俺は、スーパーザンクティンゼル人だぜ?   作:Par

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ゴリラのキャラ崩壊と二次創作独自の設定や解釈があるのでご注意ください。また現実のゴリラの生態、特徴とは一切関係はありません。


スーパーザンクティンゼル人の軌跡 Ⅲ
怒りのジャングル


 ■

 

 一 運命の出会い(うほほい)

 

 ■

 

 獣の声、鳥の羽ばたき。草木の揺れる音、流れる大河。

 ここはジャングル、鬱蒼と茂る熱帯のとある島。秘境と言われたこの地に、生態調査の依頼を受けたとある騎空団が立ち寄った。

 湿気が高く、真面な地図も無い熱帯の島。そんな島に上陸した騎空団の面々は、まず人の通れる道を探す事とした。

 だが人の住まぬ自然の中、どうやって道を探るか。

 只管に道なき道を行き、新たに開拓する? 

 悪戯に歩き、彷徨い続ける? 

 否、この騎空団はただの騎空団ではない。

 そう、この騎空団の団長は、ただの団長ではない。

 

「うほ、うほほ、うほうほ、ほほっ?」

『うほっ! うほほうほほ、うっほほほほほ、うほうほほ』

 

 その男は人の子供ほどの体格をした黒い毛皮に覆われた生き物と奇妙な言語で会話をしていた。

 まるで理解できない奇妙なもの、言語とすら言えない気もするその言葉で一人と一匹は会話をしているのだ。

 

「うほほい、ほほほっ! うほ、うほほ!」

『うっほほ! うほほー!』

「うほほ……うん、こっち行けば結構開けた道出れるってさ」

「いや、意味分からないわよ」

 

 何事もなかったかのように喋る少年、団長を見てマリーは呆れて呟いた。

 

 ■

 

 二 お困りならば星晶戦隊(以下略)

 

 ■

 

 ──数日前、とある島。

 

「どうもみなさん、毎度おなじみよろず屋シェロちゃんですよ~」

 

 小さい島で魔物討伐の依頼を終えた俺達は、宿の食堂で休みながら依頼の報告と新しい依頼の話をシェロさんから聞いていた

 人数だけなら多いとは言えないうちの騎空団だが、その殆どが星晶獣でありティアマトのニル達、ゾーイのディとリィ、メドゥ子とメドゥシアナ等更に数がプラスされる上に省エネでもサイズがデカいので相変わらず食堂にいるだけで注目の的である。

 と言うか何時もよく入れるなと思う。なんかコロッサスとか普通に扉潜れてるんだけど、そこらへん俺もよくわからん。

 そんな風に目立ちながらもいつも通りシェロさんと仕事の話を続ける。

 

「今回のご依頼もお疲れ様でした~。ご無事なようで何よりです」

 

 今回はまあまあ普通の依頼だった。魔物を倒すだけでいいのだから。ただその数が洞窟埋め尽くす程とは思わなかったけど。

 さて俺達はと言えば、飯を食いつつ新しい依頼の話を聞く。こちらは1千万と数百の借金を持つ身、依頼が終われば次の依頼とポンポンポーンッとこなしていきたい。

 

「ミンミー!」

「ミスラさんもお元気そうですねぇ~」

 

 シェロさんと俺の間を楽しそうに飛び回っている歯車がいる。ミンミン元気な歯車は、ガロンゾにいた星晶獣ミスラ──の、省エネ個体である。

 ガロンゾで修理したエンゼラに乗って旅立った俺達だが、当たり前の様に俺の上でクルクル回りながら付いて来てた。ガロンゾ滞在中ずっとそばにいた所為で全然誰一人気が付かなかったので驚いたもんだ。

 何でついて来たのか聞いたら「楽しそうだったから」との事。省エネとは言え星晶獣ってそんな理由でほいほい仲間になるもんだっけ? 

 あと省エネと言う現身と言うか独立した個体になった省エネミスラは、ガロンゾより他の島を見てみたいらしい。なおこの省エネミスラは、ガロンゾを離れても問題ないらしいが一方でミスラとしての能力も殆どないのだが、一回だけならミスラと同等の“契約”を行う事が出来なくもないらしい。ただし凄い疲れるからやりたくはないようだ。俺もそんな力使いたいとはあんま思わん。

 つまるところ、今のミスラは“マスコット”のポジションとなったわけである。

 

「討伐した魔物の数が確認され次第報酬を払わせていただきますね~。それと討伐数が目標より多い場合、多少色を付けさせてもらいます~」

「やったぜ」

「それで次の依頼のことですが、今回も色々とございますが……これなんてどうですか~?」

 

 そう言ってシェロさんさんが取り出した依頼書。それを受け取り俺は向かいに座るカルテイラさんに渡した。

 

「なになに……『島の生態調査依頼』? なんやこれ、学者の仕事と違うん?」

「実はですね~」

 

 シェロさんが言うには、半年程前に発見されたとある島、そこの本格的調査計画が各分野の学者達によって練られているのだがどうしても島の情報が足りないと言う事でこんな依頼を学者達が出したらしい。

 

「しかも学者連中の同行者は無し、これうちらだけで調査せーちゅうことやろ?」

「そうですね~。どちらかと言うと地図などを作成する情報が欲しいようですので」

「まあそれは分からんでもないけど……おっ? 遺跡調査も込みなんか」

「遺跡? ねえ、あたしにも見せて」

「ほい」

 

 遺跡と聞いて興味を持ったマリーちゃんがカルテイラさんから依頼書を受け取った。隣に座るカルバさんと一緒にその内容をまじまじと見る。

 

「本当だ、遺跡調査ってある……」

「島の発見者が騎空艇で島を外から観察した際、遺跡らしきものが見えたとの事でして~」

「らしき、なんだね」

「島の気候の所為か日中も濃霧が出る事もあるようでして、正確には確認が取れていないようなんですよ~。それともう一つお話がありましてですね~」

「まだ?」

「こちらの依頼書なんですが~」

 

 新たに渡された依頼書、それを受け取り内容を確認する。依頼主は同じであった。

 

「……所属不明艦?」

「ええ、そのようで~」

「団長」

 

 眉をひそめた俺を見て、コーデリアさんが手を伸ばした。俺はそのまま依頼書を渡すと、コーデリアさんはそれ読み、周りの皆も覗き込んだ。

 

「最近になって武装した大型騎空艇を1度確認、所属不明、目的不明、交戦は無し……」

「つまり見たって事以外に情報ないじゃないの」

「武装した艇って……戦艦って事ですか?」

「そう思ってよろしいかと~」

 

 最近になって発見された島。無人であり、まだ人が上陸していないはずの自然ばかりの島の近くで何故戦艦が発見されたのか。

 島の上陸調査のため外から情報を集めるために島の近くへ来ていた観測艇が発見したらしい。その戦艦は発見後直ぐに姿を消した。観測艇は小型で非武装であり追跡は危険と判断した。そのためこれ以上の情報は無い。

 

「……どちらかと言うと、今後島を調査するための安全確保。生態調査なんかは、ついででって感じか」

 

 学者達は島に行きたい、だがその島は情報のない前人未到の島。それだけならまだしも、謎の戦艦。学者達だけで上陸するには不安が多い。そこでどこぞの騎空団に事前調査と戦艦の脅威を確認してもらおうと言うのがこの依頼だ。

 

「学者連中が同行して万が一危険があると困るし、危険に慣れっこな騎空団にまずは任すわけね」

「どうでしょうか。実際のところまとめて一つの依頼と言う事になるのですが~」

「なるほどね……数日以上の調査は確実、所属不明勢力との戦闘も考えられる内容だけども」

「見返りはそれなりにあるな」

 

 B・ビィのいう通り内容に見合った金が手に入る。それだけでも今の俺としては受ける価値はある。

 

「依頼者さんも依頼を受けた騎空団のリスクを踏まえて、もし遺跡調査の際に宝石類などを手に入れた場合それも報酬にして構わないとのことです~」

「マジっ!?」

「マジですよ~」

 

 シェロさんの補足情報にマリーちゃんが食いついた。

 

「ただ一度は歴史資料としての鑑定や調査はさせてもらうそうですね~。余程歴史的価値があった場合は、報酬としてはお渡しできないとの事ですが……」

「オッケオッケーそれで十分よ! ようは儲けが出る分手に入れれば良し! 団長この依頼受けましょ!」

「私も興味あるな。誰も入ってない遺跡とか気になるじゃん」

 

 流石トレジャーハンター、食い付きが凄い。

 

「言われなくても受けるさ。こっちは頼もしいトレジャーハンターが二人もいるからね」

「そう来なくっちゃ!」

「ミミ~ン!」

「お前はお留守番」

「ミ~ン……」

「その代わりエンゼラに残った皆の手伝い頼むよ」

「ミンッ! ミミミ~ンッ!」

 

 掌サイズの小さなミスラは、まだ外で本格的な依頼に連れてく気にはならない。しかも今回は未開の島、何があるかわからない。

 始め本人は不服そうだったがエンゼラでの仕事を頼んだらすっかりその気になって高速回転を始めた。ミスラの気分は回転の速さとそのキレでわかる。今は上機嫌だ。

 

「てなわけでシェロさん、依頼お受けします」

「ありがとうございます~では、よろしくお願いしますね~」

 

 前人未到の島、謎の遺跡、所属不明の戦艦。

 俺達は一路それらが待つ島へと向かい、上陸班とエンゼラでの待機と上空からの調査班に分かれ活動を開始したのだった。

 

 ■

 

 三 それ行け探検隊

 

 ■

 

 我ら【星晶戦隊マグナシックスとB・ビィくんマン&均衡少女ZOY】。そして数百万の借金に最近一千万を上乗せされた団長の俺。

 そんな俺達が依頼を受けて訪れたとある熱帯の島。まだ真面な調査が行われていない自然の残る島。あえて例を挙げるなら雰囲気としてはルーマシー群島が近いが、こちらは更に熱帯の気候だ。また土地も平坦でもなく結構な高低差がある。ルーマシーと比べても湿度が高く、比較的降水量も多い。だからか植物の種類もがらりと様子が変わる。

 俺達はそんな島の生態調査と地図の作成に訪れたのだ。今後の調査のための先遣隊のようなものである。

 島の大きさは大きいとは言えないが、生い茂る草木の所為か実際よりも広く感じる。山に近づき傾斜が出てくると、足の歩みも遅くなりがちだ。うかつに動けば直ぐに迷い帰れなくなるだろう。

 その為に俺達は道に目印になるものを付け進んだ。木に印をつけ布を結んだり、木と木をロープで繋いだりと工夫し、同時に地図も作成する。

 依頼のメンバーは俺とB・ビィ、そしてトレジャーハンター二人、土地的に相性の良さそうなユグドラシル、空を飛べるのじゃ子、荷物の運搬として体力のあるユーリ君とフェザー君、そして最後に調査のスケッチを残す記録係としてルナールさん。

 残りのメンバーはエンゼラで待機しつつも、上空で島の観測調査を行う。

 のじゃ子を連れて来たのは、上空での観測調査中のエンゼラを確認する目的もある。空を飛べる彼女なら、望遠鏡を持たせれば空から遠くのエンゼラを確認できる。向こうの位置が分かれば狼煙などで反対にこちらの位置も向こうに教えれる。

 B・ビィも空は飛べるが、緊急事態があればエンゼラに飛んでいく一人と現地に残る一人、役割を分けれるからやはり飛行持ちは二人は欲しいものだ。

 さて肝心なのは、体を休め安全を確保するためのキャンプ地の設置だ。何日かかかる依頼では、体を休めれるのも重要な仕事。なるべく体を横に出来る場所を見つけたいと思い進んでいく。

 

「面白い植物が多いわね。虫や動物も、見た事無いやつばかり」

 

 俺が背負う背負子に座るルナールさんが感心してスケッチをしている。背負われ揺れる山道なんかでも、スケッチをする手を止めてはいない。

 

「ルナールって動物とか詳しかったの?」

「詳しいと言うか、仕事柄……魔物絵だけじゃなくて、動植物の図鑑の挿絵も描いてたから」

「へぇ~? 結構色々描いてたんだね」

「生活の事もあったし、断る理由も無かったからね。だから私が描いてないって事は、図鑑にあんまり載ってないって事なのよ……自分で言うのもなんだけど」

 

 マリーちゃんやカルバさんの質問に対してのルナールさんの答えは、魔物絵師として生計を立てていたルナールさんらしい理由だ。確かに魔物図鑑の絵師としては結構売れっ子の部類だったと言う。魔物以外の絵を描いてても不思議ではない。

