俺は、スーパーザンクティンゼル人だぜ?   作:Par

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知らぬ間に団長君は追い詰められます。


逃走経路無し

 ■

 

 一 橋に願いを

 

 ■

 

「せっかくやし願いの橋ぐらい見てったらどうや?丁度もう少しで日没やから」

 

 カルテイラさんに自分の店での商品購入をほぼ無理やり約束させられた俺は、去り際にこのように言われた。

 アウギュステでの移動は、主に船で行われるのは、もうわかり切った事である。そしてここを訪れる人の中には、水の上を進む船を珍しがる者もおり、観光用の船もまたミザレアの観光資源である事もシャルロッテさんとの街巡りで良く知った。そう言った水路を跨ぐ橋は、この街に幾つもあるがそれらの中に通称“願いの橋”と呼ばれる橋がある。ここの橋は位置の関係から日没時、他の橋よりもその姿が美しく照らされ「その時に橋の下をくぐれば、願いが叶う」と言われている。

 勧められては、興味が湧く。俺もシャルロッテさんも二人その橋へと向かった。

 

「これであります」

 

 どの橋の事か分からぬ俺がキョロキョロとしているとシャルロッテさんが指さして教えてくれる。そこには、建物を繋ぎ他の橋に比べて特に観光客が集まる橋があった。

 

「これが、願いの橋ですか」

 

 似た橋は、その奥にまだいくつか続いている。だがこの橋は、ここにある事が重要だった。

 

「特に造りや装飾が目立つわけでは無く、この場所にある事で沈みゆく日がこの橋を美しくし、願いの橋と呼ばれる所以。何ともロマンチックでありますな」

 

 この街が建てられる中でここが観光名所として有名に成ると誰も考えはしなかったろう。ただ偶然にこの日没の日が綺麗に当たる場所に一つの橋が出来た。ただそれだけだったはずだ。

 それが今では、誰がそう言ったのか願いの橋と呼ばれ多く人間を魅了していた。恋人が出来ますようにとか、病気が治りますようにとか、大金が手に入りますようにとか、そう言った願い全てをこの橋は、多くの人間から願われたろう。それが叶ったのかは、本人しか知らないが。

 

「せっかくだから願い事しますよね?」

「それは勿論」

 

 願いを叶えるには、日没に合わせて下を通るらしい。また橋の下には、水路を跨ぐ別の小さな橋があるのでそこを通ればいいのか?けどもう多くの人がそのタイミングを狙ってかその場所に集まっていた。行けなくもないが中々の混雑だ。

 

「さて、並んでもいいけど……お?」

 

 水路を見るとゴンドラが何隻かあった。なるほど、観光用のゴンドラ、しかも丁度空きの一隻が見えた。

 

「こりゃいいや、シャルロッテさん船で潜りましょうよ。後一隻とられる前に!」

「うわっ!?」

 

 バッとシャルロッテさんを抱き上げ走る。今度は、山賊担ぎでは無くただの抱っこで抱えゴンドラへと走った。幸い他の人達は、日没のタイミングを気にして橋の方を見ているか、そもそも観光船はもう無いだろうと思ったようだ。俺は、飛び乗る様にゴンドラへ乗った。勢いが出たせいで、ゴンドラが少し揺れて船頭のおっちゃんが驚いてしまった。

 

「おいおい、もっとゆっくり乗りなよ兄ちゃん」

「ごめんねおっちゃん、この船空き?」

「ああ、二人かい?」

「そ、頼むよ」

「あいよ、そこ座んな」

 

 しかし慣れた様子でおっちゃんは、俺達をゴンドラの腰掛けの木に座る様に言って舵を握り立ち上がった。

 

「はい、シャルロッテさんはこっちね」

「おとと……!」

 

 抱えたままのシャルロッテさんを、隣に下す。だが急に抱き上げたせいで彼女も驚いてしまったようだ。ごめんね。

 

「ジミー殿!前もそうでしたがもう少し抱き上げ方と言うものを考えるであります!」

「いや、急がないとと思って」

 

