転生グルマン!異世界食材を食い尽くせ   作:茅野平兵朗

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第90話 あ、あ、あの…これって?

「皆がハジメさんがいないことに気がついて探し始めましたよ。戻りましょう。この娘については後ほどお話しましょう」

 

「はあッ!」

 

 僕は大きく溜息をついた。

 

「エフィ・ドゥ、ありがとう。もう大丈夫ですよ」

 

 イフェ様が僕の後に向かってウィンクを飛ばした。

 

「はあああッ! 一時はどうなるかと……」

 

 振り向くと、気が抜けてヘナヘナとへたり込むエフィさんがいた。

 きっと、僕とゴブリンプリンセスの周りに結界を張って、闘っている音がみんなに聞こえないようにしてくれてたんだな。

 僕はエフィさんに駆け寄る。

 

「ごめんね、ウィルマ! 余計な手間をかけさせた」

「いえいえ、大事に至らず重畳でございます」

 

 そう言って、少し青ざめた顔でエフィさんが微笑んだ。

 しまったな、だいぶ心配をかけたみたいだ。

 ……っと、青いエフィさんの顔色がみるみる真っ白になっていく。

 そしてバタバタと腕だけでコモドオオトカゲのような速度で匍匐前進して自称使徒イェフさんに這いより縋りついた。

 

「しッ…、し、し、し、使徒イェフ・ゼルフォ、ッ! ちょ、ちょ、今しばしお待ちを!」

 

 ゼーゼマン邸の裏口から中に入ろうとした自称生命の女神の使徒イェフさんをひきとめる。

 

「あら、どうしたのエフィ・ドゥ? そんなに慌てて」

 

 振り向いた自称使徒イェフさんの腕に抱かれているゴブリンプリンセスの右腕がだらりと垂れ下がる。

 その手は中指と薬指の間が手首まで切り裂かれ、水鉄砲が仕込んであるみたいにビュッビュッと青い液体を飛び散らせている。

 って、動脈出血だよねそれ。

 

「使徒イェフ! そのゴブリンプリンセスでございますが、そのまま連れて行っては騒ぎになるのではないかと!」

 

 たしかに、手のひらを手首まで切り裂かれて、青い血を流している女の子を、ゴブリンの巣穴から助け出された女の子たちの目に触れさせるのはどうだろうかと思う。

 

「あッ! あらあら、そうだわ!」

 

 エフィさんに指摘され、自称使徒イェフさんは、たった今気がついたというような間の抜けた顔をつくった。

 

「あら、あら、あらぁッ! ごめんなさいッ! 気がつきませんでした! エフィ・ドゥ、ありがとう。あと、ちょっとお願いできますか?」

 

 そう言って、自称使徒イェフさんがゴブリンプリンセスをエフィさんに抱かせる。その右手をとって、両手で傷口をあわせて目を閉じなにごとかをつぶやいた。

 イェフさんの両手に包まれたゴブリンプリンセスの手が淡い緑の光を放ち始める。

 

「おお……ッ、ああ、なんと、なんと!」

 

 エフィさんがうっすらと涙を浮かべ感嘆する。

 僕はビデオの逆再生を見ているような錯覚をおぼえる。『俺』が切り裂いたはずのゴブリンプリンセスの右手が傷口の一番奥側の手首の方からつながり始め、ついには、何もなかったかのようにきれいにふさがったのだった。

 

「これで……いいかしら、エフィ・ドゥ?」

 

 ゴブリンプリンセスの右手を持ってエフィさんに示しながら、自称使徒イェフさんがエフィさんにウィンクをする。

 

「は、はい、これで何も問題ないかと……、あとは、この娘が気絶している理由でございますが……」

 

 耳まで真っ赤にしてエフィさんが答える。憧れのアイドルに話しかけられた女子中学生みたいだ。

 鼻血を噴いて失神しなきゃいいけど。

 

「うろついているうちにうっかり外に出て、辻馬車にはねられそうになったってのはどうでしょうか?」

 

 ため息まじりに僕は提案する。

 何でため息がまじっているかというと、僕はゴブリンプリンセスを生かしておくつもりがなかったからだ。

 だけど、女神イフェは僕がゴブリンプリンセスを殺すことを良しとしなかった。

 イフェ様にとってはすべての命が等しく平等だ。

 生存競争を見守るということはしても、何かに肩入れするということはないはずだ。

 人間がゴブリンを殺す、ゴブリンが人間を喰らうということは生存競争の範疇のはずだから、イフェ様がどちらかに肩入れするということはないはずだ。

 そんなイフェ様が『俺』がゴブリンプリンセスを殺すのを止めたということは、そこに何かワケがあるはずだと僕は思っている。

 だから、ため息まじりにだが、ゴブリンプリンセスを生かしておくことに賛同せざるを得ないのだった。

 

「じゃあ、それで」

 

 エフィさんからゴブリンプリンセスを受け取り、悪戯を仕掛けた女児のような笑みを自称使徒イェフさんが浮かべる。

 僕の肝臓を食べてくれやがったゴブリンプリンセスは、その邪悪な本性をほんのひとかけらも見せない天使としかいえないような顔ですやすやと眠っている。

 

「ん?」

 

 その寝顔に僕は違和感を感じた。

 

「うふふッ」

 

 自称使徒イェフさんが悪戯が成功した女児のような笑顔を僕に向ける。

 じっと、ゴブリンプリンセスを見つめる。まちがいさがしをするようにだ。

 ゴブリンプリンセスが僕に与えた違和感の正体はその肌の色だった。

 あんまりにあからさますぎてかえって気がつかなかった。

 さっきまでのゴブリンプリンセスの肌の色は、今頃ゼーゼマン邸の裏庭で一緒にゴブリンの巣穴から助け出された少女たちとBBQに舌鼓を打っているであろう二人のエルフ少女たちとおなじものだった。

 つまり、中身がゴブリンというだけの見かけはエルフそのものだった。

 だが、今、女神イフェの腕の中で寝息をたてているのは褐色の肌のエルフ……ダークエルフの幼子なのだった。

 

「あ、あ、あの…これって?」

「な、な、なんと?」

 

 僕とエフィさんはそれをいうだけで精一杯で、あとは口をだらしなく開けっ放しにするしかできない。

 

「それは、のちほどゆっくりとお話ししましょう」

 

 咲いては光の粒子となって消える見たこともない花を咲き乱れさせ、自称使徒イェフさんが笑い、ゼーゼマン邸の裏門から邸内に入ってゆく。

 僕とエフィさんは慌ててそれを追いかける。

 

 いつの間にかグリューブルム王国東方辺境最大の街ヴェルモンに、夜の帳がそっと下りていた。




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