『出来る限り美しく見せなさい。恋は盲目なんて誰が言ったのかしら?』
―メイ・ウエスト―
ミシミシとゆっくり、けれども確かに近づく足音はパタリと戸の前で一度止んだ。
それから、娘の病状を心配する母親の声がドア越しに聞こえてくる。
「ゆずー、大丈夫ー?」
当然、返事がいくはずもなくその声は部屋にこだましてそのまま消えた。そうして当たり前のごとく戸がノックされた。
「入るよー? 大丈夫ー?」
先よりも声音は心配そうだった。俺は心肺も止まりそうだった。よし、一旦落ち着いて状況を整理しよう。実は大して問題ないかもしれない。
『眠っている女の子の隣に目の死んだ男』
……やっべー、マジヒキタニくんぱねえわ。
俺が思考の整理と状況の整理で、ライフオーガナイズをしているうちにその戸はぎこちない音を立てながらゆっくり開く。そしてぴょこりと顔を出した恐らく晩翠柚奈の母親とご対面しました。
「ど、どうも……」
「あ、あれ? 男の子……?」
困惑を見せる晩翠母。対して俺は日本人の古来より受け継がれてきた最大限の構えを準備する。
まるでスローモーションみたいに完璧な流れだったのにその先は用意に摘まれてしまった。
晩翠母は隠していた口元から手を離し、あざとくもそのしなやかな指の先を鼻につける。
「あ、もしかして比企谷くん?」
「……ご存知で?」
言うなれば、推理したみたいにピタリと当ててから「そっか、そっかあ」なんて連呼し始めた。
「これは失礼をば」
「いや、流行りの言葉使わなくても……」
「いやー、不審者見たような顔しちゃってごめんねー? 目に驚いたわけじゃないからね?」
「目に驚いたんじゃないすか……」
つっこみながらも、寝ている晩翠に一瞥を送ってから俺は所在なさげに絨毯の毛をくるくると回して一旦心を落ち着けた。
思ったよりやばい状況ではない……。
そう思った瞬間にドッと力が抜けた。こういう時、人は無防備だと思う。例外なく、俺も余計なことを聞いてしまう。
「いつもこれくらいの時間なんですか?」
しまった、と思うも時すでにお寿司。晩翠母は一度考えるような素振りを見せてから、どこか申し訳なさそうな柔和な笑みを浮かべた。
「そうね、そうなの」
「そうですか……」
単純な回答。彼女の母親だ。きっと俺の真意は測りきっているだろう。けれども、同じく単純な応えを返して、それから俺はまた晩翠をちらと見て立ち上がる。
「では夜も遅いのでお暇させていただきます」
どこかで見たような丁寧な挨拶をして、同じく立ち上がった晩翠母に深くお辞儀をする。晩翠母はそれを返すと、戸を開いてくれた。
「今日はありがとうね、看病……してくれたんでしょう?」
「まあ、看病というか……」
言葉に詰まって、斜め下に視線を落とした。強制だとも言えないわけだし、何よりそんなことを言うのを自身が拒んでいた。
「お礼がしたかった、ってことで」
「まあ、謙虚」
そう言って、彼女は笑う。その声も、微笑みも晩翠にそっくりで遺伝ってすごいなと、的はずれなことを考えてしまった。
「じゃあ……」
お互いに階段を降りた先で並んで歩く。それから玄関に着くと、俺は一礼をこなした。
「今日はありがとうね」
「いえ、彼女からのお礼を待ってます」
ぶっきらぼうにそんなことを言ってから、またもう一度頭を下げてゆっくり戸を閉めた。
戸から一歩離れて、ポケットの中を手探りで漁って、そして俺は大きくため息を吐き出した。
……自転車の鍵、部屋に忘れた。
幕間――とは言わないけど、晩翠(母)回。
文字数的にはいつもの半分くらい?
ゆずっちの次回はどうなるのか!!
なんてことを書いておきます(笑)
先日受けた英検について、準2ですが1次通ったので日曜日に二次があります。模試もあるので暫くないかも(笑)
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