少女はモンスターを殺す事が出来ない。優しさは正しくても、それはハンターとしては間違っています。
そんな少女が出会ったのは、村に旅行に来ていた老年のハンターさん。彼との出会いが、少女に自分のあり方を考えさせる。
そんなお話。
※拙作モンスターハンターRe:ストーリーズ一周年記念の読み切り短編ですが、本編を読んでいなくても楽しめるように書いてあります。
水飛沫が上がる。
頭上で光る太陽が草木を照らして、その草木が作る影を風が動かした。
大地を踏む巨体は地面を削り、逃げ回る私は姿勢を崩して地面を転がる。
「うわぁぁ?!」
「キェェァァッ!!」
動きを止めた私を睨み付ける一匹の
後頭部から身体の半分までを、特徴的な黄色い鬣で覆う縦長の身体を持ったモンスターだ。
モンスターとはこの世界の理。
この世界にはありとあらゆる所に生き物が住んでいて、私達人間は彼等の恩師を受けて生きている。
海に、陸に、空に。森に、洞窟に、火山に。ありとあらゆる場所に住む彼等を私達はモンスターと呼んだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょーっと待って! タンマ!! タンマぁ!!」
「……グルゥ…………キェェァァ」
地べたに座り込んで手を前に出す私の前で唸り声を上げるのは、海竜種のモンスター。水獣───ロアルドロス。
よ、よし! なんとか逃げよう。
「わ、私達友達でしょ? ほら、えーと、さっき貴方を攻撃したのはね……ほら! 貴方と遊びたかっただけという───」
「グェァァ……ッ!」
私の言葉なんて通じる訳がなくて、ロアルドロスは鳴き声を上げて威嚇をした。
滲み寄る巨体が作る影が、太陽の光から私を覆い隠してしまう。
私はついさっき、このロアルドロスが率いるルドロスの群れに襲いかかったのだけど───見事に返り討ちにあった。
それで逃げている最中なんだけど、一瞬で万事休す。願わくば、ネコタクが何かの間違いで来れないなんてない事を。
「私達分かり合えないの?」
「キェェァァッ!!」
「あぁ……いや、まぁ───」
当たり前の事だ。
人と竜は相容れない。
それが、この世界の理。
「───ですよねぇ」
次の瞬間ロアルドロスの口から放たれる水の塊。私の意識はそこで途切れて、気が付いたら何匹かのアイルーに手当てを受けていた。
クエスト失敗。
ベースキャンプから空を眺める。
私はハンターだ。
ハンターは、この世界の理であるモンスターと関わり合う存在。
私達人間は弱くて、小さな村は一匹のモンスターに襲われるだけで消えてしまう事だってある。
ハンターはそんな弱い私達が、モンスターに対抗する為のお仕事だ。
私はそんなハンターという職業になって二年が経つ。
それなのに、こんなに情けないなんてなぁ……。
沈んでいく太陽が、妙に暗く見えた。
◇ ◇ ◇
モガの村。
孤島地方にあるこの小さな村は、港を海に囲まれた自然豊かな村です。
私はハンターとしてこの村で活動していて、今日も今日とて何かクエストを受けるためにギルドの受付嬢であるアイシャさんとお話をしていました。
「昨日のロアルドロスは今のところ村に近付いてくる様子はないようなので、今日は採取クエストで大丈夫ですよ」
「そうですか……」
なら、良かったかな……。
私が昨日受けたクエストは、村に近付いてきたロアルドロスを討伐するというもの。
本当はアイシャさんに止められていたんだけど、村の危機なのだからと言って昨日は無理にでもクエストを受けさせてもらった。
その結果が昨日の惨敗なんだけど、私が逃げ回ったせいでロアルドロスは村からは離れたから結果オーライという事らしい。
「あまり昨日みたいな無茶はしないで下さいよ? あなたって、本当はハンターには向いてないんですから」