 

「それより団長、大丈夫? ずっと背負ってもらってるけど」

「いえいえ、軽いもんですって。荷物だってユーリ君達も持ってくれてるし」

「部隊で荷物を持った移動は何時もの事です!」

「それに筋トレにもってこいだぜ!」

 

 上陸後ジャングル内を進むようになってからは、ルナールさんは特注の背負子に乗って移動する。そもそも体力の無い彼女を連れて行くか悩んだのだが、絵の心得があり調査報告用のスケッチに適任なのは彼女だ。

 背負子に背負われての移動は、彼女がハーヴィンであるからこそ出来た手法だ。彼女自身たいして重くも無く、マチョビィとユーリ君達が居れば荷物も分担できて特に俺に負担も無い。フェザー君なんか楽しんでる節がある。むしろこんな方法で移動してルナールさんになんか悪い気もした。

 

「こっちこそ無理言って来てくれて助かりました。俺も絵は出来なくは無いけど、別の事に集中したいから」

「それはまあ……私も団員だし、島立ち寄る度趣味の事さしてもらってるからその分頼まれたら可能な限り頑張りたいもの」

「ありがてえ」

 

 まあそんな訳で特に大きな問題も無く進んでいた俺達。だがそんな時、俺達はこの島で運命的な出会いをした。

 

「あ、団長たんま」

 

 カルバさんが何かの気配を感じ取って動きを止めた。何か獣の声が数メートル先から聞こえる。そっと背負子も下ろし、一同集まり小声で話す。

 

「魔物かのう?」

「かもしれんね。複数の気配がある」

「どんな魔物と思うね相棒」

「さてな。この島でまだ魔物とは遭遇してないが……むっ!」

 

 やり過ごすかどうか作戦を立てようとした時、気配の主達が動くのを感じた。同時に聞こえたのは、獣の悲鳴だった。

 こちらに来る気配は無かったが何か不振に感じたため、俺達はそっと進み草を掻き分け声が聞こえた方を覗き込む。

 

「あれは……!」

「GauGau!」

 

 そこに居たのはラウンドウルフ種と見られる魔物の群れ。それが一本の木を囲い、上に向かってほえている。俺達も上を見上げれると、枝や葉に隠れ木にしがみついて震える子供の人影が見えた。

 

「まさか子供!? ここって無人島じゃないの!?」

「それより助けよう!」

 

 咄嗟に俺とユーリ君達は剣を引き抜き飛び出す。俺達に気がついたラウンドウルフ達は驚くが直ぐに俺達を敵と判断し飛び掛ってきた。

 

「ふんっ!」

「Gyan!?」

「うおおりゃああっ!」

「Gyahin!?」

 

 群れとは言えいつかの盗賊団の時の様に数は多くなく、その強さもユーリ君とフェザー君だけでも対応できる程度。適当に戦うと適わないとみて直ぐにラウンドウルフ達は逃げ出して行った。

 

「妾達は出番無しじゃな」

「無くて結構だよ星晶獣。さてと、あいつらは追っ払ったぞ! もう降りて大丈夫だー!」

 

 安全を確保して木の上に居る子供に呼びかける。俺達の声は聞こえたようだが、子供は怯えており返事もせず中々降りては来ない。

 

「参ったね。まさか降りれなくなったか?」

「────!」

「うん?」

 

 するとユグドラシルが自分に任せて欲しいと言うと地面からモコモコと木の根を生み出し上昇していく。どうやら根っ子のエレベーターで救助するつもりらしい。

 

「なるほど、それじゃあ頼むよ」

「──!」

 

 自ら生み出した木の根のエレベーターに乗り、上昇していったユグドラシル。それを見送り暫し待つと頭上でユグドラシルの驚く声が聞こえた。

 何か問題があったのかと不安になるが、それ以上特に困ったような声は聞こえない。一先ず待っていると、また徐々に根っ子が下がり出した。

 

「何かあったかの?」

「わからん、大事ではないようだけど……」

 

 ハラハラとしつつ彼女が戻るのを待つと、ユグドラシルが子供を抱えている姿が見えた。なんだ大丈夫だったとホッと一息つくが、よくよく見れば彼女はどこか困り顔だった。

 

「おつかれさん、それより上で何があった……え?」

「──……」

 

 地上に戻ったユグドラシルに上で何があったか聞こうとしたが、それよりも先に困った顔をしたユグドラシルが抱えている子供を俺達に見せた。

 確かに人の姿には似ていた。だが全身が黒い毛に覆われており、顔付きも人のものとは違う。そして極め付けにその“子供”は口を開くと一言。

 

『うほ』

 

 そう話したのだった。

 

 ■

 

 四 大地の母性

 

 ■

 

「まさかゴリラとは……」

「本物なんて始めて見た」

 

 ユグドラシルに抱きかかえられ安心した様子で眠る小さな“ゴリラ”の子供。その姿を見てユーリ君とマリーちゃんが少し興奮気味に話す。

 ゴリラ。それはこの空に伝わる幻の動物。近年まで架空とまで言われた存在。発見数が極端に少なく、詳しい生態やどんな島にどれ程いるかすらハッキリとはしていない。

 

「しかし参ったね。ユグドラシルから離れないよ」

「すっかり安心してるな」

「──……」

 

 ユグドラシルが子供を助けると、安心したのかゴリラの子供はそのまま彼女の胸で眠ってしまった。それに俺もユグドラシルも困ったのは言うまでもない。

 近くに親が居るのではないかと思い探したが、その痕跡すら見つからず困った俺達は一先ずゴリラの子供をユグドラシルに任せ先に進み、適当な場所でテントを張り一夜を過ごすことにした。

 

「怯えておったからのう、そんな時現れたのがユグドラシルじゃ。種族は違えど土を司り穏やかな星晶獣であるユグドラシルに強く安心感を抱いたのじゃろう」

「母性ってやつかね」

「かもしれぬ」

 

 のじゃ子の言うのも分かる気がした。最早ユグドラシルの癒しは種族を超えているからな。俺だって同じ立場ならああなる。

 

「親と逸れたとかでしょうけど……そりゃあ怖かったでしょうね」

「ゴリラの大人はドラフかそれ以上の体躯を誇ると言いますが、やはりまだ子供のようですから」

 

 マリーちゃん達もこの子供に同情している。

 怪我をした様子も無いので本来ならこの子供は、俺達が保護するのではなく直ぐに逃がすべきだろう。野性の動物には野生の世界がある。過度な関わりは互いの為にならない。しかしこうもユグドラシルに懐いてはそれも今は難しい。

 そしてそんな眠るゴリラの子供をスケッチしまくるのはルナールさん。無論俺が頼んだ。経緯はどうあれ貴重な動物との出会いと情報だ。報告書に書く価値がある。

 

「まさか本物のゴリラをスケッチする事になるなんてね」

「ルナールさんゴリラ知ってたんですか?」

「知ってるって言うか……魔物の挿絵の関係で野生動物の図鑑の仕事受けた事あるのよ。んでその時に描いたの」

「じゃあ前に見てるの?」

「まさか」

 

 マリーちゃんが驚くがルナールさんは首を横にふった。

 

「幻の動物だから資料なんてろくに無かったのよ。少ない目撃情報から描かれた荒いデッサンとか見て何とか描いたけど……まして子供の資料なんて無かったわ」

「……もしかしてルナール殿。その図鑑って『秘境・珍獣図解』ですか?」

 

 ルナールさんの話を聞いていたユーリ君が驚きながら質問した。

 

「え? そうね……確かそんな名前の本だったわ」

「それ読んだ事があります! 自分はあれでゴリラの事を知りまして、それ以外の珍獣の挿絵もまるで生きてるようで夢中になって読んでいました! まさかルナール殿の描かれた絵だったとは」

「そ、そう? 前の仕事だけど……なんか恥ずかしいわね」

 

 目をキラキラさせて語るユーリ君。男の子だなーと微笑ましく思う。図鑑って読んでて面白いよね。

 

「ともかく依頼と並行して仲間探しだな。可能なら途中で逃がす方向で」

「それがよかろう。犬猫と違って人が面倒を見れるものではあるまい」

「ユグドラシルは悪いけど、暫くその子頼むわ」

「──」

 

 ユグドラシルは戸惑いながらも頷いた。優しい彼女も抱き着いて離れない子ゴリラを突き放せずにいるようだ。

 まったく予想外の事態に困りつつも、俺達はジャングルで一夜を過ごした。

 

 ■

 

 五 TOGICゴリラ語検定A級

 

 ■

 

 一夜明けて再びジャングルを進む俺達。出ては消える濃霧に道を阻まれながらもなんとか安全な道を選び、この先にあると言う遺跡を目指した。

 時に上空からのじゃ子やB・ビィに遺跡の位置を確認してもらってはいるものの、濃霧が出たりすると、どうしても進むペースはあまり早くは無い。

 また同時にゴリラの仲間を探すがそちらも中々見つからずにいた。

 

『うほほ』

「────♪」

 

 一方で当の子ゴリラは呑気なもので、ユグドラシルに抱き上げられながら楽しそうだ。ユグドラシルも早くも慣れて来たのか、あやし方が上手くなっている気がする。

 

「ゴリ坊は呑気でいいもんだねえ」

「ゴリ坊って……」

「男の子みたいだったからな」

 

 何となく子ゴリラをゴリ坊と呼ぶ事にした。マリーちゃんが呆れていたが、まあ仮でもずっと子ゴリラと呼び続けるのはなんか疲れるので一応ね。

 

「けど改めてゴリラって本当に“うほうほ”話すのね」

「そう鳴くと言う話は図鑑に載ってはいましたが、実際に聞いたりすると不思議な感じですね」

 

 ルナールさんとユーリ君がゴリ坊が発する不思議な鳴き声に感心している。“うほうほ”と言う獣の鳴き声、と言うよりもハッキリと“うほうほ”と聞き取れるためむしろ声の様にも聞こえる。

 

「鳴くと言いましたが、一応彼らは“う”と“ほ”とを巧みに組み合わせて意思疎通をはかると言います」

「うほうほ言ってるだけにしか聞こえないから、俺達にはさっぱりだな!」

 

 あっはっはとフェザー君が笑う。君はそれ以前に話聞かない時あるからね、拳で語るから。

 

「しかしその話が本当なら鳴き声って言うよりも本当に言語の様なものかもしれないのか」

「団長なんかわかっちゃったりしてね。星晶獣の言葉もわかっちゃうんだから」

「確かに」

「何が確かにじゃい」

 

 マリーちゃんとカルバさんがからかう様に俺を指さす。いくら何でも野生動物の言葉まではわからん、と言うかわかってたまるか。星晶獣は存在が神秘すぎて理屈不明でわかっちゃうんだよ……俺からしたらもう神秘性もクソも無いが。

 

「冗談だってば。いくら何でもね」

「当たり前だっての」

『うほほ?』

「ほら見ろ、ゴリ坊が何の話か気になって首を傾げてる」

「……ん?」

『うほほ、うほ?』

「いや、違う違う。別にお前がどうこうって話じゃないんだ。気にしなくていい」

「ん……んんっ?」

『うほほっ! うっほほ、うっほ!』

「そうそう……なんだ急にお喋りだなお前。なに? 俺達が何処に向かってるか? それはこの先にうほっほうっほ、うほほ、うほほほ、うっほほほ」

「ちょーと待った、団長ちょっと待った」

「うほ?」

「うほ、じゃない!」

「あいてっ!?」

 

 呼ばれたので返事をしたらマリーちゃんに膝小僧を蹴られてしまった。

 

「な、なにを……!?」

「いやいやこっちの台詞よ、何当たり前の様にゴリラと会話してるのよ」

「は?」

「……気付いてなかったの?」

「え、いや気付いてって……え? 俺今喋ってた?」

 

 困惑して皆の顔を見る。するとマリーちゃんだけで無く殆どのメンバーがギョッとして俺を見ていた。

 

「その……突然子ゴリラと会話を始めました」

「すごく自然に話し始めてたな!」

「しかも団長まで“うほうほ”言い出したね」

「……マジ?」

「うむ、言っておった」

「言ってたわね」

 

 ユーリ君達が俺がゴリラ語を解し、更には話していたとまで言う。

 その事が信じられずにいると、ユグドラシルに抱えられたままのゴリ坊が俺の服の裾を引っ張ると子供らしい円らな瞳を俺に向けた。

 

『うほほほ、うほほ?』

「あ、マジだ」

 

 どうしたの、平気? そうゴリ坊は俺に語っている。はっきりとそう言っているのが理解できてしまった。しかも返事返そうと思えば自然と「うほほうほ(大丈夫)」と返事出来る事にも気が付いてしまった。

