【完結】BARグラズヘイムへようこそ   作:taisa01

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世間ではバレンタインが近い。
ならばと書き始めた作品。

明日が、このお話の後日談を書くんだ!


第九話 IF

1943年 ベルリン

 

 ベルリンは連合軍に包囲され、ドイツ最後の抵抗となる火蓋は切って落とされた。

 

 歴史ある町並みは、二度目の戦火に晒され多くを失われようとしている。それを歴史は戦争の負債であり敗者が支払うべき代償であると断じるだろう。だが、その燃える街にも、文化の担い手たる人々は確かに生きているのだ。

 

 そんな中、私は今日もベルリンの場末にある私の店、BARグラズヘイムにいる。

 

 すでに常連の方々の姿はない。

 

 ある方は暗殺され、ある方は任地で亡くなったそうだ。

 

 最後の常連ともいえる二人もつい先日「また会いましょう」と一言残し、それ以降姿を見ることがなくなりました。

 

 窓を開けずとも響く砲火の衝撃、銃弾の音、街が燃える熱。

 

 いつか来るとわかっていた情景。

 

 私は諦めとも感傷ともつかない感情を感じながら、いつもと変わらずグラスを磨いていると、トントンと扉を叩く音が静かな店に響き渡る。

 

 今は営業時間。もともとBARの扉に鍵などはかけていない。

 

 その上でノックの音が聞こえるということは、隣人でしょうか? 最後まで残った軍の方々でしょうか? それとも連合軍でしょうか。どなたであっても、どんな結果であっても受け入れることに変わりません。

 

 私は扉に手をかけ、そっと開けた先には……

 

******

 

選択肢1:金髪の女性が一人

選択肢2:影法師のような男が一人

 

******

 

 私は扉に手をかけ、そっと開けた先には金髪の女性。

 

「ご無沙汰ですね。バーテンダー」

 

 そこには、記憶するお姿からかけ離れた、疲れた表情のベアトリス様のお姿がありました。

 

「これはご無沙汰しております。ベアトリス様」

「たしかハイドリヒ卿が、姿を隠されてからですから一年以上といったところでしょうか」

「そうですね」

 

 状況を考えれば、場違いな挨拶。

 

 しかし懐かしい顔を見て、ふと過ぎ去った時間が思い出だされる。

 

 ベアトリス様が初めて来店された頃。同僚によろこんで貰いたいと時間を惜しんで、お店を探されておいででした。その後、常連として通いつめられた1940年、1941年あたりは、もっともお客様が多く、ある意味一番忙しく幸福であった時期。

 

 しかし思い出しても先のないことなのでしょう。

 

「して、今日はどのようなご用件で? 世間的にはベルリンが陥落し、枢軸側が敗北必須という情勢。その中、戦乙女と信奉される貴方がわざわざ顔を出されたのですから、それなりの用事かとおもいますが」

「そうですね。私としては、放置して良い事象では無くなってしまいまして」

「そうですか」

 

 感情を押し殺しながら呟かれるベアトリス様の言葉に、私は相槌を打つしかできませんでした。人より長い生を生きたとはいえ、気の利いた言葉が出せるほど成長はしていないようです。

 

「もう、バーテンダーは気が付かれてますよね?」

 

 そんな中、ベアトリス様はまっすぐ私を目を見ながら宣言する。ここで何がと煙に巻くこともできましょう。しかし、真剣な質問には真摯に答える。なにより私の事など酒の席のネタにしかならぬ程度のもの。嘘偽りを並べてまで隠す必要などございません。

 

「それは今降り注ぐ、破壊の魔力に関係がありますか?」

「やっぱり魔術や魔力についてわかっちゃうんですね」

「多少の心得もありますので」

 

 私はそういうと一度空を見上げる。

 

 そこには光で描かれた巨大な方陣が展開され、まるで溢れ出したように巨大な魔力がこのベルリンの地に降り注いでいます。なによりハイドリヒ様の声を乗せて広がる言霊は、聞くものを魅了し破滅させる類のモノ。

 

「きっとあの魔力に当てられた人たちが死ねば、その魂は絡め取られ魔力となりあの方陣、いえ、ハイドリヒ様に取り込まれるのでしょうね」

「そこまで……」

 

 ベアトリス様は、何かを口にしようとして一度顔をそむけてしまう。しかし意を決したのでしょう、私に対して質問をしてきます。

 