 抱えやすかったし。言わんけど。

 

「確かに前の抱え方よりはマシでありますが今のは、まるで子供の様ではありませんか!」

「すんません、咄嗟だったんです」

 

 体格的に一番ベストの抱え方だったんです。言わんけど。

 

「そもそも、女性を軽々しく抱き上げると言うのは、いかがなものかと思います。デリカシーと言うものを知るべきであります!」

「はい、以後気を付けます!」

 

 本当すみません、子供抱える気持ちでした。

 

「まったく、まったくもう」

「ハハハッ!なんだい兄ちゃん、そっちの嬢ちゃんは妹かい?」

「んなぁ!?」

 

 プンスコしているシャルロッテさんだが、今までのやり取りを見ていたおっちゃんが、ゲラゲラと笑いながら聞くとシャルロッテさんがよりプンスコした。

 

「妹ではありません!」

「おっと、そうなのかい?」

「おっちゃん、この人ハーヴィンだよ」

「ん?ああっ!!こりゃすまねえ!!」

 

 俺がシャルロッテさんの種族名を言うと、直ぐに合点がいったらしく頭を手でパチリと叩きながら謝罪した。

 

「ハーヴィンとはな、ってことたぁ姉ちゃんの方が上だったか」

「そうであります……まったく」

「すまねえ、すまねえ。ハーヴィンは、商人でなら見かけはするが、客となるとあんまり来なくってな。しかも女の方は、特に見ねえから直ぐわからねえんだ。悪かった」

 

 なるほどだ。おっちゃんの言う事も確かだろう。それにハーヴィンだと言われただけで直ぐ理解するだけ良い方かも知れない。シャルロッテさんに聞いた話だと、同じ状況でそう言う種族だと言ってもただの子供と信じて疑わない者もいるそうだからな。

 

「お詫びってわけじゃねえが、丁度もう少しで願いの橋が特に輝く時だ。一番良いタイミングで潜ってやるよ。それが目当てだろ?」

「もち、頼むね」

「任せな!」

 

 何とも豪快な船頭だ。袖を巻くって見える二の腕も長い事舵を扱ったために筋肉がみっちりしてる。嵐が来ても船を動かせそうな男だ。

 さて、船頭への頼もしさを感じた所で、俺はシャルロッテさんの機嫌を取るとしよう。

 

「妹って……娘とかよりはマシですが……」

「ほら、シャルロッテさんって。俺が悪かったから機嫌直してくださいよ」

「むむむ、しかし納得いかないであります」

「まあまあ、ここはそんな事がもう無くなるよう願掛けしましょうって。お願いするんでしょ?」

「むう……確かに、お願いのタイミングを逃しては、面白くありません」

「そうそう」

 

 多少気持ちも落ち着いたようだ。ホッとしたのでゴンドラに揺られ周りの街を見る。水路をゴンドラで進むのは、初めてだ。

 

「おや、橋の上にも人が大勢いる」

「おおっ!本当であります」

 

 いつの間にか願いの橋には、大勢の人が並んで沈む夕日の方向を見ていた。そこに収まらない人は、別の所からも夕日を見ている。

 

「凄い人だなあ」

「団体客なんて珍しくねえからな。それに普段は、別の名所に行く客もこの時間を狙って集まるのさ。この水路は、特に日の光を遮るものが少ないからな。橋の上から夕日を見るのにもうってつけってわけさ」

 

 ゆっくりと船を進めながら、おっちゃんが説明してくれる。この人にとっては、見慣れた光景なのだろう。

 

「ほれ、カップルが多いだろ?」

「あー……確かに」

 

 言われてみると、集まる人達の殆どは、若い男女のペアで行動してる。種族も様々に、肩を寄せ合い手を繋ぎ互いに離れようとしない。

 

「まあ、こう言う所だからな。一生一緒に居ようとか結婚しようとかなんて告白の場所でもある訳よ。見てるこっちが痒くなるぜ」

 