 

「マグナシックス式星晶獣言語ラーニングがまた活きたな相棒。知能の高い動物の“言語”なら理解し話せるようになったみてーだ」

「嘘と思いたい」

 

 何普通にゴリラ語解してるんだ俺は、星晶獣と意思疎通できるだけでも意味不明なのに。

 

「自分が人間なのか信じられなくなってきた……」

「安心しろ相棒、おめえは人間だよ」

「B・ビィ……」

「人間のままちょっとおかしいんだ」

「ちくしょうめ!!」

 

 上げて落とされた。いや、そもそも上げられてすらいない気がする。だってこいつが原因なところあるし。

 

『うほうほ』

「良いんだゴリ坊……お前は何も悪くない……」

 

 落ち込む俺をゴリ坊が慰めてくれる。その優しさが分かってしまうのは、とても嬉しいが今は複雑である。

 

 ■

 

 六 密猟

 

 ■

 

「うほうほ、うほほ?」

『うほほ、うほうほ』

「うっほほ、うっほ」

『うほほほ、うっほ!』

「ふむ……ここら辺は魔物も少ないから、通りやすいってさ」

「この団長ゴリラ語使いこなしてるわ……」

 

 ゴリ坊との会話を呆れた様子でマリーちゃんが見ている。

 

「さっきまで落ち込んでたのは何だったのよ」

「いやだって、依頼もあるしもう喋れるなら有効に使わないと」

「そうやって直ぐ順応しちゃうから人間離れが進むのよ」

「あ、やめて言わないで……」

 

 全部借金が悪いんや。俺は悪くねえ。

 

「けれど実際に土地の人……いや、土地のゴリラに道を聞けたのは助かりましたね」

「土地のゴリラ」

「んっふ……ちょ、冷静に反復しないでよ、なんか笑っちゃうから」

 

 ユーリ君の言う言葉が妙に可笑しく思わず呟いたらルナールさんのツボに入ってしまったようだ。

 

「もう……まあ歩きやすい道を教えてくれるからね。座ってる私が言うのもなんだけど、最初より振動無くて座り心地が良くなってるのよね」

「ゴリラは優しい」

「んっふ……っ! し、しみじみ言わないでってば!」

 

 ルナールさんはまたツボってた。

 しかしユーリ君が言うように実際助かっている。子供とは言えゴリ坊は俺達よりはるかにこの土地に詳しい。近づかない方がいい場所も分かっているので危険を避けて進む事もできる。

 そして彼の言葉を理解できた事でゴリ坊──この島のゴリラ達の状況が少し見えてきた。

 

「見慣れない変な集団が来てゴリラ達を襲い出したってな」

『うほっ!』

 

 ゴリ坊が言うには、元々彼らは俺達が目指す遺跡付近を幾つかの群れが縄張りとしていたらしい。そんな中突然現れた集団がゴリ坊達の仲間を襲い出したと言う。群れで抵抗するのもいたが、見た事も無い“動物”に怯んだ仲間は次々と捕らえられた。

 そしてゴリ坊の親達は、ゴリ坊だけを逃がし囮となって捕らえられたのだ。

 

「話を聞く限り密猟者と思いますが……」

「未調査であるはずの島に所属不明艦に密猟者。さて、いよいよきな臭くなってきやがったよ」

「アブい感じが増してきたねえ」

「増さんでいいっつーの」

 

 こんな状況でも嬉しそうなのはカルバさんぐらいだ。

 

「んで、どうすんのよ団長」

「何が?」

「ゴリちゃんに道教えてもらうのは良いけど、その後どうすんのかって事」

 

 どうするのか、と聞かれてもね。やる事と言えば依頼通りである。

 

「そのまま遺跡の調査」

「それでいいの?」

「話整理する限りその密猟者達まだ遺跡付近にいる可能性があるからね。所属不明艦との関係も気になるしゴリラ達も心配だ」

「じゃあゴリラ助けるの?」

「放置ってわけにもいかんよ。人の過ちは人が始末しないとな。それに見なさいよ、このゴリ坊の円らな瞳を」

『うほ?』

 

 小さなゴリラは、人の子供にも似た円らな瞳をマリーちゃんに向けた。

 

「うぅ……穢れの無い瞳が」

「これ見たらほっとけんわ。俺達が育てるわけにもいかんし親助けないとな」

 

 生態調査に遺跡の調査。また所属不明艦に密猟者。それに加えてゴリラ。何だかてんこ盛りな依頼になっちまったな。

 何時もの事とは思うまい。

 

「団長、あそこ見てみろ!」

 

 認めたくない日々のトラブルを頭から振り払っていると、フェザー君が叫んで前方を指差した。俺達もそちらをジッと見てみれば、そこには巨大な遺跡がいつの間にか現れていた。

 

「いかんいかん、皆止まれ」

 

 慌てて身を屈める。直ぐ気配を探るが、近くには誰もいないらしくホッとした。

 

「こんな傍にまで来てたのか」

「霧に森にで距離感狂ってたな」

 

 まったくB・ビィの言うとおりで、ジャングルに立ち込める白い濃霧と木々に視界を遮られていたせいか、俺とした事がこんな目の前に来るまで気がつかなかったらしい。

 

「しかし誰かがいる様子もありませんね」

「そのようだ。とは言え用心しよう、皆静かについてきて」

 

 島の主の様に現れたその遺跡は、濃霧に飲まれどこか不気味に見える。木々に紛れ、壊れた石柱などに身を隠しながら遺跡の出入り口らしき所に近づく。

 辺りを見渡しても誰も居ない。安全を確保した俺達は、遺跡の物陰に荷物を置き集合した。

 

「まず遺跡だけど、二人はどう思う?」

「かなり古いのは見ての通り。地上で確認できる建造物は、何かしらの祭事儀礼のためってところかしらね」

「規模も大きいし、地下の方もあるね。多分そっちもかなりの規模じゃないかな」

「お宝も期待したいわね!」

 

 トレジャーハンター二人の意見に頷く。最後の意見は流石と思う。

 次にユーリ君が律儀に手を上げてから口を開く。

 

「ざっと入り口周りを見ましたが、我々以外の足跡、それも明らかに大人数が活動した後があります」

「かなりの大荷物だったのか至る所に何か重い物を置いた跡があるぜ」

「ふーむ……」

 

 ユーリ君とB・ビィの報告を受けて辺り見る。そして自分の立っている傍の遺跡の石畳の上を見ると、俺達以外で泥で出来た足跡が複数確かにあった。この島は濃霧だけでなく、突然の雨も多く湿った土や泥はそこら中にある。

 

「まだ乾いてないな。さっき移動したばっかって感じか」

「足跡は遺跡の中へ向かってますが……」

 

 新しい大人数の足跡は全て遺跡の内部に向かい消えていった。

 今この遺跡には果たして何人の人間がいるのか? 十人やそこらではないだろう。

 

「のじゃ子、俺達はこのまま遺跡に行く。だが何あるかわからんから応援が欲しい。お前は遺跡の中じゃ飛び回れんだろうし、一度エンゼラに戻ってこの場所に艇ごとみんな連れて来てくれ」

「あいわかった。そちらも気をつけよ」

「あいよ」

 

 返事と共にのじゃ子は飛び上がり、濃霧を割いてエンゼラへとむかった。彼女によって割かれた濃霧は、すぐに戻り飛び立った彼女の姿を遮っていく。

 

「あいつの速さなら30分もかからないだろう。必要な物だけ持って俺達も入るか」

「先導はあたしとカルバでやるわ」

「アブい罠なら任せてよね~」

「任せるけど発動させない方針で」

「ええ~」

「ええ~でなく」

 

 経験からカルバさん達に任せるのが間違いないのだが、なんだか不安である。

 

「ほんと頼むよ。俺罠系相性悪いんだよ。罠があったら直ぐに教え──」

「あ、そこ立ってるとやばいぜ?」

「キエエエエェェ──っ!?」

「団長どのぉ──っ!?」

 

 咄嗟に奇声を上げて体を後ろに反らせると、俺の眼前を鋭利な半月状の刃物が通り過ぎていった。それを見てユーリ君達が悲鳴を上げている。

 

「ヒューッ! さっすが団長凄い反射速度。いやぁえっぐい角度と速度の罠だったねえ! あのまま立ってたら団長スパァ──ッと下ろされてたぜ?」

「ぜ、じゃないのぜ!」

 

 手刀を掌にトントンして真っ二つになる様を現しながら、一人テンション高めでニコニコなカルバさんに怒鳴る。思わず変な語尾がでる。

 

「へ、平気ですか団長殿!? 結構かすって見えましたが!?」

「平気……生きた心地はしないけど」

「いや、入り口から攻めるね~この遺跡。刃物系って大抵中層とかから本番なんだけど」

「本番ってなんだよ! と言うかもっと早く教えてくれよ!?」

「いや、それがなぁ~んか変なんだよね」

「変って……なにが」

「ん~……まあもっと罠見てけばわかるって。そこの罠はもう発動しないよ。さ、行こう行こう!」

 

 そう言うとカルバさんは遺跡に向かい出す。あんな恐ろしい罠を見てよくあんな笑顔が出るものだ。

 

「不安だ……」

「初めて会った時覚えてるでしょ。カルバはああ言う奴、諦めて行きましょ」

「不安だ……」

 

 マリーちゃんに慰められながら俺もまた遺跡の内部に入って行った。

 

 ■

 

 七 Raiders Perfection

 

 ■

 

「あ、団長そこ踏まない方がいいぜ?」

「そゆこと早く言にぎゃあっ!?」

「団長殿ぉ──っ!?」

 

 床の石畳を踏むと左右の壁から無数の針が飛び出し俺を刺殺しようと迫り、咄嗟に立ち止まり回避。

 

「おっとやばい、団長ジャンプ」

「ぬおわあぁぁ────ッ!?」

「団長殿ぉ──っ!?」

 

 何処からかカチッと音がしたと思ったら、壁から仕込まれた矢が俺に向かい発射され必死に掴み取る。

 

「あ、これ駄目だ。団長右にずれて」

「アナああぁぁ────ッ!?」

「団長殿ぉ──っ!?」

 

 地面が突然パカリと割れれれば、槍が仕込まれた落とし穴が現れ体半分が落っこち危うく串刺しになりかける。

 

「カルバさんっ!? さっきからワンテンポ遅くないですかねぇ!?」

「無事ですか団長殿!」

「今引き上げてやるぞ!!」

 

 針が、矢が、穴が、槍が──全ての罠が俺に襲い掛かる。俺に、襲い掛かる。俺ばっかである。その度ユーリ君が叫んでた。

 なんとか落とし穴の淵に引っかかるボロボロの俺をユーリ君達が引き揚げてくれる。

 

「いやぁ、ごめんね団長」

「カルバどうしたのよ。何時も罠に関してはまあ……あえてかかる節はあるけど、こんな風じゃないのに」

 

 先程と違い申し訳なさそうなカルバさん。相棒であるマリーちゃんもカルバさんの不調とも言える様子を訝しんだ。

 

「うーん、入り口から変だなぁ変だなぁとは思ってたんだけどね。けど団長の尊い犠牲のおかげで謎は全て解けたぜ!」

「犠牲言うんじゃねい!」

 

 こんなのってある? 俺にしか罠発動しないなんてどう言う事だってんだよ。なんて日だ。

 

「それで、俺の尊い犠牲で解けた謎ってのは?」

「うん、まあそこ見てよ」

 

 カルバさんが壁にある魔物か何かを模した装飾を指さした。さっきまでの事があるので大分慎重にそこを見るが、一見してただの石壁の装飾である。

 何の事やら分からずゴリ坊までも首をひねるが、しかしよくよく見ればその装飾と壁の間僅かな隙間が空いており、その隙間には板状の鉄屑か何かが楔のようにねじ込まれているのが見えた。

 

「なんでぇこりゃ? ゴミにしちゃ不自然だな。それに遺跡のもんとは別に見えるぜ?」

「B・ビィ正解! これは遺跡とはなんの関係も無い外から持ち込んだ鉄屑だね。んで、この装飾は罠のスイッチになってるんだけど、それをここにねじ込んで罠の発動を防いでたってこと」

「……先に入り込んだ奴等の痕跡か」

「だろうね。ただかなり強引で雑な方法だよ。一時的ならまだしも、ずっとこのままじゃ不味いよねえ」

 

 不満げにそう言うとカルバさんは、僅かに飛び出たその鉄屑を突然引っこ抜こうとグリグリとしだす。

 