「そこまでわかっていて、なんで逃げないんですか?! 死んじゃうんですよ」

「たとえ、そうであっても。私が(バーテンダー)である事を捨てて、生きる理由にはなりません。なぜなら私が生きる理由など、もうそれぐらいしかないんですから」

 

 そう少なくとも数百年の時を生きた意識は、今生においても確実に根付いており、この世界、この世間、この地域の一般的な人々が持つ価値観とは違うものが軸となっています。

 

 そして得てして長寿の方は、執着するもの以外どうでもよくなるようで、私にとってバーテンダーとして生きることこそ総てといえましょう。

 

「じゃあ、私と……」

「そこまでにしていただこうか」

「副……首……」

 

 私はまるで糸が切れたように、意識を失うベアトリス様を抱きとめる。そこには、まるで世界そのものと同化し、巨大な気配を隠蔽した影法師のような男が立っておりました。

 

「どうしましたか? 叔父さんまで」

「ふむ。私的に褒美をと思って訪れてみれば、甥の珍しい女性関係のシーンにでくわすとはいやはや」

「出歯亀は、女性に嫌われますよ」

 

 私は、軽口を叔父に向けますが、意識は腕の中のベアトリス様に集中しております。呼吸、脈拍ともに正常、これは魔術なりで意識を飛ばされましたか?

 

「それはいけないな。美しき女神に嫌われたくはない」

 

 珍しい叔父の軽口に驚きつつも、言葉を返させていただく。

 

「魂食いの夜に一年以上姿を隠していた叔父さんと再会するとは、ほとほと因果というものは悪趣味なようですね」

「全くだ。しかし時間がない用事は手早くすますとしよう」

 

 そういうと叔父、いやカール・クラフトはその手を私に向ける。そして私がその手に吸い寄せられるように意識が向くと、まるでランプを消した時のように周りから灯りが消え、静寂に包まれる。

 

「では我が甥よ、那由多の先で会おう。お前のおかげで多くのものを見つけることができた。なにより女神に捧げる首飾りに相応しい原石()を見つけることができたのだから、おまえの功績は計り知れん。さすが数多の可能性の先から拾い上げた珍しい……」

 

--そして私の意識は深く眠りにつく

 

******

  

 

 魂で組み上げられた黄金の城が現世から旅立ってから、数日が経過した。

 

 黄金の城の最奥には、この城の主を祀るに相応しい玉座があり、そこに一人の男が肩肘をつきながら静かに座っている。

 

 その姿はナニカをまっているようにも見えるし、瞑想しているようにも見える。

 

 しかし気配はそんな生易しいものではない。荒れ狂う大河を飲み干し、おのが内に沈めんとする人間ならざるものの力のせめぎあいがそこにあった。

 

 ゆえにその場には彼以外いない。

 

 部下たちはその力の放流を恐れ、畏怖し、またその儀式の邪魔をせぬよう控えているのだから。

 

 だが、その場にまるで我のみは違うと言わんばかりに一人の男が近づいてくる。

 

 もちろんこの城の主。ラインハルト・ハイドリヒも気がつく。

 

「どうしたカール」

「いやはや、あれだけの大儀式を行って数日で安定させるとは、さすがの一言に尽きる」

「ありがとうと返そうか。しかし、その儀式のお膳立てした卿に言われても、まるで自画自賛しているようにも聞こえるが?」

「私は嘘偽り無く、我が友を褒め称えているのだ。そこに他意はないよ」

 

 そう。近づいてきたのはカール・クラフト。聖槍十三騎士団の副首領。首領であるラインハルトの補佐にして対を成す存在である。

 

「して今日は何用だ? てっきり次の策謀の準備をはじめしばらく顔を出さないと考えていたぞ」

「これは手厳しい。私も友の偉業を礼賛するぐらいの甲斐性はあるつもりだが」

 

 そういうと、カール・クラフトはその手に持っていたワイングラスの一つをハイドリヒに渡し、持参したワインを注ぐ。そして同じように自分のグラスにも注ぎ。

 

「では、友の第一歩を祝して」

「乾杯」

 

 二人はグラスを軽く掲げ一口。

 

エゴン・ミュラー=シャルツホーフ(Egon Müller-Scharzhof Scharzhofberger) リースリング( Riesling)トロッケンベーレンアウスレーゼ(Trockenbeerenauslese)か」