「うぐっ……」
ハンターズギルドの受付嬢にこんな事を言われるハンターもそういないと思う。
「モンスターを
「ですよねぇ……」
アイシャさんの言う通り、私はモンスターを殺す事が出来ない。
ただ殺す事が出来ないというと語弊があって、教官や師匠からは一定以上の評価を貰っている。
運動神経にもそこそこ自信はあるし、モンスターを殺した事がないわけじゃない。
だから、実力がないとかそういう事じゃなくて。私は殺す事を躊躇ってしまうんだ。
命を狩るという事を初めて経験した時、目の前が真っ暗になったのを覚えている。
目の前の生き物の命を奪った武器を落として、吹き出す血と返り血を浴びた私はそれが怖くて仕方がなかった。
こんなに簡単に命ってなくなってしまうんだと、怖くて仕方がなかった。
「まぁ、その優しい所があなたの長所でもありますし。……アレです! あなたなりの答えを探してみてください。ハンターズギルドはあなたを全力でサポートしますよ!」
笑顔でそう返してくれるアイシャさん。
優しい所と彼女は言ってくれるけど、本当は違うんだ。
私は自分に甘いだけ。殺すという事が嫌なだけなんだと思う。
結局、私は今日受けるクエストを選べずにキッチンへ。
まずは腹ごしらえといこう。お腹が減っては戦は出来ないってね。
「いらっしゃいですニャ、ハンターさん。今日はどうしますかニャ?」
「お任せでお願いします」
モガの村にはビストロモガという食事場があります。私は村で食事する時は大体この場所。
「了解ですニャ」
コックさんに料理を任せると私はキッチンの見える椅子に腰を掛けた。
ふと横を見てみると、顔を知らない別のお客さんが座っている。
村の人じゃなさそうだ。外のハンターさんかな?
「こんにちは」
「……ふむ、こんにちは。お嬢ちゃん」
私が挨拶をすると、彼は年期のこもった笑顔で答えてくれた。
白髪の混じる黒髪を短く整えた初老の男性。優しそうな顔には不釣り合いな筋肉質な体付き。
私が彼をハンターだと思ったのは、それに加えて彼がモンスターの素材で作られた防具を身に纏っているから。
蒼い竜の鱗をふんだんに使われたその防具もまた、彼の表情のように年期が入っている。
「タンジアかどこかのハンターさんですか?」
「もう少し離れた所から来たんだ。旅行でね」
ハンターさんはそう言ってから机に置かれたコップの水を飲んだ。
「お嬢ちゃんはここの村のハンターかい?」
「えと、はい! そうです!」
ハンターらしい事は出来ていないけれども。
「おぉ、そうかそうか。若いのに偉いな」
「そ、それ程でも……」
ざ、罪悪感が……。
「俺はこの通り歳でなぁ。……この前の狩りで相棒も腰もポキっと逝ってしまった訳だ」
立て掛けてある大剣を私に見せながら、ハンターさんは乾いた笑い声を上げてそう言う。
彼の言葉通り、大剣は剣先が綺麗に折れていた。腰は……健康そうだけど。
「直さないんですか?」
「引退するつもりなんだ。こいつも、もう休ませてやらんと」
ハンターさんは、どこか遠い所を見詰めるような表情でそう言う。
彼はとても長い時間をその剣と過ごして来たのだろう。綺麗ではないその剣を見詰めるハンターさんの表情は、とても言葉で表せる物ではなかった。
「だから、こいつと一緒に引退を期してパーっと世界中旅をしようと思ってなぁ。このモガの村もその一つなのさ」
言い終わると同時に、コックさんが彼の料理を運んでくる。スネークサーモン定食は、ビストロモガでも定番料理だ。
「そうなんですか。素敵な旅になると良いですね! あ、ごはんの邪魔してごめんなさい!」
「邪魔だなんて事はないさ。現地の人と話すのも、旅の醍醐味だ。……うむ、素敵な旅になりそうだよ」
