オーバーホールが子煩悩だったら……というお話。

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極メン。

 極道―――それは悪事を行い、または放蕩にふけること。または、そういった者のことを指す。ならず者や暴力団員、ヤクザ等も指し、昔は市民を恐怖に陥れるなどやりたい放題やっていた時期もある。

 だが、この超常社会においてオールマイトが登場するや否や、暴力団などは一斉検挙で次々と解体されていき、今や天然記念物と揶揄されている実情だ。

 

 まるで生きた化石。

 生き残った極道も、今は指定(ヴィラン)団体に指定されて、警察やヒーローの監視の中でほそぼそと暮らしている。

 

 そんな中、一つの極道組織『死穢八斎會(しえはっさいかい)』において、ある計画が開始されようとしていた。

 

「いいか」

 

 窓もない質素な部屋に集められた、組織の幹部たち。

彼らの前には、若いながらも形容しがたい威圧感を放つ青年が、ペストマスクを被ったまま、鷲のように鋭い視線で皆を射抜く。

 

「今日、お前たちを呼んだのは他でもない」

 

 静かながらも腹の底に響く重い声で、死穢八斎會が若頭『オーバーホール』こと治崎(ちさき)(かい)が言い放つ。

 

 

 

 

 

「……今日は、エリの誕生日だ」

 

 

 

 

 

 そう、これから始まるのは、娘大好きパパの壮大な誕生日の催しについての打ち合わせだった。

 

 

 

 *

 

 

 

「いやいやいや、オーバーホール」

「なんだ」

「誕生日って。今に始まったことじゃないですが、幹部全員呼んで誕生日って」

「それがどうかしたか」

「涼しい顔で言わないでくだせえ」

 

 神妙な雰囲気の中で一人声を上げたのは、これまたペストマスクを被り、深くフードを被り込む若頭補佐『クロノスタシス』であった。

 言いたくとも中々言えない雰囲気の中、彼を英雄視するかのような幹部の視線が一斉に、クロノスタシスへと向かう。

 

「一応聞きますが、アンタ極道ですよね?」

「今更なんだ?」

「娘の誕生日の為に幹部呼び出すって、極道としてどうなんですか?」

 

 至極尤もな意見に、幹部らがシンクロして首を縦に振る。

 極道とは、暴力を以てして弱者を恐怖に陥れ、搾取し、社会の裏を支配する―――そのようなイメージが強い。

 だが、今回の収集理由は余りにもアットホームすぎる。最早一般家庭のそれだ。

 

 極道とは何ぞや?

 そう問いかけるクロノスタシスに対しオーバーホールは、やれやれと首を振り、鋭い眼光で全員を見渡す。

 

「……いつか、組長が言っていた言葉がある」

「ほう」

「人の心を忘れた外道には、誰もついていかないとな」

「アンタはそういうレベルじゃないでしょう。外道以前に、パパとしての道まっしぐらじゃないですか」

「独身のお前には分からないだろうな。娘を持つと世界が変わる」

「変わり過ぎじゃありやせんか?」

「物事を娘の視点から見ることができるようになる。童心に返れる。世界はこんなにも儚く、慈しみを以て眺めることができるものだ。愛は地球を救う」

「もう一度尋ねますが、アンタ本当に極道ですか?」

 

 教会の神父やシスターが口にしていそうな言葉を淡々と述べるオーバーホール。

 彼は、娘を設けてすっかり棘がなくなってしまった。昔は、極度の潔癖症であるからと、不潔な者は“個性”で一度分解してから修復するという悍ましい真似をよく行っていた。

 だが、その実力もさることながら、生来持ち合わせたというべきカリスマで、今日まで死穢八斎會の勢力を保つどころか拡大することに成功している。

 

 力、頭脳、魅力―――どれをとっても一流であった彼が、今はどうだ?

 ただの子煩悩だ。

 

 暇さえあれば娘とおままごとをしてベタベタし、台所で一緒にフルーチェを作る極道がどこに居るのだろうか。

 確かに、彼の娘であるエリが生まれた際に母親が、残念ながら死に至り、母の愛情を注ぐことが叶わなくなったという背景はある。しかし、やり過ぎだ。一般の父子家庭でさえ、あそこまでベタベタな関係の親子はいないだろう。

 

「……まあ、百歩譲ってエリちゃんを大事に思うのはいいでしょう。んでも、若頭としての威厳は保ってくだせえ。今のままじゃ下に示しがつきやせん。んでもって、死穢八斎會のヒエラルキーが変わりやす。エリちゃんが一番になっちゃいやすぜ?」

「それがどうかしたか」

「平然とした顔で言わないでくだせえ。大問題でしょうに」

 

 極道のトップが、年端も行かない少女であるなど、部下にも他の組織にも示しがつかないと訴えるクロノスタシスであったが、オーバーホールの何食わぬ顔で言い放たれた言葉に一蹴されてしまった。

 彼は大分末期である。親ばかだ。このままでは死穢八斎會が子恵八祭会になりそうな雰囲気さえ漂っている。

 

 深いため息を吐くクロノスタシスは、自身の背後で待機していた男―――音下へ顎で指示を出す。

 その様子に怪訝に眉を顰めるオーバーホール。

 

「なにをするつもりだ?」

「どーもこーも、ここは一先ず、若の本心を聞かせてもらいましょうか。音本、頼みやしたぜ」

「はい。若、失礼します」

 

 スッと一歩歩み出るのは、死穢八斎會においての若頭の懐刀『音本真』だ。

 彼の“個性”である『真実吐き』の前では、どれだけ口が堅い人間であったとしても本音を吐いてしまうのだ!