「ま、待てい!? それ抜いたらやばいんじゃ……!?」

「まあ見てなって。ここは大丈夫だから……ね!」

 

 グッと最後に力を込めて鉄片を引き抜いたカルバさん。すると同時にガコリと機械的に物が動く音がしたかと思えば通路の前方にある天井が轟音と共に床へと落ちた。どうやら“吊り天井”だったらしく分厚い板が岩盤が落ちただけなので道は塞がれてはいないが、あの場にいたら床と天井のサンドウィッチになっていただろう。

 

「あ~やっぱね」

「やっぱねって、なにが……」

「これ強引に罠の発動止めてるけどさ、解除はされてないんだよ。実際はスイッチ入ってるからなんかの拍子にズレたタイミングで罠が起動しちゃうんだね。今もスイッチいじってから起動までちょっと早かった。さっきから妙にズレるのその所為だね」

 

 引き抜いた鉄片をポイと捨てるカルバさんは不満そうだった。

 

「半端にスイッチ入れといて罠が完全に発動する前に止めるなんてなぁ。罠の醍醐味ってもんをわかってないね」

「罠の醍醐味ってなんだよ」

「そりゃスリルだぜ」

「きめ顔で言うなよう」

 

 俺ぁさっきからそのスリルで死にかけとるんじゃい。

 

「まあ原因は分かったから安心してよ。多分他の罠も手を加えてるだろうから、それに注意すれば事前に察知できるよ」

「そりゃ助かる」

「それに予想とズレたタイミングでの発動……ってのも中々乙かも」

「嬉しそうに言うなよう」

「あはは! まあちゃんと罠の解除はするから安心してよ」

「そうしてくれ……しかし細工の所為にしても、なんだって俺ばっかに発動するんだか」

「そこは君の運の悪さかな?」

「ちくしょうめ!」

 

 その後カルバさんは、確かに先程と違い正確に罠を見つけ対処していった。そしてそれら全てに何者かの手が加えられていた。剣を罠の装置に差し込んで無理やり罠の発動を止めたり、ロープで大雑把に固定し停止させていたりなどやり方は単純で大雑把だ。

 その殆どを危険と判断したカルバさんは、全ての細工を戻し罠を発動させて行った。

 

「なあ、一々発動させる必要あるのか?」

 

 その様子をみてフェザー君が疑問に思ったらしく、どうして立ち止まりながらも可能な限り罠を発動するのかカルバさんに聞いた。

 

「そりゃどんな罠か見たいじゃん?」

「身も蓋もねえ」

 

 あまりに素直すぎる理由に皆一様にずっこけた。

 

「あはは、勿論それだけじゃないよ。殆どの罠が半端にスイッチ入ってるから、解除しようがないんだよね。それにねえ団長、罠の一番適した対処法って何だと思う?」

「それはまあ解除するのが一番だけど」

「じゃあ完全に無効化するには?」

「……ああ、なるほど。“一回発動させる”か」

「そゆこと! 罠って基本時には一回限りの使い切りが多いんだ。余程高度な技術がないと連続して発動は出来ないからね」

 

 ようは矢が飛び出るなら、矢を撃ち尽くさせる。槍が飛び出るなら、飛び出た槍を折っとく。そんな感じか。

 

「当然迂闊に発動させるわけにいかないのもあるけどね。何かしらの機構で再発動出来る落とし穴とか。ただそんなのも安全確保した上で発動させれば床と穴の境目をチョークでマーキングしとけるからさ。あらかじめその位置に梯子掛けるとかも対処法として有かな。トレジャーハントは一方通行じゃない、帰りも考えないと」

「そりゃ尤もだ。罠の位置がわかるなら帰りも安心できる」

「カルバ、あんた結構考えてたのね……あたし見直したわ」

「あとやっぱ見たいじゃん?」

「今の撤回、何時も通りだわ」

「だってだってどんな罠かわからないなら体験してみたいじゃん!」

「はいはい……」

 

 伊達にトレジャーハンターではないと感心しながらも、やはり何時も通りのスリルジャンキーぶりに呆れながらも頼もしさを感じた。

 そんなカルバさんのおかげで大きな障害も無く通路を進んでいくと通路の先から大勢の人間の声が聞こえてきた。

 

「かなり居るわね……」

「待った……皆さん、身を低く」

 

 マリーちゃんが奥を覗き込もうとしたが、ユーリ君がそれを止める。皆が姿勢を低くして壁に沿って静かに進む。

 人工的な照明が通路の奥からもれる。照明で浮かび上がる人影は十数人でも足りない。

 

「このまま進むと見つかるかな」

「団長一旦戻りましょ。さっき瓦礫で閉じられてたけど幾つか横道があったの。もしかしたらそっちも通じてるかもしれない」

 

 迂闊に進む事は避けマリーちゃんの案内に着いて行き一度通路を戻る。戻った所には、マリーちゃんの言う様に瓦礫で閉じられた通路が幾つかあった。

 殆どが瓦礫で閉じられているが、その内の一つは瓦礫を少しどかせば通れない事もなかった。実際俺達がその瓦礫をどかすとやはり問題無く通る事ができた。

 そこから少し進むと階段があった。上がっていくとまた人工的な明かりが通路側に溢れて来る。先程の通路の先と同じ場所に通じているとわかり、光の溢れている出入口へ進むとカーブする通路に出た。

 更に上に続く階段があったがそこは瓦礫で完全に閉じられており今は通れない。その代わり通路の壁には、窓としてか大き目の穴が幾つも均等に横に並んでいた。その窓からは最初の通路を進んだ先の場所を見下ろす事が出来る。

 そこは円形のホールになっており、そしてそこには大勢の人間達──甲冑を纏ったエルステ帝国の兵達が居た。

 

「帝国兵……!」

 

 見慣れた装備の兵達にユーリ君が驚く。勿論俺達もその数にも驚いたが、ある意味俺には予想通りの展開だった。

 

「相変わらずどこでも悪い事してるねえ……」

「かなりの人数ね。でも何処からこんなに来たのかしら?」

 

 ルナールさんは大勢の帝国兵を見て疑問を感じた。窓から見ても兵の数は百人は居る。多分まだ他にも居るだろう。それほどの人間を乗せれる騎空艇を俺達は島の外では見ていない。

 

「多分島の底に戦艦をつけてるなこれ。あそこ、ホール中央あたりが掘り起こされて下に向かって通路になってる。あそこから直通で繋げて出入りしてるんだ」

 

 ホールの中央付近には、大きな荷物が楽々通れるほどに掘られた下層へと向かう通路があり、兵達は荷物を次々とそこから下へと運んでいた。恐らく島から撤収する作業の最中だろう。

 

「なるほどね。未開の島とは言え調査船も来るかもしれないわけだし、誰にも見つからず作業するにはそれが一番丁度いいってことね」

「よくやるねえまったく」

 

 この島の付近で確認された所属不明の戦艦、そうじゃないかと思ってはいたがやはりエルステ帝国の戦艦だったか。

 

「だが奴等の目的は一体……」

「……それは、アレだろうね」

 

 兵達が持ち込んだ荷物が至る所に詰まれて山となっているが、その荷物に混ざり檻が幾つもあるのを見つける。そしてその中には黒い毛皮の生き物、ゴリラ達が疲れた様子で詰め込まれていた。

 

『うほ……っ!』

「────!」

 

 恐らく親か仲間が居たのだろう、ユグドラシルに抱かれたゴリ坊が叫ぼうとしたが、直ぐにその口を手で塞いだ。

 

「あれはゴリラ……? ではこの子の親を襲った奴等はやはり」

「エルステ帝国の奴等だな」

「なんと言う非道な!」

 

 遠くからでも分かるほど檻のゴリラの殆どは衰弱している。大きな檻ではあるが、明らかに大きさに対して居れる頭数が多すぎる。あれではストレスが多すぎる。何時かの盗賊達のラウンドウルフのような扱いと同じだ。

 奴等がゴリラをどうするかは分からないが、ろくな事じゃないだろう。

 

「あとゴリラだけじゃないな。見なよあれ」

 

 ゴリラの檻だけでなく、兵達が運び出すため箱に詰めている荷物に煌びやかな金銀財宝が見えた。

 先に遺跡を荒らした帝国の見つけ出した遺跡の宝だろう。それをマリーちゃんが歯軋りをして悔しがっている。

 

「あ、あいつらあたし達のお宝を……!」

「別に俺達のじゃないけど……軍資金にする気かね。依頼の事もあるし見過ごすのは無理だな」

「そんじゃどうするよ相棒」

「そうだな……この通路からホールに降りれる場所が無いか探そう」

 

 俺達が来たこのカーブしている通路は、ホールに沿ってカーブしていた。途中上層と下層及びホールへと行ける階段はあったが、上層へと行ける階段の殆どは瓦礫で塞がれており今は使い物にはならなかった。ただしホールに出る事が出来る一つ下の通路へ続く階段は一つ通る事が出来た。

 一つ下の通路もカーブしてホールに沿っているので、ゴリラの檻へとかなり近づく事ができる。また都合が良い事に帝国兵はこれらの通路をあまり気にしていなかった。恐らく瓦礫の所為で殆ど通じていなかったため気にする事は無かったのだろう。

 

「ホールには降りれる。後はどうゴリラを逃がすか……敵の注意を引くか、ユグドラシル頼んでいいか?」

「──!」

 

 星晶獣の派手な技でなら敵の注意を十分に引く事が出来るだろう。ユグドラシルもやる気を示した。

 

「よし……なら詳しく作戦を説明する。皆聞いてくれ、まずは──」

 

 手短に作戦を決めた俺達は、ゴリラの救助のため作戦を開始したのであった。

 

 ■

 

 八 ここであったが百年目

 

 ■

 

「そろそろ撤収か」

「案外早くて助かったな」

 

 ゴリラの檻を見張る帝国兵は、疲れた様子で話していた。初めこそ珍獣として知られるゴリラを間近で見られるとあって興味のあった見張りの仕事であったが、ギュウギュウに詰め込まれ弱ったままのゴリラを見張る仕事は、あまりに退屈で億劫だった。

 

「次は檻の搬入だ。暴れないように麻酔打っておけって話だけど、これだけ弱ってるのに必要なのかね?」

「万が一を考えてだろ。暴れたら大変だからな」

「だとしても全部にかよ」

「大人だけって話だ。子供は大丈夫だろ」

 

 見張りは傍にあった作業台に並んだ注射器の一本を手に取った。中には透明な液体が満ちている。それら全てが麻酔が入れられた注射器だ。

 鋭利な注射器を持つ見張りに気がついたゴリラの大人の何頭かが威嚇の声を上げた。

 

「悪く思うなよ。本国に着くまでは寝てもらわないと困るんだ」

 

 事務的に身動きの取れないゴリラに麻酔を打とうとする見張りの兵。だが注射針がゴリラに刺さろうとした時、突如異変が起きた。

 

「……なんか、揺れてないか?」

「は? 何言って──」

 

 注射器を持った見張りが地面の揺れを感じ手を止めた。そしてもう一人に揺れを感じないか聞くと、相手は揺れを感じていなかったようで「気のせいでは無いか?」と言おうとしたところで今度こそハッキリと地面が揺れ始めた。

 

「うおぉっ!? じ、地震か!?」

「馬鹿言うな火山も無いただの島だぞ! 何がおき──!」

 

 注射器を落とし慌てる二人。他の兵達も慌てて荷物を押さえるなどしているが、次の瞬間彼等の立つ石畳がひび割れ兵達を弾き飛ばす様に土の塊が飛び出して来た。

 

「な、なんじゃこりゃあ!?」

「俺が知るかよ!? 地殻変動か!?」

「んなわけ──」

「ダオラァ! カチ込みだぜぇ──っ!!」

「帝国兵っ! 俺と熱く語り合おうぜえぇ────っ!!」

 

 見張りの二人が混乱していると二人のいる反対側から男達の雄たけびが聞こえたかと思うと、数名の帝国兵が宙を舞うのが見えた。

 

「今度はなんだ、何人かぶっとばされたぞ!」

「敵襲っ!? こんな島でか!?」

 

 二人は剣を抜いて戦闘態勢に入った。ゴリラの檻を離れるわけにもいかないので、その場で辺りを見渡すとホールを囲う通路の窓からチラリと銃身が見えた。

 

「おい、あそこに誰か……っ!?」

 

 侵入者が居るとわかったのと同時に発砲音が響く。そして放たれた銃弾は真っ直ぐに帝国兵の持ち込んだ銃弾薬が詰まった箱に直撃しその直後激しい爆発を起こした。

 