そう言ってから彼は手を合わせて「頂きます」と呟く。
見た目に似合わない豪快な食べっぷりは、見ているだけでも気に入ったんだなと思える食べ方だった。
横目で彼の食べっぷりを見ている間に私の料理も到着。モガハニーをふんだんに使ったホットケーキ、頂きます。
「ところでお嬢ちゃん、今日予定はあるか?」
「あ、いえ。特には……」
私が食べ終わるのを待って、彼はそんな事を聞いてきた。
ハンターなのに仕事がないとハッキリ言うのも気が乗らなくて、私は少し口籠る。
「それは良かった。……なに、少し村と狩場を案内してもらいたくてな。頼めるか?」
「村は良いんですけど……狩場、ですか?」
ハンターは引退したんじゃ? 私がそう言う前に、彼は防具を鳴らして立ち上がった。
「色んな狩場の色んなモンスターにも触れ合っておきたいのさ。なに、無理にとは言わない。……だが、礼は弾ませてもらうぞ?」
「お、お礼なんてそんな! 私なんかで良ければ是非手伝わせて下さい!」
そう言って私も立ち上がる。コックさんに食事の代金を払おうとすると、ハンターさんが強引にでも自分が出すと言って聞いてくれなかった。
仕方なく奢ってもらってから、私はハンターさんに村を案内する。
漁師の人や船乗りの人で賑やかな港、モガハニーで有名な農場、小さな村だからあまり案内するところもないんだけども。
「ところでお嬢ちゃんはなんでハンターになったんだい?」
農場でハチミツを取っている時に、ハンターさんがそんな質問をしてきた。
なんで……? なんでだったかなぁ。
「なんとなく……だった気がします。恥ずかしいけど、特に理由はないんです。ただ……生まれ育った村では一番運動が出来て、適性があるんだって思ってたから。……恥ずかしい話ですけど」
笑って誤魔化すけど、向いてない事くらい自分でも分かっている。
モンスターが殺せないハンターなんて、ハンターに向いてないよね。
「そうか。……いや、なんだ、嬢ちゃんはハンターには向いてない性格だと思ってな」
「……ゔっ」
図星を突かれて私は固まってしまった。
「いや、悪くは思わないでくれ。これは俺の勝手な考えでな、お嬢ちゃんは優しい性格なんじゃないかと思ったんだ」
「えーと……なんで、そんな風に思ったんですか?」
「蜂を殺さないようにしてるだろう」
素直な疑問をぶつけると、ハンターさんは私の手元を見て口を開く。
「お嬢ちゃんは、生き物を殺すのを躊躇ってるんじゃないかと思ってなぁ」
「う……」
見透かされているみたいだ。
「悪い事じゃないさ。ただ、ハンターとしては少し問題があるかもしれない。その優しさに足元をすくわれて、命を落とす可能性だってある」
ハンターさんは困った表情で私の事を見ている。
向いていない。そんな事は、分かってはいるんだけどな……。
「無理にその優しい性格を直せとは言わんよ。……むしろ、その気持ちは大事にして欲しい」
「大事に……ですか?」
でも、このままじゃ私はハンターとして成長出来ない。早い内に辞めた方がいいのかな……。
「モンスターも生き物だ。俺達はそれを殺すのが仕事。……命を奪うというのは本当はとても辛い事だが、俺達はそれをしなければ生きていけない。でもな、俺達ハンターは生き物に対する感謝を込めて生きている。そうして共存していくのだから、その気持ちは決して忘れてはいけない物だ」
「でも……モンスターを殺す事を躊躇ってたら、ハンターは出来ませんよ」
「そうかもなぁ。だがな、モンスターを殺す事だけがハンターの仕事でもあるまい。……お嬢ちゃんはお嬢ちゃんなりの答えを見つけるといいよ」
「私なりの……答え、ですか?」
モンスターを殺す事だけがハンターの仕事ではない……?