 

「若は、若頭としての体裁と父としての体裁。どちらを重要視しておられますか?」

「まあ後者だな」

「レスポンス早過ぎでやす」

「エリのことは目に入れても痛くないと思っている」

「娘への惚気までは聞いていやせん」

 

 問いかけた分以上の内容を告げられ、補佐のクロノスタシスは先行きに不安を覚え、頭を抱える。

 

「はぁ……じゃあ、ついでにミミックや八斎衆にも聞いてみましょうや。音本」

「はい。皆さんは、そんな若をどうお思いで?」

 

 若頭としての体裁を思い出させるいい機会だと言わんばかりに、皆に意見を求めようとするクロノスタシスの意思を察し、音本は静かに佇んでいた幹部らへ問いかける。

 

「まあ、オーバーホールがそういうスタンスで行くなら、一向に構わない」

 

 ふんぞり返って堂々言い放ちミミック。

 

「俺の“個性”、『マジックだ!』って喜んで見てくれるし、そーいうトコかわいいと思うのは仕方ない」

 

 照れる窃野。

 

「エリちゃん……萌え……」

 

 法悦とした様子をみせる多部。

 

「同意」

 

 そんな多部に同意を示す宝生。

 

「我々は若に付いていくだけ……若がエリを寵愛するというだけならば、私は盾としてお二人を守るだけだ」

 

 凛とした佇まいで宣言する天蓋。

 

「―――だ、そうです」

 

 撃沈。

 クロノスタシスの目論見は、あっけなく崩れ去った。全員病気だ。若頭であるオーバーホールの娘愛が組織内に蔓延し、次第に屋敷の空気がホンワカし始めている。

 常時身に着けているペストマスクでも、オーバーホールから振り撒かれるウィルスを防ぐには至らなかったらしい。

 

 既に死穢八斎會は、『エリLOVE♥』の病に侵されしまっていた!

 

「もうやだ、この組織」

「ハッハァ!! 壁殴りたい気分なら、俺が代わりに殴って来てやるよ!」

「酒、飲むか……? へへっ」

「お前らはちょいと黙っていてくだせえ」

 

 愕然としているクロノスタシスを慰めている(つもり)の乱波と酒木であるが、呆気なく拒絶されてしまう。

 そんな補佐のことはいざ知らず、オーバーホールは前もって用意していた袋をクロノスタシスに手渡す。

 結構どっしりとした重さだ。

 

「……これはなんでしょうか、オーバーホール?」

「和紙の折り紙と鋏と糊だ。お前たちには、俺がエリと出かけている間に、よく誕生日会で見る折り紙で作った輪っかの内装をしておいてもらいたい」

「……へい」

「頼んだぞ。じゃあ俺はでかけてくる」

「へい」

 

 浮足立つ頭を引き留めることは最早不可能と、手渡された袋の中身を確認した後、浮足立ちながら部屋を出ていくオーバーホールの背中を見遣る。

 恐らくは、今からエリと買い物に出かけ、デパートで洋服や玩具を買ってあげ、ファミレスでバースデーサービスを受けた後、屋敷に戻ってから甘ったるいケーキを囲んで、構成員全員でエリの誕生日を祝う予定なのだろう。

 

「……はぁ」

 

 思っていた極道と違う。

 クロノスタシスは、そう思わざるを得なかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 それから暫くして、日も暮れ始めた夕暮れ時。

 カラスが電線にとまって鳴き声を上げている姿に、爛々とした瞳を浮かべ、嬉々とした声を上げる少女が一人、父の肩の上に座っていた。

 長い髪を靡かせており、そんな髪の合間からは一本だけ、小さい角のような突起物が覗いている。

 

「エリ、買い物は楽しかったか?」

「うん。楽しかった」

組長(オヤジ)も一緒に行きたいって言ってたんだが、腰痛めたんだから仕方ないな」

 

 のんびりとした口調で親子の会話をするオーバーホールとエリ。

 彼が言うように、組長である年を召した男性は、数日前に張り切ってエリを肩車したばっかりにギックリ腰となってしまい、現在屋敷で自宅療養中だ。

 血は繋がっていないものの、孫同然に可愛がっているエリと買い物に行けない事実に、組長は涙を流していたな……と呑気に思い出すオーバーホール。

 

「でも、組長(オヤジ)はきっと家でエリの誕生日お祝いするのに張り切ってるぞ。ちゃんとお土産渡してあげような」

「うん!」

 

 誕生日プレゼントついでに、昔から世話になっている組長への贈り物も購入した二人。

 セレクトしたのは勿論エリだ。孫からのプレゼントと言われれば、祖父は誰だって喜ぶものだろう。というより、自分の可愛い娘がわざわざ選んだのだから喜んでもらわなくては困るというのが本心だ。