 とか言いながら楽しそうなおっちゃんである。年取ると若いカップル見て楽しそうにするものなのだろうか?カップルを見ていて微笑ましいと思う事は、無くは無いのでそう言う事かなあ。

 

「そして……見てみな。これがミザレアで一番綺麗な夕日だぜ」

 

 言われ後ろを振り向くと、今まさに太陽が沈もうとしていた。その光景に思わず息を呑む。

 

「確かに、これは夕日だけでも見に来るわけだわ……」

「ええ、美しいであります……」

 

 遮蔽物の無い街中から見える夕焼け。赤く染まる空の中で揺れる太陽が、沈み消えていく。ザンクティンゼルでも見ていた太陽と同じ太陽なのに、何故こんなにも違うのだろう。どちらが良いと言うわけでは無い、ただザンクティンゼルと違う夕日の美しさが確かにあった。

 

「さあそろそろだ。夕日に見惚れて橋を潜り終わる前に願い事は決まったかい?」

 

 願いの橋の下、その目前へと近づくとおっちゃんが妙にニコニコ笑いながら聞いて来る。さて願い事であるが、願うだけならタダだ。一個だけなんて誰が言った?

 第一に、借金返済。これは俺の努力次第でもあるが、偶然大金が舞い込むとかそう言うのをちょっと期待する。

 第二に、団員達が真面目になる事。と言うか、ティアマト達(笑)レンジャーと、ラムレッダ筆頭年上のくせにダメダメな女性達が心入れ替える事を願う。

 第三に、今後出会う仲間がいるなら素敵な出会いでありますように、そしてその人が常識癒し枠である事だ。

 さて、シャルロッテさんの方の願い事は、聞くまでも無いだろう。身長の事、これ以外ある?

 

「じゃ、お願いしますか?」

「はい、お願いするであります」

「あいよ、そいじゃしっかり祈りな」

 

 おっちゃんが一段と強く舵を漕ぐとゴンドラがぐんと進んだ。俺とシャルロッテさんは、夕日を見ながら自分の願いを願い祈った。祈りの作法なんてのも無いので、ただ強く念じる。そして、早過ぎず遅過ぎ無い速度でゴンドラは、願いの橋の下へと入り、ほんの数秒で潜り抜けて行った。

 橋を潜り終わり、横を見ると手を合わせて目を強くつむって願い続けるシャルロッテさんがいる。どれだけ願ってるんだと思いつつそれを見守ると、ゴンドラが橋から数メートル離れた所でやっと目を開けて俺と顔を合わせた。

 

「えらい熱心でしたね」

「むう、どうせジミー殿は自分の願い事をわかってるでしょう。からかわないでほしいであります」

 

 そう上目使い+ふくれっ面で睨まないでください。可愛いだけだから、俺にクリティカルだから。

 

「からかっちゃいませんよ。ただそんだけ強く願うなら願い事の一つや二つ、叶うだろうなって思っただけです」

「……そう思うでありますか?」

「思いますよ。叶わないと困る願い事、俺もしましたし」

「なんでありますか、それは?」

「秘密です」

「あ、ズルいであります!」

「シャルロッテさんは、自分から悩み打ち明けましたからねー、俺は態々自分でいいませーん」

「……ジミー殿は、ジミー殿はまったく!!」

「あがっ!?わき、脇腹は、やめっ!おうっ!?」

 

 結局からかってしまい怒ったシャルロッテさんが俺の脇腹を小突いて来る。小突くってか、連打してる……あと普通に痛いっ!?騎士団長だよ、貴方普段鍛えてる騎士団長、あいたたたたたっ!?