「はっはっ、まだ若いんだ。充分に悩め悩め」
ハンターさんは私の髪をワシャワシャと撫でながら笑顔でそう言った。
いつか私も、その答えが分かる時が来るのだろうか?
「ハンターさん! ハンターさん! ここに居ましたか。大変、大変なんですよ!!」
そんなお話をしていると、受付嬢のアイシャさんが焦った様子で農場まで走ってきた。
どうしたのだろう? あんなに焦った表情のアイシャさんは初めて見たかもしれない。
「どうしたんですか?」
「ろ、ロアルドロスが……っ!!」
◇ ◇ ◇
場所は変わって。狩場───孤島。
モガの村に住む人達がモガの森と呼ぶこの狩場は、モガの村がある島全体を狩場としてそう呼ばれていた。
「ご、ごめんなさい……。ハンターは引退したのに、私の村の緊急事態に巻き込んでしまって」
「なに、元々孤島も案内してもらう予定だったんだ。旅行の延長と考えれば何ともない。……お前ももう一仕事しないとなぁ、相棒」
そう言ってから、ハンターさんは蒼い装備を鳴らしながら蒼い大剣を背負う。
剣先の折れた大剣は太陽の光を反射して、その姿こそ情けなくとも頼りになる輝きを放っていた。
アイテムをたんまりとポーチに詰め込む私。
私とハンターさんが狩に赴く装いでこの場にいる理由は、勿論ロアルドロスの討伐の為である。
アイシャさん曰く、私が昨日戦ったロアルドロスが再び村に近付いて来ているらしく。
私達は村を守る為にロアルドロスを討伐───ないし撃退しなけらばならない。
人と竜は相容れない。
ロアルドロスを村に近付ける訳にはいけないんだ。
「さて、これから俺達はロアルドロスを退治する訳だが。……心の準備は出来てるか? 嬢ちゃん」
「も、勿論……です」
正直言って、そんな準備は出来ていない。
ハンターになってから、私はモンスターを殺せた事がないんだ。
訓練所の卒業試験で初めてモンスターを殺したあの日から、心の準備はできないまま。
結局二年もの間モンスターの狩猟が出来なかった。
討伐クエストは村の外のハンターさんに任せっきり、私がやって来たのは採取クエストばかり。
だって、私はモンスターを殺すのが怖いから。
「……そのままでは、お嬢ちゃんはいつか命を落とす」
ハンターさんは姿勢を低くして、私の目をしっきりと見ながらそう言う。
優しかった表情は真剣な物になって、私の目の奥を見るような鋭い目には驚いた姿の私が映っていた。
「それは……」
「ハンターはな、モンスターと命のやりとりをする仕事なんだ。モンスターだって殺されるだけじゃない、命懸けで戦って俺達を殺そうとしてくる。……その優しさは───その甘さは命取りになるぞ」
私の肩を叩きながらそう言うハンターさん。それは真に間違っていなくて、真に正しい言葉。
「それが出来ないなら、今からでも村に帰りなさい。ロアルドロスなら俺一人でも倒せる。……お嬢ちゃんなら、優しいまま村で幸せに暮らせる筈だ。態々ハンターを目指さなくてもな」
私はその言葉を聞いて下を向く。
確かに私はハンターに向いていない。
この村に来て、それはもう言葉にされるまでもなく分かっていたんだ。
でも、それ以上に───
「───私は、村の人を守りたいです!」
───それ以上に、私はこの村の人達が大切だった。
こんなダメなハンターでも、二年も優しく接せてくれた村の皆が。暖かくて、自然に溢れたあの村が。
だから、私は皆を守りたい。
「……。……うむ、ならば付いて来るといい。お嬢ちゃんはルドロスの相手を頼む。隙を突いて、俺が本命を叩こう」
そう言う彼の真剣な表情は、歴戦の狩人そのものだった。
ロアルドロスは群れにメスの小型モンスター、ルドロスを率いている。