「どえええ!? いかん、荷物が燃える!?」

「し、侵入者! 侵入者が──」

「Gyaoo!!」

「んなっ!? ま、魔物がなんで、ぎゃああ!?」

「こ、こっちにも! うわあっ!?」

 

 二人の見張りは慌てて武器を持って駆け付けようとした。だが後ろから突然二体のラウンドウルフが飛び掛かってきた。不意を打たれた見張りは、魔物に押し倒されそのまま仰向けに倒れ気を失った。それと同時に二体のラウンドウルフは、幻のように姿を消した。

 見張りが倒れラウンドウルフが消えると物陰から団長とユグドラシル、ルナール、マリー、ユーリの五人、そしてユグドラシルに抱えられたゴリ坊が出てくる。

 

「お見事ルナールさん」

「ま、この程度ならね」

「ユグドラシルもお疲れさん」

「──!」

 

 ことも無げに答えるルナールの手にはスケッチブックがあった。そこには二体の飛び出すラウンドウルフの姿が描かれている。今見張りの兵を押し倒し気絶させたのは、ルナールが描き生み出したものだった。

 ユーリは見張りが完全に気絶してるのを確認すると、その腰に付いていた檻の鍵を奪い取る。

 

「ありました。檻の鍵です」

「見張りが手薄で良かったよ。侵入者なんて来ないと思ったんだろうな」

「それにフェザーやカルバ達が派手に暴れてるわね。全然こっちには気がついてない」

 

 団長が先程銃弾が放たれた通路の窓を見上げる。そこには団長に向かってピースサインをするカルバがいた。彼女は更に帝国兵を混乱させるため直ぐに別の場所へ移動を開始した。

 

「さあ、やるなら今よ」

「勿論そうしよう」

 

 団長達は鍵を持ちゴリラの檻に近づいた。ゴリラ達も檻の外でなにやら大きな騒ぎが起きている事は分かっていた。そこに現れたまた見知らぬ“二足歩行の動物”に警戒心を高め威嚇の声を上げ続ける。

 

「安心しろ、助けてやる……ゴリ坊」

『うほっ!』

 

 団長がゴリ坊に声をかけると、小さなゴリラはユグドラシルの腕から檻の前に飛び降りた。すると一際大きく威嚇の声を上げていたゴリラが途端に声を止めた。二頭は愛おしそうに声を上げると、檻の格子越しに手をつないだりしていた。

 その様子から、二頭が親子であるのは間違いないと団長達は確信した。同時に大人のゴリラもゴリ坊が懐いていた様子から、団長達が敵ではないとわかったらしく敵意ある視線が和らいでいった。

 

「うほほ──今から檻を開ける。慌てず出てくるんだ。弱ってる奴がいるならこっちでもカバーする。そのまま逃げるぞ、いいな──うほ?」

『……うほ』

 

 ゴリラ語を交え自分達の目的を伝えるとゴリ坊の親であり、リーダー格と思われる大きなゴリラは、ゴリラ語を解する団長に驚きながらも野太く力強い返事を団長に返した。

 団長は鍵を使い檻を開けると、“助かった”という意味を込め『うほうっほ』と言いながらゴリラ達が檻から出てくる。

 二つ目、三つ目と檻を開けていくと、ゴリラの数は十数頭までになった。

 

「マリーちゃんとルナールさんは、作戦通り今来たルートを戻ってゴリラ達を連れて外に向かって。多分のじゃ子が戻って外で待機してくれてるはず」

「オーケー、それでそっちは?」

「俺はユーリ君とユグドラシルでフェザー君達と合流。そのまま本気で暴れまわれば帝国のやつらも諦めるはずだ」

「確かにね。あたしなら絶対相手したくないもの」

「複雑な気持ちになる言葉やめて」

「褒めてんのよ。さあ、みんな付いてきて!」

 

 マリーちゃんが手招きすると俺から彼女について行く様に聞いているゴリラ達は、騒動に紛れホールから連絡通路へ入って行く。

 だが一頭、ゴリ坊を抱えたゴリラは群れから離れ団長の元に戻って来た。

 

「おいどうした? お前も早く逃げないと」

『うほ、うほほほうほほっ!』

「……本当か?」

「団長殿、そのゴリラはなんと?」

 

 ゴリ坊を抱えたゴリラが何かを団長に伝えると、途端に彼の表情が深刻なものへと変わる。何か問題が起きたと察したユーリが声をかける。

 

「……“彼女”は、ゴリ坊のお母さんが言うには一匹だけ既に檻から連れ出されたらしい」

「な……っ!?」

「しかもそいつはゴリ坊のもう一人の親、“お父さん”だ」

「──!」

「むっ!?」

 

 ゴリラが一頭連れ出された事をユーリに告げ終わるのと同時に、ユグドラシルが突如自身と団長の周りに分厚い土の壁を展開した。そして遅れてその壁に何発もの銃弾が当たる音が聞こえる。

 

「銃声が聞こえたわよ!?」

「ちょっと団長さん大丈夫!?」

「こっちは平気、それよりゴリラを早く!」

「わ、わかった!」

 

 銃声を聞いてマリーとルナールが引き返そうとしたが団長はそれを止め地上へと戻るように促した。マリーは一瞬迷ったが、自分について来る弱ったゴリラ達を見て、彼女もそれを優先すべきだと思いし急ぎ地上へと向かった。

 マリー達が去って行くと土壁が崩れ武器を構えた団長の姿が現れる。そしてそれと対峙するように複数の兵を引き連れた男がいた。

 

「急な襲撃に何かもしやと思いこっちに来てみれば……鼠共がコソコソと」

「貴様は!?」

 

 ユーリは相手を見ると驚き、そして怒りの篭る声を上げた。対して相手もまた忌々しそうに団長達を見ている。

 怪しく黒光りする髭を蓄えた男──ポンメルン大尉であった。

 

 ■

 

 九 帝国の髭

 

 ■

 

「貴様はッ!?」

「ポンメっ!」

「ポンメ“ルン”ッ! ですネェ!! 中途半端に覚えるんじゃありませんよォ!」

 

 見覚えのある髭の男を見てユーリ君が名前を呼ぼうとしたが、先に俺が中途半端な名前を呼んでしまった。

 そうだ、奴の名はポンメルン。エルステ帝国の軍人でユーリ君の上官でもあった男。アウギュステでは奴の行った作戦でポセイドンは暴走した。そしてジータを一度殺した張本人。ある意味俺との因縁もザンクティンゼルで始まり続いている。

 そんなポンメルンは、ゴリラが殆ど逃げてしまった事を知り追っても無駄とわかったのか忌々しそうに俺達を睨みつけた。

 

「まったく……何処の鼠が入り込んだかと思えば何時ぞやの反逆者と奇天烈騎空団とは」

「誰が奇天烈だい……態々言われっと傷つくから止めてくれ」

「ええい、落ち込むんじゃありませんよォ! まったく、調子が狂いますネェ!」

 

 わかっちゃいても他人から言われると辛い事だってあるのだ。ウチの騎空団の事とか、騎空団の事とか……それと騎空団の事とか。

 

「しかし帝国って言うのは予想通りだったけど、まさかあんたの指揮してるところとはな。ここで会うとは思わなかったよ」

「それはこっちの台詞ですネェ。そのやぼったい顔、実に忌々しい。あの田舎娘共々忘れたりしませんでしたよォ……」

「……ちょ、ちょちょユーリ君聞いた? あいつ今俺の事忘れてないって言った」

「え? あ、はい……え?」

「うわ、わぁっ……マジか、顔覚えてるとか言われたの初めてかもしれん……ちょっと感動」

「そこですか!?」

 

 やぼったいは余計だが、顔を覚えてるって言う発言はマジで人生初の可能性がある。地味地味ジミじみ言われ続けて初の成果(?)ではあるまいか。

 

「あんたのやって来た事を許す気はないが、俺の顔覚えていたのは素直に嬉しいぞ」

「……それを言われて私はどう反応すれば良いんですかネェ?」

「まあスルーでもいいよ。ちょっと嬉しかっただけだし」

「そ、そうですか。では気を取り直して……ん、んっ! ここで会ったが百年目、ですネェ!」

 

 律儀にポンメルンは咳払いの後改めて俺達に凄んでみせた。実は良い奴なんじゃないのかこいつ。

 

「アウギュステでの事を忘れてたとは言わせませんよォ? 苦労して捕獲した星晶獣も逃がし、なんの成果も得られないまま撤退する羽目になったのは、貴様達が邪魔したせいですからネェ。しかもまた我々の邪魔をしに現れるとは」

「何を!? 星晶獣を利用するだけじゃなく、島の人間を危険にさらしておいて!」

「やれやれ……あいも変わらず青臭い事を言う裏切り者ですネェ。しかしぃ……ガルストンからは、裏切り者は“死んだ”と聞きましたがぁ……」

 

 アウギュステでのポセイドンとの決戦。その直後現れたのは、ユーリ君が所属していた部隊の小隊長ガルストン。彼は最早帝国には戻れぬユーリの事を案じ戦いの混乱の中“死んだ”事にすると言って去って行った。当然ポンメルンもそれを聞いているだろう。

 彼は目を細めユーリ君を睨むが直ぐに興味を失ったのか視線を外した。

 

「まあいいでしょう、あの混乱では死体を見間違う事もあるでしょうからネェ。それにここで死ねば同じ事」

「舐めるなよポンメルン! あの時みたいに後れは取らない、貴様達の非道もここで止めてみせる!」

「やれやれぇ……本当にその青臭さは変わらずのようですネェ。どのような作戦であろうと帝国がそれを是とするならば、帝国軍人である私はそれに従い全力を尽くすのみですよぉ」

「だがそれでは正義が無いっ! 人の道に反する事だ!」

「好きに言いなさい、今言った様に帝国が是とするならばそれが正義、この場で貴方と無駄な議論をするつもりなどありませんネェ」

「貴様……!」

「まあまあ、ユーリ君落ち着きなさいな」

 

 今にも切りかかろうとするユーリ君の肩を掴んで落ち着かせる。

 

「団長殿、しかし!」

「いいから落ち着きなさいって。それよかあんた達こんな無人の島でゴリラ捕まえて何してんのよ? いくらゴリラが珍しいとは言え、軍事大国が軍を動かして密猟なんざせこ過ぎやしない? 遺跡のお宝まで持ち出してまるでコソ泥じゃないか」

「おやおや? まさか我々が金銭のためだけにゴリラを捕まえたとでも?」

「まさか、そうは思わんさ。けど理由がわからんね」

「いいでしょう、では冥土の土産に聞かせてやりましょうかネェ」

 

 別に答えて欲しいとも言ってないのだが……律儀だなぁ、しかも勝った気でいるし。

 

「ゴリラの大人は、ドラフにも負けない屈強な身体つきを誇り身体能力は正しく野獣。その強靭な肉体は、並みの魔物相手であれば容易く蹴散らせるほど。しかも魔物と違い高い知能も持ち合わせている。それに目をつけた我々は、その力の有効的な活用法を思いついたのですネェ!」

「……まさか、貴様らっ!?」

 

 ユーリ君がポンメルンの言おうとしている事に気が付くのと同時に俺に向かって何かがふっ飛んで来るのが見えた。ハッとそれを見るとそれは「のわあぁっ!?」と声を上げ受身の態勢のまま俺にぶっ飛んできたフェザー君だった。

 

「うおおおいっ!? フェザー君大丈ぶおごぉ──っ!?」

「だ、団長殿ぉ────っ!?」

「ぃつつ……おっとっ!? 悪い団長、平気か!?」

 

 心配される側のはずのフェザー君はめっちゃ元気で、咄嗟の事で上手く受け止められずフェザー君に押し潰された俺の方がユーリ君に心配されていた。これじゃトラップの時と一緒じゃないか。

 

「そ、それより何があったんだフェザー君……?」

「そうだ団長、凄い手強い奴が現れたんだ! いてもたっても居られず語り合おうとしたらぶっ飛ばされちまった!」

 

 この場所の反対側にいるはずの彼が吹き飛んできた事も驚いたが、それ以上に彼をここまで吹き飛ばせた何者かに驚く。

 そんな驚く俺達を見てポンメルンは満足げに笑みを浮かべ一人頷いていた。

 

「どうやら……実戦での投入も問題は無さそうですネェ?」

「お前……」

「では改めて教えてあげましょう! 帝国の技術、そして野生の力が融合した実験の成果をォ────ッ!」

『UHOOOOoooo!!』

 

