この惑星は凶暴な鳥達が支配する恐るべき生態系を築いていたのである。
水疱瘡に掛かったために1人キャンセルとなった南ことりを除いた8人で宇宙旅行に出かけたμ’sメンバー達。しかし、宇宙船は突如エンジントラブルを起こし、謎の惑星へと不時着してしまう。一先ず一命は取り留めて安堵するμ’sだったが、さらなる困難が彼女達に襲いかかる。
この惑星は凶暴な鳥達が支配する恐るべき生態系を築いていたのである。
「ハノケチェーン!」
「ハノケチェーン!」
「ハノケチェーン!」
「くそっ!あいつらもう追いついてきたにゃ!」
「しかもこちらにまっすぐ向かってますね。おそらく嗅ぎ付かれているのでしょう」
窓の外から数多の鳥達がこちらに向かってくる光景を目にした凛と海未は冷や汗をボロボロと垂れ流す。鳥達の魔の手からのがれようと、ひとまずこの惑星の旧文明の物と思わしき建物に逃げ込んだμ'sの面々。どうやらこのままやり過ごしてもらえるほど甘くはないらしい。
「真姫と花陽も既にやられて、残るは私達6人だけ……このままでは全滅も免れない……もうお終いよ!私達はこの見知らぬ惑星で朽ち果てるしかないんだわ!」
かつてこの惑星で築き上げられたのであろう文明の残り香がここにある。地球に負けない科学力を有していながら、おそらくあの謎の鳥達によって滅ぼされてしまったに違いない。それほど恐ろしい相手に、ごく普通(?)の少女でしかない自分達が敵うはずがない。絵里は絶望のあまりにへなへなと床に座り込んでしまった。
「えりち!まだ諦めたらあかん!諦めたら……そこで試合終了や!」
「でも、みんな心身ともに限界……この星を脱出する術だって未だにわからないのよ!」
希が絵里を叱咤するものの、なんだかんだで豆腐メンタルの絵里には効果が薄かった。自暴自棄に陥った絵里と、そんな彼女を不安そうに見つめる穂乃果の視線が重なった。
「絵里ちゃん……」
「……っ!ごめん!μ'sのお姉さんである私がこんなところで自棄になってしまったら、あなた達は誰を頼ればいいのって話よね!安心して!あなた達は私が必ず守ってみせるわ!」
なんとか立ち直った絵里の姿を見て、少女達は安堵する。
「とはいえ、最悪な状況なのには変わらないわよねえ……」
にこはチラリと全員の手荷物を見渡した。既に武器どころか、なけなしの食料や水すらも限界に近づいている。生き残るのなら、せめて追っ手を振り切らなければ食料の確保する時間すらままならないだろう。絵里でなくとも自棄を起こさずにはいられないのも当然だ。
「みんな深く悩みすぎだにゃ!こうなったら一か八か、この命尽き果てるその時まで戦って……」
「凛ちゃん!後ろ!」
「にゃ?」
拳を握りしめて闘志を燃やす凛の背後を穂乃果は慌てて指差した。凛は不可思議そうに背後に振り向くも時既に遅し。彼女のすぐ真後ろには鳥が足の爪で凛の頭部を鷲掴みにしていた。
「ハノケチェーン!」
「にゃああああああああああああああ!!!!!!!!」
窓の外へと引きずり出されてしまう凛。哀れな少女の最期を仲間達は黙って見ているしかなかった。
「凛ちゃーん!」
「諦めなさい!もう凛は助からないわ!」
窓に手を伸ばそうとする穂乃果をにこは必死に抑え込む。既に2人以外のメンバーは建物からの脱出準備を済ませていた。
「行きますよ!もうここは長く持ちません!」
建物を裏側から抜けて再び逃亡を試みる5人だが、バサバサと翼が無数にはためく音は徐々に近づきある。それでも生き残るために、無限にまで続きそうにも思えるジャングル地帯を必死で駆け抜ける。
「はあっ……はあっ……もうだめえ……」
「穂乃果!しっかり走ってください!」
穂乃果の腕を引っ張っていく海未だが、普段の鍛え方が足りていない穂乃果の体力と精神は、極限状態が続いていたのもあって既に限界へと近づいていた。
「ご、ごめん海未ちゃん……ほのか、もう足がへとへとで走れない……もうほのかのことは放っておいて早く逃げて……」
「何を言ってるのですか!生きてこの星から脱出してことりに会おうって約束したじゃないですか!」
今度は肩を抱えてでも穂乃果を連れて行こうとするものの、悪魔はすぐ近くまで迫っていた。
「ハノケチェーン!」
「くっ!希!絵里!にこ!穂乃果のことは任せますよ……」
「そ、そんな!ダメだよ海未ちゃん!」
海未は3人に穂乃果を預けると、懐から脇差しを取り出して鳥達に立ち向かっていった。
「死ねやおんどりゃああああああああ!!!!」
自分を抱えた絵里の肩越しに穂乃果が目の当たりにしたのは、無数の鳥達に襲われて海未の姿が見えなくなってしまう光景であった。
