セングラ的須賀京太郎の人生   作:DICEK

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番外編5 蓮華と菫と竜胆と

 

 女子の中で過ごした京太郎にとって、コーヒーというのは甘いものだ。本人の好みがどうであれ、付き合って飲んでいる内に舌が甘いものに慣れてしまって、コーヒー=甘いものという図式が脳内に出来上がってしまっていた。たまにブラックを飲んでみても違和感を覚える始末である。

 

 どちらかと言えば苦い方が好みではあるのだがこれを飲む機会はそうないだろうな、と微妙に黄昏つつブラックのコーヒーを飲む京太郎の近くでは、スーツ姿の男性たちが右に左に走っているのが見えた。

 

 西東京。とある街のおしゃれなカフェ。そのテラス席である。男性たちは総じて身なりが良くガタイも良い。一目でセレブな人の護衛です、お世話係です、と解る彼らはしきりに無線でやりとりをしながら、周辺をくまなく見回している。

 

 どうやら人を探しているらしい。これだけの人数で探しているのだ。この周辺にいるというのもそれなりの確度の情報があってのものなのだろう。仕事とは言え快晴の日差しの中、スーツ姿で走り回るのは大変だろうなと思いつつも、京太郎は彼らを眺めるだけに留めていた。

 

 五分程もそうしていただろうか。この辺りにはもういないと判断したらしい男性たちは、これまた絵に描いたような黒塗りのリムジンに乗って一斉に引き上げていった。彼らの姿が遠ざかり、それでもしばらく待って、念のために椅子から立ち上がって右を見て、左を見て本当に彼らが消えたことを確認した京太郎は、自分のテーブルを叩いた。すると、

 

「あー、楽しかった」

 

 クロスの下から現れたのは和装の老婦人である。男性たちが先ほどまで血相を変えて探していたらしいこの老婦人は、待ち合わせの場所に早めに来てコーヒーを飲んでいた京太郎の前に現れると、有無を言わせずにクロスの下に潜り込んだ。白髪交じりのお婆ちゃんのあまりの早業に面食らった京太郎だが、女性の無軌道な振舞いにはシズで慣れている。

 

 厄介ごとの匂いはぷんぷんしていたが、年上の女性の意向に逆らうという選択肢は京太郎には存在しない。事情を聴かずとも真意を理解した京太郎は、職務に忠実な男性たちを前にしても知らぬ存ぜぬを貫き通し、老婦人を守ったのである。

 

「それにしても気の利いた坊やだこと。座っても? もしかしてデートの待ち合わせかしら」

「約束にはまだ30分もありますから大丈夫ですよ」

「ありがとう」

 

 そそと対面の椅子に座った老婦人は、京太郎が聞いたことのない銘柄の紅茶を注文した。その後には魔法の呪文のような言葉が繋がっている。それはお茶の状態に対する更なる注文らしいのだが、それがどういうものなのかそこまで紅茶に詳しくない京太郎にはさっぱりだ。

 

 複雑な注文ができる店だというのは待ち合わせの相手からの受け売りである。まさにそれが彼女がこの店を待ち合わせの場所に選び、常から贔屓にしている理由でもあり、京太郎が二小節魔法(ブラックのコーヒー)を頼んだ理由でもあった。

 

 今度ハギヨシにでも詳しく聞いておこうと心に決めつつ、男性の義務として老婦人との会話を繋ぐ。

 

「お姉さんこそ、今日はどなたかと待ち合わせですか?」

「まぁ!」

 

 老婦人は顔の前で手を合わせ、大げさに驚いて見せる。眼前の少年は一番下の孫の更に二つ年下(・・・・・・・・・・・・)で中学生だ。文字通り祖母と孫ほども年齢が離れているのに、自分を指してお姉さんと来た。どんなに贔屓目に見てもおばさんという見た目の女を捕まえて、迷わず『お姉さん』という言葉を選択した感性もさることながら、それをお世辞と感じさせない声音も素晴らしい。たちまち機嫌を良くした老婦人は、

 

「何か食べる? ここはケーキもおいしいのよ。ああ、殿方ですもの、甘いものは苦手かしら。コーヒーにも何も入れてないようだし」

「オススメなら喜んで。甘いものは大好きですよ」

 