私がその数を減らして、隙をついてハンターさんがボスのロアルドロスを攻撃するというのがこの狩りの作戦だ。
少しだけ細かい段取りをしてから、決意を胸に私達は狩場に足を運ぶ。
背後にはモガの村が見えた。二年しか暮らしてないけど、私にとってはもう第二の故郷と言ってもおかしくない村だ。
必ず、守ってみせる。
◇ ◇ ◇
狩場に入って直ぐに、小さな川が流れるエリアに私達は到着した。
ロアルドロスの群れがゆっくりだけど真っ直ぐに川を伝って村に近付いていくのが見える。
私は焦る手を武器に伸ばすけど、その手をハンターさんが止めた。
「ハンターさん……?」
「そう気負うんじゃない。……忘れるな? これは命のやり取りだ。お嬢ちゃんもルドロスも生きている。俺達は、自分が死なない為にモンスターを狩るんだ」
ゆっくりと諭してくれるハンターさんに、私はしっかりと首を縦に振って答える。
大丈夫、私は村を守るんだ。
「よし、先陣は切る。ロアルドロスに攻撃するから、お嬢ちゃんは周りのルドロスを減らしてくれ」
「はい……っ!」
「行くぞ!」
声を上げると同時に、ハンターさんは大剣に手を伸ばしながら走る。
直ぐにロアルドロスの視界に彼が映ったが、周りのルドロス達が反応する前に彼はロアルドロスの正面に辿り着く。
「でやぁぁぁっ!!!」
雄叫びを上げ、振り下ろされる大剣。
折れていても黒く光る刃先が、ロアルドロスの黄色い鬣に叩き付けられて血飛沫が上がった。
「キェェァァッ!!!」
直ぐにロアルドロスが咆哮を上げる。その声に釣られて動き出したルドロス達が、ハンターさんを囲った。
このルドロス達を退かすのが、私の仕事。
───私は、狩人だ!!
「……っやぁぁ!!」
ハンターさんを横切る形でルドロスに突進。口を開け、牙を見せるルドロスの頭を盾で殴り付ける。
そこで怯んだルドロスは隙が出来た。よし、今なら片手剣で攻撃出来る。小さな身体だから、頭を攻撃しただけでもルドロスには大ダメージだ。
私は勢い良く片手剣を振り上げる。これを振り下ろせば、このルドロスは殺せる。
───死なせてしまう。
「グォ……ゥッ」
「……っ」
振り上げた剣を───私は叩き付ける事が出来なかった。
ルドロスの視界に私の顔が映る。
その瞳に私はどう映っているだろう。ただ、分かるのは───私の瞳に映るルドロスがとても怖がっている表情をしていた事だけだった。
「キェェァァッ!!!」
「む?! いかん、お嬢ちゃん伏せるんだ!!」
「ぇ───っぁぁ?!」
声が聞こえると同時に、ロアルドロスの尻尾が私を打ち付ける。咄嗟に突き出した盾は何の意味もなさずに、私は地面を転がった。
「キェェエエァァアアッ!!!」
エリアに咆哮が轟く。怒り狂った鳴き声は恐怖を駆り立てて、その瞳は真っ直ぐに私を睨みつけていた。
「怒ってるの……?」
「すまないしくじった。立てるか、お嬢ちゃん」
ハンターさんは、私の前に立って大剣を構えながらそう言う。
次の瞬間、ロアルドロスは口から水の塊を私達に吐き出した。それをハンターさんは大剣でしっかりと受け止める。
「だ、大丈夫です!」
結局、私はルドロスに攻撃出来なかった。
村を守りたいと誓ったのに。その気持ちだけは本当だったのに……。
「お嬢ちゃんの言う通り、ロアルドロスは怒ってるんだろうな……」
私が立ち上がるのを確認してから、ハンターさんはロアルドロスから視線を外さずにそう言う。
当のロアルドロスのは息を荒げ、ルドロス達を下がらせて私達を睨みつけて居た。
「ど、どういう事ですか……?」
「きっとあのロアルドロスは繁殖期なのだろう。川を渡って卵を産む的確な場所を探している内に、村に近付いてきたという所か」
繁殖期……? 卵……? と、いう事は……?!
