったオクこつスープに、小さじ一杯分足らずのタレを入れる。

 

「おほッ!」

 

 とたんに、たちあがった懐かしいあの食欲をそそる匂いに少しむせる。

 

「ふわあぁッ! 香ばしい、いい香りですぅッ!」

 

 ヴィオレがうっとりとして小鼻をヒクヒクさせた。

 

「とりあえずこれで味見してみましょう。ヴィオレ、お願いできますか?」

 

 小皿にスープをひとすくい取り、マー油を一滴垂らしてヴィオレに渡す。僕の分も同じように作る。

 

「はい、ハジメさん」

 

 ヴィオレは受け取った小皿から立ち上がる湯気を自分に向かって手で扇ぎ吸い込む。

 

「わはぁ……こんないい香り、初めてですハジメさん!」

 

 そしてフーフーと小皿のスープに息を吹きかけ冷まし、口をつけた。

 

「ん……んく……、ん? ンンッ! これッ! すごっ……はあぁんッ!」

「ええぇッ! そんなに!? うそでしょ?」

 

 慌てて僕も匂いをかぐ。

 

「ふがッ! なんじゃこりゃあ!」

 

 思わず昭和の刑事ドラマの殉職シーンのように叫んでしまった。

 今まで食べたどんなとんこつラーメンよりもパンチがある、あるんだけれども決して下品ではない、芳しいと表現するのがぴったりな香気が鼻腔を満たす。

 

「こ、これは……」

 

 スープを啜る……もちろんこちらの世界のスタンダード通り、音を立てずにだ。

 

「むはあぁッ! こ、こ、こ…これはあああああっ! なんじゃこりゃああっ!」

「おいしいですねぇッ! ハジメさんッ!」

「うんッ! うんッ! すっげーウマイよこれっ!」

 

 これはウマイ。確実にウマイ! このスープがあの麺に絡んで口の中で奏でるハーモニーが容易に想像できる。

 このスープで作成されるラーメンの味をあのチャーシューがいかに演出するのかが見えてくる。

 しかも、きっとその予想を凌駕する味に違いない。

 

「はあぁッ! このスープで麺をいただくんですよねハジメさんッ! 私、楽しみですぅッ!」

 

 今日の夕食の完成した形を想像したのであろう。ヴィオレがその美しい瞳をキラキラと輝かせていた。

 ああッ! 待ちきれないッ! 早く食べたい! いっそのこと今作っちゃおうか!

 僕は怒涛のごとく押し寄せる誘惑に、いつまで自制心を保てるのかすっかりと自信を失っていた。




18/08/21
第99話 がんばれ僕の自制心
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