転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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第69話 調剤施療神官の薬作りは、まるでミュージカルの様相を呈している件について

「へ?」

 

 いろんな体液でぐしゃぐしゃになった顔でエフィさんは間抜けな声を出した。

 

「僕、その、ケニヒガブラの牙持ってます」

 

 もう一度繰り返して、僕は腰のマジックバッグから、ケニヒガブラの牙を取り出し、エフィさんの目の前に差し出した。

 

「んななななななななっ! なんとおおおおっ! これは、これはっ! まさしくケニヒガブラの毒袋付きの牙! なんと見事なお品でしょうううううっ! これはまさしくうううっ、世界一いいいいっ!」

 

 再びエフィさんの頭の上にシュアファイア(目くらましにも使えるものすごく明るい懐中電灯)も真っ青のまばゆい光が灯る。

 しかしその仕草、冒険活劇マンガ『ジョ○ョ』に出てきた軍人キャラみたいなんですけど。

 

「作れますぅ! これで作れるのでございますぅ! 空前絶後、たったひと嗅ぎでエンシェントぉ~ドラゴンさえもぉ~殺されても目覚めることなくぅ~三日三晩眠り続けるう~、全身麻酔薬『モルフェオの吐息』がつくれますううううっ! ららららん、ららららららあああ~」

 

 僕から牙を受け取り、エフィさんは捧げ持ってうっとりと微笑んで歌い踊りだした。

 泣いたカラスがなんとやらだ。

 

「ヴィオレッタ・アーデルハイドぉ~! 純水をぉ~生成してくださいな~、んらららぁ~」

 

 腰の雑嚢型マジックバッグを外して降ろし、ビーカーのようなガラスの器を取り出して、テーブルに置き、エフィさんはヴィオレ様に水の生成を依頼する。

 

「あ、はい、わかりました」

 

 返事をするやいなやヴィオレ様がビーカーに水を満たしてゆく。

 

「はい、それくらいで~けっこうですうう~、んららららあ~、らららぁ~」

 

 歌い踊りながら、次々と道具や材料を読み上げて取り出し始める。乳鉢に乳棒、薬研っていったっけ?両手でゴリゴリするやつ、それと、小さな石臼。あと、アルコールランプに五徳、小さな魔女の鍋に大匙小匙。いろんな木の実や干草に干物……エトセトラ。

 

「んふふふん~、んらららん~」

 

 取り出した物を野外食堂のテーブルの上に几帳面に並べてゆく。

「んらららっららぁ~」

 

 最後にバターを入れておくような小さなツボをテーブルの上に置いて、エフィさんは大きく息を吐き出した。

 

「んふふふふふっ」

 

 心の底から楽しそうに笑って、エフィさんは手術用の手袋みたいな極薄の皮製手袋をはめ、パチンと弾く。

 そして、すうっと大きく息を吸い込んだ。

 

「ら~らららんららら~! 『モルフェオの吐息』をぉ~作っちゃうぞの歌ぁ~!」

 

 オペラ歌手のような朗々とした歌声が辺りに響き渡る。

 だけど、その歌詞はどうでしょう?

 

「んらららぁ~、ケニヒガブラぁ~のきぃばがぁ~こんなにたくさぁんあったぁならぁあ~らららぁ~、ドラゴン百匹だってえええ~ いっかぁげつうう~ 眠らせられるうう~」

 

 その、圧倒的な声量に気圧される。さっきまでの歌声が鼻歌に思える大音量だ。

 

「毒袋を~小指の爪くらい切り取ってぇ~細かく細かぁく刻みぃ~、牙をぉ~親指の爪くらい削ってぇ~粉にぃしてぇ~、ワイバーンの骨の粉ぁ~芥子の実の樹液とぉ~混ぜ混ぜ混ぜ混ぜえええ~、これとあれ、あれとこれもぉ~、粉に挽いてまぜまぜ、まぜまぜえええ~。うふふふふ……うふふふふふ、いひっ! いひひひひひひ……、うひゃーっはっはっはっは!」

 

 それは、まるでワーグナーの楽劇『ワルキューレ』の一幕のような美しく逞しい歌声だった。

 歌詞はとてもとてもへっぽこだが。

 なるほど、『女神の聖水』の製法が秘伝な理由が理解できた。

 歌声はともかく歌詞は絶対外に出せない。へっぽこすぎだ。

 ってか、エフィさん! 何気にものすごく危ないもの持ってますよね! 芥子の実の樹液なんて!

 まあ、ありとあらゆる薬品の製造を行う調合師なら当たり前か。

 

「魔法でせぇいせいしたぁ~ 純水を加えてぇ~火にかけて~」

 

 美しい歌声とメロディでへっぽこな歌詞をエフィさんの口が紡ぎだす。

 だが、その歌声とへっぽこな歌詞に反して、エフィさんの手先は実に素早くかつ正確に器具を操作し、作業をこなしていた。

 さながらそれは、かの漫聖手塚治虫が生み出した無免許天才外科医を髣髴とさせる手際のよさだった。

 

「はああ~っ! 練り練りぃ、ねりねりぃ、ネリネリィ~ ねって、ねってねりこんでえええええええええええええええ~!」

 

 いつの間にか僕は目を閉じ、腕を組み、足と指先でリズムをとってエフィさんの歌声にうっとりと聞き惚れていた。

 エフィさんの歌声は一人でで歌っているくせにまるで、三四人でハモっているように、じんじんと鼓膜を揺さぶった。

 ああ、たしか、ゼーゼマンさんの埋葬のときもこんな気分になっていたっけ。

 

「こねてこねて、こねこねてえええええ~ 形ぃをととのえましょうぅ~」

 

 そうして……。

 

「はいっ! でぇきあ~が~り~!」

 

 エフィさんは超ベテランのギャリソンよろしく僕らの前に二十センチくらいの丸い皿を突き出す。

 その上には、飴玉くらいの大きさの赤紫色をした三角錐が十個並べてあった。

 

「んふふふふふぅ~。これ~ひとつでえ~、ゴブリン五百匹なんぞぉ~あさっての朝まで~ぐうっすり~! 『モルフェオの吐息』ぃ~ か・ん・せ・いいいいいいいいぃ~!」

 

 と○がりコーンのような形のちいさな三角錐を摘み上げ、ステージをやりとげたアーティストのように、そしてまた、マッドサイエンティストのようにエフィさんが破顔した。

 

 数瞬の静寂。

 

 ぱんっ! ぱんっ! ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんぱんぱんぱんぱん!

 

 俺は涙を流して拍手していた。

 バイロイト祝祭劇場で生の楽劇を観覧したワグネリアン(超熱狂的ワーグナー音楽の愛好者)のように。

 それほどに、エフィさんの歌声は心を揺さぶるものだった。

 いや、歌詞のへっぽこさを差し引いてもだ。

 そして、俺の感動が伝播したかのように、その場のみんながエフィさんの独演に惜しみない拍手を送っていた。

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