「あのルドロス達……お腹に子供がいるの?!」
「そういう事だ。ルドロスを攻撃したのは間違いだったな……かえってロアルドロスの怒りを買ってしまった訳だ。すまない」
いや、でもハンターさんは間違っていない。
ハンターはモンスターと命のやり取りをするのが仕事なんだ。
ロアルドロスには家族がいる。皆を守る為に戦っている。
私達にも守らなきゃいけない村の人達がいる。
お互いにそれは譲り会えなくて、私達は相容れない。
「……お嬢ちゃんは、ロアルドロスを殺したくないか?」
視線だけはロアルドロスに向けて、突然そんな事を言うハンターさん。
「ど、どういう事ですか……?」
「言ったろう? モンスターを殺す事だけがハンターの仕事ではない。俺達ハンターは、モンスターと共に生きているんだ」
モンスターと共に生きている……?
どういう事だろう。私にはその意味が分からなくて、首を横に傾ける。
そんな私の前でハンターさんはポーチから閃光玉を取り出した。
それは、投げると強い閃光を放ってモンスターの視力を一時的に奪うアイテムである。
「答えは撤退してから聞こう。閃光玉を使うぞ、眼を瞑るんだ!」
次の瞬間、光と共に複数の悲鳴のような鳴き声がエリアを包み込んだ。
◇ ◇ ◇
「さて、答えを聞こうか」
一度ベースキャンプに戻って、ベッドで一休みしてからハンターさんは私にそう聞いてくる。
答えっていうのは……さっきの───ロアルドロスを殺したくないか?───っていう言葉の返事の事かな?
正直、殺したくない。
ロアルドロスには大切な家族がいて、その家族を守る為にあんなに怒った表情をするんだ。
家族の事をとっても大切に思ってるんだと思う。でも、私だって村が大切だ。
私達は分り合うことなんて出来なくて、どちからかが滅ぶしかない。
───そう思っていた。
「お嬢ちゃんは、どうしたい?」
「……ぇ?」
それは、まるでどちらの答えにも応えられるとでもいうかのような聞き方。
私がどう言おうが、望み通りにしてやろう。彼の表情は、今にでもそう言うかのよう。
でも、ロアルドロスを殺さなければ村が襲われるかもしれない。
村を守るにはロアルドロスを殺すしかない……?
それでも、私は───
「───私は、殺したくないです」
これが間違っている事なんて分かっている。
ハンターとしてだけじゃない。人として、命を懸けて生きる者として、私は自然の理から逃げようとしているだけだった。
「うむ、そうか」
でも、ハンターさん優しい表情で頷く。
そうして私の頭を撫でながら、彼はこう続けた。
「お嬢ちゃんはやっぱり、ハンターには向かないくらいに優しいな」
「うぅ……」
そうだよね……間違ってるよね。
「なら、その気持ちに嘘を付いたらいけないよ」
「で、でも……。……それじゃ!」
ロアルドロスを倒さないと、村が危険なんだ。
村のハンターである私がこの事から逃げて、ハンターさんだけにロアルドロスの討伐を任せるなんて出来ない。
でも、このままじゃ私は足手まといになる。どうしたら良いの? どうしたら……。
「人はな、生き物と共に生きている。時に争い、時に協力して、共存しているんだ。争いだけが、モンスターと関わるという事じゃない」
「ハンターさん……?」
どういう……事?