「海未ちゃーん!」
「行くわよ穂乃果!海未の尊い犠牲を無駄にしてはいけないわ!」
海未を失った悲しみに浸る時間すら与えられない。涙を堪えて再び走り出す。そんな3人がようやくジャングル地帯を抜けて代わりに岩石だらけの渓谷に入った時だった。にこが目の前の大岩を指差した。
「見て!こんなところに車があるわ!」
言われた通り、そこには地球ではありふれた白色のセダンタイプの四輪車が転がっていた。相当埃を被っているようだが、内部の機械はそれなりに綺麗な状態が保たれている。
「ラッキー!エンジンもまだ生きてるみたいよ!」
「にこっち!でかした!」
なぜ異星に自分達がよく知る車があるのかは謎だが、今は深く考えている暇はない。この中で唯一免許を所有している絵里が運転席に座り、エンジンを吹かす。
「助かったわ!この日のために合宿免許WAO!!で免許を取得してて正解だったわね!」
絵里はポケットから免許証を取り出して、ドヤ顔を決めた。
「良い、みんな!?これから車の免許を取るなら、合宿免許のWAO!!よ!宣伝隊長のエリーチカお姉さんとの約束よ!!!!」
「こんな時に何言ってんのよ!いいから早く発進しなさい!」
にこに急かされてようやくアクセルを踏み込む絵里。車は急加速で渓谷地帯を駆け抜ける。途中で障害物の岩がいくつも並ぶ悪路ではあったが、絵里の適切なハンドルさばきで速度を落とすことなく、くぐり抜けていった。
「さすがえりちや!頭文字Dも真っ青のドラテクやな!」
「ふっ……あいにく私は湾岸ミッドナイト派よ!まあ、なんにせよマニュアルの免許選んどいて助かったわ!もちろん免許取得は合宿免許の……」
「どうでもいいから振り切りなさいっての!あいつらまだ追ってくるわよ!」
しかし、いくら車を使っているからとはいえ、やはりそう簡単に見逃してはくれないらしい。窓の外には鳥が数匹迫っている。
「ハノケチェーン!」
「しつこいわねえ!こうなったら最後に残った手榴弾で……」
「いかん、にこっち!今顔を出したら……」
拾い物である時限式の爆弾を手に持ったにこが窓を開けて身を乗り出すが、気に留めていなかった上方から鳥の内の1匹がにこ自慢のツインテールを引っ張り始めた。
「ハノケチェーン!」
「に、にこぉ!?上からぁ!?」
にこは抵抗する余裕もなく、車から引きずり出されてしまった。
「にこおおおおおおおおおおお!!!!!」
窓の外から引きずり出されたにこはあっという間に鳥達の餌食になってしまう。
「そんな……にこちゃんまで……」
「にこっち……君のことは永遠に忘れんよ……」
「でも、おかげで逃げる時間は稼げたわ」
にこが図らずしも囮になったおかげで、ようやく追っ手を振りまくことができた。あの忌まわしき鳥達の姿はバックミラーからでも見えない程に遠ざかっていた。
3人はつかぬ間の平穏の到来に安堵する。が、
「……ねえ?なんかさっきから変な音がしない?」
「そう言えば、さっきからチッチッチって……」
訝しげな絵里に言われて周囲をキョロキョロと見渡す穂乃果。希も助手席から振り向く。途端に、彼女の顔から血の気が急速に引いていった。
「穂乃果ちゃん!手榴弾や!にこっちがさっき使おうとしてた手榴弾が落ちてるんよ!」
「へ?」
希に言われて下を向いた。そこには起動している時限爆弾が転がっていた。
「う、嘘でしょ!ちょ……早く捨てなさい穂乃果!」
「わわわわわわー!!!!」
「早く!早く捨てるんやー!」
しばし動揺していた穂乃果もなんとか冷静さを取り戻し、窓から手榴弾を投げ捨てた。
「え、えーい!」
ドオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
「ひゃあっ!」
盛大な破裂音と眩い閃光が衝撃と共に襲いかかる。それでも間一髪、直撃は避けられた。のだが、余波の勢いで車は突然スピンを始めてしまう。タイヤから煙を立ち上らせながらグルグルと高速回転する。
「いやー!いつもより多めに回っておりますうううううう!!!」
「目が回っちゃうよーーーーーー!!!!」
絵里はハンドルを握り締めてブレーキを全力で踏み込むものの、コントロールは戻らない。ベーゴマのように回転を繰り返しながら、車は崖の先へとまっしぐらに進んでいく。
「あ、あかん!崖に落ち……」
そのまま勢いは殺されることなく、車体は助走をつけたダイビング選手のようにフワリと宙を舞った。
「「「うひゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」」」
ドボンッ!
