転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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第89話 俺のレバーは旨いか?

「シャッ!」

 

 ゴブリンプリンセスの狙いすました貫手が俺の顔面を襲う。

 正中にシャベルを立て、両手で構える。

 

「ゲギャアアアッ!」

 

 ぶりゅぶりゅ! 

 

 気持ち悪い手応えが左手を震わせ、青い血飛沫が飛び散る。

 と同時に、俺の目を狙って放たれた貫手が左右に分かれていく。

 俺が正中に構えたシャベルの刃は、ゴブリンプリンセスの中指と薬指の長さを増しながら右手首近くまで食い込んで止まった。

 

「あぐッ!」

 

 不意に右脇腹に激痛を感じる。

 熱い! とてつもなく熱い! 何かが右脇腹に打ち込まれた?

 

「ゲッゲッゲッゲッ」

 

 俺の右脇腹に打ち込まれたのは、ゴブリンプリンセスの左貫手だった。

 口角を吊り上げてゴブリンプリンセスが嗤う。

 その顔は絶対的な勝利を確信した自信に満ちた顔だった。

 おそろしく長くなった右手の中指と薬指の間からシャベルの刃を抜きながら、ゴブリンプリンセスが俺の胸板を蹴飛ばす。

 

 ブチンッ! ぎゅぽッ!

 

「ぐああああッ!」

 

 体の中で何かを引きちぎられたような衝撃と激痛。

 トンボを切って着地したゴブリンプリンセスの紅く血に塗れた左手に握られた俺の体の一部……ってか、それ、俺の肝臓だよな! レバーだよな!

 幼女の手とはいえ、俺の肝臓一握り分て、結構な分量持ってきやがった!

 

「ゲギャギャ! ゲギャギャギャ」

 

 うっとりと恍惚さえ浮かべて、ゴブリンプリンセスが俺のレバーをつまみ上げかざす。

 そして、あんぐりと口を開け、舌を突き出した。

 

「てめえ……、食うんだなそれ。俺のレバー食うんだな」

 

 横を向いて、俺から視線を外さずニタリと笑ったゴブリンプリンセスは、がぱっと開いた口から突き出た舌の上に俺のレバーを落とした。

 俺のレバーを乗せた舌が、羽虫を捕まえた蛙の舌のように引っ込む。

 

「ギュゲッ……ふほ、ゲギャギャギャギャ!」

 

「そんなにうめえかよ? 俺の生レバーは……」

 

 ゴブリンプリンセスは、初めてアイスクリンを食べたお嬢様たちのようにうっとりとしている。

 自分の生肝の踊り食いなんて、そうそう見られるもんじゃねえな。

 ふつうなら、これで終わりだ。

 生肝抜かれて生きていられる人類はそうそういない。

 あっという間に出血性ショックで御臨終だ。

 

「ふうううううううううッ! すううううううううううううううッ!」

 

 だが、俺にはユニークスキル【絶対健康】があった。

 深呼吸を一回するうちに引きちぎられた肝臓は再生を完了して、ゴブリンプリンセスが打ち込んだ貫手が開けた脇腹の大穴も、無かったことのように塞がっていた。

 

「ゲギャッ!」

 

 ゴブリンプリンセスは、あからさまにうろたえていた。

 そりゃそうだ、絶対的な致命傷を負わせたはずの敵がなにごともなかったように立ってるんだからな。

 

「肉を切らせて骨を断った気でいたんだろうが、残念だったな、肉を切らせ損だ」

 

 ひゅん! 右手に持ったシャベルを回し、ぴたりとゴブリンプリンセスに向ける。

 

「プリンス様のように頭を割ってやろうか? それとも首飛ばしてやろうか? 選ばせてやる」

 

 一歩前に出る。

 

「ぎゃ……」

 

 プリンセスが尻込む。

 

「選べよ」

 

 さらに一歩、もう一歩。 もっと前に出る。

 

「ぎゃひッ!」

 

 ゴブリンプリンセスの膝がガクガクと震えている。俺から逃げようと、きょろきょろ辺りをうかがう。

 だが、逃亡の手助けも俺を倒すために役立つようなものも都合よく落ちているわけもなくゴブリンプリンセスは追い詰められてゆく。

 

「どうした? かかって来いよ。俺を殺してこっから逃げるんだろ」

 

 俺はもはや無造作にゴブリンプリンセスに近づく。

 

「ひぃッ!」

 

 ゴブリンらしくない悲鳴を上げてプリンセスが腰を抜した。

 びちゃッ! っという水音が辺りに響く。

 それはゴブリンプリンセスが自ら作った水溜りに尻餅をついたからだった。

 

「なんだぁ、てめえ、ちびってたのかよ。ションベン漏らすくらい怖がってんのか。てめえらゴブリンが襲った村で何人が怖くてションベン漏らしたか知ってるか? てめえらが食った女の子たちは怖くて怖くてションベンどころか糞も漏らしたろうな」

 

 シャベルの刃を立て振り上げる。

 あとは俺の肝を抜いて食いやがった憎たらしいゴブリンプリンセスの頭頂部にこれを叩きつけるだけだ。

 

「じゃあ、死ね!」

 

 ゴブリンプリンセスの脳天めがけて、俺はシャベルを振り下ろす。

 

「そこまでです!」

 

 逆らいようのない、絶対命令に俺の体が凍りついた。

 シャベルはその刃をあと数センチでゴブリンプリンセスの頭蓋に叩きつけられるというところで停止した。

 俺の意思でこれをやろうとしても絶対無理だ。勢いってのがあるからな。絶対止められない。

 だが、女神の一声はそれを可能にした。

 ゴブリンプリンセスはまたもやその命を救われたのだった。

 

「ハジメさん、もう、やめてあげましょう」

 

 生命の女神イフェがゴブリンプリンセスの背後にフワリと降り立つ。

 その頭蓋まであと数センチに迫ったところで停止したシャベルの刃をつまんで横にずらし、ゴブリンプリンセスの頭を指先で軽く突いた。

 

「ゲッ!」

 

 短く一声叫んで、ゴブリンプリンセスが昏倒する。

 女神イフェはそれを抱きかかえると俺に向き直り微笑んだ。

 

「戻りましょうハジメさん。せっかくの宴を血で穢すことはありません」

 

 女神様のその言葉に、ぷしゅうぅっと、僕の体の穴という穴から何かが抜けていく。

 まるで戦闘を終え、ダクトから噴気を排出する人型兵器になった気分だ。

 

「そうですね、イフェ様」

 

『全ての命を等しく見守り育む女神様』に僕は頭を垂れる。

 僕のレバーを恍惚の表情を浮かべて食べてくれたゴブリンプリンセスは、女神様の腕の中でスヤスヤと寝息を立てていた。




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