「お嬢ちゃん、ロアルドロスも村の事も助ける方法があるとする。でもそれは、単にロアルドロスを倒す事より危険で……難しいし、生産性のない事だ。だが、ハンターである俺達だからこそ、モンスターと共に生きる道を指し示す事も出来る」
本当にそんな方法があるのだろうか?
でも、ハンターさんの目はとても真っ直ぐだ。
もし、本当にそんな方法があるのなら───
「さて、もう一度聞こう。お嬢ちゃんは、本当にロアルドロスを殺したくないか?」
「私は───」
私は───
◇ ◇ ◇
水飛沫が上がる。
沈みかけの太陽が草木を照らして、その草木が作る影を風が動かした。
大地を踏む巨体は地面を削り、逃げ回る私は姿勢を崩しそうになったけどなんとか立ち直す。
「うわぁぁ?!」
「キェェァァッ!!」
地面を蹴った私を睨み付ける一匹の
後頭部から身体の半分までを、特徴的な黄色い鬣で覆う縦長の身体を持ったモンスターだ。
ロアルドロス。
この竜はメスであるルドロスを、群れに何匹も率いてハーレムを作る。
オスのロアルドロスは、ルドロスを守る為に群れのボスとして再び目の前に現れた私達を追いかけていた。
全速力で走る私とハンターさん。武器も捨て、防具も捨て、もう逃げる事しか出来ない私達は、ただ全速力で駆けている。
「ロアルドロスが群れを率いて大移動していた理由は分かるかい?」
「住処を変えようとしてるんですか?」
走ってる間に、私はベースキャンプでの会話を思い出す。
「惜しいが、違うんだ。ルドロスは繁殖期になると柔らかい砂場を探してそこに卵を産み付ける。ロアルドロス達の群れはな、村を目指してるんじゃなくて柔らかい砂場を探していたのさ」
「そ、そうだったんですか……? だから川沿いを沿って……」
ただ、だとしてもあの川を下っていけば村の近くまでロアルドロスが来てしまう。
そうなれば、村の人達が襲われるのも時間の問題だった。
「だから俺達はロアルドロス達を、柔らかい砂場に案内する」
「そっか! あの群れは卵を産む場所さえあれば態々村に近付いてくる事もないんですね! なら、ロアルドロスに砂場の場所を教えてあげないと!」
「そういう事さ。だがな、勘違いしちゃいけない」
目を細め、彼は優しい声でこう続ける。
「俺達とロアルドロスは友達になんてなる事は出来ない。敵対しお互いの命を奪い合うか、敵対せずに共存する道を選ぶか、その二つのうちどちからだ。……砂場の場所を教える事は出来ない」
「え、じゃぁ……どうしたら?」
「それはなぁ───」
そして、その答えが───今の現状。
「も、もう無理ぃ!!」
「───逃げるんだ! 砂浜までもう少し!」
もう一度ロアルドロスに姿を見せた私達は、その場で全速力で逃げ出しました。
村は食事が終わった後だったらしく、川には赤い液体が沢山混じっている。お腹が減れば、今度は近くの村を襲うかもしれない。そう思うとゾッとした。
勿論追ってくるロアルドロス。群れを危機に陥れるかもしれない相手を放って置くわけにもいかないから。
私達はルドロスが卵を産みやすい砂浜まで、ロアルドロス達を引き連れて逃げる。
するとロアルドロス達はその場で産卵が出来るから、村は襲われなくなるんだって。
それが、ハンターさんが教えてくれたロアルドロス達を殺さずに村を救う方法だった。
視界に映る砂浜。他のモンスターの気配もなく、あの場所ならルドロス達も安心して卵を埋めるんじゃないかな?
そして私達は砂浜を駆ける。海を背に向き直ると、ロアルドロスと群れのルドロス達が砂浜で立ち止まって私達を睨みつけていた。
これで……成功かな? えーと、この後どうすれば良いんだろう。あれ? どうすればいいの?!