 俺達の頭上を大きな影が雄叫びと共に通り過ぎた。それは壁や瓦礫を蹴って飛び跳ね俺達を翻弄するとポンメルン達の前に着地する。

 

「こいつだ団長! 気をつけろ、かなり手強いぜ!」

 

 フェザー君が自分を拳を構えながら言う。それは帝国の鎧に似た銀色の装甲を身に着けている。

 

「これこそがエルステ帝国の新しい戦力ゥ! 魔獣装甲アーマード・ゴリラ、ですネェ──ッ!!」

『UHOOoo────!!』

 

 鋼鉄の鎧、それを取り付けられている胸板に両手を叩きつけながら、武装し操られたその大型ゴリラは大きく吼えた。

 

 ■

 

 十 ARMORED GORILLA

 

 ■

 

 団長達の前に現れた新しい敵──敵となってしまったもの。帝国に無理やり戦う存在へと変えられたゴリラが兜の隙間から彼等を睨みつけていた。

 

「なんて事を……ポンメルン、貴様罪無きゴリラをさらうだけでなく、無理やり兵士にっ!?」

「人聞きの悪い事を言わないで欲しいものですネェ。先程も言ったようにこれは有効活用ですよォ。ドラフにも負けない体躯、そしてそれ以上の身体能力。そんなゴリラを帝国の生態兵器にする事が出来れば帝国の力になると上層部は判断したのですよォ」

「ど、どこまでも非道な……っ!」

 

 帝国の手により戦う兵士──兵器として操られるゴリラを見てユーリは激高した。

 

「そのゴリラ……ゴリ坊のお父さんか」

「うぅん……ゴリ坊?」

「あんた達が捕まえたゴリラ達の子供さ。可愛そうに、森で迷子だったよ」

「ふぅむ……」

 

 団長は後ろに下がらせたゴリ坊と母ゴリラを指差した。ゴリ坊達二頭は、鎧で姿が見えなくとも先程の咆哮でアーマード・ゴリラが自分達の家族であると気が付いたのか不安げにしてその場を離れようとはしない。

 しかしポンメルンはその親子の姿を見ても興味無さげに髭をいじるのみ。

 

「興味無いって顔だな。まったく、ルリアちゃんといい生きてる命を悪事に利用するのが好きだね帝国ってのは」

「だまらっしゃいっ! そんな軽口もそこまでですネェ……星晶獣でこそありませんが、帝国の技術でパワーアップしたゴリラは力だけならば最早星晶獣と同等、いやそれ以上! そして我々も揃っているこの状況……生きて遺跡を出れると思わない事ですネェ! 行きなさい貴方達!」

『UHOOoo!!』

「来るぞ!」

 

 ポンメルンが紫の光を放つと、その身をアウギュステで見せた魔晶形態へと変貌させた。それと同時に兵達だけでなく、武装ゴリラも団長達に襲いかかる。

 

「ゴリラは俺とフェザー君で相手をする!」

「ポンメルンは自分に任せて下さいっ!!」

「任せる! ユグドラシルは雑魚を頼む、ゴリ坊達を護ってくれっ!」

「──!」

 

 この時まだB・ビィとカルバは二人と言う少数でありながらもかなりの数の敵を引き付けていた。だからこそ団長達は迷わずポンメルン達相手に即戦う事を選ぶ。

 それぞれが敵とぶつかり合った。その中でも武装ゴリラの対応は特に難しいものであった。

 

『UHOOoo!!』

「うおおっ!?」

 

 武装せずとも元から逞しい両腕を振り上げ襲い掛かるゴリラ。団長はまず剣でそれを受け止めたが尋常では無い力で脚まで痺れてしまうほどだった。

 

「なん、ちゅー……力……!」

「団長下手に受けるとこっちがやられるぜ!」

「そうみたいだ──」

『GUO!! UHOOoooo!!』

「ねっ!?」

 

 彼を叩き付けた両手で今度は左右からフックを連発する。対して団長も体をしならせ避けていく。だが脚の痺れがまだ残りうまくその場から動けずにいた。そしてその振るわれる剛腕の拳から発生する風圧も凄まじく、避けているはずなのに頬を叩かれているような錯覚も覚えた。

 

「団長ばかりじゃない、俺もいるぜぇ!」

 

 団長がゴリラの拳を避けていると、別方向からフェザーが拳に電光を纏わせゴリラへと向かった。

 

「ゴリラも人も関係ない、響け俺の拳ぃ!」

『Uho……!!』

 

 フェザーに気付いた武装ゴリラは、団長への攻撃を止めフェザーへと向き直った。自分の方を見た武装ゴリラに対しフェザーは拳を連続して叩き込む。

 

「うおおおっ!! 響けぇ! 

『HO!!』

 

 フェザーの拳が自分に届くよりも先に、両腕をL字に曲げ顔の前に持って来てブロッキングする武装ゴリラ。激しく連打されるフェザーの拳は、武装ゴリラに当たる度に閃光が弾ける。

 だが武装ゴリラの強固な防御力は、フェザーの連続の猛打をものともしなかった。逆にフェザーの拳の方にダメージが入ってしまう。

 

「くっおおっ!? 固いっ!!」

『Uho……!』

「しま……っ! うおおっ!?」

 

 フェザーが一瞬怯むと武装ゴリラはその隙を見逃さなかった。ガードを解くとその大きな腕を伸ばしフェザーの片腕を掴み上げたかと思うと、ブンブンと振り回し地面に何度か叩きつけた。

 

「だぁーストップやめろ!?」

 

 脚の痺れが収まった団長が後ろをから駆け付け武装ゴリラの背中に飛びつき手を首に回すと裸絞めを決める。

 それに気を取られた武装ゴリラは、掴んでいたフェザーを離した。振り回された勢いでフェザーは地面に投げ飛ばされたが、地面にぶつかる前に受け身を取り直ぐに体勢を整えた。

 武装ゴリラは、自分にしがみ付いた団長を払い落そうと両手を振り回した。

 

『UHO! Uhoooo!!』

「っう!? お、落ち着け! 本当は戦いなんてしたくないんだろ、お前は戦っちゃ駄目だ!」

『UHO……! HO! UHOOoo!!』

「んが……っ!?」

 

 団長の言葉も聞こえていないのか、武装ゴリラは遺跡内に帝国の建てたテントや機材に団長事身体を叩きつけ続けた。

 団長はこの被害者であるゴリラを何とか傷付けず無力化したかったが、とてもそう言っていられなくなっていた。

 確かに力だけなら並の星晶獣かそれ以上──悔しいがポンメルンの言う事は本当らしい、攻撃に耐えながらそう独り言つ。

 

「まだまだぁ!」

 

 体勢を立て直したフェザーが再び武装ゴリラへと向かった。武装ゴリラもフェザーに気が付いた。しかし自分にしがみ付いた団長も気になったのか僅かに動きが止まる。

 この時動きを僅かに止めた武装ゴリラの兜の隙間から紫の光が漏れるのを団長は見逃さなかった。

 

「この光、まさか……!」

『HO!?』

 

 団長は裸絞めを解くとすぐさま両手を兜に伸ばした。それに気が付いた武装ゴリラは、慌てて両手で兜を抑え込む。

 

「この反応やっぱりか! フェザー君こいつの動き止めて!」

「任せなあ!! うおらあぁぁ────ッ!!」

『uHo……!?』

 

 今度は両手では無く左の拳にだけ電光を纏わせたフェザーは、走る勢いを乗せて強烈な左ストレートを打ち込んだ。武装ゴリラも今度はガードが間に合わず腹部へと直撃を受けた。思わずよろめきながら武装ゴリラは、兜を押さえていた手を離してしまう。

 

「今だっ!」

 

 直ぐに団長は兜を引き抜き放り捨てた。露わになったのは成熟した大人のゴリラの顔。だがその表情は苦しそうに歪んでいる。そしてその額には、強く怪しい光を放つ魔晶が埋め込まれていた。

 

「案の定ってやつだな、だったらそれを砕く!」

 

 魔晶で操られているのなら、それを砕けば全てが終わる。団長は鞘から剣を引き抜き柄頭で魔晶を叩き砕こうとした。

 

「おのれ、そうはさせませんよォ!」

「うおっ!?」

「おっと!」

 

 だがユーリを相手にしていたポンメルンが団長達の動きに気づき邪魔をしに入った。頭上からポンメルンの放つ幾つもの光線が降り注ぎ団長達をゴリラから遠ざける。

 

「でええい、流石に止めに来るか!?」

「当然ですネェ! そいつは苦労して捕まえたゴリラでしかも実験体、また作戦をおじゃんにされてはたまりませんよォ!」

「させるかポンメルン、相手は俺のはずだ!」

「甘い、ですネェ!」

「なんのぉ!!」

 

 自分を無視し団長に攻撃を続けようとしたポンメルンにユーリが攻撃をしかけるが、ポンメルンはそれを左手の大盾で防ぐと同時に右手の剣をユーリに向かい切りつけた。だがユーリは直ぐ剣を盾にしてその攻撃を防ぐ。

 魔晶形態となりその体格差も大きくなったポンメルンからの一撃を防いだユーリを見て攻撃をしたポンメルン自身も「ほほう?」と思わず唸る。

 

「ふぅむ、これを防ぎますか……」

「言った筈だ、後れは取らないと!」

「なるほど……脱走兵とは言えあのガルストン隊だっただけはあるようですネェ。短い時間でやるようになったようですがぁ……しかしまだまだ、ですネェ!」

「うっ!?」

「ユーリ君!? あぶな、ぐヴぇっ!?」

 

 ユーリの力を認めつつも、しかしまだ自分には及ばないのだとポンメルンは示す様に剣を大きく振り払う。ユーリはまた剣でそれを防ごうとするが、先ほどより勢いを増した攻撃を受け止めきれず体が浮き吹き飛ばされ団長と衝突する。

 

「も、申し訳ありません団長!」

「い、いいの……気にしないで、もう慣れた」

 

 飛んできたユーリに押し飛ばされ、上に乗っかる彼が退くと団長はフラフラと立ち上がる。頭を振って意識をハッキリさせ視線を前に向けると、ポンメルンと武装ゴリラが並び立っている。

 

「ク~クックッ! どうやら、年貢の納め時ですネェ」

「おいおい、そりゃ気が早いんじゃない? そりゃピンチに見えるかもだけど、俺達はまだ負けちゃないよ」

「その通り!」

「語り合いは始まったばかりだぜ!」

 

 ユーリとフェザーは、団長の言葉に応え剣と拳を構えなおした。その瞳には依然として正義と闘志がこもる。

 

「ええい、諦めの悪い! やってしまいなさい、アーマード・ゴリラ!」

『UHOoo!!』

 

 ポンメルンの指示を受け、武装ゴリラは雄叫びを上げ三人に向かう。彼等は武器と拳を構えそれを迎え撃とうとした、その時である。

 

「────!」

『UhoO……!?』

 

 武装ゴリラの前に土の柱が盛上り勢いを止めれず武装ゴリラはそれに激突した。兜を失っている武装ゴリラは、眩暈を起こしよろめいた。

 

『うっほおおぉぉ──!!』

『Uho!?』

『ほっほぉ──い!』

「なにぃ!?」

 

 すると突如二頭のゴリラが乱入、一頭が武装ゴリラの顔を覆う様にしがみ付き視界を奪うと、間髪入れずに二頭目が正面から体を押さえつけた。

 その突然の出来事に驚くポンメルン、そして団長達もまた驚く。乱入したゴリラはあのゴリ坊と親ゴリラだったのだ。

 

「ゴリ坊!? ユグドラシルは」

「────!」

「おおう……片づけてたか」

 

 ゴリ坊達はユグドラシルが護っていたはずだが──団長がユグドラシル達がいた方をみると、ポンメルンが連れて来た兵は盛上った土に巻き込まれ身動きが取れなくなり、そしてドヤ顔のユグドラシルの姿があった。

 

「──!」

 

 ユグドラシルは雑魚は倒した事とゴリ坊達の言葉を団長に伝えた。

 操られた父ゴリラの姿を見て母と子はいてもたってもいられなかったのだと。

 

「……そうだよな。家族なら……だったらゴリ坊、助太刀するぞ!」

「我々も!」

 

 ゴリラ家族の心意気にうたれた団長達は、更に気合を入れ父ゴリラを助けるために駆け出した。

 

「たかが獣風情に邪魔などぉ──っ!」

「ユーリ君、フェザー君!!」

「お任せを!」

「行くぜ!」

 