 

「ふんっ!ふんっ!」

「がっ!?そ、そこ、肋骨です、ろご、肋骨が……あわあぁーーーーっ!?」

 

 俺の悲鳴がミザレアに響き、日は沈み夜が来た。

 

 ■

 

 二 「ジータが迫り」「リュミエール騎士団が迫る」つまり(団長達が)ハサミ討ちの形になるな…

 

 ■

 

 『神の怒りか悪戯か!?突如、アウギュステに降り注ぐ大豪雨ッ!!』

 

 これは、アウギュステ史に残る局地的大雨に関して書かれたある広報誌の一文である。アウギュステでの雨は、比較的珍しいと言えまして歴史に残るような大雨は、滅多にない事であった。

 某年某月某日、雨が降る様子など一切感じさせない晴天であった。だが夕日が沈み夜を迎えた数十分後の事、突如として凄まじい水量の雨が降り注いだのだ。時間にして約1時間半。更に降り続けば水路で水が流れ滞る筈の無いミザレアであっても街の一部は、浸水したであろう程の猛烈な大雨であった。

 大急ぎで外で店を開いている商人達は、商品を雨から護ろうと騒ぎ出し観光客達も大慌てであった。

 そして、この雨が降る前にアウギュステには、一隻の騎空艇が到着していた。

 

「なんでだああああっ!?」

 

 雨の中、ミザレアの街を走る団体がある。先頭を金髪の少女が走り、その後ろを複数の男女が色々と叫びながら走っている。

 間違いなく、ジータ達であった。

 

「街に入った途端降ったぞっ!?前見えないぐらいの雨がぶええっ!?」

「ラ、ラカムあまり喋るな……っ!雨が、口に入って……っ!!」

 

 ジータ達一行は、何とかアウギュステへとたどり着きグランサイファーを海へと無事着水させた。そして予定より遅れたものの、夜のミザレアでまずは、食事でもしようかと話しながら街の中へと入った。その瞬間にこの雨が降り出したのだ。

 

「って言うか、こりゃやっぱ……お嬢ちゃんのあれだろ」

「だ、だろうぜぇ……うう、オイラ目を開けれねえよう……」

「ビィ君、私のマントに……」

 

 小さな体のビィには、この猛烈な雨は、飛行するのに相当負担があるらしくカタリナに抱かれマントで護られていた。

 

「あーんっ!せっかく髪の毛もセットしたのにー!!」

「やれやれ、何処かで乾かさないとね」

 

 悲鳴を上げる小さな少女と弱った様子の女性。薄い褐色と金色のツインテールの少女は、ジータにとってずっと一緒であったビィを除きルリア、カタリナ、ラカムに続いて仲間となった少女イオ。ジータがバルツ公国へと立寄り初めての依頼を解決、そしてまた帝国の暗躍を砕きイオの師匠を助けそれが切欠であった。

 もう一人の黒髪の女性は、ユグドラシル本体がいるルーマシー群島でジータが出会った謎多き女性ロゼッタ。ユグドラシルと帝国がらみのいざこざの末に一行の仲間になった。

 

「あはは、雨すごーい!」

「笑ってる場合じゃありませんよおっ!」

 

 そして一行の先頭を笑いながら走り雨を楽しむ少女、それを必死に追いかける青色の少女二人。【ジータと愉快な仲間たち団】団長ジータと彼女がザンクティンゼルで助けた少女ルリアの二人であった。

 

「うぅ~どこも雨宿りの人でいっぱいですぅ……」

「急な事だからな、皆も一斉に屋根のある所へ走ったのだろう……っ!」

 

 先程から一行は、雨を防げる場所を探しているがどこもかしこも既に人で溢れてしまっている。船に戻るにも既に距離がありどうしようもない状況が続いていた。

 

「しかたねえ、俺の知ってる宿に行くぞ。あそこなら入れるはずだ」

「だが、宿でそんな簡単に入れるのか?」

「有名ホテルでもねえし、街の奥の方だからな。観光客もそういねえさ。まあちと遠いがもうこんだけ濡れちまうともう大して関係ねえだろ」

「確かにね。それに仮に途中で止んでも宿ならタオルとか貸して貰えるかもしれないわ」

「決まりだな、ついて来な!」

「よーし、レッツゴー!」

「ジータそっちじゃねえ!!」

 