「キェェァァッ!!」
咆哮を上げるロアルドロス。一方の私達は武器も防具もなく、ただ海を背に立ち尽くしている。
「は、ハンターさん……成功なんですよね? ここからどうするんですか?」
「敵意を見せずに立ち去るしかない。だが海に逃げればすぐに餌になるだろう。群れの横を通っていくしかない訳だ」
そ、そんな……。
「む、無理ですよぉ?!」
「言ったろう、俺達人間とモンスターは敵かそうでないかだけだ。幸い腹は減ってないようだからな、俺達が的でないと分かれば襲ってこないさ」
私達は敵じゃない……。
モンスターと人は共存して、この世界で生きている。
知らなかった、忘れていた、そんな簡単な事。そんな素敵な事。
「……っ。……そうですね!」
人と竜は相容れない。それでも、共存する事が出来るなら私は───
「───私はあなた達の敵じゃないよ」
ロアルドロスの目を見てそんな言葉を落とす。意味は伝わっていないだろう。
でも、私達はゆっくりとその場を離れる為に歩き出した。ロアルドロスは私達を目で追う。
「グルルルゥ……」
「周りをよく見るんだな」
ハンターさんが小さくそんな言葉を落とす。同時にロアルドロスと私はお互いに一瞬視界をズラした。
「……グォゥ」
一匹のルドロスが産卵を始める。
安心しきった表情で、一匹のルドロスが少し掘り起こした砂浜に卵を産み落とした。
それに吊られるように何匹ものルドロスが卵を産み落としていく。
「凄い……」
これが……ルドロスの産卵。
「グルルォゥ」
ロアルドロスもそれを見て安心したのか、私達から頭を外した。
片目は私達を見ながらも、その視界にはしっかりと愛する家族が映っている。
「クエスト完了だな」
こんな素敵な事があるんだ。
モンスターと人は争う事しか出来ないと思っていた。
殺すのが嫌で、その事ばかり考えていた。
「お嬢ちゃん、無理にハンターを続ける必要はない。たがな、命を狩る事だけがハンターじゃない。自然の調和、この世界の理に触れる事こそがハンターの仕事なんだ」
でも、こんな道もあるんだ。
こんな事も出来るんだ。
こんな道があるのなら、私は───
「これからお嬢ちゃんがどうするかは、お嬢ちゃん自身が決めるんだ。ハンターを続けるもよし、ハンターを辞めてその優しい性格を生かすもよし。どの道ハンターを続けるなら、お嬢ちゃんには辛い事もあるかもしれない。……だが、辛い事だけじゃないというのを今日は知れたんじゃないか? さて、一つ聞こう。……お嬢ちゃんはハンターを続けるか?」
「私、ハンターってモンスターを殺す事だけが仕事だと思ってました。勿論……本当はそれが殆どなんですけど。でも、私は───」
「───そうか。良い答えだ」
この世界はモンスターの世界だ。
モンスターとはこの世界の理。
この世界にはありとあらゆる所に生き物が住んでいて、私達人間は彼等の恩師を受けて生きている。
海に、陸に、空に。森に、洞窟に、火山に。ありとあらゆる場所に住む彼等を私達はモンスターと呼んだ。
そして、そのモンスターと関わり、敵対し、時に共存する人々を私達はこう言う。
「───私は、ハンターとしてモンスターと色々な関わり方をしたいです!」
───モンスターハンターと。
読了ありがとうございます。
狩りだけがモンスターとの関わり方じゃないよって、そんなお話でした。
余談。
本作は、拙作モンスターハンターRe:ストーリーズの読み切り短編となっております。
もし興味がございましたら、是非是非。
活動報告にあった、Re:ストーリーズの元プロット(ストーリーズ要素無し)の作品を完成させた物です。
このままで連載していたら本編一章のお話で終わらせる予定だったんですよね、実は。
それでは読了ありがとうございした。感想評価の程お待ちしております。