 ゴリラにまで邪魔をされた事でプライドを傷つけられたのか、ポンメルンはゴリラの親子をまとめて葬り去ろうとする。だがその動きを読んだ団長は、ユーリとフェザーをポンメルンへと向かわせた。

 

「ぐあっ、貴様等ぁ!?」

「家族を助ける邪魔はさせないっ!」

「あんたとはアウギュステでも語り合って無かったな! さあ語り合おうぜ!」

「ちいっ!? 裏切り者ごときが!」

 

 帝国式の剣術で攻防を両立させ堅実に立ち回るユーリ、そして軽快なフットワークで相手の隙を突き強烈な拳を叩き込むフェザー。その二人のコンビネーションにさしものポンメルンも翻弄された。

 

「よしいいぞ二人共、こっちも……」

「貴様等! 好きにはさせんぞ!」

「大尉を援護しろ!!」

 

 団長が次の行動に移ろうとしたが、ポンメルンがおされている事に気が付いた兵の集団が彼等へと向かって来た。

 

「流石に増援はあるか……だが、ユグドラシル!」

「──!」

「うおッ!? 地面が!」

 

 団長が今度はユグドラシルに指示を出すと、彼女はまた土を操り床から土の塊を盛り上げ兵達を寄せ付けない。

 

「────!」

「そっち任せた! こっちに寄せ付けないでくれ!」

 

 此方は任せて父ゴリラを──兵達の相手は自分に任せろと言って、ユグドラシルは団長を父ゴリラへと向かわせた。

 彼は父ゴリラが暴れ散乱した瓦礫の中から拳ほどの大きさをした石を掴み取ると父ゴリラを背中から羽交い絞めにして更に動きを止める。そして手に持った石を父ゴリラの頭にしがみ付いているゴリ坊に手渡した。

 

「ゴリ坊、額の水晶を壊せ! それで親父さんは助かるッ!!」

『うほ!』

 

 それはゴリラの言葉では無く人の言葉であった。だがゴリ坊は確かに団長の言葉を聞いて理解した。父を操り、生命を冒涜するのが目の前にある紫の水晶であるのだ、と。

 ゴリ坊は受け取った石を強く握った。

 

『うほおおっ!!』

『Uho……!?』

 

 ゴリ坊は父を蝕む魔晶目掛け石を振り下ろした。

 石と魔晶が接触すると強く発光し僅かに砕けひび割れる。それに合わせ武装ゴリラが苦しそうな声をあげ抵抗するが、母ゴリラと団長がその体を前後から羽交い絞めにし動きを止めてみせる。

 

「その調子だ一気に壊せ!」

「お、おやめなさい!? 我々があの一頭を大人しくさせて武装させるのにどれだけ苦労したと……!?」

「黙れ外道! 命を弄ぶ今の帝国に正義は無い!」

「お前も男なら堂々とやってみな! そんなんじゃあ誰の魂にも響かないぜ!」

「こ、この……! この奇天烈集団がぁ~~~~っ!!」

 

 ついに焦りを見せるポンメルン、それに対し攻撃の手を緩めないユーリとフェザーが更に強烈なコンビネーションをくり出そうとすると、同時にゴリ坊が再度瓦礫を振り上げた。

 

「俺の帝国魂は消えん! 帝国の悪事は俺が止めるっ!」

「そうだぜユーリ! お前の意思を奴の魂に響かせろっ!」

「はいっ!! でいやああぁぁ────っ!!」

「うおおぉぉ──ッ!! 響けえぇっ!!」

『うほおっ!!』

 

 流れる様にユーリが放つのは三つの連撃、二度の攻撃の最後に鋭く強烈に切っ先をポンメルンへと付き出し、それと同時にフェザーが渾身の力を込めそのた拳をユーリと並び繰り出した。

 剣と拳から放たれた攻撃は、一つの大きな衝撃となりポンメルンへと直撃する。同時にゴリ坊もまた瓦礫を魔晶へと叩きつけた。

 

「ぐふぅあぁ────っ!?」

『uHo……!?』

 

 ユーリ達の攻撃はポンメルンに届いた。ポンメルンは防御しきれず魔晶形態のまま地面へ倒れる。そして父ゴリラも魔晶が砕かれると同時に短い悲鳴を上げ地面へと倒れて行く。咄嗟に団長と母ゴリラがその体を支えた。

 

「はぁー……! はぁー……っ! どうだ、見たかポンメルン! これが俺の帝国魂だっ!」

「熱い、熱いぜユーリ! その魂、俺にまで響いたぜ!」

『うっほぉー!』

 

 ユーリも渾身の力を込めたのか息を荒くしながらも見えを切り、フェザーは彼を讃えゴリ坊は誇らしげ拳を振り上げ叫ぶ。

 倒れた父ゴリラを支えながら、団長は彼等を見て頷きほほ笑んだ。

 

 ■

 

 十一 白銀の王者

 

 ■

 

 ユーリ君達の奥義を受けたポンメルンは、かなりのダメージを負ったらしく、立ち上がろうとしているが膝をつき体を起こすのがやっとのようだった。ポンメルン自身も魔晶を使用しているためか、スタミナの消費も激しかったのだろう。

 

「ぐ、ぐふぁ……っ! た、たかだが一兵卒だった小僧に……この私が、膝を……!」

「侮ったなポンメさん。“奇天烈”騎空団での生活って中々ハードなんだぜ」

 

 うちみたいに星晶獣ばかりの騎空団での生活は、確実にユーリ君を成長させていた。奴にとって最も因縁があるのはジータであり、それ以外の騎空団があまり記憶には残らなかったのだろう。だからだろうかポンメルンは、膝をつくまで俺達の事を星晶獣以外の者はただの奇天烈騎空団としか考えていなかった。

 膝をつきながらポンメルンは、視線を俺と母ゴリラが支える武装ゴリラ──解放された父ゴリラへも向けていた。どうやら魔晶の強制的なリンクは既に失われ完全に解放されたらしい。他のゴリラもほとんどが逃げただろう、ポンメルンにとっては完全な作戦失敗だ。

 

「一度ならず二度までも……!」

 

 ポンメルンが吐き捨てる様に言った。

 

「悪い事しなきゃこうはならないと思うけど俺」

「だまらっしゃい! せめて貴様達だけでも……!」

 

 ポンメルンは半ば捨て鉢になっているようだった。膝をつきながらも奴の構える剣の切っ先怪しく光る。異常な魔力の高まり、恐らく強力な攻撃で俺達を攻撃するつもりだろう。

 だが奴の行動を妨害する者は、俺やユーリ君達だけではない。

 

「ポ、ポンメルン大尉助け……! 黒いよくわからないナマモノがやたら強っ! んぎゃああ!?」

「ダオラァッ! この程度か帝国兵よぉ──!!」

「ほらほらー! もっと注意しないと危ないよぉー!」

「どわぁ!? な、なんでこんな所に落とし穴ぁ──!?」

「へっへーん! 罠を甘く見るから見落とすのさ!」

「こ、これは……!?」

 

 帝国兵の助けを求める声がしたと思えば、数人の兵がマチョビィに殴り飛ばされてた。或いはカルバさんを追った兵は、彼女に誘導され急に発動するトラップに怖気づく。

 あれほどいた兵達は、殆ど戦闘不能となっていた。B・ビィ達は戦力の殆どの注意を引くどころか殆ど無力化して見せた。こちらに来ていた兵達もユグドラシルにコテンパンにされている。

 

「そんな馬鹿なぁ……!? もうこんなにも被害が……!」

「俺達ばっか相手してる場合じゃなかったな」

「くぅ~……!! あ、貴方達、負傷者を連れて艦に戻りなさい! 撤退ですネェ!」

 

 これ以上部下に無駄な被害を出すわけにはいかないと判断したのだろう。ポンメルンは直ぐに無事な兵に撤退の指示を出した。

 

「おいおいあんたも逃げないと、もう疲れてるだろうに」

「誰が……! 兵を指揮する立場にいるこの私が! 部下より先に逃げ出しては帝国軍人の名折れ! それに私はぁ、まだまだぁ……負けていませんよォ!!」

「……ポンメルン」

 

 何とか立ち上がったポンメルンは、依然として魔晶形態のままだった。それは奴自身の気力のなせること、つまりは根性である。

 やはりこの男はどこまでも“軍人”だ。アウギュステの一件以来ポンメルンを憎んでさえいたユーリ君もその姿には僅かにも感銘を受けたようだった。

 こういった相手は、油断できないから厄介だ。どうした物か悩んでいると不意に俺の肩を誰かが掴んだ。

 妙にごつくデカイ手だったため驚きその手の主を見ると、なんと何時の間にか二足歩行で立ち上がった父ゴリラだったのだ。

 

「お前……!?」

『うほ……!』

 

 彼はかなりの体力を消耗しているハズだった。なのにその瞳はギラギラと輝き、肩を掴んだ俺を自分の後ろに下げると両拳を地面につけて歩くナックルウォークへと移ったかと思うと、なんとそのままポンメルンへと猛スピードで駆け出したのだ。

 

「おい、ちょっと待て!?」

「んなぁっ!? こっちに……き、貴様何をぉ!?」

『……うぅっ!』

 

 俺達だけでなくポンメルンも驚き慌てて盾を構えた。父ゴリラの敵意は明らかにポンメルンへと向いていたのだ。

 俺達の制止を聞かずかける父ゴリラは、右腕を振り上げながらポンメルンへと肉薄しそして──。

 

『っほおおぉぉ────ッ!!』

「べぼらぁ────ッ!?」

 

 ポンメルンが構えた盾事彼を殴り飛ばした。

 弧を描き宙を飛んでいくポンメルンを俺達は唖然として見るしかない。そしてポンメルンは、魔晶形態から人間の姿へと戻りそのまま自分達が造ったホール中央の通路へと綺麗に落ちて行った。

 

「ぉ、覚えておきなさいですネェ~~…………!」

「ポ、ポンメルン大尉ぃ──!?」

「大尉がホールインワンしちまったぁー!?」

「急いで追え! 撤収いそげぇ! 大尉を助けろぉ!!」

 

 落ちて行くポンメルンのか細い捨て台詞。それに慌て大急ぎで彼を追い撤収する帝国兵。

 まだ唖然としていた俺達があの父ゴリラを見ると、彼が帝国に着せられていた鎧が少しづつ外れて行く。戦いで接続部が壊れ今ので完全に外れたのだろう。

 籠手など自然に外れなかった部分は、父ゴリラが自ら引きちぎり放り捨てて行く。そして再び両足で立ち上がりながら体の鎧を全て外し切る。

 すると鎧から解放された彼の身体が露になる。

 

「なんてパワー……体力だってほとんど無いだろうに」

「……シルバーバックだ」

 

 俺がその圧倒的な野生の力に驚いていると、ゴリラの後ろ姿を見たユーリ君が息をのみ呟いた。

 

「シルバー?」

「ず、図鑑で読んだことがあります。成熟した雄のゴリラに現れる特徴です。背中の毛が銀色にも似た白色へと変わる、と……ほ、本当に銀色だ……!」

「シルバーバック……あれが」

 

 父ゴリラはそのまま両手で胸を叩き、雄叫びを上げた。

 それは先ほどの武装ゴリラの時とは違う、解放された喜びと勝利の雄叫びだった。

 

 ■

 

 十二 バイバイ、ゴリラ

 

 ■

 

 遺跡から脱出すると遺跡入り口の前には避難させたゴリラ達が群れとなって地面に座り込んでいた。

 そして遺跡を覆う様に影がさしている。上を見上げれば見慣れた騎空艇エンゼラの姿があった。

 気嚢に“船体が浮き過ぎず沈み過ぎず”で一定量ガスを充満させたエンゼラは、遺跡の少し上の位置で浮遊している。そこで錨を地上に降ろす事で遺跡上空で風に流される事も無く停まっていた。そして梯子を降ろし艇に待機していた仲間は既に地上に降りていた。

 入り口から出て来た俺に気が付くと、コーデリアさんが俺に駆けよってくる。

 

「すまない団長、ガルーダに言われて来たんだが遅れてしまった」

「お気になさらず。疲れはしましたが無事ですんで」

「ふふっ、そんな表情で疲れたと言えるなら大丈夫だね」

 

 あの、それってどんな表情でしょうか。いい意味で受け取って良いんですよね? 