車は泣きっ面で悲鳴をあげる3人と共に谷底の河川に飛び込んでしまうのだった。
「うう……」
意識を取り戻した穂乃果は、何処とも知れぬ海岸に転がっていた。幸い、肉体に損傷は見受けられない。意識は少々朧げだが命にも別状は無いようだ。だが、残された仲間である絵里と希の姿は何処にもなかった。
「私……そうだ。確か川に流されて……絵里ちゃんと希ちゃんとは離れ離れになっちゃって……」
朧げだった視界がようやくくっきりとしていく。しかし、クリアになった眼前の光景を目にした瞬間に、頭をハンマーで殴られたかのような衝撃受けてしまう。
「こ、これって!」
唇をわなわなと震わせながら、穂乃果はゆっくりと膝をついた。目の前にはお台場に建造されたはずのユニコーンガンダム像がボロボロの状態で転がっていたのだ。
「そ、そんな……この星は……地球だったんだー!」
仲間も故郷も失い、絶望に打ちひしがれる穂乃果の耳にあの恐るべき鳴き声が飛び込んでくる。
「ハノケチェーン!」
「ハノケチェーン!」
「ハノケチェーン!」
無数の鳥達が穂乃果の周囲を覆い尽くす。逃げ場など残されていない。そもそも逃げる気力も無い。もはやこの少女の運命は風前の灯火となっていた……
「穂乃果ちゃん!起きてえ!」
聞き覚えのある脳トロボイスで揺さぶりをかけられた穂乃果は、ゆっくりと上半身を起こした。覚醒したばかりの眼で周囲を見渡す。これまた馴染み深いアイドル研究部の部室だった。
「あれ?ことりちゃん?さっきまでのは……」
穂乃果の記憶では、ことり以外のμ'sメンバーで宇宙旅行に出かけた挙句に謎の惑星で鳥達に追いかけ回されていたはずなのだが、今の彼女は部室の机の前でノートと教科書を開いていた。
辺りをキョロキョロと見渡す穂乃果をしばし眺めていたことりは、親友の奇行に思わず苦笑いしている。
「穂乃果ちゃんったら、宿題やってたら急にぐうぐう言いだしちゃったんだから。ダメだよ、最後まで集中してなきゃ。また海未ちゃんに怒られちゃうよ」
「ははは、ごめーん」
夢オチに安堵した穂乃果は、さっきまで見ていた夢の内容をことりに語って聞かせた。
「って夢を見ちゃってさー!」
「そっかー、大変だったんだね」
「本当にそう。あの時はもうダメかと思ったよー」
夢の中とはいえ、必死の逃避行を続けて精神的疲労はかなりの物だったのだ。リラックスするために急に外の空気が吸いたくなってきた穂乃果は、立ち上がると勢いよく窓を開けた。
「あー、夢で良か……」
「ハノケチェーン!」
「ハノケチェーン!」
「ハノケチェーン!」
穂乃果は目の前には広がる光景に戦慄していた。あの鳥達が空いっぱいに羽ばたいていた。
「これでこの世界で永遠に2人っきりだね!穂乃果ちゃん♪」
ことりちゅんおめっす!お母さんは僕が頂いていくからね!