【完結】BARグラズヘイムへようこそ   作:taisa01

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「CV:いのくち ゆか」と「CV:鳥海浩輔」がBARで語らう。
耳が幸せになれそうだ。

あとコミケ当選しました。がんばるぞ~



第四話

1940 秋 ベルリン

 

 暑い夏が過ぎ去り秋が深まる頃、今年もベルリンで収穫祭が開催された。

 

 世は世界大戦。戦争という熱病にうなされ人死が出る中、後方で祭などという論調がなかったわけではない。しかし上層部の政策をメディアなども後押しする形で、ほぼ例年通りの祭が開催された。

 

 戦場に赴いた者達はどう思ったのだろう。

 

 むしろ愛する人々が、優しい隣人達が、祭で今年の収穫を喜び来年の豊作を笑いながら願う。そんな安らげる日々を守りたくて、銃を手に取ったのではないか? そんな自分たちを気遣って日常を捨ててほしくない……と考えたのではないか。

 

 そんなことを思いながら、夕日で照らされたベルリンを路地から眺める。徐々に赤から黒に。街の色が変わっていく。そんな中。今日も店の看板を出す。

 

 これが私にとって日常であり、終わるその日まで続くものなのだから。

 

******

 

 小さなBARの窓際にあるテーブル席。

 

 常連の年若い男二人組が、まるで争うようにビールとソーセージを口に放り込んでいく。その勢いたるや、まるでその場だけがギャグ漫画時空のようなと表現できるほどである。

 

 それもほぼ毎日。

 

 もちろん飲むもの、食べるものは毎回違う。律儀に今週は何時来れるという連絡や、こんなのが食べたいなどの要望までしっかり伝えられるので、準備する側としてとてもありがたいお客様です。とはいえ、結構な飲み食いを毎回されているところから、それなりの資産家なのでしょう。

 

 もっとも伺った名前の資産家や政治家、そして軍人はいらっしゃらないんですよね。はて、どんな素性の御方なのでしょうか。

 

 それはさて置き、今日は朝から小雨が続いており、窓際に置いたハーブもいまいち元気がない。

 

 そんな夜。扉が開き、取り付けた小さな鐘が小気味の良い音を鳴らす。出入り口に目を向けると、ちょうど一人の女性が男性を伴って来店されるところでした。

 

「いらっしゃいませ。アンナ様」

「こんばんわバーテンダー。今日は新しい人を連れてきたわ」

 

 腰まである長い赤髪に整った顔つき。アーリア人特有の白い肌に上気しほんのりと赤みをさした表情は妖艶と呼べる域。もっとも、私のインキュバス時代と変わらぬセンサー(?)が、容姿の評価は是。ただしスタイルについては否と告げています。

 

 この世界では珍しく魔力の香りを色濃く漂わせる御方であることから、きっと姿の一部を偽っていらっしゃるのでしょう。

 

 そんなアンナ様が腕を取り連れてきたのは一人の青年でした。

 

「アンナ。そんなに引っ張るなよ」

「あら、ロートス。せっかくの休暇だもの。時間は大切にしたいじゃない」

 

 少し困った風だが、自然とでてくる笑顔がとても魅力的な青年。そんな青年を観察しながら、アンナ様に質問する。

 

「本日は皆様とご一緒じゃないんですね」

「ま~ねぇ。今日は元同僚と旧交を温めるために寄らせてもらったわ」

 

 皆様、ベアトリス様をはじめとしたアンナ様のご同僚の方々の姿がないことを確認する。

 

 ふむふむ。

 

 しかし元同僚ですか。しかしその鼓動と表情は……。

 

「はじめまして。当店のバーテンダーを務めさせていただいております。お飲み物はいかがなさいますか」

 

 私は青年の方に挨拶をしながらメニューをお渡しする。

 

 青年は若干緊張した面持ちでメニューを見るが、しばらくするとパタンと閉じてしまう。そして両手を上げて降参の意思表示をされる。

 

「ごめん、アンナ。俺こんな高そうな店入ったことなくって分からないや。教えてくれないか」

「もうしょうがないわね。じゃあコレとコレ。ああ、あとコレもお願い」

「かしこまりました」

 

 アンナ様はしょうがないなと小さくつぶやきつつも、得意げにオーダーを通される。青年のわからないことを変に取り繕わない姿は好感を持てるもの。

 

 ちなみに実際に高いことはありません。値段相応より少々安いぐらいです。もっともここでしか手にはいらないもの、見慣れないモノが多くそんな反応をされたのでしょう。

 

