朝。
オレの一日は町が活気づくより早く目が覚め、溜まったネガが面積の大半を占領する部屋で始まる。
毎朝決まった時間に起きるオレ。
部屋にあるテレビの電源を付けると、決してずれることなく『おはようございます』の声がオレの耳に入ってくる。眠気を覚ますには最適な張りのある声。そして目を奪われる美貌。
それもオレがこの時間に起きる理由なのかもしれない。
少し小さくなった学校の制服に袖を通しながら、オレはテレビに耳を傾けた。
『天気は晴れ 風が少し強くなる模様でしょう』
これなら今日も、良い写真が撮れそうだ。
『気温は平年並みで、過ごしやすい一日です』
まだ、厚着をするような気温ではなさそうだな。
そこまで聞いてオレは着替えを完了させる。学校の鞄とは別に商売用の鞄を引っ提げ、オレはテレビのリモコンを手に取った。
『今日の一位は――』
いつもなら興味のない占いのコーナー。そこでプツンと電源を切るのだが、今日に限っては聞くことにした。
なんてことはない。ただ自分の星座が一位になったからだ。
『良い出会いがあるでしょう。ラッキーカラーは「パステルブルー」です』
そこまで聞いてオレはリモコンの電源ボタンを押した。
何か良い事があるのだろうか。少しだけ期待してみたい。
学校に着くとまずは隠しカメラと盗聴器の回収。これは他に生徒がいない朝早い時間帯でないとできない作業だ。
そして、教室のメンバーに顔を合わせ、数少ない女子に見えないように商売の準備をする。
この学園に入ってからお得意様が増えた。一日にいろんな目当ての客が訪れてくる。
売れ筋が読みにくくなった分、様々な写真を取り入れる必要があるが苦ではない。
むしろやりがいを感じというものだ。
一段落し商売を終えると次は明日の分の仕入れを始める。
在庫と需要のリストを見比べ、オレはカメラ片手に街へと飛び出した。
オレは男子高校生にしては小柄だ。だが悔しくなどない。むしろ生んでくれた両親に感謝をしている。体格が良いと目立つし、なにより目線が高い。翻るスカートも上から見れば何の意味も無いただの布切れだ。
見えそうで見えない、そんな絶妙な位置でシャッターを切る。
それはオレにとって呼吸に等しかった。
時折吹く少し強い風がスカートが揺らす……見逃すはずもなくシャッターを切る。
日向にいると暑く、日陰にいると涼しい今日の天候。
柔らかな陽射しが素材の良さを引き上げる。今日の収穫は大漁だ。
翌日、光の入らない暗室で写真を現像していると、そこには黒髪の女の子の後ろにみすぼらしい服を着た男の姿が写り込んでいる写真があった。
一陣の風がこの女の子のスカートを捲ったのだが、瞬間的に撮ったので男がいる事に気がつかなかったらしい。
普通なら『駄作だな』と思い写真を捨てるところだが、オレはそれをいつもいれるのとは違う別の封筒に閉まった。さっきも言ったが客のニーズは多様化している。それに応えるためだ、オレが楽しむわけじゃない。
実際、学園内で男の写真の需要が伸びつつある。
とはいえ、オレにそういう趣味があるはずもないので、間違って見ないように別に分けておく。そういう事だ。
大量にあった写真の現像は、いつも以上に朝の時間を奪ってくれた。いつもなら慌てることなく歩く道も倍のスピードで景色が流れていく。
遅刻すると鬼に目を付けられる。それが嫌でオレは更にスピードを上げた。
だからだろう。オレが角からくる少女の存在に気がつかなかったのは。
ドシン
肩口から広がる小さな衝撃。そして地面から足が離れる浮遊感。
小柄な体なのか、オレは大きく吹き飛ばされた。
デタラメにシェイクされた視界を正し、倒した相手の方を見ると相手は尻もちをついただけだった。少し気弱そうな女の子。年はオレと同じかやや下。和の雰囲気が漂う清楚な子だった。
だが何故だろうどこかで見たことがある。
「…………すまない」
「あ、すいません」
写真を拾う少女。……ちょっと待て、写真を……拾う?
無骨なアスファルトを見るとさきほどまでなかった多くの写真が散らばっていた。
ほぅ、こいつも写真撮影を趣味にしているのか。
などという無意味な期待は抱かずにオレはすぐさま少女の傍に歩み寄る。
幸いなのはオレが興味のない袋だったことだろう。別の袋なら警察を呼ばれて、独房行きになってもおかしくない。
内心ほっとしながらオレは写真を拾い始めた。
ほとんど集め終わったところで少女の方を向く。
少女はある写真を食い入るように見て動きを止めていた。
その仕草が気になり、オレはなるべく音を立てず少女が見ている写真を覗いてみる。
そして写真を見て気づく。この少女は捨てた写真に写る女子だ。男が映っていたからそこまで確認していなかったのが裏目に出た。
気付かれないようにそっと一歩後ろに下がる。
ジャリ
丁寧に舗装されてないアスファルトを恨んだのは初めてだ。
「あ、あの」
女子は写真から目を離してオレに近付く。頬を伝う汗、高まる鼓動。オレは死を覚悟した。
「この写真をもらえませんか?」
……なぜ、盗撮されて怒っていないのだろう。それどころかオレにお願いまでしている。いくら考えても理解ができない。
「あの、ですね……」
つっかえながらだが、しっかりと、できる限りオレに伝わるように話しかけてくれる少女。
要するに男はストーカーで、決定的な証拠がなかったから手出しができなかったらしい。なんとも妙な話だ。
「証拠写真を撮ってくれて、ありがとうございます」
純粋な笑みを向けられて、オレは彼女から目を逸らすことしかできなかった。
暖かい何かがオレの心の中に浸透していく。
その場に居るのがむず痒くなって、他に落ちている写真の事も忘れてその場を立ち去ろうとした。
ビュゥゥ
立ち去ろうとする俺を後押しするかのように吹く一陣の風。
スカートは巻き上がらなかったものの、彼女の手からヒラヒラと舞い落ちる写真。
目線をそっちに移すと、写真の中の彼女は汗でブラが透けていた。
「…………!(ブシャアアァァ)」
どうやら昨日の朝の占いにあった『パステルブルー』とはこれのようだ。
だが、オレにとっては『アンラッキー』だと朦朧とする意識の中考える。
「きゃああ! 誰かっ! 誰か救急車をっ!」
大量出血したオレを見て彼女が辺りに聞こえるような大声で叫ぶ。
オレに背を向けて助けを呼びに行く彼女を絶妙な位置で一枚パシャリ。
「死して尚、一片の悔い無し」
今日のラッキーカラーは「ホワイト」らしい。