 この中で一番ミザレアの地理に詳しいのは、出身者であるオイゲンである。皆は、オイゲンの言う宿へと向かい駆け出した。

 また、一方で――。

 

「これは、凄い雨ですね……」

 

 街の中を歩く鎧の集団、この日アウギュステへと着いたリュミエール聖騎士団の団員達である。鎧姿の集団だが物々しい雰囲気は無くましてこの雨とあって誰も気にしてはいなかった。

 

「まさか、こんな雨がアウギュステで降るとは……」

「通り雨とは思いますが、それにこう混んでは雨宿りも出来ないですね」

 

 鎧の隙間から中に入り込む水に参った様子の隊員達だがバウタオーダは、ただ一人涼しい顔をしていた。

 

「いえ、必要ありません。仮に空いていても他の方達に譲りなさい」

「それは、勿論」

 

 我先に雨を除けようと軒先に逃げる考えなど浮かぶ事も無くバウタオーダは、ズンズンと足を進めていた。他の団員達も同様の考えであるがしかし彼ほど忍耐強くは無かったようだ。

 

「ここではなく、街の奥の安い宿街でなら体を休めれるかもしれませんが……」

「ふむ……」

 

 部下の一人の言葉を聞いて少し考えるバウタオーダ。自分達の騎空艇がある場所からは、もう既に離れてしまった事とその宿街は、丁度帰り道に近い事を思い出す。

 

「……そうですね、船に戻るついでに行って見ましょうか」

 

 鎧の隙間から進入する滝の様な水が彼らの体温と気力を奪った。これもまた鍛錬だと割り切れるバウタオーダだが、団員達の疲れを感じ取り船へと戻る前に濡れた体を乾かせる場所を探すぐらいはするべきかと考えた。

 

「各々雨で視界が悪いですから、住民の方達にぶつからないよう注意しなさい。困っている方が居たら助けるように」

「了解です!」

 

 突然の雨の中慌て戸惑う人々の中には、足を滑らせこける者、人とぶつかり転倒するものが後を絶たない。彼らはそんな人達を助けながら進んでいった。

 

 ■

 

 三 二人のアウギュステ

 

 ■

 

 ゴンドラのおっちゃんは、俺達を希望の場所で降ろしてくれると言うので混雑している願いの橋から離れた場所で降ろしてもらった。去り際おっちゃんに「あんたらお似合いだぜ、大変だろうが頑張れよ」と言われる。何の事か分からず二人揃って首をかしげた。

 日は落ち綺麗な夕日ももう見えず夜が訪れる中、後はコーデリアさん達の待ち合わせ場所で向かうだけになる。いよいよ正念場だと意気込む俺だった。だがしかし――。

 

「なんじゃあ、こりゃああぁぁーーーーっ!?」

 

 突如の大雨っ!!凄まじき豪雨、何これ本当どうなってるのっ!?

 

「雨ってレベルじゃねーぞっ!?滝だよ、滝ぃっ!!」

「んぐぐぅっ!?ま、前が見えないでありますぅ……っ!!」

 

 叩きつける雨でジッとしてられないが雨から逃げるために動くと余計に雨がきつい。どうしろと言うのか。雨宿りをしたいが軒下は、もう満員。俺達が入る余地は無い。結局逃げ場を求めて走り回る。

 

「い、今どこを走ってるかもわからねえ……っ!?」

「なんだか、入り組んだ場所へ来てしまったようであります……っ!」

 

 走り回っている内にまったく道がわからない所へと出てしまった。自分の宿に向かっていた筈だがどこかで道を間違えたようだ。そのせいでどんどん俺達は、見知らぬ道へと迷い込んだ。店や建物の軒先は無理だ。商店の中もほぼ埋まりきってる。流石に民家に無理言って入る気も無いので、走っている場所が宿街周辺と信じて入り口が空いている場所を必死に探す。