 そこでピルスナービールをグラスとジョッキに注ぎ、そしてザワークラウトとナッツに塩を振ったものを小皿に盛り一緒にお出しします。

 

 青年は目の前に置かれたジョッキと、アンナ様の前に置かれたグラス、そして私を順番に見られました。

 

「この店はただ古いだけで、別に気取った店ではございません。飲みたいように、食べたいように、お心のままにどうぞ」

「そうよロートス。このお店、注文すると材料さえあれば見たこともないようなお酒も料理も出してくれるわよ。それこそ、裏通りにあるバッカスの酒場のような脂っこい料理から、高級料理店の一品まで」

「なんだよそれ」

 

 青年はアンナ様の解説を聞き笑いながら乾杯をする。青年らしく喉を鳴らしながらそれこそ美味しそうにビールを飲む。対してアンナ様は青年の顔を見ながら、一口二口と口をつける。

 

 たぶん私の予想は正しいのでしょうが、それをいきなり直球で投げるのは無粋。はてさてどうしたものでしょうか。

 

 そんな雑念は脇に置き、私はまず保存棚からベーコンとほうれん草のキッシュを取り出し温める。この手のものはすぐに出せることもあり、何かと人気がある。夕飯代わりに。肉系は重いが小腹が空いた時。なによりビール、ワインのどちらにも合うからだ。

 

 それで場をつないでいる間に、次の品を準備しなくてはいけない。

 

 取り出したのは、レモン、塩、胡椒、ベルトラム粉で下味をつけたサーモンと、人参、玉ねぎ、根セロリなど数種類の野菜を細切りにしたもの。調理は簡単。鍋に細切り野菜をしき、塩、胡椒、水ワンカップ。そして下処理の済んだサーモンを乗せ白ワインを加えて、蓋をして蒸す。

 

 一度沸騰させ、そのあと弱火で10分ほど。キッシュとビールがなくなる頃、白ワインの香りが店内にほんのりと広がる。

 

Gedunsteter Lachs auf Gemusestreifen(サーモンと細切り野菜のワイン蒸し)にございます」

 

 青年はナイフとフォークで器用に切り分け一口食べると一瞬驚いた表情をされるが、すぐに落ち着いた笑みを浮かべられました。

 

 先ほどのキッシュを食べた時にはなかった反応。

 

「前線だと焼く、煮るはあっても蒸すはないからな。やっぱこういうの食べると、戻ってきたんだなって感じるよ」

 

 青年をしみじみと感想をこぼす。

 

「前線の料理ですか。あいにくと経験が無くどのようなものでしょうか」

「たいしたものじゃないよ。乾燥したパンやら保存食が中心かな。べつに缶詰ばっかりってことはないし、野菜とか肉とか無いわけじゃない。料理してる人も頑張ってくれてるけどね」

 

 青年の言葉自体に否定的なものはないのですが、言葉の端々や表情には若干うんざりした雰囲気が読み取れる。実際、上層部はどう思っているかわからないのですが、すくなくとも前線を預かる人達は、この戦争がすぐ終わる類のものではないと認識し、食材や調理法もそれに伴うものとなっているのだろう。

 

「それはご愁傷様です」

「ロートス。それおいしい?」

 

 美味しそうに青年が食べていると、アンナ様が小首をかしげながら質問する。

 

 アンナ様は意識してかしないでかわかりませんが、細かい仕草が若い男には毒な方ですよね。今日もですが私服は大抵胸を強調されたものばかり選ばれてますし。ブレンナー様とは同属性なのに逆といいますか。

 

「ああ、旨いぜ。一口食べるか?」

「ええ」

 

 アンナ様はごく素直にうなずかれる。私も小皿をお渡ししようと、手を伸ばそうとした時、青年はごく自然な仕草で一口大に切り分け、フォークで刺し差し出す。

 

「えっ」

 

 そう、フォークに刺しそのままアンナ様の口元に。 

 

「ほら。美味しいぞ」

「そっ。そうね」

 

 そういうとアンナ様は髪が掛からぬように右手で軽く押さえ、そしてフォークに顔を寄せ口を開く。

 

 一口

 

 何気ない仕草と唇の艶。たったそれだけでも十二分に女性としての色気があるのだが……。

 

「どうだ?」

「ええ、ありがとう。おいしいわね」

 

 この青年には、その色香も届かないらしい。加えてアンナ様の方は、味もわからぬようなご様子。

 

 アンナ様がそんな調子なので、ミュンヘンのシュタークビアを一本取り青年におすすめする。

 

「そういえば前線とおっしゃっておられましたがどちらのほうに?」

「ああ。西方方面軍に」

 