 にっこり微笑んで、老婦人がオススメしたケーキの内の一つを躊躇いもなく注文する。元より老婦人は会計を持つつもりでいたが、少年には金を惜しんだ様子がない。この店は中々高級な店だ。そこそこに裕福な家の子供でも躊躇いなく出費を決めるにはケーキ一つと言っても中学生の身には痛い出費だ。

 

 きっと相手が払ってくれると確信に近いものがあっても、それを気にしてしまうのが子供というものである。大人が付き合いと割り切っても、金に関する問題は顔や態度に少なからず出るものなのだ。

 

 それが少年には全くと言って良い程ない。よほど女性に対して厳しい躾を受けて育ったのだろうか。感心を通り越して警戒に値する感性であるが、老婦人はそれを噯にも出さない。周囲に関係なく自分の思う様に振舞うことは老婦人の得意技だ。

 

「美味しいですね。オススメなだけあります」

「ありがとう。さて、私の話だったわね。待ち合わせ? には違いないのだけどそれは私じゃないの。孫なのよ。どうもデートらしいのよ」

 

 ぴた、と京太郎の動きが止まった。穏やかな雰囲気ではあるが、老婦人の顔だちはとても整っており、笑みを消せば怜悧な印象を与えるだろうことは察せられた。落ち着いてみてみれば、待ち合わせの相手に非常に面差しが似ている気がしてならない。

 

「私の孫なのだけどね? まるでトップスターみたいに男前なの。殿方よりも年下の女の子にモテてばっかりの孫が、一週間も前から姿見の前で服をとっかえひっかえ。よっぽど相手に褒めてほしいのね。年頃の女の子みたいな顔をしている孫を、私は久しぶりに見ました」

「…………ご挨拶が遅れまして。須賀京太郎と申します」

「弘世蓮華です。ああ、今日は私のことは気になさらないで? いないものとして振る舞ってくださいな。貴方といる時の孫がどんな顔をするのか一目見たくて、今日は来たんですから」

 

 にこにこと蓮華は人が好さそうに微笑んでいるが、反論は許さないという気配がひしひしと感じられた。上に立つ人間特有の絶対的な雰囲気に、京太郎はすぐに抵抗することを諦める。そもそも待ち合わせの場所を押さえられている時点でアウトだ。ここから目を盗んで菫に警告できた所で京太郎自身は逃げられないし、既に菫にも人がつけられている可能性がある。

 

 情報とは力だ。今度会う時にはもっと慎重に場所を決める必要があるなと思うものの、この人を相手にはどうやっても何をやってもばれそうな気がしてならなかった。

 

「それじゃあ、私は向こうに潜んでいますから。菫さんが来たらよろしくやってください」

 

 紅茶のカップを持ったままテーブルを離れた蓮華は、適当なテーブルの下にさっと潜り込んだ。手際の良さに京太郎が目を丸くしていると、お店のマスターが苦笑を浮かべながら寄ってくる。

 

「大奥様については、いつものことですので」

 

 初老の男性に驚いた様子はない。行動力のあり過ぎるお婆ちゃんもいたものだが、元気なことは良いことだ。後のことは細かく考えないことにしてケーキとコーヒーを楽しんでいると、約束の時間の十分前に菫がやってきた。

 

「京太郎!」

 

 来てしまった……と京太郎は覚悟を決めた。蓮華の言っていた通り、菫はえらくめかし込んでいる。いつもはかっこよく――と言っても、今日がかっこよくない訳ではないのだが――薄く化粧までしている今日の菫は、ことの他可愛かった。何というか、女の子している。

 

 見とれて声をかけ損ねたのがいけなかったのだろう。何だかかわいい菫は席に着かず京太郎の隣に立つと、あろうことか小さくポーズを決めた。全身から漂う褒めろ! というオーラに京太郎は思わず頭を抱える。こういう勢いに任せた行動は京太郎の周辺だとシズの領分のはずなのに、どうして今日に限っていつも真面目な菫がしてしまうのか。

 

 テンションの高さが視野を非常に狭くしているのだろう。中々目立つ動きでテーブルの下から這い出してきた自分の祖母にも気づいた様子はない。これから彼女に訪れる不幸を考えれば友人として一言二言忠告しておく場面であるが、このテンションの菫に水を差すのも気が引ける。何より、掛け値なしに、男の京太郎から見た今日の菫は、

 

「いつになく可愛いな。惚れ直したよ、リンちゃん」

「そうか!」

 