 ちなみにシャルロッテさんは、今俺に抱えられている。突然の激しい雨に俺達以外の人も慌てて走っているので人混みに飲まれ逸れると不味いためしょうがなく抱えさせてもらった。本日二度目であるがこうしないとマジで逸れたり走るとシャルロッテさんが追いつけなくなるのでしかたない。

 

「……あ、ああ!あったっ!」

 

 雨で遮られる視界の中ぼんやりと見えるピンク系の明かりが見える建物。だいぶ入り組んだ場所に来たからか逃げ込む人も居ない。もうあそこしかないだろう。雨で脚を取られながらも建物の軒先へ滑り込む。一先ずこれで雨からは、逃げられた。

 

「あ~あ~……助かった……」

「うぐぅ……あ、頭が重いであります……な、何故……」

 

 抱えていたシャルロッテさんを床に降ろすとフラフラと足取りが悪い。まさか移動中に酔ったかと思ったが直ぐに原因がわかった。

 

「冠に水溜まってますよ」

「なんとおっ!?」

 

 水で濡れてすっかり髪との間に隙間の無くなった冠内にタップリと水が溜まっている。

 

「水を捨てなくては……」

「あ、急に持ち上げると――」

「ふぎゃっ!?」

 

 俺が制止する前に“そのまま”冠を上に持ち上げたシャルロッテさん。当然溜まっていた水は、垂直に落下。2~3リットル程の水が頭上から思いっきりぶちまけられた。元からびしょ濡れだが、更に濡れてしまい服全部が水を吸っちまったなこれは。

 

「ふ、ふえぇ~……」

「焦るからですよ」

「ふ、不甲斐無い……自分が情けないであります……」

 

 長い髪も水を吸ってしまいさぞ重い事だろう。それに俺もだが体中濡れてしまって酷く寒い。体を乾かして暖めたいなあ……。

 

「……宿だよね、ここって?」

 

 録に確認せずに飛び込んだが確か宿らしき看板だったはずだ。ずっと軒先で立っているわけにもいかないので入り口から中を覗く。するとそんなに広くは無いフロントで一人座るばあさんと目が合った。

 

「お客さんかい?」

「あ、はい。雨降ってきちゃって……」

「知ってるよ……なら休憩だね。ただ生憎うちは、今改装中でね。使えるのは、一部屋だけさ」

 

 改装中?雨のせいか、そう言った説明のある看板も見当たらなかったのだが。

 

「入ってよかったの?」

「かまわないよ、今日の工事終わって暇で扉開けてただけだよ。部屋も問題ないからね」

 

ふむ、どうしようかと思ったがそう言う事なら……宿の主人が良いって言うんだし。

 

「シャルロッテさん、一部屋開いてるらしいんで取り合えず入ります?俺と一緒で申し訳ないですけど」

「い、いえ自分は、気にしません……それに、うぅ、髪を乾かしたいので、あう、顔に張り付くであります」

 

 真上から一気に濡れたせいで均等に長い髪が広がり顔に張り付いてしまい、パッと見どっちが前か分からない事になってるシャルロッテさん。シュールだ。

 

「……んっふ」

「ジミー殿、今笑いませんでしたかっ!?」

「わらってないっすよ、っふぅっ」

「笑ってるでありますっ!?顔見えませんが絶対笑ってるでありますっ!?」

 

 わはは、と誤魔化し笑いを上げながらフロントに行く。

 

「一人いくら?」

「いらないよ」

 

 4000ルピぐらいと予想して財布を取りだしたのだが思わぬ言葉に二人揃ってずっこけた。

 

「おいおい、そうはいかないでしょ。休憩ったって部屋使うんだぜ」

「こんな雨で困ってる小僧と小娘から金とりゃしないよ」

 

 小僧と小娘って……。

 

「自分は小娘では……いえ、その前にお金を払わないわけにはいかないであります」

「いいんだよ別に。明日には、内装全部引っぺがしちまう部屋なんだから、好きに使いな」

 

