南ことり 2017年誕生日記念SS

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甘色中毒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の子はいつだって、甘いお菓子が大好きなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘色中毒(あまいろちゅうどく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢にまで見たファッションブランドにデザイナーとして入社して、早くも三年の月日が経過した。

 日本で今もっとも有名な、二十代女性に絶大な人気を誇るレディースブランド。服飾科のある短大での卒業制作が評価され、就職氷河期と謳われた当時に理想の企業の内定をいただいた。あのときの喜びは、今でも鮮明に思い出せる。

 白と黒のモノクロカラーを基調とした、モダンでとってもきれいな本社のオフィス。

 わたし――南ことりは、日々ここでお洋服を作っています。

 

 

 

 

「はい、次」

 

 シックなスタイルで決まった女性――我が社の社長の立ち振る舞いがとても凛々しい。

 今日は来シーズンで大々的に発表する新商品のデザインを決める日。

 所属するデザイナーたちが各自で洋服のデザインを練り、その完成稿を社長自らが選定する。その中から気に入ったひとつを決定稿として次期商品として通す、なければ全て不合格というとても厳しいもの。ベテラン、新人関係なしに見ていただけるけど、それはつまり全員に容赦をしないということ。褒めるときは褒めるし、悪いときはとことん批評する。

 ある意味、社長との闘いでもあります。

 

「あら、これいいじゃない」

 

 社長の凛とした声が楽しげにこぼれ、オフィスの張り詰めた空気が少しだけほどけた。

 デスクで開かれたスケッチブックには、ボリュームのあるリボンであしらった、細かなドット柄の長袖フリルブラウスのイラストが描かれていた。そのままでも良し、ジャケットを羽織っても存在感を発揮できるよう工夫を記してある。

 ――今開かれてるのは、わたしのデザイン案。

 

「リボンいいわね。ブラウス自体はブラックとベージュの2パターンで落ち着いた色だけど、その中で甘さがアクセントになってる」

「取り外し可能にすれば、気分によってスタイルを変えることもできますよ。生地も薄めで想定すれば、ジャケットと合わせても動きやすいかと」

「オールシーズンでいけると」

 

 眼鏡の奥の社長の目が、わたしのデザインをまじまじと捉える。沈黙が続き、再びオフィスの空気がぱりっと硬くなった。緊張で、自分の顔があまりかわいくなくなってるのが実感できた。

 永遠のような十数秒が経過し、ようやく社長の口が開く。

 

「気に入ったわ」

 

 その一言が、決定的だった。

 

「全員出揃ったけど、アタシは南さんを採用したいと思います。みなさん異論は?」

 

 スケッチブックから切り取り、ブラックボードにマグネットで張り付けたデザイン案を全員が注目する。社長の判断ですべてが決まるので反論の余地など無いに等しいけど、それを含めて――他の社員たちからは感嘆の声がもれた。

 自分の頬が緩むのを感じた。

 

「では来期の主力はこれでいきます。さっそく来週から開発に向けての会議を始めるから、よろしくね南さん」

「はい、ありがとうございます!」

 

 興奮をなんとか抑え、社員から贈られた拍手にお辞儀をする。

 自分のデザインが商品として実現する――高校でもステージ衣装として味わったこの瞬間が、なによりも嬉しかった。

 

 さきほどの会議で本日のお仕事はおしまい。デザイン制作で今週はずっと帰りが遅めだったけど、今日は定時で上がれそうだった。

 冷めてしまったコーヒーと、同僚からいただいたお土産のとちおとめクッキーに手を伸ばしつつ、退社支度を進める。その間も同僚のデザイナーから今回のわたしのデザインの感想を聞けてまた口元が緩んでしまうが、この後のことで頭がいっぱいで、少しだけお話が右から左。

 支度を終えて席を立つと、同じデザイナーの男性がにこやかに話しかけてくる。

 

「南ちゃん、この後ごはん行こうよ」

 

 まるでタイミングを見計らってたかのよう。気さくで良い人だけど――自惚れじゃなければ、どうやらわたしに気があるみたい。

 わたしは両手を合わせて、軽く頭を下げる。

 

「ごめんなさい。今日は予定があるので失礼しますね」

「つれないなあ。来シーズンのデザイン決定記念で奢るからさ。美味しいお酒でも飲もうよ」

「――ごめんなさい♪」

 

 精一杯の笑顔で、しかし語尾を強めて、再びお断りしました。さすがに察してもらえたようで、そっか、と彼は少し寂しそうな顔で引き下がった。

 

「ちぇっ、ふられちゃったな」

「だめですよお。ことりちゃんカレシいるんだから」

「え、マジ? 知らなかったなあ」

 

 横から同期の女の子の助け舟をもらう。正直とてもありがたかったけど、「カレシ」という単語にちょっぴり気恥ずかしさを感じてしまいます。

 同期の子が、「お め で と」と口パクする。小さく手を振って、わたしも「あ り が と」と返した。今度美味しいマカロンを作ってあげよう。

 

「じゃあ、お先に失礼します」

 

 おつかれーというみなさんの声を背後に、わたしは駆け足でオフィスを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オフィスから足早に退出する南ことりを、社長は目で追っていた。

 

「大人の中にあるかわいらしさ、ね」

 

 ブラックボードに貼られたままの用紙に視線を戻し、ぽつりと呟く。

 ブラックとベージュ――どちらかというと亜麻色だろうか――2パターンのカラーが用意されたデザインは、微調整が必要ではあるものの高い完成度であった。前回も南ことりのデザインを採用したが、ここしばらくの彼女は方向性が明確になってきたようで、なかなかにイイ。