 嬉しそうに、年頃の少女のように。花が咲いたように微笑んだ菫は、美人美少女を見慣れた京太郎が見とれるほど美しく――

 

 

 

 

 そして、その顔を待ち望んでいた彼女の祖母にとっては、恰好のシャッターチャンスだった。

 

 

 

 

 

 ぱちり、というシャッター音に、菫は弾かれた様に動き、そして視線の先にいるのが自分の祖母だと知ると、彫像のように固まった。シャッターを切りまくる蓮華は、先ほどの菫以上にテンションが高い。

 

「まぁまぁまぁまぁ! 菫さん。リンちゃんだなんて、かわいい名前で呼ばれているのね。でも不可解だわ。何故菫でリンちゃんなのかしら。京太郎さん、教えてくださる?」

「初めて見た時、佇まいがリンドウのように見えたので……」

「素敵な由来ですこと! これは是非とも皆に知らせないと!」

「おばあさま、一体そこで何を……」

「若人のすなるラインというものを、婆もしてみむとてするナウ」

「やめてください!!」

「送信!!」

 

 祖母の言葉を聞いた菫は、その場に頽れた。打ちひしがれた菫の手を取り椅子に座らせ介抱していると、蓮華のスマホからラインの着信音が立て続けに響く。

 

「どれだけ言いふらしたんですか?」

「半世紀以上生きている弘世の一族で作るグループがあるの。皆孫自慢ひ孫自慢に大忙しなんだけど、ほら、菫さん、全世界からかわいい! の嵐よ。百合さんからも壮二郎さんからもほら!」

 

 菫はテーブルに突っ伏して画面を見ようともしない。完全に拗ねてしまった菫を見て満足したのか、

 

「ああ、鮫島? 用事は終わりましたから車を回してください。貴方が先ほど出て行ったカフェにいますから。首席補佐官? 奥にしまっておいたダルモアでも飲ませて待たせておきなさい」

 

 電話をしながらぱちりとウィンク。悠々と歩きながら出ていく蓮華の背中を見えなくなるまで見送ってから、京太郎は菫の隣に腰を下ろした。菫はまだうつ伏せで拗ねている。このまま泣き出すんじゃないかと不安になった京太郎は、

 

「何か飲むか? 傷心に何が効くのか知らんけど」

「親戚中に笑いものになったら嫁にもらってくれるか?」

「いや、俺の嫁になっても解決しないんじゃないかな」

「返事になってないぞ」

「SSSがSSSSSになっても良いなら是非来てくれ」

「部を引退してからならただのSSで済むな」

「どのくらい本気なんだリンちゃん」

「照を見てるとな。お前の嫁だの彼女だのは楽しそうだと思うんだよ」

「リンちゃん……」

 

 儚げに微笑む菫はこんな時でなければ時間を忘れて見とれてしまう程に美しかった。できることならいつまでも見ていたいと思う。ただ、京太郎には実は帰ったのはふりだけで、足音を殺してスマホを構えながら忍び寄ってくる蓮華の姿が見えていたし、忘れ物のふりをして堂々とテーブルの上に置かれたポーチの隙間からは録音機材らしきものが見えていた。

 

 これをネタに一年はからかわれるだろう菫のことを思うと気分も滅入るのだが、それで心がぼっきり折れるようであれば、本当にSSになってもらえば良い。菫の旦那だの彼氏だのは、誰を見なくても楽しそうだ。そう思えるくらいには、京太郎は年上の異性の友人のことが好きだった。

 

 

 




どういう訳だか唐突にかわいいおばあちゃんを書いてみたくなり勢いで書きました。
かわいいおばあちゃんって難しいですね……


SS=須賀菫
SSS=白糸台のシャープシューター
引退してからでも白糸台が取れるだけでSSSSになりそうな気がしますが。

ちなみに中三の夏。白糸台麻雀部は皆実家に帰省中。たまにはテルー抜きで遊ぼうぜとリンちゃんの方から言い出し、京ちゃん長野から新幹線に乗って遊びに来ました。

何事もなければこの後ショッピングとレジャーを楽しんで、一緒にディナーを食べた後駅で新幹線に乗る京ちゃんを見送るという遠恋のカップルのような休日を過ごす予定でした。

ちなみに百合さんと壮二郎さんというのはリンちゃんのご両親です。
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