 

「あ、じゃあ鳥のお兄さんたちもお祝いしてくれるかな?」

「どうだろうな。エリが普段いい子にしてるなら、お祝いしてくれるかもしれないな」

 

 はぐらかすオーバーホールだが、鳥のお兄さんたち(ペストマスク集団)は、その若頭の指令で屋敷の飾りつけの最中だ。そう、手の指が糊でベタベタになる汚れ仕事の……。

 

「エリはいつもいい子にしてるよ? 勉強だってちゃんとしてるし」

「『あけ口』を『あけろ』って読み間違えてる内はまだまだだな」

「むぅっ……」

 

 つい最近経験した漢字の読み間違いを指摘されてむくれるエリ。

 紙パックのジュースを飲む際、『あけ口』を堂々と『あけろ』と読み間違えた時、なんとも言えない状況の中で音本がクロノスタシスに問いかけ、彼に無理やり訂正させるという事件があった。

 結果として、恥ずかしさで赤面することとなったエリは、以後いつも以上に勉強熱心になったという経緯がある。

 

「いいもん。ちゃんと勉強して、将来はお医者さんになるから」

「医者? 初めて聞いたな。なんで医者になりたいんだ?」

「だって、お父さんはエリの虫歯、ちょちょいのちょいで治しちゃうから。あんな風に、『痛いよー!』って言ってる人、治してあげたいの」

「ほう。それはいいことだな。じゃあ、医者になるのに一杯勉強しなきゃな」

「うん!」

 

 父の激励を受けてやる気が十分となったエリは、肩車されている状態のまま、『絶対お医者さんになるぞー!』と声高々に叫んでいる。

 近所迷惑になりそうな声量だが、愛しい娘の叫び声は、教会の天辺で鳴り響く鐘の音に等しい。

意気揚々としている娘に、和んだ様子のまま屋敷へ向かうオーバーホールであったが、彼が思わず顔を顰めてしまうような光景が、屋敷の前に存在していた。

 

 組の所有物である太鼓の前に佇む乱波と、クラッカー的な物を手に携える他数名。

 

「エリちゃん、誕生日おめでとぉ~!」

「おぉおおらああああっ!!!」

 

 一斉にクラッカーを鳴らす面々の後に続き、己の拳で太鼓を叩き、豪快な音を夕空に響かせる。数秒後には、勢いに耐え切れず太鼓は破壊されてしまうが、それは些細な出来事だ。

 しかし、自分の誕生日を祝ってくれる者達に、大層喜んで瞳を輝かせるエリ。

 

 色々と物申したいオーバーホールであったが、判断基準はエリが喜んでいるか否かだ。この場合、エリは十分喜んでいる為、彼らのサプライズは許容範囲。

 喜ぶエリを肩に乗せたまま屋敷にたどり着いたオーバーホールは、延々と拍手を送るクロノスタシスに近寄り、エリに聞こえない声量で耳打ちを始める。

 

「飾りは?」

「既に」

「ケーキは?」

「モチのロン、準備していやす。乗ってるイチゴは特大で、そりゃあ甘々なものを……」

「よくやった」

 

 今日の誕生日会を飾る目玉は、何を隠そう特大のイチゴが乗っかるショートケーキだ。

 ケーキが嫌いな子供は、ほとんど居ないと言っても過言ではない。年を重ねるたびに、胃にくる生クリームをペロリと平らげてしまえるのは、子供の特権と言うべきか。

 

 エリが頬に生クリームをつけながら、幸せそうにケーキを頬張る姿を思い浮かべるだけで、ペストマスクの奥の口角はにやりと吊り上がってしまう。

 

「よし……じゃあエリ。鳥のお兄さんたちもお祝いしてくれるらしいから、皆でごちそう食べようか」

「うん!」

「お前らも、さっさと片付けて大広間に来い。いいな?」

「へい」

 

 破壊された太鼓とクラッカーの残骸を片付けるよう指示し、早々に料理が用意されている大広間へ向かう二人。

 玄関までに立ち込める香しい匂いに、恍惚とした表情を浮かべながら、頭の中でエア食事して零れ落ちそうな頬を抑えるエリ。年相応に表情が豊かであるのは、親としてこれ以上嬉しいことはない。

 

子供にとって、誕生日とはご馳走やプレゼントを貰える楽しい日。

 

しかし、親にとっては意味合いが違ってくる。

 

 親にとっての誕生日。それは、愛する我が子に『生まれてきてくれてありがとう』という想いを持って接する日だ。

 不幸にも、エリには実母の愛情を注ぐことは叶わなくなってしまったが、その分を賄うべく、父とその仲間たちは陽気に振舞っていく。

 

 

 

 ある意味、道を極めていく彼らは、今後も面白おかしく過ごしていくことだろう。

 

 

 

 その手始めとして、今宵、死穢八斎會の屋敷からは笑い声が絶えなかったという。

 

 

 

 

 

 こんな極道も、偶には如何(いかが)

 


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