 

「南さんって、穏やかでかわいらしいけど、結構ビターなところありますよね」

 

 傍にいた秘書の女性が、熱いコーヒーを注いだ紙コップを手渡す。

 たしかに、と社長は思う。先ほどの男性デザイナーとのやりとりも、若々しさと大人の穏やかさが入り混じった、二十代前半の女性としての魅力を感じさせる、ようにも見えた。

 

「まるで"チョコレート"みたいです」

「あら、そうかしら」

 

 コーヒーを一口啜り、社長はおかしそうに笑った。

 チョコレートは、甘さと苦さが両立している。だがそれだと少しちがう。

 ここを出るときに垣間見えた、あの横顔(・・)を思い出す。

 

「あの子は"シュークリーム"だと、アタシは思うけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 最寄り駅(・・・・)付近にある行きつけの「お店」で買い物を済ませ、目的の場所への歩を進める。

 その足は徐々に、だけど確実に前へ前へと急いていた。

 今日は朝から……いや今週はずっと、この時が来るのが待ち遠しかった。

 お仕事はとても楽しい。日本でわたしが知るかぎり一番素敵なブランドで、自分のデザインを追求することができるし、今日みたいに認められるのはとても嬉しい。一緒に働いている人たちも、ライバルでありながらもみんな良い人ばかり。

 でも、短大時代では毎日学ぶこと、やるべきことがたくさんあって、入社してから二年間もうまくいかないこと、厳しいことがいっぱいあった。穂乃果ちゃんや海未ちゃんたちとはたまに電話したりお茶したりしてたけど、それでも現実を目の当たりにして、センスと努力の両方が求められるデザイナーで食べていけるかという不安はいつもあった。

 押しつぶされてしまいそうな気持ちはいつもあった。

 泣いてしまうことだって何度もあった。

 

 それでも今日までがんばってこれたのは――"彼"がいたから。

 

 

 早く会いたい――お仕事が忙しくてしばらく会えなかったから。

 

 早く声を聞きたい――もう電話越しじゃ物足りなくなってしまってたから。

 

 早く触れたい――あの腕に包まれてるときが、いっぱいいっぱい幸せを感じるから。

 

 

 手に持った袋の中身が崩れないように、けど最大限速くそこ(・・)へ向かう。スニーカーを選んだ今朝の自分を褒めてあげたい。まだ暑さを残す九月の日差しでじんわりと汗が滲んでくるけど、もうお構いなしだった。

 

 ようやく目的の場所――おしゃれな水色のアパートに辿り着いた。

 明らかに運動不足で、駆け足程度で息の上がった体は今更止まることなんてなかった。エレベーターを待つのすらもどかしかった。階段をのぼり、三階の奥にある部屋へと進む。

 インターホンを押して、二回鳴る電子音が止むのを今か今かと待つ。

 

 それは良い意味で裏切られた。

 

 インターホンが鳴り止むよりも前にドアが開かれて。

 

 その向こうには、会いたくてたまらなかったやさしい顔があって。

 

 嬉しさが溢れるのが止められなくて、"あなた"のその大きな体に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――誕生日おめでとう。

 

 大きな腕の中で、その言葉を囁かれる。

 九月十二日、わたしの誕生日。

 

 すぐに迎えられるように玄関で待っててくれたあなた。

 今日おやすみをもらえるようにお仕事の調整をがんばってくれて、得意なお料理を用意して待ってくれてたあなた。

 それを照れくさそうに教えてくれるあなた。

 どんなあなたもかっこよくて、けれど少しだけかわいくて。

 ごはん食べようか、という声がやさしくて。

 お気に入りのシャンパンを開けつつ、ふたりだけの誕生日会を過ごすこの時間が、とても愛おしい。

 

 ごはんが済んで、食後のお紅茶を飲みながらソファで並んで、わたしの亜麻色の髪を撫でてくれる。今日のお仕事のことを話したら、まるで自分のことのように喜んでくれて。胸の奥がまたあたたかくなった。

 ケーキ食べる?とあなたは問いかける。ごはんはあなた、ケーキはわたしが用意するのがいつもの決まり。だけど今回はいつもと違う。

 冷蔵庫から駅前のケーキ屋さんで買ったものを取り出し、ふたつの包みの片方を渡す。

 それは、シュークリーム。行きつけのお気に入りで、よくふたりで食べるもの。

 なんでこれ?と言いたげなあなたの顔。今日はこれの気分だったの、と微笑み返す。

 ふたつはそれぞれ違う味。

 わたしはクリーム。ベージュの生地に包まれた、甘い甘いカスタードクリーム。

 あなたはチョコ。甘さと苦さが同居した、おとなしいけどやさしいあなたにぴったり。

 

「美味しい?」

 

 そう聞いてみると、なんかいつもより甘さがひかえめかな、というコメント。やっぱり、とわたしは思わず笑った。

 実は店員さんに頼んで、特別に甘さひかえめで作ってもらったんです。

 

「今夜はね、いっぱいいっぱい甘えたいの」

 

 なんのことかと呆けてる隙に、あなたが手に持ってるチョコシューを取る。

 

 

「――だから、もっと甘くしてね?」

 

 

 チョコシューを口に含んで、ぽかんとした唇に、急接近。

 亜麻色に包まれた甘さが、アイスクリームのように急激にとろけだす。

 

 

 

 

 女の子はいつだって、甘いお菓子が大好きなんだよ?

 今夜のことりは、中毒なのです。

 

 

 

 

 




 南ことりといえば甘い甘いお菓子というイメージがあったので、それをテーマに書いてみました。
 誕生日おめでとう。

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