 新しいジョッキに濃い琥珀色が広がる。一口飲めば喉を走り抜ける強い炭酸といっしょにどこか重さを感じさせるモルトの風味が広がる。

 

「なるほど。ではベルリンで安全な生活をできるのは貴方様のおかげですね」

「よせよ。別にそんなつもりで戦ってるわけじゃない」

 

 青年はどこか悲しそうに微笑みながら否定される。きっとこの方は、名誉なんて陳腐なものではない、それでいて自分ではない何かのために戦われているのでしょう。

 

「前はアンナと遺産管理局にいてな、いろいろやってた。それなりに忙しい日々を送ってたよ。でも戦争がはじまって、ちょうどアンナも異動した頃にふと思ったんだよ」

 

 青年はジョッキを傾けながら心境を語られる。アンナ様もそんな青年の横顔をゆっくりとながめている。

 

「ああ、忙しかったけど平穏な日常の大切さっていうのかな。たとえば今のような楽しい時間、いや一瞬でもいい。そんな刹那が永遠に続けばいいなっておもったんだよ」

 

 青年のグラスが空く。

 

 私は新しいグラスに同じビールを注ぎお渡しすると、グイっと青年は半分ほど飲み干してしまう。

 

「そしたら、転属願いを出してた」

「戦う事はお嫌いですか?」

「正直いえば向いてないよ。俺には。実家に居た時からわかってたことだけどね。でも何もしないって選択肢を選びたくなかったってのが本音かな」

 

 冷えたグラスは火照った青年の手を冷やしてくれるのだろう。青年は開いたジョッキを包み込むように両手で持つ。

 

 そんな青年の手に、何も言わずにアンナ様が右手を重ねる。きっと何かを言いたいのでしょうが、良い言葉が浮かばず、だけどなにもしない選択をしたくなくて手を重ねられたのでしょう。

 

「なかなか耳が痛い。私は何もしないことを選択したモノですので」

「何言ってんだよ。こんな美味しい酒に料理を出してくれてるじゃないか。まさしく守りたい日常ってヤツの一部じゃないか」

「そう言っていただけると、助かります」

 

 私は料理の手を止め顔を上げると、青年はまっすぐこっちを見ておられました。

 

「美しいと思う刹那を永遠に――俺もそんなバカげた願望を捨てられないし、叶えられないから渇きも消えない。不満で、不安で、いつもふらふらと揺れていて。でも選ぶことをやめられなかった……」

 

 まっすぐな瞳。年若く、夢と願望を捨てていない青年の姿がそこにありました。

 

「だけど、それが人間だろ? あんたも何か願って今を選んだ。人間なら当たり前だよ」

 

 自然と笑みがこみ上げる。ああ、なんと気持ちの良い日なのだろう。経験ではない。与えられたスキルではない。ただあるがままに本質に迫る存在。

 

「アンナ様」

「なぁに。バーテンダー」

「良い方を選ばれましたね」

「えっ?」

 

 アンナ様は、まるで鳩が豆鉄砲で撃たれたように驚かれる。そして徐々に顔を真っ赤にさせ否定される。

 

「ちょっ……ちょっとそんなんじゃないわよ」

 

 そんなアンナ様を青年は笑いながら見ておられる。

 

 そんなお二人に私はできたばかりの次の料理とお酒をふるまう。

 

 そう。

 

 こんな出会いがあるから私はこの仕事を辞められないのだ。いつまでも。たとえ生まれ変わっても。

 

 お二人の帰り間際、私は気に入ったお客様にいつもしているように一つの質問をする。

 

「本日はありがとうございました。お名前をうかがってもよろしいでしょうか」

「ロートス」

 

 青年は一瞬迷う。しかし意を決されたのだろう。静かに言葉をつなげる。

 

「ロートス・ライヒハート。あんたとは真逆さ。首切り人だよ。落ちこぼれだけどね」

 

 ライヒハート。この国に生きて少しでも歴史や文化に触れれば出てくる名前。けして良い意味はない。でも私にとってはどうでも良い話だ。なぜなら私の主は死の支配者にして墓場の王なのだから。

 

「では、またのお越しを心よりお待ち申し上げております。ロートス様」

 

 私は深く頭を下げる。

 

 気が付けば朝から降っていた小雨はあがっていた。雲のきれまから星がみえる。そんな空を眺めたあと、扉を閉じ片づけをはじめる。

 

 今日も終わり。

 

 明日に続く。

 

 そんな連綿と続く日々。

 

 ひと時の安らぎのために。

 

 

 


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