 

「マリーから話は聞いてる。ゴリラの事も驚いたが帝国とはね……そちらは?」

「懲らしめて追っ払いました」

「流石だね」

「はは、なんのなんの。それでゴリラ達の様子は?」

「体力の消耗はあるようだが目立った怪我も無い、命にも別状は無いだろう。治療の術が使える者で今治療を行っている最中だ。君の仲間とわかってくれたからか、大人しく治療を受けてくれているよ」

 

 うちの団には流石に獣医はいないが、怪我が無いなら動物でも治療の術などで治す事が出来るはずだ。一先ず安心した。

 エンゼラを遺跡上空に停めた後俺達はゴリラの治療と遺跡の調査を再び行う事になった。

 地上にテントを張って簡易的にだが救護室をつくり、治療の術を使える者達でゴリラ達の治療を続けた。その甲斐あってか治療を終えるとゴリラ達は、元気満々とは行かないが身体を動かすのに問題は無い程度に回復した。

 だがポンメルン達に武装ゴリラとして操られていたゴリ坊の父親の方は少し回復が遅れた。ポンメルンを殴り飛ばした後、彼はついに限界が来たのかその場で倒れ意識を失ってしまった。魔晶で無理やり体を操られていたので肉体よりも精神力の消耗が心配だった。

 俺達は安静にさせた父ゴリラに治療の術をかけ続けた。そして二日後意識を失っていた父ゴリラは、やっと目を覚ました。その事に俺達以上にずっと傍を離れなかったゴリ坊と母ゴリラが安堵したのは言うまでもない。

 魔晶の事もあって経過を見ていたおっさん曰く「体力を失くしてただけで、後遺症もねえからなんも問題ねえよ」との事。魔晶の破壊が早かった事が良かったのだろう。

 その後更に数日ゴリラ達の様子をみつつ、島の測量や遺跡の調査を続けてゆき俺達はこの島での全ての仕事を終えた。そして──。

 

『うほ……』

「世話になったな」

 

 俺達はこの島を発つ時が来た。俺とユグドラシルの目の前には俺達が助けたゴリラの群れ、そしてゴリ坊とその両親がいる

 

『うほうほほほ、うほうほほうほっほっほ……』

 

 父ゴリラが俺に謝辞を述べる。彼はまだ体は本調子ではないが、誰かの支え無しでも動けるまでに回復した。もう何も心配はいらないだろう。

 

「気にしなくていいさ。あんた達を襲ったのは人間だ。ならそれの始末をつけるのも人間である俺達の仕事だよ。それに土産あんなに沢山貰って悪かったな」

 

 俺達の後ろに沢山の木箱とそれに詰め込まれたこの島特有の甘い果実があった。団員達はそれをせっせとエンゼラに積み込んでいる。

 島に滞在する間ゴリラ達は、俺達の島の調査を手伝ってくれた。食べれる果物がなる木や危険な場所などの情報を教えてくれていたのだ。

 “助けてくれた礼だ”──そう彼等は俺に語った。

 その中でも木箱の殆どを占める黄色の果実バナナはシェロさんにも良い土産になるだろう。

 

「暫くは外から人間が来る事は無いはずだ。今後も人がお前達を傷つけないように俺も何とかしてみるよ」

「ちょっとー! そろそろ荷物詰み終わるわよー!」

 

 ゴリラ達と話していたらエンゼラからメドゥ子の声がした。島で手に入れた荷物も殆どが運ばれ、後は俺達が乗り込んで終わりだ。

 

「時間か……」

『うほぉ……』

 

 もうお別れの時間だとわかったのだろう。母ゴリラの背に乗っていたゴリ坊が寂しそうな声を出し俺とユグドラシルを見た。

 

「──……」

 

 ユグドラシルも名残惜しそうにゴリ坊を見つめる。魔物に襲われていたゴリ坊を助けてから、ゴリ坊は特に彼女に懐いていた。ユグドラシルもまたそんなゴリ坊を気に入り、ゴリラ達を助けた後も彼女とゴリ坊は遊んだりと実に仲が良かった。

 

『うほ!』

 

 不意にゴリ坊は母ゴリラから飛び降りた。するとそのままユグドラシルへと近づき飛びついた。ユグドラシルもまたゴリ坊を両手で抱き留める。

 

「────」

『うほ……うほほぉ』

 

 ユグドラシルが抱き抱えたゴリ坊の頭を撫でる。二人は寂しそうにしながらも、そっと「さよなら」を告げた。

 

「そうしんみりしなさんな……機会がありゃまた来るかもしれないからな」

「──?」

 

 ユグドラシルは俺に向かって「本当に?」と期待を込めた視線を向けた。

 

「こんだけゴリラと交流しちまったからな。帝国も島荒らしたし……島の調査もどうなるやら。シェロさんにまた何頼まれるかわからんよ」

『うほ?』

 

 ゴリ坊には俺の言う事はよくわからないだろう。彼等ゴリラに人間の生活の事など知る由も無いのだ。

 だから言える事があれば一つだけ。

 

「うほほ──さよならじゃなく、また会おうでいいのさ」

『……うほ!』

 

 この言葉は理解出来たのか、ゴリ坊はその顔を破顔させた。

 ユグドラシルとゴリ坊が再会の約束とお別れを済ませると母ゴリラにゴリ坊を返す。俺は梯子を上りエンゼラへと乗り込む。

 地表に降ろしていた錨を上げると、エンゼラは徐々に上昇し出し島から離れて行く。

 

「ゴリ坊、お父さん助けた時のお前カッコよかったぜ! また会おうなお前等!」

「────!」

 

 俺達は甲板から島にいるゴリラ達に手を振った。

 ゴリラに人の挨拶はわからない。だがきっと俺達のやり方はわかってくれる。彼等は俺達の真似をして手を振った。

 

『うっほほぉ──いっ!』

 

 最後までゴリ坊は手を振り、そして俺達に向かい叫んだ。俺だけじゃなく皆もそのゴリラの言葉の意味を分かったろう。

 “また会おう”と。

 

 ■

 

 十三 その後リラ

 

 ■

 

 ──更に数日後、とある島シェロカルテの店。

 

「お食事中失礼いたします~」

「いえいえ、呼んだのこっちなんでお気になさらず」

 

 ゴリラの島での依頼を終えた俺達は、飯を食いながらまた新しい依頼をシェロさんから受けていた。

 

「今度は此方の依頼などどうでしょうか~」

「ふーむ、どれも報酬が結構な……そして大変そうな」

 

 見せてもらう依頼書は、どれもこれも報酬は高いがその分苦労しそうな内容だ。中にはうちの騎空団を指名して来た依頼もある。その分俺達の名と実力が知られていると思う事とする。

 

「とりあえず……これとこっちの魔物討伐と、あとこの貴重品の納品依頼受けますね。同時進行でも出来そうだし」

「かしこまりました~」

 

 依頼書の中から手頃なものを数枚抜き取りそれを受ける事にする。

 シェロさんは笑顔で依頼書を仕舞うと、ふと何かを思い出したのか「そう言えば」と言いながらポンと手を合わせた。

 

「以前の調査依頼の事ですが」

「あれ、何かありました?」

「学者の方達が新しい調査計画を今立てている最中でして、予定通りその内自分達も上陸して調査しようと考えているようですね~。その際は是非団長さん達に同行して欲しいそうです~」

 

 ゴリラ達との出会いから既に数日。驚きの出会いは、それだけに遠い昔のように思える。貴重な経験だった。

 

「彼等は元気でしょうか」

「大丈夫だろうさ。ゴリラは逞しいのだ」

 

 ユーリ君があのゴリ坊家族とその群れの事を思い出す。一切の心配が無いと言えば嘘になるが、きっとバナナを食べて元気でいると信じたい。

 

「私はもうちょっと遺跡を楽しみたかったなぁ」

「あれ以上何を楽しむきよ」

「罠も悪くない罠だったけどさぁ~。あれ帝国の手が入っててやっぱ違うんだよねえ……私は手付かずの遺跡でアブ~いスリルを味わいたいのさ」

「あたしはごめんよ……」

 

 あの時遺跡の目ぼしいお宝は、先に来ていた帝国が集めていた。奴等もそれを持ち帰るつもりだったろうが、俺達による襲撃に混乱しポンメルンも倒され撤収を優先して結局全部残して行った。

 そして帝国を追っ払った後にそれを俺達が、と言うよりもマリーちゃんが心躍らせ回収していたのは言うまでもない。

 カルバさんもお宝ゲットに喜びはしたが若干不完全燃焼だったようだ。お宝は帝国が回収した物であり、罠に関しても帝国兵の手が入ってしまっていた。カルバさんとしては、手付かずの遺跡に挑みスリルを満喫したかったと言う事だろう。十分スリルのあった依頼だと思うけどね。

 手に入れた宝石等は、一度シェロさんに渡し学者さん達に納品した。学者さんによる鑑定の後幾つかは報酬としても貰う事が出来て俺もマリーちゃんもウハウハである。

 

「ねえねえ団長ぉ~また遺跡調査とかの依頼無いのか~い?」

「今んとこは無しです」

「むう、残念だなぁ」

「うふふ~カルバさんは本当にスリルが大好きなんですね。目ぼしい依頼や遺跡の地図がある時は、優先して紹介しますから元気出してください~」

「マジッ! お願いねシェロさん!」

「……なるべく危なく無いのでお願いよ」

「何言ってんのさマリー! アブいから良いのさ!」

「良く無いのよ……」

 

 いつか来るスリル満点な依頼に胸を躍らせるカルバさん、対照的にげんなりとするマリーちゃん。

 その時が来たら俺も用心しよう。また罠にかかりまくる気がする……。

 

「ところで……島の再調査って直ぐに行うんですか?」

「いえもう暫くは後になるかと……団長さん達が解決してくれましたが、エルステ帝国の戦艦が何度か来ていたと言う事ですので、今直ぐ調査と言うわけにはいかないようですね~」

「……それが良いと思います。再度帝国が来ないとも限らないし、ゴリラ達も今はそっとしておいた方が良い」

「学者の方達も同様の事を仰られておりましたね~」

 

 帝国の悪事は秩序の騎空団に報告済みだ。

 現在の情勢から完全な解決は望めないが、今後無人のあの島の所へも、定期的に中型巡回艇で見回ると言う事だ。少なくともこれで帝国の艇も迂闊にはあの島には行けないだろう。ゴリラの平和は護られたと思いたい。

 

「それと提出された島の調査報告書が予想以上に多く正確な記録だったので、急いで島に行かなくても十分な情報を得る事が出来ると喜んでおりました。ルナール先生のスケッチも大変好評でしたよ~」

「仕事だもの、手は抜かないわ」

「さ、流石ですルナール先生……!」

「……うん、まーね」

 

 数十枚にもなるルナールさんによるスケッチ、多分現在世界で一番ゴリラの姿を正確に描けたものだろう。そして他の生物や植物のスケッチも多い。

 シェロさんに褒められたルナールさんは、プロらしく事も無げに答えていたがセレストに褒められているとちょっと顔を緩ませていた。

 

「じゃあ……その内調査はあるだろうし、その時は俺達も行きたいんで学者さんには是非同行したいって会ったら伝えて下さい」

「────!」

 

 島に行けばゴリ坊にもまた会えるだろう。ユグドラシルもそれを期待しているようだ。

 

「お任せを~。それでは、新しい依頼の方もよろしくお願いします~」

「こちらこそお任せ下さい。あとエンゼラの備品について──」

「ナア、コノ酒ッテマダ残ッテルカ?」

「こっちにもおかわりお願いしますにゃ~!」

「おいこら、おのれ等勝手に追加注文するな!?」

 

 エンゼラの消耗品の補充も頼もうと思ったところテーブル端に座る酔いどれ共の声が聞こえて思わず立ち上がる。

 

「チィッ! ラムレッダ、大声出スカラ気付カレタジャナイカ!」

「にゃひっ!? あ、あたしのせいかにゃ!?」

「やかましい! お前等追加注文させると際限なく高いの飲むから、追加したい時は俺に一声かけろと言ったろうが!」

「オ前シェロカルテト喋ッテタジャナイカッ!」

「待てや少しはよ! ……いや、待てなんでテーブルの酒瓶増えて……」

「アッ!?」 

「し、しまったにゃ……!?」

「ラムレッダ、下ゲサセトケッテ言ッタノニ!?」

「さっきまで無かったろ!? お前等どのタイミングで注文したんだよ!? 何本飲ん、いや幾らの何本飲んだ!? 言え、吐け!」

「は、吐くのはちょっと……」

「そうじゃねえよ、バカちん!!」

 

 真面目なお話をしたかったのに酔っぱらいの相手をする事になる。結局騒がしい俺の日々がまた始まり、そして続いて行くのだった。

 

 




ゴリラを出したくて……。

二話連続投稿なので、よろしければ一つ前の「年中行事ハッピーセット」もお楽しみ下さい

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