 こういう時の”ばあさん”って生き物は、頑固なものだ。なんでこういう時は、大人しくその厚意を受け取って置く方がいいだろう。実際事情が事情だ。明日工事で壊す部屋なら、確かに勝手に使えと言う気にもなるだろう。結局厚意に甘えさせてもらう。

 

「んじゃ、鍵貰います」

「はいよ。タオルとかは、備え付けのまだ残ってるから勝手に使いな。雨止むまで好きなだけ居ていいからね」

「どもっす」

 

 階段を上り廊下に出ると確かに部屋の殆どは、扉も外され改装中である事がよくわかる。二階の一番端の部屋、鍵の番号を確認して部屋を開けた。だがその先に、信じられない光景が俺達を待ち受けていた。

 

「……え?」

「……え?」

 

 超蛍光の極彩色、気が休まらない部屋が俺たちを迎えた。……要は全体的に“どちゃくそピンク”だったのだ。

 

「ド、ドドッドッ!?」

「ドッピンクッ!?」

 

 俺達二人の驚きの声が部屋に響いた。

 

 ■

 

 四 包囲完了

 

 ■

 

「オヤジいるかぁ!」

「うおっ!?」

 

 飛び込むように入ってくる団体にある宿屋のオヤジは、驚き声を上げた。突然の雨で予約客も無いこの日、中心街や有名ホテルの並ぶ表通りに比べ観光客が多くない裏通りにある自分の宿に突然の雨とは言え行き成り駆け込んでくる者が居ると思わなかった。

 

「あーやっと雨から逃げれたわ」

「煙草が湿気ちまったぜ……」

 

 だが飛び込んできた団体と先頭にいる男を見て思わず笑った。

 

「なんだオイゲン、帰って来たのかよ?」

「おう、久しぶりだなっ!」

 

 以前起きたアウギュステでの騒動の際騎空団へと入団、アウギュステを発った馴染みの男オイゲンが現れオヤジは、驚きつつも喜んだ。

 

「今日はどうしたよ?あん時の騎空団も全員引き連れて」

「どうしたもねえぜ、この雨でよ!何処もかしこも満員だからここなら閑古鳥鳴いてると思って駆け込んだのさ」

「余計な事言うなって!」

 

 確かにこの宿は、客がいない。宿街と言うがその中でも格安の古い宿が集まる宿街でミザレアの観光地としての場所からは、外れた場所にあり立地が悪いため、大抵暇なのだ。それでも宿を続ける者がいるのは、なんだかんだで安い値段目当ての客が定期的に来るからだろう。

 

「どうせ部屋空いてるだろ、雨止むまで使わせてくれねえか?」

「まあかまわねえよ、7人か?好きな部屋使え」

 

 オヤジは、適当に握った部屋の鍵を受付に置いた。

 

「おじさん、お金いくら?」

「別にいらねえよ」

 

 ジータが料金を払おうとするがそれをオヤジは、すっぱりと断った。

 

「ええ、悪いよおじさん」

「いいんだよ。あんたらには、前のアウギュステでの騒動で助けられたんだ。このぐらいの礼はさせてくれ」

 

 帝国によるアウギュステの水神にして星晶獣リヴァイアサンが暴走させられた時、島崩壊の危機を防いだのは、他ならぬジータである。島で起きた異変が星晶獣リヴァイアサンの暴走に原因があるとルリアが感じ取ってすぐさま行動を起こし最悪の事態になる前に暴走を治めた事は、アウギュステの住民も聞き及んでいた。

 

「おじさん……ありがとうございますっ!」

 

 その事を理由にされては、無理に料金を払う事もはばかられジータは、深々とお辞儀をして礼を言った。

 

「それじゃ、部屋へ行きましょうか。イオちゃんは、私とね。髪乾かさないとね?」

「うん、ありがとロゼッタ」

「それじゃあビィ君は私と……」

「いや、普通にジータと一緒だよ……と言うか、ジータとルリアは一緒の部屋使うから3人でいいじゃねーか」

「む、それは確かに……」

 