「我が友もついに味がわかるようになったのだな」

「酒というものは存外面白いものだな。聖遺物を宿し、もはや酔うこともなくなった身だが、味を楽しむことはできる。闘争と同じように、同じ銘柄であっても同じ味は二つとない」

「それがわかる友に飲まれるこの酒も幸せだろう」

「その物言いは、あのバーテンダーのようだな」

 

 ラインハルトは、ふとベルリンの裏路地にある小さなBARのバーテンダーの事を思い出す。あの者は闘争の英雄ではあり得ないが、その生き方はけして嫌いなものではなかった。

 

 しかし、そこまで考えが至り、ふとあることを考える。

 

「カール」

「なにかな」

 

 ワイングラスを揺らしながらカール・クラフトはラインハルトの呼び声に答える。

 

「おまえはベルリンの裏路地にあるBARを知っているか?」

「はて、ベルリンの裏路地にあるBARなど、それこそ無数にあると思うが、我が友が気にするほどのものが?」

「なに、このグラズヘイムにそこのバーテンダーの魂が無いようなのだ」

「はて、あの術式の範囲内であれば取り込まれているのが当然。たまたまあの戦場から避難していたため、術式の範囲外にいたという可能性も十分にありえるが」

「まあ、それも縁なのだろう」

 

 そういうと、ラインハルトは興味をなくしたように目を閉じ、ゆっくりとグラスを傾ける。カール・クラフトはその姿を見届けると、満足そうに部屋から退出するのであった。

 

 しかし

 

 扉が閉まると同時にその首目掛けて、雷光の刺突が走る。

 

 人間が受ければ少々の鎧もろとも刺し貫き、纏う雷光で骨一つ残さず焼き尽くすことだろう。しかし、問題は相手が人間ではないことだ。

 

 必滅ともいえる一撃は、カール・クラフトの胸の上、それこそ塵一つ分の間を開け停止していた。

 

 そしてカール・クラフトは大して興味もなさそうに疑問を口にする。

 

「これはどういうことかな」

「あの人をどこに隠した」

「はて、誰のことかな」

 

 カール・クラフトは記憶にないとばかりに、攻撃してきた相手、ベアトリスは瞳に怒りを登らせながら言葉を返す。

 

「この城をくまなく探した。しかしあの人はいなかった。あの状況で、人一人の魂を隠すことができるのは、貴方だけだ」

「まったく、何を根拠として言っているかと思えば」

「それよ」

「ん?」

 

 カール・クラフトは忙しい。なぜなら、彼はついに見つけた女神に捧げる首飾りに相応しい原石()を、どのように研磨すれば最高の輝きに至るか、無限の試行錯誤を始めなくてはならないのだ。

 

 しかし、悲願に至るきっかけを見つけたのだから、過去にこれ以上ないほど機嫌も良い。ゆえに聞き返したのだった。

 

「その断定する理由を聞こうか。もし納得できるものであれば、魔名を与えた時のように予言を与えよう」

「貴方は詐欺師だわ。胡散臭い言葉を積み重ねて煙に巻く。むしろ知ってても言わぬことだらけ。だけど、そんな貴方も嘘だけはつかなかったわ。すくなくとも、誰の事だと返しても、そんな人物など知らないと答えなかった」

 

 ベアトリスは一瞬の隙でも生まれれば剣を押し込むと言わんばかりに、まっすぐカール・クラフトを見据える。対するカール・クラフトは軽く笑いながら答える。

 

「珍しい縁と思っていたが、ここまでとはさすがは我が甥。よかろう。お前に一つ予言を与えよう。私の目的が達成した暁にはまた出会えると」

「……その言葉に二言はないわね」

「無論」

 

 その言葉に納得したわけではないが、引き時と判断したベアトリスはその場を後にする。告げられなかった言葉を、再度告げるために、戦乙女は次の戦場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




「なあ、カール」
「なんだね? 我が友よ」
「なぜベルリンの裏路地にあったBARがなくなっているのだ? 既知感に誘われベルリンの表通りから一本入った裏路地のある場所に行くとBARが合ったはずだが、今は古びた民家が倉庫替わりにあるだけだった」
「それこそ記憶違いということではないかね? ベルリンの裏路地にBARなど無数にある」

「では、カール。お前が持ってくるワインなどは、いったいどこか入手してくるのだ?」
「たしかに入手しずらい銘柄も多いが普通に入手しているのだが?」

「どうあってもシラを切る気か?」
「私は女神に誓って嘘はいっていないのだが」


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