 各々部屋の鍵を受け取り移動していく。唯一の男性陣ラカム、オイゲンは、必然的に同室になった。

 

「それじゃあオイゲン、俺ぁ先部屋行ってるぜ」

「ああ……ところでオヤジ、ばあさんの宿なんか感じ変わってたが、ばあさんなんかあったのか?」

 

 ラカムを先に行かせると、オイゲンはこの宿の隣に立つ全体的にピンク色の宿の外装が剥がされている事が気になり聞いた。そこで働く老婆とは、昔からの知り合いのため心配にもなったのだ。

 

「いや、ただ改装するってだけだ。普通の宿にするってよ。もうあのまま続ける気も無いってさ」

「ははっ、そりゃそうだ。あんな宿使うような奴、もうここいらじゃいねえしな」

「アウギュステが今ほど栄えて無いぐらいだったからな、あそこ出来たのは」

「寧ろよく今まで営業できたと思うぜ……それじゃな」

「ああ、ゆっくりしてきな」

 

 知り合いの老婆の事も聞けたので、オイゲンも部屋に向かった。

 ――また、同時に。

 

「親切な方が居て助かりましたね隊長……」

「ええ、本当に」

 

 そのジータ達が入った宿、改装中の宿を挟みさらに隣の小さな宿に騎士団の団体が入っていた。大雨から逃れられて彼等もまたホッと息をつきつつ、雨で濡れてしまい、中は蒸れる兜を脱ぐ。

 

「騎士の皆様もこの雨で大変でしたでしょうに」

「ええ、アウギュステでは珍しい規模の雨ですから我々も驚きました」

「本当にねえ」

 

 小さな宿の主人であるおっとりとした婦人が突然の客人バウタオーダ率いるリュミエール聖騎士団の部隊の面々を宿に入れて雨宿りをさせていた。店の表を歩いていた。ずぶ濡れの騎士団を見て声をかけて宿の中に招いたのだ。

 

「雨が止むまでどうぞごゆっくりしていってくださいね。今スープを温めてますから」

「これは……何から何まで、真にかたじけない」

 

 優しい女主人の心遣いに感謝しつつ体を休めるバウタオーダ達。このようにして、見事団長とシャルロッテの二人を囲う包囲網は、完成されたのだ。

 

 ■

 

 誤

 

 ■

 

(な、何と言う事だ……っ!?)

 

 この大雨の中、一人の少年が雨に濡れる事も気にせず路地の影から、はっきりと団長とシャルロッテの二名が一つの宿へと消えて行くのを見た。他ならぬ若き帝国兵ユーリである。そしてユーリは、もう一つはっきりと見たのだ。二人が入って行った宿、その宿の名を。ペンキも剥げ落ち読みづらくなっているがじっと見ればその名が【ホテル メイク・ラブ・ギュステ】である事がわかった

 

(う、噂に聞いたが……これはいわゆるラブホテ……つ、つまりあの二人は、あの中で……ば、馬鹿野郎、俺っ!?)

 

 一瞬不埒な考えが浮かび、ユーリは雑念を払うため降り続ける雨で頭を冷やした。

 

(だ、だがあの中に入って行ったのは、間違いない……騙す様子も無く、シャルロッテ・フェニヤも普通に入って行った……だ、だとすると、まさかっ!?)

 

 ”雨宿りのため”、”間違えて入った”。それぞれの可能性を考えるよりも若きユーリは、ちょっぴりHな妄想が頭の隅にちらつき冷静さを奪う。そして最後には。

 

(あの二人……デキているのかっ!?)

 

 本人達、特に団長が聞いたら雄たけびと共に否定しそうだが残念ながらこの誤解を解く人間は、この場にはいなかった。

 このようにして、新たな誤解と面倒事が帝国の部隊へと情報として持ち帰られたのである。

 

 




間が開きましたが投稿。自分では、切りの良い話の区切り方が分からない時があります。

次回今度こそ、二人再開です。どうなるアウギュステと団長の未来。

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